キミの匂いがする風は 緑

 


     4



翌日も朝早くから それはいいお天気となった立川の町で。
ただ、時折吹く風は やや強くて、
どうやら西のほうから
大きな雨雲がゆるゆるとやって来るらしく。
関東地方が覆われるのは今夜から明日にかけてだそうだが、

 「昨日、お布団が干せてよかったね。」
 「うん、いいタイミングだったねぇ。」

濃い影を足元に引き連れ、
さざ波みたいな音を立てて揺れる生け垣の横を通り過ぎ、
住宅街の中の生活道路から、やや広い中通りへ。
ちょっとばかり早い時間なためか、
大通りに向かい合うお店も、
パン屋さんや喫茶店以外は まだ営業前という
どこか閑散とした印象の風景の中。
バス停へちょうどすべり込んで来た路線バスに気がついて、
わあと駆け足になったれど。
乗客に 通学通勤の人よりも
病院通いのお年寄りが増え出す時間帯だったのがこの際は幸いし。
ゆっくりとした昇降のせいで余裕で間に合ったバスは、
日頃はあんまり使わない方面行きで。
幾つか停留所を数えてから、
車内放送でも案内されたから間違いない、
目的地への最寄り駅にて降り立てば。
何とはなく見覚えのある風景が迎えてくれて。
一体何の施設の塀か、ちょっぴり年季の入った漆喰壁と、
それへと沿って延びるは古びたセメント煉瓦の舗道とで。
路端に何か店屋があるでなし、しかも平日だったが それでも、
趣味のお散歩か、写生や写真撮影か、
自分たちと同じ方向へと向かうのだろう、
のんびりした歩調で舗道を進む人の姿が 三々五々見受けられ。
まだまだ若い葉ばかりらしいポプラの街路樹が、
時々強い風に揉みくちゃにされつつ揺れる中、
上空がぽかりと開けることで その敷地の広さをちょっとは誇れる、
お久し振りの施設が視野の中へと現れる。
全面ガラス張りで 吹き抜けの高さも結構なそれ、
ガレリアつきショッピングマートを思わせるよな温室を中心に。
大きに育つナツメヤシやソテツをアプローチまでの順路へも並べ、
微妙に南国的な雰囲気が開放感あふるる印象の、
それは お懐かしい植物園を、ほぼ一年振りに訪れた二人であり。

 「わあ…。」
 「久し振りだね。」

新緑が眸にも目映い いい季節。
初夏の花もいろいろと咲きそろうこの時期なので、
どこかへお出掛けしたいとPCで検索したらば。
春の薔薇やら初夏の百合やら、
見ごろなお花を展示しておりますよと、当然たら当然の筆頭でヒットして。

 「世界の百合展は、温室前のバラ花壇のお隣だって。」

入園料を支払ったゲートにて、最新のパンフレットもいただいて。
そこに配置図と共に記されていたのは、
常設展示とは別口に 花壇を盛ったり順路を設けたのだろう、
今時の季節の花の展示や催しの数々について。
昨年初めて来たおりも、一応はぐるりと全館巡ったはずだが、

 「バラ花壇なんてあったんだ。」

おや意外と、長い睫毛を瞬かせるブッダなのへ、

 「去年来たときは もう花の時期が終わっていたからね。」

イエスが苦笑交じりに肩をすくめる。
どちらかといや、夾竹桃が鮮赤色や白の花を目立たせていて、
野生のビワも、濃緑の葉の茂る中へ淡い柿色の実をたわわにつけてた頃合い。
どちらかといや、初夏は既に通り越し、
夏の花が勢いを増さんとしていた頃だったようで。

 「その代わりみたいに、紫陽花がそこここに見事だったし。」

今はまだ 青々とした大きな葉がただただ盛り上がるばかりな茂みを
その視線で ほらと指して見せつつ、
本館の高山植物の展示を冷房の中で観たでしょ?なんて、
朗らかに語るメシアであり。

 「…凄いねぇ。」

不勉強だと思ってた弟子からの、
思いがけない優等生なお返事へ心底驚く師みたいに。
ややポカンとしてしまったブッダだったのへ、

 「え? …あ、ヤダなぁ。
  写真撮ってそれで終しまいなんてしませんよだ。」

そんな反応へこそ、一瞬“どうかした?”と同じような顔をしてしまい、
そんな微妙な間合いを置いてからとはいえ、
特に説明もないままに そんな反応だと気づいたイエスが、
やぁねぇと悪戯っぽく笑って見せて。
いやあの、そんな風に思った訳では…と、
我に返ったブッダの側こそ、
失敬なことしちゃったと、しどもどしかかったものの、

 “………あ、そっか。////////”

自分の側の記憶が朧げなのは、
あの時の自分が それどころではなかったからで。
身のうちに くくんという何かしらの実感が躍ったほど、
胸が詰まって あられもなくうろたえてしまったほど、

 自分がイエスへと向けている想いが、
 ただの友情以上のそれだと。
 その意識のうちにて
 明らかに気づいてしまったものだから…

それ以降は何でもない振りを取り繕うのに必死で、
内面の焦燥を押さえることに躍起になるあまり、
却ってイエスが不審を感じ、何かあったなと察したくらい、
何とも“らしくない”彼でもあったそうで。

 「〜〜〜。////////」

思わぬ格好で
当時の浮足立ちっぷりをも思い起こしてしまったブッダ様。
あの時に抱いた、もしかせずとも初めての恋情と、
だのに、そのまま諦めるしかないとした 切ないまでの決心と。
そんなこんなに翻弄されてた初心な身だったこと、
あらためて ありゃりゃと含羞んでおれば、

 「…ねえ、あっちも観てこうか。」
 「え?/////////」

イエスが何げないポーズで指差したのは、
パンフレットに記された順路ではない方角で。
立ち入り禁止とまでされてはないものか、
ロープを張ったりコーンを置いたりといった処置はされてもなく。
だがだが、今のこの時期は
そちらには見栄えのする花なぞまだ咲いてはないに違いない。
だって、

 「向こうって中庭でしょう?」
 「うんvv」

昨年、初めて来たときは
そちらをまずは回ってねというコース取りがされていた。
ホームページにもパンフレットにも、
それは見ごろの花が咲いていますよと、
鑑賞会とまで銘打ってお薦めとされていたし、
何より、それを目当てに足を運んだ彼らでもあったのだし。

 「花はまだだろうけど、
  葉のほうはもう茂り始めているんじゃないのかな。」

あ・でも、季節じゃないなら鉢に移せるんだったかなと、
良くは知らぬか、ここで自信なげになり、
小首を傾げかかる彼なのへ、

 「睡蓮と違って、そういう移植はあんまり聞かないな。」

思わぬフォローのお言葉がかけられて。
おおと視線を上げた先では、

 「〜〜〜〜。///////」

まだ葉だけであれ、見せてあげたい、見に行こうよと、
ブッダへのそんな心持ちが沸いたイエスらしいこと、
ちゃんと通じたからこその含羞みに、ついついたわむ口許を
ゆるく握ったこぶしの先でついつい隠しておいでの如来様。
色白な頬にもほんのりと朱が昇っていての愛らしく。
イエスと視線が合った日にゃ、

 「い、行こうよ、うん。/////////」

それこそ照れ隠しだろう、自分から先に立って歩み出したほど。
何なら開き直って鷹揚に構えればいいものを、
毅然としたくてか ムキになってしまうのだもの、
無理から“平気だもん”と繕っているのが却って見え見えで。

 “可愛いなぁ。////////”

この緑の中で駆け出すと、
木陰から何が飛び出してくるやらと思うたか、
駆け出したかっただろにギリギリの急ぎ足なのもまた、
律義というか生真面目というか。
シュロの樹が何本か、南方のお土産人形みたいに並んでいる道をゆき、
夾竹桃の居並ぶ生け垣を越えると、そこにはポカリと静かな空間。

 「…ああ、やっぱりまだみたいだね。」

大小3つほどある人造の池には、それぞれへ
青々とした楕円の葉が何枚も何枚も、
柔らかな緑も瑞々しい茎の上にこじゃれた皿のように開いていたけれど。
残念ながら花の季節はまだのよで、
見回したどこの葉陰にも蕾の一つさえ見当たらぬ。
それでも、池の水面から高々と遠く
掲げられた中空にて開いた葉の佇まいは、
白や緋色の花が幾つも咲いてた当時の様子とさして変わらずであり。
今は彼ら以外には人影もないが、
あのときは他にもいた観覧者の中、
お年寄りが蓮の花越しに見えるブッダに気づき、

 “ありがたやありがたやと、手を合わせていたっけね。”

彼、今日はオフですからと、言ったものかどうか、
池を挟んでという遠巻きだったので、
ちょっと迷ったなぁなんて。
なかなか楽しいことを思い出してる、
イエスなのだとまではさすがに気づかぬか。
ブッダはブッダで、

 「……。」

時折吹く風を受けた葉が震え、
そのまま茎が震えて池のおもてへ波紋を刻む。
何てことのないそんな様子を見やりつつ、
だがだが、想いのほうは別の感慨へと耽っておいでで。

 “…私って果報者だよね。//////////”

自分のうちへと芽生えた恋心は、
されど、本来 抱えてはならぬものであり。
気づいたその日のうち、
抹消するかそれとも永遠に封印するかしかないと、
その聡明さから気づいてしまったブッダであり。
伝えちゃいけない知られちゃいけないと、
苦悩しつつも諦めようとしたのにね。

 「…。///////」

当時もそうだったし、今もなお、
いやさ もっとずっと愛しさが深まったお人が、
それはあっさりと温かな答えをくれた。

 『あのね? 私もずっとずっと、
  ブッダと離れ離れになるのはヤダって。
  そんなことばかり考えていたんだよ?』

 『ブッダにだけは どうしても
  アガペーとは カラーも重さも違う
  別口の“好き”を意識してしまうようになったんだ。』

静かな声で語った彼だが、

 でも、それは明かしてはいけないこと。
 他の誰にも、ブッダ本人へも。

疚しいことだとは思わぬけれど、
自分は、誰へも平等で別け隔てない、
普遍の愛をそそぐ存在であらねばならぬ身だから。
よって、特別を作ってはいけないらしいなというのは察せられたし、

 それに…心やさしいブッダに知られてしまったら、
 きっと彼は困るに違いないと思った。

彼が唱える“愛別離苦”云々とはまた次元が別な問題。
その想いを拒めばイエスを傷つけやしないかとか、
それどころか、
コトが露見したならイエスは失道してしまうんじゃないか、
自分への懸想のせいで? そんな罪深い…とか。
それこそ自身の想いや感慨は二の次とし、
まずそういったことを考えてしまうような、
生真面目で慈悲深い人だから。
困らせるなんて言語道断だと思い、
それはそれは長い間、苦しい想いを秘めたまま、
それでも愛しいブッダの傍にいたのだという彼なのへ、

 なんて愚かで、なんて優しいキミなのかと

心打たれて 新たな涙があふれた自分だったのを覚えてる。

 『苦難ならそれこそ任せてって思ったワケ。』

もしもこれが立場が逆だったなら、
イエスが案じたような戸惑いも持てばこそ、
そんな気の迷いは捨てなさいと 冷たくあしらっていたかも知れぬ。
自分の気持ちを自分のうちにて
押さえ込んでるだけでいっぱいいっぱいになったろし。
愛しいキミが堕天するかも知れないなんて、
それだけは防がねばと思うあまり。
それこそ愛別離苦を持ち出してでも、
そんな一時的な好いた惚れたに惑わされてはなりませんと、
自分の身への刃を感じつつ、それは必死に諭したに違いない。
卑屈で嘘だらけの説法で、彼を傷つけたその上、
もしかしてそれはどちらのためなのか、
姿も声も二度と届かぬほど、互いを遠のけ遠ざけたかもしれない。

  だっていうのに、彼と来たら、

  『大好きだよ、愛してる。』

生真面目が過ぎてのこと 頑迷なところに呆れもしないし、
嘘みたいな悋気深さへも、
それだけ愛されてるってことでしょと笑い飛ばして。
慣れない動揺に取り乱してしまっても
辟易なぞせず、ずっとずっと傍にいてくれて。

 降ろした位置で こっそり手をつないだり、
 抱き合って腕を回した先、
 シャツの上から かいがら骨をくすぐったり。
 向かい合って そおと頬に触れ、髪を撫で、
 耳朶を慰撫して、おとがいの縁をすべりおり。
 唇の輪郭をねだるよに押しなぞる、

 その指先の甘い温かさが、
 もしももしも、取り上げられてしまったら…。


  「…っ。///////」


ふるると肩が震えかけ、
なんて縁起でもない“もしも”を思うかと、
自分の中の弱気な翳りを叱咤する。
こうやって悲観的なことを案じては、
そうなることのないよう、何なら今から放棄してでも
心丈夫にあれという説法をしても来た自分のはずが、
こうまで狼狽してしまうなんて、本末転倒もいいところであり。

  ……ああ私、もう十分に妄執の虜じゃないか

まだ花の影さえない蓮の群生が、
風になぶられ、さわさわと揺れるたび。
主人たる如来の不甲斐なさ、
しっかりせよと囃しているよに聞こえてならぬ…。

 「……。///////」
 「……ブッダ?」

押し黙ってしまった連れが、
ただ風景に見ほれているにしては視線も下がっており、
テンションもずんと低いことへ気がついて、

 「葉っぱだけの池では詰まんなかったかな?」

ちょっと気が早かったみたいだねなんて、
おどけたように眉を下げつつ、
イエスがごめんねと微笑って見せれば。

 「……かった。」
 「え?」

風がびゅうと吹いて蓮の葉が次々に揺すられ、
さわわと鳴ったせいもあって、
最初が掠れていたブッダの声は聞きとれなくて。
他には誰もいないのだしと、
何なに?と その身ごと耳を寄せるよにしてみれば、

 「…イエスを、好きになって…良かったって。///////」
 「え?え?え?///////」

途切れ途切れに告げながら、その口元を両手で覆ってしまい、
もしかして感極まって今にも泣き出しそうな彼なのへ。
好きと言われたのは光栄だけど、
それより何よりどうしてそんな、ああ待って泣かないでと。
えっとえっと、ハンカチはどこ入れたっけっと
大いに焦ったヨシュア様だったそうでございます。

 「………っ。//////」

 「ああ、髪までほどけて。
  どどど、どうしちゃったのかな、ブッダったら。///////」

いやまあ、イエス様も果報者だってことですよvv
せいぜい頑張って、
そうそう薔薇の香りを大放出して、
何とか落ち着かせておやんなさい。(笑)



  お題 2 『指先から始まる恋』





BACK/NEXT


  *薔薇の香りは、
   天然成分の香りの中で、一番安静効果が高いそうです。
   興奮してたのを萎えさせるのは
   防虫剤の樟脳が一番って聞いてたんだけどもな。
   あ、あれは合成薬品かな。
   楠の幹や根から作るんじゃなかったっけ?(何情報だ)

  *今回のお題は
   “ささやかで ありふれた幸せvv”でございます。
   特別なイベントでも
   何かしら唐突で劇的な出来事でもない。
   毎日のように見ているものとか、
   何てことない仕草などなど、
   ふと“いいなぁ”って思っちゃうよなこと。
   いいお題だなぁと思いましたが、
   果たして筆が追いついてるものか。(う〜ん)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

掲示板&拍手レス bbs ですvv


戻る