あの夏の日に・前編

あの夏の日に・中編



 心に直接染み入るような声で話しかけ、しばらくの間、自分の乳首を葉子が吸う様子を満足そうに眺めてから美和は
「じゃ、おっぱいはこれくらいにして、おむつをちゃんと当て直そうね。もういつ出ちゃうかわからないんだから急がなきゃ」
と言ってベッドの縁から真ん中あたりへ移動し、葉子をシーツの上に横たえさせた。
 それから、さっきと同じように葉子の顎先に指をかけて乳首から唇を引き離し、葉子の足元の方へ場所を変えてベッドの上で膝立ちになり、紙おむつのテープを剥がす。
「い、いや……」
 葉子は力なくかぶりを振るばかりだ。
「駄目だよ、ちゃんとしとかなきゃ、太腿のところからおしっこが漏れちゃうんだから。大好きな葉子姉ぇのおしっこでお布団が濡れても私は平気だけど、脚やドロワースを濡らしちゃったら気持ちわるくて葉子姉ぇが可哀想だもん」
 美和はあやすように言い、膝までおろしていたドロワースを更に足首まで下げて、葉子の両脚を少し開きぎみにさせて軽く膝を立てさせ、テープを剥がした紙おむつのフロント部分を両脚の間に敷き広げて、サイド部分をお尻の両側に広げた。
「あ……」
 紙おむつに包み込まれて蒸れていた下腹部にエアコンがよく利いた空気が触れて、葉子は思わず喘ぎ息を漏らしてしまった。
 そして次の瞬間、はっとした顔になって、あらわになった股間を両手で覆い隠そうとする。
 けれど、遅かった。
「ふぅん、きちんと手入れしてるんだ。自分でしてるの?」
 一瞬だけ晒け出した下腹部の様子を目敏く見て取った美和が悪戯っぽい口調で訊ねる。
 「……通院している泌尿器科で……ちゃんとしとかないとおしっこの雫が残って、お肌が荒れるからって……」
 おどおどした様子で葉子は答えた。
 葉子が両手で覆い隠す寸前、美和の目に映ったのは、無毛の下腹部だった。
 葉子は、愛液にまみれてぬるぬるになっている恥ずかしい股間を見られまいとして慌てて両手で隠したのだが、それ以上に美和の目に晒すのを阻もうとしたのが、一本の飾り毛もない童女のような下腹部だった。
「よかったね、おむつかぶれにならないよう気遣ってくれる、よく気がつくお医者様がかかりつけで」
 葉子が『お肌が荒れる』と表現したのを、わざと『おむつかぶれ』と言い換えて、美和はすっと目を細めた。
 それから
「さ、おむつを当て直すのに邪魔になるから、両手はこうしておいてね」
と言って葉子の手を体の両側に押しやって、紙おむつのフロント部分とサイド部分を軽く引っ張って皺を伸ばし、丁寧にギャザーを立てた。
「ん、これでいいわね。じゃ、もういちど当てるからおとなしくしているのよ」
 紙おむつの具合を確かめた美和は、葉子の両脚を更にもう少し広げさせ、フロント部分を両脚の間に通して股間を覆い包み、その上に左右のサイド部分を重ね合わせてテープを留め直した。
「や……」
 おむつの内側にべっとり付着している愛汁が下腹部の肌を更にぬるぬるに汚し、その不快感に葉子が悲鳴じみた呻き声を漏らす。
「さっきも言った通り、おしっこを出しちゃえばいいんだよ。そしたら、おむつが吸い取ってくれてすっきりするから」
 おむつを当てた後のギャザーの乱れを整えながら、なんでもないことみたいに美和が言う。
「……」
「ちゃんとしてあげたから、本当にいつ出しちゃってもいいんだよ」
 葉子の足元を離れて美和は葉子の傍らに体を横たえると、葉子の頭の下に左手を差し入れて腕枕にし、そっと顔を近づけて唇を重ねた。
「……!」
 思いもしていなかった状況に、葉子は声を発せない。
 口移しで水を飲まされた時とはまるで違う、本格的なキス。
 重なり合った唇から美和の舌が押し入って葉子の舌を搦め取った。

 葉子の目がとろんとする。
 全身の力が抜けてゆく。
「私、女の子しか好きになれなくてさ。中学生の頃から何人もの女の子とキスしたりしてたんだ。でも、とっておきのキスは葉子姉ぇのために取っておいたんだよ。他の子とのキスはみんな挨拶代わりの軽いキス。ちゃんとしたキスは、これが初めてなんだよ。でも、取っておいたぶん、とっても濃厚なキスになっちゃうんだよね」
 美和は少しだけ唇を離して告げた。
 唾液の細い糸が照明に燦めいて二人の唇を繋ぐ。
 告げた後、再び美和は葉子と唇を合わせた。
 ついさっきよりもずっと入念にずっと淫らに舌が蠢いて葉子を夢見心地にさせる。

 下腹部からも力が抜け去って尿道口がじゅんと濡れ、紙おむつの内側がじわっと湿る。
「いいよ、そのまま出しちゃって。これまで我慢できて、葉子姉ぇはお利口さんだね」
 気配を察した美和がドロワースの上から葉子の股間にそっと掌を押し当て、唇を重ね合わせたままのくぐもった声で優しく言う。
 美和が口にした『お利口さん』という言葉を耳にした途端、葉子はびくんと肩を震わせた。
 肩を震わせて
「私、お利口さんなんかじゃない。私、いい子なんかじゃない。私、しっかりなんてしてない」
と金切声をあげて、濃厚なキスのせいで力の入らない両手にもかかわらず、美和の体を押しやった。
 私、いい子なんかじゃない。だって、私がどんなに頑張っても母さんと父さんの仲は変わらないだから。
「そうなんだ。葉子姉ぇはお利口さんでもいい子でもないんだ。でも、それでいいんだよ。無理していい子でいる必要なんてないんだよ。我儘言って、自分の思い通りにならなかったら泣き喚いて、誰の言いつけも聞かなくて、そんなふうにしていいんだよ。葉子姉ぇ、小っちゃい頃から私のお世話をして可愛がってくれたよね。でも今は葉子姉ぇ、我儘放題の子供に戻っていいんだよ。我儘ばっかりの聞き分けのわるい子供に戻った葉子姉ぇを今度は私がお世話して思いきり可愛がってあげるから」
 美和は穏やかな笑みを浮かべてベッドの上に正座し、葉子の体を抱き上げてお尻を自分の腿の上に載せさせ、これまでにも増してぴんと勃った乳首を口にふくませた。
「私のおっぱいをちゅうちゅうしながら出しちゃいなさい。もう我慢なんてしないで、おしっこ、たっぷり出しちゃいなさい」
 大柄の体から発せられる慈しみに満ちた美和の声が心地いい。
 葉子の腰がぶるっと震える。
「……おむつに?」
 乳首を咥えたまま葉子は上目遣いに美和の顔を見上げておそるおそる訊いた。
「そうだよ、おむつにするんだよ。葉子姉え、私にお世話してもらいたいんでしょう? だから、おむつにしちゃおうね」
 美和は葉子の股間から右手を離し、背中をとんとんと優しく叩いて言い聞かせ、
「葉子姉ぇはおむつの赤ちゃんなんだから」
と穏やかな声で付け加えた。
「……赤ちゃんじゃない。私、赤ちゃんなんかじゃない。私、美和ちゃんよりも二つ上のお姉さんなんだから……」
 美和の乳首を吸いながら葉子は小さくかぶりを振って、けれど甘えた口調でおずおずと言った。
 待つほどもなく、紙おむつのおしっこサインの色が変わる様子が、ドロワースの薄い生地を透かして美和の目に映る。




「出ちゃった?」
 美和が静かに訊ねた。
 美和と目を合わせまいとして豊かな乳房に顔を埋め、葉子が小さく頷く。
「これで今日から葉子姉ぇは私の赤ちゃんだよ。だって、私のおっぱいをちゅうちゅうしながらおむつを汚しちゃったんだもん。それも、おねしょじゃない、目が覚めている間のおもらしで。だから、二つ年上でも赤ちゃんなんだよ」
 にっと笑って美和は決めつけた。
 葉子は何も言い返せない。
「葉子姉ぇは赤ちゃんだから、私は葉子姉ぇのこと、『葉子』って呼び捨てにする。いいよね? じゃ、葉子は私のこと、なんて呼べばいいのかな? うふふ、わかるよね、葉子はお利口さんだもの」
 わざと美和は再び『お利口さん』という言葉を口にした。
 だが、もう葉子は美和の体を押し離そうとはしない。押し離そうとはせずに、美和の顔をちらちらと仰ぎ見て頬を赤く染めるばかりだ。
「わからない? だったら教えてあげる。いい? 葉子は私のこと、『ママ』って呼ぶんだよ。いいわね? じゃ、呼んでみて。私のこと、ママって呼んでみてちょうだい」
 言い聞かせる美和。
 僅かに唇を開きかけて、だけど慌てて口をつぐんでしまう葉子。
「恥ずかしがることなんてないんだよ。葉子、私におむつのお世話をしてほしかったんでしょう? 私に甘えたかったんでしょう? 願いが叶って従姉妹どうしから母娘に間柄が変わったんだから、葉子が私のことをママって呼ぶのは当り前。だから、ほら」
 美和は更に促した。
 だが、葉子は逡巡の表情を浮かべるばかりで、なかなか口を開こうとしない。
「呼べないの? あ、そうか。葉子はまだお喋りがてきない赤ちゃんだから呼べないのかな。だったら、呼べなくていいよ。お喋りできるようになるまでママがちゃんと育て直してあげるから」
 美和は葉子のほっぺを指先でつんとつついた。
「……ま……」
 ほっぺをつつかれてくすぐったそうにしながら、躊躇いがちに葉子の口が開く。
 美和は軽く小首をかしげ、何も言わずに葉子の口元をみつめた。
「……ま、マ……」
 言いかけては口をつぐみ、美和の顔をちらと振り仰いで慌てて目をそらし、もういちどおずおずと口を開いて
「……ま、ママ……ママ」
と、葉子はおそるおそる美和に呼びかけた。
「うふふ。やっとのこと、ママって呼んでくれたね。そうだよ、今日から私がママ。今日から葉子はママの赤ちゃんになるんだよ。ママのおっぱいをちゅうちゅうして、目が覚めている時もおむつをおしっこで汚しちゃう可愛い赤ちゃんに」
 いったんは消えた妖しい光を再び瞳に宿して美和は応じた。
 二つ年下の従妹から名前を呼び捨てにされ、その従妹のことをママと呼ばされる恥辱。
 だが、その恥辱が胸を高鳴らせ、おしっこで濡れた紙おむつの内側を更に愛汁でねっとり汚させる。
「いい子だね、葉子は。ちゃんとママって呼んでくれる葉子は本当にお利口さん。聞き分けのいい子の葉子には、ご褒美に、いい事を教えてあげる。おむつを取り替えてあげるのはその後でいいよね」
 美和の瞳の中で妖しい光が仄暗く燦く。




「葉子は知らないかもだけど、葉子のお母さんも私の母さんも、女の人が好きなんだよ。冗談なんかじゃないよ、私が中学に入る時、もうそろそろ本当のことを話しておかなきゃねって母さんが教えてれたんだから。――二人とも男の人よりも女の人が好きで、初恋の相手が、母さんたちどうしだったんだって。つまり、葉子のお母さんの初恋の相手は私の母さんで、うちの母さんの初恋の相手が葉子のお母さんだってこと。同時に生まれたその時から、葉子のお母さんと私の母さんは相思相愛だったのよ。ひょっとしたら私が女の子しか好きになれないのは、母さんの血を濃くひいているからかもね」
 美和はくすくす笑いながら、そんな説明を始めた。
「ただ、二人とも純粋な同性愛者というわけじゃなくて、レズに近いバイって言えばいいのかな、女の人が好きだけど、男の人を受け入れることもできるっていう感じなんだってさ。それで、女の人どうしで、しかも姉妹どうしで結婚なんてできるわけがないから、事情をわかった上で形式的に結婚してくれる男の人を探して、どうせだったら育児の真似事も経験してみたくて、相手の男の人と子供もつくって、まわりの目には普通にしか見えない家庭生活を送ってきたってわけ。その相手の男性っていうのが、つまり、葉子のお父さんと私の父さん。そんな事情だから、葉子のお父さんも私の父さんも、各々の娘とは血はつながっているものの、実質的には、偽装的な父親ってわけなんだ。だから、葉子んちも、うちも、母さんと父さんの仲が他人行儀なのも当り前ってわけ」
 わざとあっけらかんとした口調で美和は説明した。

 一瞬だけ葉子の顔にきょとんとした表情が浮かんで、それから、顔つきが次第に曇る。乳首を吸う力が弱くなって、遂には唇がまるで動かなくなってしまう。
「葉子にもその事がわかっていれば辛い思いなんてしなくてよかったのにね」
 美和は葉子の胸の内を見透かして静かな声で言い、自分の胸元に手を差し入れて乳房を持ち上げ、葉子に乳首を吸わせようとした。
 だが、葉子の反応はない。
「お母さんとお父さんの本当の間柄を予め知っていたら、葉子は何も思い悩むことなんてなかった。苦悩しながら葉子がいい子で頑張り続けた十八年間は、まるで別のものになっていた筈。私の説明を聞いて、葉子には今、これまでの十八年間がまるで無駄なものだったように思えているんじゃない?」
 右手で葉子の背中をとんとん叩きながら美和は語りかけた。
「でもね、本当はちっとも無駄じゃなかったんだよ。葉子が心配しなきゃいけないほど冷たい仲のお父さんとお母さんから生まれた葉子。そして、同じような仲の父さんと母さんから生まれた私。よそよそしい両親だけど、でも、今の両親がいたからこそ、葉子と私は出逢えた。他の人じゃ駄目だった。そうじゃない?」
 温かい手で背中を叩いてもらうたび、美和の言葉が葉子の胸に染み入る。
「だから、無駄なんかじゃなかった。でも、もしも葉子が、これまで過ごした自分の十八年間がどうしても無駄だって思えて仕方ないんだったら、その無駄な十八年間を私が忘れさせてあげる。忘れさせて、新しい人生を始めさせてあげる」
 葉子の瞼が動いて、瞬きを何度か繰り返した。
「今までお利口さんのいい子だったご褒美に、葉子がもっとお利口さんでもっといい子になれるよう、私が愛情たっぷり育て直してあげる。だって、今日から葉子は赤ちゃんで私がママなんだから」
 美和は葉子の体を優しく揺すった。
「せっかくだから、もう少し教えてあげる。
葉子のお母さんとお父さんも、私の母さんと父さんも、子供が義務教育を終えたら、もうその頃には世間の目を気にすることもなくなるからって、結婚生活を解消する約束を交わした上で一緒に暮し始めたんだよ。実は、母さんたちがお祖母ちゃんちに行ったのも、お祖母ちゃんの介護もあるけど、介護が一段落ついたら、各々の相手と離婚することを報告をするためっていう理由もあってのことなんだ」
 美和の瞳に浮かんでいる妖しい光が慈しみの色の変わる。
「かりそめの契約結婚を終えた母さん達は、この家で暮すことになってるんだよ。でもって、誰の目も気にせずに、いちゃいちゃラブラブの毎日を過ごすんだよ。それを私たちが邪魔しちゃいけないよね? 私たちは私たち二人、母さん達の手を煩わせずに自分たちの生活を送らなきゃいけない。母さん達が姉妹から最愛の恋人どうしへ間柄を変えるように、私たちは従姉妹から仲睦まじい母娘へ間柄を変えて。――だから、ほら、もっとママのおっぱいをちゅうちゅうしてちょうだい」
 美和は再び葉子の体を揺すり上げた。
「……ママ……」
 葉子がぎこちなく美和に呼びかける。
「そうだよ、私が葉子のママだよ」
 美和は改めて自分の乳房を持ち上げ、葉子が乳首を吸うよう仕向けた。
「ママ……ママ、わ、私ね……よ、葉子ね……ママのこと……」
 自分のことを『私』ではなく幼児がそうするように『葉子』と名前で呼んで、葉子は美和の乳房に顔を押しつけた。
 
 しばらくして葉子の口から
「ママ、葉子、葉子ね……ふ、ふぇ……葉子、ママのね……ふぇ、ふぇ〜ん、ぅう、ひ、ひっく……ぇえん、ふぇ〜ん」
と嗚咽が漏れ、やがて手放しで泣きじゃくってしまう。
「思いきり泣きなさい。赤ちゃんはね、何も我慢しなくていいんだよ。我儘で、気に入らないことがあったら泣き喚いて、お腹が空いたらおっぱいをねだって、おしっこが出ちゃいそうになったらおむつを濡らして、それで、すやすやねんねすればいいんだよ。だから、存分に泣いて、ママに甘えて、我儘放題しなさい。お利口さんのいい子になるのは、その後でいい。何も我慢せずに我儘ばかり言って、それで満足してから、少しずつお利口さんになればいい。その時はママがちゃんと躾けてあげる。その時になったら、赤ちゃんの葉子はママの言いつけを守ってちょうだいね」
「ママ、ママ。葉子のママ……ぅ、ぅわ〜ん、ふ、ふぇ〜ん」
 葉子は美和の胸にすがりつき、ぼろほろ涙をこぼしながら、いつまでも乳首を咥えて離さなかった。




 翌朝、目を覚ました葉子は、いつもの癖で瞼を手の甲でぐりぐりした。
 が、いつもとはまるで違う感触に手を止めて、起き抜けでまだ焦点の定まらない目をじっと凝らした。
 と、自分が手袋を着けていることに気がつく。ただし、五本の指を自由に動かせる普通の手袋ではなく、主に幼児が着けるミトンという種類の手袋だ。それも、一般的なミトンなら親指と他の指とは別々に動かすことができるのだが、それさえできない、生まれて間もない赤ん坊に着けさせるような、手を丸めてすっぽり包み込んでしまう袋状の形をした手袋だ。
「おっきしたのね、葉子。気持ち良さそうにぐっすりねんねしていたわね」
 葉子が目を覚ました気配を察した美和が笑顔でベッドに近づいてきた。
 昨日、母親達を見送った時はトレーナーにジーパンというラフな服装だったが、今は清楚な雰囲気のブラウスにミディ丈の紺色のスカートという、良家の若奥様を思わせる、小さな子供を持つ若い母親ふうのいでたちだ。しかも話し方も、いつもの少し男の子っぽい口調から、若い母親ふうの装いにふさわしく女性らしい口調に変わっている。
「あ、あの、これ……」
 葉子はベッドの上で上半身を起こし、ミトンに包まれた両手を美和の目の前に突き出した。
「小っちゃい子はねんねの間、顔や体が痒くなったら、我慢できなくて、痒いところを力任せに爪で引っ掻いて傷になっちゃうことが多いのよ。だから、そんなことにならないように着けてあげたのよ」
 美和は優しい声で説明した。
「わ、私、小っちゃい子なんかじゃない。私、美和ちゃんよりも二つ年上の……」
 恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて葉子はかぶりを振った。
 だが、その言葉を途中で遮って美和が
「うふふ。小っちゃい子は何かというとお姉さんぶりたくて仕方ないのね。でも、昨夜のことを忘れちゃったわけじゃないでしょ? 昨夜から私がママで葉子は赤ちゃんになったのよ。ほら、これを見てごらん」
 美和はベッドのすぐ側に立って、葉子の体に引っかかっている毛布をさっと剥ぎ取った。
「え……!?」
 自分が身に着けている物を見て葉子がぽかんとした顔になる。
「昨夜、泣き疲れてそのままねんねしちゃった葉子のおむつを取り替えてあげたんだけど、夜中に様子を調べてみたら、新しいおむつもぐっしょり濡らしちゃってたのよ。だからもういちど取り替えてあげたんだけど、その時、葉子が自分のお家から持って来た薄手のパジャマのままじゃ体が冷えて風邪をひいちゃうかもしれないって心配になって、こちらで用意しておいたパジャマに着替えさせてあげたの。ま、パジャマっていうか、元々は遊び着なんだけど、これなら寝相がわるくてもお腹が出る心配はないし、おむつも取り替え易いから、ねんねの時にもいいかなと思ってね。それと、エアコンの風で足下から体が冷えちゃいけないから、靴下も履かせてあげたのよ」
 夜中おねしょのおむつを取り替える時に着替えてさせてあげたと美和が言ったそれは、汗を吸収しやすいトレーナーと、トレーナーの上に着せて、リボン仕立ての肩紐で丈を調整するようになっている、ジャンパースカートふうの可愛らしいロンパースだった。
「葉子も知ってると思うけど、ママ、家庭科部に入っていてね、秋の文化祭の展示用に何を作ろうか考えていたんだけど、ある日、学校の廊下で葉子を見かけて、小柄な葉子だったら赤ちゃんみたいな格好をさせてあげたら似合うだろうなって思いついて、葉子の体に合うようなサイズで小っちゃい子用のお洋服を作ってみることにしたの。せっかくだから、細かいところまで、小っちゃい子が着る物をそっくりそのまま再現してね。――ほら、お股のところには、こんなふうにボタンが並んでいるのよ。何のためにこんなところにボタンが付いているのか、葉子にもわかるわよね?」
 美和は手鏡をかざし、ロンパースの股間の様子を葉子に見せた。
「……」
 家庭科の授業の育児の単元で習ったことがあるから、それが何のためのボタンか葉子もすぐにわかった。わかったけれど、ホタンの役目を口にするのは恥ずかしすぎる。
「これはね、お股を開けたり閉じたりするために付いているボタンなのよ。日に何度もおもらしやおねしょをしちゃう赤ちゃんのおむつを取り替え易くするためのボタン。そうよ、まだおむつ離れてきていない葉子みたいな赤ちゃんのために必要なボタンなのよ」
 葉子の胸の内を察した美和はくすっと笑って、ロンパースの股間に四つ並んでいるボタンを手早く外し、その様子を手鏡で葉子に見せつけながら説明した。
「わ、私、赤ちゃんなんかじゃない……」
 手鏡からおずおずと目をそらして、葉子は声を震わせる。
 おむつだけにとどまらず、外見も赤ん坊そのままの装いをさせられる羞恥と屈辱。だが、様々な事情で美和の庇護を求め、美和の手でおむつの世話をしてもらうことを願った葉子にとって、その羞恥と屈辱は、異様に胸を昂ぶらせる異形の悦びの源でもあった。
 紙おむつの内側をいやらしい蜜汁が更にねっとり汚す。
 それと殆ど同時に美和が
「まだそんなことを言ってるの、葉子ったら。ま、いいわ。朝のまんまの前におむつを調べてあげるからじっとしてなさい」
と言って、ロンパースの股間を開いてあらわになった紙おむつの股ぐりに指を差し入れ、指先にねっとりした感触を覚えて、さもおかしそうに
「あらあら、赤ちゃんじゃないって言ってるそばからおむつを汚しちゃって。でも、ま、おしっこじゃないし、ちょっと湿っぽいだけだから、まだ取り替えてあげるほどじゃないわね」
とくすくす笑って続けて言い、ロンパースの股間のボタンを留めようとした。
 そこへ葉子がよく耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうな声で
「ま、待って。おむつ、このままなの? もう朝なんだから、おむつじゃなくてパンツに……」
と、『おむつ』という言葉を口にする時には殊更に頬を真っ赤に染めて訴えかけた。
「だって、昨夜も、お目々が覚めているうちのおもらしでおむつを汚しちゃったでしょ? だから、パンツは無理よ。パンツは、もっとお姉さんになってから」
 葉子の訴えに耳を貸すことなく、美和はロンパースのボタンを一つずつ丁寧に留めてしまう。
「で、でも、だって、昨夜のは抱っこされて体を自由に動かせなかったせいで……」
 葉子は尚も言い募る。
「いいわ、わかった。葉子がそんなに言うなら、確かめてみましょう。これから葉子がちゃんとトイレへ行けたら、お目々が覚めている間はパンツにしてあげる」
 やれやれとでもいうように美和は軽く肩をすくめてみせ、よいしょと葉子の体を抱き上げた。

「いい? お手々を離すけど、大丈夫?」
 美和は気遣わしげに言って、床に立たせた葉子の脇に差し入れて体を支えていた手をそっと離した。
 途端に葉子の体が不安定に揺れ、尻餅をついて床にへたりこんでしまう。
 その後の葉子は、ミトンに包まれた手を床につけ、腕と脚に力を入れて踏ん張って、かろうじて立ち上がることができたものの、そのまますぐに体のバランスを崩して尻餅をついてしまうといったことを繰り返すばかりだった。
「あんよはまだ無理みたいね、赤ちゃんの葉子には」
 何度も同じ事を繰り返して立ち上がることができずにいる葉子に向かって、わざと優しく美和は話しかけた。
 葉子がどうしてもちゃんと立てないのは、「足下から冷えないように」という名目で美和が履かせたソックスのせいだ。家庭科部に所属していて裁縫が得意な美和は葉子が着られるような大きなサイズの子供服を仕立てると共にミトンやソックスも手作りで縫い上げたのだが、その際、低反発素材を縫い込んで土踏まずの部分を厚くするという細工をソックスに施していた。爪先と踵を地面につけ、土踏まずを浮かせることで微妙なバランスを保って人は二足歩行を可能にしているのだが、美和は、土踏まずを厚くしたソックスを履かせることで足裏のバランスを崩し、葉子がまともに立つことができないよう仕組んだのだ。
 実は葉子も、自分がちゃんと立つことができない理由に気がついていた。だが、ミトンに覆い包まれた手でソックスを脱ぐことはできない。それに、ソックスを脱がせてくれるよう美和に頼んでも聞き入れてはくれないだろう。理由に気がついていても、葉子にはどうすることもできない。

「トイレ。葉子、トイレへ行くの」
 とうとう立ち上がることを諦めた葉子は力なくかぶりを振って唇を噛みしめ、四つん這いになった。
「トイレへ行って、パンツなの」
 四つん這いになって、葉子はのろのろと這い進む。
「いいわ。じゃ、ママは、はいはいで頑張る葉子を応援してあげる」
 面白そうに言って美和は葉子の前にまわりこみ、目の前で両手をぱんぱんと打ち鳴らした。
「ほら、ママはこっちよ。ママについていらっしゃい」
 四つん這いの葉子を見おろし、ぱんぱんと両手を打ち鳴らして後ろ向けにゆっくり歩く美和。
 そのあとを、スカート付きロンパースのお尻を大きく左右に揺らしてぎこちなく這い進む葉子。
 そこにあるのは、幼い愛娘にはいはいの練習をさせる若い母親と、母親のあとを追いかけて慣れないはいはいのお稽古に興じる赤ん坊の姿だった。




 葉子の動きが止まったのは、美和が押し開いたドアから部屋を出て廊下を半分ほど這い進んだ頃だった。
 掌を開いた状態ならもう少し体重を受け止めることもできただろうが、ミトンに包まれて丸めた手では、もうこれ以上体を支えるのは難しい。カーペットが敷いてある部屋の中はまだしも、フローリングの廊下を這い進んで固い木材に擦れた膝には痛みが走り、もうこれ以上は進めない。それになにより、目を覚ました時に微かに感じていた尿意が、トイレに向かってのろのろと這い進むうちにじわじわ高まって、今では、体に少しでも余分な力を入れたら我慢できないほどになっている。
 はぁはぁと息をつきながら葉子は廊下にぺたりとお尻をおろして、その場に座り込んでしまった。
「どうしたの? トイレはあそこよ」
 座り込んだ葉子の傍らに膝をついて、美和がトイレのドアを指差す。
 だが、葉子は弱々しくかぶりを振ることしかできない。
「だったら、お目々が覚めている間もおむつでいいのね? パンツじゃなくていいのね?」
 言われて葉子は、美和が指差すトイレのドアに向かって、ミトンに包まれた手を力なく差し延べた。
 それと同時に、腰がぶるっと震える。
 いつもなら、もう少しは我慢できるだろう。しかし今は、ここまで這い進んできたせいで全身の力が抜けてしまい、これ以上はもう耐えられない。
 けれど葉子は諦めきれない顔で
「トイレ。葉子、トイレなの。葉子、パンツなの」
とたどたどしい幼児めいた口調で繰り返し呟き続ける。
「ううん、葉子はパンツのお姉さんじゃなくて、おむつの赤ちゃんなのよ。だから、無理してトイレなんて行かなくていいの。おしっこもうんちも、おむつにしちゃえばいいのよ。パンツのお姉さんになるのは、今からずっと先のこと。それまでは、ねんねの時も、おっきの時もおむつなのよ。――ほら、こんなふうに」
 美和は廊下にお尻をつけて座り込んでいる葉子の両脚を広げさせてロンパースの股間に並んでいるボタンを外し、紙おむつを晒け出させて手鏡をかざした。
 あらわになった紙おむつが鏡を通して葉子の目に映る。
「葉子、おむつ……葉子、赤ちゃんだから、パンツじゃなくておむつなの……」
 紙おむつのおしっこサインの色が変わる様子を目にして、誰にともなく葉子は呟いた。
 いかにも恥ずかしそうに、いかにも情けなさそうに震える声。
「やだ。葉子、パンツがいい。葉子、パンツのお姉さんがいいの。……パンツがいいんだってば……ぅう、う、ぅえ、うぇ〜ん、葉子、パンツなの……ふ、ふぇ〜ん、ひ、ひっく、うぅ、ぅわ〜ん」
 とうとう葉子は泣き出してしまう。
 だが、泣き声に混じる悦びの響きを美和は聞き逃さなかった。
 美和に庇護を願い、美和に甘えたくて仕方ない。葉子のそんな望みはとっくに美和に見透かされているが、はっきりした言葉やあからさまな行動で願いを美和に告げるなど、二つ年上の葉子にできることではない。それを見越して、美和はミトンとソックスを葉子に着用させたのだ。二つ年上の従姉という矜持のせいで葉子が心の内の本当の望みを口にできないのなら、その矜持を取り除き、望みをあらわにさせてやる。そのために美和は、手足の自由を奪い、立ち上がることを阻み、赤ん坊のような身の動きしかできないようにするために、手作りの特殊なミトンとソックスを葉子に着用させた――葉子が自分自身に対して言い訳をするための理由を与えるために。
 特殊な細工を施したソックスのせいでトイレへ行くことができなくて、たとえトイレまで行けたとしてもミトンのせいでドアのノブを掴むことができなくて、そのせいでおむつを汚しちゃったんだ。本当ならトイレでおしっこを済ませて、パンツに戻れる筈だった。なのに、美和が作ったミトンとソックスのせいで間に合わなくて、それで、どうしようもなくて、嫌々おむつを汚しちゃったんだ。
 実際は、胸の奥底に抱いた願望のまま自ら望んでおむつを汚してしまった葉子。だが、それを認めるのは恥ずかしすぎる。認めることを矜持が許さない。だけど、美和の企みのせいで失敗してしまったのなら、それは私のせいじゃない。
 そんなふうに自分自身に対して言い訳をして、仕方のないことなんだと自分自身に言い聞かせて、そうして、本当の願いを晒け出し、望みを実現する。
 美和が用意したミトンとソックスは、葉子に苦痛を与えるための責め具などでは決してない。それどころか、むしろ、葉子を寵愛する美和の心遣いそのもの。
 そのことには葉子もうっすらとながら気がついている。気づいた上で、仕方なくトイレに間に合わなかった自身を演じた。自身に対して言い訳をするために。そして、これまで以上にますます美和に甘えるために。
 泣き声は、羞恥と屈辱のためではなく、自分の願いがようやく叶った喜びの表われだ。



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