女医・笹野深雪  〜白衣をまとった甘い陥穽〜





女医・笹野深雪  〜白衣をまとった甘い陥穽〜 (2)



とどめを刺すみたいに、美香の指が祐一のペニスをきゅっと握りしめて、すっと下の方に動いた。
「あ、ん……」
 祐一が呻いて、体が大きくのけぞった。
 ペニスがどくんと脈打って、白いどろりとした液体が噴出した。
 噴出した液体はやがてペニスの裏側を伝ってとろとろ流れ落ち、精嚢を濡らして、祐一の股間へ滴ってゆく。
 その時になって、ようやく美香は手を離した。その掌には、蛍光灯の光を受けてねとねと輝く液体が付着していたけれど、美香はそんなことを全く気にするふうもなく、自身の精液で股間を汚し続ける祐一をじっと眺めていた。美香の傍らには、眼鏡のレンズ越しに、やはり妖しく輝く瞳で祐一のあられもない姿を見おろす深雪の姿があった。
 二人の視線にからめとられたまま、祐一は精液を絞り出して、やがて、体中の力という力が抜けてしまいでもしたように、すっかり弛緩した手足をだらりとのばし、処置台の上でぐったりしてしまった。
 そこへ、容赦のない便意が襲いかかる。
 深雪の手によって注ぎこまれた薬液のためにじわじわ高まっていた便意が、祐一が必死になって耐えるたびに幾分軽くなり、じきにまたじわりと高まってということを何度となく繰り返してきた便意が、今度こそ、祐一がどんなに耐えようとしても耐えきれないほどに強く激しくなって襲いかかってきた。それも、美香の手でペニスをいたぶられ、精液を出しきってしまった後の切ないくらいに気怠く無力な状態に祐一がなるのを待っていたかのように。
 いったん力の抜けてしまった祐一の下腹部は、もう、便意に抗う術をなくしていた。
「ひ……」
 祐一は泣き出しそうな声をあげた。
 ひときわ高くお腹が鳴って、それから、鈍い破裂音が部屋の空気を震わせた。
「あ、あ……」
 処置台の上に仰向けに横たわっている祐一が呆けたような顔になって、言葉にならない声を漏らし続ける。
 整った顔が羞恥に歪む様は、ひどく加虐的な悦びを二人に与えた。深雪と美香は、それこそ、うっとりしたような顔で、すぐ目の前で肩を震わせる祐一の姿に見入っていた。
 その間にも、柔らかな肌が震え、腸が蠢き、肛門が狂おしく叫ぶ、聞きようによってはひどく狂おしく官能的な音が部屋に満ち、そうして、微かな異臭が漂ってくる。
 自分のアパートのトイレに閉じこもりきりになっていた時に、激しい下痢のためにもう殆ど腸内の便を出しきってしまったせいか、処置台に横たわったまま祐一が体から溢れ出させた物の中に固形物は見当らない。ただ、濃い黄茶色の液体が流れ出てくるばかりだ。
 祐一のお尻から溢れ出た茶色の液体は処置台のビニールシートの上をゆっくり流れ、祐一の脚の方へ、また、背中の方へと、大きな滲みになって広がって行く。
 祐一は涙目になって、助けを求めるみたいに二人を見上げた。
 けれど、処置台を取り囲むようにして祐一を見おろしている二人が救いの手を差し延べる気配はない。胸の中でうっすらと笑みを浮かべて、自分の白い精液と便混じりの黄茶色の薬液とで自らの体を汚し続ける祐一の様子をじっと眺めているだけだ。

 体をのけぞらせ、はあはあと荒い息をつき、何度も何度も襲いかかってくる激しい便意に翻弄され、二人の女性の目の前で屈辱的な排泄を繰り返し、腸の中に僅かに残っていた内容物を絞り出し、苦痛と羞恥に顔を歪ませ、そうして、ようやくのことで祐一から溢れ出る物がなくなった。
 汚物の混ざった薬液は処置台いっぱいに広がって、膝の上まで引きおろされたブリーフやジーンズ、それに、上半身を裹んでいるトレーナーの背中のあたりをべったり汚して、言いようのない異臭を漂わせている。
 祐一は何度も何度もごくりと唾を飲みこんだ後、涙に潤んだ目を僅かに開いて、恨めしげに二人の顔を見上げた。
「やれやれ、困った人ね。トイレへ行くまで我慢できなかったの?」
 祐一の恨みがましい視線を受けて、けれど、その視線をすっと受け流して、美香は悪戯っぽく言った。
「せっかく私が気をまぎらわせてあげたっていうのに」
「……」
 何か言いかけて、でも、下から見上げる美香の胸の迫力に気圧されでもしたように、祐一は何も言えなかった。
「ほらほら、患者さんを苛めちゃ駄目よ、浜野さん。ただでさえ下痢気味だったんだから、我慢できなくても仕方ないわよ。ね、清水君?」
 美香に言い返せないでいる祐一をみかねたのか、取りなすように深雪が言った。
「でも、先生」
 美香は深雪の方に向き直った。
「でも、じゃありません。だいいち、今はそんなことを言っている場合じゃない筈よ? ほら、クランケをちゃんと処置してあげなきゃ」
 言い募る美香を制して、深雪がきっぱりと言った。
「はい、先生」
 言われて、美香が応えた。深雪には逆らえないらしい。それとも、これから先に待つもっと楽しい事を期待しているのか。
「じゃ、クランケの手を引いて床に立たせてあげて。いつまでも汚物まみれの処置台の上じゃいけないし。それから、汚れた服を脱がせて体を消毒してあげてね」
「はい、先生」
 美香はきりっとした表情に戻って応えた。
 美香の返事が祐一の耳に届いた途端、祐一は慌てて、けれど、しわがれた聞き取りにくい声で叫ぶように言った。
「ま、待ってください。ひとりで立てます。それに……汚れた服は自分で脱ぎますから……」
「何を遠慮してるの。これも私の仕事なんだから、ほら、手を出して」
 美香はそう言ったけれど、祐一は力なく首を振るだけだった。汚物をお尻から溢れ出させるところを見られただけでもどうしようもない羞恥と屈辱なのに、汚物にまみれた体を若い女性の手に委ねることなど、想像さえできない。
「気持ちはわかるけどね、清水君。私も浜野さんもプロなのよ。素人が処置をしても中途半端な事しかできないんだから、ここは浜野さんにまかせてほしいわね」
 いつまでも手を出さない祐一に、深雪は、有無を言わさぬ口調で命じた。
「でも……」
 祐一は口ごもった。
「ふぅん、私の言うことが聞けないわけ? 清水君て、可愛いい顔してるくせに意外と強情なんだ」
 深雪は大袈裟に肩をすくめてみせた。
 その、どことなく見くだすみたいな視線が祐一の体をぞくりとさせる。
「……」
 祐一は蛇に睨まれた蛙状態になってしまった。ひくひくと頬をひきつらせ、何度も何度もまばたきだけを繰り返すだけ。
「いいわよ。そんなに手を出したくないのなら出さなくても。――浜野さん、クランケの手を押さえていて」
 深雪はぞくりとするような流し目をくれると、美香に指示した。
 途端に、美香の力強い手が祐一の腕を処置台に押しつけて自由を奪ってしまう。
 胃痙攣を抑えるために診察室で注射を打たれた時と同じ、すっと皮膚が冷たくなる感覚があった。
 はっとして見上げた祐一の目に、深雪が手にした注射器の針が眩しく映った。
 祐一はもがいた。
 けれど、美香の手から逃れることはできない。
「そんなに出したくない手なら、出したくても出せないようにしてあげる」
 深雪の声が聞こえるのと同時に、ちくりと微かな痛みが右腕に走った。
 祐一が息を飲んでみつめる中、注射器のピストンがじわりと下がって、透明な薬を押し出してゆく。そうして、間を置かずに、今度は左手。
 もういちど冷たい感覚があった。
 注射器の針を抜いたあとを消毒するアルコールだった。
「……」
 それが何の注射だったのか訊こうとして、でも、それを訊くのがとても怖いことのように思えて、祐一は思わず言葉を飲みこんでしまった。
「もういいわよ、浜野さん。クランケの手を離してあげて」
 しばらく注射のあとを消毒用のコットンでおさえてから、深雪は穏やかな声で言った。
 祐一の手首を処置台に押しつけていた美香の手が離れた。
 これで祐一の両手も自由になる。
 自由になる筈だった。
 なのに。
 祐一が立ち上がるために処置台の上に両手をつこうとしても、自由になった筈の腕が動かなかった。もちろん、美香の手はもうそこにはない。それなのに、祐一の両腕は、まるで自分のものではないように、祐一の意志に反してぴくりとも動かない。
 祐一は、怯えた小動物のような目で、深雪がテーブルの上に置いた注射器と深雪の顔を見比べた。
「あら、わかったみたいね」
 祐一の視線に気がついた深雪はわざとらしい笑顔をつくって言った。
「……その薬……」
 祐一はやっとのこと声を絞り出した。
「心配することはないわよ、毒じゃないんだから。ただ、神経内伝達物質の移動をちょっと制限するだけのお薬よ」
 深雪は素っ気なく言った。
 しばらくの間は要領を得ない顔をしていた祐一が、不意に、はっとしたように深雪の顔を振り仰いだ。
 脳からの指令が神経を伝わって筋肉の細胞に届いて、はじめて筋肉を動かすことができる。その脳からの指令を伝える神経の働きを阻害するような薬剤を筋肉に注入されたとしたら……。
「ぜんぜん動かないってことはないわ。もう少し頑張れば、ゆっくりと動かすことはできる筈よ。――動物実験ではそうだったんだから」
 相変わらず素っ気ない深雪の声だった。
「動物実験?」
 不安にかられて祐一は訊き返した。
「そう、動物実験。このお薬、まだ認可薬じゃないのよ。ううん、それどころか、治験薬でもないの。ちょっと個人的な趣味で合成してみただけだから、治験薬として申請する気もないしね。あまり患者さんも来ないし、こんなことでもしないと退屈しちゃうのよ」
 深雪はくすくす笑いながら言った。
 この時になって、ようやく祐一は、深雪が普通の医師ではないことに気がついた。そうして、美香が普通の看護婦ではないことにも。さもなければ、浣腸を施された祐一のペニスをいたぶったりするわけがないのだから。
 分厚い壁とドアに閉ざされたこの密室に、祐一は一人きりだった。一人きりで、白衣をまとった大柄な女性に取り囲まれて小さくなっている。それも、正体不明の薬剤によって両腕の自由を奪われて。

 青褪めた顔で小刻みに体を震わせる祐一の体に向かって美香が手をのばした。
 思わずその手を払いのけようとした祐一の腕は処置台の上にだらりとのびたままだ。たしかに深雪の言うようにゆっくり動かすことはできるものの、それはもどかしいくらいにのろのろした動きだった。
 祐一の体の横に力なくのびている腕をつかむと、美香はぐいと祐一の体を引き寄せ、半ば強引に床に立たせた。膝まで引きおろされたブリーフから茶色の液体が滴って、祐一の足首を伝ってソックスを汚し、床に小さな滲みを作り始めた。
「じゃ、トレーナーから脱がせてあげるわ。両手を上げて」
 床に滴る汚液を気にするふうもなく、美香は祐一のトレーナーの裾に指をかけた。それから、ようやく気がついたように
「ああ、そんなに高くは手を上げられないわよね。いいわ、そのままで」
と言うと、白衣のポケットからハサミを取り出した。
 祐一があっと思った時にはもう美香のハサミが、じょきんという鈍い音と一緒に、あまり厚くないトレーナーの生地に鋭い刃を突き立てていた。
 ハサミはトレーナーの肩口から袖の方へ動いたかと思うと、今度は、もう片方の肩口を切り裂き始める。
 待つほどもなく、肩口のあたりを大きく切り開かれたトレーナーは、そのまま、祐一の体に引っ掛かることもなく、汚液が小さな水溜りをつくっている床に、ぱさりと落ちて行った。
 祐一には、悲痛な表情でトレーナーをみつめることしかできなかった。それを拾い上げることも、まして、美香の手から逃れることも、今の祐一にはかなわぬことだった。もしもこの部屋から逃げ出すことができたとしても、汚物にまみれた下腹部を汚物で汚した屈辱的な姿でどこへ行けるというのだろう。
 ハサミを白衣のポケットにしまいこんだ美香は、薄いゴムの手袋をつけて、汚液をたっぷり吸ったトレーナーをつまみ上げると、蓋の付いた大きなペールに無造作に投げ入れた。続けて、祐一の膝に頼りなく引っ掛かっているブリーフやジーンズも、なんの迷いもなくペールに放りこんでしまう。
 それからソックスも脱がされた後、大きなタオルで体を拭かれ、丹念に消毒されて、ようやくのこと祐一は解放された。もっとも、解放されたといっても、美香の手から離れることができただけだ。まだ囚われの身だということに変わりはない。

「さて、と」
 すっかり裸に剥かれた祐一の体を舌なめずりせんばかりに眺めまわして、深雪は思わせぶりに口を開いた。
「とりあえず、これで腸内の処置は終わったわね」
「はい、先生」
 美香がわざとらしく殊勝な声で応えた。
「でも、これで治療が全て終わったわけではありません。次に何をすればいいのかわかっているわね、浜野さん?」
 深雪は、どことなく冗談めかして言った。
「はい、先生。激しい下痢と嘔吐のために、クランケの体力が低下していると思われます。ブドウ糖の点滴が必要です」
 美香は、まるで口頭試問を受ける看護学生みたいな真面目くさった声で答えた。けれど、その堅い声の中に、なんとも言いようのない、どこか淫靡な笑いが混ざっていることに祐一は気がついた。
「はい、正解。じゃ、早速、点滴の準備をしてちょうだい」
 深雪はそう言って、でも、じきに、困ったような顔になって言葉を続けた。
「とは言っても、処置台があの状態じゃ、どうしようもないわね。床も汚れちゃったし、こんな不衛生な所でこれ以上の治療はできないものね?」
「はい、先生。それでは、隣の処置室を使うというのはいかがでしょうか。隣でクランケに点滴をしている間に、こちらの後片付けもできますし」
 美香はすぐに応じた。まるで、そう、二人の間に最初からシナリオでもできあがってでもいたように、考える間もなく。
「そうね。隣の小児科処置室を使うことにしましょうか」
 深雪は、『小児科』というところを妙に強調して言った。





 蛍光灯の光に照らしだされた小児科処置室の様子は、すぐ隣にある内科処置室の無機質な調度とはまるで違っていた。淡いピンク系の壁紙に覆われた室内は医院の中にある部屋とは思えないくらいに明るく暖かい印象を漂わせる造りになっていて、壁に沿って置いてある薬品棚や器具庫も、パステルふうのレモン色や、壁に合わせた穏やかなピンクに塗ってあって、まるで、どこかの家の子供部屋に招き入れられたような錯覚さえおこさせる。
 子供部屋――それも、まだ幼稚園へも行っていない幼い子供の部屋のようだった。むしろ、育児室といったほうがいいかもしれないくらいだ。ドアを開けた途端、部屋の中央にあるベビーベッドが目に飛びこんでくるから、そんな印象がよけいに強くなるのかもしれない。

 丸裸の、自由にならない両手の掌でかろうじて股間だけを隠した惨めな姿で、呆れたような顔をして、祐一は小児科処置室の入り口に立ちすくんだ。
「さ、そんな所でぼやぼやしていないで、さっさとお入りなさい」
 深雪は祐一の背中を軽く押した。
 深雪にしてみればほんの軽く押したつもりでも、祐一とは体格に差がありすぎる。急に背中を突かれたみたいなもので、祐一はよろけるようにして部屋に足を踏み入れた。両手が自由に動かせないものだから、体のバランスを取り戻すのに手間取って、まるで歩き始めたばかりの幼児みたいに、てんで覚束ない足取りだった。
「そうそう、あんよは上手、祐一君」
 かろうじて転ばずにすんだ祐一に、深雪は、からかうみたいに声をかけた。
 惨めな姿を強いられた上に子供扱いされたような気がして、祐一は、顔がかっと熱くなるのを感じた。
「はい、そのまま処置台まで上手に歩いてちょうだいね」
 祐一の胸の内など知らぬげに、深雪は相変わらず、あやすような口調で言った。
「処置台?」
 祐一は赤く染まった顔で深雪の方に振り返った。
「あら、わからない? ほら、そこにあるじゃない」
 何を言ってるのとでもいうように、深雪は、部屋の中ほどに目をやった。
 それにつられて祐一がのろのろと顔を動かすと、部屋の真ん中に置いてあるベビーベッドのサイドレールを美香が倒している光景が目に入った。
「でも、あれはベビーベッドじゃ……」
 祐一は言葉を飲みこんだ。
 内科処置室にあった処置台とはまるで違う、左右両側に頑丈そうなサイドレールが取り付けてある、純白に塗られた木製のその寝台は、どう見てもベビーベッドにしか見えなかった。ご丁寧に、ビニールシートではなく、花柄の布団まで敷いてある。
「あれがこの部屋の処置台よ。赤ちゃんを寝かせていろいろと治療をすることもあるから、寝返りをした時にまちがって床に落ちないようにサイドレールが付いてるの。それに、小さな子供は、内科の処置台みたいな冷たいビニールシートだと泣き出しちゃって思うように治療もできないから」
「だけど……」
「大きさも充分よ。小児科の患者さんて、赤ちゃんだけじゃないのよ。幼稚園くらいの子供も小学生もいるし、症状によっては中学生だっているのよ。
最近の中学生は発育がいいから、それに合わせてちゃんと造ってあるの」
 言われて、祐一は目を凝らした。
 たしかに深雪の言うとおり、美香がいそいそと準備を進めているベビーベッドは、普通のベビーベッドに比べてたっぷり大きく造ってあるみたいだった。祐一のアパートにある安っぽいシングルベッドよりも大きいかもしれないくらいだ。
「用意もできたみたいだし、ほら」
 処置台の横に立てた点滴用のスタンドに美香が輸液パックを吊し終えたのを目にした深雪はもういちど祐一を促した。
「でも……」
 祐一は足を踏ん張った。
 いくら処置台だと言われてもどう見ても大きなベビーベッドにしか見えない寝台に横になる羞恥もあるし、それになにより、今度はブドウ糖点滴といいながら実はどんな薬液を体に注入されるのか、その不安が恐怖になって足を動かせない。
「……アパートに帰らせてもらえませんか? もういいから」
 その場で少し迷ってから、おどおどした声で祐一は、深雪の目をみないようにして言った。
「あら、それは駄目よ。まだ治療の途中なんだから」
 深雪の返事は簡単だった。
「でも、治療ったって……」
 祐一はごくりと唾を飲みこんで、自分の中にかろうじて残っているなけなしの勇気を振り絞るみたいに言った。
「両手を動かせなくしたり、僕の、あの、……を触ったり――そんなの、ちゃんとした治療なんかじゃないでしょう? だいいち、先生、本当のお医者さんなんですか?」
 祐一はちらと点滴スタンドを見て、それから、おそるおそる深雪の顔を見上げた。とにかく、なんとかしてここから逃げ出さなきゃ。腕は動かないし、裸のままだ。でも、これ以上ここにいたら、それこそ何をされるかわかったものじゃない。とにかく、ここから出なきゃ。自分の惨めな格好を改めて思い出しながら、それでも勇気を振り絞るしかない祐一だった。
「あらあら。何を言い出すかと思ったら、そんなこと? 医師免許なら持ってるわよ、もちろん。いつでも見せてあげる。それに、祐一君のペニスを浜野さんがああしたのは便意を我慢してもらうためだし、腕を動けなくしたのにもちゃんと理由があってのことよ」
 深雪は平然とした声で言った。
「ちゃんとした理由?」
 祐一は疑わしそうに訊き返した。
 本当は、自分よりもずっと背が高くてずっと力の強そうな深雪にそうやって訊き返すには、とてつもない勇気が要る。でも、いつまでもおどおどばかりしていては本当に自分がどうにかされてしまんじゃないかという、殆ど恐怖にも近い不安が、かろうじて口を開かせている。
「そう、ちゃんとした理由。――祐一君が私たちのことを信頼しきってないみたいだってこと、私自身も薄々気がついているのよ。そりゃ、初めて経験する浣腸だし、それに、浜野さんの行為もあったから、それは仕方ないことよ。でも、それはいいとしても、点滴の途中に暴れ出したりしたら、結局は祐一君のためにならないことになるのよ。強引に点滴のチューブを抜いて、へたをすれば血管に取り返しのつかない傷をつけることにもなりかねないの。だから、せめて、そんなことだけでも防ぐために勝手に腕を動かせなくしたの。ね?」
 深雪は祐一の目を正面から覗きこんで、これ以上はないくらい真面目な顔で言った。
「で、でも……動物実験しかしてない薬なんて……」
 深雪の真摯な目にみつめられて、祐一には、それだけを言うのが精一杯だった。
「うん、それは謝る。ごめんなさい。でも、手元にはあれしかお薬がなかったの。それはわかってちょうだい」
 深雪が心の中ではどんな顔をしているのか、それはわからない。ただ、深雪の声は、本当のところは何もしらない祐一の気持ちを揺さぶるには充分すぎるほどに真剣だった。
「……わかりました」
 少しだけ迷って、それでも結局、祐一は小さく頷いた。元来が気の弱い祐一だし、深雪が普通の医者じゃないと思ったのも確かな証拠があってのことではない。白衣をまとった深雪に諭されると、祐一の勇気はたちまちしぼんでしまう。
「そう。わかってもらえて嬉しいわ。これで、心おきなく治療に専念できるわね」
 深雪は胸の中でにやりと笑った。
 そう。心おきなく、だ。

 深雪にうまく言いくるめられて、祐一は処置台のすぐ横に立った。
「200ccを2パックね?」
 輸液のラベルを確認して、深雪は念を押すように言った。
「はい、先生」
 点滴スタンドのフックに掛けた小さな記録票に数字を記入しながら美香が応えた。
「輸液速度は1パックにつき1時間30分に設定しておいて。初めてだから、あまり速度を上げると負担になるでしょうし」
「はい、先生」
「お願いね」
 深雪は美香に向かって軽く頷くと、くるりと祐一の方に向き直った。
「じゃ、処置台に横になってもらいましょうか」
 深雪はそう言ったが、祐一が裸のままなのを改めて目にすると、少し困ったような顔になって再び美香の方に振り返った。
「3時間も裸のままってわけにはいかないわね。そっちができたら、何かクランケが着られる物を用意してくれる?」
「はい、先生」
 点滴チューブを金属製のピンチで挟み終えた美香は短く応えて記入票を元に戻すと、その場を離れて、壁際の器具庫に向かった。
 ちょっと見には整理タンスにしか見えない器具庫の引出を引き開けた美香はしばらくごそごそしてから、ベビーピンクの生地をつかみ上げて戻ってきた。
「これでいかがでしょう?」
 祐一のすぐ前で足を止めた美香は、持ってきたベビーピンクの生地を手早く広げると、サイズを確認するみたいに祐一の両肩に押しつけた。
 美香が器具庫の引出から取り出して持ってきたのは、袖が丸いパフスリーブになったベビードールタイプのネグリジェだった。全体に可愛らしいシルエットに仕上がっていて、あちらこちらに飾りリボンをあしらった、淡いピンクの生地でできたそれは、ネグリジェというよりも、幼い女の子向けのパジャマといった方がいいかもしれない。
「へーえ、いいじゃない。サイズもぴったりだし」
 美香がサイズ合わせをする様子を正面から見ていた深雪の顔が輝いた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
 自由にならない両手をそれでもなんとか動かしながら、ピンクのパジャマを払いのけようと体をひねって、祐一が恥ずかしそうに言った。
「あら、どうかした?」
「だって、それ、子供用のパジャマじゃないですか」
 祐一は、自分の体に押しつけられたパジャマから目をそらして小さな声で言った。
「大人用の着替えか何かないんですか?」
「内科処置室には、バスローブみたいなペーシェントガウン――院内着があるわよ」
 祐一の赤い顔を見おろして美香が言った。
「じゃ、それを……」
「あ、でも、それは駄目なのよ」
 祐一の言葉を遮って美香は冷たく言った。
「どうして駄目なんですか!?」
 二人に見おろされて、祐一は弱々しく抗議した。
「規則なのよ。薬品庫に保管してある薬品類はもちろん、処置室や診察室に備えつけの備品をみだりに移動させることはできないの。いろいろ管理上の難しいこともあるし、衛生面でも問題になるおそれがあるから。そうですよね、先生?」
 美香は素っ気なく説明してから、同意を求めるみたいに深雪の方に振り向いた。
「そういうこと。特に今は、祐一君の排泄物に含まれる菌が空気中に漂っている可能性もあるし、内科処置室の備品を移動させることは厳禁ね」
 美香の顔と祐一の顔を交互に見比べながら深雪が応えた。
「で、でも……内科処置室のが駄目でも、せめて、男の子が着るようなのを出してください。――これ、女の子のでしょう?」
 祐一は、ピンクのパジャマに隠された自分の首から下をちらと見て、慌てて美香の顔を見上げた。
「いいのよ、これで。男の子が着るようなズボンになったパジャマだといろいろ不便なのよ、病院なんかじゃ。それに、子供用ったって、清水君の体格だとぜんぜん窮屈じゃないわよ」
 美香は、優しく言い聞かせるように穏やかな声で言った。
「でも、だけど……」
 まだ納得しない祐一に、今度は深雪が
「それとも、なぁに。私たちにいつまでも自分の裸を見せつけたいの? ふぅん、祐一君て、そんな人だったんだ?」
とわざとみたいに驚いてみせて、なんだか軽蔑するような目で祐一の体をじろじろ見まわし始めた。
 そんなことをされると、祐一としても諦めるしかない。もともと深雪と美香に取り囲まれて自分の無力さを嫌というほど実感させられている祐一だ。これ以上二人に逆らい通すことなど、とてもではない。
「わかったわね?」
 これが最後とでもいうみたいな強い口調で美香が訊いた。
 祐一は無言で頷くしかなかった。

 まるで幼児のように「ほら、お手々を上げて」と自由にならない両手を深雪に支えてもらっている間にベビーピンクの女児用のパジャマを頭からかぶせられる屈辱。
 そのパジャマが頭から目の前をすっと通り過ぎて体をふわりと包みこむ時の柔らかな感触がくすぐる羞恥。
 あまり丈の長くないパジャマの裾の乱れを若い女性二人の手で手直しされる惨めさ。
 けれど、そんなものがまだまだ始まりにすぎないことを祐一は知らない。
「さ、できた。うわ、清水君たら、かっわいいんだ!!」
 パジャマの裾の乱れを手早く直して再び顔を上げた美香が叫んだ。
「ほんと、こんな格好がこんなに似合うなんて、とてもじゃないけど男の子だなんて信じられないわね」
 美香の横に立ってこちらも無遠慮に祐一の姿を眺めまわしながら深雪が相槌を打った。
「でも、こうなると、パジャマの裾が捲れ上がった時に見えちゃうあれ、なんだかとっても気になりますよね」
 腰に手を当てて祐一の体を、それこそ頭のてっぺんから爪先までじろじろ見まわしながら美香が唇をとがらせた。
「あれって? ――ああ、あれね」
 訊きかけて、深雪もすぐにわかったように笑い顔で頷いた。
 祐一が脚を動かしたり体をひねったりする拍子に、柔らかな生地でできたパジャマの裾がふわっと舞い上がることがある。その時、どうしても、祐一の男性のシンボルが一瞬だけ顔を覗かせてしまう。パジャマの裾から恥ずかしそうに出ている、殆ど脛毛もない、女性のものと見間違ってしまいそうな綺麗な祐一の脚と、その股間に付いている物とが、妙な違和感を二人に与えているのだった。
「じゃ、今の清水君にお似合いの下着を持ってきてあげなきゃいけませんね」
 言うが早いか、美香はもういちど器具庫の前に立った。
 そうして今度は、さっきみたいにあまりごそごそしないで、さっさと白い生地を取り上げて戻ってくる。
 美香が祐一の目の前に差し出したのは、お尻のところに可愛いいキャラクターがプリントされた、白いコットン生地のショーツだった。もちろん、パジャマに合わせて女の子向けのだ。
「これを……僕が……?」
 不思議な物を見るような目で、祐一は美香が差し出したコットンショーツを見つめた。
「パジャマに合わせてアレンジしたの。今の清水君だったら本当にお似合いよ。うん、私が保証してあげる」
 美香の目はきらきら輝いていた。
「でも、あの、ブリ……」
「駄目よ、絶対に駄目。そんなに可愛いい顔をしてこんなに可愛いいパジャマを着てる清水君が男の子のブリーフだなんて、その方がよっぽど変よ。
似合わないったらないわ」
 ブリーフにしてくださいと言おうとした祐一の言葉を、美香が途中で遮ってしまう。
「そうよ、いつまでも駄々をこねないの。私が体を支えてあげるから、ほら、あんよを上げましょうね」
 いつまでもうんと言わない祐一の腰に深雪が背中から手をまわした。
「いやです。それだけは許してください、お願いだから」
 祐一は何度も首を振って金切り声をあげる。
「いつまでもそんなじゃ、最後に困ったことになるのは祐一君、あなた自身なのよ」
 祐一からは見えない背中の方で、深雪が不気味な笑いを浮かべる気配があった。
 嫌な予感があって、はじかれたように振り返ろうとした祐一の太腿に冷やりとした感触が走った。
「待って、それは嫌です!!」
 その感触が何なのかじきに見当がついて、祐一は泣き出しそうな声で叫んだ。
「あれも嫌、これも嫌――そんな我儘がいつまでも通用すると思わないでちょうだいね」
 耳たぶに息を吹きかけるようにしてそう言った深雪の声が聞こえたかと思うと、祐一は太腿に微かな痛みを覚えた。最初は左脚、それから右脚。そうして、腕に注射を打たれた時と同じように、針を抜いたあとを消毒用のコットンで揉む、ぞくりとする感覚。
 祐一の両脚からすっかり力が抜けてしまうのに、さほど時間はかからなかった。





 両腕に続いて両脚の自由も失った祐一の体を、美香はまるで赤ん坊でも抱くみたいに軽々と横抱きにした。抱き上げられて美香の豊かな乳房が顔のすぐそばを通り過ぎる時、祐一は、不思議な匂いを嗅いだように思った。微かに青臭いような、それでいてなんとなく甘ったるいような、どこか懐かしさを感じさせるような匂いだった。けれどそれは一瞬のことで、それが何の匂いだったのか思い出せないまま、祐一は大きなベビーベッドの上に運ばれていった。
 祐一の体を柔らかな布団に横たえると、美香は祐一の足首をつかんで、まるで力の入らない両脚を少し開かせるようにして布団の上から差し上げた。そこへ、美香から手渡されたショーツのゴムを伸ばしながら深雪が両手を差し延べた。もちろん、美香が祐一の両脚を持ち上げている間にショーツを穿かせるために。
 祐一は体をよじったけれど、そんなことで美香の手から逃れられるわけがない。そんなことは美香にとって抵抗でもなんでもなく、むしろ、その加虐的な悦びをくすぐってくれる可愛らしい身のこなしでさえあった。
 そうしている間にも深雪の手が近づいてきて、小刻みに震えるばかりの両脚を通して純白のショーツを引き上げ、祐一の股間を包んでしまう。
「あら、まあ」
 手早く穿かせたショーツのウエストの位置を調節しながら、突然、うふふと深雪が笑い始めた。
「どうなさったんですか、先生?」
 美香は微かに不審げな表情を浮かべた。
「ほら、見てごらんなさい。――うふふ、若いってことはすごいことなのね。まだ、あれからあまり時間が経っていないのに」
 説明する代わりに、深雪は祐一の股間を指差した。
「え? ――ああ、そういうことですか。ほんと、すごいわね、清水君たら」
 美香もすぐにわかったようで、深雪と声を合わせてくすくす笑い出した。
 深雪が指差したのは、子供用らしく股がみの深い、殆どおヘソのあたりまで隠してしまいそうな純白のショーツにおよそ似つかわしくない、こんもりした盛り上がりだった。言うまでもない、それは、ついさっき内科処置室で美香の手によって爆発させられてからまだあまり時間が経っていないのに、祐一自身の意志に反して屹立してしまったペニスだった。
 祐一自身の意志に反して。
 そう、大学生にもなって、子供用の――それも、幼い女の子が着るような――飾りレースやフリルたっぷりのピンクのパジャマを着せられた上に、キャラクターのイラストがプリントされた女児用の股がみの深いショーツを強引に穿かされた祐一のペニスは、羞恥と屈辱のために力なく萎え、小さくこそこそとちぢこまってしまうのが本当だろう。けれど、ショーツを穿かせる時に深雪の白く細い指が祐一のペニスに触れ、悪戯っぽくくすぐり、いやらしく蠢いたとしたらどうだろう。しかも、女の子の下腹部に密着するように縫製された柔らかい生地でできた下着の優しい感触が、祐一の股間をきゅっと締めつけてくるとしたら。
 祐一の意志がどうあれ、若い体は正直だった。中学校時代から勉強に明け暮れ、大学に入ってからは研究室にこもりきりの生活を送ってきてまだ女性経験のない祐一だ。自分から望んだことでないとはいえ、そうやって次々に下半身にくわえられる刺激に対して祐一の肉体が過敏に反応してしまうのも仕方ないことだった。美香や深雪の手にかかった祐一のペニスは二人の思いのままにいとも易々と屹立させられ、その恥ずかしい姿を二人の女性の前にさらし、新たな羞恥の源にされてしまうのだった。
「女の子のショーツがこんなにこんもりなんて、なんだか、すっごくいやらしい感じがしますよね、先生」
 深雪の顔を見ながら、でも本当は祐一に向かって、美香は、なんだか思わせぶりな口調で言った。
「そうね、女の子のショーツなのにね」
 深雪も、横目で美香の顔を見返しながら、なにやら含むところのありそうな、ねっとりした声で応えた。
「だけど、これはあなたが選んで持ってきたショーツなのよ、浜野さん。それであまり祐一君をからかっちゃ可哀想だわ」
「はい、先生」
 美香は、わざとらしく殊勝な態度を装ってみせた。けれど、すぐににんまり笑うと、ショーツと一緒に持ってきたらしいピンクのソックスを深雪に見せて言った。
「でも、ついでだから、これも履かせちゃいたいんですけど――いいですよね?」
 美香が手にしているのは、くるぶしのあたりに小さなボンボンが付いた、パジャマと同じ色の生地でできた可愛らしいソックスだった。
「ま、いいでしょう。私としても、祐一君がどれくらい可愛らしくなるか見てみたい気もするしね。祐一君もいいよね?」
 からかっちゃ可哀想よと言いながら、実のところちっとも可哀想と思っていない深雪が言った。祐一は激しく首を振ったけれど、そんなこと気に留める様子もない。
「それじゃ、もう一つだけ。せっかく着る物が揃ったんだから、髪の毛もちゃんとしてあげた方がいいと思うんです。いかがですか、先生?」
 ついでとか、もう一つだけとか言いながら、次々にとんでもないことを言い出す美香だった。もっとも、とんでもないと感じているのは祐一だけで、深雪はといえば美香と一緒になって存分に楽しんでいるのは言うまでもないことだった。





 秀和から新しい医院を与えられた深雪は、それが二人の兄にまかされた総合病院に比べれば随分とみすぼらしいことに、けれど、微塵も不満らしいことを口にすることはなかった。深雪自身が自分の精神的に不安定な部分――ありていに言えば、いささか狂気じみていさえするような――があることに気づいていたし、そのことが将来的に慈恵会と笹野家の名前に傷を付けてしまうかもしれないという不安を抱いてもいたから、兄たちと同じ処遇を要求するような、不思慮で子供じみた行動を取るようなことはしなかったのだ。むしろ、正常とは言いかねる精神状態の自分を、それでも医療現場から排除することなく、小さいとはいえ一つの医院をまかせてくれた父に対して感謝さえしていた。
 しかし。
 しかし、それは――決して多くはないとはいえ、自分たちの病状に激しい不安を抱いて深雪のもとを訪れ、彼女の威厳にひれ伏すようにして彼女の指示するままに衣類を脱ぎ去り、注射や点滴の苦痛に耐える患者たちの姿に、深雪の支配欲が満足し、おとなしくしていたのは――本当に最初の頃だけだった。既に異様に発達してしまっていた深雪の支配欲は決して衰えることなく、彼女が小さな町外れの医院の院長におさまってからも次第次第に凶暴になり、精神的な癌のような存在にまで肥大化して、新たな獲物を求め続けた。
 いつしか深雪の支配欲は、患者に対して医師としての威厳を誇示し、治療の名目のもとに患者たちを自分の指示に従わせるだけでは満足しなくなっていた。患者を自分の意のままに操ること、患者ひとりひとりの自立した人格さえも認めずに絶対的に服従させること、患者の自由意志や感情など踏みにじって患者を深雪の従属物として扱うこと、患者を徹底的に無力な存在へと変貌させること。今や、深雪の心の中に巣くうどす黒く歪んだ支配欲は、そうまでしないと満足せずに、金切り声をあげて暴れだすまでになっていた。
 ただ、とはいえ、医院を訪れる者すべてに対して支配欲をむき出しにして迫るほど深雪は馬鹿ではない。そんなことをして自分自身が心の中に飼っている凶暴な猛獣の存在を世間に知られれば医師としての立場を追われ、そんなことになれば、それから先もう二度と自らの支配欲を満足させることができなくなってしまうことを、冷静な知性の持ち主でもある深雪は充分に承知している。だから深雪は、これと狙いを定めた獲物以外の患者に対しては、愛想が好くて面倒見の良い若くて美人の女医だという仮面しか見せないよう努めた。そうしてその反面、狙いをつけた獲物に対しては、凶暴な欲望を隠そうともせずに容赦のない責めを繰り返す、黒い炎のようなオーラに包まれた狂気の女医に化すのだった。
 本来、浜野美香は、笹野秀和が命じて笹野内科医院に出向させた慈恵会の職員だった。職員といっても、ただの事務職員ではない。看護免許を持ち、年齢の割に医療現場の経験も豊富で、いざという時の決断力も兼ね備えた優秀なスタッフだ。もっとも、秀和が美香を深雪の医院に派遣したのは、深雪をアシストさせるだけのためではなかった。そんなことよりもむしろ、深雪の日常を秀和のもとに報告し、深雪が何かとんでもないことをしでかさないように監視し、いざとなれば深雪の行動を阻止させることが本当の目的だった。いってみれば、深雪のお目付役だったのだ、浜野美香は。
 それが、深雪のどす黒い炎めいた欲望が伝染でもしたように、美香の精神状態も徐々に蝕まれていった。深雪の異常なパーソナリティが彼女の周りにいつもいる美香の精神を揺るがしたのか、それとも、一見したところではとてもそうとは思えない美香の心の中に実は深雪と同じものがひそんでいたのか、本当のところはわからない。けれど、美香がいつしか自分の役目を忘れ、深雪の手先となって、深雪の欲望を満たすためだけに動くようになってしまったのは事実だった。
 そんな二人の手にかかって、手足の自由を奪われ、自分では何もできない幼児めいた無力な存在にされ、そのことを身をもって思い知るされるような格好を強要された祐一。深雪と美香の介護がなければ自分で着替えもできない小さな子供、それも、幼い女の子のような衣装に身を包まれた祐一。それは、深雪の支配欲を存分に満足させてくれる、これまでに味わったことのない、この日が来るのを狂おしいまでに待ちわびた、見るからに美味な獲物の登場に他ならなかった。
 深雪がしかけた罠にかかった祐一は、もうそこから逃れることがかなわぬことにようやく気づきつつ、ただなす術もなく弱々しく身悶えするばかりだった。





 すっかり美香の着せ替え人形にされてしまい、肩よりも少し上のところまで伸びていた髪を真ん中から右と左に分けられて、それぞれを首のちょっと上で小さな飾りの付いたカラーゴムで結わえられ、丈の短いベビードールふうのパジャマの裾から純白のショーツを覗かせ、パジャマとお揃いのソックスを履かされて大きなベビーベッドに横たわった祐一は、どこから見ても無力な幼女だった。ただ、純白のショーツの一部を内側からこんもりと突き上げるように盛り上がっている部分を除いては。
「はい、できた。可愛らしくなったわよ、清水君。どう、自分の目で見てみる?」
 祐一の髪を結わえたカラーゴムを悪戯ぽく人差指でちょんと弾いて、美香は祐一の耳許で囁いた。
 祐一は弱々しく二度三度と首を振った。自分がどんなに恥ずかしい格好をさせられているのか充分に承知している。それをわざわざ自分の目で確認するなんて。
「いいじゃない、遠慮しなくても。こんなに可愛いいんだから」
 それでも美香は執拗だった。いくら断っても、その恥ずかしい姿を祐一自身に確認させて羞恥に満ちた表情を浮かべる様子を目にしたくてうずうずしている。
「浜野さんの言う通りよ、祐一君。ほら、鏡を持ってきてあげるから」
 深雪の動きも素早かった。処置室の隅に、治療を終えた患者が身だしなみを整えるための姿見が置いてある。深雪は美香に同意してみせるが早いか、その大きな鏡を処置台のそばへ押してきた。
「さ、抱っこしてあげようね」
 姿見の下に付いたキャスターの音が止まったと同時に美香の手がのびて、祐一の体を軽々と抱き上げてしまった。赤ん坊を抱く時みたいに横抱きにして、上半身の方が幾らか上になるように、背中にかけた方の腕を少し高く持ち上げる。
 美香に抱かれた祐一の体のすぐ前に大きな鏡があった。慌てて瞼を閉じた祐一の目に、それでも一瞬瞳に映った自分の姿がくっきりと焼きついてしまう。どんなに瞼を閉じても、瞳の奥に残った恥ずかしい姿が消えることはなかった。むしろ、瞼をぎゅっと閉じれば閉じるほど、祐一の羞恥をこれでもかとくすぐるように、鏡に映った自分の姿がありありとよみがえってくる。――祐一になついていて、祐一が故郷に帰るたびにまとわりついていっこうに離れようとしない姪。兄の娘で、今年で3歳になる幼い姪。今の祐一は、その姪とさして違わないような姿をしていた。いや、大柄な看護婦に横抱きにされて抵抗もできないでいる祐一の姿は、ひょっとしたら、活発に動きまわる姪よりも無力で幼くさえ見えたかもしれない。
 祐一は思わず、鏡から顔をそむけるように首をまわした。
 そこに、美香の豊かな乳房があった。意図したわけではないけれど、祐一の顔が美香の胸にすっぽり埋もれてしまう。と、初めて美香に抱き上げられた時と同じ、どこか懐かしさを感じさせるような妙な匂いが祐一の鼻をくすぐった。意識しないまま、祐一は鼻をくんくんとひくつかせた。
 その様子をおもしろそうに眺めていた美香が、それこそ幼児をあやすみたいに言った。
「あらあら、本当に甘えんほうさんだったのね、清水君は。そんなにおっぱいがいいんなら最初から言えばよかったのに」
 言われて、祐一は我に返ったようにはっとして慌てて美香の胸から離れた。けれど、意図したことではないとはいえ、女性の乳房に顔を埋めた経験など一度もない祐一だ。美香のぷりんと張った乳房の感触が頬からなかなか消えようとしない。頭の中は恥ずかしさでいっぱいなのに、体の方が勝手に反応してしまう。祐一は、自分の股間が熱く疼くのをどうしても止められなかった。
 ただでさえ丈の短いパジャマの裾が美香に抱かれているせいでますます大きく捲れ上がって、コットンのショーツが丸見えになってしまっていた。純白のショーツの一部がこれまで以上に大きく盛り上がってくる様子が、祐一の目の前にある鏡に映し出された。
「やっぱり体は正直よね。こんなふうにされるのが好きなのよね、祐一君は」
 鏡に映る姿と、美香に抱かれて顔を真っ赤に染めている実物の祐一の姿とを見比べて、深雪が意地悪く言った。
 屈辱と羞恥のあまり唇を震わせるばかりで一言も反論できないまま、祐一は再び処置台の上に戻された。
 美香が処置台のサイドレールを起こす気配があった。手足の自由を奪われた祐一が自分の意志でこの大きなベビーベッドから抜け出せる可能性は万に一つもなくなった。





 輸液流量の調節や脈拍の確認、それに検温といったこまごました作業のために、点滴を始めて最初の30分間はあっという間に過ぎていった。
 祐一が深雪、美香どちらへともなく弱々しい声をかけたのは、二人がようやく落ち着いて、処置台の傍らにある椅子を腰をおろした時だった。
「あ、あの……」
 祐一は二人が落ち着くのを待ちわびていたように、それでも、なんだか言葉にするのをためらうように、おそるおそるといった感じで口を開いた。
「あら、どうかした?」
 応じたのは美香だった。
「えーと……点滴を途中で止めるって、できますか?」
 処置台のサイドレール越しに、祐一は困ったような顔をして訊いた。
「そりゃ、できないこともないけど――でも、点滴用のチューブを腕から抜いたり刺したりを何度も繰り返すのはよくないわね。そのたびに血管を傷つけるし、だいいち、そのたびに痛みがあるんだから」
 祐一の質問に答えたのは深雪だった。
「じゃ、あの、痛いのは我慢するから、ちょっと止めてチューブを抜いて欲しいんですけど……」
 祐一は、点滴スタンドのフックに掛かっている薬液パックと自分の腕を繋いでいる細いチューブをちらと見て言った。
「どうしたの、何か不具合? 点滴のスピードを変えた方がいい?」
 美香が慌てて立って訊き返した。
「あ、ううん、あの、そうじゃなくて……」
 頼りなげな顔になって祐一は言い澱んだ。
「だから何なのよ? ちゃんと言わなきゃわからないでしょう?」
 少し苛だってきたようで、美香が声を荒げた。
「あの、おしっこ……」
 腰に手の甲を当てて処置台のサイドレールの上から見おろす美香の迫力に気圧されたように、やっとのことで祐一がおどおどした様子で言った。
「おしっこぉ!? なに、やだ、そんなことだったの?」
 祐一の返事を耳にした美香が、気が抜けてしまったようにへなへなと椅子に戻ったかと思うと、やだ、そんなことだったのと何度も言って、くっくっくっとおかしそうに笑い出した。そうして、さんざ笑ってから、気を取り直すみたいに大きく息を吸って言った。
「子供じゃないんだから、点滴が終わるまで我慢できるでしょう?」
「でも、でも……」
 祐一は助けを求めるみたいな目で美香の顔を見上げた。たしかに、もう限界が近いようで、自由にならない両脚の太腿がぴくぴく震えている。
「点滴開始から30分間。――平均よりもかなり早いわね」
 美香の笑い声とは対照的に、深雪は腕時計をちらと見て冷静な声で言った。
「点滴を受けたクランケは、誰でもトイレが近くなる傾向があるわ。腸を通じてではなく血管の中に直接的に大量の水分を供給するし、輸液の滲透圧なんかの問題もあって、腎臓が大量の尿を作りように働いてしまうの。でも、それにしたって、浜野さんが言うように点滴が終わるまでは我慢できるのが普通よ。せめて、1パック終了まで待てない?」
 サイドレール越しに祐一の顔を覗きこみながら深雪は僅かに首をかしげた。
「そんなこと言ったって、だって……」
 けれど、深雪の説明も美香の声も祐一の耳には届いていない。平均がどうとか言われても、実際に激しく襲ってくる尿意をやわらげる助けにはちっともならない。
「ふぅん、たしかに切羽詰まった声ね。いいわ、この処置室の処置台まで汚されちゃかなわないし、一度だけ大目に見てあげる」
 今にもおしっこを漏らしてしまいそうな祐一の声に深雪はそう言うと椅子から立ち上がって、処置台のサイドレールを手早く手前に倒した。
 平均よりも早いと言いながら、実は深雪は、祐一の尿意が本当にひどく強まっているのだということを知っていた。むしろ、今まで我慢できていたのが不思議なくらいだった。
「浜野さん、ピンチ」
 サイドレールを倒して、祐一の腕に差した点滴針に手をかけた美幸が美香に指示した。
「はい、先生」
 美香が点滴のチューブをピンチで締めつける。
「はい、抜くわよ」
 美幸が指先に力を入れて点滴針をすっと引き抜いた。
 針の先から、微かに黄色く色付いた輸液が小さな雫になって一粒だけ滴り落ちた。その雫が処置台の布団に落ちて小さな小さな滲みになって広がった瞬間、深雪と美香が互いに目を見合わせて、祐一に気づかれないよう、そっと目配せをして微笑み合った。美香が用意した輸液の中に極く効き目の弱い利尿剤が混ざっていることを知っているのは白衣の二人だけだった。
 極く弱いといっても、ただでさえ尿意が高まる点滴中に注入された利尿剤がどんな効き目をみせるのか、それは簡単に想像できるだろう。祐一がひどい尿意を覚えていることを美幸が知っているのも、そして祐一が30分間も尿意に耐えていたことに美幸が驚いたのも、つまり、そういうことだった。

 点滴のチューブから開放されて、祐一は思わず立ち上がろうとした。
 けれど、まるで自由にならない手足の祐一が自分の力で処置台から床におり立つことができるわけがない。かろうじて処置台の上に突っ張った両手は自分の体重を支えることもできず、祐一の体はじきにへなへなと崩れおちてしまいそうになる。
「ひとりじゃ無理よ」
 処置台の布団の上に力なく崩れおちそうになった祐一の体を支えたのは、力強い美香の腕だった。美香は祐一の背中とお尻の下に両腕を滑りこませると、ぐいと引き寄せるようにして祐一の体を抱きあげた。
「いいわよ、こっちへ連れてきて」
 美香が祐一を抱き上げてすぐ、深雪の声が飛んできた。
 深雪が立っている足元には、幼児が使うオマルが置いてあった。
 それを見た祐一の顔がこわばった。
「はい、先生」
 祐一の体を横抱きにしたまま、美香が歩き出した。
「嫌だ、あんなの嫌だ。お願いだからトイレへ行かせて」
 深雪の用意したオマルの方へ美香が一歩足を踏み出した途端、二つに分けて結わえられた髪の束を激しく振って祐一が喚いた。
「でも、トイレへ行かせてったって、清水君のその脚でどうやって行くつもり? それに、たとえトイレへ行けたとしても、殆ど力の入らない手じゃドアを開けることもできないのよ」
 自分の胸のところにある祐一の顔を見おろして、わざとのような優しい顔で美香が言った。
「じゃ……それじゃ、トイレへ連れて行って。トイレの便器に座らせてもらえれば、あとは自分でなんとかする。ね、だから……」
 大の大人が他人にトイレへ連れて行ってくれるように頼むことがどれほど惨めなことか。けれど、もういつ限界を迎えるかもしれないほどに切羽詰まった祐一には、そんなことにかまってなどいられなかった。ついさっき二人の目の前で便意に耐えられなくなって屈辱的な姿をさらしたばかりの祐一が今度また尿意に負けて羞恥に満ちた粗相をしてしまったら……。
「どうやら清水君は、なんのためにこの医院へ来たのか、すっかり忘れちゃったらしいわね」
 祐一の言葉に耳を貸さず二歩三歩と深雪のもとへ歩を進めながら美香が言った。
 美香が何を言おうとしているのか咄嗟にはわからず、祐一は戸惑ったような表情を浮かべて口をつぐんだ。
「いい? 清水君の病状は激しい下痢と嘔吐だったわね。よくある食あたりかもしれないけど、でも、ひょっとしたら、もっと怖い病気なのかもしれないのよ。サルモネラ菌みたいな劇症系の病原菌による食中毒の可能性もあるし、まさかとは思うけど、赤痢やコレラの可能性だって否定できない。だから、清水君の排泄物を検査して、どんな菌がいるのか調べてからでないと、尿も便も普通にトイレへ流すわけにはいかないのよ。そんなことをして、この医院が感染源になって清水君の病気がどんどん広がっちゃうかもしれないもの。だから、この処置室に備え付けの便器じゃないといけないのよ」
 美香は諭すように説明した。
 もちろん、そんなことは嘘だ。深雪や美香は、祐一の病状が極くありふれた腐敗菌による食あたりだということに微塵の疑いも持っていない。食中毒や赤痢なら、祐一の衰弱ぶりがこの程度で済むわけがないのだから。それをわかったうえで、祐一がオマルを使うように仕向けるためにわざと怯えさせているだけのことだった。
 祐一はぶるっと体を震わせて顔色を失った。
「わかったわね?」
 美香は念を押すみたいに言った。
 祐一はまだ口を閉ざしたままで頷きもしなかった。だけど、さっきみたいにオマルは嫌だと叫ぶこともできないでいる。

 気がつけば、祐一の体を横抱きにした美香は深雪の傍らに立ち止まって、すぐ足元にあるオマルを見おろしていた。
 美香につられたように、祐一も、自分の体のすぐ下に置いてある幼児用の便器に目を向けてみた。他の医療機関でもこんな物を使っているのかどうか確かなことを知っているわけではない祐一にはなんとも言いようがなかったけれど、そこにあるオマルは、病院や診療所が備えつけるにしては妙に可愛らしすぎるような気がした。まだ殆ど使っていないのだろう、柔らかなクリーム色の塗装が鮮やかで、子供が体を支えるために持つ把手の部分が柔らかな曲線を描くような造りになっている、全体がまるでアヒルみたいに見えなくもない、いかにも幼児用といった形になっていた。
 その可愛らしいデザインが却って激しく羞恥心を刺激して、祐一はじきに目をそらしてしまった。
「あら、どうしたの? こんなに可愛いいオマルなのに」
 祐一がどうしてオマルから目をそらしたのかわからないとでもいうふうに美香が訊いた。けれど、その声は、祐一の羞恥をありありと知っているのが明らかな、はっきりと笑いを含んだ声だった。
 祐一はきゅっと唇を噛んだ。
 その時、少しの間だけ弱まっていた尿意が再び大きなうねりになって襲ってきた。
「あ……」
 不意の尿意に耐えかねて、祐一が思わず呻き声をあげた。
 その声を耳にして、
「ほら、早くしてあげなきゃ。せっかくオマルの所まで連れて来てあげたのに、そのままじゃショーツを濡らしちゃうわよ」
と、美香をたしなめるように深雪が言った。
「あ、そうでしたね。大変大変」
 あまり大変でもなさそうに美香はくすっと笑って、その場にゆっくりしゃがみこんだ。そのまま右手を少しおろして、それまで横抱きにしていた祐一のお尻を自分の膝と腿の上に載せるように抱き直す。そうすると、祐一の体がまるで美香の両脚の上にちょこんと座るような姿勢になった。
 それから美香は左腕で祐一の背中を支えるようにしながら、自分の腿の上に載っている祐一のお尻を包みこむ柔らかなショーツに右手の指をかけた。祐一がぎゅっと瞼を閉じるのをおもしろそうに眺めて、美香はショーツを引っ張った。細いゴムがぴんと伸びて、くるくると丸まるようにしてショーツが祐一の腰からずり落ちると、美香はそのまま、膝の少し下のあたりまで引きおろした。
 ショーツの中から現れたペニスは、それまで窮屈な思いをしていたのが嘘のように、祐一の意志などまるでおかまいなしに、ピンクのパジャマの裾のすぐ下で大きく怒張していた。幼女のような装いの祐一の、それだけが実際の年齢と性別をしめすただひとつのしるしだった。
「すごいわね、清水君。こんなに元気にしちゃって」
 赤く唇をぴちゃっと舌で湿すと、ごくりと唾を飲みこんだ美香がねっとりした声を出した。そうして、
「さ、その元気なおちんちんからたっぷりおしっこを出すといいわ。ほら、いい?」
と言うと、それまで自分の膝の上に座らせていた祐一のお尻の下に後ろから両手を差し入れて、そのまま、掌で両脚の付け根を持ち上げると、両足をぐい開かせるようにして抱え上げてしまった。
 不意のことに祐一は体のバランスを崩して後ろに倒れそうになったけれど、そこには美香の豊かな乳房があって、祐一の体を優しく受け止めた。背中には張りのある乳房、そしてお尻から太腿の下側にかけては美香の掌のじっとりした感触が伝わってきて、祐一はどうしたらいいのかわからずに、ただただ尿意に耐えながら身じろぎ一つできずにいる。
 そこへ、ころんという軽やかな音が聞こえてきた。さっき深雪が姿見を押して来た時にも聞こえていた、鏡の台に取り付けてあるキャスターが転がる音だった。
「ほら、鏡を見てごらん」
 キャスターの音が聞こえてすぐ、祐一の耳元で美香が言った。
 ふと顔を見上げた祐一のすぐ目の前――祐一がその上に抱え上げられているオマルにくっつくほど近くに姿見があった。
 その大きな鏡に映っているのは、背後から母親に抱きかかえられて今にもオマルにおしっこをしようとしている幼い少女の姿だった。ただ、幼女にはおよそ似つかわしくない股間の屹立だけが、鏡の中にいる幼女が実は祐一の姿なのだと教えている。
 祐一は全身をかっと熱くほてらせながら、それでも、何かに魅いられたように、鏡に映る自分の姿に目を釘付けにしていた。まるで、羞恥に満ちたその姿から目をそらす術さえ忘れてしまいでもしたかのように。
「赤ちゃんはね、こんなふうに抱っこされておしっこするのよ。ね、可愛らしい格好でしょ?」
 もういちど美香の吐息が祐一の耳たぶを熱くした。
「やだ」
 やっとのことで鏡から目を離し、祐一はぶるんと首を振った。
「いやだ。こんな格好で赤ちゃんが使うオマルにおしっこだなんて、絶対にいやだ。僕は赤ちゃんなんかじゃない。赤ちゃんじゃないんだから」
 続けて祐一は何度も首を振った。髪の毛を束にして結わえているカラーゴムのボンボンが揺れて美香の胸元に何度も弾ける。
「あらあら。まだ、そんなことを言ってるの? うんちも我慢できずに自分の寝ている処置台を汚しちゃうような子が赤ちゃんじゃないっていうの? 手も足もちゃんと動かせなくて自分ひとりじゃトイレへも行けないような子がちゃんとした大人だっていうのかしら?」
 美香の言葉が胸をえぐった。
「だって……だって、それはみんな、僕のせいじゃない!! 浣腸なんてされなきゃ――変な薬さえ注射されなきゃ、処置台だって汚さなかったし、ひとりでトイレだって行けるんだから」
 祐一は弱々しく言った。
 大学生にもなって、トイレくらいひとりで行けると言い訳しなければならない屈辱に胸が張り裂けそうだった。けれど、美香の手でオマルの上に抱え上げられた姿でそれを言っても、なんだか本当に、粗相を見つかった小さな子供が負け惜しみを言っているようにしか見えない。
「はいはい、そうね。清水君――ううん、祐ちゃんは赤ちゃんじゃないのよね。もうおっきいのよね。祐ちゃんがそう言うんならそれでいいわ。だから、ほら、おしっこしちゃいましょ。いつもでも我慢してると体に良くないんだから」
 美香の方も、まるで祐一のことを子供扱いし始めていた。呼び方も『清水君』から『祐ちゃん』に変えて、まるきり、あやすみたいな話し方だった。
「そんな言い方……」
 ひどい屈辱を覚えて祐一は言葉を失った。
「いいからいいから。はい、おしっこしようね。パンツを濡らさないで上手にできるかな?」
 なおも美香はわざと羞恥を煽るように言って、いかにも祐一がちゃんとおしっこをできるかどうか心配しているとでもいうふうに、祐一の膝のすぐ下まで引きおろしたショーツを膝頭でもう少し下にずり下げた。
 祐一の顔が耳の先まで赤くなった。
「あらら、まだ出ないのかな?」
 美香が祐一の肩越しにペニスを見つめる。
 その気配にペニスがぴくっと震えたものの、おしっこが出てくる気配はない。
 それも、当たり前といえば当たり前のことだった。
 男性の体は、女性に比べて尿道が長いとか幾つか理由があって、いくら尿意が高まっても、我慢しようと思えばかなり我慢できるようにできている。
それになにより、幼児が母親におしっこをさせてもらう時そのままにオマルの上に抱き上げられた格好では、羞恥が先に立ってしまって、出る物も出ない。ついさっきまではいつ洩らしてしまっても不思議ではないような祐一だったが、この屈辱的な格好のまま排泄することはどうしてもできなかった。
白衣の二人にさんざいたぶられ、辱めも受けてきたけれど、それでも、そんな祐一だったけれど、これだけは譲れない一線だった。こんな惨めな姿で幼児用のオマルに向かっておしっこをするなんて――体中を熱く包む屈辱感と羞恥心とで、かろうじて祐一は尿意に耐えていた。

「出ないみたいね?」
 姿見に体を預けるようにして祐一の様子を眺めていた深雪が痺れを切らしのか、鋭い声で言った。
「そうなんです、先生。さっきはあんなにおしっこって言ってたのに」
 辛抱強く祐一の体を抱いたまま美香が頷いた。
「ペニスが勃起したままなのが原因かもしれないわね」
 深雪はすっとしゃがみこむと、祐一のペニスをじっと見つめて言った。
「え?」
 美香が微かに首をかしげた。
「だって、男性のペニスは、中にある海綿体が血液を吸収して膨張することで勃起するわけでしょう? それで、膨張した海綿体が尿路を圧迫して尿が出にくくなるのよ」
 深雪は、美香に向かってというよりは、祐一に言い聞かせるみたいに説明した。それから、どことなく皮肉めいた口調で、美香の顔を見て言った。
「こんなこと、わざわざ私が説明しなくても浜野さんなら知っているわよね?」
「もちろん承知しています、先生。充分に」
 なんとなく苦笑めいた表情を浮かべて美香が頷いた。
「というわけだから、ともかく、祐一君――ううん、浜野さんみたいに祐ちゃんて呼ぼうかしら――のペニスを元通りにしてあげなきゃね」
 いったんは美香の顔に移した視線をもういちど祐一のペニスに戻して、深雪はにっと笑った。
 ひっと息を吸って祐一は体を退こうとしたけれど、美香に抱えられたままではどうしようもない。
 美香の手で両脚をぐいと広げられた姿勢でオマルの上に抱え上げられた祐一のペニスを、深雪のほのかに湿った二つの掌がそっと包んだ。
「あ……」
 絶望的な目で深雪の顔を見上げ、それから、自分のペニスを包みこんでいる白い掌に目をやって、祐一は、幼児がイヤイヤをするみたいに弱々しく首を振った。
 深雪はまるで合掌するようにして両方の掌を合わせ、その間に祐一のペニスを挟みこんで、静かに静かに擦り合わせ始めた。
 激しく怒張していたペニスが些細な刺激にも過敏に反応して、じきに太い血管をどくどくと脈打たせ、それまでにもまして今にも爆発しそうなほどに大きく屹立する。
「やめて、お願いだから、それ以上はしないで……」
 もう限界まで高まっている尿意と、若い女医の手でじわじわと高められてゆく股間の疼き。ただでさえ力が入らない上に美香の手で太腿をつかまれて自由に動かない両脚をそれでも必死になってすぼめようともがきながら、祐一は、暴漢から理不尽な辱めを受ける女性のように声を震わせた。
「心配しなくていいわよ。ちゃんと、産婦人科の研修で男性の精子を採取する訓練は積んできたんだから。痛くないし怖いことなんてないから、ほら、私にまかせて体の力を抜きなさい」
 深雪は祐一のペニスを挟みこんだまま両手の指を組み、絞りあげるようにして掌を滑らせた。
「やだ、そんなことしたら、そんなことしたら……」
 祐一の首がのけぞって、頭が美香の首筋にぶつかった。
「本当に大丈夫だったら。それに、こうしないと、いつまでもおしっこが出ないんでしょう? 辛い目をするのは祐ちゃんなのよ」
 深雪の掌がきゅっと音をたてて、祐一のペニスの先を締めあげた。
「……やだ、やだったらぁ!!」
 美香の首筋に後頭部を押し当てたまま、祐一が大きく口を開けた。
 祐一のペニスを包みこんだ深雪の両手の指の隙間からとろりと粘り気のある白い液体が溢れ出して、深雪の手の甲を少しずつ濡らしてゆく。
 微かに聞こえてくるのは祐一の荒い息遣いだろうか、はぁはぁと今にも途切れそうに処置室の空気を微かに微かに震わせている。
 深雪は祐一の体からそっと離れると、自分の掌から滴る白い液体を興味深そうな顔つきでしばらく眺め、それから、真っ赤な舌をちろりと突き出して、そこにも祐一の精液がついている指先をぺろりと嘗めた。
 体中から力が抜けてしまったみたいにぐったりしている祐一のペニスからは、まだ精液の名残りが途切れ途切れに溢れ出していた。今はもうだらりと股間に垂れ下がるばかりに萎えてしまったペニスの先からぽたりぽたりと落ちて行くねっとりした白い雫が、硬質のプラスチックでできているのだろうか、オマルの厚い底板に当たって、ぽったんぽったんと意外に大きな音をたてては、その恥ずかしい音がゆったりした波紋になって部屋の中に広がって行く。
 それでも、おしっこが流れ出る気配はまだない。我慢に我慢を重ねていた祐一の膀胱の筋肉が知らず知らずのうちにこわばり、もう自分の意志ではどうにもならなくなってしまったのか、それとも、内科処置室でのしくじりを二度と繰り返したくないという思いが無意識のうちに、もう下腹部に痛みさえ覚えるほどになっている膀胱の筋肉をまだなおも緊張させているのか。
「先生、まだ出ないみたいです」
 美香が、さも困ったような顔で深雪に言った。
「そうね。でも、このままじゃ本当に泌尿器系の病気になっちゃうもの、なんとかしてあげなきゃね」
 祐一の精液にまみれた両手を気にとめるふうもなく、深雪も困ったような顔をしてみせた。けれど、じきににっと笑うと、こともなげに言った。
「仕方ない、導尿しましょう」
 聞き慣れない言葉に、それでもその言葉の響きに不吉な予感を覚えて、美香に抱かれたままうなだれていた祐一が怯えたように顔を上げた。
「導尿っていうのはね、ペニス――おちんちんの先から細い管を膀胱まで差し込んで、その管でおしっこを採取することなの。手術直後で体を動かせない人や尿道に炎症があって排尿が困難な人にはよくやる、とても簡単な処置よ」
 おどおどした目で見上げる祐一に、深雪は簡単に説明した。そうして最後に、短い言葉を付け加える。
「初めての人にはかなり痛いけど、我慢できないほどじゃない筈よ」
 祐一の顔色が変わった。
「あら、怖いの? でも、仕方ないわよね。いつまでもおしっこが出ないんだもの」
 青褪めた祐一の顔つきをおかしそうに眺めながら深雪は冷たく言った。
 祐一の唇がひくひく震える。
「まず、おちんちんの先に管を入れる時が一番痛いのよね。もともと、そんなふうにはできていないんだもの、かなり強引に突っ込まなきゃいけないしね。それから尿路に沿って管を押し込んでいくんだけど、何度か引っ掛かるのは仕方ないわね。尿路の柔らかい粘膜を削ぎ取りながら管が進んで行くと、やっと膀胱ね。でも、しっかり閉じている膀胱の弁を無理矢理こじ開けるんだから……」
「やめて!! もうやめて、そんなこと言うのは……」
 祐一の恐怖心を煽るためにわざと大げさに解説していた深雪の言葉を遮って、祐一が金切り声をあげた。
「あら、可哀想に。すっかり怖がっちゃったわね」
 自分で怖がらせておきながら、まるでそんなことおかまいなしに、深雪はいたわるような声になった。そうして、わざと優しい目で祐一の顔を覗きこんで言った。
「じゃ、導尿はよして、別の方法にしましょう。これも少しは痛みがあるけど、ほんの短い間だけだから、そのくらいは我慢できるわよね?」
「……少しくらいなら……」
 さんざ導尿の恐怖をふきこまれた祐一は、不意にみせた深雪の優しい表情に誘いこまれるように、何も考えることなく頷いた。
「いいのね?」
 くどくさえ思える念の押しように祐一は不安にかられたけれど、導尿の恐怖に負けて再び頷いてしまう。
「じゃ、始めましょう。浜野さん、祐ちゃんが暴れないようにしっかり押さえていてよ」
 深雪は祐一の真正面に置いた姿見をどけると、それまで鏡があった場所にしゃがみこんだ。
 と、美香が両手に力を入れて、祐一の体をそれまでよりも高く持ち上げながら少し後ろに倒すような姿勢に抱き直した。そうすると、祐一の精嚢の裏側からお尻にかけてのあたりが深雪の顔にまともに向き合うような格好になってしまう。
 けれど、その格好を恥ずかしがっている時間もなかった。美香が祐一の体を高く持ち上げると同時に深雪が手をのばして、アルコールをしみこませたコットンで祐一の精嚢の裏側から少し肛門に近いところを拭き始めたからだ。
 祐一の顔がひきつった。
 これまでに何度も経験した消毒用アルコールのひんやりした感覚。そしてその後に決まってやってくるちくっとした痛み。
「やめてください、それは嫌です!!」
 深雪が何をしようとしているのかようやく理解した祐一は顔中を口にして叫んだ。
「今さら何を言ってるの。さっき、少しくらいの痛みなら我慢するって言ったばかりじゃない。――ふふ、このあたりは特に清潔にしとかないとね」
 祐一の叫び声など気にも留めない。深雪は祐一の股間から肛門にかけて、必要以上に丹念に拭き清めていった。もちろん、そのことが祐一の心をどれほどざわめかせるか、充分に知った上で。
「嫌だ。それは嫌だったら」
 祐一は何度も首を振った。その無力な幼児めいた仕種が深雪と美香にますます妖しい悦びを与えていることにも気づかないまま。
 消毒用コットンがすっと離れた。
 はっとして、祐一が自分の下腹部に目をやった。
 深雪の右手が体の下に消えたと思ったら、ちくりと鈍い痛みが走った。そうして、注射器の細い針を通して冷たい薬液が体の中に入ってゆく感覚。
注射針はすぐに抜けて、それから、少し離れた場所にもういちど突き刺さる。
 痛みは二度だった。二度の痛みのあとを、脚や腕にもそうしたように、深雪がコットンで揉んで処置する。

「終わったわよ。あまり痛くなかったでしょう?」
 全ての処置を終えた深雪が立ち上がった。
 たしかに、痛みは殆どなかった。なかったけれど、でも、そんなのはどうでもいいことだった。そんなことよりも……。
「前立腺と膀胱、注射は2ケ所よ。なんのための注射かはわかっているわよね? いつまでもぱんぱんに張ったままの膀胱の筋肉を弛緩させるため。それから、祐ちゃんのおちんちんが勝手に元気になっちゃわないようにするため。こうしておけば、おしっこをしたくなったらすぐに出せるからね。
ほら、そんな顔をしないの。浣腸前のマッサージの時、前立腺の位置を確認しておいてよかったわ」
 深雪は消毒用のコットンをペールに投げ入れ、使い終わった注射器をもう一つのペールに放りこむと、手についたままになっていた祐一の精液をあらためて拭いさりながら言った。
 効果はすぐにやってきた。
 もういくら祐一が堪えようとしても堪えられなかった。
 祐一の膀胱は祐一の意志とはまるで無関係に緊張を解いて、それまでたっぷり溜めこんでいた温かい液体を溢れ出させた。初めはためらいがちにちょろちょろと流れ出したおしっこが、すぐに、まるで遠慮のない流れになって、前立腺が麻痺してしまったために力なく下を向くことしかできなくなった祐一のペニスから迸り出ると、オマルの底板に派手な音をたてて飛び散り始める。
「あらあら、すごいこと。こんなになるまで我慢しなくてもいいのに」
 美香は、おしっこがオマルから外れないように祐一を抱く手を微妙に動かしながら呆れたような声を出した。
「よかったわね、祐ちゃん。先生のおかげでちゃんとおしっこが出るようになって。あ、ほら、暴れちゃ駄目よ。せっかく綺麗なままのショーツがしぶきで汚れちゃうでしょ」
 そう言う美香の声は、自分の子供におしっこをさせている母親そのままだった。そう。深雪の傍らにある姿見に映っているのは、自分では何もできず、母親に抱っこしてもらってやっとオマルにおしっこができるようになったばかりの幼い娘と、無力な娘がショーツを濡らしてしまわないように注意しながら優しくおしっこをさせている若く美しい母親の姿だった。実際、ただ「あ、あ……」と言葉にならない声を洩らしながら、力なく垂れ下がったペニスからオマルに向かっておしっこをする祐一の姿は、どこから見ても、やっとおしっこを言えるようになったばかりの幼児そのものだった。それも、ピンクのパジャマの裾にこそこそ隠れてしまった小さなペニスが鏡にも映らないためおしっこが出ているところがはっきりせず、二つに結わえた髪や膝の下に引きおろされたショーツのためにとても男の子には見えない、まるで幼女そのままの姿だった。



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