「産経的精神」:ニジェールからのウラン購入説をめぐる『産経新聞』の過ち 「五十嵐仁の転成仁語」(2005.12.26)

 

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ニジェールからのウラン購入説をめぐる『産経新聞』の過ち

 

昨日書いたイラクの大量破壊兵器の問題に関連して、思い出したことがあります。ずっと前に読んだ、岡田克也前民主党代表について書かれた本の中にあった記述です。

 書いた人からすれば、思い出して欲しくないものだったかもしれませんが、ここに紹介させていただきます。イラクの大量破壊兵器の開発・保有疑惑についての記述だからです。

 これは、榊原夏さんという方が書かれた『岡田克也、父と子の野望』という本で、扶桑社から200410月に出ています。そこには、イラク攻撃とその理由だった核開発疑惑について、次のように書かれていました。

 

 イラク攻撃はアメリカだけの「単独行動主義」によるもので、根拠がないと反対したフランスやドイツを日本も見習うべきだなどという国内メディアの論調も目立った。朝日新聞、毎日新聞をはじめ、TV局のキャスターといわれる人たちの反米反戦発言はほぼこうしたNGO団体や岡田克也たちの発言を代弁してきたものだ。

 そういう向きには次のような発言を紹介しておこう。田久保忠衛(杏林大学客員教授)の忠告である。

 

 7月に入って米上院外交委員会の超党派的な調査報告書と英国の独立した調査委員会(バトラー委)の報告書が相次ぎ発表された。両報告書とも、99年にイラク当局者がニジェールをはじめとするアフリカ諸国でウラン買い付けの話をしたことを確認した。バトラー報告はコンゴの名も出し、ニジェールについては輸出品の約4分の3がウランであるとの特殊事情にも触れている。米民主党系の二大紙も大統領批判をした民主党の責任を問い始めたし、ウォールストリート・ジャーナルは「大統領に謝罪するときだ」などの社説で激しい批判を展開している。が、日本の新聞はこのニュースを伝えていない。(中略)サダム・フセインがウランを買おうとしたとの事実を報道すれば、読者はすぐ真相は何かが分かる。(「産経新聞」平成16年7月31日、正論)

 

 さすがは長年にわたって日米外交を見つめてきた田久保忠衛の正鵠を射たメディア論だった。(4243頁)

 

 ここに書かれているニジェールからのウラン購入説は完全な偽情報でした。民主党の大統領選候補となったケリー上院議員の顧問を務めていたウィルソン元駐ガボン大使がこの情報を否定し、それを逆恨みしたチェイニー副大統領のリビー首席補佐官が、元大使の夫人がCIAの要員であるとの情報を漏らし、偽証罪で起訴され補佐官を辞任しています。

 また、ここに出てくる「バトラー報告」というのは、英国政府が示した大量破壊兵器の脅威が本当だったのか、政府の情報取り扱いに問題はなかったのかを調査した委員会の報告で、大量破壊兵器の情報は誤りがあり、45分で配備されるという内容は含まれるべきではなく、情報を評価する者と政策を立案する者のけじめがついていなかったが、ブレア首相が故意に情報をねじまげた証拠はないとしていました。つまり、ブレア首相に責任はないが、情報は誤りだったというわけです。

 この本の筆者である榊原さんは、「さすがは長年にわたって日米外交を見つめてきた田久保忠衛の正鵠を射たメディア論だ」と評価していますが、ここに書かれているような内容は完全な間違いでした。『産経新聞』の「正論」欄にこのような記事を書いた田久保忠衛杏林大学客員教授は、結果的に誤った情報を伝えていたことになります。

 

 実は、この頃、『産経新聞』は、相次いで、このような誤報を伝えていました。2004年7月17日付の「ウラン購入計画認定 イラク問題で米英委員会『否定説』覆す」という記事は、「ワシントン=近藤豊和」との書名入りで、次のように報じています。

 

 イラクが大量破壊兵器開発計画をめぐってアフリカ北部のニジェールから核兵器の原料にもなるウランの購入を企図していたとされる問題で、イラク戦争前の同兵器開発計画に関する情報の精度を調査した米英両国の委員会はいずれも「ニジェールからのウラン購入の企図」を事実上認定する結論を出した。

 同問題をめぐっては、民主党の大統領選候補となるケリー上院議員の顧問を現在務める元駐ガボン大使のウィルソン氏が、「自身の調査ではウラン購入の事実なし」と公表、ブッシュ大統領の昨年の一般教書演説の内容の「虚偽」を指摘するなど、さまざまな問題を呼び起こしていたが、米英両委員会の結論で事態は全面的な転換を迫られる様相となった。

 この問題は、ウィルソン氏が昨年7月に米紙ニューヨーク・タイムズで、自身が2002年2月に米中央情報局(CIA)の依頼で、ニジェールで実施したウラン購入計画の調査では、「事実を確認できなかった」と公表、ブッシュ大統領が昨年1月の一般教書演説で「フセイン(元大統領)が、アフリカから大量のウラン購入を企てた」と述べた内容を「虚偽事実」と指摘した。

 この直後に、著名コラムニストがウィルソン氏の妻が「CIAの秘密工作員だ」と報道、同氏はこれが、「虚偽事実の公表」に対するホウイトハウス高官からの意趣返しで、コラムニストに情報提供されたものと告発。司法当局が工作員の身分保護規定違反で捜査に乗り出し、ブッシュ大統領や政権首脳らまでも事情聴取する事態になっている。

 米国の上院特別委員会は先週公表した報告書で、「イラクがニジェールからウラン購入を企図したと分析するに足る情報があり、ウィルソン氏の否定情報は、ニジェールを訪問したときに会談した同国政権首脳らが口頭で否定したことだけが根拠であり、CIAなどの分析を覆すものではなかった」と指摘した。

 また、英国の独立委員会の報告も「1999年にイラク高官がウラン購入交渉のためにニジェールなどアフリカ諸国を訪問した」などの事実を認定、イラクのウラン購入の企図は、米欧各国の情報機関の一致した見方だったとの内容となった。

 両委員会の結論からは、ブッシュ大統領の一般教書演説の内容に「虚偽」はなくウィルソン氏の主張は正当性を欠くことが浮き彫りとなった。

 ウィルソン氏はこうした事態を受けても沈黙のまま。一方、米紙ウォールストリート・ジャーナルなどはウィルソン氏の態度を強く批判、大統領への謝罪を求めている。

 

 また、2004年7月20日の「ワシントン=古森義久」という書名入りの記事「イラクのウラン購入問題 米、論議の攻守一気に逆転」も、次のようになっています。

 

 米国のブッシュ大統領は昨年の一般教書演説でイラク攻撃の理由に関連してフセイン政権がアフリカから核兵器用ウランを購入しようとしたと言明したが、民主党側からその発言をウソだと断じられ、再三の非難をあびてきた。ところがこのほど公表された米英両国の特別調査でイラクによるそのウラン購入の動きが事実だとされ、これまでの論議の攻守が一気に逆転した。イラク論議に大統領選挙の党派争いがからむこの複雑な政治展開は民主党側の虚偽の追及へと様相を変えてきた。

 昨年1月の教書演説でブッシュ大統領はイラク攻撃の理由について次のように述べた。

 「イギリス政府はサダム・フセインが顕著な分量のウランをアフリカから購入しようとしていることを知った」

 英語で16語のこの言明はその後の1年半ものイラク戦争論議で最も熱気を集めた焦点となってきた。ブッシュ大統領はフセイン政権が核兵器用のウランを買おうとしていたのだから、その政権への攻撃は当然、という態度をみせた。

 ところがアフリカのガボンなどの駐在大使を務めた元米国務省外交官のジョセフ・ウィルソン氏が昨年7月、ニューヨーク・タイムズへの寄稿でこのブッシュ大統領の言明を虚偽だと断じた。

 ウィルソン元大使は2002年2月、中央情報局(CIA)の依頼でアフリカのウラン生産国ニジェールに行き、イラクからウラン買いつけの試みがあったか否かを調査したものの、そんな試みはなかったと判明したのだ、と述べていた。同元大使はしかもブッシュ大統領のウラン情報は偽造文書に基づいたと断じ、教書演説での言明をウソと決めつけた。

 昨年7月、ブッシュ政権に近いコラムニストのロバート・ノバック氏が「ウィルソン氏は妻のCIA工作員バレリー・プレーム氏の推薦でニジェール調査員となった」と報じた。ウィルソン氏はこの報道を「妻の秘密工作員の身分を明かす危険な背信行為」と非難し、その後に「戦争を導いたウソ」という題の本を出して、ブッシュ政権の「秘密暴露」への刑事捜査の開始を訴えた。

 ウィルソン氏は民主党のジョン・ケリー大統領候補の陣営に加わり、同党全体の主張として「ブッシュ大統領は教書演説でウソをついた」というキャンペーンを展開してきた。

 ところが米国議会上院外交委員会が超党派で実施した調査の報告書の7月上旬の発表では、99年ごろからフセイン政権の密使がニジェールにきて、何回も核兵器用ウランを購入しようとした動きが裏づけられた。さらに14日に公表されたイギリスの独立調査委員会の報告書でも「ブッシュ大統領の教書演説の言明は十分に根拠がある」と認定された。

 この展開にブッシュ政権側は逆に民主党側の主張がウソだったとして、攻勢に転じた。これまで民主党側支持の姿勢をみせてきたニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストもこの展開に関連して(1)プレーム氏がウィルソン氏のニジェール行きを勧めたことが確認された(2)プレーム氏がCIA任務に夫を推薦した以上、同氏がCIA勤務であることはすでに広まっていた(3)「大統領のウソ」を断じた民主党側にもこの件を明確にする道義的責任がある−などと報じた。

 当面はウィルソン氏自身がどんな言動をとるか、ケリー陣営が公式の謝罪を表明するか、が注視される。

 

 結局、この問題ではウィルソン元ガボン大使の方が正しかったということが、今日では明らかになっています。『産経新聞』のこの二つの記事は、明らかに誤った情報を伝えていたことになるでしょう。

 これに対して『しんぶん赤旗』は、どのように報じていたでしょうか。2004715日付「ロンドン=西尾正哉」という書名のある記事「イラク開戦情報に欠陥 大量破壊兵器 英政府調査委が報告」は、次のようになっています。

 

 ブレア首相は開戦前に「イラクは45分以内に大量破壊兵器を配備可能」と発言しました。この、いわゆる「45分情報」について報告は、「イラクはどのような化学・生物兵器も、配備可能な状態で保持したり、使用するための計画をもったことはなかった」とし、同情報は「政府文書に含まれるべきではなかった」と指摘しました。

 報告はブレア政権の機密情報活動の一連の失敗を批判。機密情報文書の内容が妥当性を欠き説明なしに文書に記載されたとし、情報機関の改革を迫っています。

 国民の強い反対世論を無視してイラク戦争を強行したブレア政権は、この間の地方選挙、欧州議会選挙で敗北し、厳しい審判を受けました。6日には下院で「大量破壊兵器は今後も見つからないかもしれない」とブレア首相が初めて言及。バトラー報告で国民世論がブレア政権に厳しい目を向けるのは必至です。

 米国の同様の調査委員会の設置を受けてブレア首相が設置を余儀なくされた同委員会は2月から調査。英国の軍事情報機関(MI6)や国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のハンス・ブリクス前委員長らから情報、証言を集めてきました。

 

 このように、バトラー報告の内容とその評価について、『産経新聞』と『しんぶん赤旗』とでは全く逆になっています。しかし、その後の経緯に照らして、どちらの方が事態を正確に伝えていたかは、今や誰の目にも明瞭でしょう。

 

 私が、この両紙を比較したのは、兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』に、「筆者には、『赤旗』記者の友人が何人かいるが、その一人は自社のことを『ウソハタ』と言うのが常であった。そろそろ社名を変えてはどうだろう」(164頁)と書いてあったからです。

 この部分を読んだとき、「自社」とか「社名」という書き方に大きな違和感を感じました。政党の機関紙である『赤旗』の記者が「自社」などというのだろうか、と思ったからです。

 同時に、三十数年間も共産党員で、自身が読み続けてきただけでなく、知人や友人にその購読を勧めたこともあるだろう兵本さんが、「ウソハタ」などと無責任なことを書くだろうかという気もしました。まして、「『赤旗』記者の友人」がこのようなことを言うはずがありません。

 

 「ウソ」を書くということが事実であるなら、その実例を示すべきでしょう。三十数年間、『赤旗』を読み続けてきた兵本さんなら簡単にできるはずですが、この本には、『赤旗』の記事がウソだったという実例は示されていません。

 逆に、この本を出した『産経新聞』には、明らかな「ウソ」を本当のように報じた実例があります。先に示した、2004年7月17日と7月20日の記事がそれです。その前に引用した「正論」欄の田久保忠衛杏林大学客員教授のコラムも虚偽に満ちたものでした。

 そのような新聞社から兵本さんの本は出されており、この間の私のコメントで具体的に示したとおり、虚偽と誤謬に満ち満ちています。この本にも「産経的精神」は貫かれていると言うべきでしょうか。

 

 いずれにせよ、ここでのような細かな検証を行わなくても、ブッシュ米大統領のウソを信じてイラク戦争を支持する虚報を垂れ流してきた『産経新聞』と、当初からそれを批判してきた『しんぶん赤旗』との違いは明らかです。どちらの方が新聞ジャーナリズムとして信頼できるのかという点でも、すでに決着はついていると言って良いでしょう。