キミとの春、ひたひたと


     7



特にそれなりの例祭の日でもなく、
それがため、何の心積もりもないまま過ごしていた中、
不意打ちもいいところな天女らの急襲を受けてしまったブッダ様。
誰かは知らねど、天部から預かったものだろう、
玉佩という特別な神器まで掲げ、
如来であるブッダの神通力をねじ伏せて。
問答無用も同然の強引さで、
栄養の直接注入という手を下さんとした彼女らであるらしく。
仏教の開祖を相手に、このような傍若無人を仕掛けるとは、
浄土に於ける敬愛というものの順番というか、価値観というかが、
相変わらずイエスには理解出来なくて。
標的とされてしまったのが、
他でもない彼の愛すお人であったのが口惜しいと、
そんなご本人を懐ろに、溜息混じりの吐息をふうとつく。

 「…懲りないというか、
  何でまたバカンス中の君へまで干渉するかな。」

とはいえ、同じ状況下での前例が無いでなし。
確か あの時は、聖バレンタインデーとあって、
ヤショーダラさんや天女たちからのチョコレートを、
直接“摂取”させられた彼であり。

 「何とか間に合って、蹴散らしたつもりだったけど。」

さすがは天界の奇跡で、
ほんのひとしずくを浴びただけでも
多少なりとも影響が出るよな霊験だったということか。
…そんな容易なものならば、
飢餓に苦しむ国へ優先してそそいであげればいいのに、というのは、
これまた言わない約束なのかしら?(う〜ん)

 「でも、このくらいじゃあノーカウントだよねvv」

そのおりに比べれば、
ちょっと見では全く変化が判らない程度だとあって。
こちらも天界人ならではの奇跡か、
途轍もない怒りに煽られて、
その身を灼光という激しい雷霆へ転変させたらしく。
そやって一瞬でこの場へ駆けつけた、
天女も逃げ出す 恐ろしいまでの激情もどこへやら。
すっかりと落ち着いたらしいメシア様、
二人して上がり框に座り込んだままながら、
ふふと小さく微笑むと。
自分の胸元へと凭れたままの、愛しい如来様の頬を、
肩へと回した腕の先、大向こうから届かせた手でそっと撫でて差し上げる。
大事にならず、無事で何よりと安堵した彼であるらしく、
螺髪がほどけてしまってあふれ出たまま、
まろやかな肩や背を覆う、それは麗しくもつややかな髪を、
優美な所作にて掻き上げて、
そおっと肩の向こうへ追いやってやり。
うつむいたままのお顔を覗き込んだが、

 「…ブッダ?」

彼にはそれほど衝撃的なことだったのか、
いつまでも無言のまま、打ち沈んだ様子なのが さすがに気に掛かる。
丁度眼下になった頭越し、
柔らかく低めた声で、もう大丈夫だよと囁きかけたところ、

 「…私、今日からダイエットするよ。」
 「はい?」

ぼそりと届いた硬い声はだが、
動揺の震えも まとうていなければ、
絶望とか悲観とかいう暗さも負うておらず。
案じたほど沈んでおいでではないらしかったものの、

 ……というか、

 「え? なんで?」

イエスがキョトンとしたのも無理はない。
此処へと飛び込んで来たそのまま、
離れていたのが口惜しいと、そのもどかしさを埋めるよに、
さっきまでの彼がそうしていたこと。
その腕の輪の中へぎゅうと抱き締めたからこそ、
“あれ?”と違和感へ気づいた程度の微々たる増加。
しかもしかも、
言い方に語弊がありそうながら、回りくどく言っても始まらぬ。
夜ごとその身を腕の中へと迎え入れておいでの、
イエス様だからこそ変化に気づいたほどの、
本当に微細で微妙な代物なのであり。

 「そんな性急に構えなくてもいいじゃない。」

背中なんてふかふかになってて、抱き心地よかったのにと、
いやそれはさすがに、わざわざ言ってはおりませんが。(苦笑)

 怖い想いをしたことを振り払いたいの?
 それとも、こんな僅かでも負けたようで癪なのかな?と。

訊いたその二つ目へ、
如来様の肩が動き、ややうつむいていたお顔が上がった。

 「…うん。私、こんな仕打ちに屈する気はないから。」

毅然としたお顔は、いっそ凛々しくも頼もしく。

 「どの天部の差し金かは知らないけれど、
  だからって、何でも通ると思ったら大間違いなんだから。」

イエスの前ではヲトメ心がついついほとばしる彼ではあるが、
忘れちゃいけない、( つか、忘れてるのはもーりんくらい…)
仏教開祖にして、目覚めた人ブッダ様、
慈悲深い本質ゆえにそれは苦しんだ上で
家族を捨てて出家したことといい、
マーラが見せた数々の恐怖や煩悩の幻影にも屈せず、
自力で悟りを開いたことといい、
これと決めたら決して折れない、
当世で一番だったかも知れぬつわもの。
それすなわち…と繋ぐのは無理があるやも知れないが、
あの天部最強の誰かさんをもってしても手を焼いた、
それはそれは頑迷な人であるがゆえ、
一旦入った“苦行スイッチ”は、
たとい愛するイエスの言葉がさえぎったところで、
考え直しはされなかろて。

 「そんなぁ…。」

いやいや、そんな
迷子の子犬のようなお眸々を向けられてもですねぇ……。




     ◇◇◇



私、ダイエットを始めるからと、イエスへ宣言したブッダ様。
さすがは最聖で、
屋根板越しに、ついでに言えば昼なのに、
その方向に決意を誓った星でも見えるのか。
やや頭上を見据えていた それはきりりとした眼差しは、
いっそ雄々しいほどに強い意志を感じさせたし。
イエスが やらかした“おいた”以上の、
強引で傲慢、しかもこれもまた立派に力づくな所業へ、
目も当てられないほど悲嘆に暮れられるよりは、
前向きで頼もしいことじゃああったれど、

 「じゃあ、ちゃんと食べるんだよ?」
 「…はぁい。」

イエスへの食事の支度をてきぱきと整えると。
その間 体が空くからということだろう、
寸暇を惜しむという勢い、走ってくるからと言い置いて、
二月の頭に比べれば随分明るさの残る夕方の町中へ、
トレーニングウェア姿で颯爽と出てゆくブッダ様。
まったく箸をつけぬ人に見つめられてというのも、
気まずい食事になろうからと、彼なりに気を遣ってくれたのだろが。

 “……。”

ちなみにその晩の献立は、
ふかふかで中はとろりといい具合に半熟の、
千切り野菜入りオムレツ風卵焼きをご飯へ乗っけた上から、
ほのかにショウガの風味も利いた
“あん”をたっぷりかけた中華風玉子どんぶりと、
モヤシ炒め 醤油仕上げに、豆腐と長ネギのお味噌汁。
キュウリとキャベツとニンジンの千切りに塩をして水気を絞り、
しんなりさせてから辛子マヨネーズで和えた
コールスロー風サラダ…という、ラインナップで。
どれも大好きなメニューだったし、
味わいもいつもと変わらずにそりゃあ美味しい出来だったけれど、

 「美味しいけど、美味しくないよぉ。」

相手が不在だから言えるよな こんな一言が、
だからこそ空しいし、味気無い。
こんなお夕食は久し振りだ、
いやいや、地上に降りてからこっち、
イエスには初めてのことじゃあなかろかと。
いつもの倍ほども掛かって夕ごはんを食べ切ると、
のそのそと一人分の食器を片づける。
お茶を淹れる気にもなれぬまま、ふうと吐息をついておれば。
ブッダへと設定した着メロがスマホから流れ出し、

 「ブッダ?」

どうしたの、まさか気分が悪くなった?
それともまたしても天人が…と急くように訊いたところが、

 【 イエスったら落ち着いて。】

間違いなくブッダのお声で、しかも“ふふふ”と微笑う気配がし、
ご飯は食べ終わった?と まず訊かれ、
是と応じると、

 【 じゃあ、ゆっくりでいいからお風呂屋さんに来て。】

 「お風呂屋さん?」

 【 うん。随分と汗かいちゃったんで、
   走るコースを変えて直行しようと思って。】

でもね、私、
バスタオルや着替えを持って出なかったから…と続いたの、
皆まで聞くこともなく。
バタバタと二人分の入浴用の支度をし、

 「判った、すぐ行くから。」

勇んで返事したのをどう受け取ったものなやら、

 【 あ、ゆっくりでいいよ? お腹痛くなるからね?】

どっちが案じられてる身なのだか、
そんな杞憂を いかにもな言い諭しの口調で口にしたところなぞ、
あくまでもいつも通りなブッダ様だった。





     ◇◇◇



貧血でも起こしたかと案じてしまったこっちだとも知らず、
向こうからもまた、イエスの身を慮って下さる念の入れようよ。
外は寒いから、ちゃんと沢山着て来るんだよと、
そこまで注意を授けてくれる如来様なのへ、
こたびばかりはイエスの方が引き摺り回されている観があったほど。
まま、ご本人は否定するものの苦行が好きなお人ゆえ、
絶食や断食のコツというものも心得ておいでで。
完全に何も食べない訳じゃなし、
翌日の朝と昼は何とかお粥や湯づけを口にした彼だったし、

 『私の“三日坊主”っぷりは、
  イエスもよくよく知ってるでしょう?』

 『うう…。』

本来は“飽きやすくて三日と続かぬ人”を指す言い回しだが、
どんな修行や難解な教義でも、
三日もあれば理解し、身につけてしまう
そんなブッダのことを指す言葉だというのが
この聖家でのローカル・ルール。(笑)
辛抱強いその上、集中力もあってのこと、
それほど日を掛けず達成しちゃうから大丈夫と。
こちらさんは どっちにも縁のない身ゆえ、
自分で言いますか、それという どこか恨めしげな顔こそすれ、
二の句が継げなかったイエス様なれど。
そういった“苦行”部分以外にも、
問題大有りなのにと、
やはり気が気じゃあないメシア様なのも無理からぬ。
徐々にとはいえ、陽に風に春めきを感じつつある今日このごろと言えば、

 同時に“絶賛 花粉の拡散中”だというに

かなり重症な症状が出る身だってことを忘れたか、
それとも、さすがの如来様でも熱意の容量オーバーで、
押し出されてしまっていて、昨年の悲劇を思い出せずにいるものか。

 “あんなに辛そうだったのに…。”

まさかまさか、
自分の抵抗力は花粉と合意したのだと
すっかり信じ込んでないでしょねと。
何につけ聡明な人だというに、
意外なところに落とし穴がある天然さんなのを思い出し、
そこへもハラハラしているイエスなのであり。

  何より

朝のジョギングに出掛ける時間帯は、
相変わらず起き出せない身のイエス様。
引き留められないのが不甲斐ないやら口惜しいやらで。(もしもし?)

 「朝のうちはそれほど飛んでないって言うよ?」
 「杉からは飛んでなくても、
  地上に落ちてるのが舞うでしょうがっ。」

それにしたって、地上に近い 低い位置だけの話だよと、
まだまだひどい症状に至ってないせいもあってか、
やや安請け合いっぽく
“大丈夫、大丈夫”と言って聞く耳を持たないブッダなのを、

 「それでも今日は…昼のうちは もうダメっ!」

昼食後に平然とお買い物に出ようとするのへ、
文字通り 身を呈するようにして“とおせんぼ”したのは。
昼前のニュースの中で、
今日は久々に午後も晴れが続き、
都内の花粉飛散量が多いと伝えられたから。

 そういや朝も、
 何とはなく鼻をグスグス言わせてなかった?

 寒い中から帰って来たからだって。

 ううん、ご飯の片付けが終わってからも続いてた。
 ブッダ自身は意識してなかっただけだって、と

そこは譲れませんと頑張って。

 「ブッダ、このくらいは聞いてっ。」

眉を寄せての真摯なお顔で えいっと踏ん張ったのが、
ブッダの堅い決意のうちへもさすがに届いたか、

 「そ、それじゃあお願いしようかな。」

堅実にして心配性。
先で苦しみの種になるくらいならと、
何でもばっさばっさ切り捨てる教えのせいか。
自己説教モードに入ると、ネガティブ全開になるのへの相殺だろか。
たまに前向きになると頑迷さが桁違いとなる彼だが、
口許たわませ、涙目寸前という恋人の悲壮なお顔には、
その頑迷な御心を打たれた模様で。
さすがにイエスを困らせてはいかんと思うたか。
放っておけば一日中でも走ってそうな、
熱中加速度へのブレーキにはなったらしく。
財布と買って来るもののメモを預けてくれたので、
ほおと胸を撫で下ろし、うんうんと深く頷くことで、
まずはその使役への責任への確固たる決意を表明してから。

 「いぃい? 外へ出掛けちゃダメだよ?
  私が居ないからっていってもあのね、
  あとでそれって判っちゃったなら…」

大人がお留守番する子供を相手に、
心得を言い聞かせるよな言いようだったその割に、

 「私…私、泣いちゃうかも知れないんだからっ。」
 「判ってるよ、イエス。」

約束するから、信じてと。
何だかどっかで似たような文言のやりとりがあったよな、
でもお立場は逆じゃ無かったか…というような言いようを交わし合い。
今生のお別れじゃああるまいに、
手と手を取り合い、ぎゅぎゅうと握り合ってから、
やっとのことで、行きつけのスーパー目指して、
ブッダの代理でお出掛けと相成った、イエス様であったそうな。

 “何で こんなことになっちゃうかなぁ…。”

花粉は確かに困りものだが、それでもあのね?
はだかんぼの木々の梢に小さな芽吹きを見つけては
間近い春を日に日に感じつつ。
何をと言い合うこともなく
お顔を見合わせることで通じ合う
“ネ?”のくすぐったさや愛しさを楽しんでいたものを。

 『じゃあ、私 走ってくるから。』

少しでも時間が空けば外へ飛び出し、
出先の公園などでストレッチに励んでいるらしく。

 “せめて春休みが始まっておれば。”

明るいうちは小学生に見つかるぞ、というのが
北国の幼い子への切り札みたいに
あの“なまはげ”扱いで通じたものを。(こらこら)
妙に躍起になっているのは、
彼自身も“花粉が少ないうちに…”と思っているものか。
それにしたって無茶をしてはいないかというのが勿論心配だし、

 “置いてかれるのは寂しいよぉ…。”

ならばついて行けるかといや、それも無理に決まってる。
何しろブッダはマラソン大会6位の勇者だ、
イエスがついてったところで足を引っ張るだけに違いなく。

 「ううう…。」

まだほんの1日目だというに、
もうすっかりと焦燥しかかっているイエスでもあり。
そういう時間帯か、行き交う人の姿も少ない支流沿いの小道を、
歩調もしょんもりと、とぽとぽ歩んでおれば。
ひゅうと真っ向から吹きつけた風がまた冷たくて、
咄嗟のこととて ぎゅうと眸をつむったほど。

 “…あ、手套忘れちゃった。”

だってバタバタって出て来ちゃったものな。
お行儀悪いけどと、ポケットに手を入れれば、
何か堅いものの感触があり。
それが何かが判ったと同時、
いつもは笑みが浮かぶはずが、
今日は忌々しい気分が沸いてしまったイエス様。

 確証なんてないけれど、
 天女たちは自分の意志であんなことは出来ないのは明白で。

彼女らへああまでの乱暴を指示出来る尊といや、
天部の中でも高位の誰かだろうと範囲も絞られる。
いつもの彼なら、断定することへさえ、
まさかねぇと やや及び腰にもなろうところだが、

 「もしもそうなら、許さない。」

トートバッグが肩からずり落ちぬよう押さえつつ、
ポケットから取り出したのは。
子供の拳ほどという大きさの、特別仕様のスノウドーム。
少し大ぶりな手の中に、ぎゅうと握り込めておれば、
頭上の空をさっと、何かしらの鳥がよぎったような陰が翔って。
何だ何だと、空のあちこちや
通りを左右から挟み込んでいるお宅の
塀の上に覗く木々の梢なぞを見やっておれば、

 「もしかしてお呼びですか? イエス様。」

さっき見やったおりには誰もいなかったサザンカの生け垣の前に、
一体どこの国の大使なのやらと思わせる、
ちょみっと風変わりな結髪のまま、
長々伸ばした黒髪を背中まですべらかしにした
スーツ姿の偉丈夫が立っておいでで。

 「呼んではなかったですが、
  お会いしたいと思ってたところですよ、梵天さん。」

これまでの彼には珍しく、
このおっかない人を相手に、やや喧嘩腰で言い放ったメシア様だった。





       お題 C“背中合わせ”






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  *何だか長くなって来そうなので、半分こしますね。
   苦行スイッチが入ったブッダ様くらいは
   雄々しく頼もしく書いてみたかったのですが、
   単に人の話を聞かない人になってしまったような気が…。
   (天部の強引さを非難出来ないぞ、それ…)笑


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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