あの夏の日に・前編

あの夏の日に・前編



 それぞれの母親である藤田文子と山内孝子を見送って玄関のドアを閉めれば、広い家にいるのは葉子と美和の二人だけになってしまう。

 葉子は文子の一人娘で、美和は孝子の一人娘。文子と孝子が姉妹どうしで、葉子と美和は従姉妹ということになる。加えて説明しておくと、文子と孝子は普通の姉妹ではなく、一卵性の双子だ。だから葉子と美和は、従姉妹というよりも、血の濃さから言えば姉妹と言った方が近いかもしれない。そのため顔つきや目鼻立ちなど、とてもよく似ている二人だ。
 ただ、体つきはまるで真逆で、身長が一メートル四十センチあるかないかで胸も貧相な葉子とは対照的に、美和の方は一メートル七十センチを優に超える身長に加え胸が豊かな上に腰周りもしっかり張った体型をしており、よく似た顔つきで明らかな体格差のある二人が一緒に歩いていると、周囲からは、年の離れた姉妹、それも、本当は二つ上の葉子が幼い妹だと思われるのがすっかり当たり前のことになってしまっている。
 そんな二人の祖母であり文子と孝子の母親である竹内清香が外出先で転倒し、緊急入院したのが一週間前のこと。幸いなことに頭部は打っておらず生命には別状ないが、脚を骨折していて手術と予後のリハビリのため当分の間は入院生活を強いられ、家(文子と孝子の実家)に残された父親・宏典(葉子と美和から見れば祖父)の身の回りの世話をする者がいなくなってしまうため、清香の付き添いやリハビリの介助と宏典の食事の用意や細々した家事のため、文子と孝子が実家に泊まり込むことになったという次第だ。職種は違えど、文子の夫も孝子の夫も頻繁な長期出張を余儀なくされる仕事に就いていて殆ど家にいないため、こちらの方は身の回りの世話は必要なく、実のところ、母親たちが家を空けるにあたって気がかりなのは二人の娘が自分たちだけで生活できるのかどうかという点だったが、それについては、学校が夏休みに入っていることもあり、美和の家で二人が家事を分担して共同生活を送り、生活態度に乱れが生じないよう互いに注意し合うよう言いつけて、文子と孝子は生家に向けて出発したのだった。




「はーあ、やれやれだね。こんなこと言っちゃお祖母ちゃんにわるいけど、おかげで、母さんからあれこれ言われなくてすむからせいせいするよ。葉子姉ぇもそう思うでしょ?」
 麦茶のグラスを二つダイニングルームのテーブルに並べて、美和が声を弾ませた。
「え? う、うん、ま、そうね」
 一方、葉子は少し曖昧に言葉を濁す。
「ね、だよね。でも、それはそうと、葉子姉ぇ、大丈夫なの? 受験生なのに一ヶ月近くも私の家で、勉強が疎かになっちゃわない?」
 表面にびっしょり汗をかいたグラスを持ち上げ、少しばかり真剣な面持ちになって美和が言った。
「いいのよ、そんなこと気にしてもらわなくても。自慢じゃないけど、このあいだの模試じゃ第一志望のS大学、A判定だったから余裕だし」
 美和に余計な気を遣わせまいとしてだろう、葉子はおどけた様子でわざとらしく胸を張ってみせた。
「へーえ、すごいんだ。だったら大丈夫だね。でも、姉妹同然の私たちなんだから、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってよね」
 美和は麦茶を飲み干して、それまでの表情から一転、はなやいだ顔で頷いた。
「ありがとう。じゃ、自分の家だと思って気儘にさせてもらうね」
 葉子が小さく相槌を打つ。

 葉子はM高校の三年生で、美和は葉子と同じ学校の一年生。二人とも各々の父方の親類とは疎遠で、たった一人の従姉妹である美和を葉子は生まれた時から(自分もまだ幼い子供のくせに)あれこれと面倒をみて随分と可愛がっていた。そんなわけで美和も葉子に懐いて、何かと葉子の真似をするようになり、住んでいる場所が二駅ほど離れているため小学校と中学校は別々の学校だったが、高校への進学に際し、葉子が通っている学校を受験して、めでたく、仲のいい従姉妹どうしで先輩・後輩の仲になったのだった。
 ただ、前述したように、二つ年下である美和の方がずっと体が大きく、二人一緒にいると、美和がしっかり者のお姉ちゃんで葉子が年の離れた妹というふうに周囲の目には映ってしまうのだが、実は、そのせいもあって二人の仲は今よりもずっと近づき、うんと濃密な間柄に変化してゆくことになる。
 というわけで、さ、二人がどんな仲になってゆくのか、そっと見守ることにしようか。




 美和が昨夜から煮込んでいたカレーをきゃっきゃ言いながら二人で平らげ、予め宅配便で送っておいた着替え類を整理し、入浴の後ひとしきり談笑してから葉子が少し早めに来客用の寝室のベッドにもぐりこんで間もなく、ノックもなしにドアが開いた。
 ベッドに横たわったまま小首をかしげる葉子の目に映ったのは、ネグリジェ姿の美和だった。

「まさか、もう寝ちゃうんじゃないよね。母さんもいないし、せっかくの夏休みで早起きしなくていいんだから、もっといろいろ話そうよ、葉子姉ぇ」
 部屋に入ってきた美和はすっとベッドに近寄って、葉子が体にかけている薄手の毛布をさっと剥ぎ取った。
「ちょ、やだ、急に何を……」
 葉子が慌てて毛布を引っ張り返すのだが、美和は澄ました顔で
「二人でもっといろいろお話ししようよってば。私のベッド、外国製のクイーンサイズだから、二人でもちっとも窮屈じゃないんだよ。だから、ほら、私の部屋へ行こう」
と、もういちど毛布を剥ぎ取って、葉子の体を軽々と抱き上げてしまう。
「それにしても、葉子姉ぇ、可愛いパジャマ着てるんだね」
 横抱きにした葉子をしげしげと眺め、うふふと美和は笑った。
「だって、仕方ないでしょ。小柄なせいで年相応のはぶかぶかで、普段の洋服も寝間着も、サイズが合うのは子供用しかないんだから」
 微かに頬を赤らめ、ぽつりと葉子が言い訳をする。
 肩口が丸っこいネグリジェ。お尻を隠せるか隠せないかの丈しかなくて、腿を紐で緩く締め付けるようになっているドロワースと組み合わせて身に着ける、淡いクリーム色の生地で仕立てた、幼い女の子向けのナイティだ。美和の言う通り、葉子は、年齢にそぐわない随分と可愛らしい寝間着に身を包んでいた。
「あ、お子ちゃま用のパジャマなんだ。だから、こんなに可愛いんだね」
 悪戯っぽくにっと笑い、美和は
「それで、パジャマに合わせて下着もお子ちゃま向けのを選んだのかな。よく似合ってるよ、葉子姉ぇに」
と付け加えて、横抱きにした葉子のお尻をナイティのドロワース越しにぽんぽんと優しく叩いた。
「……!」
 葉子の頬がますます赤くなって言葉を失う。
「自分じゃ気がつかないかもだけど、ドロワースの生地を透かして模様が見えてるよ。可愛い下着にプリントしてあるとっても可愛い模様がね」
 美和は葉子の耳に唇を寄せて甘ったるい声で囁きかけて、もういちどお尻をぽんと叩いた。
「それに、模様が見えてなくても手触りですぐにわかっちゃうけどね。このぷっくりした感触、普通の下着じゃないよね」
 言われて、葉子は慌てて顔をそむけた。横抱きにされているから、そむけた先に美和の胸がある。
 そうと意識しないまま葉子は、美和の豊かなバストに顔を埋めてしまっていた。
「うふふ、くすぐったい。でも、とっても気持ちいいよ、葉子姉ぇにそんなことしてもらうの。それに、私のおっぱいを欲しがる葉子姉ぇ、とっても可愛らしくて、ますます大好きになっちゃう。ほら、自分の目で見てみようか、自分がどんな可愛い格好をしてるのか」
 葉子の横顔を見おろしてねっとりした口調で言いながら、部屋の隅に置いてある姿見の前に美和は移動し、大きな鏡に映る自身の姿が葉子に見えるよう体の向きを変えた。
 おそるおそる葉子が鏡に目をやる。
 鏡の中にいるのは、くるぶしまで丈がある清楚なデザインのネグリジェに身を包んだ大柄の女性と、女性の胸元に抱かれた、愛らしいナイティ姿の女の子だ。年の離れた姉妹と見る者もいるだろうし、ひょっとしたら、若い母親と幼い娘というふうに見る者さえいるかもしれない。いずれにしても、抱かれているのが本当は二つ年上の高校生だと言い当てる者など皆無にちがいない。
 姿見に映る自分の姿から恥ずかしそうに目をそらして、葉子はますます深く美和の胸に顔を埋めてしまう。




 来客用の寝室を出て自分の部屋に戻り、ベッドの縁に腰かけた後も、いかにも愛おしそうに美和は葉子を横抱きにしたままだ。
 いかにも愛おしそうに頬すりをして、いかにも愛おしげにお尻を優しく叩く。
「私、葉子姉ぇと一緒に寝るのを楽しみにしてたんだよ。なのに、さっさとお客様用の寝室に行っちゃうなんて」
 葉子を横抱きにしたまま、美和は少し恨みがましい声で言った。
「だ、だって……」
 そんなふうに言葉を濁すことしか葉子にはできない。
「うん、わかってる。本当は葉子姉ぇも私と一緒に寝たいんだよね。一つのベッドに二人、いろいろお喋りしながら寝落ちしちゃって、朝になってけらけら笑い合う、そんなことをしたいんだよね。――だけど、できないんだよね。一緒に寝て私のベッドを汚しちゃうのが心配で」
 美和は穏やかな声で言った。
 葉子の肩がびくんと震える。
「ゴールデンウィークのちょっと前くらいからなんだよね?」
 美和は決めつけた。
 葉子は押し黙ったままだ。
「伯母様――葉子姉ぇのお母さんがうちに来てお祖母ちゃんのことで母さんと相談してるのが聞こえちゃったんだけど、話の中に葉子姉ぇの名前とか『夜が心配で』とかいうのが混ざっていることに気がついて、それでよくよく聞いていたら、なんとなく事情がわかってきてね。夜の失敗、ゴールデンウィークのちょっと前から始まったんでしょ?」
「……」
「おかしいよね。しっかり者の葉子姉ぇなのに、高校三年生にもなって夜の失敗が始まっちゃうだなんて。私、うっすらとだけど、まだ憶えてるよ。小っちゃい頃、二つ上の葉子姉ぇにとっても可愛がってもらってたこと。それに、私、おむつからパンツになるのがちょっと遅くて、お利口さんの葉子姉ぇと比べられて母さんからよくお小言をもらってたことも。なのに、その葉子姉ぇが高校三年生にもなって、またこんな恥ずかしい下着のお世話にならなきゃいけなくなるなんてね」
「……」
「だから、お水を飲むのを我慢してるんだよね? 母さん達が出て行った後、麦茶を出してあげても飲まなかったし、夕飯のカレー、わりと辛めの味付けだったのに、ちっともお水を飲まなかったし」
 美和は言って葉子のお尻を自分の膝の上におろさせ、サイドテーブルに用意しておいたペットボトルを掴み上げて、冷たいミネラルウォーターを口にふくんだ。
 それから美和は、自分の唇を葉子の唇に重ねた。
「んむ……」
 葉子の口から言葉にならない声が漏れ、僅かに開いた唇から、美和が口にふくんだミネラルウォーターが少しずつ流れこむ。
「自分の家でも我慢してるんでしょうけど、うちじゃ余計に失敗しないよう、いつもよりずっと我慢してるんだよね? だけど、ただでさえ汗をかきやすい季節にお水を我慢してちゃ体によくないよ。ただ、急に冷たいお水を飲むのも体にわるいから、こんなふうにしてお水をぬるくして飲ませてあげる。今まで我慢してたぶん、たっぷり飲むといいよ」
 ミネラルウォーターを口移しで葉子に飲ませて、美和はにんまり笑った。
 一口分しかない水なのに、喉が潤って清涼感が身体中に染みわたる。けれど、それも僅かな間だけ。
 葉子は口を半開きにして、すがるような目で美和の顔を見上げた。
 いつにもまして水分を摂らないよう我慢しているせいで喉がひりひりに渇いている。そこへ与えられた、思いもしていなかった水。一口だけの水が却って渇きを意識させる。
 餌を求める雛鳥の小さな嘴さながら、葉子の半開きの唇が小刻みに震える。
「いいよ、もっと飲ませてあげる」
 美和は再びミネラルウォーターを口にふくんで葉子と唇を重ねた。
 口の中にとろっと水が流れ込むたび葉子の喉がぐびりと動いて、せがむような目で美和の顔を振り仰ぐ。
 葉子の目を正面から覗き込みながら口移しで水を飲ませる美和の瞳が妖しく輝く。




 そんなことを何度か繰り返した後、美和は、手にしていたペットボトルをこれ見よがしに自分の口から遠ざけた。
 葉子の目が物欲しそうにペットボトルを追う。
 美和はネグリジェの胸元を大きくはだけ、あらわになった豊かな乳房の上でペットボトルをそっと傾けた。
 ミネラルウォーターが乳房の表面を伝い流れ、乳首の先からぽたりぽたりと雫が落ちる。
 しばらくの間その様子を躊躇いがちな目で見ていた葉子だが、いよいよ我慢できなくなって、唇の間から真っ赤な舌をちろっと覗かせ、美和の胸元にそろりと顔を近づけた。
 美和の乳首から滴り落ちる水滴を葉子は舌の先でそっと舐め取り、そして、おそるおそるといった様子で唇を美和の乳首に押し当て、少しだけ逡巡した後、綺麗なピンク色の乳首を口にふくんだ。
 美和の背中がぞくりと震えて下腹部がきゅんと疼く。
 美和は胸の高鳴りを覚えつつ、葉子の背中を支えていた手をそっと離した。
 体の自由を取り戻した葉子は、けれど美和から離れようとはしない。それどころか、離れまいとして美和の体に両腕を絡みつけ、乳首をますます強く吸う。

 美和は左手で自分の乳房にミネラルウォーターの雫を垂らしながら、右手で葉子の股間をまさぐった。
 普通の下着とは明らかに異なる厚ぼったい感触がドロワース越しに伝わってくる。
「や、やだ。そんなことされたら……」
 葉子が力なく訴えかける。
 美和の乳首を吸いながらだから、くぐもった声だ。
「どうなっちゃうの? そんなことされたら、どうなっちゃうのかな? はっきり言わなきゃわからないわよ」
 美和は葉子の股間をまさぐり続けながら、ねっとりした口調で囁きかけた。
「……いじわる。美和ちゃんのいじわる」
 下半身をくねらせて葉子は喘ぎ声を漏らす。
「感じちゃうんだよね? こんなことされて、気持ち良くなっちゃって、いやらしいお汁でお股がぬるぬるになっちゃうんだよね?」
 甘ったるい声で美和は尚も囁きかけた。
「……」
「恥ずかしいことなんてないよ。葉子姉ぇや私みたいな年頃の女の子だったらみんなこんなことして楽しんでるんだから。あ、でも、ひょっとしたら葉子姉ぇはしたことないのかな? だったら、私が悦ばせてあげる。私がちゃんと楽しませてあげるから、葉子姉ぇはじっとしとくといいよ」
 美和は含み笑いを漏らした。
「……」
「いいんだよ、ちっとも怖いことなんてないんだから、私のおっぱいをちゅうちゅうしながらじっとしていれば。それに――」
 葉子の秘部とおぼしきあたりに美和はドロワースの上から中指を突き立てた。
「ん……」
 葉子の口から呻き声とも喘ぎ声ともつかぬ艶めかしい声が漏れ出る。
「――お股がぬるぬるになって、普通のショーツだったら外側へ染み出してドロワースまでべとべとになっちゃうけど、葉子姉ぇが今穿いているのだったら、そんな心配しなくていいんでしょ? だから、ほら、うんと気持ち良くしてあげる」
 意味ありげに美和は言って、ドロワースの上から突き立てた中指で葉子の敏感な部分を淫らに責めたてる。
 熱い吐息が葉子の口を衝いて出て、とろとろ溢れ出した恥ずかしいお汁が『下着』の内側をねっとり濡らす。
 けれど、美和が言う通り、愛汁が『下着』から染み出してドロワースを汚すことはない。
 その筈だ。葉子がドロワースの下に着けているのは普通のショーツではなく、紙おむつなのだから。

 葉子は、おむつが外れるのが早かった。それに、まわりに気遣いもできるしっかりした子だった。
 そんな葉子が高校三年生にもなって『夜の失敗』つまりおねしょをしてしまうようになったのは、この春。もうすぐゴールデンウィークが始まるという四月の終わり頃だった。最初の数度はなんとかごまかしていたが、いつ治るともしれないおねしょをずっと隠し通せるものではない。五月の半ばくらいに母親である文子に気づかれ、こんこんと説得されて泌尿器科を受診したのだが異常は見当たらず、心因性のものである可能性が高いと判断されて、定期的に通院しつつ様子見ということになった。
 当座は就寝時に敷布団の上にバスタオルを敷くといった措置を試みていたが、幼児のおねしょとは違って(小柄とはいえ)高校生の夜尿はおしっこの量が多く、布団を濡らしてしまうことが多かった。そのため、遂には母親の手で半ば強引に紙おむつを着用させられる羽目になったのだが、小柄なだけでなく全体に線が細く華奢な葉子だから、大人用の紙おむつだと一番小さなサイズでも腿まわりが緩くておしっこが漏れ出てしまうことが多く、あれこれと試した結果、或るメーカーのテープタイプの子供用紙おむつのスーパービッグサイズなら大丈夫ということがわかり、以来、眠る時には可愛らしい模様がプリントされた紙おむつを着用することが習慣になったのだ。それも、自分で紙おむつを着用したら腿まわりのギャザーがちゃんとしていなくても気がつきにくくて横漏れしてしまう心配があるからと、寝る前に母親の手でおむつを当ててもらうという恥ずかしい習慣に。
 小さい頃はまわりの子たちよりも発育が良く、しっかり者でお利口さんだった筈の葉子が、長じてからは同年代の少女たちの中でも目立って小柄で、しかもこの日を堺に、『夜の失敗』つまりおねしょで毎晩おむつを汚してしまう手のかかる子に変貌してしまったのだった。

「うふふ。私、上手でしょ? だって、こんな日が来ることを待って、葉子姉ぇをどんなふうに悦ばせてあげようか、ずっとずっと考えていたんだもの」
 熱に浮かされたように美和は言い、秘所を責めるのをいったんやめて、ドロワースを葉子の膝あたりまでそっと引きおろした。
 可愛らしい模様をプリントした幼児用のテープタイプの紙おむつがあらわになる。
 いつもは母親に着けてもらっているのが今夜は自分で当てて着け具合をきちんと確認できていないせいだろう、ところどころギャザーがちゃんと立っていないのが見て取れる。
「パンツタイプと比べてテープタイプは自分で着けるのが難しいみたいね。いいわ、あとで私がちゃんとしてあげる。はっきりとは憶えてないけど、小っちゃい頃、私、葉子姉ぇにたくさんお世話してもらったんだよね? だから、お礼に、今度は私が葉子姉ゃのお世話をしてあげる」
 葉子の下腹部をしげしげ眺めて美和は穏やかな声で言い、にまっと笑って
「でも、それは後のことだよ。今は、気持ち良くしてあげる。小っちゃい頃、泣いてる私をあやしてくれて、きゃっきゃ喜ぶまで遊んでくれた葉子姉ぇを、今は私が悦ばせてあげる」
と続けて、紙おむつの股ぐりに手を差し入れた。
 途端に葉子の体がびくんと震える。
「葉子姉ぇは何もしなくていいよ。何もしないで、私のおっぱいをちゅうちゅうしていればいいんだよ。気持ちいいことは私がちゃんとしてあげるから」
 それまではドロワースと紙おむつ越しだったのが、今度は紙おむつの股ぐりから差し入れた手で葉子の恥ずかしい部分を直接いじる美和。
 美和と目を合わせまいとして豊かな乳房に顔を埋め、ぴんと勃った乳首を吸う葉子の下腹部は美和のなすがままだ。
 美和のなすがまま、感じやすいところを巧みな指使いで責められ、いやらしいお汁でしとどにお股を濡らし、溢れ出る蜜汁で紙おむつの内側をねとねとに濡らすばかりの葉子。




 どれくらいの時間が経ったろう。
 激しい絶頂を迎える男女の愛の営みとは違う、明確な終わりのない女性どうしのまぐわい。
 ぜぇぜぇと熱い息を吐くばかりの葉子の耳許に美和は
「私は葉子姉ぇだけを見て生きてきたんだよ。生まれた時にはもう葉子姉ぇがいて、生まれたばかりの私を可愛がってくれて、それからずっと私のお世話をしてくれて、私の目にはいつも葉子姉ぇが映っていて。でも、葉子姉ぇにしてみれば、私なんて、まわりの人間の中の一人ってだけ。葉子姉ぇは私が生まれる前、私がいない世界を二年間も見てきたんだよね。なのに、私は葉子姉ぇがいない世界なんて知らない。――そんなの、ずるいよね?」
と囁きかけながら、敏感な部分の肉壁を指先で執拗に撫で摩る。
「だから、葉子姉ぇにも私だけを見てほしいんだ。私がいない世界のことなんて忘れさせて、私がいる世界でしか生きていられないようにしてあげる。あ、勘違いしないでよ。私、葉子姉ぇのこと、憎らしいだなんてちっとも思ってないからね。憎らしいどころか、大好きなんだよ、葉子姉ぇのこと。だから、私しか見てほしくない。私がいない世界のことなんて忘れさせたい。だから私、葉子姉ぇを悦ばせてあげる。私を可愛がってお世話してくれた葉子姉ぇを今度は私が可愛がってお世話してあげるんだ。そうして、今日から私が葉子姉ぇを独り占めしてあげる」
 美和はすっと目を細め、唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべた。
 ひどく淫靡な笑みだった。
 美和が自分の乳房に滴らせたミネラルウォーターはもうすっかりなくなってしまっている。それでも葉子は乳首から口を離せない。
「気持ち良くなって、下半身の力が抜けて、お股が緩くなって、それで出ちゃいそうなんでしょ? 出ちゃいそうで、それを意識しないでおこうとして私のおっぱいをちゅうちゅうしてるんでしょ? おっぱいに意識を集めて、出ちゃいそうなのを我慢してるんだよね?」
 美和は左手を葉子の顎先にかけ、葉子の唇を自分の乳房から引き離した。
「ああ、ううん、出ちゃいそうなのを我慢してるだけじゃないかな。お股から溢れ出したいやらしいお汁のせいで紙おむつの内側がとろとろぐちょぐちょになっちゃって気持ちわるくて、その気持ちわるいのも我慢してるのかな。大変だね、二つも一緒に我慢しなきゃいけないことがあって」
 美和は紙おむつの股ぐりから手を抜き、愛液にまみれてぬるぬるになった指先を葉子の目の前にかざした。
 葉子がのろのろと目をそらし、ぷるぷると力なく首を振る。
「でもね、我慢なんてしなくていいんだよ。我慢なんてしないで、出しちゃえばいいんだよ、おしっこ。喉が渇いてたからお水をたくさん飲んで、もう出ちゃいそうなんだよね。だったら、出しちゃえばいいんだよ。いやらしいお汁はねばねばしてて紙おむつの不織布に染みこみにくいから気持ちわるいけど、おしっこを出しちゃえば、おしっこと一緒に紙おむつが吸い取ってくれるよ。それに、おしっこを出しちゃえばすっきりするし。だから、ほら、いつまでも我慢してないで出しちゃおうよ」
「い、いや……トイレ、おしっこはトイレで……」
 葉子は震える声で訴えかける。
 だが、それに対して美和は
「そんなこと言うけど、トイレへ行くのは無理なんじゃないかな。気持ち良すぎて脚に力が入らなくて歩けないんじゃないかな、今の葉子姉ぇ。それに、いいじゃない、トイレなんか行かなくても。毎晩のことだから、おむつを汚すのは慣れっこの筈だもん」
と言い、葉子の反応を楽しむかのように少し間を置いて
「それに、葉子姉ぇ、おむつを汚すところを私に見てほしいんでしょ? だから、ほら」
と、うっすら笑って付け加えた。
「そんな、そんなこと……」
 葉子は狼狽えた表情で言葉を濁す。

「ごまかさなくていいよ、私にはわかってるんだから」
 短い無言の時間の後、目を伏せる葉子の顔を見おろして美和が言った。
「私に気づかれないよう、私がお風呂に入っている間にこっそりおむつを着けたんだよね? でも、そのまま寝ちゃわないで、少しだけ私とお喋りをした。どうしてわざわざそんなことをしたの? それも、うっすらとだけど紙おむつの模様が透き通って見えちゃうような薄手のパジャマで。それに、母さん達を見送った後の麦茶とか、辛いカレーを食べる時のお水とか。おねしょの心配を減らすために水分を摂るのを控えて、麦茶もお水も飲まなかった? ま、それもあるんでしょうけど、それにしても、私が不思議がらないように、飲むふりだけでもすればよかったんじゃないかな。麦茶もお水もわざとこれみよがしに飲まないようにしてたら、私、何かあるのかなって考えちゃうよ。――葉子姉ぇ、私に気づいてほしかったんでしょ? おむつのこと私に気づいてほしくて、私が気がつくようにそれとなく仕向けたんだよね? 気づいた私におむつのお世話をしてもらいたくて」
「な、なにを馬鹿な……」
 抗弁しかけた葉子だが、あとが続かない。
「ちっとも馬鹿なことじゃないよ。私が生まれた時に目の前にいて、それからずっとずっと目の前にいてくれる葉子姉ぇのことで私がわからない事なんてあるわけがない。私にはわかるんだ。葉子姉ぇがどんな無気持ちでいて、どんな思いを抱えていて、どんなふうにしてもらいたがってるか、みんな私にはわかるんだよ。一卵性双生児どうしの母さんたちから生まれた葉子姉ぇと私の間だもん、わからないわけがないよ」
 言葉通り胸の内まで全てを見透かしてしまいそうな目で再び葉子の顔を見おろして美和は言った。
 もう葉子は何も言い返せない。




「もういちど抱っこしてあげる。抱っこして、おっぱいをちゅうちゅうさせたげる」
 美和は、押し黙ってしまった葉子の体を再び横抱きにして、乳首を葉子の唇に押し当てた。
「葉子姉ぇ、小っちゃい頃からいい子でお利口さんだったんだよね。ううん、お利口さんでいようとしたんだよね。お父さんとお母さんに仲良くしてもらいたくて」
 横抱きにした葉子の顔を覗き込むようにして美和は、それまでの熱に浮かされたかのような口調から一転、穏やかな声で話しかけた。
「葉子姉ぇのお父さんとお母さん、どことなく他人行儀だよね。喧嘩するわけでもないし、お互いに無視し合うわけじゃない。でも、なんだかよそよそしくて、家族じゃないみたいで、作り笑顔で喋っていて、しっくり溶け込めなくて。――うちも同じだから、そんなお父さんとお母さんを見てて葉子姉ぇがどんな気持ちになるか、私にもよくわかるよ」
 美和は、ドロワースを膝まで引き下げてあらわになったままの紙おむつの上から労るような手つきで葉子のお尻をぽんぽんと叩いた。

 感受性が豊かと言えば聞こえはいいが、物心つく前から葉子は、まわりのことを気にしすぎるきらいがあった。まだ年端もゆかぬ頃から両親の間に流れる寒々しい空気に気がついていて、ひょっとしたらそれが自分のせいなのではないかと怯えてもいた。自分がお利口にしていないから両親の仲が良くないのではないかと心配し、自分が母親の言いつけを守らないから父親が母親を責めて、それで両親の仲がよそよそしいのではないかと気になり、自分が周囲のことに気遣いできていないから母親が育児にかかわるよう父親に求め、それで両親の間にわだかまりができたのではないかと心を痛め、もっとしっかりしなきゃと自分に言い聞かせて育ってきた葉子。
 そして、それとは裏腹に、自分はいつまでも幼い子供のままでいる方がいいのではないかという思いを心に抱く葉子でもあった。自分が成長し手がかからなくなれば、その時点で母親と父親とは共通の接点を失い、別離の途を選ぶのではないかという不安を覚え、だったら自分はいつまでも両親の手を煩わせる幼児でいるべきなのではないかと子供心ながらに思案して(そんなふうに、成長することを幼心に怖れた葉子は成長の糧を拒んで自分でも気づかぬうちに食が細くなり、生育具合も悪化した。元は発育の良かった葉子なのに、現在は背が低く体つきが華奢なのは、持って生まれた体質のせいもあるが、無意識のうちに成長を拒んでまともに食事を摂らなかったことが原因の一つになつているのかもしれない)。
 そのように相反する思いがせめぎ合い千々に乱れる葉子の心を癒やしてくれたのが、二つ下の従妹である美和の存在だった。両親の不仲に起因する不安から逃れようとして、葉子は、生まれてすぐの美和にべったりになり、自分もまだ幼いくせに甲斐甲斐しく面倒をみてやり、ひたすら可愛がった。一点の曇りもない瞳がきらきら輝くのを見たくて、丸っこい頬が緩んできゃっきゃと笑う様子を見たくて、微塵の邪気もなく甘えてくれる愛くるしい仕草を見たくて、ただ夢中に。
 そんなふうにして、美和の存在を唯一の支えにして生きてきた葉子だったが、相反する気持ちを抱えたまま長きにわたってしっかり者のお利口さんでい続けるのは、精神的な負担があまりに大きかった。どうすればいいのか迷い続けながらいい子を装う気力はもう萎えそうになっていた。
 そうしていよいよ心が悲鳴をあげそうになった時、葉子が通っているM高校に美和が入学してきたのだが、受験勉強の妨げにならいよう一年ほど会わずにいた美和は、その間に成長期を迎えたのだろう、葉子よりもずっと背が高く、胸も豊かになっていた。もはや美和は、愛くるしく人なつっこい『少女』ではなく、恵まれた体と一つ一つの立ち居振る舞いからは母性さえ感じ取れるような『女性』へと変貌を遂げていた。
 そんな美和と毎日のように学校で接しているうちに、いつしか、疲れ果てた葉子の心は、美和に救いを求めるようになっていた。――私、もう駄目かもしれない。私がどんなに頑張っても、母さんと父さんの仲は冷えきったままなんだよ。どうすればいいのか、もう私にはわからないよ。なのに、どうして美和ちゃんはそんなに明るいの? どうして美和ちゃんは、そんなに屈託のない笑顔になれるの? 私、どうすればいいの? ね、教えてよ、美和ちゃん。私を助けてよ、美和ちゃん。小っちゃい頃、私、美和ちゃんをうんと可愛がってあげたよね。だから、今度は美和ちゃんが私を助けてよ。お願いだから、美和ちゃん。
 一卵性双生児どうし、同じようなタイプの男性を伴侶として選び、同じような夫婦関係を築くのだろうか、実は、葉子の両親と同様に美和の両親の仲も寒々していた。険悪というのではなく、いさかいがあるわけではなく、ただ他人行儀でよそよそしい夫婦関係。そのことを葉子も知っていた。なのに、同じ境遇にありながら、美和は思い詰めた表情を浮かべることなどなく、屈託のない笑顔で奔放に振る舞っている。いい子でいようとしてその重圧に耐えられなくなってしまった葉子が、自らの成長を拒むことで両親の仲を取り持とうとする心のもう一方の動きに逆に飲み込まれ、胸の内の苦悩から逃れようとして、かつては世話をやいて可愛がってやり長じて今は自分とは対照的に軽やかに生きる美和に助けを求め、すがろうとするのは、ごく自然な感情の流れなのかもしれない。
 だが、二つ下の(そして、明るく振る舞ってはいても心の中では自分と同じような苦悩を抱えているかもしれない)従妹に対して、言葉に出して救いを求めることはできない。
 葛藤の末、葉子の心が美和に向けて発した無言のSOSこそが、夜尿、つまり、おねしょだった。二つ下の従妹よりも自分を無力な存在に堕とし、二つ年下の従妹に庇護を求める悲痛で無言の訴え。――助けてよ、美和ちゃん。どうしていいのかわからなくて、それで、こんな恥ずかしい失敗をするようになっちゃった私を助けてよ。どうしたら美和ちゃんみたいな笑顔でいられるのか教えてよ。じゃなきゃ私、ずっとずっと、毎晩の恥ずかしい失敗をやめられなくなっちゃうよ。だから、お願いだから。
 無言の訴えを美和に届けるのは容易なことではない。けれど、それを僥倖と表現していいものかどうか危ぶまれるところではあるが、祖母の怪我をきっかけに葉子と美和が一つ屋根の下、二人きりで過ごす時間に恵まれることになった。もう二度と訪れることのないかもしれない機会を見逃すことはできない。葉子は、自分が恥ずかしい夜の失敗をしてしまうことを美和に告げる決心を固めた。とはいえ、あからさまに言葉で伝える覚悟まではできない。だから葉子は、言葉によらずに気づいてもらえるよう、それとなく仕向けたのだった。



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