石原都政 終焉に向かって (1)東京都立大学強行破壊の構図、都庁官僚主導 「わざと現場と衝突するやり方をしてアピールする」毎日新聞(6/10)(2)東京都立大学の終焉、そして首都大学東京 JanJan(2005/06/11)(2005.6.14)

 

 

「意見広告の会」ニュース285(2005.6.14

 http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/05-06/050614ikenkoukoku285.htm より抜粋

 

1 石原都政 終焉に向かって
1−1 東京都立大学強行破壊の構図、都庁官僚主導 「わざと現場と衝突するやり方
をしてアピールする」
毎日新聞(6/10

記者の目:石原都知事を支える「迎合の構図」 日下部聡

 6月3日本欄で、東京都庁担当の高木諭記者は、石原慎太郎知事の求心力の低下を指
摘して「進退を考えよ」と書いた。その結論に異論はない。しかし「サンデー毎日」誌
上で昨年、連載記事「石原慎太郎研究」を担当した私は、知事の「求心力」を生み出し
てきた構造にこそ、より根深い問題を感じるのだ。

 浜渦武生副知事や特別秘書ら側近、都庁官僚、都議会、そしてメディア……。石原知
事は、あらゆる周囲の「迎合」に支えられてきたのではないか。

 都教育委員会が教育現場での「国旗掲揚・国歌斉唱」について、全国有数の厳しい締
め付けをしているのは有名だ。実は、これは知事が逐一指示しているわけではない。教
育長以下、都庁官僚が主導している。その横山洋吉教育長は6月23日付で筆頭副知事
に就任する見込みだ。

 東京都立大が「首都大学東京」に統合される過程でも、多くの学生や教員から悲鳴が
上がったが、都は構わずに強行した。これも都庁官僚主導だった。

 石原知事や浜渦副知事に疎まれ、定年前に都庁を去った元都幹部は言う。

 「器用な役人は、知事が喜びそうなことを先取りしてやってしまう。知事は『対立』
が好きだから、円満にやると『妥協した』と見なされる。だから、わざと現場と衝突す
るやり方をしてアピールする」

 そして、こうも言う。

 「多くの都幹部は、最初は違和感があっても、次第に進んで適応するようになった。
それができなければ都庁を去るしかなかった。『自分』を持たない人が多いということ
でしょう」

 都議会も「迎合の構図」と無縁ではない。

 浜渦副知事に辞職を迫った調査特別委員会(百条委員会)を主導した自民、公明両党
は、石原知事の責任を問わないばかりか、「まれに見る政治家」などと称賛する。知事
と一心同体だった側近だけが悪いという理屈は、非常に分かりにくい。知事与党をアピ
ールする自公にとって、03年都知事選で知事が獲得した308万票を無視する選択は
あり得ない、というのだ。

 百条委設置も、都議選を前に利権疑惑を持ち出して自民党をけん制しようとした浜渦
副知事に、自民党が逆襲したというのが実情で、議会のチェック機能が働いたというよ
り、権力闘争と見るべきだ。

 そしてメディアである。

 最近、「週2、3日しか登庁しない」という言葉が石原知事の枕詞(まくらことば)
のように使われだした。だが、これは何も最近始まったことではない。新聞、テレビ、
週刊誌の各メディアは、石原知事を「ポスト小泉」のキーマンか、「ご意見番」として
取り上げるばかりで、地方自治体の長として適格なのかという視点ではほとんど検証し
てこなかった。

 そうした反省から私は東京都に対し、知事交際費や出張旅費、勤務日程表、公用車の
運転記録などの情報公開を請求。開示された公文書を精査した上で、都政関係者への取
材を重ね合わせた結果、知事の日常的な公私混同ぶりが浮き彫りになり、昨年初め
に記事にした。

 飲食への交際費支出が他の道府県に比べて異常に多く、しかも相手は石原知事の旧知
の人物が目立った。支出相手の全員が記されていないなど、記録が不十分なケースも多
く、公務員の接待を禁じた都の基準にも違反していた。勤務日程が「庁外」の日はごく
限られた人物しか動静を把握しておらず、公用車を選挙応援に使った疑いも浮上した。

 海外視察も豪華だった。01年には南米ガラパゴス諸島で4泊5日のクルーズに乗船
。計8人で1590万円の公費を使った。

 昨年5月には、石原知事に交際費や旅費の返還を求める住民訴訟が起こされ、東京地
裁で係争中だ。

 近年の地方自治の大きな流れは、公金の使途や政策決定過程の透明化である。この中
に石原都政を置いてみると、その「不透明性」は一層際立つ。

 石原知事は3日の記者会見で、登庁が少ないことについて「毎日毎日同じ机に座って
いるのが能じゃないだろう」と言った。

 その通りだろう。だが、問題は、どこでどういう公務をしているのかを、有権者にき
ちんと説明していない点である。

 私も含め、石原知事の大胆な政策や言動にばかり着目して、こうした石原都政の実態
をほとんど報じてこなかったメディアの責任は大きい。

 都知事は絶対権力者ではない。都民が税金を預けて仕事を委託しているのである。石
原知事がそれに見合った仕事をしてきたのか、有権者が冷静に見極める時ではないか。


1−2 東京都立大学の終焉、そして首都大学東京
      JanJan2005/06/11

 今年4月、「首都大学東京」(以下、首大:クビダイ)が開学した。東京都立大学(
東京都八王子市;以下、都立大)が政治のおもちゃにされて変質させられたのが、首大
である。

 都立大の解体は、一昨年の8月、石原慎太郎・東京都知事が、これまで教員と東京都
との間で協議していた新大学構想を無視し、現在の首大に直結する新構想を発表したこ
とに始まる。これは都立大教員を大幅にリストラし、都立大の人文学部から工学部まで
の理念無しの「都市教養学部」という奇異な学部にまとめるというお粗末な構想だった
。当然、都立大の教員・学生は総長(学長相当職)を筆頭に反発した。それでも東京都
は首大新構想を強行し、反対する教員を「粛清」した。結果、多くの教員が都立大を去
り、都立大の教育・研究を継承できない分野が生じた。

 この事件で誰が「悪い」か考えてみたい。当然、東京都トップの都知事は悪い。その
下の都庁役人(の一部)も悪い。教員・学生に罵られながらも、首大構想を推進した恩
賞として学部長に就任した教員もいる。

 都庁の暴走を阻止できなかった都議会も悪い。筆者は、文教委員会(都議会の教育部
門担当委員会)を傍聴する機会があった。はっきり言って絶望した。多くの議員は大学
に無理解で、都行政の政策に賛同するだけであった。一部には、真実を見つめて都行政
を批判した議員もいた。これはイデオロギーとかそういう問題ではなくて、「人間性」
の問題ではないかと思った。今度、都議会議員選挙があるらしい。都行政の失策に無批
判な候補には落選してもらいたい。

 都庁を手厳しく批判できないマスコミも悪い。下手に批判すると記者クラブにいられ
なくなるから批判できないんだろう。日本の教育の将来を考えれば、この事件は「大事
件」であったはずなのに、大々的に取り上げたマスコミはなかった。結果として都民の
関心は得られなかった。結局、ここが日本の民主主義の限界である。

 母校を守れなかった同窓会(旧・八雲会)に存在価値はない。この事件が起きてから
、教員・学生が反対運動を起こしても、新大学名を「東京都立大学」にして欲しいとい
う以外、同窓会は一切の運動を起こさなかった。その唯一の要求すら実現しなかった。
母校を守れなくて何が同窓会だ。多くの同窓生は同窓会に失望した。もう同窓会が都立
大同窓生の心の拠り所になることはないだろう。

 それでもまだ都立大の復活に希望を持っている人たちがいる。まずは大学の制度を変
えなければなるまい。私立大学ですら学長を教授会選挙で選ぶことが多いのに、首大の
初代学長は都知事の指名だった。これからあるべき制度に変更する必要があるだろう。
悪夢の「首都大学東京」の名称も早く変えて欲しい。未来への希望は持ち続けたい。

 図に示したのが、首大シンボルマークである。首大ホームページには、「4つの大学
がひとつになったことを意味すると同時に、分割線である水平線と垂直線の交差点を、
外形の長方形でトリミングしているところでもあります」との解説がある。旧都立4
大学の価値を否定して、「新しい大学」として設置された首大のシンボルマークが4大
学を示しているというのは皮肉としか思えない。それにしても、黒とグレーの色彩は、
首大の未来を暗示している気がしてならない。