Bikkle on the Web 日記 短編小説
作者紹介 掲示板 リンク

 

麦藁帽子
書き手:朗/挿し絵:うれいなし


うれいさんの暑中見舞い

 僕が最後にここへ帰ってきたのは確か小学生の頃だから、もう3年近くになる。駅前の風景が一変しているのも無理はない。
 毎朝カブトムシを捕まえようと蹴りまくったクヌギの木々は住宅地になり、ザリガニが嫌と言うほど採れた大きな水溜まりは、駐車場へと姿を変えていた。
 ばあちゃん家へ向かいながら、なんとなく僕は寄り道をして見ようと思い立った。
 十分ほど歩いたところにある、小高い丘。今の僕が見ても大きい老木。
 想い出の場所。
 よかった。ここはまだ残っていた。

 この老木の枝の部分には人が2、3人座れる程度の大きさの板が打ち付けてあり、僕のちょっとした秘密基地になっていた。そこでは気持ち良い風のなかで、周辺の街並みが一望できるのだ。
 その女の子と出会ったのは、やっぱり今日みたいな夏の日だった。僕はいつものようにここへやってきた。風が心地よい。段々ウトウトし始めた。
「あら、先客がいるね。」
 突然見知らぬ声がしたので、びっくりして目が覚めた。
 白いワンピースの女の子だった。年は僕と同じくらい。
「ここは僕の秘密基地だぞ。勝手に入ってくるなよ。」
「あら、秘密基地だって。ふふふ。子供みたい。」
 彼女は近所に住む女の子で、僕より2つ年上だった。そんな出会いであったが、二人は妙にウマが合った。自然と、僕たちは一緒に遊ぶようになっていた。

 そんな夏も終る頃、それは突然やってきた。
「おや、知らなかったのかい?」
 ばあちゃんからその事を聞かされて、僕は急いで丘へ向かった。彼女はいつもより早く来ていた。
「引っ越すって、本当かよ?」
 秘密基地に入るなり、僕は単刀直入にそう尋ねた。
「うん。今日の午後、出発なの。黙っててごめんね。」
「もう・・・もう会えないのか?」
「同じ空の下にいるんだもの。会えないって事は無いわよ。でも、それが何年先になるかは・・・」
 この先何年間もこいつと会えない。まだ子供だった僕にとって、それは我慢できない事だった。もう、僕は彼女の顔を見る事が出来なかった。
「これ、やる。だからオレのこと忘れるな。」
 僕は自分の麦藁帽子を彼女に押し付けると、そのまま一気に秘密基地から降り、逃げるように駆け出した。
「もし、お互い憶えていたら・・・3年後、またここで!」

 あの時の彼女の言葉をそのまま信じている訳ではない。第一、彼女は何年向こうにいるのかわからないのだ。
 だけど、当然少しは期待していた。
 ふわり。目の前を何かが遮った。麦藁帽子だった。拾い上げて、どきっとした。ちょっと古ぼけた帽子だ。なんとなく見覚えがある。
「ごめん。取ってくれるかな?」
 声のほうを振り向くと、白いワンピースの女の子が立っていた。
「お久しぶり。君、私の事憶えているかな?」
 麦藁帽子を僕の手から受け取りながら、彼女は言った。
「・・・少しは大人になったつもりだけどね。」
「ほんと?」
 彼女はくすっと笑うのだった。

後書き
 うれいさんから頂いた暑中見舞い絵をもとに作ったお話。うれいさんにプレゼントしました。どうも途中で力尽きた感も否めませんが、雰囲気を掴んで下さると嬉しいです。
 秘密基地ってのは私も小学生の頃よく作りました。こんなオネエサンとの出会いなんてものはありませんでしたが。秘密基地の縄張り争いなんてものもありました。捨て猫を飼って、結局死んでしまった事もありました。自分の人格形成に大きく関わっているファクターの一つだと思います。