美奈の夏休み

12〜亜紀の部屋




 でも、だけど、そんな私の努力はムダだったみたいだ。
 なにをどうしてみても結局は胸の中の激しい感情の揺らめきを完全に隠しとおすこてなんてできるもんじゃない。たぶん私は、いくぶん表情をこわばらせてしまったにちがいない。
「あらあら、どうしたのよ? いったい何をそんなに怖い顔をしてるの?」
 まるでヌイグルミでも抱くように美奈の体に両手をまわし、髪にほっぺをすり寄せていた玲子が、私の表情の変化に気づいて面白そうな口振りで訊いてきた。
「……」
 でも、自分の心の中に何が起こっているのかなんてちってもわからない私は口を開くこともできなかった。
「ひょっとすると亜紀、あなた、美奈ちゃんに嫉妬してるんじゃない?」
 押し黙ったままの私に、玲子はちょっとだけ首をかしげて、思いもかけないことを言った。
「嫉妬?」
 思わず私は固い声で問い返してしまう。
「そう、嫉妬よ。私がこうして美奈ちゃんを抱っこして可愛がってるのを見て、ついついヤキモチを……」
 玲子は挑発するように笑って尚も言い募る。
「冗談はよしてよね。私が美奈ちゃんと玲子の仲を妬いてるですって? ふ、ふん。そんなバカなことがあるわけないじゃないのよ」
 私は玲子の言葉を遮って甲高い声で叫んでしまう。と、ルームミラー越しに運転手が私の様子を窺っている気配を感じた。私は一度だけ深く息を吸いこむと、声をひそめて言葉を続けた。
「だいいち、どうしてそんなことを私がしなきゃいけないっていうのよ」
 だけど、玲子が言った『嫉妬』という言葉に私の心はひどく敏感に反応していたんだ。その言葉を耳にした途端、私の胸の中の真っ赤な炎の正体にムリヤリ気づかされたのも確かに事実だった。そして私が、自分の心の中を見透かされたことで思わず声を荒げちゃったんだってことも認めるしかない。でも、それでも、どうして私が美奈に嫉妬を覚えなきゃいけないのかってことはまだわからないままだった。
 そんな私の言葉に、だけど玲子は微かに笑ってみせただけで何も応えなかった。
 自分がオネショをしちゃったことにも気がつかずに、美奈はすやすやと安らかな寝息をたてていた。




 それから二十分くらいも走ってから、私たちを乗せたタクシーは一軒のマンションの前に停まった。それが私の住んでいるマンションだ。新婚さんや小人数の家族向けの賃貸マンションだから私みたいに独りで暮らしてるとちょっと広すぎるような気もするんだけど、こうして玲子や美奈が一緒に生活するってことになると適当な面積かもしれない。
 タクシーの窓の外を流れて行く景色を見つめたまま一言も喋らずにいる間に少しは気持ちが落ち着いてきた私は、メーターよりも少し多めの金額を運転手さんに手渡してから二つのバッグを肩にかけて車からおり立った。私に続いて、美奈を横抱きにした玲子が腰をかがめておりてくる。私はふと思いついて、玲子のスカートに目をやった──どうやら美奈のオムツカバーからオシッコが溢れ出すことはなかったようで、玲子の真新しいスカートには滲み一つ付いてなかった。
「大丈夫みたいね。ま、オネショしちゃったっていっても、それほどの量じゃないんだから溢れ出すこともなかったんでしょうね」
 私の視線に気づいた玲子が、走り去って行くタクシーを横目で見送りながら言った。
そして一人でクスッと笑うと、悪戯っぽい口調でこうも言った。
「でもまさか、そんなこと、あの運転手さんに話すわけにもいかないものね? 美奈ちゃんの病気のことをみんな教えちゃうなんてこと」
「……」
 どう応えていいものかわからずに私は曖昧に頷くと、マンションのエントランスホールに足を踏み入れた。そのあとを、美奈の体を軽々と抱えた玲子がついてくる。
 ちょうどエレベーターがおりてきて扉が開くところだった。私は玲子のすぐ側に立ち、美奈のスカートの中が誰にも覗きこまれないよう身構えた。それと殆ど同時にエレベーターから一人の若い女性がおりてきた。その人の顔を見て私は少し緊張を解いた。──よかった、知らない人だ。両隣の部屋には夏休みの間、知り合いの子を預かるってことは知らせてるんだけど、まさかオムツをあてて生活させるってことまでは話してないから、こんな所でばったり出会って偶然にでもスカートからのぞいてるオムツカバーを見られたりしたら説明に困っちゃうもんね。
 エレベーターに乗りこんだ私は急いで[閉]のボタンを押した。
 結局、六階でエレベーターをおりて自分の部屋に辿りつくまで、私達は誰にも会わずにすんだんだ。ああ、よかった。

 ロックを外したドアを開けて廊下に上がると、右側にダイニングルームを兼ねたリビングが広がっている。廊下を挟んでリビングの向かい側にトイレと和室が並んでいて、その更に奥に洗面所とバスルーム。リビングの奥は、私が寝室に使っている洋間になっている。つまり、2LDKってことだ。ここに一人で住んでるんだから、学生としては随分と贅沢だって言われても仕方ないかもしれないね。
 私はとにかく大きなバッグをリビングに放り出すと、美奈を抱えたままの玲子を招き入れた。
 美奈をカーペットの上に(これはバッグとちがって放り出すわけにはいかず)そっと抱きおろすと、ストリングを緩めて背中のリュックを外してしまってから優しく体を横たえさせた。と、さすがの玲子も疲れが出てきたのかホッとしたような顔になる。
小柄だとはいっても中学生を抱いたままタクシーに乗りこみ、その後もここまで抱えて連れてきたんだからたいしたものだ。
「コーヒーにしようか? それとも紅茶?」
 自分の部屋に戻ってきたことで、さっきまで心に抱いていた玲子へのわだかまりも消えてしまったように私はにこやかに言った。
「んーと、冷たい紅茶がいいわね。ある?」
 玲子はエアコンから吹き出す空気に体をさらすようにしながら応えた。
「いいわよ、作り置きしてあるから。レモンでいいでしょ?」
「うん、お願い。──あ、ちょっと待って」
 私がキッチンへ歩き出そうとしたところを、急に何か思いついたみたいな玲子に呼び止められた。
「ん、どうかしたの?」
「お茶の前にね、美奈ちゃんのオムツを取り替えてあげようかと思うのよ」
「あ、そうか」
 そうだった。美奈はオモラシで濡らしちゃったオムツをそのままあてられて、更にその上、炎天下の歩道を歩いて汗をかき、タクシーの中じゃ玲子に抱っこされたままオネショまでしちゃってたんだっけ。一度一度のオモラシの量はしれてるっていっても、それが二度になって、しかも汗でじくじくしてるんだから、もうオムツカバーの中はぐしょぐしょになってるかもしれない。それに、濡れたオムツのままで体を動かしたりしたら、濡れた雑巾を絞るみたいなもので、せっかく吸収されたオシッコがオムツカバーの外へ洩れ出すこともあるかもしれない(玲子のスカートは幸いにも無事だったけどね)。
 でも、それにしても。『オムツを取り替える』という玲子の言葉を意識がある時に聞いたら、美奈はどんな気がするかしら。『オムツをあてられる』というだけでも充分に羞ずかしいことにはちがいない。でも、だけど、それだけなら、誰かに無理強いされて(美奈の場合だったら、初対面の怖いおねえさん・玲子だよね)まるで脅されるみたいにしてムリヤリそうさせられちゃったんだという言い訳もできるかもしれない。それが『取り替えられる』なんてことになったら、その羞ずかしさは想像もできないほどに激しくなるにちがいない。だって、取り替えられるってことは、少なくとも一度はオムツを汚しちゃったってことになるんだから。たとえムリヤリあてられたオムツでも、実際にそれを濡らしちゃうってことになれば、もう言い訳もなにもできなくなるんだから。それに、そうやってオムツを外してもらえずに再びあてられるってことは、またいつそれを汚しちゃうかもしれないって言ってるのと同じことなんだから。
 私の言葉を待つまでもなく、美奈の側に膝をついた玲子はスカートのサイドジッパーを引きおろした。それから美奈のお尻の下に右手を差し入れて僅かに持ち上げ、左手でスカートのウエスト部分をつかんで足首の方へゆっくりずらし始める。
「スカート脱がせちゃってもいいの?」
 私はちょっと気になって尋ねてみた。
「いいのよ。私たち以外の誰かがいるわけじゃないんだし、美奈ちゃんがオムツをあててるってことを隠しておく必要はもうないんだもの。それに、たぶん美奈ちゃんはこのままあと二〜三時間くらいは目を醒まさない筈よ。せっかく気持ちよくオネムしてるのに、スカートなんて穿いてたら却ってジャマになっちゃうわ」
 とうとう玲子は美奈のスカートをすっかり脱がせてしまった。可愛いピンクのオムツカバーがほんとに剥き出しになっちゃった。
 玲子はオムツカバーのホックに指をかけて外しかけた。でも急にその手を止めると、私の顔を見上げて言った。
「このままオムツカバーを開いてオムツを広げちゃったら、せっかくのカーペットが汚れちゃうかもしれないわね?」
「ああ、うん。……バスタオルを持ってこようか?」
 私は廊下の方へ歩き出そうとした。
「ううん、バスタオルよりも便利な物を用意しておいたからいいわ。美奈ちゃんのバッグを開けてみて」
 でも玲子は、私の言葉をやんわりと遮った。
「美奈ちゃんのバッグ? それはいいけど……」
 そのバッグの中身は、美奈の家で私がもう確認している(そして、オムツの上から身に着けるには窮屈そうなキュロットなんかを引っ張り出しちゃったんだ)。それを今更なんだろう? そうは思いながらも、私は玲子に言われるまま美奈のバッグを開けてみた。
 で──あれ? そのバッグに入っているのは、私には見憶えのないものばかりだった。美奈が用意していたトレーナーもブラウスもそこにはなくて、見たこともないようなパステルカラーの衣類や淡いブルーのシーツみたいな物が目にとびこんでくる。
「何してるの? 早くしてあげなきゃ、美奈ちゃがかわいそうよ」
 首だけをこちらに向けて玲子が言った。
「え、だって……」
「だって……じゃないわよ。可愛い妹がオムツを汚しちゃって取り替えてもらうのを待ってるのにオネショシーツも持ってこれないなんて、困ったお姉ちゃんね」
 玲子は、まるで若い母親がそうするように、からかうみたいな口調で言ってこちらへ歩いてきた。
「オネショシーツ……?」
 私はわけがわからず、すぐ横に腰をおろした玲子に問い返した。
「あら、オネショシーツも知らないの?」
 玲子は、わざとのように意外そうな声を出した。
「……ちがうわよ。オネショシーツがどんなものかってことくらい私も知ってるわよ。ただ、どうしてそんな物が美奈ちゃんのバッグの中に入ってるのか訊きたいのよ」
 私はあらためて、美奈のバッグに入っているブルーのシーツをみつめた。防水性のよさそうな生地で覆われたそのシーツがたぶん、玲子が言ってるオネショシーツなんだろうと思う。でも、どうしてこんな物が?
「なーんだ、そんなこと? 理由は簡単、私が用意しておいて美奈ちゃんのバッグに詰めこんでおいたのよ──新しいお洋服と一緒にね。そのせいで美奈ちゃんがお家から持ってきてた洋服とか下着が入らなくなっちゃったから、私の家に置いてこなきゃいけなかったけどね」
 見憶えのある衣類がきれいになくなってる理由はそれでわかった。でも、どうしてわざわざ新しい洋服まで玲子が用意しなきゃいけなかったんだろ? そりゃま、オネショシーツはオムツを取り替えたりするのに必要かもしれないけどさ。
 でも私がそんなことを訊く前に、玲子はバッグの中に手を入れてオネショシーツをつかみ上げ、再び美奈のところへ戻って行った。で、私も玲子について美奈の傍らに膝をつく。
「じゃ、私が美奈ちゃんのお尻を持ち上げてる間にオネショシーツを敷きこんでちょうだいね。──はい、いいわよ」
 玲子が美奈の腰に両手をまわして、よいしょって感じで持ち上げた。
「こう?」
 私は美奈のお尻の下に溌水性の生地でできたブルーのオネショシーツを敷きこむと、確認を求めるように玲子に声をかけた。
「そうそう、おじょうずよ。やっぱりお姉ちゃんね、ちゃんとできるのね」
 玲子がまたからかうみたいな口調で言った。私はなんとなく照れたような気分になって頬を赤らめてしまう。なによなによ、玲子ったら。美奈ちゃんだけじゃなくて私まで子供扱いしてさ。そりゃ、あんたみたいにはしっかりしてないけど。でも、そんな言い方されたら恥ずかしいじゃないか。
「ふん、だ」
 私は思わず、赤く染まった顔をぷいと横に向けた。
 だけど、そのすぐ後。
 私は今度こそ本当に言葉を失った。胸がドキンッと高鳴って、頭の中が真っ白になる。
 だって、玲子が。玲子ったら──私の赤い頬に急に唇を寄せてきて、何を思ったのか知らないけど、チュなんて音をたててキスするんだからぁ。
「な……」
 私はビクンと肩を震わせて、点になった目を玲子に向けた。
「そうやってほっぺを赤くした亜紀も、とっても可愛いわよ。美奈ちゃんに負けないくらいにね。心配しなくてもいいんだからね──私は亜紀も美奈ちゃんも同じように大好きなんだから」
 そ、それって……大学生の友人に言うようなセリフじゃないぞ。まるで……そう、まるで、ちっちゃな妹にばかり母親がかまってるもんだからぷいって拗ねちゃった幼児に母親が安心させるように話しかけるみたいな言葉じゃないか。
 私の顔はそれこそ火のように熱くほてった。
「さ、可愛い美奈ちゃんのオムツを取り替えてあげましょうね。亜紀もよく見ておくのよ。亜紀も美奈ちゃんのオムツのお世話をできるようになっとかなきゃいけないんだから」
 玲子はすっと目を細めて意味ありげに言った。
 そして今度こそ、美奈のオムツカバーにかけた指をゆっくりした動作で動かし始める。まずは、しっかりと結わえてある腰紐だった。オムツカバーがずり落ちないように美奈のウエストをしっかり締めつけている幅の広い紐を、玲子は白くて細い指で器用に解いてしまう。さらっと衣ずれのような音が聞こえた時には、腰紐は蝶々結びが解かれて一本の真っ直ぐな紐に戻っていた。それから、左右に上下三つ並んだホックだ。オムツカバーのちょっとした隙間に左手の指を滑りこませたかと思うと、前当てにハトメしてあるホックを軽く上に押し上げ、同時に右手の人差指を軽くフックのように曲げて引き上げる。と、聞こえるか聞こえないかの微かなぷつっという音がさざ波のように部屋の空気を震わせていく。
 六つのホックをみんな外してしまった玲子がそっと前当てを持ち上げて美奈の両脚の間に広げると、微かに黄色く変色した水玉模様のオムツが私達の目の前にあらわになった。タクシーの中でオネショしちゃってからしばらく時間が経っているのに美奈の体温のせいで冷えきらないのか、冷房が利き始めたリビングの空気に触れた布オムツからゆらりと湯気が立ち昇る。それを目にした途端、自分のことでもないのに、私は(玲子のお店で美奈がオムツをあてられる様子を見守っていた時のように)胸がざわめくのを感じていた。だけどそれが決して羞恥だけのためじゃないってことも痛いほどにわかる。──やだ。なによ、この感覚は?
 そんな私の戸惑いを知ってか知らずか、玲子は私の方にはちらとも目をむけずに無言で指を動かし続ける。しっかりと互いにつながれた左右の横羽根のマジックテープをベリッと派手な音(このマジックテープを剥がす時の音っていうのは意外と恥ずかしいものなんだね。この時、わたしは初めてそう思った)をたてて剥がし、そのまま美奈の腰の横に広げてしまった。もうこれで、美奈の下腹部をくるんでいる布オムツはどうにでも自由になるってことだ。玲子は、股間の辺りが恥ずかしい滲みになってるオムツの端に指をかけた。そうして、美奈の若い肌にべっとりと貼り付いているオムツをゆっくりと剥がし始めたんだ。


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