Bikkle on the Web 日記 短編小説
作者紹介 掲示板 リンク

 

言うは易し。
書き手:朗

「ねえ、一番手っ取り早く気持ちを伝えるのって、どうすればいいかな?」
 やっぱり、そんなことだろうと思った。さあね、と素気なく返事を返す。

 校舎の8階の一室が、うちらのサークルの溜まり場になっている。こんな立地条件のいい場所に部屋を持っていられるのは、要するにロボット製作グループであるということを全面的にアピールした結果、大学の教授連中を味方に付けることができたからであって、その偉業を成し遂げた先輩方には感謝の気持ちを忘れてはいけない。
 ただ、その分サークルの成績に関して大学側の要求も高く、来週も学会主催の大会に参加しなくてはならないのだ。
 そして、ここのところ遅れが目立ち始めてる部分をリカバリーしようと、授業をサボってこの部屋に来たのが運の尽きだったのかもしれない。

 ドーナツの5個セットを腕に抱え、智子が部屋にやってきたのは、丁度僕がサーボモータのドライバを取り付けようとしているときだった。彼女はコートを脱ぐと近くの机の上に投げ出し、ドーナツを持って僕の作業している近くに腰をかけた。
「どう?」
「ん……もうちょい。あ、そこの六角レンチ取って。」
「これね。はい。」
 ロッカクレンチといって通じる女の子なんて、そうそういない。そういう意味でも、彼女は貴重だった。

 サーボモータの動作確認を軽くした後、彼女の希望でお茶をすることになった。お茶は、僕のリクエストで緑茶。日本人はこれだよ。ティーパックなのが玉に瑕だが。
 で、さっきの質問だ。
 彼女が気持ちを伝えたい相手っていうのは、解ってる。残念ながら、それは僕ではない。だから、どうしても返事が素気なくなってしまう。
「……ヤツなら、研究室の方にいたぞ。」
 別に嫌味で言ったわけではなかったのだが、そこで彼女が沈んでしまったのを見て、しまったと思った。そうか、そういうことか。
「ここ来る前にね、研究室に行ったの。やっぱり、本田君って瀬名さんのこと、好きなのかな……雰囲気で判っちゃうんだよね。ああいうのって。」
「正直なところ、そうだろうな。でも、まだ付き合ってるわけじゃないんだからさ。言葉にしちゃうのが一番だと思うぜ。早いもん勝ちだって。」
 彼女は返事をせずに、ドーナツを小さく一口かじり、お茶を飲む。
「そうかな?」
「そうだって。」
 そして、また彼女はドーナツを一口かじる。

 しばらくして、彼女は「帰ろうか。」とつぶやいた。へいへい、送っていきますよ。お嬢様。と彼女にコートを渡すと、彼女はちょっと笑った。僕はそんな彼女の髪を、ぽんぽんと軽くたたく。
「ほら、元気出せよ。」
 まあ、今はこんな役回りでも、いいか。弱気だな、自分。

後書き