美奈の夏休み

8〜リュックの秘密




「さ、これで準備はおっけいと。じゃ、行きましょうか」
 スカートの裾をしきりに気にしてもじもじ身をよじっている美奈の様子を眺めながら、わざとのような明るい声で玲子が言った。
「みゅあ?……あむぁ……」
 美奈がハッとしたような顔つきになって、言葉にならない言葉で問い返した。口にふくまされたオシャブリのせいでちゃんと喋れないんだ。それなら吐き出しちゃえばいいのにって言われるかもしれない……でもだけど、いつのまにか美奈は、玲子の指示がなきゃオシャブリを吐き出すことさえできない精神状態に追い込まれてるんだってことが私にもハッキリ感じられるほどになっていたんだ。オムツを広げた寝台の上にうつ伏せで寝かされてお尻をぶたれながらとうとうオモラシをしちゃって、そのオモラシで濡れたオムツで下腹部を包まれ、しかも口には赤ちゃんみたいにオシャブリを咥えさせられた美奈。そのまま幼児みたいに両手を引かれて寝台の側に立たされ、少しでも油断してるとミニスカートの裾からオムツカバーをのぞかせちゃうような恥ずかしい姿にされた美奈。そうなるまでに、いいようのない羞恥と屈辱と情け無さと不安と脅えと──そしてたぶん、自分でも気がついていないだろうけど──甘酸っぱい甘えと悦びとを胸の中に渦巻かせるようになっちゃった美奈。
 そんな美奈は今、おそらくは完全に玲子に取り込まれているにちがいない。全てを誰かの手に委ねなきゃ生活できない幼児のように、美奈は今、なんでもかでも玲子の指示を受けなきゃ何もでもないような子になっちゃってる。たとえそれがどんなにか美奈自身にとっては羞恥と屈辱に充ちたことであっても。
 ううん、実際にはそこまでいってないかもしれない。いくらなんでも、たったこれだけの短い時間で美奈の心をそこまで取り込むことは玲子にだってできるもんじゃないかもしれない。でも、だけど、とにかく美奈が、玲子のこれまでの仕打ちのせいで、玲子に指示されたことだけする(言いかえれば、指示されなきゃなにもできない)ような精神状態に追い込まれちゃってるってことは確かだった。
 でも、そんな美奈にとっても、玲子が口にした『行く』って言葉にはひどい不安と脅えを感じたにちがいない。まさか、こんな恥ずかしい格好のまま外へ……。
「そうよ。準備もできたし、これから亜紀のマンションへ行くのよ。もちろん、美奈ちゃんはその格好のままでね。途中でオシッコしたくなったら困るけど、オムツをあてたままなら大丈夫だもの」
 玲子は、美奈の言葉にならない言葉に対して平然と応えた。
「あ、んん……あんむ……」
 美奈は玲子から逃げるように体をひき、ぶるんと首を振った。
「あら、どうしたの? せっかく大好きな亜紀先生のマンションへ行けるっていうのに、なにをそんなにダダをこねてるのかしら?」
 玲子はずいっと美奈の目の前に近づくと、オシャブリの先をぴんと人差指で弾いておかしそうに微笑んだ。そして、何かに気がついたような表情を浮かべて穏やかに言葉を続ける。
「ああ、そうだったわね。いくらオモラシの治らない赤ちゃんだっていっても、オシャブリを口にしたままじゃ恥ずかしいわよね。いいわ、それは亜紀のマンションにつくまで許してあげる。ほら、お口をあーんしてごらん」
 玲子のその言葉に、美奈は幾分ホッとしたような顔つきになっておどおどと口を開いた。美奈が口にふくんでいたオシャブリが玲子の掌の上にぽとりと落ちる。ぷくんと膨れたゴムの部分に美奈のヨダレが絡みつき、てらてらと光って見えるのがなんとなくなまめかしく思える。玲子はそのオシャブリを何かいとおしい物でも抱くようにそっと掌に包みこみ、白衣のポケットに優しく滑り込ませた。
「……あの、オムツは……?」
 やっとのことでオシャブリから開放された美奈が、小動物が飼い主に何かを求めるような目つきになっておずおず言った。
「ん? オムツのことはさっきも言った筈よ。亜紀のマンションまでにオモラシしそうになった時のためにそのままにしておきましょうって」
 だけど玲子は、美奈の懇願なんかてんで無視して応えた。
「だけど、だって……このままお外を歩くなんて……」
 美奈は、スカートの前を押さえてる両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「あらあら、そんなことちっとも気にしなくていいわよ。いくらスカートが短くてオムツのせいで膨らんでるからっていっても、そうそう簡単に捲くれ上がることなんてないんだから。それに、気になるようなら、バッグは亜紀に持ってもらって、美奈ちゃんはスカートの裾を押さえていればいいんだから。……ね、亜紀?」
 玲子が、意味ありげなウインクを寄こした。
「あ? ああ、うん、そうね」
 私は玲子が何を言いたいのかわからないまま、でも、玲子のことだから何か考えがあるんだろうと勝手に納得しながら(んーむ。これじゃ、玲子の指示に無条件に従うようになっちゃった美奈とあまりかわらないわね。これって、玲子の特技かなにかなんだろうか?)ぽつりと同意してみせることにした。
「──ということよ。これでいいわね?」
 私の返事を聞いた玲子は、有無を言わさない強い調子で美奈に言った。
「……」
 玲子の精神的な虜になっちゃってる美奈には、こくんと頷くことしかできなかった。
「はい、それでいいわ。じゃ、お出かけの準備をしましょ。ついてらっしゃい」
 美奈がまたあれやこれやと言い出さないうちにとでもいうふうに、玲子はパンと両手を打って決めつけた。そして、自分がハサミで切り裂いちゃった美奈のショーツの切れ端をつかみ上げると、ふんと鼻を鳴らして、近くの屑籠に無造作に放り入れてさっさと歩き出してしまう。美奈はなんとなく悲しそうな表情をちょっと浮かべたけど、結局は何も言わずに、玲子のあとに従ってとぼとぼと足を踏み出した。私も、その美奈の背中を見つめるように歩き始めた。そこでどんなことがあったのかなんて全く知らぬげに、柔らかな素材で包まれて寝台だけが静かに佇んでいた。




 再びカウンターの前に戻ってきた私は、いつのまにか玲子が店の奥にしまいこんでいた美奈のバッグを渡された。さっきも言ってたように、美奈の両手を自由にしておいてあげるためだ。
 そして、見てる間に玲子も白衣を脱ぐと、その下に着ていたトレーナーの上にカジュアルなサマージャケットをはおり、まるで重さなんて感じさせない身振りで大きな手提げバッグを持ち上げた。
「へ? なによ、そのバッグ?」
 私は、玲子が手にしたバッグを睨みつけて尋ねた。
「なによ?って──夏休みの間、亜紀のマンションで暮らすんだもの。これくらいの着替えは要ると思うんだけど?」
 玲子の方も、いったい何を言ってるのよってな調子でのほほんと訊き返してきた。
「え、じゃ……玲子も来る気なの?」
「あ、なによ、その言い方。なーに、私が行っちゃ迷惑だっていうの? でも考えてごらんよ──私がいなきゃ美奈ちゃんのオムツもまともに取り替えてあげられないんだよ? それに……」
 玲子は横目で美奈の顔をちらと見ると、すぐに視線を私に戻して意味ありげにニッと笑ってみせた。
「そりゃそうかもしれないけど……」
 私はなんとなく胸の奥深いところがざわつくのを感じながら、そう言って言葉を濁した。それ以上何かを言うと、なにかとんでもないことになっちゃいそうな予感を漠然と覚えたからだ。玲子、あなたは……。
「いいわね? じゃ、行きましょう。──あ、そうそう」
 ジャケトットの裾をふわっと翻らせて歩き出そうとした玲子だったけど、何かを思い出して足を止め、すっとしゃがみこむと、足下に置いてあったらしいリュックサックを持ち上げた。キャンプに行く時に使うような大きなリュックじゃなくて、もっと小振りで可愛らしい感じの(アニマルバッグっていうんだっけ? 動物のヌイグルミみたいに見えるリュック)だった。玲子はそのリュックを美奈の方に差し出して言った。
「美奈ちゃんのバッグは亜紀が持ってるけど、それと私のバッグだけじゃちょっと荷物が入りきらないのよ。これなら背中に背負っていれば両手は塞がないし、持ってくれるわね?」
「あ、ああ、はい」
 スカートの前を押さえ後ろを押さえ、裾が捲くり上がっちゃわないかとそればかりを考えて気もそぞろになってる美奈は、リュックをよく見もしないで簡単に応えた。
「じゃ、お願いね」
 美奈の返事を聞いた玲子はそう言うと軽い足取りで美奈の背後に廻りこみ、手に提げたリュックを美奈の背中に押し当てた。それから、美奈の両手をバンザイさせるように肩の上に上げさせ、リュックのストリングを通し始める。
 美奈が両手を上げて窮屈そうな格好で曲げると、身に着けているブラウスが上の方に引っ張られるみたいになってちょっとずり上がり、そのままスカートももち上がってしまう。と、それまではかろうじて中に隠れていたベビーピンクのオムツカバーが三分の一ほどスカートの裾からのぞき、可愛い仔熊を描いたイラストのアップリケがちらと見えてしまう。
「きゃん」
 美奈は慌てて両手でスカートを引きおろそうとしたんだけど、リュックを背負わせようとしている玲子にその手をむんずとつかまれて自由を奪われてしまった。
「ほらほら、まだちゃんとできてないんだから、そんなに暴れないでちょうだいね。今はリュックが先なんだから」
 玲子は美奈の腕をムリヤリ折り曲げるみたいにして、強引にリュックのストリングに通させていく。そのせいでますますブラウスが上に引かれ、それにつれてスカートもずり上がってしまい、オムツカバーがいよいよはっきりと私の目に映るようになってくる。トイレの寝台に寝かせた美奈のお尻を包みこんでいくオムツカバーをじっと見ていた時にはそうでもなかった(っていったって、そりゃ私だって自分のことでもないのに、ほっぺが真っ赤になるほど恥ずかしく感じてたんだけどさ)のに……なのに、こうしてスカートの裾からちらと見えるオムツカバーを目にした私は、胸がきゅんと締めつけられるみたいな息苦しさに襲われちゃったんだ。なんていうか──玲子に腕をつかまれてマリオネットみたいに体をよじらせる美奈が穿いてるスカートの裾からピンクのオムツカバーがちらちらと見える様子は、小柄な美奈の可愛らしさとか頼りなげな感じとか弱々しい身振りとかが相まって、(えーと、女の子どうしでこんな表現していいのかどうかわかんないんだけど)妙に”そそられる”というかなんというか。よく男の子が「女の子のストレートな裸よりも、ちょっとパンティなんかがちらと見える方が感じるぜ」みたいなこと言ってるけど、その気持ちがわかっちゃったというか。くぅ〜ん、私ってひょっとして”Sさん”だったのかしら?
 ま、それはともかくとして。
 そんなこんなで、とうとう玲子は美奈の背中にリュックを背負わせちゃった。で、やっとこさ美奈の両手が空いてスカートを引き下げることができました。めでたしめでたし……って言いたいんだけど、でも実際はそうでもなかったんだよね。美奈が背負ったリュックのストリングが(玲子がわざとそうしたのかどうかは知らないけど)かなり絞りこんであって、両手が自由になっても結局ブラウスは引きつったままだし、というよりも、肩口から胸元の生地にかけてさっきよりよけいにひどくぐいって引っ張られた感じになっちゃって、スカートの特に前の方がくんってもち上げられちゃったんだ。もちろん美奈は慌ててスカートの裾をぎゅっと掴むと、えいとばかり力を入れて引き下げた。すると今度は、スカートと一緒にブラウスの胸元の生地がふっと緩むのと同時に、背中の方がぴっぴっぴってずり上がってきて──オムツカバーに縫い付けられたアップリケが丸見えになるほどスカートの後ろの方が上に行っちゃって。
 三枚の股当ての布オムツでふんわりと膨らんだオムツカバーの前の方(あ、こういう言い方をすると、成育した女の人が穿いてるスキャンティの大事な部分の周囲がこんもりと膨らんでる様子を想像する人がいるかもしれないね。でも、そういうふうな、いわゆる”秘丘の土手のせいでもち上がってる”のとは違ったカタチだよ)と、横当てと股当てとが絡み合った絶妙な膨らみのせいでアップリケの仔熊が笑ってでもいるように見えるオムツカバーの後ろの方が交互に見えたり隠れたりしてる光景。それは、奇妙なシーソーみたいだった。玲子と私は互いに目を見合わせ、なんとなく微笑ましいものを見るような目で、美奈がきゃっきゃっと可憐に叫びながらスカートの前と後ろとを押さえ引きおろそうとしている様子を見物していた。
 で、そうこうしてるうちに美奈もいろいろとやってみて、とうとうスカートをずり下げることに成功したんだけど。でも今度は、勢い余って下げ過ぎちゃったみたい。
だから、スカートの裾から見えてたオムツカバーは隠れちゃったんだけど、その代わり、おヘソのすぐ下まで覆ってるオムツカバーの腰紐とかホックとかがスカートのウエストラインよりも上に出ちゃって、今度はブラウスのすぐ下からまともに丸見えになっていた。
 ガラスのカウンターに映る自分の恥ずかしい姿に泣きべそをかきながら、それでも美奈は健気にもスカートを整え、ブラウスのシワを伸ばし、なんとかかんとか、オムツカバーが見えちゃわないようにだけはしたみたい。うんうん、頑張ったんだね。美奈ちゃんはいい子だ(もっとも、自分で頑張らなきゃ誰も助けてくれないんだからそれもムリのないハナシだった。そのみっともない姿でお出かけしなきゃいけないのは他ならない美奈自身なんだから)。

「ふぇ、ふぇ……ふぇ〜ん」
 美奈がとうとう泣き出しちゃったのは、なんとか人前に出られる格好になったすぐ後のことだった(美奈にしてみれば、スカートの下にオムツをあててる状況は変わってないんだから、とても”人前に出られる”気分じゃないだろうけど)。
 私は、どうしよう?というふうに玲子の顔を見上げたんだけど、玲子はちっとも困ったふうもなく、ちょっとだけ肩をすくめてみせると、右目で軽くウインクをしてよこした。そうして、美奈が背負ってるウサギのヌイグルミみたいなリュックのジッパー(ジッパーは、ウサギの背中を割るみたいに縦に一本と、喉笛を切り裂くみたいに横に一本ついてた。うう、こんな表現をすると、可愛いのか不気味なのかよくわかんないアニマルバッグになっちゃうかな?)のうち横開きの方(つまり、喉笛を切り裂く方ね)をジーッて開けると、何かをつかみ上げた。
 それは柔かそうなプラスチックみたいな素材でできてるようで、そんで、玲子が軽く振ってみせると、カラコロカラコロと軽やかな優しい音をたてるんだ。
「玲子、それって──ガラガラじゃないの?」
 その優しい音を耳にしてなんとなく心がなごむような気になりながら、私はちょっと訝しむみたいな声で訊いてみた。
「そう、赤ちゃんをあやすのに使うガラガラよ。私たちの目の前で泣きじゃくってる可愛い赤ちゃんをあやすためのね」
 玲子はクスッと笑って応えると、手にしたガラガラをカラコロと振ってみせながら美奈の目の前に移動した。そうして少し腰をかがめ、美奈の顔を優しく覗きこむようにして、更にガラガラを目の前で振り続ける。
 だけど、美奈がそれで泣きやむわけもなかった。まるで赤ちゃんみたいにガラガラであやされたりしたら、美奈にしてみれば却ってバカにされたように感じてよけいに感情を不安定にし、いつまでも泣き続けちゃうなんてこと、玲子が気づかない筈がないのに。
「ね、玲子──それよりも、どうしてそんな物がリュックに入ってるのよ?」
 私はちょっと呆れたような声を出していた。
「あら、わからない? いいわ、私が美奈ちゃんをあやしてる間に、リュックの中を見てごらん」
 玲子は悪戯っぽく僅かに鼻を動かして応えた。
 その言葉に好奇心を刺激された私はつっと足を踏み出して美奈の背中に廻りこみ、玲子が開けたままにしているジッパーをもう少し大きく開いて、リュックの中を覗きこんでみた。
 まず最初に私の目にとびこんできたのは、リュックにぎっしり詰め込んである布オムツだった。いま美奈のお尻を優しく包みこんでいるのと同じ水玉模様のもあれば動物柄がプリントされたのもあったけど、ふんわりと柔かそうな生地でできてて一枚一枚がきちんと折りたたんであるその布地は、布オムツにちがいなかった。そして、その布オムツの上には、大きなオムツカバーが置いてある。そのオムツカバーは淡いレモン色で裾の方には白いレースのフリルがあしらわれてたけど、サイズはちょうど、美奈が身に着けているのと同じように仕上げられているみたいだった。



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