パスケース
書き手:朗
ついさっき駅まで送っていたはずの彼女から電話があった。
「ねえ、そっちに定期入れ忘れちゃってない?」
僕は受話器を首のあたりにかけたまま部屋の中を捜してみた。
「ああ、これかな?」
そういいながら、ベットの枕元にあった茶色のパスケースを手に取った。ポケットから落ちたパスケースを知らず知らずのうちにそこに置いておいたのだろう。
「あったよ。で、これどうすんの?」
僕は明日から毎日研究室にこもりきりになる予定だ。彼女ともしばらく会えない。
「うにゃ、じゃあ、生協のカウンターに預けておいてくれない?」
生協は彼女のバイト先だ。
「おっけー。」
「お願いね。それじゃあ・・・あんまり無理しないでね。」
こんな感じのちょっとした会話の後、僕は電話を切った。
手元には彼女のパスケース。
「もう少しかわいい奴使えばいいのに・・・」
そう言いながら今度の誕生日のプレゼントの候補を、頭の片隅に留めておいた。
ふと、一つの考えが頭を過ぎった。
(この中って、何が入っているんだろう・・・)
一応、あいつも僕のこと好きな訳だし。もしかして写真の一枚や二枚、入ってたりしないかな。男だったら一度は考える事だ。もし、その持ち主が自分の彼女ではなかったとしても。
中をちょっと覗いてみた。新宿〜調布間の定期だ。当たり前だ。定期入れなんだから。あれ。でもよく見ると年齢が19歳になってないか?今21歳なはずだけど。ま、いいか。
定期のほかに入っていたのは、学生証、免許証、各線の時刻表だった。あとテレカと何やら意味不明な内容の書かれたメモ。メモの方にはボールペンで130.153.60.255と書かれていた。
「なんのこっちゃ。」
なかなかに実用的な物しか入ってなかったらしい。最初期待した分ちょっとがっかり。
「自分で入れておこうかな・・・って、めっちゃ恥ずかしいな。」
取り出したものをもう一度観察しながら、元に戻していく。ふと、学生証の写真に目が止まる。
「それにしても、写真写り悪い奴だよなあ。もうちょっとかわいい写真使えば少しはマシになるのに。」
そう言いながら、さっきまで視界いっぱいに展開していた彼女の寝顔を思い出す。
「ん。やっぱかわいくなくていいか。写真くらい。」
そうつぶやくと、今度は一人ベットに向かう。もしここに第三者がいたらどう思うだろうか。今の僕はきっと気持ち悪いくらいにやにやしてるに違いないから。
後書き
これも、昔の彼女に贈った作品。っていうか、(これに限っては)ほとんどノンフィクションです。
若かったよ。あの頃は。 |
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