キミの匂いがする風は 緑

 


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 思いがけない臨時収入じゃああるけれど、
 しかも5万円なんていう 結構まとまった額だったけれど。

残念ながら、日常 通っているご近所のお店では使えない。
そうかと言って、
馴染みの薄いお店で、お値頃の特売価格を避け、
定価と変わらないお買い物で使うのは、
決して身を削る損はしないのに、賢き主夫として何か割り切れない。
でもでも、金券ショップで額面の七割にされる現金化より、
そのまま使える道を選んだ方がお得なのは明白で。

  だったら、

こういう機会でもなけりゃ手が出ないものを
思い切って買うってのはどうだろかと、
そうと方針を定めたブッダが提案したのが
“冷風扇”という夏物家電。
どちらかといや扇風機なのだが、
エアコンとは仕組みの違う“気化熱”を応用し、
安価でひんやりとした涼しい風が出る、
イエス 曰くの不思議家電で。(おいおい)
このところ年を追うごとにレベルが上がってないかという、
猛烈な高温多湿が続く日本の酷暑を乗り切るため、
そんな夏のお供アイテムを手に入れるってのはどうかしら、と。

 その聡明さから思いつき、
 説明のための下調べもしておいてくれた伴侶様は、

 『…ただね。』

ネトゲ大好きなイエスが、
新しいPCが無理ならばと、
欲しいものの2番目候補に上げてた タブレット。
あと2万も足したら、結構良いのが買えるんじゃあないの?
何だったら足りない分を出せなくはない、
だから、そっちを買うことにしても…と、

 イエス本人も忘れ切ってたことまでも、
 抜かりなく思案の中へと入れておいてくれたので。

もうもうもうと、なんて懐ろの尋深いキミだろかと、
感に堪えない想いがした ヨシュア様だったのは言うまでもなくて。
そっちを後出しにしてごめんねと、申し訳なさそうなお顔をするのへ、

 「もしもそっちを先に言ってたら、
  私、せっかくの冷風扇のお話が
  ちいとも耳に入らなかったかもしれないし。」

キミだって、そこんところを危ぶんだんでしょう?
ううん、それは驕りでも僭越でもないし、間違ってない。
うっかり舞い上がってしまって
正しい選択し損ねちゃうとこだった、ありがとね、と。

 「あ…。///////」

夏はまだまだ先なのに、
その予行演習みたいに じりりと暑い日盛りの、
何もかも乾いた白に塗り潰す目映さが満ちた、
そんな風景を望める腰高窓の際。
その上へPCやスマホ、ウチワなんぞを散乱させたままの、
彼ら愛用の卓袱台の傍らで。
まだまだ青い畳の上、寄り添い合うよに横になっての向かい合い。
恋人さんの長々と ほどけてしまった深色の髪を愛でながら、
そんな風に言葉を尽くして、
ありがとうと紡いでおいでのヨシュア様。

 「キミはいつだって正しいんだよ。」

それはそれは聡明だし、
芯の強くて揺るぎなく迷いなき清廉さで物を見る人だから。

 「だから、その判断に怖じけることはないんだよ。」

玻璃色の双眸を細めて うっとりと、
我が誇りと言わんばかりに囁いたイエスだったのへ、

 「…そうかなぁ。」

当の如来様はといえば、
小首を傾げ、やんわり静かに微笑って見せる。
んん?と訊き返す愛しいお人の頬を、優しい手でそおと撫で、

 正しけりゃあそれでいいと
 そうとばかりも言えないでしょう? と

仏門の開祖がこんなことを言ってはいけないんだろうけど。
そもそもそこから始まるのだから、
それこそ目を逸らしてはいけないこと。

 「私は人の子で、
  キミも…神の子ではあれ、人の子として地で生を受けた身だ。
  だから、少しは判っているはずだよ。」

 判っているからこそ、
 人のしでかす愚かな罪をいまだに負うのでしょう?

低められた静かな声の響きは、どこか説法への語りのようだったが、
それにしてはブッダ自身の声のままだったし、
その文言も、どこか…彼の説く教えとは逸れた物言いであり。

 「…ぶっだ?」

深瑠璃の双眸を優しくたわめ、
愛おしむように自分を見上げる慈愛の人へ、
今度はイエスの側が小首を傾げれば。
そんな幼い仕草こそ愛しいと
ますますのこと笑みを濃くした彼は、

 “キミが気づかないのは しょうがないことなのだけど…。”

生きとし生けるものは皆、
どこかで独善だったり強欲だったりするもので。
そうで居なけりゃ生き残れないから、なのではあるが、
特別あつらえの“人間”だけが授かった“知恵”は
心というおまけつき。
深く繊細な心が育ってゆくうち、
生き残ったものが勝ちとする“知恵”へ疑問が生まれ、
それじゃああまりに救われないと、胸が痛むようになり。
それを補うものとして、
教えや修身という形で後天的に“学ぶ”よになって。

 「私はそれを、
  解脱に至る“悟り”という形で示したわけで。」

 “そしてキミは、”

 独善や強欲や嫉妬という、醜い罪に染まるまいという苦しみや、
 それでも 小さく弱いものほど、あがく端から汚れてしまう現実なのへ。
 告白すれば贖えるとし、天の国へ迎えてあげると双腕を広げる。

本来、光の者は案外と容赦がなくて、
例えば、いつぞやによその天使が言ってたように、
罪を犯してから悔い改めた者は、煉獄経由でしか天の国へは至れない。

 それだって、
 君が あのときに代わりに負うたことで
 いくらか減免された結果とも言えるのではなかろうか。

光の者による容赦のない裁定が下される終末を前に、
優柔不断で愚かでもある、人という生きものへの慈愛をもたらすべく、
父なる神から地上へ遣わされたキミは、

 “自分でも気づかぬうちに、
  そうまでの慈愛を振り撒いているんだね。”

究極の無私の精神を その御心へと宿した魂。
だからこそ、
賢(さか)しいばかりの私の采配へも、
どこに利があったか気づいたその上で、
何て気遣いに満ちているのかと褒めてくれるのであり………。



 「…ぶ〜っだ。」
 「え?」


 息をも つかせぬ間合いで、何度も何度も。


合わさっては離れかかり、
だがだが それを恐れてか甘えてか
すがるような頼りなさにて、
まろやかな口許から“…や…ぁ/////”と洩れ出す
微かな小声へ呼応しては、
再び触れ合って蹂躙し合うのを、気が済むまでと繰り返し。
お仕置きなんだか、ご褒美なんだか、
どっちとも取れそうなキスで翻弄されたそのまま、
うっとり陶酔していたはずが。
気怠いままに取り留めのない思考を紡いだその果てに、
迷走しかかっている彼だと気がついて。

 「私がこうまで間近に居るのに、
  一体どういう想い込みへ気を取られているのかな?」

 「え? あ…いや、えっと。///////」

よそ見は厳禁だよと、いつも言ってるでしょー?と、
わざとらしくも傲慢そうな言いようをして、
沈思黙考、自分の内側へ思考を沈めていた彼を引き摺り出して。
余計なことは考えるなとの目隠し代わり、
優しいラインの顎へ指先を添えると、
親指の腹で口許をくすぐって、
まだちょっぴり含羞みのおまけが付いて回ること、
ねえねえと おねだりして。
今日 何度目かに合わさった唇の陰、ちょんとかすめたは互いの舌先。
その熱と なまめかしき感触とに、

 「…っ。」

びびくぅっと総身を震わせる初々しさへこそ。
ああもう、どうしてくれようか//////と、
愛しさと切なさとを同時に感じ、きゅうぅんと胸を振り絞られて。
泣き笑いのよなお顔になってしまった、神の子メシア様だった。





     ◇◇◇



そろそろ梅雨も間近いのを告げるよに、
線路の両側に砂利止めのように植えられたアジサイが、
どこでも随分とその嵩を増している。
車窓に広がるいいお天気の青空から、
早くも冷房の利いている車内へ目を転じれば。
通勤通学の時間帯を過ぎていて どの車両も閑散とした中、
斜めに差し入る陽を受け、吊り広告には夏物バーゲンなんてな活字が躍る。
そういや、そろそろお中元の内覧会とか始まる頃合いだと、
そういう時事ごとには一足も二足も速いネットの
確かどっかでバナーで見かけたよとイエスが言い出し、

 「お中元かぁ。」

それもまた、この和の国の夏の風物詩だよねぇと。
しみじみした声を出した螺髪の君が、

 「あ、このギフト券、使い切らなくて余ったら、
  何か夏のお菓子とかデパートで見繕って
  松田さんや竜二さんへ贈るって出来ないかな。」

そんなことを思いつき。

 「あ・いいね、それvv」

イエスが嬉しそうに眸を細め、
うんうんと何度も頷いて見せて。

 「使用期限とかは ないはずだから…。」

七月の初めになったら見て回ろうね、と
今から楽しい相談の輪が広がっているお二人だったりし。
ところで、お中元と言えば…。
こんなことわざわざ訊いたら ブッダ様がフリーズしそうで何なんですが、
あの、天部からの恐怖のお中元(笑)のカタログギフト『siren』に、
今年は特別メニューとして、

 イエス様を 梵天さんとの2泊3日の旅行へ送り出す

なんてのがあったら、最凶かも知れませんね。
さぞかし肝が煮えるんじゃあ?

 「〜〜〜〜〜っ

 「その前に
  もーりんさんが何か仏罰受けそうだから、
  とりあえず謝った方が…。」

 はい、すみませんでした。(う〜ん)

とんだ脱線をしつつも、
それでも隠せぬウキウキとした心持ちにて。
二人が向かうは都心の一角。
中央線で御茶ノ水まで、
そこから総武線で向かうは、外神田の家電街。
1時間弱で辿り着いた駅から出れば、
かつてはそれが主流だった
電器街ならではのイルミネーション看板と、
今時の萌えなイラストつき看板が入り混じる、
いかにも雑多な印象の景観の、
大型量販店と雑居ビルの群れが見下ろす大通りが お出迎えしてくれて。
アイドルから同人から、
フィギュアにガレージキット、
アニメにPC、電子関係のツールに、
それからえとえっと…と。
ほんの何年かで一気に その裾野が広がって、
すっかりとサブカルの街という印象が強まった感もあるけれど。
基本はやはり家電の街なのであり、

 「あの炊飯器は いいお買い物だったものねぇ。」

ちょっとした身の回り品級、
電池や電灯の替え、コンセントタップや、
小型の沸騰ポットに スタンド式の掃除機なんかは、
ご近所の電器屋さんや、何ならホームセンターでも買えたけど。
5万6万以上しようという買い物ともなりゃ、
それなりの吟味や精査が要るというもの。
そこでと、ブッダがお目当てだった高性能炊飯器のため、
性能が良いのはもちろんだけど、そんな品を敢えて値切れぬかと、
闘志満々に訪れたのが最初の歴訪であり。
今回のお目当ての品は、
何となればご近所の量販店でも
見つけようはあったかも知れぬブツなれど。

 『エアコンや扇風機ほどの、汎用性はないみたいなんで。』

大きなメーカーが扱っていないせいか、
1つの店舗にそうそう何種類もは置いてないらしく。
そんな品を いろいろ比較したければ、
電器店自体が多数軒を連ねている場所がいい…と来てのお出掛けであり。

 「じゃあ、まずは向こうの…。」
 「うん。確か あすこだとね。」

一応の下調べはしてあって、
気化させる水をセットする関係で、
本体は軽くともタンクの分 重くなるし、
ブラウン管型テレビほどの大きさや存在感はあるのかも。
じゃあ、こっちのタワー型にする?
小さいと始終水の補充が必要なのかも知れないよ?
そこは同じなんじゃない、どれも規格としては5リットルくらいだよ?
本体が5キロで、水の重量が5キロか…。
そこを扇風機と比べちゃダメだって。
除湿機能とか温風機能もついてるってのもあるけど、
そうそう始終使ってると
すぐに壊れちゃいそうな気もするよね…などなどと。
それなりの下調べはしたはずなのだが、
実を言えば、どこのどれとまではまだ決めてはなかったりし。

 「やっぱり現物を見ないとね。」
 「うん、見本の写真じゃあね。」

大きさへのインパクトも違うだろうし、
実際に送風に触れてから決めないと、危険な気もするし。

 「…あ、っと。」
 「あ、すいません。」

平日なのにね。うん、それにお昼前なのにね。
さすがはサブカルのメッカで(古…)クールジャパンの大天守。
観光客が大半なのだろうか、大した人出であり。
舗道も広場も 行き交う人でほぼ埋まっているよな賑わいぶり。
しかも外国人の姿も多く…って、

 “それはこちらもお互い様なんだろうけれど。”

見栄えだけならそうでもあろうが、
こちとら、この日本で暮らしており、
今日だって生活に即したものを買いに来た身だぞと、
妙なところへ胸を張りかけたところへ、

 「あ…。」

特に乱暴だった訳じゃないのだが、
すれ違った一団の端の人に とんっと薄い肩を突かれたそのまま、
あれあれあれと 逆方向へ向かう流れへ、
その身を持って行かれそうになったイエスなのへ、

 「わあ、どこ行くのイエス。」
 「知らないよぉ。」

延ばされた手を取って引き戻せば、
そんな格好で進行方向へ背中を向けてたブッダの側が、
今度は別の一行に はみ出ていたからと押されてしまい、
彼までが来たほうへ戻る格好の流れへ引き込まれかける始末で。

 「お天気も良いから余計に人出が多いのかなぁ。」

それに、日本製電気製品への信頼は相変わらず高いのかも。
さっきも炊飯器だろう同じパッケージのを、
一人で8つも抱えたおじさんがいたしと告げるイエスなのへ、

 「とりあえず そっちじゃないからね、ほら。」

ほらこっちと、延ばされた手に掴まれば、
ぐ〜んと余裕で引き寄せてくれるのが頼もしく。

 「キミと来ていてよかった、絶対迷子にはならなさそう。」
 「迷子って…。」

ご町内の商店街だと、頭ひとつ飛び出るほど大きいはずのお二人も、
今日のこの場では目立たないから困りもの。
うかうかしてたら、冗談抜きに見失いかねないとあって、

 「……とりあえず、まずは◇◇電器館へ行くよ。」
 「うんっvv」

そんな状況なんだもの しょうがないよね。
うんうん、迷子になっては困るからね、と。
どうせこうまでの人込みだから、
降ろしてる手元なんて そうそう目につくこともあるまいよなんて、
誰へなんだかの言い訳つけて。
お互いの手をしっかと捕まえ、
スマホで呼び出した地図を見つつ、
目的地目指して小走りになった最聖のお二人で。
ここまでの人込みでは、まさかに鹿は飛び出して来ないでしょうが、
その代わり、自覚はないらしいけれど お二人とも結構なイケメン。
インドとイスラム系という、エキゾチックな美丈夫二人、
人目を引かぬはずはないのだから、ちょっとは……


  聞く耳は持たないか、うん。////////





お題 7 『こっちへおいで』




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  *梅雨入りした途端というのはよくある話ですが、
   昨夜はそりゃあ大荒れだったはずなのに、
   今日のこちらは
   そりゃあ晴れ渡ったいわゆるピーカンでございましたよ。
   (洗濯物が乾く乾く♪)

   長期予報によると、この夏は、
   西日本はここ数年定番化しているそのままに、
   相変わらずの酷暑になるそうですが、
   関東以北はどっちかといや涼しい夏だそうで。
   ……まあ、来てみないと判らないことだし、
   日本の湿気の多い蒸し暑い夏自体、
   乾燥地帯育ちのイエス様は そもそも苦手そうですしね。

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