もういちど

もういちど(6)

高木かおり



 なかなか寝つけない恵美ちゃん、自分の寝室から抜け出ると、階段をおりて英子さんの寝室に向かおうとする。なんとなく、英子さんと一緒の方が気が休まるような気がしたんだね。昼間あんなことがあって顔を会わせるのは恥ずかしいんだけど、でも、 そんなことよりも今はとにかく、英子さんのあったかい胸の中にとびこんで行きたい。
 でもって、一階の廊下におり立った途端にリビングに明かりが灯ってるのに気がつく。
 あれ? ママったら、まだリビングで何かしてるのかしら?
 恵美ちゃんはなぜとはなしに足音をひそめるみたいにして廊下を歩いてった。
 で、開き放しになってるドアからリビングに顔をのぞかせる。
「あら、どうかしたの?」
 気配を察した英子さん、明かりの下で動かしていた手を止めると、にこやかな顔を上げて声をかけた。
「うん、ちょっと……」
 恵美ちゃんは言い淀んで言葉を濁した。
「眠れないのね? ──オネショが気になるの?」
 でも、さすが母親。英子さん、ずばり。
「う……ん」
 ほっぺをぱっと赤く染めた恵美ちゃん、口ごもっちゃう。口ごもって、話題を逸らすようにぽつりと訊いてみる。
「ママもまだ寝ないの?」
「うん、ちょっとお裁縫をね」
 英子さんはそう言いながら、手にしてる淡いレモン色の服地を広げてみせた。
「赤ちゃんの?」
 もう殆ど形になってる服地を目にして、恵美ちゃんが確かめるように言った。
 英子さんが手にしてるのは、胸元に鮮やかな黄色の刺繍があしらわれたちっちゃなコンビドレスだった。胸のところからお股の部分へボタンが並んでて、爪先はソックスも兼ねてるのか袋みたいになっている。
「そうよ。恵美が赤ちゃんの時に着てたのも、ママがこうして手縫いしたのよ」
 英子さんの目が、ちょっと昔を思い出すみたいに細くなった。
「私が着てたの、もう残ってないのかな?」
 恵美ちゃんは、英子さんが縫ってるコンビドレスを眩しそうにみつめながら言った。
「何年か前までは残ってたのよ。思い出にもなるし、捨てるに捨てられなくてね。でも、御近所でガレージセールをするっていうから出しちゃった。手作りのベビー服なんて珍しいから評判よかったのよ」
 英子さん、目の前に膝をついて目を輝かせている恵美ちゃんに言いきかせるように応えた。
「ふーん……」
 恵美ちゃんの声は、ちょっとばかり気落ちしたみたいな、なんとなく寂しげな響きだった。
「恵美ちゃんももう一度、こんなお洋服を着てみたいのかな?」
 英子さん、ちょっと冗談めかして言ってみる。
「まさかぁ」
 そう言いながら、でも恵美ちゃん、ちょっと満更でもなさそうな顔。
「それから、と。ほら見て見て。これも縫ったのよ、可愛いでしょ?」
 英子さんはレモン色のコンビドレスをそっと床に置くと、側に置いてあったプラスチック製の衣装ケースみたいな箱の蓋を開けた。そうして、その中に収納されている布地を何枚か取り出してみせたんだ。
 一枚は動物柄でもう一枚は水玉模様。それに、アニメキャラクターの柄のもある。
 どれも、柔かそうな生地でできた布オムツだった。
「あ、うん……そうね、可愛いね」
 その布オムツを見せられた途端、恵美ちゃんは心ここにあらずみたいな感じで、なんとはなしにうっとりしたように呟いた。心なし、大きな瞳が潤んでいるようにも見える。
「ねえ恵美ちゃん、オムツあててみない?」
 そんな恵美ちゃんの反応を見守って英子さん、にこやかに言う。
「な、なによ、ママ。なにを冗談いってるのよ」
 予想もしなかった英子さんの言葉に急に我に返ったように、恵美ちゃんはちょっと怒ったみたいな口調になる。
「あら、冗談なんかじゃないわよ」
 英子さん、にこやかな声のまま。
「赤ちゃん用のオムツでもね、何枚かを組み合わせると恵美ちゃんのお尻をくるむこともできるのよ。──ほら、こうすればいいの」
 そう言いながら英子さん、衣装ケースから取り出した布オムツを広げてみせる。
 それを目にした恵美ちゃんのほっぺにさっと朱が差した。でもそれが羞ずかしさのためだけじゃないってことは英子さんにはハッキリわかってる。もっと他の理由で上気しちゃったんだってことは。
 その証拠に、ほら。恵美ちゃんたらそれ以上は反論もできずに、ただもじもじしてるだけだよ。
「さ、いらっしゃい。この上にお尻をおろすだけでいいのよ。あとはママがちゃんとしてあげるから」
 英子さんは床に広げたオムツを優しく掌でぽんと叩いてみせた。
「もう、いいかげんにしてよね、ママ。……私は赤ちゃんじゃないんだから」
 もじもじしながら、ちょっとためらうみたいに恵美ちゃん、真っ赤なほっぺで弱々しく言った。
「あら、オネショが治らない上にオモラシまでしちゃうような子が赤ちゃんじゃないって言うの? へ〜え」
 英子さん、胸を張って恵美ちゃんを見下ろすような目になって、わざと驚いたようい問い返す。
「だって、それは……いいわよいいわよ、オネショしなきゃいいんでしょ。もう私はオネショなんてしないわよ。だからオムツも要らないんだから!!」
 理屈じゃかないっこないことがわかってる恵美ちゃん、拗ねたように(でも、なんとなくムキになって)言葉を返す。
「そう? いいわ、わかった。じゃ、約束ね。もしも恵美ちゃんが今夜もオネショしちゃったら、その時はちゃんとオムツをあてるのよ」
 英子さん、勝ち誇った声。まるで、恵美ちゃんが今夜も失敗しちゃうのを確信してるみたい。
「い、いいわよ。約束すればいいんでしょ、約束すれば」
 仕方なしに恵美ちゃん、渋々みたいに頷く。


 そのあと自分の寝室に戻ってきた恵美ちゃん、なくとなく納得いかない顔でぶつぶつ言ってる。
「どうしてこんなことになるのよぉ? 私はただ眠れなくてママのところへ行っただけなのに。どうしてあんな約束しちゃったの? だいたい、ママもママよ。私のことを何だと思ってるのかしら。ほんとにもう、勝手に一人でパパに会いに行っちゃうし、妹だか弟だか知らないけど赤ちゃんまでつくっちゃって。でも、ほんとに今夜もしくじったりしたらどうしようかしら。あのママのことだもの、冗談なんかじゃすませてくれないだろうなぁ。え〜ん、中学生にもなってオネショで悩むのもヘンな話だけど、それが今度はオムツだなんて……。あ、ダメダメ。こんなことを考えてたらほんとにそうなっちゃうかもしれない。いいこと、恵美。あなたはちゃんとした中学生なんだからね。もう二度とオネショなんてする筈がないのよ。だから落ち着いてゆっくり眠ればいいのよ。そう、心静かに……」
 で、そうやってぶちぶち言ってるうちに、恵美ちゃんの瞼はゆっくりゆっくり閉じてくる。なんだかんだ言っても育ち盛りの中学生だし、今日はほんとにいろんなことがあったんだ。いくら眠るのが怖いっていっても、そうそういつまでも目を開けたままじゃいられないよね。




 で、翌朝。
 ぐっすり眠りこんでた恵美ちゃん、目覚まし時計のベルが何度も何度も鳴ってからやっとこさボタンを押した。でも、そのまま目を醒まさずにまた布団にもぐりこもうとする。いつもだったらそうやってもう一度眠っちゃって英子さんに起こしてもらうんだ。
 だけど、この日だけはちがってた。
 まだぼんやりしてる意識の中で何かがひっかかるんだ。う〜ん、ねむいよぉ。このままぬくぬくしてたいよぉ。……って、あれ? なんかとっても大事なことを忘れてるような気がするんだけど。たしか、眠る前にすっごい約束をママとしたんじゃなかったっけ?
 そこまで思い出すと、恵美ちゃんの意識が急に澄みきってくる。
 恵美ちゃんは下半身に意識を集めてみた。──あ、大丈夫みたい?
 それから、おそるおそる手を伸ばしてみる。右手の掌が腰からお尻の方へこわごわ動いて行って。パジャマやシーツをそそっと撫でてみるんだけど……うわわ、よかったぁ。パジャマもお布団もちっとも濡れてないぞ。
 恵美ちゃんは薄い掛布団をぱっと跳ね上げると上半身を起こして、今度はその目でじっくりと自分の下腹部を眺めまわした。うん、ほんとだ。よかったよかった。眠る前に水分を摂らなかったのがよかったのかな。
 恵美ちゃん、失敗してないことを確認し終えると、安心したみたいな大きな溜息をついた。顔が自然にほころんでくる。考えてみれば、中学生なんだから朝になってお布団が濡れてないのって、そんなの当たり前のことなんだよね。なのに、昨日のことがあるから、それだけのことでとっても満足しちゃって。
 よ〜し、これでオムツなんてあてられなくてすむんだ。恵美ちゃん、英子さんとの約束を思い出してほっとする。ほっとして──でも、あれ?
 オムツをあてられなくてもいい──え、オムツをあててもらえない?
 なに、この気持ち。恵美ちゃん、自分の胸の奥の方から湧き上がってくる奇妙な感覚に戸惑っていた。オネショしてなくてほっとして。だからオムツも要らないんだから安心して。なのに、どうしてそれがこんなに寂しいの?
 寂しい?──は、私はいま寂しいの? ふぇ、なにかぽっかり穴が開いたみたいなこの気持ちは寂しさなの?
 でも、どうして私が寂しがらなきゃいけないのよ?
 恵美ちゃん、胸がきゅんと締めつけられるみたいな気持ちになって。
 その時、恵美ちゃんは下腹部からむずむずと這い上がってくる尿意を感じた。
 反射的にトイレへ行こうとして恵美ちゃん、ベッドから床におりかける。でも、その動きが急に止まっちゃって。ほらほら恵美ちゃん、せっかくオネショをしなくてすんだのに、そんなことしてたら今度はオモラシだよ? さっさとしなきゃ。
 なのに恵美ちゃんたら、まるで自分の鼓動を確かめるみたいに胸に掌を押し当ててじっとしてる。ほっぺはほんのり桜色で、どこか遠くを見てるようなぼんやりした目はちっとも動かない。唇もかなり上気してるのか、いつもになく赤くて微かにぴくぴく震えてるみたいだ。
 しばらくすると、恵美ちゃんの右手が心臓の上から離れて、ゆっくりと下半身の方へ移動する。胸からお腹の上を通って大事な部分を包みこむみたいに止まると、昨日のオモラシの感触を思い出すようにふわりとパジャマの上から押さえてみる。
 あ……。
 恵美ちゃんの手が押さえてる辺りのパジャマがじわりと濡れて滲みになってくのがはっきりわかる。両脚の内腿が触れ合った辺りにふわっと現れた滲みがじわっと広がって、パジャマの内腿いっぱいに大きくなってく。いつのまにかその滲みがお尻の下のシーツにもできたかと思うと、シーツにできたちっちゃなシワを平らにならすみたいにしてゆっくり広がってく。
 あ、ああ……。
 恵美ちゃんの唇が半分ほど開いて、胸の底から絞り出されるような喘ぎ声が洩れてくる。はたから見ていてもわかるほどに恵美ちゃんの胸がドックンドックンと脈打って、真っ赤だった唇がこれまで以上に赤くなっていく。舌の先が唇の隙間からちろと見えて、中学生の仕種とは思えないほどになまめかしく揺れる。
 え……。
 恵美ちゃんの目はさっきからずっと虚ろで、どこに焦点が合っているのかなんて全然わからない。ひょっとしたら、その目には何も映ってないかもしれない。とろんと半ば垂れ下がった瞼がヒクッと痙攣する。
 あ、ん……。
 右手の掌が、パジャマの上から秘密の泉を優しくさするようにさわっと動く。そのせいで、ショーツとパジャマに吸収されていた筈のオシッコが雫になって幾つか滴り、乾いていた部分にも小さな滲みをつくる。いつのまにか、シーツの滲みはお尻の下からはみ出すくらいに大きくなっていた。


 突然、ドアが開いた。
 ドアを開けて入ってきたのは英子さん。
 ベッドの上の恵美ちゃんの様子を見守る英子さんの目が妖しく輝いた。
 でも恵美ちゃんは、そんなことにはちっとも気がつかないみたい。
 恵美ちゃんの意識が自分の方に向くまで、英子さんは静かに待っていた。
 やがてオシッコを出しきっちゃって、とろんとした瞳にようやくいつもの光が戻ってきた恵美ちゃん、自分に向けられてる視線を感じてふとドアの方を見た。
「もういいの?」
 恵美ちゃんの顔を真正面からみつめながら英子さん、穏やかな声。
「ママ……?」
 恵美ちゃんは息を飲んだ。
「約束、憶えてるわよね?」
 英子さんは、足下に置いてある衣装ケースをおどけた仕種で指差した。それは昨夜、縫いあがったばかりの布オムツを英子さんが収納していたケースだった。
 思わず恵美ちゃん、熱くほてったほっぺを両手で鋏みこんじゃう。
「うふふ、どうやら忘れてないようね」
 英子さん、鼻の周りにちょっと小皺を寄せて悪戯っぽく笑ってみせる。
「え、でも……」
 恵美ちゃん、そろそろ冷え始めたシーツを気にするようにもぞっとお尻を動かして、ひきつった笑いを返すだけ。
「でも……じゃないでしょ? 今度またオネショしちゃったらオムツだったわよね?」
 英子さん、そう言いながらケースの蓋を持ち上げた。
 その中にいっぱい詰めこまれた、いろんな柄の柔かそうな布オムツが恵美ちゃんの目にとびこんできた。



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