キミの匂いがする風は 緑

 


     7



思い出の植物園へ久し振りに足を運んだ最聖のお二人。
いいお天気の中でというお出掛けになって、
瑞々しき若葉あふれる清かな緑苑や、
花壇に取り揃えられていた華やかな薔薇、清楚な百合などを堪能し。
ハリエンジュの散華に見ほれたその後も、
アイビーやフウセンカヅラなど、
これからの暑い季節に、
グリーンカーテンとして、若しくは壁への断熱効果を期待して
栽培されてはいかが?なんて紹介を兼ねた蔓属性のエリアでは、
柔らかな若葉の愛らしさが目の保養だねぇと微笑み合ったり。
そんなこんなに心ほだされ、
それはいいお顔でおいでのお二人だったものだから。
文字通り 萌え出したばかりの
幼くも小さきものたちから それぞれに懐かれるのは、
慈愛をつかさどる最聖だもの しょうがないこと。
そんなことくらい、理性的な意味合いでは重々判っているのだが、

 それでも あのね?

ところどころで ついの妬心が
ついつい吹き出したり滲み出したりしては、
諦念の下、それでも こっそり口元を咬みしめてしまったり、
はたまた大人げなくも揶揄するような物言いをしては
こっち向いてと煽り立てるよな、子供じみたことをしてみたり。

 彼に甘えたかった小さい皆さん ごめんなさい、と

内心では謝りつつ、とはいえ こればっかりは譲れない。
その素晴らしき人性や品格に心奪われたのはこちらも同じ。
大切な人、大好きな人、
誰とも替え難い特別な人であり、そして

 自分を特別だと想ってほしいと切に望むよな、
 そんな“恋心”という執心をい抱いてしまった人だから

ああ こういうことか、
たった一人を求める恋情に憑かれると、
こういうところで泰然としていられないのが弊害なんだと、
隠しようのない痛手、ひりひりと思い知りつつも。

 でもでも 今だけはごめんなさい、と

寄り添う人のシャツ越しの温みや、
含羞みの滲む笑顔の愛らしさへ、
すがるように甘える方を選んでしまうお二人で。
これが罪なら贖う覚悟もありますともさと、
あなたが好きだと自覚した その日のうちに、
堕天も辞さぬと
固く決意したところもまた お揃いな二人であったれど。

 頑迷なばかりでいないで、と。

頼ることもまた、人性の奥行きあって出来ること。
何かを任せるという格好で
その成長を見守ったり、相手の器を認めることにつながるのであり。
言わずもがな、
不調に終わればその責を負う度量がなくては出来ぬことだが、
そればかりじゃあない。
あなたなら そうは転ばぬという、
最上級の信頼を授けるという解釈もあるのですよ、と。

 口にはしないが、いつもいつも、
 そうと思うて見守ってくれている、
 それは頼もしい顔触れもいるのだと。

果たしてどこで気づくのか、
いやさ、気づかれぬままに安寧な日々が続くほが、
この際は吉祥なのだろか…。




     ◇◇◇



さすがは最近の天気予報の精密さとでも申しましょうか。
植物園でも時折強く吹いてた湿っぽい風が運んだらしい 西からの雨雲が、
翌日には関東地方の空も覆ってのこと、結構 雨脚の強い大雨となり。
降り出し始めこそ、
久し振りのお湿りだねぇと呑気なことを言っていたものの。
急に肌寒くなったのでと、長袖のTシャツに着替える羽目になり。
ああ、仕舞い切らずにいて良かったなんて、
微妙な面目躍如に ほくほくとした笑顔を見せていた誰か様だったのも、
まま、季節の変わり目ならではな 一幕だったと言いましょうか。
そして、そんな雨が上がった途端、
冗談は止せと言いたくなるレベルの炎天が襲い来て、

 「うあぁ、確かまだ梅雨の前だったよねぇ。」
 「うん。世間様も、クールビズしない組が 衣替えしたばっかだよ。」

空を見上げ、恨めしそうに口にするイエスへ、
そうだねぇと、こちら様はまだ我慢が利くほうのブッダが、
苦笑をしつつ相槌を打つ。
もーりんが学生だったころなぞ、
半袖のブラウスになった途端、雨催いの日が続き、
カーディガンを羽織らにゃならぬのがセオリーだったはずが、

 どっかから蝉の声がしても不自然じゃないと思う。
 うんうん、そんなお日和だよね、と

しかもそんなのがこのところ当然顔で続いているから、
地球温暖化ってのが洒落にならない進みようなのを、
実感しなきゃいけない今日このごろ…ではあるが。
そんな壮大な話はともかくとして、

 「いいね? ちゃんと水気は取るんだよ?」
 「うん。」
 「外での立ち話は厳禁だからね?
  コンビニでもスーパーでもいいから…。」

どこの過保護なお母さんでしょうかというほど、
そんなお外へ出掛ける身のイエスなのへ、
くれぐれもという注意を重ね重ね言い聞かせるブッダ様。
お務めで降臨していた天乃国の使徒の一人が、
見守りという格好の長居、もとえ任務を完了し、天界へ戻るそうなので、
迎えに降りてくるお仲間と共に、
ねぎらうためにとお顔を合わせに行くのだとか。
その当日が 何もこんなにも陽の強い日和とならずとも。
ああ、何なら自分がついてって、
お喋りに熱が入るあまりにうっかりしないよう、
見守るだけの付き添いをしたいほどだと思いもするのだが、

 「ブッダこそ御用があるのでしょ?」

何なら私も同座したいところだけどと言い出すのへ、
慌てて顔を上げ、

 「いやいやいやいや、
  そちらのほうこそ大事な顔合わせでしょうが。」

ぶんぶんぶんと、
背景で蜂が濃い羽音とともに飛び立ちそうな勢いで
揺れる福耳が頬を叩くほど、それは力強く かぶりを振った如来様。
あまりの迫力に、

 「ぶ、ぶっだ、判ったから…。」

眸を回さぬかと斜めな心配をしつつ、
それではと、浅草土産のキャップをかぶって
快速の停まる隣駅まで、お出掛けしてったヨシュア様であり。







天界のどこか格式ある僧房の堂内ででもあるものか、
円柱が連なる空間の、一番の奥向きに構えられし壇上にて。
それは泰然とした佇まいで、
雲の上、蓮座におわす如来にして、彼の師匠でもある尊君を前に。
畏まってのひざまずき、
一人の年若い修業僧が、頭首(こうべ)を垂れつつ口上を述べており。

 「私は修業の末に、
  この身を鋼鉄のように堅くする特殊な力を得るに至りました。」

そんな発言へ、
周囲に居合わせた衲衣姿の僧侶たちや天人らが
“なんと!”“それは凄い!”と口々に驚くのだが、
師匠である如来様は、落ち着き払った態度も崩すことはなく。

 「その程度の力で、
  マジホントに 誰を何を凌駕出来るというのですか。」

厳かな口調でそうと諭すばかり。
マジホントに?と、
師範の紡いだ どこか軽佻浮薄な言い回しに小首を傾げつつ、

 「悪しき心を持ち、弱い者らを虐する輩への楯になれます。」
 「いきなり“叩き伏せる”と言い出さなんだだけマシですね。」


大真面目なシーンのようでもあるが、
その割にところどころに小ネタが顔を出し、
くすすと小さく笑わせる仕様なのが 肩を張らずにいられるというか。
勿論のこと、オチも痛快で毎回大ウケしている
そんな人気4コマまんがを情報誌へ執筆なさっておいでの
ゴータマ・シッダールタせんせえの元へ。
その情報誌を発行している編集部の担当者であり、
日頃からも、仏教開祖であられる釈迦牟尼様を支える任におわす天部の筆頭。
仏界最強の守護神とも謳われておいでの梵天氏が、
相変わらずの折り目正しくも堅苦しいスーツ姿にて、
立川のアパートまでお目見えになっており。

 「イエス様はどうされましたか?」

一応 前触れの沙汰はあった来訪なので、ブッダの側にも唐突感はなく。
どうぞと家の中へと招き入れての六畳間に通し、
丁寧に淹れたお茶と、前以て買って来てあったお茶受け、
駅前の和菓子屋さんで
この初夏のと銘打って拵えてらした上生菓子とを お出しして。
それへのお辞儀を寄越したそのまま、
まずはとそんな斜めな、だがだが十分に予測のあったことを切り出す相手。
彼ら二人の間にあったという、
浅からぬ因縁のようなものは 期せずしてブッダも聞きもしたけれど。
それはそれであり、
今現在の親しみや馴染みの度合いの位を譲る理由になどなるものかとし。
何かにつけ イエスの姿を探し、所在を問う様子へ、
これだから油断がならぬのだと、
一気に態度への硬化を強めたブッダ様、

 「出掛けておりますよ。」

にべもない口調でそうと告げ、
おやまあと残念そうに(だと思われるほど)口角を下げたのへ、

 「だってあなた、イエスが居ると気が散るようですし。」

だから 席を外させたのだと、暗に仄めかすような言い回しをする。
自分がそうと仕向けたのだという意を、
段取りの詳細はともかく、わざわざ示したようなものであり。
そのような挑発的な言いようをされたとあって、

 「おやおや、そうまでして私を独り占めしたいのですか?」
 「な…っ!」

何を大きな勘違いを…とコケるどころか、
これもまた堂々とした“挑発返し”としか受け取れず、

 「……っ

ようも受けて立ちましたねと、
きりきりと眉を吊り上げてしまわれる辺り。
イエス様に関しては、
やっぱり病膏肓の域に達しておいでのブッダ様なようであり。(おいおい)

 「教えはともかく、
  人性的には頑固な爺さんに過ぎなかった、
  長生きした私の晩年までようよう御存知のあなたが、
  そんな詰まらぬ冗談を言うとはね。」

一応はと受けてたって言い返したところ、

 「人間の長生きなぞ知れています。
  そのようにして生気あふるる若いころの姿へ戻れると知っていて
  そんな愚直な言いようをするとは、
  何へとムキになっておられるものか。」

 「おや、姿さえ若ければ善しですか。」

そうと切り返してみはしたが、
そういや、イエスは亡くなった時の年頃と姿のままでいると、
不意に思い起こしてしまい。
そこへはまだ何とも言われちゃいないというに、

 「〜〜〜。」

何かしら自主的先読みでもしたものか、
その上で…苦々しい気分に襲われたらしいブッダ様。
しょうがないなというお顔になり、
あくまでも渋々と 口を噤んでしまったのだから、
奥が深いんだか浅いんだか、
賢すぎる人同士の論破戦ってのは、
凡人のもーりんにはよく判りませんが。(苦笑)

 「それで、今日は何の御用ですか?」

気を取り直し、仕切り直しと言わんばかりのきっぱりした声音にて、
ブッダの側から それをあらためて問いただす。
彼が原稿を寄稿している『R-2000』は、ただ今 初夏の号を配布中。
この時期の 作家&編集が取り掛かるのは、
それでなくとも工程がいろいろと前倒しになる、
真夏発行のお盆特集へのあれこれということになるのだが…。
こんな順当な時期にそれを打診してくるなんて、

 “…ないな。”

きっぱりと言い切るところが
何にでも最悪を構えるブッダ様の悲しい性(さが)…というよりも、
それこそ蓄積がものを言うというところ。
何も言って来ないな、やはりそれはないななんて油断させといて、
あと10日で締め切りなんですなんていう、
切羽詰まった頃合いに依頼してくるのが デフォでしょうともと。
そこはそれこそ順当なコトの順番とし、
あり得ない扱いで用件の候補から外しての さて。
他には特に思い当たるものもなく、
何かの祭礼や修忌、法要にしても、こちとら今はバカンス中の身、
話を振られる覚えはないぞと即答で返せるよう身構えておれば、

 「いや、実は
  今日お伺いしたのは、イエス様かかわりのことへなのですが。」

 「…え?」

肩透かしどころじゃあない、
何ともストレートに、ひねるところもなくのそんな言いようをされてしまい。
日本語としては理解出来たが、
意味を把握するのが難かしいという事態へ陥りかかる。

 「なんで…いや、えっと?」

全世連の仏閣何とか部の梵天でございますと、
そういえばそんな肩書付きで電話して来た彼でもあったのを今頃に思い出し、

 「仏門のあなたが、何でまた
  イエス関わりなことを引っ提げて来たというのですよ。」

仏門が誇る 聡明にして透徹な知慧の宝珠様が、
ワケ判らんっとばかりに 混乱することしきりなご様子なのへ。
イエスが大事は重々承知、
この程度のことへ そうまで不安定になっててどうしますかと、
むしろ そっちへこそこっそり案じつつ、

 「いえね、イエス様の貢献があったお陰様、
  いい調子で完売したものがありまして。」

そうと言いながら、
スーツの懐ろへ大きくも頼もしい手を入れ、
紅白の水引で飾られた封筒状の包みを取り出す梵天さんであり。

 「例のスノウドウムが
  先日、初期生産分を見事に完売しましてね。」

イエス様が勧めて回ってくださったのでしょう、
下界でも引き合いが結構ありましたし。
勿論の天界でも

 あのイエス様が絶賛、
 お気に入りとし、持ち歩いておいでvv とあって、

 「そりゃあもうもう 注文が殺到して、
  発送関係筋は てんてこ舞いしたほどでしたよ。」

いやあっぱれと満面の笑みを見せ、手放しで褒めたたえる天部様だが、

 “一体どんなビジュアル素材へ
  そんなコピーを張って宣伝打ったのやら。”

あの無邪気なお顔で、夢中になって覗き込んでるところとか?
隠し撮りだったりした日には、
本人が了承してもこの私が許しませんと、
今の今から満々と憤懣膨らませておいでのブッダ様。
これはのちのち、アナンダ経由で確認取らねばと、
秘かに決意した釈迦牟尼様なのをよそに、

 「そんな訳で、
  近来稀にみる売れ筋商品となったことをお祝いし、
  貢献していただいたイエス様へは、
  お礼を兼ねた金一封を 贈呈しに来たのですが。」

正座したまま ピンと延ばした背条も頼もしく。
あくまでも 正統派の使者として申し分なき、壮健な笑みたたえ、
卓袱台の上へ“どうぞ”と進めたのし袋と共に、
そうという口上を述べた、仏門 最強天部様だったのでありました。






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  *何だか長くなってしまったんで、後半とに分けますね。

   それにしても、
   どこまで梵天さんを警戒しているブッダ様か、じゃあなくて。(笑)
   自分で書いといて言うのも何ですが、
   ウチの梵天さんはイエス様が可愛くてしょうがないようで。
   あんな若い身空で召されたのが不憫だったってのもあろうけど、
   時々恐ろしいほど大胆に喧嘩売っても来るというのにね。
   それにしたって、物腰はあくまでも無邪気だからか、
   結果 同じ感覚で接し続ける惚れ込みようで。
   そりゃあブッダ様も警戒するわ、うんうん。(苦笑)

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