Bikkle on the Web 日記 短編小説
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万人に、夏を楽しむ権利はある。
書き手:朗/挿し絵:イトカツ


イトカツさんの暑中見舞い

「あれさあ、オレの妹なんだよね。」
 突然、奴がそんな事言い出す物だから、僕は何の事だか皆目見当がつかなかった。
「あれって、なんだよ。」
「ほら、この間海辺で見た・・・」
 ああ、あれね。と、そっけなく答える振りをする。
 一週間前、息抜きに来ていた近所の砂浜。
 白いワンピースが風にはためいて、体のラインがくっきりと浮き出る。麦藁帽子が飛ばされそうになるのを一生懸命押えながら、その表情はとても気持ち良さそうだった。夏を楽しんでいる、という言葉が良く似合う女の子だと思った。
 それが、なんとなく、なんとなく目に焼き付いていた。
 そうか、こいつの妹か。
「妹さん、なにしてるんだ?」
「ん・・・それが、昔から体の弱い子でな。」
 病弱な娘さんか。体調の良い時に海辺を散歩していたという所かな。
「じゃあ、今は・・・」
「ああ、病院生活からなかなか抜けられなくてね。可哀相な子だよ。」
「でも、良くはなってきているんだろ?散歩できるくらいだし。」
「ああ・・・だといいな。」
 なんとなく歯切れが悪い。何か重要な部分を隠しているような感じだ。それから、しばらく沈黙が続いたあと、奴が決心したようにこうぽつりと言った。
「うん。おまえには言っておこうと思ってな。」
「ん?」
「妹さ・・・目、覚まさないんだ。ここ数年。」
 何を言ってるんだろう。この間二人で彼女が歩いてるのを見たじゃないか。そう反論しようとするのを奴の方が呟くようにさえぎった。
「以前、手術の失敗で昏睡状態のままになってな。いわゆる植物人間ってやつだ。でも、頭の中でいろいろと考えてはいるんだろうな。海辺を、気持ちいい風に吹かれながら歩いてみたいとかさ。」
 ・・・。
「時々、本当に歩いてるんだよ。精神だけが抜け出してさ・・・」

後書き
 イトカツさんから頂いた暑中見舞い絵をもとに作ったお話。イトカツさんにプレゼントしました。
 夏ということで、ちょっとホラーな感じに挑戦です。勝手に幽体離脱にしちゃってごめんなさい>イトカツさん
 そういうわけで、みなさん、夏を楽しみましょう。