「守れないなら・・・
あんな約束、してほしくなかった・・・」

リオン、
それは、裏切り者の名
黒い髪に、緋色のマント
それは、すぐに私の記憶と重なった・・・
リオン、そして・・・エミリオ
二人が同一人物だという事実
それは、私に永遠の別れを突きつけた



その日は、相変わらず晴天だった
あれからもう18年
いつもと変わらないリーネの日常
平和で・・・でも、少し物足りない
そんな日に、まさにその時に
彼は・・・私の元にやってきた

「リリスおばさんっ!俺です、カイルです!!」

ドンドン、と言う扉を叩く音に私はハッ、とした
「・・・カイル・・・・?」
扉の向うの少年は確かにそう言った
はしゃぐ気持ちとは裏腹に
向うは何処か急いでいる様だった
「カイル!!久しぶりじゃないっ!
今日は一体どうし」
「おばさんっ!!リアラが・・・
仲間が、大変なんです・・・!!」
迎え入れた彼の腕には一人の少女が抱かれており
ぐったりとした様子が儚さに拍車をかけていた
「・・・判ったわ。
こっち、私の部屋に運んで」
カイルは、はいと頷きゆっくりと彼女を運んだ


カイル、というのは
私の甥に当たる男の子
つまり、兄・スタンとルーティさんの息子
ここに立ち寄ったのは旅の途中による事故
彼女、リアラの介護
幸い、彼女は大事にいたらず
彼等はここで一日、彼女の回復を待つ事とした

英雄を目指す旅
父さんの様な英雄になるんだ

カイルは、まっすぐな瞳で言った
そんな可愛い甥にせがまれるまま
私は兄の話をした
彼は、自らが描いていた
" 英雄 "とのギャップに驚き
そして、喜んでいた

「英雄、といっても、俺と何ら変わらない
父さんも普通の子どもだったんだ!」

それは彼にとって
英雄へ近づく一歩だったのかもしれない


「村の人達にお兄ちゃんの事
聞いてくるといいわ
もぉっと色んな話聞かしてくれるわよ」
私がそう言うと
カイルとロニの二人は嬉しそうに出ていった
それから、ふと
その二人に付いていかなかった
もう一人を振り返る
黒衣と仮面の不思議ないでたち
ジューダスだった
「・・・えぇっと・・・。」
どうしようかな
そう思い、とりあえず口を開く
「あなたは、行かないの?」
仮面の奥の瞳を伺うように聞くと
彼はふい、と顔を背けて言った
「・・・僕はいい」
興味なさげな一言に軽い溜息をつく
「・・・じゃぁ、二人が帰ってくるまで
お茶でもしましょうか♪
旅の途中の事とかも聞きたいし」
「いや、僕は・・・」
「いいからいいから♪」
突然の提案に戸惑うジューダスの背を押して
私は台所へ駆けていく
確か、以前焼いたクッキーが有ったはず
お茶請けには、それを出そう


「はい、お待たせ」
カチャン、と小さな音と共に
私は二つのカップと皿一杯のクッキーを置く
「・・・これは」
そのクッキーを見つめながら
ジューダスはほんの少しだけ驚いたように声を上げた
「あぁ・・・。私が焼いたの
美味しい、って村でも評判なのよv」
と、食べるように勧める
「・・・・・。」
しばらく思案したようだが
やがてジューダスはそれを手に取った
そして自分も手を伸ばす
「うん、今回も良い出来っ
自分で言うのも何だけど、やっぱり美味しいわねv」
「・・・・・・・・。」
「・・・?どうしたの、ジューダス・・・」
彼はクッキーを口に運ばないで居た
「あ、もしかして・・・嫌いだった?」
「・・・いや、違う・・・・違うんだ」
静かに首を横に振り
彼はそっ、とクッキーを皿に戻した
「・・・僕は・・・」
そこまで言いかけて、
ジューダスは口をつぐんだ
「ジューダス・・・?」
がたん、と椅子を引く音がし、
私はただ、彼を見あげる
「・・・・・すまない、リリス・・・」
一言
その一言だけを呟いて
彼は黒衣を翻し
静かに外へと出ていった

─── でも

その一言が、何か、引っかかっていた
彼は、ジューダスは
私のことを「リリス」と呼んだ
それは
昔、たった一度だけ
私の名前を呼んでくれたあの人に
何処か・・・似ている様な気がした