Bikkle on the Web 日記 短編小説
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触れない。
(恋愛小説同盟イベント「もう、あなたしか見えない」参加作品)
書き手:朗

 家に帰り、自分の部屋に入ると、誰も入ってこれないように鍵を閉め、カーテンを閉める。電気を消し、机に向かう。引出しから鏡のようなものを取り出し、机の上に置いた。枠の部分にある、スイッチのようなものを入れると、ぶんっと唸るような音がしたあと鏡の部分に何かが映し出された。それは、何かの投影機のようだった。スクリーンの映像によって、暗闇に彼の顔が浮かび上がる。

 その表情は、まるで恋人にでも会いに行くかのように輝いていた。スクリーンに映し出されていたのは、一見いわゆるどこにでもある、普通の町並みだった。あえて付け加えるとするならば、彼の両親の世代がそれを見たとすると、懐かしさがこみ上げてくるような、そんなちょっとだけ古ぼけた、十数年前の空気の漂う映像だった。

 彼はダイヤルを回し、町並みの中を動き回った。そして目的の人物を見つけ、にやりとする。スクリーンがその人物を追従するようにセッティングすると、頬杖を付いて、まるで魂を奪われたかのようにそれに見入り始めた。

 細川真奈美。それが彼女の名前だった。彼女は高校生で、セーラー服という、今ではもうあまり見かけなくなった制服を着こなし、学校の帰りに友人と日が暮れるまで世間話で盛り上がったり、近所の雑貨屋でアクセサリーを物色するような一日を送っている。

 彼女を観察するようになって、もう一月になる。はじめはただの好奇心だった。気が付くと、彼女のころころと笑う仕草やちょっとした事でスネる表情、友人との人間関係で悩む瞳から、目が離せなくなっていた。一度、偶然彼女の入浴シーンに出くわしてしまったことがあるが、彼はそれとわかった瞬間にスクリーンの電源を切り、見てはいけないものを見てしまったかのように、まるで何かを汚してしまったような気持ちで、しばらくの間スクリーンの電源を入れられなかった。

 さて、読者の皆様方には、このような男をどのように思うことでしょうか。スクリーンに映る彼女をただただ毎日眺めているだけの人間。気持ち悪いなどと言わないでやって下さい。スクリーンに映し出されている彼女には、告白しようにも出来ない事情もございます。ただ、世の中の男には、みんなこういう部分が存在しているということをご理解ください。

 実はこのスクリーンと申しますのは、過去を覗ける非常に特殊なものでありまして、彼が覗いていたのは当人が生まれるずっと前の、両親はまだ高校生でしょうか。とにかくその頃の風景なのです。彼は今日もスクリーンを覗きます。そして彼女を見つけ、まるでずっと一緒にいるかのように一日を過ごすのであります。時々、想いを伝えられないもやもやと神聖なものに対する敬意を含めて、その名を口に出してしまうこともあります。いや、最近はかなり頻繁になってきましたか。

「お母さん……」

 繰り返し申し上げますが、彼のことを気持ち悪いなどと言わないでやって下さい。世の中の男には、みな、少なからずこういう部分があるのでございますよ。

後書き
 「恋愛小説という枠組みで書け」といわれるとひねくれてみたくなる自分がいます。というわけで、恋愛感情の方向をちょっと捻じ曲げて見ました。
 こんなのでも恋愛小説になるんでしょうか?
 この作品は、Writers-MLのメンバーに感想をもらったところ、非常にタメになるコメントを数多く頂く事が出来たので、それをもとに書き直す予定です。
#とりあえず、ネタばれしないようなタイトルには変更してみました(笑)>関係者各位