キミの匂いがする風は 緑

 


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百合はどちらかと言えば
梅雨が明けてから咲き始める 夏の花なはずなのだが。
そこは育てつつの調整をしたものか、それとも早咲き品種を集めたか。
ちょっとした遊歩道で巡るようしつらえられた遊観花壇には、
カサブランカというそれは大きく豪奢なものから、
少し小ぶりでオレンジ色の山百合や、
淡色のユウスゲやキスゲという、小さな亜種までと。
どれも可憐に、そのくせ胸を張るよに、
凛と瑞々しい花を、それは臈たげに咲かせておいで。

 「どれも綺麗だねぇ。小さいのは可憐だし。」
 「…うん。//////」

蓮池にてちょっぴり感に入ってしまったブッダが、
何とか気持ちを落ち着かせるのを待って。
解けてしまった髪も螺髪に戻せるまでとなってから、
あらためて順当な順路へと戻って来た最聖のお二人。
鮮やかな新緑の中、陽を浴びて溌剌と咲く花たちには心持ちも和むか、
健気な小花へは お顔をほこほことほころばせ、
大輪の白百合へは おおと目を見張り、
時折スマホで写真を撮りつつ 堪能しておいでで。
そこから順路を追って進んだ先には、薔薇の花壇が拵えられてあり、

 「わあ、こんな種類のもあるんだね。」

薔薇は薔薇で、
野生種のものから改良種のあれこれも、数多く取り揃えられており。
縁が巻いている花弁の巻きようがそれは華麗で、何とも気高い印象の、
いかにもオーソドックスなタイプのものだけでなく。
ヒナゲシのようにふわんと大きく開いた印象のものもあれば、
まるでシャクヤクみたいに柔らかな花びらが何枚も重なって、
八重咲きになっているものもある。
紅色に赤、白に緋色、黄色にオレンジ、青みがかった紫と、
色も様々に豊富だし、
それは小さなミニ薔薇に、アーチに這わせるつるバラなどなどと、
多岐にわたる種の多さを見ても、
どれほど長きに渡って人々に愛された花かを物語るようなもの。
その一つ一つを愛でるように、
目許をたわめうっとり見遣るイエスなのへ。
心なしか花のほうでも
つやを増してはお顔を真っ直ぐ向け直したりしているようで。

 “これはもう しょうがないのかな。//////”

いつぞやの花見の折もそうだったが、
イエスは神の和子なのだもの、
自然界の可憐な花たちが“愛でて撫でて”と懐くのはしょうがない。
それに、イエスに言わせれば、

 『この人は私のなんだからと言ったところで、
  花には通じないんだもの。』

 「〜〜〜。////////」

それもまた 同じ花見のうちでのことで。
思いがけずそんな言い回しをし、
駄々をこねたそうな顔になってたイエスなの、
ちょっと思い出しただけでも胸元やお顔が ぽうと熱くなる。
イエスへそうだったのと同じよに、
ブッダへも愛らしく懐く花々があったらしく。
それを見かねたイエスから、
そこから離れようねと やや強引に手を引かれてしまい。
彼からの思い入れの深さを速攻で返されてしまったことから、
要はお互い様だったということに気づいたそれ以来。
花や小鳥や蝶々が彼へと懐くのは、
大人げないからと見過ごすことにしたブッダであり。
そんなこんなを思いつつ、
薔薇も綺麗だけどそれよりもと、ついつい視線を向けてしまう先。
小さき者へのそれだろう、
優しい庇護者のお顔をするイエスはといえば、

 「百合も薔薇も母さんのシンボルだからね。」

それで馴染みもあって大好きなんだと、
彫の深い目許をたわませ、ほこりと微笑う。

 “それもそうなんだろうけど…。”

それ以上の豊かな心根を、ブッダは感じずにはいられない。
だって、イエスが今
おしゃれの一環のように頭へ巡らせて冠している茨のカチューシャは、
後世の人が“彼といえば”と思い出す要素には違いないけれど、
実をいや、あんまり験のいい代物ではないはずなのに。
あの磔刑に処せられた折に、
ユダヤの民の王だと公言しているそうだなと、あらぬ疑いをかけられ、
王は王でもお前にふさわしい冠はこれだと、無理からかぶらされたもの。

 “それをGPS付きの
  迷子札にする大天使たちもたいがいだけれど……。”

そのまま享受しているイエスも、大したものだとふと思う。
だって、当時どれほどの苛烈な目に遭った彼なものか。
ブッダは後から それとなく知ったクチだが、
それでも耳を覆いたくなるような、
自身の総身へ熱い湯を掛けられたような心持ちになったほど、
それはそれは筆舌に尽くしがたいほどの残酷な目に遭った彼だと聞いている。
時の威勢者たちこそ、言われなき厳罰で人々を苦しめておりながら、
そんな民らと向かい合い、
様々な奇跡を起こしつつ、心に響く説法をする彼の下へ、
多くの人々が集まってゆくことへ危機感を感じた身勝手さよ。
そんな彼が預言書の“救世主”となることだけは何としてでも阻もうという、
突き詰めれば そんな情けない根拠から迫害を始めたのであり。
やはり特権階級にあって、
諍いの絶えない仲だった権門の者らもまた、
この時ばかりはと意を合わせたらしかったが。
それでも収まらぬ信仰への求心力に恐れをなした彼らは、
ついにはイエスを捕らえよとまで いきり立つ。
暴力も抵抗も否定し、盗みも怠惰も窘めたイエスだというに、
神の子だと騙る者へ死を与えよ、極刑に処せと沸騰するよに世論を煽り、
理不尽 極まりない流れの中、とうとう捕縛されてしまった彼は、
どんなに覚えのない罪を言い立てられても口を閉ざして弁明はせず。
惨たらしい苛虐から逃げ出すこともなく、甘んじて刑を受けることで、
人の持つ残忍さや狡さなど、原罪と呼ばれるものをすべて受け止めたのであり。

 “……。”

それを全て許したが故か、
素直で純真なその気性には曇りも歪みもないままだし、
人の和子らへ幸いあれと、
アガペーを絶やさぬままでいるヨシュア様なのでもあって。

 そんな人なんだもの、あのね?

優先するのを譲れないとするほど大事なもの、
一つくらいは、抱えてもいいんじゃないかしらねと
思えもするのであり。

 それってやっぱり
 どこかで理屈がおかしいことなのかなぁ。
 ………というか、
 その“大事なもの”が言うのは、
 ますますと順番がおかしいのかな。//////

自惚れて言うのじゃなくての、
むしろ“自覚して”と始終言われているのだ、
たまには意識してみないとと思ったらしき如来様。
ああでも、
こういうことを思うときは辞めた方が良かったかなぁと、
聡明すぎる人はお惚気まで一味違うらしくって。(何だかなぁ…。)
そんなところへ、

 「ブッダ、こっち見て。」
 「え? あ・うん。///////」

ブッダがすぐ傍らで立っていた茂みの奥向きに、
緋色と紅色がマーブルになった薔薇があったので。
一緒にファインダーへ収めたいらしいイエスが、
少し離れたところから こちらへと、弾んだ声を投げかける。
結構 枝振りのいい鉢植えだったので、
デジカメをぐるぐる回した挙句に縦に構えて。
撮るよと声を掛けてからパシャッタとシャッターを押し、
裏の液晶で画像を確かめるのへ どれどれと歩み寄ってゆけば。
玻璃色の瞳をやんわりとたわめつつ、
再生した画像をブッダへもどうぞと見せてくれて、

 「ほら、美人が二人vv」
 「何 言ってるかな。//////」

絶妙な枝振りで咲く 華やかな薔薇のお隣で、
やや控えめに、だが嫋やかに頬笑むブッダの方をこそ、
褒め讃えたいらしい彼の言へ。
もうもう大仰なんだからと、困ったように口許をすぼめる如来様。
無邪気な彼には他意はなかろと思いはするが、
褒められるその文言が、大好きなんだものと同義のお惚気に聞こえもし。
そうと思えば、胸元がくすぐられてしまって落ち着けぬ。

 “博愛主義な人なんだからって、
  それこそ こちらへの発言へも
  割り切って構えられればいんだけど…。//////”

互いのシャツ越し、体温さえ伝わるほどのすぐ間近から、
冴えた面差しで
“んん?”なんて物問いたげに小首を傾げ、
こちらの瞳を覗き込まれては、もうもうもう。

 「〜〜〜。///////」

煩悩は捨て去りなさいと衆生へ説いてるはずの身が、
玲瓏透徹、それは磨き込まれた末の理知的な冷静さもどこへやら。
薄く開いた彼の口許が にこりとほころぶのから、
視線がついつい外せぬほどの執心ぶりだって出ようというもの。

  “狡いなぁ。////////”

昨日は結局 一日中、
それはそれは優しくしてくれたイエスだったりしたワケで。
彼には珍しいことながら
ついつい口にしてしまった心ない言動が原因で、
ブッダがしょげてしまうよな展開があったせいもあるけれど。
ごめんねと厳粛に謝ってから、
あらためて仲良くお昼ご飯を食べた後も、
PCを開くこともなく、
ずっと寄り添うように傍に引っ付いていてくれて。

 『もう、何ぁに?///////』
 『何でもないよ。ブッダにくっつきたいだけvv』

いい匂いするし柔らかいしなんて、臆面もなく口にして。
チラシの整理も古新聞を束ねるのも、
全部全部手伝ってくれたし…って、

 “まあ それはいつものことなんだけれど。///////”

時に引っ込みがつかぬ事態になりもするが、それもまたご愛嬌。
無邪気な心根の思ったままに振る舞えて、
甘えたなふりもお手のものな人なのが、
狡いなぁと思えたり、うらやましいなと思えた一日だったので。

 「…。////」

ああきっと、こういうところで言えばいいのかな。
イエスへ“好き”って、キミが大好きだよって。

 「〜〜〜。///////」

思いはしても、ほら、羞恥心が口許を堅く縛りつけるから。
まだまだダメダメだなぁって、歯痒く思っていたところ、

 「薔薇も他の花もそりゃあ綺麗だけど、
  わたしにはブッダが 一番 綺麗なんだよ?」

 「う…。///////」

響きのいいお声で、しかも耳元近くで囁かれたその途端、
そこから発した淡い熱が、瞬く間に総身を駆け巡るから堪らない。

 もうもう、もしかしてそれって苛め?///////
 え、なんで?
 だって…恥ずかしいったらないんだからね。////
 でも私、嘘はついてないもの♪

くすすと笑い、言い逃げのように駆け出したイエスだったのへ。
ああ待ってとつられての急ぎ足になり、続くように後を追えば、

 「あ…。」

ブッダの眼前に広がったのは、何とも清かで見事な風景。
温室の裏手から別の棟への順路だろう小道に沿って、
左右に居並ぶ背の高い木立が、
ちょうど“見ごたえがあるよ”とイエスが言ってた
ハリエンジュの並木だったようで。
頭上の空の淡い青と同じくらいの彩度、
やや柔らかな緑のちょっとした林が奥行き深く連なっており。
藤と同じくマメ科の樹で、
翅のように軸の左右へ向かい合って小さな葉がつく緑もまだ柔らかな中、
白い蝶のような花が房穂のようになって、
頭上のそこかしこに それはたわわに下がっていて。

 「わあ…。」
 「緑に白って良く映えるよねぇ。」

思わず足を止めたのはイエスも同じだったようで。
すぐの間近からの声が立ったのへ、え?と視線を投げたれば。
顔は上を見上げた格好のまま、
視線だけを そちらからもこちらへ向けている彼だったりし。

 ああ、同じものを見ているんだなぁ、と

そうと思うと何とはなく面映ゆく、
くすぐったい想いのまま、気を取り直して頭上を見やる。
花も葉も小さめなそれの集合だからか、
随分と背の高い樹だというに、その佇まいは何とも繊細。
房状だからか結構な塊になっている花たちに、
しばしの間、声もなく見ほれておれば、

 さわさわ・ざざん、と

梢をたわませるほど、不意に吹き付けた風になぶられ、
ほろほろとほどけるように散ってゆく。

 「あ…。///////」

桜の散華ほど一斉にではないせいか、
圧倒されるような壮麗さはないけれど。
それでも、ハッとさせられるほどの圧巻な風景であり、

 「…綺麗だなって思うのは、花には酷なんだろか。」

風が強かったのを感じ取ったか、少し戻って来たイエスが、
何かから庇うようにブッダの隣りへと身を寄せる。
ああ、もしかして
あまりに大きく目を見張ったから、
そのまま泣き出すかもと思われたのかな。
だって、イエスってば、花のほうを見ていない。
昨日もこっそり見せてた、何か案じるような顔をしているし。

 「…うん、そうだね。
  可哀想だと思う気持ちにもなるよね。」

過ぎた時間を元へと戻せぬような、
そんな絶対の惜別と同じだからだろうか。
無情感が押し寄せて来るようで、
理由(ワケ)もなく寂しくもなるのは否定出来ない。
イエスの前で強がっても始まらぬと、
思ったままを口にしたブッダだったが、

 「けれど、次は実が付くのだし。」
 「あ、それ私が言おうと思ってたのに。」

その儚さへの寂寥に覆われそうだったならと
彼なりの励ましの言葉をかけようと思ってたらしいイエスが、
先を越されたと言わんばかり、おやまあという顔になったので、

 「世の無情を説く私が、残念がると思ったのかい?」

ほのかに微笑ったそのまま、ツンと澄まして見せたけれど。

 「だって、理屈と体感は別物でしょう?」
 「う…。///////」

頭でどれほど分析出来ても、それはそれ。
壮大な夕景を見れば胸が詰まるとか、
それはそれは透き通った斉唱を聴いていて、知らず涙があふれるとか、

  好きな人の声を不意に聞くと、総身が震えてしまうとか。

お花たちからの挨拶へ、泣かないぞと気を張るために
諸行無情とか輪廻とかって見いだしたんじゃないの?なんて。
そんな可愛らしいことを、なのに
内緒話みたいに低めた声で囁きかけるイエスなのへ。

 「〜〜〜っ。/////////」

ふるると肩口が震えてしまい、
それを振り払うよにかぶりを振ってから、

 「またそういう意地悪をするっ。//////」

とうとう堪忍袋の尾が切れたのか、キッと鋭い目付きになって、
間近に来ていたメシアへと叩きつけるよな言いようを返しておいで。

 「え?え? 何が? どうして意地悪したことになるの?」
 「それを訊くのがまた意地悪なんだってばっ!///////」

ああもう、私ってば修行が足らぬと思いつつ、
でもでも相手がイエスではしょうがないじゃないと、
そこはもはや言い逃れも利かぬと認めておいでのブッダ様。
困ったような顔をするイエスへ向けて、
腕は降ろしたままながら、それでもぎうと握った拳の力みようも勇ましく、

 「イエスの馬鹿っ! だい…っ」
 「う……。」

そのまま“大…っ”と続きかかった声だったのへ、
もしやよもやと 咄嗟に首をすくめたヨシュア様だったけれど。

 「〜〜〜〜っ。」

雷でも恐れるかのよに肩や背をすくめ、
ぎゅうと食いしばるように
双眸が勢いよく瞑られたのが よほどのこと可笑しかったか。
元々そんなつもりはなかったらしいブッダ様、
一応 前後左右を見回してからという、それこそ余裕を見せてののち、

 「…大っ好きなんだから、もう。////////」
 「〜〜〜っ!////////」

その耳元へわざわざ口許寄せて、
声もわざとに掠れさせ。
そんな一言をぼそりと甘く、吹き込んだのでありました。



お題 4 『耳元でささやく声』



  



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  *何やってんだかですな。(笑)
   実は、イエス様の側でも
   お花にばかり見ほれている誰か様へ やきもきしていたのかも知れず。
   もっと自惚れていいと思います、ブッダ様。

  *ハリエンジュの散華は本当に見事で、
   こっちへ越してからは見る機会がないのが残念でなりません。
   (それは丈夫な外来種なんで、
    あんまり広めちゃいけないって方針になったらしいですね。)

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