今でも私は、時折彼の声を聴く気がする
振り返るといつも、
青い空を背に立つ彼の姿が在って・・・
+ Hold you Dear +
「メグル・・・?何処を見ておるのだ?」
「・・・、ゴカク君・・・」
ふっ、と我にかえると、その少年は私を見あげていた
その瞳に無垢な疑問の色を取り素直に答える
「・・・空を。眺めていたの。今日も良い天気だなぁって」
「空?」
ふと彼が空を見上げ、そして又視線を戻す
「今日も別段、変わった所など見受けられぬが・・・?」
「・・・そうだね」
最近は天気も崩れず晴天が続いている
───・・・でも、
その晴天が、時折恨めしく思えるのは、
・・・きっと。
現実を見ない、私への自己嫌悪の所為なのだろう
─1─
全てが終わってから既に久しく
あの悲劇の傷は癒えかけ、街町は活気を取り戻しつつある
・・・でも、私の中にある痛みは、未だ鮮明に傷を残す
「・・・・・・・・。」
"エンスイ"の名を継いだ私は
今日も書室に篭もり、本をめくる事でその傷を忘れようとしている
─── 紙と紙がこすれる音を聞くたびに、
空虚感が、去来するだけだというのに・・・
「・・・・・・・・、」
だから私は、本を閉じる
やらなきゃいけない事は山積みだ、でも
中々、それをこなす事が出来ない
そんな時はいつも決まって
机の隅に置かれた、黒い羽を手に取る
ライトナイツナイト、彼の龍の羽・・・
あの時、
彼の亡骸が在ったはずの場所に有ったもの
在ったはずの場所 ───
彼の亡骸は、その父親が連れていってしまったから・・・
残っていたのは
この、漆紅の羽のみ・・・
形見として、証として、私はこれを手に取った
「・・・・・戸岐、君・・・・・・」
─ 屍んだ者には・・・もう逢えないんだよ ─
純柴君はただ静かにそう告げた
生けるものと死せる者では在する場所が違う・・・
私が過去に囚われている事なんて、自分でも判っている
でも、そうは判っていても、
愛し人を望むのは心の問題
人の感情という考えの在り方だから
「・・・無理、だよ・・・・・」
忘れる事なんて出来ない
だからあの時、
私は、純柴君の気持ちを受け入れる事が出来なかった・・・
─2─
夢を、見た・・・・・
彼が私に逢いに来る夢・・・
覚めて欲しくない夢は、いつも長くは続かない
その夢を思い出し、懐かしさを感じながら苦笑する
こんな夢を見ると・・・彼が帰ってきそうな気がするから
・・・本当に、戸岐君ならやりかねない、って・・・
「メグル様、何か良い事でもありましたか?」
「コマキさん?」
何時の間にか、隣には見慣れた彼女の姿があった
「お顔がとても嬉しそうですよ」
「あ・・・」
想い出に浸りすぎて、知らずのうち
顔がほころんでいたらしい
くすくすと笑われて、ちょっぴり恥ずかしくなる
そんな様子に軽く膨れてみせると
それでもまだ少し笑いながら、コマキさんは謝った
「すいません・・・でも、一体何があったんですか?」
「・・・ちょっと嬉しい夢を見たの」
コマキさんが、無言で先を促す
「戸岐君に・・・逢う夢・・・・・」
その言葉に、彼女は一瞬だけ反応し、
それからすぐ、事情を思い出し優しく頷いてくれた
「夢の中で好きな人に逢える事は、幸せな事です」
「・・・うん。それでね、名前を・・・呼んでたの」
メグル、と・・・・・
「メグル様の名前を・・・ですか?」
「正夢になってくれたらな、って思っちゃった」
叶う事は無いと判っていても
僅かな希望を持ってしまう程、
私は・・・彼を想っているのだと、再認識してしまう
「夢で死者に名前を呼ばれる事を
裏球では "夢唱(ゆめうた)" と言います」
不意にコマキさんが口を開く
「夢唱・・・?」
いつだか読んだ本に、そんな言葉が載っていた気がする
「確か・・・この世界に伝わるお話・・・でしたよね?」
「はい。死者が名前を呼ぶ事は何かを願う事を意味し、
それに呼応してやる事でその人の望みを叶えられるのです。
つまり、メグル様は戸岐様に望みを叶える役として求められたのですよ」
戸岐様が、最も信頼した御方として
最期に一言、コマキさんはそう告げた
「・・・・・・・・。」
信頼、
「あのっ・・・コマキさん・・・・・」
「・・・・はい・・・・?」
「・・・・・ありがとう」
例えそれが伝承だとしても
彼女の気遣いが、とても嬉しかった
「・・・いえ、どう致しまして・・・」
彼女は、優しく微笑んだ
あなたは何を望んでいるのだろう
何の為に、呼ぶのだろう・・・
上を向いて空に問い掛けても、
青空は、今日も答えを出してくれない
─3─
その日もまた、夢を見た
深い暗闇の中に、独りでいる夢・・・
─── 夢を見ている・・・
頭ではそう判っているのに
その夢は、何処か現実味を帯びていて
暗闇の中は心なしか寒く、思わず我が身を抱きしめる
暗いし・・・怖い・・・・・
一体、此処は何処なのだろう
・・・ふと、
背中越に伝わる暖かなぬくもりを感じ
その鮮明さに、一瞬夢である事を忘れた
暖かく、同時に、身に覚えのある・・・
それは、彼のとよく似ていた
まさか・・・と、思う
でも、一度思うと確認せずにはいられず、
微かに震える声で、その名を呼んだ
「・・・・・戸岐・・・君・・・?」
僅かな沈黙の後、
背中越しの体温が微かに動いた
そして・・・
「・・・あたり・・・♪」
懐かしい声が返ってきた
幻聴かと疑った
でも、それにしてはあまりにも鮮明過ぎて
高鳴る心音に促され、後ろを振り向く・・・・・
──── 振り向く事が、出来なかった
こんなに近くに居るのに
私の身体は、動かなかった
「戸岐君・・・そこに、居るの・・・?」
「・・・。居るよ。でも、俺もあんたの姿は見れない・・・」
許されたのは、背中越の会話だけ
静かに、彼はそう告げた
「でも・・・っ、どうして・・・・・?」
「さぁ?どうしてだろーね・・・」
「夢、だから・・・?」
「夢、だから」
「それじゃあ・・・」
一瞬の躊躇いの後、私は口を開く
「・・・やっぱり、戸岐君は・・・死ん、だの・・・・・?」
彼の飄々としてた雰囲気が
僅かに、消えた
「・・・・・判らない
だって死んだはずなのに、俺・・・
あんたの事、ちゃんと覚えていたから・・・・・」
死んでも無い、生きても無い
そんな世界と世界の境界線に
彼は、ずっと居たのだという
「でも、本当はそうじゃなかった」
闇の中、その声だけがこだまする
「・・・忘れたくなかった、あんたの事・・・
だから俺は、死にもせず、生きもせず
この暗い闇の中に留まる決意をした」
彼の言葉の一つ一つが、私の胸に染み入った
「・・・ルール違反だよね〜・・・
俺はもうゲームオーバーで、バッドエンドを迎えたはずなのに」
その言葉には、自分に向けての嘲笑が含まれていた
・・・でも、
「・・・私に・・・そんな価値、あるのかな・・・」
彼をこんな風に縛りつける価値が
果たして私にあっただろうか
確かに、彼への想いは本物
でもそれは独り善がりに過ぎなくて
「戸岐君、勘違いしてる・・・・・
私にあるのは "価値" じゃなくて "枷" ・・・
あなたを束縛してしまう鎖でしかない・・・!!」
「違うっ!!あんたは枷なんかじゃ無い!!!
本当にそう思っていたら、俺はこんなこと望まない、
あんたと・・・メグルと一緒に居たいだなんて・・・・・!!」
言いかけて彼は口を噤み、私は耳を疑った
「・・・戸岐君・・・何て・・・」
「お別れだ、・・・・・今度こそ」
遮るように告げられた言葉
その意味に血の気が引いて振り向くと
・・・今度は、彼の姿を見る事ができた
「・・・あっ・・・」
「駄目だなぁ・・・俺、また規則破りしちゃた・・・」
笑って見せても、その顔は寂しげだった
「呼応される前に、俺の願い口にしちゃったから・・・」
それが、夢唱の掟・・・・・
「そんな・・・待っ・・・」
不意に身体がガクンと揺れた
─ 覚めて欲しくない夢は、いつも長くは続かない・・・ ─
段々と遠のこうとする意識の中、私は彼に手を伸ばす
「呼んで・・・私の名前っ・・・」
呼応する為に、私は呼ばれたのだから
お願い、その手を伸ばして・・・
深い闇から手が伸びて、その手が必死に私を探した
「・・・メグ・・・ル・・・っ!!」
「戸岐君っ!!」
その指先が、僅かに触れた・・・・・ ───
例え、それが世界に抗う事となろうとも、
私の望みは・・・あなたと共に生きる事・・・・・・・・
─4─
「・・・・・夢・・・・・」
目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっていた
叶え・・・られなかったのかな・・・
自分の指先を見つめながら、ぼんやりと考える
僅かに、でも確かに触れた
しかし、その後どうなったのか、私には判らない
ゆっくりと起き上がり、口から出てきたのは溜息と
「・・・・・・・・、」
言いかけた、彼の名前
・・・今更、その名を呼んでどうするというのだろう
仕方無しに寝床から降り、のろのろと服を着替える
呼応できたのかは判らない
出来なかったのかもしれない・・・
その真偽を確かめる術・・・
「・・・・・・・。」
それを求めて、
漆紅の羽を手に取ると、私は外へと身を翻した
開け放った扉の先は、
大きく広がる青空だった
雲一つ無い快晴で、穏やかな風が頬を撫でた
何かが起こる訳無い・・・・・
今日も昨日も恐らく明日も
ずっとずっと、空は無言でいる
それでも
私は何かを信じて
幾日も、空へと願いを問いかけ続けた
漆紅の羽を、胸元に添えながら・・・・・・・・
「・・・戸岐君に・・・逢いたい・・・っ!!」
悲痛な叫びに、一陣の風が鳴く
舞い上がる疾風が耳元で唸りを上げ
その勢いに、思わず目を覆うと
突如として、
その風が静かに掻き消えた
・・・違う、
消えたんじゃない・・・遮られたのだ
何時の間にか現れた
自分を包むぬくもりによって
ゆっくりと、私は顔を上げた・・・・・
「・・・そのお願い、叶えてあげるよ」
ニッ、と笑った顔は
いつものあの、人をからかうような笑顔だった
「・・・・・!!」
「ただいま♪メグル」
その口振りも、仕種も、全てが懐かしくて
嬉しさが込み上げて、それは形となってあふれ出た
「・・・っ、おかえり・・・戸岐君っ・・・!!」
「・・・何で泣くかな、折角また逢えたのに」
困ったように言いながら、彼は私を抱き寄せた
「だって・・・本当にっ・・・逢えるだなんて・・・」
夢じゃない、
触れ合う手が暖かかった
「・・・呼んで、くれたから
だから俺はずっとここに居る、あんたの側に・・・」
夢唱・・・・・
名を呼ぶ事は望む事、呼応す事は叶える事
「届いたよ、あんたの呼ぶ声・・・・・」
私の声は導となって、ちゃんと応える事ができていた
「私も・・・聴こえたよ・・・あなたの声・・・・・」
暗闇の中、微かで・・・でも、確かに
「本当に・・・夢じゃない・・・?」
涙を拭いながら彼に問う
「・・・夢じゃない」
穏やかな答えが返ってくる
「ずっと、此処に居てくれる?」
それは、我が侭なのかもしれないけれど
「・・・ずっと、此処に居る
それじゃぁさ、メグル」
今度は逆に、彼が問い掛ける
「今度こそ、絶対に守り抜いてみせると・・・
約束してもいいですか、お姫様・・・・・?」
芝居がかっている様で
何処か、真剣な眼が私へと向けられた
「・・・・・はいっ」
深く頷くと、空から漆紅の羽が舞い下りた
夢唱には忘れ去られた伝承があったという
─ 夢唱にて心交わるは、夢幻さえも叶わせる・・・ ─
例えそれが世界に抗うことでも
二人の導が再び繋がれば・・・・・
それは、奇跡さえも呼び起こす・・・────
Fin.
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