ステンドグラスの歴史

ステンドグラスの起源を、一つの時代、一つの場所に
明確に断定する事はきわめて難しく
古くは古代ローマ時代にまでさかのぼり、すでに建物の窓に木枠を用いて、

ガラスをはめていた物があったとされています
モザイク芸術の影響を受けながら、色ガラスのかけらを組み合わせて

デザインしたステンドグラスの原型とも言える物が
北フランス、カロリング朝時代(9世紀ごろ)に現れ、その頃の墓から
十字架と葉模様をあしらった窓が発見されています

ステンドグラスは、その根源からキリスト教と深い関係がありました
中世ではますます強く結びつき、教会の建物に組み込まれる
ことによって、信仰や伝道のすばらしい手段となっていきました

15世紀に入ると、ステンドグラスはますます洗練され 
ガラス片も大きく、優美になる兆候を見せますが
やがてステンドグラスの擁護者が、これまでの教会や王侯貴族の手から

資本、貿易、利潤、高利などで豊かさを築いた銀行家、企業家
などの手に移ると共に、世俗的な主題と絵画の影響が大きくなり
本来のステンドグラスの美しさは消えていく事になります

19世紀に入って、長い不毛の時代が終わり、復興の時代を迎えました
まずステンドグラスの愛好家であった、法廷弁護士のチャールズ・ウインストンが
数々の実験の結果、透明度の優れたガラスを開発

続いてバーミンガムのガラス製造技師、ウィリアム・エドワード・チャンスが
「アンティークガラス」の製造に成功しました
特に彼の赤ガラスは、これまでの物より群を抜いた良質の物でした

この時期の特徴は、ステンドグラスが教会装飾としての役割という束縛を
離れた事と、建築家、デザイナー、工芸家、芸術家と幅広い人々が手がけた事です
この時期ヨーロッパから輸入するガラスに満足できず

独自にオパールセントガラス(乳白光ガラス)を創造、さらに立体的な作品に有利な
カッパーホイル技法を開発してステンドグラスの世界にセンセーショナルな
一時代を築いた、アメリカのティファニーが登場してくるのです

ルイス・コンフォート・ティファニーは、有名な宝石商ティファニーの
息子として生まれましたが、多芸多才な人物で宝石の仕事は継がず
油絵を学んだ後、室内装飾の会社を設立しました

ティファニーの名は、さまざまな機能と美しさを照明器具に取り入れた
「ティファニーランプ」と呼ばれる手作りのランプによって、さらに広く
知られるようになりました

複雑なアール・ヌーボー・パターンと、虹色のファブリルガラス
それに透明ガラスと彫刻的なフォルムを結合してティファニーが生み出す
デスクランプ、フロアスタンド、スワックペンダントなど作品の

一つ一つは、創意性豊かなその華麗さと、質の高い職人芸で
世界中の人々の惜しみない賞賛を受けました
今世紀半ばからステンドグラスは、フランス、ドイツから始まり、

アメリカやヨーロッパの各地へと広がり、日本、オーストラリアなど
ステンドグラスの伝統の浅い国々にも多くの愛好家を生み、世界中に
定着してまいりました、そして、もはや宗教芸術の一分野
として限定される事はなくなりました

日本でのステンドグラスの製作は、明治の初めドイツに派遣されて
技術を学んだ宇野沢辰雄氏が最初となりました、東京府庁をはじめ
海運省、司法省など主に公共建物に作品を取り付ける事が多かったようです。

            ( 参考資料 ステンドグラスの立体技法 )

古い時代はともかく、現代ステンドグラスになって
一番貢献したのは、やはりティファニーではないでしょうか
はじめてティファニーのランプシェードを見たとき、なんて美しい光かと思いました

ステンドグラス製作者の中には、ティファニーのランプシェードを見て
この道に進んだ方も少なくないのではないでしょうか。