キミとの春、ひたひたと


     9



ちょっとした、でもでも
イエスには大きな意味のあった会見を挟んだせいか、
辿り着いたスーパーで、
しばし“あれれ?”とキョトンとし、
あ・そうそうとお買い物を思い出したイエス様。
メモを見ぃ見ぃ、野菜に豆腐に小麦粉に、
売り出しの牛乳と…、
ええぇ? どっちも同じ値段だけど、ウチってFだっけMだっけと、
そこはアパートで待つブッダ様へ電話して確かめて。

 【 えっとォ、ウチはMだよ。】
 「……ブッダ、なんか息が弾んでない?」
 【 いやあのこれは…。】
 「外を走ってないでしょね。」
 【 出掛けてないよぉ。
   部屋でも出来る、インナーマッスル燃焼法ってのをしているの。】

 「い、いんなあ・まする?」

中国拳法の太極拳のように、ゆっくりゆっくり体を動かすことで、
体のより内部、普段鍛えにくい部位を鍛え上げ、
体脂肪をより燃焼させるとかいうトレーニング法まで
しっかと御存知だった釈迦牟尼様で。

 「今から帰るからね。」
 【 は〜いvv】

まったくもうもう、
見栄えも何もそれほど変わってないのにと思いつつ、
呆れたように通話を終える。
頑固なブッダのことだから、
恐らくは…天恵とやらの作用より、
勝手なことをされたのへ、
一通りの抵抗をせねば気が収まらないのだろうと。
梵天様に訊かずとも、遠からずな正解、イエスも見抜いていたのだが。
どっちにしたって、こればっかりは本人が納得せねば始まらぬ。

 “早く戻ってほしいよね。”

だってさぁ…と何かしら言いかかり、
そのまま吐息とともに肩を落としたイエス様。
独りのご飯は寂しいですものね、
早く納得のいく数値を達成してほしいものですね。





     ◇◇◇



さてとて。
やはり相変わらずのこととて、
おやつを作ればそのまま立ち上がってゆき、
外には出ぬがその代わり、
玄関の鴨居をぐっと掴み絞めての懸垂を始めてしまうわ。
それを小半時ほどこなしてののち、
小休止を挟んでから、今度は丁寧に夕食を作ると、
先にお風呂で待ってるしと言い残し、
今宵は洗面用品だけは提げて出てゆく周到さを見せるわで。
さすがに1日くらいでは何ともしがたいことらしく、
それはイエスも まま納得しはしたものの。

 「…………………あっ。」

しまった、また寝過ごしたと。
いい匂いのする毛布だけを懐ろへと掻きい抱き、
とっとと朝のジョギングへ出てしまった、
これに関してはとことんつれないけれど
それでもやっぱり愛しいお人の面影を、
双腕の中に思い浮かべる、毎度お馴染みの朝だったりし。

 「もぉおぉ〜〜〜。」

花粉の話をあれほどしたのに、もうもうと。
百歩譲って、ダイエットしたいという意志は飲むけれど、
あんなに苦しんだ症状が出たらどうすんのと。
そこだけは譲れないらしきイエス様。
今日はどうして説得してくれようかと、
眉間を寄せてのしかめっ面になり、
くるんと丸めた掛け布団を誰かさんの代理のように抱きかかえ、
正座の出来損ない、子供座りして待っておれば。

 「…………お?」

壁へと掛けていたダウンジャケットのポッケが、
カーテンを引いたままの室内でなくともそれと判ったろうほど光っている。
何だなんだと立ち上がり、そこへ手を入れたイエス様。
掴み出したものをおやと覗き込んで…………幾刻か。

 「ただいま〜。」
 「あ、お帰り、ブッダ。」

今朝だって結構な冷え込みだったろうに、
いい汗かきましたという晴れやかなお顔で戻って来た声がして。

 「あれ、イエスもう起きてたの?」

手際よく靴を脱いで上がって来つつ、
もしかして私が起こしちゃった?と、
そんな案じをするものだから。

 「ううん。そうじゃないよ。」

たまには起こされなくとも起きるんだからと、
そこを威張ってどうするかという言いようをする彼も彼なら、

 「そうなんだ、凄い凄いvv」

気のない片手間なんかじゃあなく、
心から感心しての笑顔を向けて、
褒めるブッダ様もブッダ様だが。(苦笑)

 「寒かったでしょう? それに花粉。どうだったの?」

フラットへ上がったそのまま流しに立ち寄り、
汗をかいたお顔、ざっと洗い流すブッダのお背へと訊けば、

 「うん。朝は大丈夫だよ、まだ。」

というか、今朝は割と暖かいほうだったのにと続け、
首に掛けていたタオルで顔を拭いつつ、六畳間へやって来ると、

 「実は昨日は
  ちょっと鼻がくすぐったかったのが、今朝は何ともないんだな。」
 「あ、やっぱり。」

何だかんだと誤魔化してたな、
あやや、ごめ〜んvvと
昨日の朝のやり取りを蒸し返してから、

 「でも、今朝は本当に何ともなくてね。」

いつもすれ違うお母さんも、
今朝はマスクが要らないねぇって喜んでらしてと。
まだ布団の上にいたイエスのすぐ間際まで寄って来て、
すとんと同じように座り込み、嬉しそうに語るので、

 「そっか。風向きのせいかもしれないね。」

いつまでも寒かったりするくらいだから、
そういうのも例年とは違うのかもと。
自分も嬉しいと微笑いつつ、
間近になったふくよかな口許へ、ついと顔寄せ、
ちょんと軽やかにキスを贈れば、

 「…っ、もう〜〜〜。////////
  元に戻るまではダメって言ったでしょう〜〜〜。////」

たちまちというほどの素早さで、
きっちりとまとめた螺髪の下まで染まったかも知れぬほど、
真っ赤になって、そんなことを言い出すブッダもブッダなら、

 「え〜? キスもだったのぉ?///////」

それは知らなんだと、驚いてから、
でもでも言われてたには違いないと思い直したか、
やや項垂れてしおしお萎れつつ、
お髭の下のお口をもごもごさせ、
“ごめんなさい”するイエスもイエスで。

  というのが、

何しろ、恋人同士と…世間にはさすがに公言してないが、
お互いには言い合ってはばからぬ間柄。
ひょんなことから、
何だかちょっぴり ぎくしゃくしたモードに入っているものの、
寝るときはそれも関係ないよねと、
いつものように掛け布団や毛布を落ち着かせてから、
こっちへおいで〜と招くように端を掲げたところ、

 『…あのね、戻るまでは離れて寝ようよ。』
 『え"? なんで?』

その日 二度目の“え"?”を繰り出すこととなったイエス様へ、

 『だってサ。/////////』

今の体型での抱っこぎゅうに慣れてしまったら、
戻った体型を 物足りないって思うかもしれないでしょ?と。
先のことへまで用心深いのは“愛別離苦”の進化系か。
どっちもブッダに違いないでしょと、
そんな頓珍漢なことを言うの、窘めるかと思いきや、

 『え? そそそ、そうなの?/////////』

そんな理屈は思いもつかなんだけれど、と。
まずは意表を衝かれたか、驚いて見せたイエス様。
そのまましばし薄暗がりの中で見つめ合ってから、

 『…じゃあ、しょうがないね。』

しおしおと持ち上げた毛布を降ろしてしまわれて。

 “だって、あんな可愛いこと言われちゃあねぇ。///////”

気づいてないかもしれない“抱っこぎゅう”なんて言い回しもだが、
今は今で痩せてたブッダに嫉妬するかも、
痩せれば痩せたで、
やわらかでふわふわしてたブッダへ嫉妬するかもと。
どっちにしても、
現状の自分以外がイエスの意中の人になるのは許さんと、
そうと思えてしまうからこその我儘なのへ、
やぁんvvと嬉しがってしまうなんて、

  相変わらずです、イエス様。(笑)

もうもうもうと憤慨しつつ、
でもでも そのまま立ち上がってしまいはしないブッダもブッダで。

 「…汗臭かったでしょう?」
 「そんなことないよぉ。」
 「ウソ。」
 「私が何で嘘つくの。」
 「うう…。//////」
 「ちょっぴりアンズの匂いがしてたのに。」
 「えっとぉ。////////」

でしょ?と、まだ茨の冠をつけてないおでこ、
こつんと同じおでこへくっつけられて。
やり込めてた側が反転するのは、

 “何で判ったのかなぁ。/////////”

まだたったの二晩だけだのにね。
ブッダの側も独り寝が寂しかったものか、
起き出すのこそ手早かったものの、
いやに遠くなったイエスの寝顔から目が離せなくって。
すっかりと思い切って立ち上がるまでに、
結局 以前と変わらないほど掛かったし。
今も今で、
花粉が感じられなくてと言ったのへ
良かったねぇと笑ったイエスが眩しくて。

 “してほしいなって思っちゃったの、
  聞こえたかとびっくりしたもの。//////////”

危機一髪へ駆けつけた彼だけに、
今度も聞こえたの?と、これでも驚いていたブッダ様。

 “……あ、もしかして。/////////”

今の顔こそ、先日の、
イエスをついつい理屈抜きに衝き動かした顔だったのかもと、
ますますと頬が真っ赤になった釈迦牟尼様で。

  その一方では、

紛れもなく私どもの手抜かりなのに、
何も手を打たぬというのも気が引けますが、
さりとて あからさまに手を出せば、
あの子が感づかぬとも限らぬので。

 【 せめて花粉の飛散を制御して差し上げましょう。】

何だかだ言って、
ブッダの身の回りをちゃんと把握しておいで。
それならば、あの子がしゃかりきになっても、
あなたもいくらか、安んじることが出来ましょうと。
そんな伝信をスノウドーム経由で、
イエス様まで届けて下さった誰か様だったようで。

 “早くキミの気が済むといいのにね。////////”

供寝のみならず、キスもダメと言い張った割に、
抱き寄せた格好になったままなのを気づかぬものか、
1日と半ぶり、くっつくことが出来た愛しいお人の感触を堪能しつつ、
春よりそちらが心から待ち遠しいなと、
真剣本気に願ってやまぬ、ヨシュア様だったそうでございます。






     ◇◇◇



さてとて。
ブッダが気が済むまでという、微妙なダイエット期間は、
案外と早くて、ほんの4日で幕を下ろした。
実質は3日半の“家庭内別居”であり。
そんな言い回しをしたイエスだったのへ、

 「何それ。」
 「だってさぁ。」

この狭さで別居なんて出来るものかというのじゃなくて、(ごもっとも)
自分にばかり構けたりして イエスを放っておきはしなかった、
一緒にいたでしょうという反駁をしかかる釈迦牟尼様で。

 「ちゃんとご飯の支度もしたし、お喋りだって…」
 「そ〜れ〜で〜も。」

寂しかったんだもんと、そこは率直に言ってのけ。
朝ごはんを終え、お片付けも済んで
戻って来ていたコタツからひょいと立ち上がって離れると、
ブッダのそばへとわざわざ回り込んで来、

 「いぃい?」と

我慢したから当然とばかり、
照れもしないで訊くのがイエスなら。

 「………うん。////////」

しょうがないなぁと悪びれこそしないが、
こちらは思いきり照れまくり、
コタツから足を出すと、
どうぞと やはりわざわざそちらを向く
律義なところがブッダであり。
照れてのこと、やや俯き掛かった彼を、
そうはさせじという素早さで懐ろへ迎え入れ、

 「あ〜〜〜、ブッダだぁvv おかえりなさい〜vv」
 「もう、変なイエスだなぁ。」
 「変じゃないもん。」
 「だって、毎日ちゃんと傍にいたじゃない。」
 「そんなの…。」

違うとは言い難いか、言葉に詰まり、

 「あのね?
  こないだの、いきなりの“ぎゅう”が出なくて良かったって
  どれほど思ったか。」

 「? いきなりの? …、あ、ああ。///////」

天女たちの奇襲があった直前の、
唐突な抱擁とキスのことならしく。
イエスもイエスなりに気にしていたらしいのが、

 「そんなしてしまって
  ますますとブッダを困らせたらどうしようかと思って。」

ほら、こんな風に。
ブッダを思ってのことだと、臆面もなく言ってくれて。

 “ああやっぱり優しいなぁ。//////”と

頬を寄せていてお顔が見えないのをいいことに、
ふふーと嬉しい笑みに破顔しておれば。

 「どうしてだろうね。」

イエスがどれほど、
どう考えていたのかが、訥々と披露されるようであり。
下手な子守が赤ん坊を
いい子いい子と慣れぬ手つきで抱えているような体勢のまま、
思うところを紡ぎ始める。

 「ああ可愛いなぁと思ったからには違いないんだけど。」

 「…。」

 「いつもみたいに、
  間近でうっとり見とれたいとか、
  包み込みたいって思ったんじゃなくてね。」

 「…。////」

 「どうしても欲しいなって思ったの。」

 「…。////////////」

 「こんなの理由になんないよねぇ?
  我儘の過ぎる、いけない人だよねぇ?」

ねえねえという口調は、どう思う?と同義であり。
ああ、でもでも、
イエスったら気づいてないのかな。

  とっても甘くて熱烈な、
  アイシテルの延長にあろう、
  そんな言い回しをしてるってことに。



 「…う〜ん。抑えが利かないのは、確かに困りものだよねぇ。」

 「え〜〜っ。」

ブッダが困るなんて、それはヤダぁとの悲痛な声を上げたヨシュア様。
ふさぁっとほどけたサラサラな髪ごと、
懐ろへ戻って来た愛しくてならぬ恋人を抱きすくめ、
どうしよどうしよ、修行した方がいいのかなぁ、
頭冷やすべきなのかなぁと。
その懐ろでは、当のお相手が
くつくつ笑い続けているのに気づきもしないで、
困惑しきりだったそうでございます。


  あれ? ブッダ頑張り過ぎてない?
  そんなことないよ、元通りだもの。///////





       お題 E“テノヒラノオンド”



     〜Fine〜   14.02.25.〜03.10.


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  *不器用な二人、しかもブッダ様受難の巻でした。(う〜ん)
   もう一個お題があるのですが、
   それは後日談ということで。(ふっふっふvv)
   今だから言えますが、
   隠れたお題は“花粉”だったお話でした。
   劇場版であれほど春の桜を見てうっとりし、
   いい季節だねぇと感嘆していたブッダ様だけに、
   ああまで酷い花粉症の症状が出る身になろうとは…。
   というわけで、ウチではこういう事情からクリアできたということでvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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