Bikkle on the Web 日記 短編小説
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一歩先ゆく男
書き手:朗

 周りの奴らは取り合ってもくれないが、私は本当に見たんだ。
 もう五年になるか。あれはそう、ちょうど今みたいにあの桜の木が満開の花を咲かせていた時期だった。私はいつものようにそこの小道を散歩していたんだ。
 日が暮れると、この辺は暗闇だ。頼りとなるのは月明かりだけ。おっと、あんたも変える時間には注意しておいた方がいいぞ。地元の人間にとっては気持ちのいい散歩道でも、不慣れな奴の一人歩きには、ろくなことがない。
 そんな夜道を歩いていたときだ。そこの麦畑を抜け、小川を渡り、私がよく木の実を集めに行く森に差し掛かった。すると、いつも私が一休みする岩が見当たらないじゃないか。腰掛けるのにちょうどいい岩があってな。苔の生え具合もなかなか良い。それが、無いのだよ。昨日までは確かにそこにあったのに。なあ、おかしいと思わないか。
 もちろん、私が道を間違えるわけが無かろう。何年通った道だと思っているんだ。あんたがまだ父親の中に居た頃よりもずっと昔から通っているんだぞ。
 もっと驚いたことに、周りを良く見るとその岩だけじゃない。近くにあるはずの松やら椎やらの木が根元から倒されていたんだ。異様な風景だった。何かがここで起こったんだな。それが何かって言うのは、その時は想像も出来なかったが。

 おっと、酒が切れたな。あんたもウイスキーでいいよな。……さあ、ここからだ本題だ。よく聞けよ。しかし、それが何かはわからない。これほどの恐怖はないぞ。私はとにかくそこを離れようとした。だが、不思議と体は言うことを聞いてくれない。気持ちだけが焦るんだ。にげろ、ニゲロ、逃げろってな。焦って、そして私は大地をキスをする羽目になってしまった。
 その時だ。突然、蛍光灯のスイッチを入れたかのように周りが白い光に包まれた。いく筋もの自分の影が、私を取り囲んだかのように思われた。
 ああ、宇宙人だ。私は素直にそう思ったね。今まで会ったことも無かったが、宇宙人なんて別に不思議な問題じゃない。そうだろ?私はまぶしさに目を細めながら、その白い光の下を確認しようと視線を上に上げていく。
 予想通り、それはヤツだったよ。いつもテレビに出てきてるアレさ。テレビってのも、まんざら嘘でもないんだな。ちょっと違うとしたら、目はあんなにはでかくなかったな。つぶらな瞳ってやつだったよ。そいつらが、私を呼ぶんだ。こう、手招きしてな。何故か、抵抗は出来なかった。私はそのまま彼らの船に乗せられてしまった。
 なんでその時のことを憶えているかって?ふん。テレビに出てくる連中はみんな記憶を消されているらしいからな。肝心なことは何も憶えていやしない。……逃げ出したんだよ。奴らは、私を真っ白な手術室らしき部屋に連れて行き、しばらくすると白い壁の向こう側へ行ってしまった。ところが、出口は空いていたんだ。ぽっかりとな。
 間抜けな連中だよ。きっと、新米だったんだろうな。

 とにかく、私はその出口から歩いて出てくることが出来た訳だ。宇宙船は大して移動してなかったらしく、森の中を三日さまようだけで家に帰りつくことが出来た。
 ところがな。帰ってから重大なことに気が付いたんだ。
 あの連中が何処から来たかって事さ。え?それよりも心配することがあるだろうって?そうか。あんたはこの話を信じてくれるんだな。女房なんて、私がおかしくなったと思い込んでるよ。……連中が何をしに来たかなんて、たいした問題じゃない。ちょっと寄り道したくなることもあるだろうよ。
 奴らに聞くのを忘れていたのだよ。逃げる途中で宇宙船の銘板でも探しておけば良かった。きっと書いてあっただろうよ。メイド・イン・アンドロメダとかな。ああ!気になって気になって、気が狂いそうだ!
 

後書き
 最近、恋愛ものばかり書いていたんで、なんか久しぶりです。正直、恋愛ものは何も考えずに書いても形になるんで、非常にラクなんですよね。
 今回は一人称での独白形式にしてみました。多分、初挑戦。これだと逆に心情描写が難しいですね。三人称の方が自分にはあっているのかも。