キミの匂いがする風は 緑

 

     3



どちらが上位だの引っ張る側だの、
包み込まれたまま 楚々と従う側だのと、
特に決めてあった訳じゃあない。
強いて言えば、恋情というものを意識して以降、
慣れのないことゆえに、動揺することの多いブッダなのを、
ずっと傍から離れることなく、
根気よく宥めたり、その懐ろへと包み込んだり。
落ち着いてと見守ってくれる、
尋深い愛情を止めどなくそそいでくれるのが、
そういえば いつもイエスの側だったのであり。
常の日頃からも、
その甘い甘い口説きは欠かされなんだものだから。
頼もしい意味合いでの孤高の人だった、
毅然としていて助けなぞ必要としない様、余裕で保ってもいたブッダが、
相手へ凭れたり甘えかかったりという、柔軟で豊かな情愛の示しようも
少しずつながら出来るようになったのではあるが。

 「………。」

今回、それが顕著な引き金だった、
物理的な面での腕力膂力は勿論のこと(う〜ん)
打たれ弱かったり、我慢がなかなか利かなんだりするイエスに比すれば、
どっちが頼もしい人性かは やはり歴然としており。
そういった格好での雄々しさ凛々しさを問うたなら、
やはりやはり単純な物差しで言えば、
ブッダの側が支える側になって当然なのかも知れぬ。
だが、

 “そういう問題じゃあないじゃない。”

そりゃあサ、ブッダのほうが先達だし、
生前を言っても天寿まっとうに近いほど生きて経験も積んでる人で。

 “そりゃあ、私はこの見かけと同じほどしか、
  実経験はない身だったけれど。”

それをおいても、ブッダには色々と我慢させても来ただろうし、
小童っぱの生意気に振り回されても、いつも穏やかに笑ってられるのって、
それを徹底するなんて、私には到底真似出来ないかもだけど…。

 「…。」

ふと。ぐつぐつと沸騰するばかりだった憤懣が、
吹き上がる間合いを微妙に逃して押し黙る。

  もしかして

去年の夏からこっちのあれこれの、
始まりはともかく、ここ最近に限ってはもしかして。
ブッダのほうが実は頼もしいけれど、
経験値だって余裕で上だけれど。
それを発揮したらば私が泣いちゃうから、
仕方なくで譲ってくれてたのかなぁ、なんて。
ふと、冷静になった頭で
そんなカードを繰ってみるイエスでもあったりし。

  ……ブッダが先導してくれた方が安泰なのかなぁ。

何と言っても結婚歴もあるんだし、
私だと こないだ悶々と考え込んじゃったようなことだって、
彼ならば きっとなかったに違いない。
そういう直裁的な、
どっちが抱き締めるのかどっちがリードを取るのかということ以外でも、
気分屋な私が振り回して 何度も泣かせちゃったような、

  あんな危なっかしいことには なってなかったかもしれない…。

それが解脱を極めたお人でも、
特別な想いはまだまだ未熟であったため、
慣れぬ恋心はちょっとしたことで動揺し、
結果としては思い過ごしや勘違いではあれ、
その想いを唯一支えるイエスの奔放さに清廉な心を揺さぶられ、
すがるための手の伸ばし方も知らなんだキミは、
その深瑠璃の瞳に何度涙をたたえたことか。

 「〜〜〜〜っ。////////」

それにしても、良いんですか?イエス様。

 “な、何がですよ。/////////”

場外からとは言え、
傍観されてたのはさすがに恥ずかしかったか、
居住まいを正すヨシュア様だが。
だ・か・ら、
ブッダ様を一人放り出してて良いんですかと訊いてるんです。

 “一人って…。”

それでなくとも イエスにあんなきついこと言われたぁって茫然自失かもしれない。
しかもそのあなたはこんなところに籠もってらっしゃる。
弁明も執り成しもしようがないでしょう?

 “う…。/////////”

それでふらふらと表へ出てってたらどうしますか、
あの玲瓏な美貌と嫋やかな趣きをたたえた方が、
しかもそれは頼りないご様子で
力なく黄昏て、彷徨(さまよ)ってたりした日にゃあ…。

 “あああ、そうだった。そうじゃないか。
  私ったら、何を馬鹿なことをっ。”

焦って立ち上がったものだから、そんなに広くもない空間で、
ごつんと膝をしたたかにぶつけてしまい、

 「いったぁ〜〜〜〜〜いっ!」

ごんという鈍い音と競うよに、
ぎゃあという悲鳴を上げたイエスだったが。
それどころじゃないと気を取り直し、
内鍵を解くと、今膝をぶつけたばかりの憎っくきドアを
がちゃりと内へ引き開ける。

 そう、
 外へ飛び出すにはまだ足がしびれていた関係もあり、
 毎度お馴染み、トイレへ籠もっていたイエスだったのであり。

 「ぶっだっ!」

右手側になる六畳間を見やって名を呼べば、

 「…いえす?」

思わぬ方向と距離からの返事が返って来るではないか。
はい?とイエスが声がしたほうを見やれば、
六畳間とは逆方向、
玄関側の上がり框辺りへちょこりと座り込んでいた彼であり。

 「今、どこかぶつけなかった?」

物凄い音がしたけれどと、まゆ尻下げて案じてくれるお顔は、
さっきは私が ついつい拗ねちゃった時と同じ表情であり。
生意気やむちゃくちゃ言ったのにね、
親切にしてくれたのに大嫌いなんて憎まれを言った私なのに、

 そんなの二の次でしょうと、案じてくれて…。

自分はといや、何かこう、
軽んじられたような侮辱されたような気がしたなんてムッとして、
とっとと拗ねてしまったのにね。
あらためて思い知らされるのは、
何においても利他的なキミだということ。
自分という基礎がしっかりあって初めて、
他者への慈愛や救いは施せるものなのであり、
そこは自分だって心得ているけれど。

 「……ブッダ、ごめんなさい。」

さっきぶつけた膝も何のそので、
板の間へ座り込んでいる愛しの君の前、
イエスもまたお膝をそろえて座り込む。

 「どう考えても、私が至らなかっただけなのに、
  恥ずかしい目に遭わせたなぁって拗ねるなんて お門違いだものね。」

似てはいますが、
この場合は どっちかと言えば“筋違い”です、イエス様。
……じゃあなくて。

 「駄々をこねるのに、選りにもよって、
  ブッダを傷つけてしまうなんて。」

そんなしちゃうような私なのだもの、
片手でひょいされてもしょうがないと、

 「甲斐性もないくせに、
  助けてもらってばかりのくせに。」

恥ずかしいと言わんばかり、
肩をすぼめ、揃えた膝小僧をすりすりと手のひらで擦って見せれば、

 「…何言ってるかな。」

少ぉし身を起こしつつ、そっと伸びて来た優しい腕が、
まとまりの悪い髪の乗ったイエスの頭へと触れ、
萎れかけていた薄い肩ごと、暖かな懐ろへ抱え込む。

 「力こぶがあることだけが、
  甲斐性があるってことじゃあないでしょう?」

ふわり、柔らかな匂いと温みが、
片意地を張っていた尖った肩を どうどうと宥めてくれて。

 「あのね?
  私はいつだってイエスに支えられて来たんだよ?」

 「そんなこと…。////////」

嘘ついちゃダメなんだからと、かぶりを振りかかるイエスを見下ろし、
愛しい温みの切ない態度へ眉を寄せ、

 「本当だよ?」

深みのある声でそおと囁きながら、
やっと戻って来てくれた痩躯をきゅうと抱きしめたブッダであり。

 「私は自分の中に答えを見つけようとする方法しか知らなくて。」

何も要らぬと双腕開いて、
どんな人でも受け入れられる尋の深さこそ築いたものの、
何も持たぬ身であることこそと追及して来たあまり、
いつぞやキミが言ったように、
誰かに甘えること、縋ることをすっかりと忘れ去っていて。

 「大変かも知れないけれど、一緒に頑張ろうって、
  甘えてもくれて甘やかしてもくれる。
  そんな人をこんなに間近に得られたなんて初めてのことなんだよ?」

甘えてくれるのがこんなに嬉しいなんて知らなかったし、
いざこちらから甘える段になると、
どういうものか腰が引けてた自分だったのには、
何とも情けなさを感じもして。

 虎の牙さえ恐れぬ私が、
 なのに恋い焦がれた相手の手が触れただけで、
 びくびく跳ね上がっていたのだもの。

 「誰より大切なイエスのこと、随分と傷つけたんじゃないかって…。」

 「またそんなこと言う。」

イエスからの長い長い片思いに気づかぬままでいたことへも、
罪悪感を覚えるものか、
時折焦れったそうなお顔をする彼なのに。
そこへ加えて、今度は去年の話まで付け足すの?と。
ダメじゃないかと制すような声を出し、
少し膝立ちになってる相手、シャツの袖をくんくんと引いて座らせて。
こちらからも腕を伸ばし切って、背中まで。
そうすることで、自然とぎゅうと密着する格好になる自身の懐ろへ、
今度はブッダの頬を埋めてやり、

 「さっきブッダが言ったじゃない。
  甘えてくれるのって、とっても嬉しいって。」

頼もしいブッダには、これまで自覚がなかっただけかもしれないよ?
私なんて色んな人から助けられてばかりだし、
ブッダにも手を焼かせてばっかでしょ?

 「だから、あのね?
  まだ慣れてない恋心に戸惑って、
  おぶおぶってなってたブッダはそりゃあ可愛かったし。」

そうとにこやかに口にしたものの、

 「……ああそうだ、そんなだったから私、
  自分がちょっとは甲斐性があるように錯覚してたのかもしれない。」

 「あ、そんな言い方して。」

ひょろっと弱気な言いようが聞こえたのへ、
うっとり頬を埋めてた胸元から、こらこらと見上げたブッダだが、

 「…………なんか。」
 「うん………なんか、だねぇ。////////」

さっきから私たち、
同じような繰り言ばかり言ってるような、と。
お互いへ気がついて、それから、
毒気の抜けたお顔を見合わせ、
ぷくく…と どちらからともなく吹き出してしまう。
いくら同じく“慈愛”を担う存在だとはいえ、
こういう方向で そこまで気があってどうするか。

 「お腹空かない?」
 「空いてる。///////」

おそば食べたい〜とのリクエストへ、
うん、待っててすぐ茹でるからと立ち上がったブッダを
追おうとしかかったイエス。
だがだが、

 「……う"。」
 「ちょっと待って、イエス。まさかキミ…。」

 今さっき座り込んだばかりでしょう? もう痺れたの?
 言わないでよぉ、あ痛たたた…。/////////

やーん、どうしよーと、立ち上がれずにいるイエスを、

 「今度こそ怒るのなしだからね。」

ひょ〜いと懐ろへの横抱きにしてしまい、
六畳間までを運んで差し上げるブッダであり。
しょうがないとはいえ、
やっぱり“う〜〜///////”と真っ赤になったイエス様。
卓袱台の傍へ降ろしてもらって、
気立てのいい力持ちな伴侶様へ告げたのが。

  私きっと、ブッダのこと“新妻抱き”出来るようになるからね?

  う、うん、頑張ってね。///////




 「…っていうか、その呼び方はちょっと。///////」

 「? お姫様抱っこの方がいい?」

 「う…っ。///////」








  お題 8 『お揃いだね』



BACK/NEXT


  *イエス様を迫害しましたねと、
   大天使さんたちがよくも降臨して来なかったことですね。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

bbs ですvv 掲示板&拍手レス


戻る