もういちど

もういちど(7)

高木かおり



「そんなこと言っても……でも、オネショなんてしてないもん」
 真っ赤な顔を伏せた恵美ちゃん、おどおどと上目遣いで英子さんの顔を盗み見る。
「ふ〜ん、オネショはしなかったの。じゃ、どうしてシーツとパジャマが濡れてるのかしらね?」
 みんな知ってるくせに、わざと恵美ちゃんを困らせるみたいに英子さん。
「それは……」
 恵美ちゃん、口ごもるしかない。
「ま、眠ってる時にじゃないんだから正確に言えばオネショじゃないんでしょうけどね」
 英子さんの言葉が核心を衝く。
「……知ってたの?」
 その時になって恵美ちゃん、英子さんがずっと見てたんだってことに気がついたみたい。
「そりゃそうよ。あんなに長いこと、うっとりした顔でオモラシしてたんだもん。いやでも目につくわ」
 うわ、ひどい言い方。
「そんな……うっとりだなんて……」
 恵美ちゃん、いまにも消え入りそうに身を縮めちゃう。
「ま、それはいいわ。でも、これでオムツに決まりね」
 英子さんは軽くウインクしてみせた。
「え?」
「オネショじゃないなんて言ってもムダよ。考えてもごらんなさい──目が醒めてる時にまでオモラシをしちゃうようなら、それこそほんとうに赤ちゃんと同じでオムツが手放せないんだから」
「……」
 恵美ちゃんの目が潤んできた。自分が置かれた情けない状況に涙がにじんでくるのか、それとも……。
「さ、いつまでもグズクズしてたら体に毒だわ。もうパジャマもすっかり冷えきってるんでしょ? さっさとズボンとショーツを脱いで、ここに横になりなさい」
 言うが早いか英子さん、床に大きなバスタオルを広げておいでおいでをする。
「だって……」
「早くしないと、またオモラシしちゃうかもしれないでしょ? 今度やっちゃったら、それこそ敷布団の中まで滲みこんで、お家じゃどうしようもなくなっちゃうわよ。恵美ちゃんは、オモラシで綿まで汚しちゃったお布団をクリーニングの人に見てもらいたいの?」
「そんな……」
 恵美ちゃん、英子さんの言葉に体をよじる。
「じゃ、早くなさい。──とにかく、その濡れた下着だけでもさっさと脱いじゃいなさいね。それとも、赤ちゃんみたいにママに脱がせてもらいたいのかな?」
 英子さん、わざとみたいな優しい笑顔でわざとみたいな柔らかな声。
 そんな雰囲気になった英子さんがその後どうなるのか、恵美ちゃんはよーく知っている。ちっちゃい頃から叱られたり、時にはオシオキまでされて育ったんだから(っていっても、軽くお尻をぶたれるだけなんだけどさ。でも中学生の恵美ちゃんにはその痛さよりも恥ずかしさが心に突き刺さるみたいで、ついつい素直になっちゃうんだね)。
 仕方なしに恵美ちゃん、渋々みたいにベッドから床におり立って。普段はゆったりしてるくせに今はオシッコのせいで肌に貼り付いてるパジャマのズボンをムリヤリ引き剥がすようにして力まかせに脱いじゃう。それから、淡いブルーのナイロン素材のショーツ(最近、恵美ちゃんの学校じゃ、この素材のショーツが流行してるんだ。なんとなく大人っぽい感じがするしね)を、ぺろんとお尻から剥がして丸めちゃう。
 そうしながら恵美ちゃんがちらと見ると、英子さんはバスタオルの上にオムツを広げてる最中だった。昨夜リビングルームでやってみせたように英子さんは何枚かのオムツを少しずつ位置をずらして重ねていき、(赤ちゃんのに比べれば随分と大きい筈の)恵美ちゃんのお尻を余裕で包みこめるように組み合わせている。そうしてアルファベットの”T”の字みたいな形に組み合わせた布オムツと恵美ちゃんの下半身(たぶん、ショーツも脱いじゃって丸見えになってるお尻だろう)とを何度か見比べた後、満足したような顔になったんだ。
 恵美ちゃんは慌てて、英子さんから目を離そうとした。でも、まるで何かに吸い寄せられるみたいにして、恵美ちゃんの視線は、バスタオルの上に広げられたオムツに釘付けになっちゃってる。
 これから私はあのオムツをあてられるんだ。今はまだママのお腹にいる赤ちゃんが使う筈だったオムツなのに。なのに、私がオネショをしちゃったから。ううん、オネショだけじゃないんだっけ。中学生にもなってオモラシをしちゃったんだ。それも二度も。でも、どうしてなんだろ? 今朝の失敗なんて、あのままトイレへ行ってればあんなことにならなかったのに。私、どうしちゃったんだろう?
 ああん、もうすぐだわ。もうすぐ私はオムツをあてられるんだわ ほんとの赤ちゃんみたいにお尻を真っ赤に染めた恵美ちゃんの様子を目にした英子さん、広げたばかりの布オムツの端を持って丁寧に折りたたみ始める。でもって衣装ケースに手を伸ばすと、今度は、いろんな色の水玉模様がプリントされたオムツカバーを取り出した。それはちょっと見ただけじゃ、赤ちゃんが使うみたいな可愛いデザインに仕上げられたオムツカバーだった。だけどそのサイズは──そう。そのサイズは、オムツにくるまれてぷっくり膨れた恵美ちゃんのお尻を包みこむのにちょうどみたいな大きさだったんだ。
 英子さんはそのオムツカバーをバスタオルの上に広げて、その上に、折りたたんだばかりの布オムツを丁寧に端を揃えてそっと置いた。でもって、オムツカバーの上に置いたオムツをあらためて広げていく。
「これでいいわ。さ、いらっしゃい」
 オムツの準備をすっかり終えた英子さん、すぐそこに立ってるちっちゃな子供を抱きかかえるみたいに恵美ちゃんに向かって両手を広げてみせる。
「でも……」
 思わず恵美ちゃん、足を退いてぽつりと呟く。
「どうしたの? ここにお尻をおろすだけでいいのよ。そうすれば、ママがちゃんとオムツをあててあげるから。せっかく恵美ちゃんを喜ばそうと思ってこんなに可愛いオムツカバーを用意しておいたんだから」
 にこっと笑った英子さん、オムツカバーの端を持ち上げて、表地にプリントしてある水玉の模様を恵美ちゃんに見せつける。
「そ、そのオムツカバー……どこにあったの? そんなに大きいのに赤ちゃんが使うみたいな可愛い模様のオムツカバーなんてどこにあったのよ?」
 恥ずかしそうにぷるんっとお尻を震わせた恵美ちゃん、どきんどきんと高鳴る心臓を鎮めようとするみたいに胸を掌で押さえて訊いてみた。ほんとうはそんなこと、それほど本気で知りたいわけじゃない。でも、実際にオムツをあてられる恥ずかしい時間を少しでも先に延ばそうとして。
「麻里先生のところよ。恵美ちゃんも知ってるかもしれないけど、お腹に赤ちゃんがいる女の人はトイレが近くなったり、ちょっとしたことで粗相しちゃうことがあるのよ。膀胱が子宮に圧迫されちゃうのね。でね、そんな人たちのためにメーカーにお願いして可愛いオムツカバーを作ってもらってるんだって。医療用のでもいいんだけど、でも、若い人が使うことが多いでしょ? だから少しでも華やかな雰囲気がある方がいいかなって考えて可愛いデザインのを特別に作ってもらったそうなのよ。それを分けてもらってきたってわけ」
 英子さん、にこにこ笑ったまま、こともなげに応える。
「じゃ……私がオムツをあてなきゃいけないって麻里先生も思ってるの?」
 恵美ちゃんの胸はこれまでよりも激しく高鳴った。
「ま、そういうことね。じゃなきゃ、備品のオムツカバーを分けてくれたりしないでしょうからね」
 英子さんは胸の中でちろっと舌を出して言った。ほんとは麻里先生、そんなことは言ってない。ただ、恵美ちゃんが赤ちゃん返りしかけてるよって英子さんに説明しただけだ。なのに英子さんがすっかり面白がって、備品のオムツカバーの中からあれこれ選んだのを持って帰ってきちゃったんだ(代金はちゃんと払ったけどさ)。
「そう……」
 でもそんなことはちっとも知らない恵美ちゃん、英子さんの言葉を信じこんで、すっかり観念したような顔になる。
 とはいっても、それは決して恵美ちゃんを騙すためだけのために英子さんが言ったことじゃない。あ、ううん。たしかに騙してるよ。騙してるんだけど、でも、それが結局は恵美ちゃんのためなんだって英子さんは思ってのことなんだ。つまり、赤ちゃん返りしかけてる恵美ちゃんとしては、自分じゃ意識してないけど実際にはオムツをあててもらいたくてしようがないんだね。眠ってる時にはオネショしちゃって、目が醒めてる時にはオモラシしちゃうのも、つまりは自分がひとりじゃ何もできない赤ちゃんなんだってことを英子さんに知ってもらうための無意識のサインってことなんだから。とはいっても、意識の上じゃ恵美ちゃんはちゃんとした中学生なんだよね。だから、まさか自分からオムツを求めるような言葉を口にするなんてことができる筈もなくて(もっとも、自分がオムツをあててもらいたがってるんだなんてこと、自分でちゃんと意識してるもんでもないんだし)。で、英子さんとしては、そんな恵美ちゃんにちょっとしたきっかけをあげたわけなんだ。
 わかってもらえるかな?──自分でも自分の気持ちがわからなくてうじうじしてる恵美ちゃんに、英子さんはムリヤリにでもオムツをあてちゃうよってポーズをとることで、”仕方なくオムツをあてられちゃうんだわ”というような口実を作ってあげてるんだよ。「麻里先生も薦めてたから」ってことにすれば、恵美ちゃんとしても断ることはできないよね。そういう状況を作ることで、英子さんは恵美ちゃんに、”オムツをあてなきゃいけないちゃんとした理由”っていうのを用意してあげたってわけなんだ。
「わかったらいらっしゃい。ママがみーんなやってあげるから」
 英子さん、とびきりの笑顔で言った。
「う…ん……」
 微かに頷いた恵美ちゃん、おずおずと右足を踏み出して。続いて左足も前に出そうとするんだけど、でも。
「あらあら、どうしたのかしら。あんよは上手じゃなかったの?」
 英子さんは少しからかうみたいに言った。
「……」
 恵美ちゃんは何も言えずに体中を真っ赤に染めて俯いちゃう。
 その途端だった。床に膝をついて両手を広げていた英子さんが急に立ち上がると、その手を恵美ちゃんの体に巻き付けてきたんだ。突然のことに恵美ちゃんは体をすくめて一言も口にできない。
 恵美ちゃんが抵抗する素振りもみせないうちに、英子さんは右手を恵美ちゃんの背中に回して左手をお尻と膝の中ほどに動かすと、えいって感じで力を入れた。すると、中学生のわりには小柄な恵美ちゃん、まだまだ若い英子さんの腕に軽々と横抱えにされちゃう。そう、ちょうど、お母さんに横抱きにされる赤ちゃんみたいに。
「いや……」
 不意に体を抱き上げられた恵美ちゃん、やっとのことで我に返ったみたいに声をあげて手足をばたつかせた。
 と、さすがの英子さんもちょっとばかりバランスを崩してしまう。そのひょうしに腕から転がり落ちそうになった恵美ちゃん、夢中で手を伸ばして英子さんの胸にしがみついて。その弾みに、それが偶然なのか英子さんの仕組んだことなのかはわからないけど、恵美ちゃんの顔が英子さんの乳房に押し当てられるみたいな格好になった。
ぱふん。軽い音がして恵美ちゃんの顔、英子さんの乳房に優しくぶつかる。
 どくん……どくん……。
 あ、この音。
 それまでばたつかせていた手の動きを止めて、恵美ちゃんは英子さんのエプロンを通して聞こえてくる力強い音に耳を澄ませた。
 それは英子さんの体中に血液を送り、お腹の中の赤ちゃんに臍の緒を通して栄養を与え、かつて恵美ちゃんが英子さんのお腹の中で耳にし、この世に生を受けた後もいくら泣き叫んでもその度にそれを耳にするとすっかり安心して眠りについた、生命力に充ち充ちたあの鼓動の音だった。
 どくん……どくん……。
 いつのまにか、恵美ちゃんの体中からすーっと力が抜けていった。
 その顔には、十五年前にみせた、あのあどけない微笑が浮かんでいる。
「そうよ、それでいいのよ。恵美ちゃんは素直でいい子だものね。さ、もう少しの間だけおとなしくしててね」
 英子さん、恵美ちゃんに優しく頬ずりしながらあやすように言った。
 それから、自分の両手で抱え上げている恵美ちゃんの体をそっとそっとバスタオルの上におろしていく。もちろん、お尻の真下には可愛い柄の布オムツが広がってる。
 どくん……どくん……。
 背中が柔らかなバスタオルに触れ、熟しきっていない桃みたいなお尻がふかふかのオムツに触っても、恵美ちゃんはぴくりとも体を動かそうとはしなかった。
 そうして英子さんの胸が恵美ちゃんの顔から離れ、英子さんが恵美ちゃんのお尻の方へ移動した後もまだ、恵美ちゃんの目は夢見るようにゆったりとまばたきを繰り返し、ほっぺが微かに揺れている。
「思い出すといいわ、恵美ちゃん。あなたがまだ自分じゃ何もできなかった頃のことを。ミルクも一人じゃ飲めなくてオシッコも言えなかったあの頃のことを。恵美ちゃんは今から赤ちゃんに戻るのよ。そうして、心ゆくまでママに甘えればいいのよ」
 それまで英子さんの心臓の響きを聞いていた恵美ちゃんの耳元に口を寄せて、英子さんは優しく囁いた。
 それでもまだ、恵美ちゃんは夢見心地のまま。
「それでいいのよ、恵美ちゃん。そうしておとなしくしてる間にママがちゃんとしてあげるからね」
 英子さん、そう囁くと顔を上げ、オムツの上に乗っている恵美ちゃんの下腹部に目を向けた。微かにくびれ始めているウエスト、脂肪がついてきて丸みをおびてきた腰、うっすらと黒い陰に覆われかけている股間。恵美ちゃんの体は今、少女から大人へ変わろうとしている真っ只中にあるんだ。なのに英子さんたら、そんな恵美ちゃんの時計の針を逆さに回そうとしてるみたいだった。
 さて、とでも言うみたいに軽く頷くと、英子さんは両手を動かし始めた。右手で恵美ちゃんの細っこい足首をしっかり掴むと、その手を高く差し上げる。それにつられて恵美ちゃんの膝が伸び、そのまま上へ引っ張り上げられて、腰から下が僅かにバスタオルから持ち上がる。英子さんはそうやって恵美ちゃんのお尻を浮かせたまま左手でオムツとオムツカバーを少し動かして、オムツカバーの腰紐と恵美ちゃんのウエストが同じ位置になるように調節してった。で、その調節がすむと、右手の力をちょっとだけ抜いて恵美ちゃんのお尻をおろしてあげる。恵美ちゃんのお尻が少しだけぷにっと横に広がった。でも、足首はまだ高く持ち上げられたまま。
 足首を高く差し上げられたままになってるせいでぴんと伸びた恵美ちゃんの両脚の間を、英子さんが左手に持った布オムツの股当てが静かにくぐり抜けた。それでもって、今まで英子さんの目に丸見えになっていた恵美ちゃんの恥ずかしいところやお尻の谷間がやっとこさ隠れちゃう。でも見ようによっては、剥き出しになってた下腹部よりも、そうやって(大人びた体になりかけてるくせに)赤ちゃんみたいにオムツで覆われた股間の方がずっとなまめかしく思えるかもしれないね。
「あ、ん……」
 ふかふかの布オムツの感触のせいかしら、恵美ちゃんの口から切ない呻き声が微かに洩れ出した。



戻る 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 続き