キミの匂いがする風は 緑

 


     1




いつの間にか空の色が濃くなっていて、
陽の強さもじりじりと攻撃的。
日向でじっとしていると、背中とか熱いくらいで、
うわと慌てて日陰を探してしまう。
部屋の中にいる分には、半袖はまだ早いかななんて思ったのにね。

 「う〜〜〜〜んっ。」

アパートの物干し場も、
この頃合いは ずんと早い時間帯から陽射がいっぱいとあって。
大物が干せる竿台を使える日が晴れだったりすると、
洗濯するもの何かないかないかと、
ついのこととて わざわざ探してしまう順番となるほどで。
シーツと布団カバーという大物を洗ったのを手際よく干し出し、
風にはためく様を眺めつつ、
空へと腕を突き上げ、うう〜んと大きく背伸びをしておれば、

 「ブッダ〜、持って来たよぉ。」
 「あ、ありがと〜。」

2階のお部屋から階下のこちらまで、
うんしょうんしょと肩の上へ担ぐようにして、
イエスが運んで来たのは敷き布団。
端からロール状にくるくると巻き上げ、
二カ所ほどロープで縛って筒状にしてしまえば、
案外と運びやすくなるもので。
とはいえ、

 「ごめんね、急に思い立ったもんだから。」
 「ううんっ。
  何なら、2枚とも、私が、持って、来たかった、ほどだよ。」

言ってることはご立派だけど、
ぜいぜいと息が弾んでいるその上、
打ちっ放しのセメントの上へお膝をついての頽れ落ちていては、
あまり説得力はないような。(苦笑)
何だったら、力持ちのブッダが2枚とも
一気に持ち出したかったところだったが、

 『そんなのダメッ。/////////』

そりゃあさ、ブッダのほうが力持ちなのは事実だけど、
私だって、あのその…と。
イエスが 任せ切りにはしたくなさげな態度を見せて。
そこは察しもよろしい如来様、
勿論のこと、ブッダを思いやっての発言だというのも判っているその上で、
男の甲斐性みたいなのを示したいとするところが何とも可愛いなぁと、
くすぐったく思いつつ、

 『じゃあ、1枚ずつ運び出そうね?』

そうと譲歩し、お洗濯をしつつの布団干しと相成って。
受け取った布団のロープをほどき、
空けてあったスペースへ、よいしょと干しかければ、
これで本日の“お洗濯大作戦”は、前半部が無事に完了。
敷地を取り囲む金網フェンスに背中を預け、
膝を立てて座り込むイエスへ、

 「お疲れさま。」

にっこり微笑ってブッダが差し出したのは、
こうなろうと見越してか、冷蔵庫から持ち出していたらしい
冷やしたミネラルウォーターのペットボトルで。
わあと嬉しそうな顔になり、すいと伸ばされた腕に、

 “あ……。/////////”

初夏向けのちょっぴり余裕のあるTシャツは、
腕を上げれば袖口がやや下がるのだが、
そうなることで大きくあらわになったイエスの手首が、
何というのか妙に男臭い色香に満ちており。
くるぶしみたいに外側へ関節が飛び出してるところなぞ、
ごつりと大きくて、何とも言えぬ雄々しさが感じられ。

 「ブッダ?」
 「あ、ご・ごめん、はいっ。////////」

ついつい見とれちゃったものだから、
あとちょっとという距離を残して手が止まったの、
ごめんねと慌てて謝って。
水滴をまといつけてたペットボトルを手渡せば、

 「……ありがと。////////」

イエスはイエスで、
陽のある側に立っていたブッダの肢体の輪郭、
腕を延べたことで開いた脇下や、腰回りへ至るラインなんぞが、
シャツ越しにほのかに透けてみえたのへ、

 “あやや、何か色っぽいじゃないのよ。///////”

シャツを着てない、素肌の輪郭だって
見て、だけじゃなく、触れてという格好でも、
ようよう知ってるはずなのにね。
…なんていう順番で想起したもんだから、

 「〜〜〜っ、けほこほっ。////////」
 「イエス? どうしたの、大丈夫?」

気管に入ったの? だったらと、
傍らへ屈み込み、背中を叩いてくれる優しい手へ、

 “…ごめんなさい。////////”

疚しいこと考えたから罰が当たりました、と。
咳き込みながらも、
こっそり懴悔しちゃったイエス様だったりするのである。




     ◇◇



ちょっとした切っ掛けというか勢いから、
これまでの他愛のない睦みようが、ちょっぴり進展したお二人だったが。
そうはいっても、日々の生活までもが変わった訳でなし。
ご飯食べて、テレビ観て笑い合って、
ブログつけたり、家計簿つけたりもするし。
買い物にも行くし、図書館にも立ち寄るし、
風が気持ちいいからと遠回りして帰ってみたりもするし。
宵には銭湯にも出掛けるし、
今はいい蚊取りグッズがあるから、速めに用意しなさいよと
女将さんから忠告されもして。(笑)

  そんな日常を普通に過ごして、さて。

夕食を終えて、何とはなしテレビなぞ観て。
そろそろお布団敷こうねという時間帯が近づいて。

 「…えっと。////////」

卓袱台の上を片付け始めるブッダなのへ、
ああもうそんな時間かとイエスも気づき、PCを一旦閉じる。
何とはなしの言葉少なに、片やが卓袱台を畳めば、
もう片やは押し入れへ歩み寄り、そのまま布団を敷き始めて。

 「…イエス、ネトゲとかするのかな?」
 「いや、うん。今日は予定してないし。」

これまでは、少なくとも昨年の秋口からこっちは
よほどのイベントでも重なってない限り わざわざしなかった
そんな確認ぽいやり取りをついつい口にし。
そう、それじゃあと、
何ともぎこちなく明かりを消したブッダが
そのまま真下の自分の布団へすべり込み、
横になって掛け布団を均しておれば、

 「ぶっだvv」

布団カバーのわしわしという音に紛れもせず、
イエスの声が、いつもと同じに掛けられて。

 「…っ。////////」

無かったことにする気なんてなかったし、
それは、あのその、
昼間のちょっとしたところどころにも こそりと滲み出てもいて。
視線が合うだけでポッとなったり、
手元不如意になりかかり、
書き込んだばかりの家計簿の、余計なところを消しかけたり。
そういう含羞みのレベルや頻度がやや上がったのは、
お互いに苦笑しつつ自覚してもいたことで。
それでも昼の間は、何がどうと言わずに通していられたけれど。

 「ぶ〜っだvv」
 「…うん。/////」

何だろこれ。//////
何でこんなに照れ臭いのかな。//////
胸が凄いドキドキしてるし、
手も何だか震えてないか?
ああでも、イエスに心配させるのはヤダ、と。
こちらも変わりないことのよに振る舞おうと、
横になった身を肘で少し浮かせ、お隣りの布団にすべり込めば。

 「…凄い緊張してない?」
 「…っ。///////」

辿り着いた懐ろ、胸元へと降って来た囁きに、
うああと肩が震えたのが、何を言っても無駄だと言ってるようなもの。
ああでもあのねと、言いたいことは山とあって、
愛しい胸元へ手を添え、顔を上げれば、

 「うん。私が怖いとかそういうんじゃないんでしょ?」
 「……っ。///////」

先んじて すぱりと言い当てられて、
そこへはホッとしたけれど。
そうだって何で判ったの?と、
今度は別口のむずむずが、顔一杯に書かれていたようで。
強ばってた肩が すとんと萎えたのを、
まずは よしよしと撫でてくれたイエスは、

 「だってブッダったら、凄く思い当たる顔してるんだもの。」
 「え?///////」

やだ何それと、口元へ手を持ってけば、
何か可笑しかったようで、イエスが肩を震わせてくつくつと笑う。
急くように抱き合った昨夜までは、
同じように戸惑ってのこと、
イエスもまた、どこか切ないお顔でいたはずなのに。
なぁんだって落ち着いたあとも、
どこか照れ臭そうに含羞んでたのは同じだったはずなのに。

 “そういえば…。//////”

今日一日のところどこ、
目が合ったりするたびに、手がちょんと触れるたびに、
身をすくませるほど、はたまた肩が躍り上がるほど
ドキドキしてしまってたのは、
ブッダの方ばかりじゃあなかったか?
イエスも照れてはいたけれど、
彼の側は せいぜい苦笑するくらいだったような…?

 やだもう、教えてよぉ、と

子犬が心細げに鳴くような、
くぅんという切なげな鼻声を出したのがさすがに効いたか。
あ・ごめんねぇと長い腕が伸びて来て、
腕ごと背中ごと、くるんとくるみ込むよに抱きすくめてくれて。
その柔らかい抱えようへ、大人しくくるまっておれば、

 「あのね?」

飛び切りの秘密を明かすよと、低められた声が静かに響いて。

 「告白し合ったばかりの頃と同じだなぁって、
  すぐに気がついたんだ、私。」

 「あ…。///////」

それまでは仲のいい友達同士、
ううん、ちょっと頼りない弟分へという
それほど意識も挟まらない、遠慮のない接し方をしていたものが。

  そんな彼へ急速に惹かれてしまった恋心を自覚し、
  それを案じたイエスから、もっと前からの片想いを告白されて。

意識したその日のうちに、相思相愛という成就をみたはいいけれど。
恋情という不安定な想いを抱えたばかりのブッダは、
言われてみれば丁度今日の一日と同じよに、
それまでは平気だったイエスとの触れ合いに
過敏なくらいの反応を見せてもいたっけと。

 「あ、あのあのっ。///////」

落ち着くにつれて真っ先に感じたのが、
あれってきっとイエスを傷つけたよねと、
そりゃあ案じた所業だっただけに。
今また同じことをしているなんてと、
理解した途端、居ても立ってもいられなくなって、
急くように連れ合い様のお顔を見上げたブッダだったものの、

 「そんな顔しないで。もう落ち着いたんでしょ?」
 「……うん。///////」

ああそういえば、
あんなに緊張していたはずが、今は微塵も感じない。
くるりとくるみ込まれたイエスの腕の中は、
それは温かくて安らげたし。
彼をまたもや傷つけたんじゃあと
思ったことさえ遅まき過ぎて。

 “…やっぱり敵わないよなぁ。///////”

こういうところが、先に恋心を温めてた蓄積の差なんだなぁと
久々に思い知らされたような気がしたブッダ様。
今となっては何を意識していたものかも定かじゃないまま、
仄かな自己嫌悪に萎れておれば、

 「……。//////」
 「??」

そんな彼の着ている、パジャマ代わりのシャツの袖辺りを、
つんつんと遠慮がちに引く感触があって。
何だなんだと顔を上げれば、
こちらからの視線をふいと避けつつ含羞む気配。
今更 何を照れてるイエスなのかが一向に判らずに、
小首を傾げてじいと見やり続ければ、

 「あ、あのね? あの…。///////」

口に出すだけでも随分と勇気の要ることなのか、
察してよと言いたげな視線を寄越しつつ、
もぞもぞと言い淀む彼であり。
さっきまでの余裕のお顔が嘘のようだったが、

 「…っ。//////」

えいっとばかり自分を抱く腕をギュッと縮め、
そのまま背中へ回した手で、
やっぱりシャツをつんつんと引く彼なのへ、

 「………………………ぁ。///////」

 「あっ、て何よ。あっ、て。////////」

照れ隠し以外の何物でもない勢いで、
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるイエスは。
ある意味、さっきまでの緊張し切ってたブッダ以上に可愛くて。
だって、
既にこうしてぎゅうと抱き締めてる相手へ、

  シャツ、脱いで?//////////

こうまで短い一言が言えず、
察してよぉと真っ赤になってた訳なのだし。

 “ああでも。////////”

そこは自分だって、と、
それへもやっぱり思い当たることがあるブッダ様。
たった七文字、イエスが好きだ、が、
なかなか言えなかったのだものねぇ…。





     ◇◇



同じ毛布にくるまりながら 身を寄せ合って、
お互いを見つめ合って、他愛ないお喋りをして。
手をつないだり、頬を撫でたり、
髪を梳いたり、おでこへキスしたり。
それからそれから、相手のまとう光の覇気を拾ってのこと、
仄かな明るみの中に視線を合わせ。
絡ませた視線をゆるりと降ろし合って、
吐息の甘さで捜し当てた唇へ、
あなたが愛しいとついた溜息、吹き込むように口づけて。

 そこまでは これまでと同じだったけど

ねだるよにしてシャツを脱がせて、
素肌へ素肌を擦り合わせれば。
触れた瞬間、淡い熱が立つのが判って、
初めてキスしたときよりも、
もしかしたらば 落ち着けぬほどときめいてたり。

 『…あのね、ブッダの髪が
  こうして胸や腕へじかに触れると、
  物凄くドキドキするの。//////』

 『私だって、
  イエスの手のひらが、あのその、
  じかに脇や背中に触れてると思うと…。/////』

もう一度 一から始め直すかのように、
いやいや新しい階(きざはし)を昇ることとなったからこその、
止めどないときめきを自覚して。
最聖たる者がちょっぴり興奮しつつ、
でも幸せそうにお顔を見合わせ、
ますますと密になれた相手の温みへうっとりしたり、
間近になった口許へ、
指で触れてはついばむようなキスを贈ったり。
果ては 夜がもっと長けりゃいいのにと、
無理なことをば思ったりしつつ。
やわらかな抱擁の中、
うっとりと眠りについた昨夜だったのであり。

  あたふたしたのも、そう昨日までのお話で。

またぞろ始めたての頃のよに、
ドキドキしながら抱き合えるようになれただけ。
そうと思えば、目が合っての含羞みの笑みも
ますますと甘くなるばかりで 限(きり)がなく。

 ふかふかにしたお布団の上、
 今宵も睦まじく過ごすのが楽しみな
 ちょっぴり えっちな最聖様がただったようでございますvv


  「な…なんてことぉ。////////」

  「そうだよ。
   いくらもーりんさんでも、
   文字にして言って良いことと悪いことが。」


 ……ややこしいお叱りを、わざわざどうもです。(大笑)



  お題 1 『洗濯日和』





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  *えっとぉ。(笑)
   ちょっぴり進展しちゃったお二人の、
   新生活というか、清かな緑の季節篇でございます。
   清かと言っちゃっていいのかなぁ。
   まあまだ“押し倒した”とは言い切れぬ段階だしなぁ。(苦笑)

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