もういちど

もういちど(2)

高木かおり



「ゆっくりおやすみなさい、恵美ちゃん。ママはどこへも行かないから心配なんてしないでね」
 英子さんは、まだまだ子供らしいあどけない顔つきで目を閉じている恵美ちゃんのほっぺに優しいキスをしてあげた。




 でもって英子さんも毛布にもぐりこんで眠りについたんだけど。
 どのくらい眠ったかしらね、なにか妙な感触を覚えた英子さん、うっすらと目を開けて枕元の時計に目を向けたんだ。淡い緑色の数字は二時になってた。
 やだ、まだ真夜中じゃない。どうしてこんな時間に目を醒ましちゃったのかしら?
 なんとなく納得できない英子さん、もぞっと体を動かした。
 すると、さっきから微かに感じてるおかしな感触があらためてはっきりと伝わってきたように思う。──ん?
 ぐっすり眠ってる恵美ちゃんの目を醒まさないように英子さんは静かにそっと毛布を捲くり上げてみた。頭まですっぽりと毛布に包まれるみたいに眠ってる恵美ちゃんは、両手の掌を軽く握って体をまーるくしていた。あらあら、赤ちゃんみたいな格好をしちゃって。恵美ちゃんたら、いつもこんな寝方をしてるのかしら。恵美ちゃんの寝相を久しぶりに目にした英子さん、なんとなくほのぼのしてしまう。
 でも、そのほのぼのも長くは続かなかった。英子さんがこんな夜中に目を醒ますことになった妙な感触っていうのが腰の辺りから伝わってくることに気がついたからだった。で、英子さんの腰の辺りには、恵美ちゃんのおヘソのすぐ下がぴとってくっついてる。
 英子さんは恵美ちゃんからそっと体を離して、腰骨の辺りに目を向けたみた。ぱっと見ただけじゃわからなかったんだけど、でもよく見てみると英子さんの白いネグリジェ、ちょっとした滲みになってる。
 え? ちょっと慌てた英子さん、丸くなって眠ってる恵美ちゃんの体の下に手を入れると、その体を優しく転がして(人の体を転がすのに優しくも何もないもんだと思う人もいるかもしれないけど、ま、それはそれとして)仰向けにしてみた。と、恵美ちゃんが着てるパジャマのズボンがぐっしょり濡れてる様子が英子さんの目にとびこんでくる。
 だけどそれでもまだ何が起こったのか信じられないような思いの英子さん、恵美ちゃんの体を動かした手を今度は、恵美ちゃんのお尻が触れてた辺りのシーツの上に持っていく。それほど念を入れて触ったわけでもないんだけど、英子さんの掌には、そのシーツがぺたって感じで湿ってる感触がはっきりと伝わってきた。
 しばらくの間は英子さん、ぐっすり眠りこけてる恵美ちゃんの顔(それがまた、自分が何をしちゃったのかなんてことにはぜんぜん気がついてないみたいで、穏やかであどけなくてあいくるしい表情だったりするんだね)をぽけっと眺めてたんだけど、やがて我に返ったように溜め息をつく(ほっ)と、恵美ちゃんの耳元に口を寄せて名前を呼んでみた。
「ちょっと、恵美ちゃん。恵美ちゃんたら、こら……」
 でも、恵美ちゃんが目を醒ますような気配はなかった。英子さんは恵美ちゃんのほっぺをペチペチ叩いてみたり体を両手で揺すってみたりもしたけど、それでも恵美ちゃんはやすらかな寝息をたてるだけ。しかもどんな夢を見てるのか、時々にこっと笑顔になりながら眠ってるんだから英子さんもどうすることもできない。
「このままじゃ風邪をひいちゃうのに……」
 英子さんは仕方なくベッドから床におり立つと、そっとドアを開けて廊下に歩き出た。で、バスルームのすぐ隣にある、物置に使ってる小部屋に入って行く。その部屋には大小いくつかのタンスや衣装ケース、ダンボール箱なんかが置いてあって、季節外れの衣類とかタオルとかがしまいこまれてるんだね。英子さんはプラスチック製のケースから大振りのバスタオルを二枚と小振りのガーゼタオルを一枚取り出すと、それを持って寝室に戻って行った。
 相変わらず恵美ちゃんはくーくーって健康な寝息をたててる。
 やれやれって感じでちょっと肩をすくめてみせた英子さん、持っていたタオルを自分が寝ていた辺りにそっと置くと、恵美ちゃんのすぐ横に立って腰をかがめた。それから恵美ちゃんのパジャマの上着を静かにお腹の上まで捲くり上げる。このごろになってやっとこさ女の子らしいプロポーションになってきた恵美ちゃんの、ほんの少しくびれたウエストが英子さんの目に映る。
「やれやれ、体はもう大人になりかけてるのにね……」
 まだまだ少女めいてはいるものの、それでも確かに大人への階段を一歩ずつ昇っていく恵美ちゃんの体つきと、まるで小さな子供みたいにオネショでパジャマのズボンを濡らしながら眠ってるあどけない顔つきとの落差になんとなくくすぐったいような感覚を覚えながら英子さん、クスッと笑った。笑ってから、今度はズボンのゴムに手をかけてゆっくりゆっくり引きおろし始める。ほんとなら、ゆったりしたパジャマのズボンなんて脱がせるのは簡単なことなんだけど、でもこの時はちがってた。オシッコをたっぷり吸いこんだ生地は恵美ちゃんの内腿からお尻に絡みつくみたいにぴた〜って貼り付いて、なかなかスムースに滑ってくれない。少し考えて英子さん、パジャマの腰ゴムの少し下に掌を真っ直ぐ付けて、ちょっと人差指で引っかけるみたいにすると、ストッキングを脱ぐ要領でパジャマを丸めながら脱がせることにしたみたい。
 ちょっと時間はかかったけどパジャマのズボンを脱がせちゃうと、ちっちゃなピンクのリボンがちょこんとあしらわれたショーツが丸見えになる。生地があまり多くない真っ白のショーツは乾いたところが残ってないくらいに濡れてしまっていて、うっすらと恵美ちゃんの肌が透けて見えるせいか淡いベージュとピンクとが混ざり合ったような色になっていた。
「う…ん……」
 ショーツに手をかけた途端に聞こえてきた恵美ちゃんの声に英子さん、手の動きを止めて恵美ちゃんの顔に目を向けた。でも恵美ちゃんは目を醒ましたわけじゃなく、時おり見せる幸せそうな笑顔になって口許をほころばせてるだけ。
 まばたきを二度してから英子さんがパジャマと同じような要領でショーツを脱がせてる間も、やっぱり恵美ちゃんは目を開けなかった。ほんと、よっぽど楽しい夢を見てるのかしら。
 そうして恵美ちゃんの下半身をすっかり丸裸にしちゃった英子さんは、持ってきたバスタオルを二つに折って、白い桃みたいなお尻の下に敷きこんだんだ。それはもちろん、シーツに吸いこまれたオシッコが滲み出してきて恵美ちゃんの体をまた濡らすのを防ぐためだった。そうしておいてから恵美ちゃんの下半身をきれいなガーゼのタオルで拭いた英子さんは、寝室の壁際に置いてある整理タンスの引き出しから自分のパジャマのスボンとスキャンティを取り出した。ほんとなら恵美ちゃんの部屋へ行って着替えを取ってきてあげればいいんだけど、英子さんにしても夜中で眠いこともあって、自分ので間に合わせちゃおうって考えたみたい。
 でもって、下半身だけ英子さんの(ちょっぴり刺激的なデザインの)スキャンテイに着替えさせられちゃった恵美ちゃんはそのまま健やかな寝息をたて続けることになったんだ。もちろん、寝不足でお肌の荒れを気にする英子さんもね。

 そんなことがあってちょっと眠い英子さんなのに、目覚まし時計のベルが鳴る前に目を醒ましちゃった。というか、ムリヤリ起こされちゃったと言う方が正確なのかもしれない。
 だって、まだお日様の光が窓から差しこんでもいないのに英子さんの体を誰かが強く揺すぶったんだもの。
「う、ううう……」
 ちょっとばかり低血圧の英子さん、もともと朝が弱いのにそんなことをされて、仔犬が呻くみたいな不機嫌そうな声を絞り出した。
「……うう、わん」
「あの、ママ……?」
 英子さんの体を揺するのをやめて少しだけ不安そうな声をかけてきたのは恵美ちゃんだった。
「いつもそんな声を出してから目を醒ますの?」
「冗談じゃないわ。──目覚まし時計よりも早く起こされた時だけよ」
 英子さん、まだ意識が戻ってないみたいなぼんやりした声だった。
「ごめんなさい、それは謝る。謝るから、起きてくれない?」
 恵美ちゃんの口調は、なにか懇願するみたいだった。
「……どうかしたの?」
 そう言いながら英子さん、次第にはっきりしてくる意識の中で昨夜のことをゆっくり思い出してた。
 ああ、そうか。知らないうちに着替えさせられてて、おまけにお尻の下にバスタオルが敷いてある理由を訊きたがってるのね。うふふ、ほんとのことを知ったら恵美ちゃん、どんな顔をするかしら? 実の母親とも思えないようなちょっと意地悪な悦びを覚えながら、恵美さんは胸の中でクスッと笑ったね。
「ねえ、どうしよう? こんなことになっちゃって私どうしたらいいのかわかんなくて……」
 恵美ちゃんの声、今にも泣き出しそう。
 え? 恵美ちゃんの言葉を聞いた英子さん、ちょっとわけわかんなくなってきた。まだオネショのことを話してないのに、どうして恵美ちゃんたらこんなにオロオロして困ってるのよ? それとも気づいたのかしら?
 英子さんはこの時になってやっとこさ上半身を起こした。起こして、さっと横を見る。
 恵美ちゃんはベッドの上にいたんじゃなかった。床に立って、腕を伸ばして英子さんの体を揺すってたんだ。しかも、夜中に英子さんが穿かせてあげたパジャマもスキャンティも脱いじゃって下半身は丸裸。
「……どうしたの、その格好?」
 思ってもいなかったことに、英子さんは目を見張った。
「だから……」
 そう言ったきり恵美ちゃん、顔を真っ赤にしてうつむいちゃう。
 なんとなく困惑しちゃって思わず目をきょろきょろさせた英子さんの視界の端に見慣れた物があった。それは、英子さんのスキャンティとパジャマのズボンだった。英子さんはなにげなく手を伸ばして、自分の(そして、恵美ちゃんの下半身を包みこんでいた筈の)スキャンティをつまみ上げた。
 英子さんの指に、じとっとした感触が伝わってくる。
 どうして? 英子さん、目をぱちくり。恵美ちゃんが夜中にオネショして、で、恵美ちゃんが身に着けてた下着の代わりに私のを穿かせてあげたのよね。なのにどうして、その私の下着まで濡れてるの? ひょっとして、シーツの上に敷いておいたバスタオルが役にたたなかったのかしら?
 だけど、スキャンティの濡れ方はそんな生易しいものじゃなかった。だいいち、シーツからオシッコが滲み出してきたとしても、それだけならスキャンティのお尻の部分が濡れるだけですむ筈だもの。まさかこんな、もう一度オネショをしちゃったみたいにびしょびしょになっちゃうなんて……。
 あ──英子さんの頭の中で閃くものがあった。でも、まさか。
 英子さんは慌ててバスタオルに手を伸ばした。でもって、裏側と表側を交互に触ってみる。英子さんが半ば予想した通り、表側(つまり、恵美ちゃんのお尻に触れていた方だね)の方が余計に濡れてるみたいだった。
「恵美ちゃん、あなた……」
 もう面白がってもいられないわねと(楽天的な性格に似合わず)ちょっぴりマジになった英子さん、少し固い声になっていた。
「ああん……ごめんなさい、ママ。でもどうしょう……中学生にもなってオネショしちゃうなんて、私どうしちゃったかのしら?」
 恵美ちゃんは顔を伏せたまま、今にも消えいりそうな声だった。
「そうね。それも二度もだなんて……」
 英子さんも困ったようにぽつりと言った。
「え……?」
 すると恵美ちゃん、英子さんの言葉を咎めるように訊き返した。
「……二度もって、それどういうことなの?」
「だって……え、気づいてないの?」
 今度は、英子さんが尋ね返す番だった。
 で、英子さんはベッドの上に放り出されたスキャンティを恵美ちゃんに指差してみる。
「それってママの……あれ? じゃ、え、私……ママのスキャンティを穿いて眠ってたの?」
 やっとこさ自分がどんな格好で眠っていたのかを知った恵美ちゃん、両手でほっぺを挟んで目を大きくした。
「でも、だけど、どうしてそんな……」
「だって……恵美ちゃんたら夜中にオモラシしちゃって、だからママが……」
「……」
 やっと恵美ちゃんにも事情が飲みこめたみたいだけど、それと同時に、英子さんの言葉は氷の塊みたいに恵美ちゃんの胸を冷たく凍らせちゃったみたい。
 中学生にもなってオネショをしちゃうなんて、それも一晩に二度も下着を汚しちゃうなんて……。




 その日、あまりのことに恵美ちゃんは学校を休むことにした。
 英子さんにしてもそんな恵美ちゃんをムリヤリ学校へ送り出す気にもならず、頭痛がひどくてというような電話を学校に入れて様子を見ることにしたんだね。
「もしも気になるようなら、お医者様に診てもらったらどうかしら?」
 すっかり落ちこんで朝食も摂らずに(でも、かろうじて着替えだけはすませて)自分のベッドで横になってる恵美ちゃんに、英子さんが優しく声をかけた。
「……」
 でも恵美ちゃんは英子さんの顔も見ないで首を振るだけだった。
「だけど……」
「イヤよ、お医者様なんて」
 尚も言い募る英子さんに、恵美ちゃんは苛立ったように応えた。
「そんなこと言ったって……」
「絶対にイヤ。泌尿器科のお医者様になんて行ったりしたら、どこからどんなふうに噂になるかわからないのよ。……それに、病気だなんて決まったわけじゃないんだから」
「仕方ないわね……」
 恵美ちゃんの首に縄をつけて引っ張って行くわけにもいかず、恵美さんは諦めることにしたみたい。



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