キミの匂いがする風は 緑

 

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五月といえば、
いいお天気になれば、気温もぐんぐんと上がる頃合いで。
一面 コンクリートの物干し場は、
照りつける陽射しが白く弾けて目映いほど。

 「今からあれじゃあ、
  真夏はとんでもないことになるんじゃないかな。」

一仕事終えましたということで、
しばらくほどは
青空に映える満艦飾の洗濯物という構図の爽快さを眺めていたものの。
炙られるような暑さとそれから、
干したものに白ものが多かったこともあって、
眸がチカチカしてきたものだから。
こりゃたまらんと、慌てて部屋へ戻った最聖の二人であり。
随分と汗をかいたので、
拭うより いっそ顔を洗った方がいいと言われ。
素直に流し台へ上体を傾けているイエスの、
背中まである長めの髪、手慣れた様子で束ねつつ、

 “私はともかく、
  イエスの暑さ負けが心配だなぁ。”

基本、慎重派なものか、
先行きを見通すことにも余念のないブッダ様。
風邪だの虫歯だのという一般的な病には縁がないと言いつつ、
そもそもの暑さ寒さへのハードルが低すぎて、
見ていて気の毒なほど しなびてしまうイエスであること、
今から案じていたりするのだが、

 “とは言ってもねぇ…。”

ブツそのものの価格と、
それを使い続けるのに必要な維持費も考えると、
中古であれエアコンなんて無理な相談だし。
今年もまた、
リサイクルショップで買い求めた
中古品の扇風機で乗り切るしかないというところかと。

 「ありがとー、ブッダvv」
 「どういたしまして。」

キツくもなく緩くもなくと、
手際よく束ねられた髪をわざわざゆさゆさ振って見せ、
御機嫌な様子でいるイエスに励まされ。
まま、まだ先の話だよねと、
ブッダも夏への杞憂を 胸の奥へと一旦仕舞い込むことにする。
六畳間の窓を開ければ、
まだまだ清かで涼しい風がよく入り。
窓辺に下げた靴下や下着といった小物は、
昼までには乾きそうな勢い。
これも陽が高くなった証拠か、
窓の形の陽だまりも、窓近くに落ちているばかりだが、
とはいえ、室内は十分に明るくて。
卓袱台周りという定位置へ落ち着いたものの、
PCを開いたイエスも、今日の折り込みチラシを広げたブッダも、
ついつい視線は 窓の外。
揺れてひるがえるカーテンの“おいでおいで”に誘われては、
明るい空や それを背中に負うた濃緑の生け垣のほうへと眸が向いてしまう。
そんな視線、次にはお互いの顔へと振り向けて、
そのまま ふふーと苦笑し合い、

 「何か、どこかへお出掛けしたくなるほどだよね。」
 「うんうん。勿体ないって感じだよね。」

インドア派だと常々自負しておいでのイエスに、
そうまで言わせるほどなのだから、
新緑のパワー、恐るべしというところ。

 「お散歩、新緑、そうそう花が咲いてるところとか。」

さっそくPCでの検索にかかるイエスであり、
ご近所に何かないかとググったところ、
ぱぱっと結構な数のサイトが画面へ展開したのだが、

 「…………………あ。」

先に何かへ気づいたらしいイエスが、
軽く顎を上げると、そんな声を出したまま、
でもでも何故だか その後を続けない。
小さな写真を挙げてるところもありはするが、
恐らくは紹介文の取っ掛かりがまずはと連なっているのだろう、
ブッダには ほとんどが単調な文章ばかりの羅列にしか見えなくて。

 「イエス?」

これの中の一体何へ そうまでハッとしたものか、
当然 教えてくれるんでしょ?という
何の詮索も疑心もない眼差しを向けられて。
それでなくとも愛しいお人、
そんなブッダから、麗しの深瑠璃色した双眸からの
期待がいっぱい、真っ直ぐな眼差しを向けられたからには、

 「えっとぉ…。/////////」

嘘や詭弁が下手くそな身が恨めしいと、
神の子にあるまじき想いをちらと感じつつ。
でもでも、
この愛らしくも嫋やかな“???”を差し向けられて、
何で知らんぷりが出来ましょか、と。
画面の中でカーソルを移動させ、んぱっと開いたリンク先は、

 「…………………あ。//////////」

それは瑞々しい新緑の木立をあしらった、
だが、さほど凝ったところはない とあるサイト。
丁度今が見ごろだという花々や植物の紹介と、
それらの中でも特に顕著なもので
特別な展示花壇や遊覧庭園を設けておりますというご案内と。

 ああそうだ、
 まだ少し時期は早いけど、
 此処へ行ったことで、大きく進展した自分たちではなかったか。

去年初めて検索したおりは、
淡い緋色のハスの花の写真が、それは品のいい飾り罫線で囲まれていて。
梅雨の最中だったけど、それにしては いいお天気の中、
それは富貴な佇まいの蓮たちを、
二人して ワクワクと観に行ったのを思い出す。

 「植物園だもの、
  そりゃあ時期の花も揃えているだろうよね。」

ご近所で一番の花処とググれば、此処が検索されて当然な場所であり。

 「う、うん。そういや そうだよね。/////////」

色々とあのその、切っ掛けになった場所だけに、
ブッダも含羞みを隠し切れないでいる模様。
と言っても、
別に故意に意識した上で これまで避けてたつもりはなくて。
のんびりとマイペースで過ごしておいでのお二人なのと、
それにしちゃあ様々な予定が
これでもかと人懐っこくもやって来たのとの兼ね合いで、
うかーっと忘れ去ってただけのことであり。
開園時間や展示内容、交通手段などなどのご案内を
章で分けて掲示してある画面には、
見覚えのある温室の屋根や、
関連展示が色々と詰まってた本館の建物などの写真が、
新緑萌える木立を従えるようにして使われていて。
館内図の上、ついつい目線で辿ったのは、
ナツメヤシやシュロなど南国の植物が導く先、
夾竹桃の生け垣を目隠し代わりのパーテーションにして、
奥向きの中庭に配されてあった 大小三つの蓮の池。
ああ、あれはさすがにあのままなんだ、
線画の図面では判らぬが、
今年もあの青々とした葉の群れが、
生き生きと育っている頃合いじゃあなかろうかと。
何ともまろやかな笑みを口許へ浮かべておいでの釈迦牟尼様なのを、
すぐの間近から見やっていたイエス様。

 「…うん。それじゃあ此処へ、新緑を観に行こっか?」
 「え?///////////」

すっかりとPCの中に意識を取り込まれかかっていたブッダが、
我に返ったように傍らの伴侶様へと視線を向ければ。
鼻の下のお髭ごと、その口許を弧にたわめたヨシュア様、
玻璃の目許もやんわりと細め、

 「ほら、今だと空木やハリエンジュがそれは綺麗だってvv」

空木というのは卯の花のことで、
どっちもそれは瑞々しき緑の梢に白い小花をたわわにつける
初夏を代表する花であり。
卯の花はどちらかといや生け垣に多く使われる中木だが、

 「こっちのハリエンジュはね、
  桜みたいに風に乗ってはらはらって散るのが
  そりゃあ見事なんだって。」

マメ科なので、
藤のようなスイートピーみたいな形の房花を
たわわに咲かせる高木樹で。
桜ほどの一斉にとはいかないが、
それでも結構な花吹雪を見せてくれる。
実は 昔住んでたところの土手ののり面に一杯植えられてたもんだから、
もーりんも毎年楽しみにしておりまして。
秋になったら今度は小さくて一杯つく葉のほうも、
風に遊ばれ、それは見ごたえある散らし方をする樹だったのを
ようよう覚えております。

 「今時分はやっぱり色んな花が見ごろみたいだよ?
  ばら園も開放されてるし、
  あ、世界の百合展なんてのも開催中だって。」

まるで植物園の広報さんのように、
そりゃあ朗らかなお顔で、
ご案内の記事をどうよどうよと勧めてくるイエスであり。

 「…えっとぉ。///////」

それは艶やかで風雅な蓮を観に行ったその日を境に、
思いがけなく、その間柄が大きく動いた自分たちであり。
それを思い出してのことだろう、
体の芯から得も言われぬ甘い熱が浮かび上がって来たものの、

 「………うん。///////」

ねえどうする?と、それは悪戯っぽく微笑っているイエスが、
こんなにも優しくて、それは頼もしいお顔を見せてくれるようになった、
その切っ掛けになった場所でもあるんだものねと。
それを重ね合わせれば、
まだちょっぴり恥ずかしさの滲む“含羞みごと”も、
も一度なぞってみたい、くすぐったい思い出へと昇華するようで。

 「そうだね、いい季節なんだし行ってみようか。」

賛成と口にした途端、
イエスが やたっとそのお顔に浮かべていた笑みをますますと濃くする。

 「よかった。じゃあ、明日にでも出掛けようねvv」
 「えと、うん…。////////」

自分の裁量待ちにされたのが、今日は特に面映ゆくなった如来様。
何も私の言葉で決めなくとも良かったんじゃないの?
だって、あのあの、イエスも行きたいんだってお顔でいたんだし、
今だってそんなに嬉しそうなのに。
だというに あくまでもと優先された気遣いに、
何故だか含羞みが込み上げて来て、
頬がカッカと熱くなってしまったものだから…。/////////

 「あんまりはしゃぐと、
  その冠 没収されちゃうかも知れないよ?」

紅色のばらがいっぱい咲いてるのをバラ園の係の人に見られたら…と、
ついのこと、ちょっとばかり意地悪な突っ込みをしてしまったブッダだったが、

 「そこは大丈夫vv」

ふっふっふ…と余裕の笑み浮かべ、
顎を引いての何やら決め顔になって言い切るメシアであり。

 「?」

何が大丈夫なんだろか、
今朝なんて 新聞の広告欄に
実写版ゲキガンガー、ブルーレイで復刻とかいう記事を見ただけで、
いきなり全周満開状態にしていたくせにと。
それが何の何で、どう萌えた彼なのか、
いまだにちょっと追いつき切れていないブッダが
怪訝そうに小首を傾げかけておれば。

 「だってバラ園の係の人がいるということは、
  そこってバラの温室なんでしょう?」

 「う、うん、そうなるよね。」

だとしたらとの勿体つけて、
一体どんな名推理や名案を捻り出すかと思いきや、

 「だとしたら。
  これへそうまでの花咲くほど上機嫌な私が居ようものならば、
  こんな小さなカチューシャへ構ってられないほどに、
  辺り一面が、ばら満開の大豊作状態と化してるだろうからねっ。」

 「〜〜〜っ☆」

手もないことよと、
どこのイケメンを意識してますかという
威風堂々、居丈高調の澄まし顔になったヨシュア様だが、

 「零点なんだからねっ、そんなのっ
 「お、おおう?」

もっと大変なことが起きてるだろからだなんて、
そんなの もっといけない一大事でしょうがと。
コトの順番を正さねばとばかり、
身を乗り出してまで声を大にした釈迦牟尼様だったのは
言うまでもなかったのでありました。







  ああでも、何だか懐かしいねぇと


四角く正座したイエスを前に、
こっそり感慨深げな吐息をついたブッダだったのは。
ほんの小半時もなかったほどの短さながら、
それなりのお説教を繰り出してからという(笑)
お昼どき間近い頃合いで。
お調子に乗ってしまいましたこと、
重々反省しましたと項垂れる伴侶様を前に、
苦笑しつつ立ち上がった螺髪も凛々しい如来様。

 「今日は暑いし、お昼は盛り蕎麦にするけど、
  トッピングにリクエストある?」

今日はネギとオクラとショウガに、
そうそう、ミョウガもあるんだけどと。
先程までの厳粛だったお説教モードからからりと切り替え、
すっかりと母親モードの慈愛満ちたお声をかけたれば、

 「あ、じゃあ私、ショウガとミョウガが良いvv」
 「了解vv」

昨夜のカボチャとタマネギのてんぷらも オーブンで温め直すね。
わあ、嬉しいなvv カリカリしにてねvvと、
お顔を上げて、屈託なく微笑ってくれるイエスなのが、
現金だなぁと思いつつ、実のところはホッとする。
時々微妙な物差しでの言動が飛び出しもする、
困ったお人だというか、やや“不思議ちゃん”なイエスではあるが。
いずれも素直な人ならではな 朗らかさの為すことゆえに、
至って罪がないものであるのもまた事実。
さあ乾麺を茹でましょうねと、キッチンへ移動し、
流しの下から大きめのナベを取り出そうと、
かかとを立てて膝をつき、ひょいと屈んだブッダのその背中へ、

 「……あ、わあっ。」

不意打ちもいいところ、何かに驚いたかのよな、唐突な大声が上がる。
他でもないイエスが上げたそれであり、

 「…えっ?!」

何なに一体どうしたのと、素早く振り返った六畳間では、
卓袱台にすがりつくようにして、
眉根を厳しく顰めているイエスがいるばかりで。
膝だけをつくようにし、
脛から先の足ごとを両方とも、
何とか宙に浮かせているところから察するに、

 「………もしかして、あのくらいで足がしびれたとか?」
 「ううう…。////////」

30分もあったかどうか、
それに…言っては何だが、こうまで痩躯な君なのに。
そんなくらいの正座ごときで、
立ち上がることが出来ないほどって……。

 「結構 大丈夫になって来てたはずなのにねぇ。」

食事どきも椅子ではなく この卓袱台について食べているのにと、
傍までやって来つつ、またもや怪訝そうな顔になったブッダだったが、

 「だってだって、さっきまでそりゃあ畏まってたんだもの。」

うわぁ、ツッてるんじゃないのかなこれと、
膂力もそれほどないのを何とか踏ん張って、
腕立て伏せの出来損ないよろしく、卓袱台へのしかかり気味の前のめり。
何とか足へ重みを掛けぬよう工夫を凝らすイエスの様子が見ておれず、

 「もうもう、ほら……。」

一旦延ばして血行を良くしなきゃあと。
生まれたての小鹿のように
突っ張った腕をがくがくと振るわせ始めておいでのメシアの上体を、
前から指し渡した片腕でひょいと支えるよう抱き込むと、
布団の裏表を返すよに、
右腕から左腕へその身を移し返させることで その身を返させ。
空いた側の腕は、膝の下へとすべり込ませて、
ほれと軽々、変則的な“お姫様抱っこ”へもってく頼もしさよ。

 「や、これって。
  わぁん、痛いよぉ、じゃあなくてっ。/////////」

宙へ浮いた両足から、
じいんじいんという強いしびれが容赦なく放散されるのが、
勿論のこと一番の痛手だったが。

 「ブッダ、勘弁してよっ。私これでもあのさっ、////////」

何が恥ずかしいって、
日頃の時々、何かと不安そうなお顔になるブッダを、
大丈夫だよと包み込む
“頼もしい”伴侶様というポジションであったのに。
こうまで軽々と、しかも新妻抱きで抱え上げられてちゃあ、
何と言いましょうか…沽券にかかわる何かへ抵触してませんかと、
イエスが相当に焦ってしまっても無理はなく。
だがだが、

 「大人しくしてって。何へ触れても痛いんでしょう?」

ブッダの側だとて、
深慮もなくの やっつけで手を貸した訳では勿論ない。
座ったままという高さでなくとも、
実は軽々こなせただろう仕儀だけど。
そこまでやっては それこそイエスのプライドがずたずたじゃあないかと、
これでも そこはちゃんと把握してもいたらしき釈迦牟尼様であったれど。
やだやだとじたばたし、
降ろしてほしがるイエスには、やや業を煮やしてしまい、

 「辱めなんかじゃないんだから我慢して。」

誰が見ている訳でなし、
困ってるときに手を貸したり貸されたりは、
当たり前のことでしょうと、
強い語調で言い聞かせようと仕掛かったところが、


  「〜〜〜〜ブッダのバカ、大嫌いだっ!!」


さほどの怒号ということもなかったけれど、
顔を赤くしての精一杯の声で放たれたイエスからの一言は、

 「…………っ?!」

どんな罵声や雑言よりも辛辣な響きで、
苦行の末に目覚めた人の懐ろを、ぐっさり深々と突き通したのであった。






  お題 5 『含み笑いなんてずるい』





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  *ありゃ、何でこうなったかな。(おいおい)
   もしかして初めてじゃないでしょか、
   ここまで突発的で、中身のない大喧嘩ってのは。

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