でもネ やっぱりキミが好き♪
      〜かぐわしきは 君の… 7

 


      




すっかりと陽も落ちた晩秋の宵。
ご飯も食べたしお風呂屋さんにも行った最聖のお二人は、
お気に入りのコタツへと腰を据え、
寝るまでの間、他愛ないテレビ番組を観て過ごしておいで。
何ということもなく ちらりんと傍らへ眸をやれば、
ブッダが嫋やかな手で、
きれいな所作にて急須を傾けていて。
やや伏し目がちになっていた目許や
長い睫毛が触れそうになっているなめらかな頬のやさしい造作へ、
視線が剥がせずのこと、ついつい見とれておれば、

 「? なぁに?」

気配を察したか、当のブッダと視線が合ってしまい。
あくまでも ふんわりと微笑って訊かれたというに、

 「〜〜〜っ。///////」

何でもないないとムキになってかぶりを振るのを、
(おか)しなイエスだとますます微笑われてしまったり。(苦笑)
そんな何でもない ひととき自体が、
温かくて…嬉しくて。

 「お…。」

お目当ての特集番組までの数分の間、
色んな商品のCMが流れるのもお約束なことで。
今時はといやぁ、定番の風邪薬に
年賀状印刷用のプリンター、
冬物衣類や 外食チェーン店の温かい新メニューと、
シチューやグラタンといったメーカー品の宣伝がにぎやかで。
それからそれから、
新機能搭載を謡ったエアコンや、
ニューカマー・デザインとお手頃価格が売りですという
コタツやヒーターのご紹介CMと来るのがこれまた定番だが、

 「エアコンやコタツは、
  そうそう毎年のように買い替える人もないだろうにねぇ。」

イエスが怪訝そうな声で呟いて、
ねぇそう思わない?とブッダの方を見やる。
よほど乱暴に扱わぬ限り、そうそう壊れやしなかろうから
毎年毎年買い替えるようなものでもなかろうに。
どうして毎年のように
新機種のCMがこうもバンバン流れるものか。
しかも、早く来ないと行っちゃうよ…もとえ、(それは焼き芋)笑
急いで買い求めないと、あっと言う間に 納品待ちとか言われるほど、
売り切れ続出という事態が毎年のように起きてもいるらしく。
そういう事実がニュースなどで騒がれているのを見るごとに、
不思議でしょうがないと、そういや小首を傾げていたイエスだったようで。

 「そうだねぇ。」

ビジネス的なノウハウや戦略などには
とんと縁のない世界の存在だという点では、
ブッダもイエスと変わりはなくて。

  ……ただ、

買って買ってと宣伝を打っているってだけで、
皆してそうも買いたくなるものなのかなぁと、
やや単純なことを思っているらしいヨシュア様へ。
はいどうぞと湯飲みを差し出し、
熱いから気をつけてねと付け足しつつ、
それは柔らかな笑みを向けた釈迦牟尼様はと言えば、

 「企業の方でも、
  最初のうちはそうそう沢山は作らないからじゃあないのかな。」

 「え?」

緑茶は紅茶とは別だとし、マグカップとは使い分けをしておいでで。
ちょっぴり縁が厚手の湯飲みを、お行儀よく両手で持ち上げ、
香りもよくて味わい深く淹れられたことへ、
ふふふと満足げに微笑ったブッダ様。
そのまま、ついでのような口調で続けたのが、

 「いくら何でも、
  皆が皆 買い替えるとはメーカーさんだって思ってやしない。
  なので、早く見に来て買わないと、
  限りがあるから
  あっと言う間に売れちゃうよって順番なんじゃあないのかなぁ。」

 「…あ。」

 お商売してるとネ、
 在庫を抱えるのが一番こたえるって訊いたことがあるんだ。

 誰に訊いたの、それ。

 薬局の栄さんの奥さん。

どのくらい売れるかなって見極めるのが勝負の分かれ目でネ。
少なく見積もって仕入れたものが あっと言う間に売り切れて、
広告の売り出し品なのに もうないの?って文句言われるのも評判に響くし、
かと言って、多めに仕入れたものが当てが外れて山ほど売れ残っても
置き場にだって限度があるからねぇって仰せだったの、と。
恐らくはお買い物に行ったおりにそんな話になったらしく。
…って、お客様なのにそこまで手の内を明かすとは、
イエス様のことは言えない、
ブッダ様のオーラだって余計な方向にばらまかれていませんか?(う〜ん)

 「なので、
  まずはと作ったのの売れ行きの加速度とかを見て、
  じゃあ あと何百、何千ほど、追加生産だ
  …っていう順番というか、運びになるんじゃないのかな。」

エアコンほどの大きな買い物はともかく、
コタツや扇風機辺りなら、
例えば その年初めての一人暮らしを始めた人が、
このくらいならと買い求めるだろうから。
やっぱり毎年のように、売り場は大賑わい…となりもするわけで。

 「そっかぁ。」

成程 それは理に適っていると、
ほうほうと大きに感心して納得したその上で、

 「凄いなぁブッダ、そんな分析まで出来ちゃうんだ。」

理知的で聡明な如来様だもの、本領発揮だねと。
我が誉れだと言わんばかりに、にっぱーっと全開で笑うイエスであり。
そんな目映いばかりの笑顔、無造作に向けられたブッダ様は…といや、

 「いやあの、訊いた話だってだけだけどもね。////////」

憶測に過ぎないし、そこまで信頼し切られてもあのその…と。
にわかに おぶおぶとした覚束ない態度へと、
様子がすっかり変わっていたりして。
イエスからの無垢な眼差しが放つ真っ直ぐさに圧倒されたというよりも、

 “うあ、何て朗らかなお顔をするのvv////////”

ただでさえイケメン、もとえ、美丈夫だというに、
玻璃の目許と おヒゲの馴染んだ口許を弧にたわめ、
深い眼窩に頬は薄いめという、男臭さの滲む面差しでの、

 “そんな精悍で甘くて気さくそうなお顔を…vv”

あっさり晒すなんて…勿体ないvvとかどうとか、
相変わらず 斜めなときめきに、
そのお胸をずきゅんと射貫かれておいでの模様。
こういうところは いつまでも初々しい新妻モードなものなんですねぇvv

 “だ、誰が“新妻”ですか、誰がっ。/////////”

真っ赤になって言われても説得力がありませんてもので、

 「? どうしたの?」

当のイエス様からそう訊かれ、
今度はこちらが“何でもないない”とばかり
ムキになってかぶりを振るブッダ様だったりし。(笑)

 こんなまで 他愛ないにもほどがあるよな話題からでも、
 それへと添うて見交わされる視線や 互いの表情、
 声音や何やの方へとあっさり呑まれては、
 どぎまぎして慌てたり ときめいて赤くなったり。

これからどんどんと季節も冬へと移行してゆき、
夜の帳はその色合いを漆黒に深め、
肌合いもビロウドのような冷たさを増すというに。
地上におわす神と仏は、
それはささやかな仮住まいにて、
お互いの笑顔が最も暖かいという“団欒”に身を置いて、
それはそれは幸せそうに微笑っておいで。
こんな簡単なことがどうして出来ないのだろうかと、
人の和子らに争いの絶えないことを、
それこそ“不思議だねぇ”と
困ったように苦笑されちゃってるかもですね。







     ◇◇◇



とんっと、不意打ちで背中を押されたような。
そんな何かにハッとして我に返ったような、
何とも唐突な覚醒感がしたブッダ様で。

 “……え?”

あれあれ? 私ったらどこにいるのだろうかと、
とりあえず周囲を見回してみる。
明るくはあるが随分とぼんやりした、何もない空間に立っていて。
もしかして亜空間かも知れぬと思いもしたが、

 “いやいや、それは なかろう。”

これでも精神的な修養は十分積んでいる自負があり、
そうそう無防備な自分ではない。
どんな相手の仕儀であれ、例えば眠っていたんだとしても、
次界を分けたほどのところへと、
気づかぬまま 勝手に移動させられているなんて、
誇りにかけても まずはあり得ぬこと。
とはいえ、こうまで何もない空間というのもどこか不自然であり、
前後の記憶がないのも不安。
着慣れた感触のするTシャツの胸元を手のひらで押さえ、

 “イエスが心配していようから…。”

とりあえず、早く戻らねばとアパートの方向を探ることにする。
此処がどこかが判らずとも、
そう、イエスの気配を辿ればあのアパートへ戻れようと、
眸を伏せて集中仕掛かったブッダの耳へ、

  …じゃら・ちゃり、と

何か金属同士が揺れて摺れ合うような音が届く。
飾りにされるよな薄いものが、
ひらひらゆらゆら触れ合って立てる、
しゃらりらという軽やかなものではなく。
宙にぶら下げられた重々しい鎖か何かが、
その継ぎ目を摺れさせているかのような響きであり。

 「…?」

何の音も気配も感じないところへの、
あまりに鮮明な響きだったせいだろう。
警戒も躊躇もないまま、
そんな物音が立った方へ無造作に視線を向ける。
いつの間に現れたそれか、
少し遠いそこには何人かの人影が見えて、
此処からどこかへ向かおうとしておいでの様子。
中の一人が何もないところへ手をかざせば、
白い空間を掻き分けるように四角張った枠が覗き、
やがて、結構な大きさの両開きの扉が厳然とした佇まいで現れる。
そこから別の空間へと移動するらしい彼らだったが、
いやに色彩の乏しい装いの一同を
やや離れたところから漫然と眺めていたブッダは、だが

  “な…っ!?”

驚きが過ぎて、うまく息が吸い込めない。
そんな息苦しさをもがくように振り払いつつ、
何か思うより早く、彼らのほうへと駆け出している。

  だって、そんな、どうして…っ

いかにも重たげな、鎖つきの鋼の枷を両の手首へ架せられて、
項垂れたまま、肉付きの薄い肩をやや手荒に押されつつ進む彼こそは、

 「…イエスっ!」

 追いつけぬのが怖くてたまらず
 まだ距離があるのが恐ろしくて

するすると無慈悲に進む“時”に縋るかのような切迫込めて、
思い切り息を吐き出して、喉が裂けるかというほどの声を張る。
周囲を取り囲むようにしていた顔触れが、一体誰なのかなぞ知らない。
こちらの鬼気迫る様相に圧倒されたか、
それとも、無意識のうちに神通力を放っていたものか。
駆け寄ろうとするブッダの前へ、
妨害せんと立ちはだかろうとしたのも最初だけ。
すぐにも恐れをなすよに身を譲って道を空けた彼らなど
もはやどうでもいいと見向きもしないで。
痛々しい姿のイエスへと、ただただ取り急ぎ歩み寄る。

 「何なんだい、これ。一体どうしたというのっ。」

誰の言葉でも聞きたくはない、イエス自身の言葉で知りたいこと。
他に同じ人は二人といない、紛れもない“神の子”だというに、
どうしてこんな理不尽な仕打ちをされているのと。
少し堅そうな生地の、簡素な装束に身を包む彼の肩へと手を置けば、

 「ブッダ、お別れだ。」

それは静かな声がそうと紡ぐ。
眉を下げての困ったような顔をしている彼であり、
哀しいには違いないがどうすることも出来ぬのだと、
口角のはっきりした愛しい口許に浮かぶ 仄かな笑みが、
そんな残酷な背景を無言で語る。

 “思い出した、これって。”

エルサレムの民の装束。
イエスにとっての天界での平服だと言っていたっけ。
だが、

 「…その恰好なのに、どうしてそれを?」

額からそのまま頭を取り巻くようにと、
まとわされたままの茨の冠。
地上での彼の居場所を大天使らが探査するため、
GPSが搭載されているとか言っていたそれだが、
だったら尚更、
天界仕様のいで立ちの彼が身につけているのはおかしくないか。
実際、地上へ降臨するより前に、
そんなものを飾っている彼をブッダは見たことがなかったほどだ。
だが、

 「いいんだ。」

視線を泳がせたのも一瞬で、小さな声でそうと言い、
ブッダを関わらせてはいけないからということか、
そそくさと背中を向けてしまうイエスであり。

 “そんな。だってそれって…。”

彼がかつて磔刑という惨い処刑を受けたおり、
ユダヤの王だと空言を言うお前に相応しい冠はこれだと、
迫害者から強引にかぶせられたもの。
棘に傷ついたところもまた、
それは痛々しい“聖痕”となっていて。
本来 辱めのための代物だのに、
それを再び…しかも手枷を架せられた彼へと強いるというのかと。

 “そんなことって…っ。”

一体 何がどうしたというのだ。
無垢でおおらかで、懐ろの尋も深く。
慈愛に満ち、何でも許してしまう寛容な彼が、
こんな仕打ちを受けるような、一体何をしたというのだ。
ブッダには何も判らぬままながら、だが、
この仰々しくも手荒な扱いから察するに、
彼はどこかへ強引に連れ去られてしまう途上なようで。
彼自身が急くようにしてのこと、
こちらへ向けられた薄い背中が、そこへ降ろされた髪が、
まるでブッダを拒絶するよに余所々々しくて。
彼の姿がこんなにも寒々しく見えたことが、
これまでに一度だってあっただろうか。

 「待ってっ!」

何としてでも引き留めようと、声を張りつつ延べた手だったが、

 「…っ!」

それを阻むように、
冷たい刃がブッダの眼前で交差されて道を塞ぐ。
いつの間に現れたものか、
何人もの神将らが向かい合うように居並ぶことで
幾重にも刃の障壁を作り出し、
彼とイエスの間へ何ともしがたい距離を織り成してゆく。
冷たく無慈悲な垣根の向こう、
遥かに遠くなってしまった背中なのが切なくて。

  「〜〜〜っっ!!」

何度も何度もその名を叫ぼうとするのに、
喉が何かに蓋されたか、声が一向に出ぬままで。
想いが届かぬからだろか、
イエスは一度も振り返らず、やがては視野の中から……









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