初恋売ります。
書き手:朗
霧の中を男は歩いていた。
一つの家の前で立ち止まる。手にしたメモを見て、目的の場所である事を確認した後、男は扉を叩いた。出てきたのは年を取った人間の女性だった。
「お待ちしていました。貴方の事は会社から聞いていますよ。さあ、お上がりなさい。」
老女はまるで友人を迎え入れるかのように男を家の中へと招きいれた。
「彼はこっちよ。今、眠っているから静かにお願いね。」
この女性は本当に私の事を知っているのだろうか。男はいかぶった。これから会う男は、もしかしたら私に殺されるかもしれないというのに。
それは、様々な機器に囲まれるようにしてベットに横たわっていた。彼の体から延びたケーブルが、その機械達に接続されている。
生命維持装置、だった。
「もう、長くは持ちませんの。……どうします?」
女はそう言いながら、男にダージリンを勧める。どうするか、だと?
「彼、最近はもう昔の想い出に浸るくらいしか活動していないの。いや、彼が自分のものと思い込んでいる想い出、よね。」
男はうなずき、ダージリンを一口すすった。
「貴方にはとても悪い事をしたと思っているわ。せっかくの想い出―初恋、だったかしら?―それを、そっくり彼に移し替えてしまったんですもの。」
老女は話しつづける。
「彼はね、ずっとそういう想い出に憧れていたの。だから、あなたみたいなイレギュラーが発生したというのを聞いて、無理を言ってその記憶を譲ってもらったのよ。私と局長は古い友人だから。」
私は誰かが勝手に作った法によって、記憶を奪われた。拒否すれば殺されていただろう。
そしてその記憶を移植されたこの男は、未だのうのうと生きている。それが納得いかなかった。
考えてみれば、老女はそれを見ながら呟いた。
「不思議な物よね。人間はいくらでも、たとえ相手がアンドロイドだとしても、恋をしていくというのに、アンドロイドにはそれが許されないなんて。」
しばらくして、それを取り囲んでいる装置の音が完全に止まった。彼はその長い活動を終えた。80年代後半型のボディだからな。男は考えた。本当ならとっくの昔にスクラップ
になっていてもおかしくはない。
「貴方のおかげで、彼も最後は幸せだったと思うの。」
老女は男を見送りながら、そう言った。
「……ねえ、彼、どんな娘に恋していたのかしら?」
「あなたの若い頃に良く似た、チャーミングな娘さんだった……らしい。」
「そう……ありがとう。」
バタン。扉の閉まる音が聞こえた。
男は振り向く事無く霧の中へと消えていった。
後書き
感の良い人は、タイトルが「追憶売ります。」のパロディだと気付いたかもしれませんね。
一番最初のプロットでは話の内容もそれに近い感じでした。しかし、書いているうちに、
「これ、その後の話の方が面白いかも。」と思い、タイトルはそのままに路線変更しました。
色々と細かいところに謎を残してあります。その辺は各自想像で補って下さい。そして、
出来ればどんな想像したのか、私に教えて下さると楽しいです。 |
|