キミが隣りにいる奇跡

       〜かぐわしきは 君の… 8

     9



いやいや まだまだ序の口だよなんて呑気に構えていると、
あっと言う間に経ってしまうのが師走の日数で。
流行語大賞の話題が冷めやらぬ中、
それに連なるように、羽子板市だの今年の漢字だの、
今年を振り返る系のあれやこれやが引き続き、
高校生が早い目の冬休みに入って街へ繰り出すようになれば、
世間はもはや“メリークリスマス”一色。
そもそもは 家族揃っていい年だったねぇと振り返る、
それは厳かで心安らぐ行事のはずだが、
ハロウィンが何だか妙なのと同じほど、
日本のクリスマスも実は“どっか変”なのであり。
そも クリスチャンではないクチの日本人にしてみれば、
お父さんが忘年会が続くことへの罪滅ぼしにと
欧米じゃあ今宵はクリスマスっていう日なんだってよと、
お土産に提げて帰ったケーキが発端なくらいだから、
いろんなものへの解釈が妙なのも仕方がなくて。
本来は子供たちが
サンタクロースからいい子だったご褒美に貰うプレゼントを、
まま恋人同士が親愛込めて交換するのはまだ判るが、
いつの間にか、カレ氏がカノ女へ献ぐものへと
大きく変わっていた時代もあったりしたし。
クリスマスイブはカップルで過ごさないと負け組みたいな風潮も
いつしか根付いての もはや定着しているような。

 「まあね、
  大みそかは家族で夜更かしっていう風潮だって
  今時は薄れつつあるくらいだから。
  そういう時代?っていうか、
  変わっていっても しょうがないのかも知れないわねぇ。」

 「おお、日本の大みそかってそうだったんですか。」

ええ、夜更かしすればするほど長生き出来るって言われてたのよと、
日本の神道からの由来を聞かされて。
前にも使っていた帆布製のエプロンを
頭からかぶっての、紐を腰で結わえつつ。
ちょっぴりうねりのある深色の長い髪に、
彫の深いお顔の口許と顎にはお髭、
見るからに クリスマスサイドだろう風貌をしておいでのお兄さんが
いちいち“ふ〜ん”と感心しきりなのも妙なもんだが。
そんなほのぼのした雑談を経てから、
店内への入り口付近で向かい合い、

 「じゃあ、今日から店頭を5時まで、お任せしますね?」
 「はい、よろしくお願いします。」

女性店長と ぺこりというお辞儀をし合ってお仕事開始。
いかにもクリスマス向けの、
星やベルや天使などなどをかたどった
金や銀の綺羅らかなオーナメントや、
お部屋の一角にちょっと置くだけで
聖夜っぽく雰囲気が変わりますよという小物に置物。
プレゼントにどうですかという
スノーマンのイラストが可愛いマグカップや、
星だの雪の結晶だのを模した愛らしいチャーム、
クリスマスカードに レターセットなどなどなど。
こういうイベントにはお客も自然と増える雑貨屋さんにて、
昼から4時間というアルバイトを始めたイエス様。
正確には午後1時から5時までという契約で、
おウチでお昼ご飯を食べてからの出勤で休憩なし。
とはいうものの、
さほどに“繁華街っ”という尖った場所柄でなし、
すぐご近所の駅ビルにも
それなりに垢抜けたテナントが入っているらしいので。
いくら“クリスマス”だとはいえ、
連日お客様が殺到しての、華やかに持て囃されるとも思われぬ。
ハロウィンの時みたいな のんびりしたもんだろと思っておれば、

 「いらっしゃいませ♪」
 「あ、イエスさんだっ!」
 「ほらね、言ったでしょ?」

それこそ、どこ情報なものか、
クリスマスには彼が店頭の特設コーナーに立つことが、
近隣の女子高生の間で広まっていたらしく。
しかも、それをどれどれと見に来る制服姿の顔触れが
引きも切らずというノリで初日から押しかけるものだから。

 「イエスちゃんたら モテモテね?」
 「ヤだなぁ、やめてくださいよ、店長♪」

冷やかさないでという 困っているよな言い回しだが、
お顔のほうは満面の笑みだし、
あははーと まんざらでもないよな言いようをしてしまうのは
場に合わせてのあくまでもノリからか、
それとも…何割かは本心から舞い上がっておいでなものか。
こういうところが“可愛い”で済む人ってのがまた居るもんで、
しっかりとお髭もあるし、
上背もあっての 手だって骨張ってて大きくて。
骨格もしっかり大きい、大人の男の人には違いないのに、

 「う〜ん、何でかな。可愛いんだよね、イエスさんて。」
 「話が合うからねぇ。」

 ちゃんとした“カワイイ”が判る人だし。
 そうそう、ちゃんとねvv
 薦めてくれる小物とか、全部カワイイもんねvv

冷やかしのみとも思われぬ慕いようから、
お嬢さんたちも集まっておいでな様子であり。
世代によって色々ある、様々なクリスマスソングが、
テレビのみならず ご町内の店頭からさえも
我が物顔で鳴り響くようになった今日この頃。
実は“ホンマもの”のキリスト様が、
いらっしゃいませと愛想をふるい、
クリスマス&年末大売り出しに貢献している商店街があろうとは、

 “バチカン関係者が知ったら引っ繰り返る事実だろうねぇ。”

初日だからということもないが、
どうせお買い物があるからと、
ポーチドエッグを載せたバジルのパスタと
コーンの入ったコールスローに、
ガーリックトーストのお昼ご飯を食べてから、
イエスと一緒にアパートを出て来たブッダ様。
手際よくお買い物を済ませ、
帰り際にちらりと雑貨屋さんを覗いて見れば、
早速のように人々の輪の中にいるイエスであり。
さすが、アガペーの申し子と、
ほこりと安心しつつ きびすを返しかけたところが、

 「あ、ブッダ。もう帰るの?」

別段、こそりと曲がり角に身を伏せるようにして
様子を伺ってた訳でなし、
見つかったとて いけなかないが。

 「気をつけるんだよ? 寒くて身が縮こまってるんだし。」
 「う、うん、判った。君も頑張ってね。」

大袈裟に案じて、大きく手を振るイエスの周りに居合わせた、
期末考査…は さすがにもう終わっていようから、
補習かそれとも部活帰りかという、
早上がりの学校帰りだろう女子高生たちが。
クスクス小さく笑い合いつつこちらを見やるのへ、
微妙な空気を醸すのを感じてしまい、少々たじろいでしまったブッダ様。
いかにも瑞々しい果実のようなお嬢さんたちゆえのこと、
やや不躾な態度でさえ、
無邪気で罪のないそれに見せてしまう愛らしさに、
微妙に気圧(けお)されかかってしまったのだけれど、

 「あ、こらこら。ブッダに関心持っちゃダメなんだから。」

エミちゃんもトモちゃんも、
隙さえあればブッダの話ばっかり聞くんだもの・もー、と。
他でもない輪の中心人物たる御仁がそんな駄々を捏ね始めるわ、
しかもしかも、そんなお声へ

 「やぁだ、聞こえちゃうでしょー。///////」
 「乙女の片想いを邪魔するのー?///////」

なぁんていう弾んだ声が上がっているわ。

 “……う〜ん。//////”

もしかせずとも、これはつまり。
ブッダもまた イエスと同じような対象だと思われているらしく。

 『怒んないであげてね。
  彼女らからすれば
  “いじりやすげな おにいさん”なんだよ、
  私とかブッダとか。』

そういうものを嗅ぎ取る感受性まで鋭敏なものか、
これ以上 危険度の低い異性は居ないぞよという
他でもない“聖人”のおにいさんたちなのを
無意識のうちに感じ取っておいでであるらしいと。
それは鹿爪らしいお顔でイエスがブッダへ解説してくれたのは
その日 帰宅してからのことだったけれど。

 『大人を誰彼かまわず舐めてかかるようでは、
  思いも拠らないところで怖い罠にかかりもして危険だからね。
  せめてお行儀だけは注意してるんだけど。』

それこそ大昔の話になるけれど、
かつての教団にて直接教えを説いた、
楚々としていたお嬢さんたちとは
やっぱり随分と勝手が違うらしくて。
最近の子は難しいやなんて、
ああまでノリのいいイエスでも、
どうかすると困ったような苦笑を見せたのは、
夕餉の会話の中でのことだった。




     ◇◇◇



とて。
その夕餉までの間は、
アパートにて一人お留守番…という日々が
ブッダ様には始まったわけで。

 “まあ、そうは言ってもやることは一杯ありますが。”

年越しの準備として、大掃除や年賀状の手配に、
そうそうお正月準備のお買い物をメモに控えておかないとだし。
それと、

 “クリスマスの準備、だよなぁ。”

クリスマスケーキは、
有名パティシェ謹製のなどという大層なのでなければ、
駅前のラフティさんで、飛び込みでも買えるんじゃなかろうか。
ああでも、生クリームのは予約制だったかな?
お料理のほうは、ちょっと気張って頑張るとして、

 “…プレゼントは、どうしようかな。”

予算を家計から捻り出すつもりは毛頭ないが、
そこは“手作り”というスキルを、
しかも相当に高いレベルでお持ちのブッダ様。
お小遣いの範疇で毛糸を買って何か編むも善しだなぁと、
漠然とながら考えてはおいでなのだが…。

 “イエスとて寒いのはキツイはずだから、
  いっそお揃いになるようにマフラーとか?”

ああでも、それじゃあバランスが微妙だなぁ。
鋭い閃きで見い出して、
これをと一閃して射止めたものを贈ってくれた、
その即妙さもまた素晴らしかったのに。
後から のそのそ追いついたものが同じ扱いっていうのは、
何だか図々しいのではなかろうか。
同じ“マフラー”っていうのがそもそも安直だし、
でもそれ以外となると、練習もしなきゃあいけないかな?
婦人会の…ああそうだった、
本山さんの奥さんが確か上手だって話じゃなかったかな?、と。
今日のお仕事、
埃を払った Jr.を貴金物専用のクリーナーで丁寧に磨きつつ、
そんなこんなをぼんやりと考えていたブッダだったが、
まだ使うのは早いからと、
元の箱に収め直したあのストール。
クリスマスカラーのシックな包装紙を思い出し、
そこから ふと気がついたのが、

 “イエスの中では、
  イベントとお誕生日とどっちが上なんだろか。”

咄嗟のこととて
“クリスマスにはプレゼントするから”と口走ってしまった自分であり、
それへ、イエスもまた“自分も頑張るんだもんね”なんて言っていたから、
クリスマスの真相(?)に気づいたかどうかはまだ曖昧。
もしかして まだ
“サンタがトナカイで初飛行した記念日”だと思っているのかなぁ。
だとしたら、
この1年を良い子にしていた子供たちへ
プレゼントして回るお爺さんの話は理解しているようだけれど、

 “ここはやっぱり、
  世界中がどうであれ、私は君の誕生日の方が大事だと、
  それで押し通したいところだものねぇ。////////”

そんな前提あってのこと
クリスマスの真実を伏せたままにしておくのって、
もしかして世界中を相手に抜け駆けすることになるのかな?と、

 “え〜っと。////////”

そんな立場であることへ、
微妙に頬が緩んでおいでのブッダ様だが。(もしもし?)
ですけどそれって、
イエス様がちゃんと理解していたら
途轍もない間抜けなことにならないのでしょうか?

 “いやいや、そこは大丈夫。”

クリスマスおめでとう、
君のお誕生日だねと畳み掛ければいいんだしと、
さすがに、そんな初手でつまずくような釈迦牟尼様ではないらしく。
とはいえど、

 “世界中を相手に、か。”

それはそれで微妙な固執にならないかしらねと、
またまた 胸の内の、でもでも遠いところへ
想いを馳せてしまわれるブッダ様であり。
あまりに気が逸れていたからか、
はっと気がついて手元を見やれば
それはそれは念入りに研かれた Jr.くんが
瑞々しい生花の蓮華に囲まれており。
うあしまったと、真っ赤になりつつ摘んで束ねて……





 「…なんか此処には勿体ないほど重厚な生け花だね。」
 「言葉を選んでくれてありがとう。///////」


花芯に近いほど滲む緋色もあでやかに。
茎軸の緑もどこかしら淡い色彩なのが何とも風雅な、
結構な大きさの瑞々しい蓮の花 数本が。
いかにも富貴な存在感を放ちつつ、
……使い込んだコタツの天板のうえ、
ややくすんだ白い洗面器を鉢代わりにして
場違いにも横たわっている図というのは、
なかなか見られぬシュールさで。
イエスが萌えから咲かせる赤いバラと同んなじで、
そう簡単に立ち消えはしない代物だったようなので、
捨てるのも忍びないしと、半分ほどは松田さんへおすそ分けし、
それでも残った分は、水を張った洗面器に寝かせてみたブッダ様。
何せ狭いワンルームだもの隠しようもなく、
最初は流しに置いていたのだが、
夕餉の支度の間、コタツの上へと移動させておいたゆえ、
尚更に異彩を放ってしまっており。
バイト先から帰って来たイエスが、
まずはと 先の一言で感慨を述べてから、
ダウンジャケットを脱ぎつつ、
ついつい目がゆくほど見事なお花へ、

 「こんな奇跡を起こすよな、特別なお客様でも来たの?」

アナンダくんとかラーフラくんとか、と訊いて来る。

 「いやいや、
  ウチもこの時期は君のところと同じくらいに忙しいから。」

クリスマスだからと口にするのは、まだ微妙に憚られるものだから、
こういう言い方へも、ややもするとヒヤッとしてしまったが、

 「そっか、年度末はどこも同じなんだねぇ。」

その辺は特に難無く通じたか、
イエスは ふ〜んと納得したよに微笑っただけ。
ジャケットをハンガーにかけてから、
帰って来たおりには通り過ぎた格好のキッチンへ戻って来たので、
手を洗うものかと流しの前から身を譲りかかったところ。
そんなブッダの肩を、優しい輪郭を包むよにして、
長い腕でもて、背後から きゅうと抱きすくめたイエスであり。

 「イエス? どうしたの?」

甘えんぼさんなことへはもう慣れた。
ただ、話の流れが流れでもあり、
イエス自身がバラを咲かせる頻度に比すれば
滅多にないブッダの側の奇跡なだけに、
あ・そう…で 終しまいじゃないのも無理はないかなと。
流されてくれなかった、こ、恋人さんなのへ、(すいません躊躇しました)
ちょっぴりドキンとしつつ、何を訊かれるかとほのかに緊張しておれば、

 「ホントに隠しごとはなぁい?
  寂しかったとか、
  天界からメールがあって つい泣いちゃったとか。」

 「あ…。////////」

ああそうか、何も嬉しいからと起きる奇跡ばかりでもないと、
そうと思ってしまった彼なのかと。
しんみりとした声で問われ、その気遣いの深さにこそ感じ入ってしまう。

 “もうもう、キミったら。///////”

独りでお留守番は寂しいと、
だから4時間以上はダメと我儘なことを言ったのに、
その発端のほうまで ちゃんと覚えてるんだね。
その場のことへ流されがちだなんて思ってたのにね、
ひょんなことをひょんなかっこで覚えてるんだものずるいよねと。
胸と首元の狭間辺りに渡された格好で回されている双腕を、
こちらからも大事なもののようにそおと捕まえて、
ううんとゆっくりかぶりを振る。

 「キミのことを考えていたから咲いちゃった蓮なのに、
  そんな風に言わないでよね。」

 「え? あ。そそそ、そうだったの?///////」

そりゃあ、キミが咲かせるバラに比べたら、
冠婚葬祭のうちの葬儀寄りな花かもしれないけれどと、
ちょっぴり冗談めかして拗ねて見せれば、
ごめんねごめんと慌てたように繰り返す声と共に、
ぎゅうの輪が狭くなり。
頬をうなじへ伏せたらしい温みが伝わって来たのが、
ますますのこと愛おしい。

 「大体、私随分としっかりして来たんだからね。」

お留守番を寂しいと言いはしたけれど、と言いかかれば、

 「うん。君はずっとしっかり者だもんね。」

彼にしたって、そのくらいは判ってることなようで。ただ、

 「でもさ、あとえと…。」
 「うん。そうだね、そうだったものね。」

イエスが“考えなしでごめんね”と大反省した、
夏のすったもんだがあったから。

 しっかり者だと決めつけないで、
 イエスの思うことに関しては、
 言ってくれなきゃ判らないもの…と。

 「まだまだ不安だったからって
  取り乱しちゃったこともあったよね。」

特別な想い、恋心というのを自覚したばかりで、
それもあっての不安定さから、
君に関してはどうしてか、
洞察が不安な方へ方へとばかり向かってしまって…。

 “今 思い出すと恥ずかしいなぁ。///////”

悟りを開いた身だっていうのに、
まあなんて初心だったことかという、
含羞み交じりの苦笑を零しつつ、

 「あの頃よりも、
  私、ずっと逞しくなったでしょ?」

お母さんてこんな気分なのかななんて、
思うことさえあるくらいだものと。
恋人とか新妻さえ飛び越して、(笑)
そんな言いようをなさる釈迦牟尼様なのへ、

 「う〜ん、どうかなぁ。」

背後からぎゅうと抱きかかえるという格好、
ちょっとややこしいハグをしたまま、
ヨシュア様におかれては 何故だか小首を傾げておいでなご様子。
そんな意外なお返事へ、
え?え? 何で?どうして?と
深瑠璃のお眸々をぱちくりと見張ってしまったブッダ様。
慌てたように肩越しに振り返ったところ、
ふふんというそれは嬉しそうな笑顔が待ち受けており、

 「だって、私には可愛い人でしかないものねvv」
 「あ…、こらぁ〜〜。/////////」

そんな甘言を囁いたのに続いて、
ちょんっという軽やかなキスを頬へと贈られ、
不意打ちとは卑怯なりと、真っ赤になったブッダ様だったそうで。


  ええはい、お後がよろしいようで…。(苦笑)





     ◇◇◇



ピーマンとパプリカ、ボイルたけのこの千切りに、
エリンギの細切りも加えて豆鼓醤でちょっぴり辛みを足した味噌炒めと、
厚揚げをじんわりとやわらかく炊いたのへ、
さっと湯がいたキヌサヤを添えて。
ホウレン草と細切りニンジンをバターで炒めて卵でとじて、
香のものには浅漬けのハクサイ、
お味噌汁にはタマネギとジャガ芋という晩ご飯。
いただきますと手を合わせ、
ほかほかと湯気の上がるご飯をよそったお茶椀を受け取って、
美味しい美味しいとご機嫌そうに食べながら、
雑貨屋さんであったことなぞ、話して聞かせるイエスであり。
女子高生たちのお目当ては、
イエスだけじゃあなく、ブッダも含まれてるらしいことも披露され、
ありゃまあと呆れてしまった最愛の如来様へ、

 「確かに、人が一杯やって来る職場じゃあるけれど。
  私にしてみりゃ肝心なブッダに逢えないんだもの、
  やっぱり寂しいんだよ?」

独りきりの寂しさに比べたら、ささやかなものかも知れないけどと、
ちょっぴり上目遣いになって付け足せば。
にこりと微笑って、うんと頷いたブッダだったものの、
そのままちょっぴりうつむくと、

 「…それを嬉しいって言ったりしたら おかしいかな?」

彼もまた、そんな言いようを付け足すものだから。
まあまあ何て可愛い君だろかと、
お箸の先を咥えたまんまイエスが真っ赤になってしまう。
ただ、

 「君へ人が集まってしまうのはしょうがないことだしね。」

何と言っても神の子だもの、
ほとばしる…は大仰かもだが、隠し切れないアガペーが招いてしまうのだし、
それを別け隔てなく皆へ与えるのが
君の使命なのだから、と言いかかったブッダなのへは、

 「ああーっ、またそんな言い方する。」

イエスもそれこそ慣れたもの。
まるで、自分はその次でいいよって、
遠巻きになって待ってるよって言いたそうに聞こえるんだけどと、
そこは容赦なく言い放ち、

 「言ったでしょ?
  私、ブッダへはアガペーとは別口で一番の、
  大っきな大好きを、愛してるを抱えてるんだよって。」

 「う…。///////」

ほんのさっきまでの ほにゃらかしていた優しい風貌が、
いきなり きりりと引き締まったもんだから、
箸で人を指すのは行儀が悪いと、つい言いそびれたブッダ様。(そこかい)

 「じゃあ、君は私が神の子だから構ってくれてたの?」
 「いやそんなっ。」

それは後づけというか、あんまり意識してはなかったことでと。
こちら様はちゃんとお箸を箸おきへ戻しての、
膳の上にて両手も揃えてというお行儀のいい激高ぶりを見せれば、
ムキになったのでよしということか、
イエスの尖りかかってた細い肩がすとんと落ちて何とか落ち着く。
というか、

 「君の方こそ、全部をその手で切り開いた人なんだのに。」

イエスとしては、
むしろブッダの方こそと言いたいところがあるようで、

 「悟りも教えも全部全部、
  その身で極めたし、
  君の言葉で紡いで説いて広めたっていうのにさ。」

だからこそ、誰もが深く感じ入り、
傾倒する人崇拝する人がこんなにもいるんだよ?

 「君の人としての深さへこそ、
  皆して惹かれてやまない、
  そんな尊い人なんだっていうのに、」

だのに、どうして
いつも自分を語るときは微妙に卑屈になるものか。
素敵で尊い身なことを自覚しておいてくれないと、

 「うっかり攫われたらどうするのー?
  もっかい重々説いて差し上げようか?」

 「あわわ…。//////////」

またぞろ切れ長の目許が座りそうになったイエスなのへ、
しまった何でこんなことにと、慌てふためくブッダ様なのも相変わらず。
おぶおぶと照れつつ、すべらかな頬を真っ赤にするブッダなのが、
ああまで悟って大成した人なのにと思えば、やはり可愛らしくてしょうがなく。

 “しっかり者なのに純情ってアリなんだなぁvv”

ついついほにゃりと微笑ってしまい、
それを見とがめたか、
目の縁まで赤くしている如来様から、
何よ その顔と可愛らしく睨み返されちゃったので。

 「うん、あのね?」

 私たちって、生きてた土地も滅した時代も、
 風土から思想から全然全く違うのに。
 天界でも、極楽浄土と天乃国っていう、
 戒律も成り立ちも違う
 交流はあっても交わることはないトコにいたのにサ。

 「なのに出会えて、
  いろいろと語らい合っての判り合えたその上で、
  こうして一緒にいるじゃない。」

 「う、うん。」

それこそ他にも、同じ域内にだって
いまだに交流はないままな人ってたくさんいるのにだよ?と。
何やらわくわくと、感動のボルテージを溜め込んでおいでの彼だと、
薄々気づいてしまったブッダ様。
一体何を言い出すつもりだろうかと、
もはやすっかりとそちらへ気を取られておれば、

 「これはもうもう、
  運命の赤い糸を感じるしかないよねってvv」

 「赤い糸って…。////////」

それって噂に聞いたことはあるけれど、と。
不覚にも 一瞬、
ほんのりと頬を染めてしまった釈迦牟尼様だったものの、

 「…イエス、それって恋愛関係の絆の話では。」
 「うんっ。」
 「いくら何でも、
  それは男女間でしか結ばれてはないと思うのですが。」

私もあんまり詳しくはないのですが、
確かそれって、
縁談にまつわる中国の故事に出て来た逸話じゃあなかったかと。
湯飲みを手に、残念ですがと苦笑するブッダの言を遮って、

 「何を言っているかな、ブッダ。」

チッチッチッと、
またもやお箸を間違った使いようで振ってみせたイエスであり。

 「現に恋に落ちている私たちなんだよ?」
 「やだな、真顔で言わないでよ。/////////」

しかもそんな決め顔であらたまって言われると…と、
ますます真っ赤になったブッダなのへ、

 「だから。
  男女なんて超越した赤い糸なんだよ、きっと。
  だとしたら、それだけでもうかなりの強度だと思わないかい?」

 “むしろ私は
  そんな風に思えてしまう君の思考の跳躍力にこそ
  驚いているのですが。”

なぁんてことを、ふと思ってしまったブッダ様だったが。
ただね、あのね?

 「ね?」

ねっねっ、ブッダもそう思うでしょ?と、
コタツの対面からやや身を乗り出して、
それは端正なお顔を目許細めて柔和にほころばせ、
嬉しそうに微笑うイエスから、
それは響きのいいお声でそんな風に言われては、

 「…うん。////////」

糸でも水引でも、赤でも白でも構わない。
何か強固なものが結んであるに違いないよ、うんと、
ついつい言っちゃうほどに。
仏門の叡知の宝珠とまでの誉れも高い聡明さもどこへやら、
惚れた弱みがどばっとあふれてしまうほど、
ヲトメ心が先走ってしまうブッダ様だったそうでございます。


  ……ダメンズ道まっしぐらだけはしないでね?(う〜ん)








    お題 H“赤い糸”



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  *何か最後は無理からの力押しみたいでしたが、
   恋心ってのはそういうもんだということで。(おいおい)

  *ちなみに、
   実はわたくし“運命の赤い糸”に関しては、
   詳細まで知らないまんまでいたんですが、
   てっきり西洋の言い伝えかと思っていたらば、
   発祥は中国なんですてね。
   男女の縁を結ぶ“月下老人(月老)”という存在がいて、
   将来結ばれるだろう男女は
   その足首が赤い縄でつながれているんだそうな。
   (な、縄?とか思いましたが)
   それがどうしてだか、
   日本では
   “小指同士が赤い糸で結ばれている”という形へ
   変わったんだそうです。
   赤い糸という要素は
   他の国だと主に“魔よけ”に使われているそうなので、
   外国の人に話しても“???”って顔されちゃうんでしょうね。

   ところで“足首同士”と言えば、
   『しゃ/んぺ/ん・しゃわー』で有名な
   かわみなみさんのマンガになかったけか?

   (日本書紀にも
    夜な夜な娘の元へ通う男の衣紋に糸の端を縫い付けて
    逢い引き相手を探る逸話が出て来ますが
    赤い糸ではないし、お話の主旨も違うので…)


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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