キミの匂いがする風は 緑

 


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先日、ちょっとしたことから お勉強をさせていただいたもーりんでして。
それで ある意味“目からウロコが落ちた”ような想いをしたのですが、
この言い回し、実はイエス様の奇跡が語源なのだそうですね。
キリスト教への迫害を執拗に続けていた サウロという男が盲目になってしまい、
それを見て取ったイエス様が、弟子の一人へ目配せをした。
意を得た弟子が サウロの肩へ手を置くと あら不思議、
彼の目は再び見えるようになったと言われており。
その折、サウロは

“目を塞いでいたウロコが落ちたように
 すっきりと見えるようになった”

そうと語ったことが新約聖書に綴られており。
そこで のちに、
あることを切っ掛けにして、
不意に理解が及んで 物事が見通せるようになることを、
この折の彼のようにと譬えたのが、今に至っているのだそうな。





それはいいお天気となった平日の昼下がり。
電器街として名高い外神田の繁華街へ、
冷風扇という夏物家電を見繕いに来た最聖のお二人で。
陽が照ると そのまま気温が上がり、
夏を思わせるような猛烈な暑さが見舞うお日和になってしまうのが
何とも困りものな、このところの昼日中じゃああったれど。
ひとつながりになった庇つきの舗道に沿う店々が、
各々で はやばやと冷房をかけたそのまま、
自動ドアの戸口をほぼ開け放っておいでなせいか、

 「そんなに暑くないね。」

意外や意外と、
手を取って導いてくれる相棒さんへイエスが声をかければ、

 「繁華街ならではなんだろね。」

ストップ温暖化とか省エネとか 取り沙汰されてる昨今には、
あんまり褒められたことではないのだろうけど。
でもでも その恩恵が、今は正直ありがたいからだろう、
どこか困ったように笑ったブッダであり。
駅からやや離れると、人の流れも少しは間引かれ、
少しは歩きやすくなった中、
まずはと目串を刺していた某大型家電量販店の支店、
“◇◇電器館”を目差した二人。
全国規模でチェーン展開中のグループ企業ゆえ、
メッカたる此処の店だからと言っても
価格的な点では、実質 郊外店舗と大した差はないそうだけど。
それでも、
数階建てのビルが丸ごと店舗だという規模に添うた品揃えは圧巻で。
PC専門、AV機器専門、生活家電専門と、
それぞれの分野別に分けられた階層なのを案内図で確かめて、
生活家電だよね、うん そうだと思うと、
念入りに確認し合ってから、エスカレーターで上がったフロアにて、

 「うわぁ、これって古新聞を一瞬で束ねられる道具なんだって。」
 「それは便利だねぇ。////////」

……こらこらこら。
一体 何へ引っ掛かって、
しかもそうまでワクワクと、
お顔や双眸 輝かせておりますか、二人して。
それって そも家電じゃないでしょ、もしかして。(笑)
便利グッズの実演販売ほど恐ろしいものはなく、
小ワザが利いてて 小癪なものであればあれほど、
初物喰いの傾向が強いイエス様のみならず、
主夫であるブッダ様まで眸を奪われてしまうから困りもの。
ビタミンカラーも可愛らしい、スクリュー状の器具でもって、
くるくるりんという お手並みも鮮やかに、
キュウリや大根を螺旋状に飾り切りしたその上で、

 「こうすると表面積が大きくなりますからネ。
  塩揉みも少しの塩で済みますし、
  甘酢に漬けるのもあっと言う間ですよ?」

今時の主婦(&主夫)に訴えかけるフレーズは、
時間短縮とヘルシーと おまけでエコに他ならず。
販売員のお兄さんが、
人の善さそうなお顔でにっこり微笑って薦めれば、
輪になって見ていた奥様がたから“おおー”という感嘆の声が漏れ、

 「私いただくわ。」
 「私も。」

嫁に行ったお嬢さんに送ってやろうというお母様が
2つも3つも買って行かれるほどに、
それは食いつきがよかった商品だったけれど、

 “…っ☆”

皆様がお財布を取り出す折の、
根付けの鈴がちりりと鳴るのを耳にして、
何故だか ハッと鮮明に意識が晴れて、我に返ったブッダ様。
ほのかな熱気に取り込まれ、陶然としかけていたものの、

 “そうそう、私たちには目的があったのでした。”

傍らで、やっぱり
ほわわぁと浮いたような表情になっているイエスの手を取り、
天井から吊り下がる標示板を見回して、
夏物家電のコーナー目差し、フロアを突き進み始める。
その途中で、

 「…あ、ぶっだ?」
 「気がつきましたか、イエス。」

表情に冴えが戻ったのへ、
自力で我に返ったのですねと安堵の息をつき、

 「販売員の方に罪はありませんが、
  私たちでも揺さぶられるようなほど巧みな、
  マーラへの語りかけには注意しなくてはなりません。」

説法モードの喋り方にて、南無…と合掌する如来様なのを見て、

  え? え?、と

そんな大層な何かに取り込まれかかっていたの? 私たち…と、
よく判らないままに やや狼狽したイエス様。
催眠商法云々なんてな怪しいものでは、さすがになかったのだろうけれど。
悪魔の顎
(あぎと)から逃れられたような心地になったか、
大仰に胸を撫で下ろしたお二人だったのも、
新天地での冒険には付き物な
微笑ましいメモリアル…なのかも知れません。(おいおい)
そんなこんなするうちに、

 「…あ。あそこじゃない?」

エアコンが壁一杯に何台も設置され、
手前の島台には、カラフルな羽根がいかにも涼しげな、
この夏の新型なのだろ扇風機が大小配置されたエリアが
奥向きの広範囲を占めて やっと現れる。
梅雨直前とあって、除湿機も売りの商品なものか、
洗濯機関連のコーナーにもあったのが、こちらにもちらほら見られたが、

 「えっと…これは
  スリムファンって書いてあるから扇風機みたいだね。」
 「こっちは? 冷風ってボタンがあるよ?」
 「えっと、ああ これは窓へ設置するエアコンだよ。」

一見して羽根があらわにはなってない機種を
片っ端から見回しておれば、

 「お客様、お探しのものがお在りですか?」

白いワイシャツにエプロンという姿の店員さんが、
人懐っこいお声をかけてくださったので、

 「えとあの…。」

一応はチェックして来た社名や品番号を見せつつ説明すれば、

 「はい、◇◇社さんのでしたら、こちらにございます。」

チェックした全てとはいかなんだが、
一社の分だけは現物があるとのお言葉で。
わあとお顔を見合わせた二人、
案内されてコーナーへ向かえば、
どれも省スペースが売りなのか、
縦長スタイルキャスターつきのが何台か、
送風口に結ばれたリボンをたなびかせ、軽快に運転中であるようで。

 「あ、ホントだ。冷たい風なんだね。」
 「うん、やっぱり扇風機とは違うんだね。」

水を満たしたタンクを内蔵する関係から、
扇風機ほど ひょいと軽々持ち上げて移動とは行かない。
それがためにキャスターがついていることとか、
何なら定位置に据えて使うとし、
風向を変える“首振り機能”が左右のみならず上下へもと
自在にセット出来るよう充実しているものもあり。

 「こちらのタワータイプは、
  より省スペースになっておりますので。」

脱衣場やキッチンの一角へも無理なく置けますし、

 「こちらのコンパクトタイプになりますと、
  小型軽量ですので移動も楽々、
  机や棚の上へちょい置きも出来ますので。
  長時間稼働はやや無理ですが、
  衣替えを兼ねた大掃除だとか障子の張替え、
  ガーデニングや花火遊びなどなどと、
  バッテリーに繋げさえすれば、場所を選ばず使えますよ?」

痒いところに手が届く品揃えなのを、
隙なくご紹介下さるのが おサスガであり。

 「…使用中の音は静かですか?」

特に神経質なわけじゃあないが、
就寝時となると昼間とはまた環境も異なって来て、
ささやかな音が妙に気になるということもあるくらい。
ましてや、あんまり防音性がいいとは言えないアパート住まいだけに、
他の住人の方へのご迷惑になっても困ると、
チェックを忘れちゃいけない点として、
赤ペンでメモって来たらしいブッダだったのへ、

 「はい、こちらはどれも静音タイプでございます。」

そこは心得ておりますともと、
この場合 その例えでいいものか、
菩薩のような曇りなき微笑みで告げられて。

 「うあ、それって百点満点じゃないvv」

問題ないよ ブッダと、
大乗り気となったイエスの声にも推されたものの。

 「…そうですねぇ。」

消費電力の表示を見、ちょいと持ち上げて材質を見のしてから、
深々と考え込んでののちに、

 「私も十分だとは思うのですが、
  特にこの、
  静音特化タイプには惹かれるところも多いのですが。」

これはもしや、説法モードのお声ではと、
気が付いたイエスの微妙な予感は的中し、

 それでも他の候補の実物も出来れば見て回りたいので、と。

ここまでのご紹介を受けたからには、
そうと持ってゆくのがまた、鉄の意志がなければ出来なかろう運びのはずが。
それはそれは涼しい笑顔でもって、丁重に宣言したブッダもブッダなら、

 「…あ、はあ、またのご来店をお待ちしております。」

そこは仏スマイルの威力炸裂か、
お客様への通り一遍の言いようではなくの丁重にお返事くださり。
しかもその上、
さりげにお取り置きの目印らしいテープを貼ってしまわれた店員さん。
恐らくブッダも意識してやったことじゃあなかろうけれど、
天界の存在が“やらかした”には違いなく…。

 “…えっとぉ。”

またお逢い出来るといいですね…と、
イエスがこっそり胸元で十字を切ったのが功を奏したか。
一通りあちこち同じように丁寧に見て回ったその末に、
最初のお店の同じ売り場へ戻ることと相成った、お二人だったそうでございます。


  まあ、よくあることサvv




     ◇◇◇



大きさやデザイン、静音性能、操作性のみならず、
使用電力量という、いわゆるコスパも考えた上で、
最初にこれが良いとしたものが やっぱり一番だったよで。
それは丁寧にご説明下さったお兄さんとの再会を果たしたところ、
まだ仏スマイルが効いていたか、それともそれがこちらのデフォなサービスか。
お取り置きしておいて下さったものへ、
リモコンや予備の保冷材、延長コードに埃よけカバーなどなど、
本来は別売りの各種アクセサリも付けて下さって。

 「即日・翌日配達、指定日配達などが 今なら無料です。」

支払いのためにと足を運んだカウンターで、
そうと勧めて下さったのへ、

 「あの、私たちで持ち帰れますので、
  その分を値引きしていただくというのは出来ませんか?」

一応 訊いてみたのだが、

 「そういう還元は、残念ですが…。」

そこはさすがに、配送会社との兼ね合いがあって無理ですと
言いにくそうにしながらながら、
一蹴されてしまったのが 微妙に残念だったれど。
それでも 予算のなんと二割弱で収まったのは想定外。
それで収めようというのなら、
キットは何も付いてなくて、しかも型落ちで…という
最低ラインのを胸算用をしていたものだから、

 「さすがはブッダだねぇ。」

配送先の伝票を書き終え、
では手続きをと一旦クローク奥へ消えた店員さんを見送った隙にて。
イエスがしみじみとした声で囁く。

 「お取り置きをなんて ちょっと焦らしたから
  お兄さんも余計に感激して、
  色々いっぱい付けてくれたのかも知れないよ?」

 「そ、そうかなぁ。///////」

勿論、先程の仏スマイルと同じく、
そんなことを意図したつもりはないけれど。
思わぬ効果、良いお買い物が出来たには違いないし、
何と言っても、イエスがそれは にこにこ喜んでくれたのが、
しかも“さすがは…”と褒めてくれたのが、
それはそれは直截的に、胸へ真っ直ぐ“つとん☆”と響いたブッダ様。
持ち帰る気満々だったのに、
結果として空いたままの双手を もじもじと組み合わせ、
幸いを呼ぶというお耳、
紅葉色の餡を淡く透かす羽二重もちのよに、
ほんのり真っ赤に染めてしまわれたのでした。



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  *しまった、書きたかったところへ、
   またまた届いてないぞ、という訳で。
   性懲りもなく後半へ続きます。

   ちなみに、
   もーりんも大昔に冷風扇を使っておりましたが、
   今ほどスリムじゃあなく、結構な場所とりな家電でした。
   今のだったら2台くらい
   余裕で並べられるんじゃないかというほども
   横幅があったと記憶しております。
   いやぁ 進歩してはる。

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