キミが望めば 月でも星でも
      〜かぐわしきは 君の…

 “それはいつから…?”


いつの間にか、朝の空気がつんと澄ました涼やかさを増していて。
いつの間に咲いたのだろか、どこからか甘くて清かな香りが漂う。
どこだろどこだろと見回す中、
意外なくらい大人しげな生け垣にそれはそれは小さな橙色の花。
ああもうそんな時期なのかと、
少しずつ去りゆく夏よりも、
音もなく訪のう秋の気配を感じるのはこんな時だったりする。

 「金木犀が咲いていたよ?」
 「え? ホントに?」

毎朝の日課であるジョギングから戻っての開口一番、
今日はもう起きており、
布団も押し入れへと片付けていたイエスに向かい、
それは嬉しそうに報告したブッダであり。

 いい匂いだよね、あれ。
 うん、すごく小さな花だのにね。

独特な芳香といえばの、春先の沈丁花ともまた違い、
なんとも甘くて、でも爽やかで。
これからどんどん空気が澄んで来るよというの、
示唆するような清涼感のある匂いなのが、
この残暑はいつまで続くのかしらと、
ややうんざりしている気持ちを癒してくれもする。

 「そっか、どんどん秋がやって来るんだねぇ。」

いいお天気だからと、空気の入れ替えをと構えてのこと、
カーテンだけじゃなく窓も開けていたところからも、
言われてみればではあれ、仄かに甘い香りがするようで。
見上げた空の青さにも
溌剌としていた躍動感よりも、
ずんと清涼感が増したような気がするし、

 「どんどんと空気が澄んでいって、
  星空も眺めやすくなるだろうね。」

 「そうそう。
  流れ星の会の幹事の人もそれ言ってたよ?」

正確には“秋の宵に流れ星を観る集い”なのだが、
こちらの二人の間では、イエスに言わせればの“流れ星の会”で通じておいで。
流星群と言えばで話題になるといや しし座やふたご座が有名ではあるが、
暦的にこのくらいの時期によく観えるのは、
オリオン座とりゅう座の流星群なのだそうで。
りゅう座というのは、
随分と昔になるが一番沸いたのが“ジャコビニ流星群”と呼ばれたそれで。
懐かしいなぁ、アスト○球団。(歳がバレバレ…)

 「でもね、
  今年の今月の 一番たくさん見えるだろう
  20日前後って満月なんだって。」

 「ああそっか、のちの月見。」

気になったものか、イエスもPCでそれとなく検索したらしく。
中秋の名月、九月の十五夜と対にされている“のちの月見”、
十月の“十三夜”が、今年は17日ですものね。
どんな星だとて、月の明るさには敵わない。
ましてや一瞬勝負の流れ星の閃光なぞ 言うに及ばずで、
せっかくの期待日も、
観測しにくい難儀な条件下での星見になりそうだとか。

 「11月になれば、しし座流星群とかが見える日もあるらしいけど、
  そうなると寒い中でってことになるから子供はちょっとねぇ。」

掲示板に貼られてあったのと別口のチラシをもらって来て、
観に行こうねと楽しみにしている最聖のお二人だったが、
早くもそういう難関が立ち塞がってる観測会だそうだと判ってしまい。
何とかならないのかなぁと、
幼子たちと同じレベルで“む〜ん…”なんて、
茨の冠の下、それは真剣に眉を寄せてる相方なのへ。
ブッダが こそりと、しみじみとした視線を投げる。

 『目が回るほど好きって言われちゃったぁ。//////』

イエスが“嬉しくって”と、
冠に赤いバラを全開させてキャーvvとはしゃげば、

 『繰り返すのは無しだってばっ。////////』

ブッダの側は“恥ずかしくって”だろう、
ギャアと赤面しておいでだった、とある秋の日の大告白の一幕も、
数日が過ぎれば それとなく落ち着くというもので。
フリマ当日を挟んだこともあり、
そんなこんなしたドタバタした空気のせいで、
やや遠くへ ぐぐいっと押しやられた感がなくもないけれど。

 『私、どれほど君を見てたと思うの。』

 『知らなかったでしょ。
  私 天界にいるときから実は君が気になってしょうがなかった。
  いつだって君のこと見てたんだよ?』

確かに、天界でもずっと親しくしていた間柄ではある。
成り立ちや戒律などが微妙に異なる“浄土”と“天乃国”、
それぞれ重要な存在とされつつも、
地上での人々への布教を経て来た身という共通点があったからか
その存在を知ってからの、互いへの関心は浅からず。
忙しい合間にも何とはなく連絡を取り合い、
果ては“いつものところ”という息抜きの場が出来上がっていて、
特に約束がなくともそこにいれば逢えるような、
そんなまで意を通じ合うほどの間柄となっており。
哲学にも通じよう教義についてや
下界で絶えぬ諍いの源、ヒトの煩悩や原罪についてというお堅い話では
互いの深い深い知性に感嘆しつつ、
どこまでの止揚へ至れるものか、はたまた
どれほどの深みまで潜れるものかと熱っぽくも真剣に論を競ったり。
そうかと思えば、

 『昨夜は遅くまで、
  天使たちと歌い続けてしまって喉が嗄れたの』

 『ああ、こちらにもかすかに聞こえていたよ。
  喉にいい天壽花の蜜を持って来ているからあげるね』

 『わあ、ブッダありがとーっ、大好き〜っvv』

なんていうよな、可愛らしくも柔らかい話題での
こまやかで即妙な感性へ、屈託なく微笑ったり浸ったり。
いつしか、何につけ気の合う存在同士となっており、
二人でいれば それだけで何とはなく楽しいし、それが嬉しいと。
一緒にいられることの幸いを、
何の不思議もなく享受していた…のだが。

 “それって私だけが、だったのかなぁ。”

いつからかイエスの側は、
何とはなくではなく 彼なりに意識してのこと、
そうあるようにと構えていたのだろうか。
天界でも今と変わらず、
それは無邪気で天真爛漫で、お陽様みたいに屈託ない彼であったが、

 “ああでも、彼だって最初からそうだった訳では……。”

ふと、表情が止まったままになり、
PCの液晶画面を見やるイエスの横顔を感慨深げに見やるブッダであり。

 「?? どうしたの?」
 「え? あ、いや 何でもないよ。」

子供は寒いから無理でも、
大人なら 11月の観測も有りじゃないのかなって思ってと、
そんなこと思ってもいなかったのに、ついつい誤魔化したブッダ様。
蒸し返していいことかどうかと、ややもすると気勢が鈍る彼だったのは、
天界時代の話、しかもその最初となると、
それなりの色々も有ったり無かったりしたからで。

 「……。」

そんなこんなを自分の胸の内で転がしておいでの如来様なのが、
慣れぬ方便を繰り出したことでか、それとも
そこはやはり当事者だから拾えるものか、

 “やっぱり内緒にしといた方がよかったのかなぁ。”

何せ思慮深い人だから、
あんな言いようされたなら、色々と考えてしまうに違いない。
だから黙っていたんだのにねと、
こちらもこちらで、愛しい人のまろやかなお顔を盗み見つつ、
こそりと内心で呟いていたイエス様だったりするのである。





     ◇◇◇



  何しろ そこは初めて訪のうた世界であり
  神の御子とて、戸惑うことも多々あって…


そこは雲上の国、地上からは天界と呼ばれる夢の国。
善なる魂たちが招かれる聖処であり、
聖人や天使らが温かく迎えてくれる永遠の世界。
見るもの聞くもの触れるものの全てが、
それは美しく荘厳で。
厳粛な中にも、豊かな慈愛が満ち満ちており。
鳥は軽やかに唄い、陽は穏やかに降りそそぎ、
風は優しく肌や髪を撫で、
招かれた者全てへ 別け隔てのない癒しを。

  なのに、
  この心には ひりひりとした痛みがつきまとう

清かである風が痛むとは、わたしの受けた傷はまだ
何がしかの疚しさか、それとも哀しさに腫れているものかと、
そんな風に思えてならぬ。

 聖なる父の御声にて聞かされていたこと、
 此処へは来るべくして来た自分なのだと迎えられていても、
 その流れへ少なからず戸惑わないはずがなく。

世界が終末を迎える審判の日、
全ての善人は復活を授かる…とするその証明のようなものとして。
人の原罪への贖罪のため、
降りかかる痛みや苦しみを甘んじて享受し、
磔刑という拷問と恥辱の中での死のあと、
こうして雲上という此処へ召された自分なのであり。
それもやはり父君の御力により、
数日のうちにも“復活”という形で地上へ降臨し直すこととなるのだそう。

 「……。」

その一つ一つが紛うことなき生々しい現実だったにもかかわらず、
命の灯火を掻き消されてもなお、意志もてこうしているなんて。
神懸かりな、言わば奇跡によることなのだろう、
まずは起こり得ないことに翻弄されている最中であったという、
少なくはない混乱のせいだろか。
その折の自分へはあまりに馴染みがなかったその上、
精神的な動揺も大きいままな中、
色彩も豊かだし、芳香も温みも満ちていたにもかかわらず、
現実味というものが感じられない荘厳華麗な空間を、
ただ一人、あてもなく散策していたおりのこと。

 「わ…。」

そこがどういう域かも知らず、
後から思えば迷子になっていたらしい私は、
清冽な岩清水が青々とたたえられた泉の畔(ほとり)まで達していて。

 何という空間かと、
 その威容と清冽さにより、
 初めて意識が冴えての、目を覚まされたようなもの

奥向きには滝のようになって振り落ちる流れもあるのか、
轟という力強い水音もかすかにするものの。
あまりに遠く、気配さえ届かぬせいだろう、
その空間のあっけないほどな閑けさを強調しているだけであり。
果てしがないほど広い泉は青々とした樹木に縁取られており、
そんな鮮やかな緑を映す水のおもては、まるでなめらかな鏡のよう。
視野に飛び込む景色一つ取っても 単なる水場とは到底思えぬ、
そうまでも厳粛な清謐な気配を、
まだ脆弱なままだった心持ちで肌身へと感じとっておれば、

  そこに、まさしく彼がいた

満ちる空気も風も、特に変わった気配ではないというに、
時さえ止まっているかのような静寂の中、
どこまで広がるそれなのか、
人一人のそれとは思えぬ長さ豊かさの濃色の髪を
宙へふわりと浮かせ広げて、
一人の男性僧侶が大きな岩の上へ佇んでいると気がついた。
透けるような白い肌に柿色の僧衣をまとった姿は、
周囲の静けさに馴染んでやわらかな風貌といい、
無心でおわすのだろうに、それでも穏やかな表情といい、
視野に入ったそれだけで、
こちらの心持ちを洗って下さるような清浄の覇気に満ちていて。
柔らかな線で描かれたまぶたの線がすべらかな頬へと伏せられており、
やさしく合わさった口許は、小鳥のさえずりにも震えさえしないまま。
あれは“瞑想”という行に身を置いておいでなのだなと、
そうと判ったと同時、
同じ雲上でも、浄土という微妙に別の次界の存在だということも
瑞々しい木の葉の色を見るように、
私の中でそれは容易に明らかとなったのだけれども。

 「……。」

どれほど深い瞑想に潜っておいでか、
その姿勢の凛とした潔さに、意識を吸われて動けなくなった私だった。
目が離せないなぞというものではない、
自分もこの場の自然物の1つになり果ててしまったような、
そんなほどの求心力を、
それが誰かも知れぬのに、ただ端然と座してるだけだというに、
意志もつ存在へも投げかける影響力の物凄さ。

 そんな中、

 「…イエス様。」

迷子になったわたしを探してか、
天穹から舞い降りて来た天使の翼による羽ばたきさえ、
この静寂の中では飛び上がるほどの大きな物音に聞こえ。
ついのこと、ひゃあと飛び上がってしまった私だったけれど、
深い瞑想に入っていた彼は睫毛ひとつ動かさなくて。
ああ、お邪魔はしなかったようだなとホッとしつつ、
急ぎの召喚らしき用向きなのでと言う大天使に、
こちらからも駆け寄ったのは、
彼のお務めへのこれ以上の障害になりたくはなかったから。
ひょいと軽々抱えられ、
その場から離れることを余儀なくされつつ、
名残り惜しいと泉のほうをばかり見やってしまう。
ああまで広大な泉も木立もあっと言う間に遠のいてしまい、
残念だなぁと肩を落としたものの、
ああと気がついて、自分を抱える寡黙な大天使へ問うてみる。

 「あの方は?」
 「極楽浄土側の方です。
  仏門の開祖、釈迦如来様と仰せです。」

エルサレムやローマからは
人の足で生涯かけても至れるかどうかというほども遠い、
遥か東方の国に始まった宗教思想だそうで。

  「仏門の…。」

何とも印象的な出会いは、その最初からして私の側からだけのもの。
まるで、のちの長い長い片想いを暗示しているかのような代物だったのだ。






    〜Fine〜 13.10.08.


  *前のシリーズのすったもんだの続きと、
   捏造まるけな天界回顧です。
   実は天界にいたころから好きだったと言わせたからには、
   そっちもちょろりと触れとこうと思ったのですが、
   天国にしても極楽にしてもよく知らない罰当たりですんで、
   舞台の背景からしていい加減です、すいません。
   次の章でも、同じような
   捏造というか言葉足らずが続きますが、どうかご容赦を。




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はじめまして』 へ


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