キミとの春、ひたひたと


     8



陽の強さはさすがに真冬よりは濃くもなったが、
それでもまだまだ、
三月弥生とは名ばかりの、ずんと冷たい風も吹く中で。
天界からこっそりと降臨したまいし、
キリスト教における神の子、メシアことイエス様と
他には人の姿のない住宅街の一角で向かい合うは。
ありふれた型のスーツにトレンチコートという、
それほど奇を衒ってもいない いで立ちながら。
つややかな黒髪を頭頂部に堅く結い、残りを肩下まですべらかすという、
一般サラリーマンには ちょいと珍しかろう髪形をした偉丈夫様で。
インドの古い宗教、バラモンの宇宙創造神でもあるからか、
何もかもを見澄ます眼差しも力強い彼は、
普段は浄土におわす天部の一人、梵天様という尊であり。
仏教の始祖であるブッダへ、
解脱の境地やそこへと至る尊い教えを他の衆生へも広めなさいと、
自分も帰依した上で猛アタックして来た、
今時風に言うところのプロデューサーでもあるのだが。

 「梵天さんに、お聞きしたいことがあります。」

憤然としていることを隠しもしないイエスなのは、
素直な気性の彼だからというよりも、
そのお怒りの矛先に値しよう存在が目の前にいるからで。
時折吹く風に、こちらもお背
(おせな)まで降ろした濃色の髪を遊ばれつつも、
切れ長の双眸のみならず、薄い頬にも怒りを滲ませ、

 「昨日、ブッダの身に起きたことなんですが。」

というか、不意打ちで襲い来た格好の、
天女たちによる傍若無人な一連の仕儀は。
強い力を放つ“神器”を用いた強引さから察するに、
彼女らではなく、もっと高位の存在が命じたものに違いなく。
断食の行などで痩せ細った身への同様な働きかけは、
彼や教義への反逆というものには当たらないからか、
これまでにも特に問題視されぬこととして敢行されて来たそうで。
とはいえど、
ブッダの意志を考慮しない、問答無用な仕打ちであることへは、
門外漢ながら イエスにはどうにも理解出来ない
虐待もどきとしか思えなかった代物でもあり。
しかも今回のそれは、彼の神通力を封じてまでという念の入れようが、
どうにもいやらしい悪意や魂胆を感じずにはいられない。

 「天女らは玉佩をかざし、
  ブッダの神通力を封じまでしていたのです。」

離れた地で起きていたことであるその上、
もしかしたら、
助けてという悲鳴は上げなんだブッダだったかも知れないが。
イエスにしてみれば、他でもない 今最も愛しいお人の窮地ゆえ。
それがため、本能的な防御のための意識や覇気が優先的に拾えたか。

 どんな修羅場であったかは、
 イエスの感応へも それはクリアに伝わっていたそうで。

水晶や軟石を何連か連ね、
帯の飾りとして裾へ向けて提げる“玉佩”は、
礼服や正装にまとう、特別な装飾品でもあり。
それなりの格であるからこそ まとうものである以上、
そこへ込められた霊験や咒力も強かろし、
同時に、そんな身分だということの証しにも通じていて。

 「そのようなもので押さえ込み、
  あからさまに意志を蹂躙するなんて、
  ブッダに限らずのこと、酷すぎる行為じゃありませんか?」

そう、あまりに過ぎた力づくだったのが、
微妙に所属の異なる他領界の人々のことであれ、
どうにも腹立たしくて収まらぬ。
その所業の根底に、

 例え開祖様であれ、
 天部の意志にはどう足掻いても逆らえないのだよと持ってゆく、

居丈高な傲慢さが感じられ、不快極まりなかったのだが。
それが敵意や悪意からのものだとするのなら、
今のイエス限ってには、
そんな意趣返しをするだろう尊に心当たりがなくもない。

 「…もしかして、梵天さんが
  先日の私の生意気が腹に据えかねて命じたのですか?」

もう先月の話になるが、
この天部様からのちょっかいかけへ、
ブッダがあまりにカリカリするものだから、
仲のいい自分へと構いつける格好で、彼を振り回さないでほしいと、
イエスが梵天本人へ直接言い渡した経緯があって。
その折に、
梵天が実は イエスの処遇へそれは優しい気遣いをしてくれたこと、
ブッダに話してしまいますよ…なんて。
それが一体どういう脅しになるものか、
微妙な“交換条件”を持ち出しもしたものだから。
もしかしてこの天部様におかれては、
生意気なことを言い出しおってあの小僧、と
腹に据えかねたんじゃあなかろうか…。

 「……。」

さりげなく言外に匂わせるというような、
含みのある言い回しには縁がないイエスであり。
それで…問題の対峙でも、他でもないブッダを冷や冷やさせたというに。

 その折の口の利きようや態度を不遜に思ってのこと、
 こんな所業を命じてブッダを苦しめ、
 間接的にイエスを困らせようというのかと。

今回もまた、梵天本人へすぱりとそんな訊き方をしたる彼なのであり。
事実でも濡れ衣でも いろんな意味で危険が過ぎる、
薄氷を踏むどころか、
虎の尾を踏みにじるよな真似をしたヨシュア様だったのへ、
当の梵天氏はといえば、


 「…そうですか。」


抑揚の少ない一言をこぼし、
常に張り詰めている目元を感慨深げにやや伏せる。
相変わらず表情の伺えない御仁ではあるが、
感情的に堪えての沈黙ではなさそうだったし、
何か算段しているというよりも、何かしらへ想いを巡らせていたようで。
ややあって、うんうんと合点がいったことを思わせるよな素振りをし、

 「何があったのかも、
  どんな意図を感じさせるような構え方だったかも
  ようよう判りました。」

イエスのお怒りを、尤もなことだと感じたか、

 「天部はその始まりから仏教を支えて来た顔触れだけに、
  古株ばかりで考え方も堅いものが多いので。
  鷹揚だったり福々しければそれが最良だと思っていたり、
  何かと今時を理解し得ぬ層も多いのですが。」

 それでも、
 バカンス中のお二人への過ぎる干渉は 律に障る、と。

地上の才へも眸を配り、逸材捜しを怠らぬ、
今なお活動的な尊でもある、彼らしい見解を出し、
やや厳しい目付きとなってしまわれるものだから。

 「…あの。」

何だか思ってたのと反応が違い過ぎないかと、
拍子抜けしたか、イエスがキョトンとして見せる。
なにも喧嘩を望んでいた訳じゃあないけれど、
ブッダを護りたいとする意志では負けないとし。
たといズタズタにされようと、
鋭い論理の応酬による丁々発止にも、なんの耐えてみようじゃないかと。
初っ端からちょっと及び腰ながら、(笑)
それでも彼なりに胸を張って身構えていたのにね。
首を傾げかけ、そこで…コートの袖口にて堅く握られた拳に気づいたか、
ちろりんと視線が泳いだ梵天様、
ああと此処で何かを思い出したらしく、

 「そうそう。
  私、先日お会いしたあの直後から、
  とある辺境の戦地へ発っておりました。」

そこの仏門陣営の形勢が急に危うくなったとかで、
帝釈天がいなかったものだから私にお鉢が回って来ましてと。
あっさり言って、

 「その任から解き放たれたのが今朝のことです。」
 「え…?」

となると、
昨日の顛末へ関わるのは ちと無理があり、
疑ったのはとんだ見当違いだというのは、
いくら何でも明らか。
ごごごごめんなさいと真っ赤になったイエスを手を掲げて制し、

 「いけませんよ、イエス様。
  こちらの事情なぞ、何とでも盛れることです。」

選りにも選って、彼の側からそんな言いようをして窘める。

 「そうそう嘘はつけないところは あなたと同じでも、
  そうですね、特別な咒を用いれば
  遠くからでも働きかけは出来ようと、
  見澄ますことも大事です。」

だから、誰への警戒の仕方アドバイスをしているのやら。
にやにやしつつの言でないものだから、
こちらも“はい”と頷く素直なヨシュア様なのへ、(苦笑)

 もっとも、そういうことに無縁だからこその
 無垢で強い あなたなのでもありますが、と

これは内心での独り言、こっそりこぼした天部の尊君。

 「大体、先日の交換条件とやらは、
  結果としてシッダールタも聞いてしまっていたのですから、
  内容的にご破算でしょう。」

 「あ……。////////」

ブッダが仔犬のようなと評した玻璃色の双眸を瞬かせてから、
口許をうにむにとたわめつつ、きゅうんと小首を傾げるイエスなの、
彼なりの“微笑ましい”という眼差しで見やってから、

 「それにしても、そんな事件が起きていたとは…。」

今度こそは、いかんともし難いと雄々しい眉を寄せ、
口許もへの字に曲げて、真摯に深慮を向けなさり、

 「恐らく、
  私が不在の間を任せた とある天部の出過ぎた真似ですね。」

シッダールタをさりげなく見守れと言ったのを、
監視せよだと誤解したのかも知れません、と。
そこは、よく言って別け隔てをしない…厚顔強引な日頃の性分もそのままに。
はきはきと口にしてしまわれる天部様、

 「由々しき展開には違いありませんね。
  善かれと思ったからで済まされることかどうか、
  膝を突き合わせて問いただしてみましょう。」

うんと大きく頷いた辺り、決定事項であるらしく。
話し合うんじゃなくて、問いただすんだ…と、
その言いようについついツッコミたくなったが、
さすがにそこは遠慮したイエスだったところへ、

 「ところで…。」

ふむと、別な何かへあらためて注意を向けた天界の尊様。
イエスのお顔をひょいと見やると、こんな言い回しをする。

 「もしかして、
  シッダールタは
  天恵の滋養をこうむってしまったのでしょうか。」

物凄い言いようがあったもんだなぁと、
漢字の多い表現へ“えとえっと”と混乱しつつも、

 「えっと…ほんのちょっぴりですが。」
 「そうなのですか。」

イエスが思いの外 悄然としていた以上、
間一髪で間に合って防げたとも思えぬと。
彼なりの洞察から訊いた天部様。

 「ということは、
  あの子のことだ、増えた分を落とすため、
  しゃにむに運動へと走っているのではありませんか?」

 「…っ!」

弾かれたようにお顔を上げた彼なのへ、
図星なその上、
それを好ましくは思っていないらしいことまで知れたれど。

 「だとして。
  例えば、私が何かしらの神通力や咒を用いて、
  シッダールタから天恵の滋養を抜き去れたとしても。」

どんな風に変わられたかは知りませんが、
受けた滋養を除いたことで元通りの姿に戻れたとして、

 「果たして彼は、それを素直に喜ぶと思いますか?」
 「えっとぉ……。」

折しも、ひゅうぅ〜っと吹き抜けてった北風があり。
やや虚を突かれたようなお顔になったイエスの髪を
右から左へとなぶって去ってゆき。
それが戻って来たかのように、
こんどは左から右へとなぶった頃合いになって、
やっとイエスが出した結論は。

 「………………きっと、何かややこしいことになると思います。」
 「正解です。」

よく学ばれましたねと、いつぞやの柔らかい笑い方をする梵天氏で。
それって褒められてるのかなぁとか、
第一、仲が悪いことを示唆されて何で笑うのだろかとか、
ますますもって“う〜ん”と考え込みかかる神の子へ、

 「あの子が 私のやること為すことを
  素直に受け取れないのはよくよく御存知でしょう?」

やはりあなたがしたことなのですねと、
誤解を深めるか、ますますの警戒を持たれるか。
そんな言いようを続けた天部様に慌てると、
そんなことはない、ハズ、ですよ、と
イエスが確とした態度では否定出来ないで戸惑う間にも。(笑)
それに、と
今度は今まで見たことがないほど朗らかに笑って、

 「私が心の狭い仕返しをした訳じゃあない…なんて事実を、
  特に判ってもらう必要もありませんし。」

 「梵天さ〜ん。////////」

誤解されているのなら、それも結構と言う彼であり。
殊勝にも弁解はしない…というのじゃあなくて、
そこのところを自分からは明白にしないっていう意地悪、
いやさ、悪戯をする気だなと。
彼らの間柄における、そういう呼吸を察する蓄積、
何とはなく身につきつつあるイエス様。
それは勘弁してあげてと、泣きつきかけたが、

 「ところで、イエス様。」
 「はい…。」

相変わらずのマイペース。
こっちの話を聞いてましたかと、重ねて訊く暇も与えぬキッパリさで、
彼のほうから訊いて来る、何とも雄々しき押しの強さよ。

 「話は変わりますが、イエス様はどう思われたのですか?」
 「はい?」
 「ですから、多少は天恵を得てしまったあの子のことです。」
 「あ……。////////」

本人はムキになってダイエットに走っているらしいが、
それへも…イエスが悄然としていた理由はあるような気がして。
これまた、単なる洞察から訊いたまでだった梵天氏だったのだが、

 「えと……いやあの、そんな……。///////」

ふわふわして ますます可愛くなったなぁとか、
何でこのくらいでダイエットするんだと気張るのかが判らないとか、
そんなことは 思ったとしても言えるわけないじゃありませんかと。
そんな表情になると一気に青年ぽくなる線の細さを押し出して、
やや俯いて、ごにょごにょりと口にした彼だったので。
くすすと苦笑を一つ残して、

 「ならば、奮闘を見守っててやってくださいまし。」

元へ戻るのに それほどかかりもせぬことでしょうしと、
案じることもないとの見解、
逢ってもないのに太鼓判口調で説いて下さる天部様。

 “付き合いが長いとそういうものなのかなぁ。”

ペトロは相変わらず、
私がミルクティーが好きだってのを覚えててくれないのだけれどと。
自分の身近な人で置き換えてみてから、(こらこら)
ふと、ポケットに戻した手に触れたものがあって。
ほんのついさっきまでは、いつになく憎たらしく思えたが、
誤解と判ってからは、またまた愛着も沸いた小さな玩具。
ただ、これを掴み出したら現れたこの人だったのが不思議でもあり、

 「梵天さんて、これ振ったら来てくれるんですか?」
 「そんなことはありません。」

何げに訊いてみたらば、それはそれは明確に、
飾りも躊躇もなく すぱりと応じてくださって。

 「ただ、イエス様の強い覇気の残滓がいやに散らばっておりましたので、
  一体何事があったのかと、少々好奇心を煽られまして。」

 「あ…。//////////」

 地上で何があったやらと、
 天乃国では天使たちが随分あたふたしておりましたよ。
 はい、そうらしいですね……と。

意外な流れで こちらへ向いた矛先を、
リア充なお人のフェイスブックででもあるかのように、
顔を背けて避けてしまったイエス様だったのは。
実はそれもブッダの知らぬこと、
昨夜 独りで夕飯を食べている間に、
天界のラファエルからの電話があって。
地上で何か大事でも起きたのかと、
主天使ザドキエル様から案じられており、
“早急に、だがさりげなく訊いてくれ”との連絡があった話を聞かされて。
それでやっと、自分がしでかしたことへ気づいた暢気者。
雷霆なんてな強い灼光へ その身を転変させるなど、
おいそれとやってはならぬぎりぎりの仕儀に違いなく。
だというに、
自分の発揮した強力な覇気の醸した影響とやら、
いかに大きいものだったかにまるで気づかずにいたそうで。

 「…あのその、それって。//////」
 「シッダールタには内緒、なのですね?」

イエスがあの開祖様をどれほど大切な対象としていることか。
なので、天界でそんな騒動が起きていたと知れたら心配させる…と、
そこをこそ案じてしまう順番な彼だということ、
容易に理解出来る梵天様の、イエスへの思い入れの深さもまた、
相も変わらず、なかなか結構 大したものだと言えたりし。

 「では、私たちは逢わなかったことに。」
 「は、はいっ。」

そんなこんなで、この件に関しては察しのいいお人たち。
それ以上は深く語らず、うんうんうんと頷き合うと、
ではまたと、似たようなポーズで手を挙げ合い、
さりげなくすれ違っての、
そのまま振り向きもしないで別れゆくのであった。





       お題 10“言葉で伝えられないことは”






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  *どうやら、梵天さんへの嫌疑は濡れ衣だったようです。
   日頃の行いがなぁ。(笑)
   つか、ウチの梵天様は、
   あんのバカ親父がという誰かさんへの反発からか、
   どっちかというと
   ヨシュア様が可愛いくてしょうがないらしく。(おい)
   それもあってのこと、
   最聖二人の雰囲気へも、
   気づいていつつ お咎めなしなのかもしれません。


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