流れるのは君の涙、と誰かが言った。
書き手:朗
さっきから気になってしょうがないのだが。
僕の座っている席から一番近い、向かいのドアのところにいる女の子。
ホームにいるときは全然気づかなかったから、ほかの駅から乗ってきたんだろう。もしかしたら、僕よりも前から乗っていたのかもしれない。
彼女はドアに寄りかかりながら、文庫本を読んでいる。僕も本を読む格好だけをする。そして、気づかれないように彼女の様子を観察する。
服のセンスは、少し変わったみたいだ。春の陽気に誘われたのか、薄手のシャツにカーディガン。体のラインに沿ったスカート。大人っぽくなったかな。スカートを穿いてるところなんて、めったに見られるものじゃなかったよな。
髪型はあの時のままだ。今朝もそのクセっ毛をまとめるのに苦労したのだろう。
そう。まぎれもなく、彼女は僕が3年前まで付き合ってた相手。
きっかけは些細なことだったので、忘れた。でも、それが元で一月は喧嘩ばかりしていたのは、よく憶えている。そして、別れ話。
僕は嫌だった。なんだかんだ言っても、彼女ほど一緒に居てくつろげる相手は居なかったから。だから、彼女を引き止めるのに必死になった。
今も夢に見る。あの最後の時、彼女の目に浮かんでいた蔑みの表情。雑踏の中に消えていく彼女を、僕は追うことができなかった。
彼女は本を閉じ、扉の外の風景を眺め始めた。近くの目に見えるものじゃない、遠くの何かを見ているような目。そして、突然クスクスと笑った。
ああ。僕はそんな彼女を知ってる。あれは楽しみを待ちきれなくてしょうがないっていう時だ。
やっぱり、デートなんだろうか。僕との時は大抵新宿の改札だった。今はどうなんだろう。新宿?明大前?それとも渋谷?そんなことを考え始めると、なんだか無性に悔しくなってきた。恐らく彼女の心の中にはカケラも残っていないであろう自分に対して、腹が立ってきた。
彼女に話しかけてやろう。そう思った。そして、少しは僕のことを思い出させてやろう。短い期間だったけど、楽しかったこともあったじゃないか。情けないけれど、きっと僕はそれで満足する。
僕は手に持っていた本を鞄にしまいこみ、席を立った。彼女の所まで、たったの数歩。「やあ、久しぶり。元気だった?」と、まず話しかけよう。そして、理解ある大人風に今の彼氏について聞こう。そして、さりげなく昔の話にもっていこう。そして、そして……
後書き
lふぉ君のリクエストで、「昔の彼女に偶然会ったときの話」です。
きっと、こんな風にニヤニヤ近づいていって、冷たくあしらわれて、しばらく凹んでるんでしょうね。
この作品は、「日めくり恋愛小説」に投稿したものです。 |
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