美奈の夏休み

5〜羞恥のオシオキ




「いいのよ──って、それ、本気で言ってるの?」
 珍しく私は少し気色ばんで玲子に言った。
 やっとのことで激しい尿意から開放される──たとえ膀胱に溜まっているのがほんの少しのオシッコでしかなく、たとえそれが偽物の尿意だとしても、美奈の体を震わせ、たぶん痛みに近い苦痛さえ与えているだろうその尿意から逃れられると思った矢先に彼女の目の前でトイレのドアをロックするようなことをしておいて、なにが『それでいい』と言えるんだろう? そりゃ、玲子にしてみれば、美奈というのは初対面の見ず知らずの中学生でしかないのかもしれない。でも私にすれば、美奈は妹のようにさえ思っている可愛い教え子だ。その美奈がトイレの前ですっかり気落ちしたようにへたりこんでいる姿を目にした私が玲子にくってかかったとしても、それは仕方のないことだよね?
「いいかげんになさいよ、亜紀。あなたこそ、もう少し状況っていうものを考えたらどうなの?」
 でも、玲子は私の言葉にひるむふうもなく、なんとなく苛ついたような口調で言葉を返してきた。
「……?」
 却って私の方が気圧されたように言葉をなくして、問いかけるみたいな目になってしまう。
「美奈ちゃんをあまやかすのも大概になさいって言ってるのよ。結局、そういう中途半端な態度が美奈ちゃんのためにならないんだからね」
 玲子は決めつけるみたいに言った。
「だって、だって……美奈ちゃんの心の傷を癒すためにも思いきりあまえさせてあげなさいって……」
「それとこれとは別よ──或る程度の準備も終わってからなら、それも必要になるわ。でもね、今はその前の準備段階なのよ。準備が終わるまでは……」
 私の顔にちらと視線を走らせて玲子が言った。それから、足下に崩れ落ちるようにしている美奈の前に立ちはだかって凛とした声で指示をする。
「……いつまでもそうしていても埒があかないわ。もうトイレなんて使えないってことをわかってもいい頃よね?──さ、そこの寝台に横になりなさい」
 その言葉に美奈は微かに肩を震わせ、のろのろと玲子の言う方に顔を向けた。そこ(女性用トイレの入口よりも僅かに奥まった所)には、玲子の言うように小さな寝台がしつらえてあった。高さは六十センチくらいで、全体が柔かそうな、それでいて發水性に優れていそうな明るい色合いの素材に覆われている。ついさっきまでは美奈をここまで連れてくるのに気をとられていて、そんなに目立つ物なのに気がつかなかったのかもしれない。
「あれ……何のための寝台なの?」
 私はぽけっとした表情で尋ねてみた。どうして、トイレなんかにそんな寝台がしつらえてあるのよ?
 美奈も私と同じ思いだったらしく、真っ蒼になってオシッコをガマンしながら、微かに疑わしそうな表情を浮かべている。
「あら、わからないの? じゃ、これでどうかしら」
 玲子はニヤッと笑ってみせると、左手に提げていた紙袋をその寝台のすぐ傍らに置いて、その中からピンクの下着のような物を取り出した──それは、さっき玲子が美奈の目の前に差し出してみせた特別注文のオムツカバーだった。美奈がハッとしたように目を見開き、ぴくっと顎を震わせるのが私の目に映った。だけど玲子はそんな美奈の動きはまったく知らないように悠々とした仕種でそのオムツカバーの前ボタンをぷつっぷつっと外してゆき、目の前の寝台の上にさっと広げてしまう。
 その時になって、私はその寝台と同じような物がしつらえて場所が他にもあることを思い出した。それはスーパーやデパートの女性用トイレの前だったり中だったりするけど、要するに、赤ん坊連れの女性のためにお店がサービスとして設置している寝台だった。その寝台の目的は言うまでもなく、赤ん坊をその上に寝かせてオムツを取り替えるためのものだ。──じゃ、それじゃ……。
「やっと気づいたようね」
 玲子は目を細めて私と美奈、二人に同時に笑ってみせた。
「薬局という場所はね、子供を連れた若いお母さんがいらっしゃることが割と多いのね。だから、こういうものを用意しておくとなにかと喜ばれることが多いのよ」
 玲子の説明を耳にした美奈は左手で股間を押さえ、右手はまだ未練がましく閉ざされたドアに力なく押しつけたまま、弱々しくいやいやをしてみせた。唇が「へ」の字に曲がり、その潤んだ瞳からはいつ涙がこぼれ出しても不思議じゃないようにみえる。
美奈はまるでちっちゃな子供みたいに──母親からなにかを叱られる時のがんぜない幼児のように、ただゆらゆらと、その細い首を力なく左右に振り続けた。
 だけど玲子は──いけないことをした我が子に対しておいたを咎めるように真顔と笑顔の混ざりあった不思議な表情を浮かべた玲子は、その中から大きなベビーピンクのオムツカバーを取り出したばかりの紙袋から今度は白っぽい布地を何枚もつまみ上げて、そのうちの一枚を両手でこれ見よがしに美奈の目の前で広げてみせた。
 それは、白い柔らかそうな生地にブルー、イエロー、ピンクの三色で水玉模様がプリントされた輪に(ぱっと見た時には長方形に見えたんだけど、よく見ると輪っかみたいな感じで縫い合わされてることがわかった)なった布地だった。それが何なのか、知らない人なんていないよね──そう。それは、柔らかなドビー織りの布オムツだったんだ。ただ、それは私がよく知っている(兄の子供が赤ちゃんだった頃に使っていたような)布オムツに比べると随分と大きなサイズに縫ってあるように思えた。
 まるでチックのように瞼をひくひくと震わせながら、それでも磁石にでも吸いつけられるみたいに布オムツから目を離せなくなっちゃってる美奈が見守る中、玲子はその大きなオムツをゆったりした手つきでオムツカバーの上にそっと敷き広げた。一枚、二枚……美奈が脅えたように、そして私が好奇に充ちた目で眺めている中、玲子は結局、横向きに二枚と縦に四枚、合計六枚の布オムツをオムツカバーの上に広げちゃった。

「これでいいわ。──さ、いらっしゃい、美奈ちゃん」
 玲子は少し腰をかがめ、美奈の顔を覗きこむようにして言った。それは、まるでこれまでが嘘のような、ひどく穏やかで優しい声だった。
 すると、さっきまではあんなに脅え、玲子に睨まれるだけで体をすくませてさえいた美奈が、ついふらふらととでも表現すればいいんだろうか、とにかくふわっと立ち上がって、玲子が手招きするのに合わせて寝台の方に歩き始めたんだ。もちろん、美奈の歩き方はかろやかなんてものじゃない。ちっともマシにならないどころか時間と共にいよいよ激しくなってくる(なのに、それで膀胱がどれほどオシッコで充たされてるかってことにはあまり関係ない)尿意に打ちのめされ、意識の大半が下半身に集中させられて、形のいい唇からは微かにえっえっという嗚咽にも聞こえる呻き声を洩らしながらぽとぽと歩いて行く美奈の姿は痛ましくも滑稽でさえもあるように見えた。
なのに、そんなにしてまで美奈は、玲子の手の動きに操られるように寝台の傍らへ歩いてくんだ。
 私はまるで、催眠術の実演を目の当たりにしたような不思議な感覚に浸っていた。
 そこへ、私の耳元に口を寄せて玲子が囁きかけてくる。
「そんなに不思議そうな目をすることはないわ」
 不思議じゃないって言われても、これのどこが不思議じゃないってのよ?

 美奈にしてみれば今日はじめて顔を会わせた玲子、しかもやたらと高圧的ひどい仕打ちをして、しかも中学生にもなる美奈にオムツをあてようとしている玲子、そんな玲子の言葉に、なのに美奈がどうして従おうとしているのか。
 私のそんな思いを読み取りでもしたのか、玲子は平然と言葉を続ける。
「私が美奈ちゃんにあんなひどいこと──恥ずかしいオムツカバーを目の前に突きつけたり、やっとのことで辿りついたトイレのドアを目の前で閉めちゃったり、それに、美奈ちゃんの弁解なんて一言もきかずに一方的に私の言いたいことだけ言ったり──をした理由がつまり、こういうことだったのよ」
「……?」
「初対面の私からああいう扱いを受けた美奈ちゃんは多分、私のことを憎んだことでしょうね。でもそれにもまして、恐怖に近い感情を抱いて随分と脅えたことだと思うわ。しかも激しい尿意の中で襲ってくる理不尽な仕打ち──そんな極限に近い状況で美奈ちゃんの心が軽いパニックを起こしかけたとしてもちっとも不思議じゃないわよね?」
「あ?……ええ、まあ……」
「そんなところへね、急に優しい声で囁いてあげるの。さ、いらっしゃい──ってね。憎しみと脅えとで心の表面にが凍りつきそうになってる時、それをふにゃっと溶かしちゃうほどに温かい声で優しく甘く囁かれ呼ばれたら……わかる?」
 そう言ってから、玲子はちらと美奈に視線を投げかけた。
 それは、ほらごらんなさい、とでも言っているような仕種だった。
「あ」
 私は両手の掌で口を押さえた。じゃ、あのひどい仕打ちは……。
「どういえばいいかしらね。”緊張と緩和”──というと大袈裟かしらね? でも、つまり、そういうことなのよ。ぎりぎりまで締めつけられてた精神を一瞬にして緩められた時、美奈ちゃんの心は私という存在をいともたやすく受け容れてしまうの。もうこれで、美奈ちゃんは私の言葉にとても素直に従う筈よ」
「そのために……」
「言った筈よ──亜紀のマンションで美奈ちゃんをあまえさせてあげなきゃいけないってことはことは認めるけど、今はそれ以前の準備段階の時だって。亜紀や私の言葉に美奈ちゃんが素直に従うような状態に追い込む必要があるんだって」
 玲子は、唇の端を少し持ち上げるみたいな笑みをみせた。
 私はただ、玲子の説明に相槌を打つことしかできなかった。まさか玲子がそこまで考えてたなんて……あの美奈への仕打ちがみんな計算尽くだったなんて……。

 だけど──だけど、あれ?
 玲子の言葉を信じるなら今ごろ美奈は寝台の上に(柔らかな布オムツをお尻の下に敷きこんだ羞ずかしい格好で)横になってなきゃいけない筈なのに。
 美奈ったら、寝台の傍らに突っ立ったままもじもじしてるよ?
 玲子もそのことに気づいたみたい。やれやれとでもいうように、ちょっと肩をすくめてみせた。だけど、あまり慌てた様子はない。結局は美奈は自分の言う通りに行動することになるんだってことをちっとも疑ってないみたいだ。
 玲子はますます唇の端を吊り上げて美奈の側に立った。
 美奈は、尿意による苦痛の表情を浮かべた顔を慌ててそむけた。
 そこへ、玲子の叱責の声が飛ぶ。
「なにしてるの、美奈ちゃん。さっさと寝台に上がらなきゃだめじゃない」
「あ、でも……んん……」
 美奈は言葉にならない喘ぎ声で応える。もう限界はすぐそこまでやってきてるだろうに、それでもまだ玲子に逆らわずにはいられないんだろうか(そりゃ、ま、中学生にもなってオムツをあてられるっていう屈辱と羞恥とは並大抵のものじゃないでしょうよ)。
「そう、まだわからないの。──仕方ないわね、その体に教えてあげるわ」
 玲子の目がらんと輝いた。
 美奈は思わず身をひこうとする。
 その手をつかまえて、玲子がぐいっと引いた。どちらかといえば小柄な私よりもまだ頭一つ小さな美奈の体が、友人たちの中でも大柄な玲子の手を振りほどくことなどできるわけがない。美奈は突っかかるような姿勢で玲子の体に倒れかかった。その右肩を左手で支えるようにつかむと、右手を離すと同時に、とんと押す。美奈の体が、まるで映画でも観てるみたいにくるりと回り、そのまま勢い余ってむこうへ倒れかかる。その腰に両手を廻した玲子は、さして力を入れるふうでもなく軽々と美奈の体を抱き上げてしまう。美奈は玲子の手から逃げようとして手足をじたばたと動かして……あ、ううん。動かしかけたけど、じきにやめちゃった。ただでさえ玲子の両手で下半身を圧迫されてるところへそんな余分な動きなんかしたらどうなるか、美奈もわかったんだろう。ひょっとしたら、ちっちゃな滲みの一つくらい、もうショーツにつけちゃったかもしれない。
 美奈をいとも簡単に抱え上げた玲子は、ひょいって感じで、その体をうつ伏せのまま寝台の上に載っけちゃう。もともとは赤ちゃんのオムツを取り替えるための寝台だから美奈にはちっちゃくて手や脚なんかは半分ほど外へ出ちゃうんだけど、でも、体だけはちゃんと載っていた。まだ殆ど膨らんでもいない胸とへこみ気味のお腹、そして腰の辺りで体重を支えるみたいにして、美奈の体はべちゃって感じで寝台の上に腹ばいにさせられちゃったんだね。そんで、玲子の左手が、美奈が勝手に動けないように背中を押さえちゃう──私の頭の中に、標本箱にピン留めされた可憐な蝶々の姿が浮かび上がっきた。
「あふ……ひん……」
 美奈の口から言葉にならない声が洩れてきた。
 でも玲子はそんなことなんかてんで無視して左手で美奈の体を寝台に押し付けたまま、右手で、緑色のチェック柄になってるスカートをさっと捲くり上ちゃったんだ。
「あん……」
 美奈の顔が(それまでは血の気が退いて真っ蒼だったのに)真っ赤に染まった。特にほっぺと耳たぶなんて、それこそ火がつきそうなくらいに。
「さて、と。おいたばかりする悪い子がどうなるのか、今からたっぷり教えてあげましょうね」
 スカートの中から現れたいかにも中学生らしい純白のショーツ(なにげなく股間の方に廻りこんで両脚の間から覗きこんだら、ちょっと黄色くなった滲みができてたけどね)のウエスト部分をくいって引き上げながら玲子が言った。
「やだ、それは……」
「静かにしてなさい。こうでもしなきゃ、美奈ちゃんは素直ないい子になれないんでしょうに」
 美奈の言葉を冷たく遮って、玲子はショーツのゴムを脚の方に引きおろした。
 まだ熟していない固い桃の皮を剥くみたいに、白いショーツがぺろっとおろされる。
その中から出てきたのは、まぎれもなく白い桃だった。これからまだまだ瑞々しくなるだろう発育途中の、誰にもみせたことのない白い桃のようなぷるっと弾力のある小さなお尻。
「だめぇ」
 美奈は顔だけを振り仰いで呻いた。
「あら、そう。そんなにイヤなの」
 玲子が途中で手を止めた。そのおかげで美奈のショーツは完全にはずりおろされることだけは免れたようだ。とはいっても、二つの丸い山に挟まれた谷間は殆ど姿を現してしまっている。ただ、ショーツの前の方は美奈の体と寝台との隙間にあるためにあまりずれもせず、かろうじて女の子の最も恥ずかしい部分だけは隠したままになっているみたいだ。
「うふふ。でも、これで充分だわ」
 言うが早いか、玲子は右手を天井に向けて振り上げた。
 その気配を察したのか、美奈が思わず体を固くしてぎゅっと目を閉じた。
 次の瞬間、店内の空気を震わせるパシーンという音が私の耳を打った。
「いやーっ」
 まだその音の余韻が消えないうちに美奈の悲鳴が響く。
 美奈のお尻の白い肌に、玲子の手形がくっきりと赤く残った。
「まだよ。あなたみたいに聞きわけのない子には、まだまだオシオキしてあげなきゃいけないのよ」
 再び右手を振り上げながら、玲子が幼児に言い聞かせるような口調で言った(その声がちょっとばかりうっとりしたような、なにやら笑いを含んでいるように聞こえたのは私の気せいばかりじゃないように思うんだけど)。
 若く張りのある白い肌がピシャーンと鳴ると同時に、固く閉まった丸いお尻がぶるんっと震えた。



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