でもネ やっぱりキミが好き♪
      〜かぐわしきは 君の…

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11月に入って一週間ちょっとが経ち。
まだ10日ほどだとする人もいれば、
いやいや、もう半分に差しかかるのだと言うお人もいる微妙な頃合い。
ニュースでは早くも、
各地からの年越しや新年の準備の話が ぼつぼつ聞かれ、
だが、山河を彩る木々の紅葉はこれからが見ごろなのでもあり。
そんな中で、北のほうから初雪の降りしきる映像が届き、
確かに昨日今日と急に寒くなったねぇと、
タンスの奥へ手套やマフラーを探した人も多かったに違いなく。

 【 今年はいつまでも、そう10月の半ばまで
   真夏日になるほど暑かったんで、
   秋が短いなあって印象が強いですよねぇ。】

アナウンサーさんの仰有る通りで、
なので余計に、
この寒さがあまりに唐突な到来のように思えもして。

 「そうだね、今週中にでもコタツを出そうか。」

出すとその途端に、
寒がりのイエスが“こたつむり”になるのは目に見えており。
それでのこと、
ブッダとしては出来るだけ遅らせたかったようだが、
こうまで寒くなっては粘っていてもしょうがない。
そこから離れられないコタツがなくとも
寒い寒いと身を縮こめているのでは同じことだし。
自覚はない彼なのかも知れないが、
卓袱台に肘をついて、
腕組みというより二の腕を抱くようにして
ちょっぴり寒そうにしているイエスの姿は、
見ていて何とも可哀想だと、
ブッダの内なる母性が とうとう黙っていられなくなったらしい。

 “…誰の母性ですって?” 仏×2 (こ、怖い)

銭湯にも行って、夕食も済ませ、
あとは寝るだけという静かな宵のひととき。
特に前触れもないまま、ブッダがそれと告げた途端、
テレビの方を漫然と見ていたイエスがゆっくりとこちらを向いて、

 「…ホント?」

確かめるように聞き返す。
イエスってば、私のこと、
どれほどの権威だとしているのかなぁとの苦笑を
隠しもせずに零しつつ、

 「ホント。」

こちらは頬杖をついたまま、
わざわざそうと繰り返してやれば。
それは無邪気に ぱあっと、イエスのお顔がほころぶのが、
何とも鮮やかで…愛おしくって。

 今週中って いつ? ねえ、いつ?

 う〜ん、お片付けの捗りよう次第かな。

 片付け?

 そう。
 カーペットやコタツ布団を陽に干して、
 そうそう、それを敷く広さも確保しなきゃだし。

わくわくと身を乗り出すイエスに、
1つ1つを説いて聞かせるこの構図もまた、
幼子とその母親の対話のようなそれだったが。
ままそれは仕方ないかなと、
ブッダも嬉しそうなお顔を隠し切れなくて。

 「よっし。私、頑張るからね。何でも言って。」

うんと深々と頷き、胸元で両の手を拳にする
イエスの決意の現れは何とも頼もしかったけれど、

 「じゃあ、明日の朝は6時に起きてね?」
 「えー?」
 「こらこら、何だその情けないお顔は。」(笑)





     ◇◇



先達だからとか年上だからとかいう
意識あってのことではないのだろうが、
それでも住まいようや暮らしように関することへの決定権は
ブッダの側にあるような傾向が強い彼らであり。
財布の紐を握っているのは、
炊事を一手に引き受けているからだが、
それ以外のことに関しても、
ブッダの判断に委ねられるものの何と多いことか。

 『だって、その方が確かだし。』

新聞の契約に始まって、
テレビや湯沸かしポットなどという電化製品の
購入決定も機種選定も。
醤油やマヨネーズのメーカーも、
シャンプーや柔軟剤のブランドも、
しっかり者なブッダの選択にお任せであり。
当然、コタツを出す時期しまう時期も、
彼が決めるのが通例になっているのだが、
これに関しては、
押し入れから出すという物理的な問題からして、
効率のいい段取りというのがあるがため。
手際のいいブッダの指示を仰ぐのが一番…と、
イエスの中にて“それで当然”という
言わば 刷り込みがなされているという次第。
かように、
細かいところでの
彼らなりの事情や理由というのはやはりあって。
故に、家事全般、身の回りの世話を全部
ブッダが焼いている…とは言いがたく。
厳密には、
聖家における事象は ことごとく、
ブッダの指示あって動くという順番なだけ。
その判断にしても、

 “ここ一番の英断では、
  私どころじゃあなく大胆な人だってのにね。”

いつぞやに負界の瘴気という途轍もない存在の侵略を受けたおり、
一縷の迷いもなく
その四肢を大きく広げて相手を迎え入れ、
たった一人で相殺に掛かったイエスだと聞いている。

 あまりの脅威に、
 その身も一緒くたに消えたかも知れぬという恐れは、
 それゆえの迷いは、微塵も浮かばなかったのだろうかと

後から話を聞いたブッダの方こそ
ああ、この人が居なくなっていたかも知れないなんてと、
背条が凍りそうになって、
その場でイエスにしがみついてしまったくらい。

 それも光の者たる所以か、
 瞬断に総身が迷いなく動く、その凄絶な生き様よ

 そして、

そうであるがゆえ、
普段は刹那的というか、快楽に流されやすいのだろかと、
時々 ブッダに本気でそうと思わせるほどの悩みのタネなのが、
思わぬ間合いで発動される、突発的なイエスの浪費癖で。

 『私がどうして光っているのか判りますか? イエス。』
 『………えっとぉ。』

 どうして新刊を、しかも あまぞんの代引きで買ったりしますか。

 だってあのその、
 書店やコンビニへって予約するにしても
 気がついたのが昨日だったりして間に合わなくてその。

 カードを持てない私たちは
 “代引”でしか買えないのは判り切っているでしょう?
 たとえ送料がサービスされても、別途で手数料が掛かるんですよ?

 うう…。

 そも、ほんの1カ月でも待てば、
 ぶっくおふで かなり安くなっているのを買えるというのに。

 いやあの、どうしても早く読みたかったし…

…というよな やり取りを幾度交わしたことか。
どうしてこうも刹那的な欲求に流されやすい人なんだかと、
ごく少額だからこそ、却って大損してしまったような気になる領収書を
忌々しげに睨んだことが何度あったことか。

 それに、痛手なのは何も経済的な問題だけじゃあなくて

それではいけないと正しているお説教なのにもかかわらず、
途中から…何だか一方的に
イエスを責め立てているような構図になってしまうのが
ブッダとしてはやりきれぬ。
何度言っても改めないから、ついつい
“次はないよう気をつけてね”では済まず、
長々とした文言を連ねてしまうのだというに。
それを重ねるうち、どんどんと項垂れる彼なのが
見ていてこちらまで辛くなってしまうからややこしい。
いっそ、代引でも何でもいいから なんぼでも気の済むまで買いなさいと
言える身の上になれたらなぁと、
またしても間違った方向へと想いを馳せるよな、
ダメンズ道まっしぐらしかかる ブッダ様でもあったりしで。(笑)

 「………って、イエス?
  何 飲んでるの?キミ。」

陽も落ちて、今日は夕食前にと出掛けた銭湯からの帰り道。
髪を拭うのもそこそこという ずぼらさでいる彼なのへ、
風邪…は引かないにしても寒い想いはするでしょうがと、
それでなくとも長いそれ、わしわしと先に拭ってやって。
その分だけ、自分の身支度が後回しになったブッダが
やや遅れて下駄箱のぎっしりと居並ぶ出入り口から、
味のある大きな暖簾をくぐって出て来れば。
入り口前にある自販機で、小さめの牛乳パックを買っていた彼なのへ、
がくうっと脱力しかかったりもし。

 「他のものならともかく、牛乳って…。」
 「えと…ブッダ?」

家に帰れば1リットルパックが待ってるっていうのに。
ええそうでしょうとも、今 飲みたかったんでしょうよね。
しかも自販機。コンビニと同じほど定価の自販機で買いますか、と。
十八番のお念仏もかくやという声音になって連ねる彼なのへ、

 「う…あの、えと。ごめんなさい、ブッダ。」

もう封も切っていての、
ちょっと力を入れてしまったくらいじゃあ溢れもしない程度に
既に中身の減ったそれなのを。
指の長い両手で、胸元へ大事そうに抱えるイエスであったが。

 「…………………で?」

はあと、Pコートの肩から力を抜いたブッダ様。
いやに手短な言いようを続ける。

 「え?」

それでは意味が通じない…と思いつつだろか、
イエスがびくりと、
こちらはダウンジャケットの肩を震わせて見せれば。
風邪を引かないようにと首回りへマフラーまで巻いているブッダが、
更に言葉を継いだのが、

 「あなたは知らないようですが、
  仔猫にいきなり牛乳を与えてはいけません。
  専用のミルクでないとお腹を壊してしまいますよ?」

 「………え?」

 「取り寄せた本に載ってなかったんですか?
  仔猫用のミルクがあると。」

 「あ…。/////////」

そうまで咬み砕かれ、やっといろいろと意が通じたと同時、
かあっと顔を赤くしたイエスの背後の方を、
ひょいと首を伸ばして見やったブッダで。

 「そこに隠れておいでのお嬢ちゃんたちも、
  こんな時間です、長引けば風邪を引きますから
  早く出て来て話をしてくださいな。」

共犯者がいることさえお見通しだったらしく。
そんな彼らの会話に、
ボイラーを見にと、番台から降りて来たらしいこちらのご主人も、
おやおやという微笑ましげなお顔をして見せたのだった。





まさかに銭湯の脱衣所に入れる訳にもいかんしと、
裏手のボイラー室をちょっとの間だけ貸してくださったので。
小さなお嬢さんたち3人とイエスとそれから、
彼らが一昨日から匿っているという仔猫さんたち三匹と、
暖かい空間に取り込んで、
彼らが抱えていた事情というのを訊いたのだけれど。

 “…ま、想定していた範疇ですね。”

ここいらは野良の猫が多い町でもあって。
だが、この仔たちは、そういった子ではないらしく、
明らかに人が箱に入れて捨てたと思われる扱いで、
更地の片隅にて見つかったそうで。
乳飲み子の段階でお母さんから引き離されてるだけでも
このままじゃあ無事に育つはずがなく、
かと言って、どの子の家でも猫は飼えぬと親に言われたそうで。

 「ウチも無理だけど、あのね、ブッダ…。」
 「うん、キミがこういう子たちを見放せないのは判ってる。」

ブッダが指したのは、まだ小学生だろう子供たちと仔猫との両方。
最後まで責任を持てない身で生半可に手をかけるのは
却って残酷だということ、
こんな幼い子らへまで説けるイエスではなかろうし、
こんな幼い命をこのまま見放すことも無理だろう。
だが、あのアパートへ引き取るのはもっと無理な相談だし、

 「きっと親御さんたちも、
  キリがないって言ったんじゃないの?」
 「う…。」

野良の多い町だというのも、
無責任に置き去る人があっての始まりかも知れぬ。
慈悲の心だけでは何ともしがたい問題であり、
とはいえ、
今の今 目の前にこうまで頼りない命がいるのへと
無下にも出来ぬ気持ちも判る。

 《 知り合いが居ないじゃあないのではあるけど。》
 《 …まさか天界に送る気じゃあないだろね。》

保健所とどう違うのそれ、
やんわりと遠回しに怖いこと言わないでと、
伝心にてツッコミを入れておれば、

 「どうだろ、嬢ちゃんたち。」

赤々燃えるボイラーへ、今時 珍しい薪をくべていた初老のご主人が
こちらの話をお背(おせな)で聞いていたようで。

 「後にも先にもこれっ切り、
  また別の子を持ち込まないという約束が守れるなら、
  このじいちゃんが何とかしようじゃないか。」

 「え?」

特に矍鑠としているというでなし、だがだが、
まだまだ若いのにこの釜を預ける訳にはいかんと頑張っておいでの、
気骨あふるるおじさまは。
お耳の通じも一向に衰えてはいないようで、

 「世話と言っても小さいうちだけ。
  どうせ猫だ、放し飼いになるから手はかかるまいからの。」

予防接種を受けさせたり、そうそう避妊も…ああいやその、
要ることはちゃんと手をかけるが、この子ら これっきり。
そうときっちりと断言したおじさんへ、
お嬢ちゃんたちは、何度かは泣いたらしい腫れたお眸々を瞬かせ、
それからお顔を見合わせると、頷き合って、
ますますと泣きそうになりつつも深く深く“うん”と頷いた。
いい子たちだねと、しわだらけなお手々で一人一人の頭を撫でてやり、

 「いいかい?
  可哀想と思うだけじゃあ
  どうにもならんことはいっぱいある。
  息が苦しくなるほど口惜しいなら、
  早よう大人になって、
  親を頼らんでも手を伸ばしてやれるようになりな。」

顔なじみの小柄なおじいさんが、
何故だか頼もしいことこの上なく見えて、

 「何と神々しい。」
 「慈悲深いお人だ。」

最聖の二人が涙しつつ拝んでしまったのは、
すいません、ここだけの話ということで。
底冷えもすぐにもやって来ようという寒さの宵を、
ここでだけは感じないほど、
暖かな笑顔が幾つもほころんでいて。
何にも知らない小さな仔猫たちも、
しきりと にゃうにぃと鳴いて、
輪の中へ加わりたがっているようだった。







    お題 @ “この世で一番怖いもの”







NEXT


  *え〜っと、何だかごしゃごしゃと始めてしまいましたが、
   新しいお題です。
   何のお題かは、やっぱり底が割れるのでまた後日。
   ご覧になったように、
   この“その一”に惹かれて選んじゃいましたvv
   (そして後が続かなくて苦労するんだ、いつも。)
う〜ん

  *そういや、今年はコスモスの話を聞いてない。


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


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