あの夏の日に・後編

あの夏の日に・後編



「それでいいのよ。おむつが濡れてお尻が気持ちわるくなったら、そんなふうに泣いて教えてくれればいいの。お腹が空いて泣いているのか、おしっこが出ちゃって泣いているのか、暑くて泣いているのか、それを考えるのはママにまかせて、赤ちゃんの葉子は、ただ泣いていればいいんだからね。葉子は何も考えなくていい、何かしてほしいことがあったら大声で泣くだけでいいのよ」
 泣きじゃくる葉子を横抱きにして部屋に戻り、そっとベッドに寝かせて、美和は穏やかな声で話しかけた。
 葉子の泣き声の本当の意味を理解しているくせに、美和は、おむつが濡れているせいで泣いているのだとわざと理由を取り違え、ベッドに横たわる葉子をよしよしとあやした。
 そうすることで、自分が本当に育児をしているような気になれる。二つ年上の従姉をとうとう自分の愛娘に変貌させることができたのだと実感できる。
 しっかり者で二つ年上の従姉だったこの子がこれからずっと私の赤ちゃんなんだと思うと、乳首が勃って下腹部がじんと疼く。
「すぐにおむつを取り替えてあげるから、おとなしくしているのよ」
 美和はロンパースのボタンを手早く外し、股間の布を葉子のお腹の上に捲り上げてから、おしっこを吸ってたぷたぷになっている紙おむつのテープを剥がした。
 べりりっという小さな音が、自分の下腹部が紙おむつに包まれているのだという恥ずかしくてたまらない事実を葉子に容赦なく告げる。
 紙おむつのテープを外した美和は葉子の左右の足首を一つにまとめて左手で掴み持ち、そのまま高々と差し上げ、僅かに浮いたお尻の下から、内側が黄色に染まった紙おむつを手前にたぐり寄せた。
 葉子の泣き声が少しだけ小さくなる。
 左手で葉子の足を高々と差し上げたまま、美和は、予め入念にギャザーを立てておいた新しい紙おむつをお尻の下に敷き込んだ。
 さらさらの不織布の優しい肌触りに却って羞恥心をくすぐられ、泣き腫らした葉子の目の下がますます赤くなる。
「新しいおむつを当てる前に、おしっこの雫を綺麗に拭き取っておこうね。じゃないと、おむつかぶれになっちゃうから」
 美和は『おむつかぶれ』という部分をわざと強調して言って、ウェットタイプのお尻拭きを葉子の股間に押し当てた。
「ん……」
 薬液を染み込ませたお尻拭きのひんやりした感触に葉子はお尻をびくんと震わせ、ぎゅっと目を閉じる。
 喘ぎ声を出すまいとして固く口を閉ざし、けれど唇をぴくぴく震わせる葉子の顔を面白そうに眺めながら、美和はお尻拭きで葉子の股間を入念に拭き清める。いや、拭き清めるふりをして執拗に秘部を責めたてる。美和は手にしたお尻拭きを葉子の敏感な部分に押し当て、巧みな指使いでそっと掬い上げるようにしてこねくり、いやらしく弄んでいるのだ。

 お尻拭きで美和に責められて葉子の股間がじっとり湿っぽくなってきた。
「あら、変ね。どんなに拭いてあげても、あとからあとから濡れてきちゃう。廊下でおもらしをしちゃったばかりなのに、またちっちが出そうなのかな、葉子は。でも仕方ないわよね、赤ちゃんはすぐにちっちをしたくなっちゃうし、ちっちを我慢できないんだから」
 美和は『おしっこ』を『ちっち』という幼児言葉に言い換え、何度も繰り返し口にして葉子の羞恥を煽りつつ、なおも、敏感な部分を嬲り続けた。
 葉子は顔を恥辱の色で染め、ミトンに包まれた手で自分の口を押さえるのだが、ぴくぴく震える唇から喘ぎ声が漏れ出るのを我慢することはできずにいた。




 美和は特段サディスティックな気質を有しているわけではない。なのに、恥辱に満ちた顔で無力な幼女そのまま薄い胸を震わせる葉子の様子を見ていると、なぜだか意地悪したくなってしまう。
(幼稚園とか小学校の頃、好きな女の子に悪戯したり意地悪したりする男の子がいたっけ。今なら私、その男の子の気持ちがわかっちゃう)
 美和は胸の中で呟いて、くすっと笑った。
 身体の基本的な機能である排泄行為さえ自分で司ることができず、汚物にまみれた下腹部を他人の目に晒し、他人の手で下腹部を入念に拭き清められ、せっかく綺麗になった下腹部を次の粗相に備えて布片で覆い包まれ、下腹部が湿気で蒸れるのをただ我慢しているしかない――おむつを着用し、おむつを汚し、誰かの手でおむつを取り替えられるという行為は、相手に対して絶対的に屈服することを認める行為だ。全てを相手に委ね、自分が何も出来ない無力な存在だということを認め誓う、羞恥と屈辱の行為。おむつを取り替えられる者は身じろぎ一つせず相手に服従し、おむつを取り替えてやる者は絶対的な優位に立って相手を意のままに取り扱う。
 だが、実は葉子はその行為を服従と感じず、美和もまた葉子を屈服させる気などない。葉子は美和の庇護を受けたことに胸を高鳴らせ、美和は葉子を自らの保護下に置いて溺愛する喜びで胸を満たしている。
 おむつを着けてもらい、おむつを濡らし、誰かの手でおむつを取り替えてもらうという行為は、相手に全幅の信頼を寄せる行為でもある。全てを相手に頼りきり、自分の無力さを躊躇いなく晒け出して、けれどそれで却って心の平穏を得ることができる、親愛と睦みの行為。おむつを取り替えてもらう者は汚物にまみれた自分の下腹部を相手に晒すことを厭わず、おむつを取り替えてあげる者は大きく温かな手で相手の下腹部を丹念に拭き清め、相手を慈しむ。庇護を求める者と、相手を保護することに無上の喜びを求める者どうしの、互いに心の奥底をそっと触れ合わせる恍惚の行為。――おむつを取り替えてもらい、おむつを取り替えてあげることで、葉子と美和は、他の誰にも干渉されない二人だけの世界で互いの心をこれ以上はないくらい強く結びつけ合っているのだ。

 いやらしくも愛情たっぷりの指使いで葉子の秘部を尚もいじった後、美和は、なにやら軟膏の容器とおぼしき小さなチューブを手にしてキャップを外し、白いクリームを指先で掬い取って
「お股がずっとこんなに濡れたままじゃ、おむつかぶれになりやすいわね。お医者様が綺麗にしてくれているけど、それだけじゃ心配だから、おむつかぶれになりにくくするお薬を塗っておこうね。」
と葉子に言い聞かせ、飾り毛が一本もないおかげでぬるぬるに濡れている様子がくっきり見て取れる股間にクリームを入念に塗りつけた。
 おむつかぶれになりにくくするお薬。聞こえはいいが、その正体は、怪しげなサイトからネット通販で取り寄せた強力な除毛クリームだ。サイトに掲載された謳い文句によれば、一週間ほど塗布し続ければ、その部位の無駄毛が徐々に薄くなり、それから五日間ほどで毛根まですっかり除去されて、その部位に無駄毛が生えることは一生ないという。謳い文句通りの効能があるならそれでいいし、もしもクリームが体質に合わなくて肌が荒れしたとしても、治療を名目に、おむつを着けさせた状態で家から連れ出して皮膚科の医院を訪れ、除毛クリームのことは伏せたまま「ずっとおむつだから、かぶれちゃったかも」と受付に告げて強引に受診させ、葉子が羞恥にまみれる様子を存分に楽しむのも一興だ。
 泌尿器科の医院で入念に飾り毛を処分されて僅かな翳りもないつるつるの童女のような股間を、愛液と除毛クリームが混じり合って、尚いっそうねっとり濡らす。
 大好きな女の子をちょっぴり苛めてみたくて。ううん、それだけじゃない。大好きな女の子をずっとずっと自分だけのものにしておきたくて。
 これから先、美和が葉子を手放すことは決してない。だったら、葉子をいつも悦ばせてやるのが自分の務めだ。だからこそ、葉子がどれくらい悦んでいるのかがすぐにわかるように、顔色や息づかいや唇の震わせ方や体のくねらせ方や、そんな諸々のサインと共に、いや、そんなサイン以上に明確に葉子の悦び具合を感じ取れるようにするため、美和は除毛クリームを手に入れた。除毛クリームを使って葉子の股間を常に一点の翳りなくつるつるにしておき、愛汁をどれくらい滴らせて愛汁で股間がどれだけ淫らに濡れているかをはつきり目で見てじっくり確かめるために。
 除毛クリームを葉子の股間に塗りつける行為は美和にとって、葉子を永遠の童女に戻し、これから先ずっと他人の手に渡さないことを自身と葉子に誓う聖なる儀式だ。
 愛してやまない従姉に対しての、ちょっぴり意地悪な、けれど愛情の限りを尽くした特別な儀式。




 おむつを取り替え、ロンパースの股間のボタンを留めた後、美和は
「すぐに朝のまんまにするから少しだけ待っていてね」
と告げ、葉子をベッドに残して部屋を出て行った。

 しばらくして、朝食を用意する際に着用したエプロンをブラウスの上に着けたまま戻ってきた美和は
「葉子は自分でまんまを食べられないから、ママが食べさせてあげるわね。でも、そうするとリビングルームのテーブルじゃ窮屈だから、ここで食べるのよ」
と説明して、キッチンから持って来たトレイに載っている食器をベッド脇のサイドテーブルに並べ始めた。
「葉子は赤ちゃんだから固い物は駄目でしょ。だから、柔らかいフルーツを用意してあげたのよ。パンも小さく切ってミルクに浸しておいたから食べやすいわよ」
 美和はそう言って、小さく刻んだキウイフルーツや小さな輪切りのバナナ、すりおろしたリンゴといった柔らかそうな果物の食器と、ミルクに浸して柔らかくしたパンの食器をサイドテーブルに並べ終えた後、ベッドの縁に腰かけて葉子の体を抱き寄せると、お尻を自分の腿に載せさせ、上半身を斜め抱きにして背中を左腕で支えた。

「最初はこれがいいかな」
 美和は呟いて、小さな輪切りにしたバナナをスプーンで掬い取った。
 だが、美和が手にしたスプーンの向かう先は葉子の口ではなく、美和自身の口だった。しかも、美和は口に入れたバナナを咀嚼するばかりで、なかなか飲み込もうとしない。
 美和が何をしようとしているのか見当がつかず、葉子がきょとんとした顔になる。
 美和は、きょとんとした表情を浮かべる葉子にむかって悪戯めいた仕草でウィンクしてみせ、自分の顔を葉子の顔に近づけて、口移しで水を飲ませた時と同様、二人の唇を重ね合わせた。
「ん……」
 突然の出来事に葉子は驚き、美和と重ね合わせた唇が思わず半開きになってしまう。
 そこへ美和が、丹念に咀嚼してどろどろのペースト状になったバナナを舌で押し入れた。
 葉子の口いっぱいに芳醇な匂いと甘い味が広がる。瞬間どう応じてわからない葉子だったが、気がつけば、しらずしらずのうちに、美和の唾液が入り混じったペースト状のバナナを飲みくだしてしまっていた。
「市販の離乳食でもいいんだけど、それじゃ味気ないから、ママがお口で柔らかくしたまんまを食べさせてあげるわね。葉子はミトンを着けているから自分じゃスプーンを使えないし、ママがスプーンで掬ってあげても葉子が暴れて途中でこぼしちゃうことがあるかもしれないから、こんなふうに口移しでね」
 美和は葉子の口からそっと唇を離して満足げな口調で言ったが、葉子の僅かに開いた唇の端から口の中に残っていたバナナのペーストがとろりと流れ出るのを見ると、エプロンのポケットから純白の生地でできた大きなよだれかけを取り出してさっと広げ、葉子の胸元に押し当てて首筋の後ろで留め紐をきゅっと結わえ、
「そうだったわね、赤ちゃんの葉子がまんまの時はよだれかけを着けてあげなきゃいけないんだったわ。ごめんね、ママ、うっかりしちゃって。でも、次からは、まんまの前にちゃんと着けてあげるわね」
とわざとらしく慌てたふうを装って言い、よだれかけの端で葉子の口と頬を拭ってやった。
 だが葉子は
「やだ。葉子、赤ちゃんじゃない」
と言って我を張るばかりだ。
「あらあら、葉子ったら、またお姉さんぶっちゃって。いいわ。赤ちゃんじゃないんだったら、自分でスプーンを持って食べてみなさい。ちゃんとできたら赤ちゃんじゃないって認めてあげる」
 美和は薄く笑って、ミトンに包まれた葉子の手にスプーンを押しつけた。
 葉子は少し思案してから、両手を合わせ、手と手の間の僅かな隙間でスプーンを挟み持った。
 だが、そんな状態ではちゃんと支えることなどできない上に、ミトンが滑りやすい素材でできていることもあって、すぐにスプーンを取り落としてしまう。
 サイドテーブルに落ちたスプーンを掴み上げることは、ミトンで指の自由を奪われてしまっている葉子にはできない。
「これでわかったでしょう? 手のかかる赤ちゃんの葉子にはママが口移しで食べさせてあげなきゃ駄目なのよ」
 美和はぴしゃりと決めつけ、サイドテーブルからスプーンを拾い上げてキウイフルーツを救い取り、口の中で入念に咀嚼してから、再び葉子と唇を重ね合わせた。
 今度は葉子が進んで美和の舌を迎え入れ、美和の唾液がたっぷり入り混じったキウイフルーツのペーストを口の中に注ぎ込んでもらうのをおとなしく待って、ついさっき「葉子、赤ちゃんじゃない」とごねたのが嘘のように、まるで躊躇う様子をみせずにごくりと飲み込んで笑顔になった。
「あら、今度は上手に食べられてお利口さんだこと。でも、やっぱり今度も唇が汚れちゃってるから、きれいきれいしておこうね」
 美和はバナナの時と同じようによだれかけの端で唇を拭ってやり、葉子の頭を何度も撫でた。
 葉子がますます笑顔になる。
 葉子が美和からの口移しの食事を嫌がってみせたのは、廊下でおむつを汚してしまった時と同じ、自分が美和の庇護下にあることを自身で改めて確認するためだった。排泄行為のみならず食事という基本的な行為さえ自分ではできず、美和の手を煩わせる必要があることを自分自身に認めさせ、美和に甘えるための口実を自身に与えるためにわざと演じてみせた幼児めいた振る舞い。
 従姉妹どうしという間柄から母と娘という間柄に変貌を遂げた自分たちの仲を改めて確かめ、その変貌が確かなものだと実感する喜びで胸を満たすために。互いの心の結び付きの強さを知るために。葉子と美和は、自分自身の新たな役割を演じた。ただし、しめし合わせてのことではない。互いに惹かれ合う二人の心が、しらずしらずのうちに重なり合った結果だ。
 そして、ひとしきり演じた後は、もうその必要はない。
 あとは、演じるのではなく、実際の日常の中で新たな役割を自然に生きてゆくだけ。




「葉子、喉かわいた」
 パンとフルーツを全て口移しで食べさせてもらった後、葉子は美和にねだった。
「いいわよ。じゃ、これね」
 美和は大きく頷いて、フルーツやパンの食器と一緒にトレイに載せて持って来ていた、ミルクが七分目ほど入っている哺乳壜を手に持って振ってみせた。
 だが、葉子は口を尖らせて
「や。葉子、哺乳壜、やなの」
と拗ねてみせる。
「あらあら、そんな我儘言っちゃって。葉子は本当に困った子だこと」
 口では『困った子』と言いつつも実はまるで困った様子などみせずに、美和がうふふと笑う。
「だって、ママ、言ったでしょ。葉子、我儘でいいって。葉子、いい子じゃなくていいって。だから、哺乳壜、やなの」
 葉子は口を尖らせたままだ。
「じゃ、どうしたらいいの? 葉子はママにどうして欲しいのかな?」
 葉子が実は何を望んでいるのか察していながらも、わざと美和は訊ねた。
「おっぱい。葉子、ママのおっぱいがいいの」
 耳の先をほんのり薄赤色に染めて答える葉子。
「いいわ、わかった。葉子はまだ哺乳壜のミルクも上手に飲めない赤ちゃんってことね」
 わざとらしくやれやれと溜め息をついて美和はエプロンを脱ぎ、ブラウスのボタンを外して胸元を大きくはだけ、淡いピンクのブラジャーのストリングをずらした。
 張りのある豊かな乳房があらわになる。
「もうちょっとだけ待ってなさい。すぐだから」
 美和は艶然と微笑んで哺乳壜のキャップを外し、ねじ込みになっている吸い口も外して、ミネラルウォーターのペットボトルをそうしたのと同様、哺乳壜を乳房の上でそっと傾けた。
 哺乳壜からこぼれ出たミルクが乳白色の条になって乳房の表面を伝い流れ、雫になって乳首の先から滴り落ちる。
 雫になったミルクを葉子は舌の先で掬い舐め、乳首を口にふくんだ。
「ごめんね。ママのおっぱいから本当のぱいぱいが出たらいいのにね」
 美和は、自分が乳房に滴らせたミルクを葉子が嬉しそうに飲む様子を笑顔で眺めながら、少しだけ寂しそうに言った。
「いいの。本当のぱいぱいじゃなくても、葉子、ママのおっぱい大好き。哺乳壜よりもずっとずっと大好き」
 葉子は豊かな乳房にむしゃぶりついたまま、ちらと美和の顔を見上げ、少しだけ気恥ずかしそうに、でも、あどけないと表現してもいいくらいに喜びいっぱいの表情で言った。
「うふふ。葉子がおっぱいを卒業するのはいつのことかしらね。おむつ離れもいつになるかわからないし、困った赤ちゃんだこと。葉子は本当に我儘な困った子で、本当に甘えんぼうの可愛いい赤ちゃんだこと。ママ、いつまでも葉子を独り占めしちゃうわよ。それでいいよね?」
 美和は葉子の顎先に指をかけてくいっと持ち上げ、大きな目を正面から覗き込んだ。
「葉子もママのこと大好き。これまでも大好きだったけど、今はそれよりもずっとずっと大好き」
 顔を輝かせて葉子は答えた。
 乳首を咥えたまま言うものだから声がくぐもって、唇の端からミルクが溢れ出る。
「よかったわね、これを着けておいて」
 美和は顔をほころばせて、葉子の唇を濡らすミルクをよだれかけの端でそっと拭ってやった。

 葉子が美和の乳首からミルクを貪り飲むぴちゃぴちゃとひどく淫靡に響く音は、哺乳壜が空になるまで僅かな間も止むことはなかった。




「さ、まんまの後はお着替えよ」
 朝食を終え、食器とトレイを片付けてから、文化祭で展示するために作ったという(葉子が着られるような大きなサイズの)子供服を収納しておいた大きなダンボール箱を開けて美和は言った。
「お着替え?」
「そうよ。ねんねの間は、お腹が出ちゃったらいけないと思ってロンパースを着せてあげたんだけど、生地がちょっと厚くてね、エアコンを利かせていても夏の昼間だと汗をかいておむつの中が蒸れちゃうから、別のお洋服に着替えるのよ。――うん、丁度いいみたいね」
 美和はベビーピンクの生地で仕立てたチュニックをダンボール箱から取り出し、両手で肩口を広げ持って、ベッドの上に座っている葉子の体に押し当てながら満足そうに頷いた。

「ほら、どう? とっても似合っているわよ」
 美和は葉子を手早くロンパースからチュニックに着替えさせて姿見の前に立たせた。
 足底に細工を施したソックスのせいでしっかり立っていることのできない葉子が、美和に体を支えてもらって大きな鏡に目をやる。
 鏡の中にいるのは、みるからに愛くるしい少女だ。いや、幼女と言った方が正確だろうか。キャミソールの上にノースリーブのチュニックを着て、今にも倒れそうになるのを傍らの母親に支えてもらい、ツインテールに結わえた髪を揺らして、あどけない笑みを浮かべる幼女。
 だが、しばらくして、幼女の顔が曇る。
 顔を曇らせた幼女は、傍らに立つ母親の顔を振り仰いで
「や! 葉子、このお洋服、や!」
と訴えかけた。
「あら、どうして? こんなに似合っているのに」
 きょとんとした顔で美和が訊き返す。
「だって……」
 葉子は言いかけて、すぐに、もじもじと両手の指を絡ませ合って口をつぐんでしまう。
「どうしたの? 葉子のためにせっかく作ってあげたのに、どうして嫌がってるのかちゃんと教えてくれないと、ママ、わからなくて困っちゃうな」
 美和はすっと膝を折り、愛しい娘を気遣う優しい母親そのままに、葉子と目の高さを合せて静かに問いかけた。
「……だって……だって、おむつが見えちゃうんだもん」
 葉子はぽつりと言って、いかにも恥ずかしそうに顔を伏せた。
 葉子の言う通り、美和が葉子に着せたチュニックは腰骨の少し下あたりまでの丈しかなくて、おむつが半分ほど見えてしまっている。
「いいのよ、これで。お姉さんが着るような丈の長いお洋服は裾が脚にまとわりついちゃって、あんよが上手じゃない葉子にはまだ早いんだから。それに、丈が短い方がおむつを取り替えてあげやすいしね。わかるでしょ? 日に何度もおむつを汚しちゃう葉子には、これで丁度いいのよ」
 半分ほど見えている紙おむつの上からぽんとお尻を叩いて美和は言い聞かせた。
「でも、だって……」
 美和におむつの世話をしてもらい、美和から口移しで食事をさせてもらう口実を得た葉子。だが、可愛らしい模様の付いた子供用の紙おむつを常に晒け出して生活するのは流石にまだ恥ずかしい。羞恥に満ちた自分の姿を見まいとしても、家の中には、自分の姿を映し出す物が鏡の他にも、窓ガラスだったり、置き時計の保護ガラスだったり、テレビ画面の写り込みだったり、ドアの嵌め込みガラスだったり、人形ケースだったりと数えきれないくらいたくさんある。そういった物からいちいち目をそむけていては普段の生活もおぼつかない。
 顔を伏せたまま、葉子はもういちど姿見にちらと目をやった。
 鏡には、丈の短いチュニックと紙おむつ姿の葉子がくっきり映っている。
「いいのよ、これで」
 葉子が再び姿見を見ていることに気がついた美和は、自分も鏡に向かってにこりと微笑みかけて、きっぱりした口調で決めつけた。
 だが、それでも葉子がまだもじもじしていると、美和は改めて段ボール箱に手を差し入れ、
「赤ちゃんのくせにおむつを恥ずかしがるなんて、おかしな子ね。でも、ま、下がおむつだけじゃ昼間でもちょっとしたことで体が冷えちゃうかもしれないから、これを穿かせてあげる」
と言って、チュニックと共色の生地でできたオーバーパンツを取り出した。
 お尻のあたりに飾りレースのフリルを三段にあしらった可愛らしいオーバーパンツだ。

「さ、ママの肩につかまって、こっちにもたれかけて足を上げるのよ。最初は右足から――そうそう、上手よ、葉子」
 美和は葉子のすぐ目の前に膝をついて、葉子の右足をオーバーパンツの股ぐりに通させた。
 それから同じように、今度は左足。そして、両脚を股ぐりに通させたオーバーパンツを、腰周りのゴムを指で広げてさっと引き上げる。
「あとは、ここをこうして、それと、こっちはこうね。――はい、いいわよ」
 引き上げたオーバーパンツの腰周りのゴムが縒れているのを直し、お尻のフリルが乱れているのを整え、股ぐりのゴムが太腿をぴっちり締めつけているのを確認して、伏し目がちの葉子の顔を下から覗き込んで美和は優しく微笑みかけた。
 美和の笑顔を目にして、葉子がおそるおそる改めて鏡に目を向ける。
 紙おむつの厚みのせいでぷっくり膨らんだオーバーパンツのお尻で飾りレースのフリルが小さく揺れる。
 その様子は、おむつが丸見えだった時と比べても、却ってますます幼児めいて見える。なのに葉子はぱっとを顔を輝かせて
「葉子、このお洋服、大好き。葉子、このパンツ、大好き。葉子、お洋服とパンツ作ってくれたママ、大好き」
と嬌声をあげ、美和の体にすがりついて豊かな胸に顔を埋めた。
 おむつが丸見えになっていた羞恥が解消されたからというよりも、自分のことを思いやって予め自分のためにいろいろ用意してくれる美和の母性を感じ取り、もともと胸に抱いていた美和に対する依存心がますます高まったことを表す無意識の振る舞いだった。




 着替えの次は、ボール遊びを兼ねて、はいはいの練習だ。
 美和は葉子を床にお尻をぺたんとつけた格好で座らせ、自分はその横で膝立ちになって柔らかな布製のボールを壁に向かって転がし、
「ほら、ボールはあそこよ。はいはいであそこまで行ってボールを取ってきてちょうだい」
とボールの行方を指差して葉子を促した。
 だけど葉子はその場に座ったままじっとしている。
「どうしたの? 赤ちゃんはみんなボール遊びが大好きなのに、どうしちゃったのかな? さ、頑張って、はいはいのお稽古よ」
 美和は、壁際まで転がったボールを指差してもういちど言った。
「や。葉子、はいはい、や!」
 美和の言いつけを頑なに拒んで葉子は激しくかぶりを振る。

 葉子がはいはいを嫌がるのは、トイレを目前にして廊下でしくじってしまったのが原因だ。体重を支えきれない腕の痛みと硬い廊下に擦れたせいの脚の痛みに耐えてトイレへ這って行こうとして、なのにとうとう途中で諦めて廊下に座り込んでしまい、自分の下腹部を包む紙おむつの中がじわっと濡れるのを感じながら、おしっこサインの色が変わってゆく様子を見せつけられた時の絶望感。美和に甘え、美和に世話をしてもらいたいという願いをずっと抱えていた葉子だが、肉体の苦痛と心理的な絶望感を伴う失禁は、美和に甘えながら心を陶然とさせるおもらしとはまるで違い、心に深い傷を負わせる苦衷でもあった。
 美和にはいはいを促された瞬間、あの時の心の痛みがありありと蘇ってきて葉子の手脚を萎縮させ、身をすくませてしまうのも無理はない。

 そんな葉子の心中を知ってか知らずか、美和がすっと立ち上がって葉子の背後にまわりこみ、脇腹を両手で抱えて強引に四つん這いの姿勢にさせた。
「や、やだ、はいはい、やだったら!」
 葉子は金切声をあげて抗うのだが、ミトンとソックスのせいでその場から逃げることもかなわず、あからさまな体格の差もあって、美和のなすがままだ。
「さ、ボールを取ってきてちょうだい」
 美和は葉子の耳許に口を寄せ、少し強い口調で言った。
 だが、葉子が這い進む気配はない。四つん這いの姿勢のまま、その場からぴくりとも動かない。
「パンツのお姉さんになりたいんじゃないの? お姉さんになるにはあんよができるようにならなきゃいけないし、あんよができるようになるには、その前にはいはいができるようにならなきゃいけないのよ。だから、さ、頑張ってお稽古しましょう」
 美和はあやすように言って、葉子のお尻に掌を添えて優しく前方へ押した。
 それでもやはり葉子は動こうとしない。――が、一瞬の後、葉子の体がびくんと震え、のろのろと手脚を動かして、ボールのある方へ這い始めた。
 実は美和は、葉子のお尻を前方へ押すと同時に、オーバーパンツと紙おむつの上から葉子の秘部に中指を突き立て、いやらしい指使いで責めたてていた。お尻を押されただけでは体を動かさない葉子も、敏感な部分を執拗にいじられてはじっとしていられず、たまらずも、ボールのある方へ這い進んだのだ。
 その後も葉子が手脚の動きを止めて這うのをやめては、そのたびに美和が掌で葉子のお尻を押すと同時に中指で葉子の秘所をいじって強引に這い進ませるといったことの繰り返しだった。
 そうして、やっとのこともう少しでボールに手が届くといった所まで這い進んだ時、美和が足早に先回りしてボールを掴み上げ、手にしたボールを別の方向へ転がしてしまった。
 何が起こったのかすぐにはわからず呆然とした表情を浮かべるだけの葉子だったが、次の瞬間、美和の手が再び脇腹に伸びて体を抱え上げられ、別の場所に転がったボールの方に向けて四つん這いの姿勢を取らされてしまう。
「さ、今度はあっちよ」
 美和が左手でボールを指差して右手の掌で葉子のお尻を押し、中指を秘部に突き立てた。
「あ、ん……」
 絶望的な響きが痛々しい、なのに聞きようによってはひどく艶めかしい呻き声を漏らし、はぁはぁと息を荒げて葉子が這い始める。




 それから何度も、もう少しで手が届くというところで美和が先回りしてボールを別の場所に向けて転がし、そのたびに美和の手で無理矢理体の向きを変えさせられて強引に這い進めさせられるといったことがあって、とうとう葉子は床にお尻をぺたんとつけて座り込んでしまった。
 肩で息をつき、美和に指で責められて無毛の股間をぬるぬるに濡らし、だらしなく両脚を広げ、両目を涙でうっすら潤ませて、閉じる気力も湧かないせいで三分の一ほど開いたままになっている唇の端から唾液がよだれになってこぼれ出し頬を伝い流れて顎先から胸元に滴り落ちて、朝食の際に着けられたままになっているよだれかけに大きな染みをつくる。

「どうしたの? はいはいができなきゃパンツのお姉さんになれないわよ」
 床に座り込んで身じろぎ一つしない葉子に向かって美和が声をかけた。
 しかし、返答はない。
「葉子はパンツのお姉さんになりたいんでしょう? だったら、もっと頑張らなきゃ」
 美和がもういちど声をかける。
「……いい。葉子、お姉さんになれなくていい。だから、はいはいのお稽古、や! 葉子、はいはいのお稽古ばかりさせるママ、や! 葉子、優しくないママ、きらい!」
 葉子は恨みがましい目で美和の顔を振り仰いで金切声をあげた。
「じゃ、おむつの赤ちゃんのままでいいのね?」
 美和は、これまで聞いたことのない、ぞくりとするような口調で問いかけた。
 初めて耳にする美和の冷たい声に怯え、どう答えていいのかわからなくなって葉子は却って虚勢を張り、
「いいもん。葉子、おむつの赤ちゃんのままでいいもん。パンツのお姉さんにならなくていいもん!」
と再び金切声をあげてしまう。
 それに対して美和は
「そう。おむつの赤ちゃんのままでいいの。だったら、はいはいのお稽古は要らないわね。はいはいのお稽古をやめて、積み木で遊ぶといいわ。これなら無理に体を動かさなくていいし、ママと一緒じゃなくて一人で遊べるものね」
と、ついさっきよりもいっそう冷たい口調で『一人で遊べる』という部分を強調して応じ、積み木の箱を葉子の目の前に置いてすっと身を退いた。
「ママ……?」
 身を退いて部屋の隅に向かって歩いて行く美和の背中に葉子は声をかけた。
 不安いっぱいで今にも泣き出しそうな震え声。
 だけど、美和からの返答はない。
 無言で部屋の隅に歩み寄った美和はゆっくり体の向きを変えて葉子の顔に視線を投げかけた。その目は、物悲しく冷ややかな色をたたえていた。
「ママ……!」
 葉子はもういちど呼びかけた。
 だが、美和が呼びかけに応じる気配はない。部屋の片隅で壁に寄りかかり、ただ無機質な視線を漫然と葉子に向けるだけ。
 しゅんとした表情で葉子も黙り込んでしまう。
 黙り込んで、美和の方を見ないようにして顔を伏せてしまう。




 それからどれくらいの時間が経ったろう。
 顔を伏せたまま葉子が体をびくんと震わせた。
 朝食を終えてすぐに感じた尿意が高まって、もうそろそろ我慢できないほどになっているのだ。
 葉子はのろのろと顔を上げ、すがるような思いで美和がいる方に目をやりかけたが、思い直して視線をすごすごと床に落とした。
 そうこうしているうちにも尿意はじわじわと高まってくるのだが、葉子には為す術がない。トイレへ行こうとしても、それが無駄な足掻きでしかないことは身を以て思い知らされたし、今の状態で美和に助けを求める勇気もない。今の葉子にできるのは、少しでも長い間、尿意に耐えることだけだった。
 床に落とした視線が、ふと、積み木の箱をとらえる。
 小さな子供向けの玩具だから、ミトンに包まれた葉子の手でも蓋を開けることができた。
 葉子は蓋を開けた箱から積み木のピースを両手で掬い上げ、目の前の床にばら撒いて、散乱したピースを一つ、ミトンに包まれた手でかろうじてつかみ上げた。
 つかみ上げたピースを今度はそっと床に置き直す。そして、次のピースを拾い上げて、さっきのピースの横に並べた。
 つかみ上げては床に置き直し、拾い上げては並べる。単調な作業だが、続けているうちに少しずつピースが集まって徐々に一つの形になってゆく。
 尿意に耐えるために、何かに意識を集める必要があった。何かに夢中になって尿意を忘れ去ろうとした。
 今の葉子にとって、それが積み木だ。
 自由にならない手で積み木のピースを重ね合わせ、何かを作ることに意識を集めて、尿意から逃れようとしていた。
 少しずつ一つの形になってゆく積み木のおかげで尿意を忘れることができた(忘れることができたような気になれた)のは、けれど、束の間のことだった。
 つかみ上げたと思っていたピースが実はちゃんと持てていなくて、これまでに積み上げてきたピースの塊の上に落ちてしまった。そのせいで、かろうじて均衡を保っていたピースがばらばらと音を立てて崩れてしまう。
 はっと思った時は、もう遅かった。
 積み木が崩れるのと同時に緊張の糸が切れ、忘れたつもりになっていた尿意にとうとう耐えることができなくなって、紙おむつの内側がじわっと濡れる。
 いったん溢れ出したおしっこは、これまで我慢を重ねていた分尚のこと途中で止めることができず、とめどなく紙おむつの内側が濡れてしまう。

「あ……」
 声をあげて葉子はお尻を浮かしそうになった。
 が、それを必死の思いで我慢する。
 不自然な動きをすれば、おむつを汚してしまったことを美和に知られてしまう。だけど今は、おもらしを美和に知られたくなかった。
 本当は美和に助けを求めたくてたまらない。頬をうっすらピンクに染めて「ママ、葉子、ちっち。葉子、おむつ、ちっちなの」と甘えた声で告げ、気持ちわるいおむつを優しい手でふかふかの新しいおむつに取り替えてもらいたくて仕方ない。「ちっち出ちゃったことをママに教えてくれて葉子は本当にお利口さんね」と美和に褒めてもらって頭をなでなでしてほしくて、今にも美和のもとに這って行きたい気持ちで胸が張り裂けそうになっている。
 だが、美和の冷たい視線に、実の両親の互いの顔を見る時の無機質な視線が思い出されて、葉子は身をすくめてしまう。本心ではないにしても美和に対してひどい言葉を投げつけてしまったという後ろめたさが体をこわばらせてしまう。
 うっすら潤んでいた瞳からは涙の雫が幾つかこぼれ出している。それでも葉子は、おもらしの事実を美和に知られまいとして、夢中になって積み木で遊んでいるふりを続ける。他のことには目もくれず、夢中で積み木遊びに興じる幼児を演じ続けて、濡れたおむつの不快感を忘れようとする。




 しばらくの後、自分のすぐ横に美和が立っていることに気がついて、葉子の手の動きがぴたりと止まった。
 美和は腰をかがめ、いつもの穏やかな声で
「ちっち、まだ大丈夫なの? 廊下でのおもらしから、もうそろそろだと思うんだけど」
と葉子の耳許に囁きかける。
 葉子は肩をぴくっと震わせたが、何度か息を吸った後、なんでもないふうを装って
「ちっち、ない。葉子、ちっちじゃないもん」
と、心とは裏腹な返答を口にした。
 それを聞いた美和は床に膝をついて、葉子のオーバーパンツの股ぐりに手を差し入れ、更に紙おむつの股ぐりに指を差し入れた。
「や。ちっち、ない。葉子、ちっちしてないの」
 葉子は体をくねらせて美和に訴えかけた。
 その声はもう金切声ではなく、何かをねだるような、誰かに媚びるような、どことなく甘えた声だ。
「ふぅん、ちっちしてないんだ、葉子。じゃ、これは何かしら」
 美和は、紙おむつの内側の様子を探った指を葉子の目の前に突きつけた。
 指先が濡れているのは明らかにおしっこだ。
「ちっちが出ちゃってるのに、ちっちなんか出てないって葉子は言うのね? だとすると、ちっちが出ちゃっておむつの内側がぐっしょり濡れていることに葉子は気がつかなかったってことになるわよね?」
 指をティッシュペパーで拭きながら、謎々を楽しむかのような口調で美和は言う。
 葉子は何も答えられない。
 と、葉子の不安そうな顔を覗き込む美和が不意に相好を崩した。
 相好を崩して
「積み木遊びに夢中になってちっちが出ちゃったことにも気がつかないなんて、困った赤ちゃんね、葉子は。ちっちでおむつを汚しちゃったこともわからない、ママがいないと何もできない、困った赤ちゃん。いいわ、困った赤ちゃんの葉子がお利口さんになれるよう、ママがちゃんと躾けてあげる。今は手のかかる赤ちゃんの葉子が、いつか、とってもお利口さんのいい子になれるようにママが育て直して躾け直してあげる。だから、これからも葉子はずっとママと一緒にいるのよ。いいわね?」
と、とびきり優しい声で言って、葉子の体をぎゅっと抱きしめた。
 抱きしめられた瞬間、葉子の大きな目からこぼれていた涙が止まる。
「いいの? 葉子、ママにひどいこと言っちゃった。ママきらいって言っちゃった。なのに、一緒にいていいの?」
 美和の胸に顔を埋めたくてたまらない。けれど葉子はかろうじて我慢して、おそるおそる訊ねた。
「いいわよ。その代わり、ママきらいって言うような悪い子の葉子にはママがこれからたっぷり罰をあげるつもりだから覚悟なさい」
 美和は、『罰』という言葉にはそぐわない柔らかな表情で言った。
「罰……?」
 葉子が上目遣いに美和の顔を仰ぎ見て訊き返す。
「そうよ、とっても怖い罰。なんたって、ママはこれからずっと葉子を独り占めにしちゃうんだから。葉子がいくら他の人のところへ行きたいって言っても許してあげないんだから。葉子はずっとずっとママと一緒にいなきゃいけないんだから。ね、とっても怖い罰でしょ?」
 美和は、葉子を抱きすくめる腕にますます力を入れて説明した。そして、間を置かずに
「それに、とってもよく効くお仕置きもとっくに済ませちゃったしね」
と、今度は少しだけ真剣な表情になって付け加えた。
「お仕置きも済ませた……?」
 葉子が再び訊き返す。
「葉子は、一人でいてどう思った? ママが部屋の隅に行っちゃって、ひとりぼっちで積み木遊びをしなきゃいけなくなって、どんな気持ちだった?」
 美和は葉子の背中をそっと撫でて、質問に答える代わりに問い返した。
「……寂しかった。とっても寂しくて、葉子、積み木遊びしながら泣いちゃって……ち、ちっちが出ておむつ濡れちゃって……ちっちでお尻が気持ちわるくて、ママに……ママにおむつ取り替えてもらいたかったけど、葉子、ママきらいって言っちゃって、だからママも葉子のこと嫌いになっちゃったと思って……それで、それで、おむつ取り替えてって言えなくて……でも、だって……だって、葉子……」
 言いながら、またもや涙声になってしまう葉子。
 けれど、ここできちんと答えなければ本当に美和に愛想を尽かされてまうと思い直して、震える声で
「……だから、葉子……だから、ごめんなさい。ごめんなさい、ママ、どこにも行っちゃやだ。葉子をひとりぼっちにしちゃやだ。葉子、ママしかいなくて……葉子、ママがいなかったら何もできなくて……だから、ごめんなさい。ごめんなさい、ママ」
と続けたのだが、言っている途中に再び涙がぼろぼろこぼれ出す。
「寂しかったんだね、葉子。ひとりぼっちで、とっても寂しかったんだね」
 美和は背中を撫でていた右手をそっと上げ、葉子の髪を優しく撫でつけながら、すっと目を細めた。
「それが、お仕置きだったのよ。ママきらいって言っちゃう悪い子の葉子への、葉子本人からのお仕置き。どんなにきつい言葉で叱られるよりも、どんなに力いっぱいお尻をぺんぺんされるよりも、ずっとずっと心が痛くて泣き出しちゃうような、とってもよく効くお仕置き。――ママの言ってること、わかるよね?」
 美和は細めた目を何度かしばたたかせ、後ろめたさのせいで美和の胸に顔を埋められずにいる葉子の後頭部を大きな掌で包み込むようにして、涙で濡れる顔を自分の胸元へ引き寄せた。
「ご、ごめんなさい、ママ。葉子、もう我儘いわない。葉子、いい子になる。葉子、お利口さんにする。だから、ごめんなさい。ごめ……ふ、ふぇ、ぅ、うぇーん、ひ、ひっく、う、ぅわーん」
 ようやく美和の胸元に顔を埋めることができた安堵もあって、葉子は手放しで泣き始める。
「ごめんなさいを言えて、もうすっかり葉子はお利口さんのいい子になっているわよ。だから、無理しなくていいの。何度も言ってるけど、無理してお利口さんにならなくてもいい、我儘のままでいいのよ。小っちゃい子は、その方が可愛いんだから。ただ、一つだけ約束してちょうだい。ママきらいなんてひどいことは、もう二度と絶対に言っちゃ駄目。ママきらいなんて言うようないけない子は、ママ、絶対に許さない。そんなこと言うような悪い子は、ママ、本気で叱るからね。大切な家族に憎まれ口を叩くような子はママの子じゃない。それだけはずっと忘れないでいてちょうだい」
 涙でブラウスが濡れることなどちっとも気にするふうもなく落ち着いた声で美和は言い聞かせた。
 つい昨日までは従姉妹どうしで親族という間柄だったのが、今は母と娘という家族に変わった自分たち。美和が口にした『家族』という言葉に胸が熱くなって葉子はますます泣きじゃくるばかりで何も答えられない。ただ、ブラウス越しに美和の豊満な乳房の感触を確かめながら小さく何度も頷くだけだ。
「やれやれ、あのしっかり者の葉子姉ぇが本当はこんなに泣き虫の甘えんぼうさんだったなんてね。うふふ、それにしても、いつまで泣いているつもりなのかしら。あ、そうだ、おむつを取り替えてあげたら泣きやんでくれるかな」
 自分に対する依存心が葉子の胸の中で尚いっそう強くなっていることをありありと感じ取り、美和は満足そうに呟いて、もういちど葉子の髪をそっと撫でつけた。




 オーバーパンツを足首まで引きおろされ、左右の足首を一つにまとめて美和の手で高々と差し上げられた葉子の顔からは、涙のあとはくっきり残っているものの、不安や寂しさの色はすっかり消え去っていた。代わりに浮かんでいるのは、二つ年下の従妹だったママに対する信頼と、見る者を甘酸っぱい気持ちにさせる、ちょっぴり恥ずかしそうで、ちょっぴりはにかんで見える、あどけない笑み。
 そして、たくさんのおしっこを吸ってたぷたぷになった紙おむつの代わりに新しい紙おむつをいそいそと葉子のお尻の下に敷き込む美和の目に宿るのは、いつかの怪しい光ではなく、二つ年上の従姉だった愛娘への限りない愛情と慈しみの色。
 幼い頃から互いの胸の内を知り尽くし、互いに惹かれ合う二人にとって、些細な反目は、却って二人の仲を密接にするためのちょっとした刺激でしかない。
 というよりも、二人の間に本当の意味の反目など生じるわけがない。反目が生じたように見えたとしても、それは、互いの絆の強さを再確認するためにじゃれ合っているにすぎない。
 葉子がはいはいの練習を拒絶したせいで生じた反目も、互いの仲をより深くするために二人が無意識のうちに求め合ったために生じたものだ。遊びに夢中になるあまりおむつを汚してしまったことさえ気がつかない手のかかる赤ん坊として美和の更なる庇護を求める葉子と、持て余すほどに溢れ出る母性でもって葉子を独り占めにし、生涯にわたって手放さないための確かな口実を求める美和が意識しないままそうした、切なく甘ったるいじゃれ合い。

「はい、できた。おとなしくしていて、お利口さんだったわね。そうだ。お利口さんの葉子にはご褒美をあげなきゃね。ご褒美、何がいい?」
 新しい紙おむつのテープをしっかり留め、ギャザーの様子を念入りに確認してからオーバーパンツを引き上げ、葉子の体を抱き起こしながら美和は明るい声で言った。
「おっぱい。葉子、ご褒美、ママのおっぱいがいい!」
 まるで迷いもせずに葉子は声を弾ませて答え、上半身を起こしてもらった勢いのまま美和の胸に顔を押しつけた。
「やれやれ、葉子は本当に甘えんぼうさんだこと。そんなに甘えんぼうだと、いつまでもおむつの赤ちゃんのままよ。それでもいいの?」
 美和はわざとらしく溜め息をつき、ひょいと肩をすくめてみせた。
「いいの。ママ、これからもずっと葉子のおむつ取り替えてくれるんでしょう? だったら、葉子、いつまでもおむつの赤ちゃんでいい。いつまでも、ママの、おむつの赤ちゃんがいいの」
 まるで屈託のないとびきりの笑顔で葉子は言って、美和の胸に顔を埋めたまま全身の力を抜いた。
 ふと気づいた美和がオーバーパンツとおむつの股ぐりにそっと指を差し入れる。
 おむつの様子を探る美和の指の動きにくすくったそうにしながら、葉子はゆっくり目を閉じた。
「取り替えてあげたばかりの新しいおむつをすぐに汚しちゃうなんて本当に困った赤ちゃんね、葉子は。本当に手のかかる、本当に自分だけじゃ何もできない、本当に甘えんぼうの」
 呆れたように言って、そのすぐ後、穏やかな笑顔で美和は葉子の耳許に囁きかけた
「だけど、本当に可愛い赤ちゃんなんだから」




 従姉妹同士だった美和と葉子が母娘として暮し始めて二週間が経った八月半ばの朝。
 いつものようにベッドの縁に腰かけて口移しで葉子に朝ごはんを食べさせた後、美和はベッドからおり、壁際の箪笥の上に置いておいた大振りのバスケットを手に提げて戻ってきた。バスケットに入っているのは、高校三年生の少女から無力な幼女に変貌した葉子にお似合いの様々な衣類。
 戻ってきた美和は、食事を終えてベッドに寝かせた葉子の足下に立って腰をかがめ、ロンパースの股間に並んでいるボタンを外して、それまで股間を覆い包んでいた部分の生地を葉子のお腹の上に捲り上げた。
 白の水玉模様を散らしたピンク地のおむつカバーがあらわになる。

 実は、葉子が自分の家から持って来ていた紙おむつが一週間ほど前になくなってしまい、それをきっかけに、美和は布おむつを使うようになっていた。紙おむつを買い足さずにわざわざ手間のかかる布おむつにしたのは、紙おむつが濡れても葉子があまり不快な様子をみせなくなったからというのが、その理由だ。
 美和との同居が始まってすぐの頃の葉子は、おしっこをしくじってしまうたび、美和の手で優しくおむつを取り替えてもらえる悦びに満ちた表情を浮かべつつも、同時に、おしっこで濡れた紙おむつに下腹部を包み込まれる不快感をしめす表情も僅かながら浮かべていた。なのに最近の葉子は、おしっこでおむつを濡らしてしまっても、美和に甘える喜悦の表情を浮かべるだけで、不快な表情はまるでみせなくなっていた。
 それを葉子が紙おむつに慣れたから、というよりも、濡れたおむつの感触を葉子がすっかり気に入ってしまったからだと美和は判断した。おむつが濡れるたびに葉子は、自分が、ちゃんとトイレへ行くこともできず、おしっこが出そうなことを母親に教えることもできない、無力で手のかかる赤ん坊になったことを改めて実感し、そのことに大きな悦びを覚えているのだと美和は直感したのだ。そのように直感した美和は、おしっこでぐっしょり濡れた感触をより強く感じることができるように、それで葉子が尚いっそうの悦びを覚えることができるようにと、布おむつで葉子の下腹部を覆い包むことにしたのだった。
 もっとも、より正確に説明するなら、美和が布おむつを使うことにしたのは、葉子を悦ばせるためだけが目的というわけではない。育児用品の店でドビー織りのおむつ地を買い求め、それを自分の手で縫っておむつに仕立たてることを通して育児の大変さを味わい、その結果としてより深い愛情を葉子に向けられるようになると期待してのことだった。

 美和は、おむつカバーの腰紐を手早くほどき、前当ての左右の端に上下に三つ並んでいるスナップボタンをぷつっぷつっと外した後、前当てを内羽根に重ねて留めているマジックテープをべりりと音を立てて剥がし、予め開かせておいた葉子の両脚の間を通して、シーツの上に前当てを広げた。更に、左右の内羽根どうしを重ね留めているマジックテープを剥がし、内羽根をお尻の両側に広げると、うっすらと黄色に染まった水玉模様の布おむつがあらわになる。
 美和は、横当てのおむつを左右に開いて内羽根の上に重ね広げてから、紙おむつの時もそうしたように、葉子の左右の足首を左手で一つにまとめ持って高々と差し上げ、僅かに浮いたお尻の下から、ぐっしょり濡れた布おむつを手前にたぐり寄せて、ポリバケツの中に押しやった。
 童女と見紛うような無毛の股間が丸見えになった。
 数日前までならそのすべすべの肌に除毛クリームを塗り込んでいるところだが、一日も欠かさず丹念に塗布し続けた結果、今ではもうすっかり毛根までなくなってしまい、葉子の下腹部はつるつるのまま、無駄毛が生えることは生涯ない。今はまだ泌尿器科での処置の結果だと思い込み、除毛クリームの効き目に気づいていない葉子が本当のことを知った時、どんな顔をするだろう。
 葉子に聞こえないよう小さな声で美和が含み笑いを漏らす。

前もって横当てのおむつと股当てのおむつを組み合わせておいた動物柄の布おむつをバスケットからつかみ上げ、葉子のお尻の下に敷き込んだ。
「んぅ……」
 紙おむつの不織布のさらりとした肌触りとはまた違う、ドビー織りのコットン地の肌に密着して下腹部全体を柔軟に包み込むような優しい肌触りに、いくら我慢しようとしても我慢できない喘ぎ声を漏らしてしまう葉子。紙おむつから布おむつに変わって一週間が経つつというのに、他に例えようのないほど柔らかな感触にはまだ慣れることができずにいた。
 葉子の頬がうっすらと色づく様子を眺めながら美和はベビーパウダーの容器を開け、真っ白のさらさらした粉を柔らかいパフでそっと掬い取った。
 どことなくか懐かしい甘い香りが部屋を満たす。
 美和は、ベビーパウダーを掬い取ったパフを葉子の下腹部に万遍なく這わせつつ、時おり、最も敏感な部分にパフを押し当てた。
「や……」
 童女のような股間にはまるで似つかわしくない艶かしい喘ぎ声を漏らす葉子の股間が愛液でしっとり濡れる。
「あら、お股がこんなに濡れちゃって。ひょっとしたら、ちっちが出ちゃいそうなのかな。だったら、急いで新しいおむつを当ててあげなきゃ。でも、念入りにぱたぱたしておかないと、おむつかぶりになっちゃうわね」
 葉子の顔が上気して熱く火照る様子をしげしげと眺めながら、美和は尚も柔らかいパフを秘部にこすりつけ、じっくり責める。
 除毛クリームを塗り込んでいた数日前までだったら、クリームを塗る指が滑ったふうを装って葉子の感じやすい部分を嬲り、クリームが不要になった今は、その代わりにベビーパウダーのパフで敏感な部分を執拗に責めたてる。
 美和がそうするのは、おむつを取り替えてやるたびに葉子に淫らな快感を与え、おむつを取り替えられることが淫靡な悦びにつながることを葉子の肉体に教え込み、おむつを取り替えられることを心待ちにするよう意識付けるためだ。もともと美和の手でおむつの世話をしてもらいたいという密かな欲望を抱いていた葉子だが、その欲望がいっそう高まるように仕向け、自分への依存心を更に強めさせ、葉子の精神的な退行をますます促すために。一本の飾り毛もないつるつるの股間で、おむつの交換をまるで厭わない、なのに体だけは大きな、永遠の童女へと葉子を堕とすために。
 葉子の瞳に宿ることのなくなった妖しい光は、けれど、今でも胸の奥底で仄暗く揺らめいているのかもしれない。




 葉子の下腹部にうっすらとベビーパウダーの白化粧を施し、パフを容器に収納した後、葉子の足を左手で高々と差し上げたまま美和は
「ぱたぱたが終わるまでおとなしくできて、いい子だったわね。はい、ご褒美よ。これをくちゅくちゅして、もう少しだけお利口さんにしてようね」
と、右手で葉子の口にゴムのおしゃぶりを押し当てた。
 まるで躊躇う様子もなく、押し当てられたおしゃぶりを葉子が口にふくんで、きゅっと噛む。
 食べ物も飲み物も全て美和から口移しで与えられる生活を送っているうちに、美和の唇が触れていない時は妙に口寂しくなり、ある日の昼寝の間、葉子は無意識のうちに自分の自分の指をちゅうちゅう音を立てて吸って眠っていたの。それを見た美和が、そうなることを思い描いて前もって買い求めていたおしゃぶりを葉子の唇に押し当て、それ以後、葉子は、美和と唇を重ね合わせていない時はおしゃぶりを咥えるのが習い性になってしまっていた。ただ、葉子が自分でおしゃぶりを咥えたり口から離したりすることは許されず、いい子にしていた時のご褒美として美和の手で口にふくませてもらったり、可愛らしい口調で「葉子、おしゃぶりほしいの。お願い、ママ」と美和にせがんで、ようやくおしゃぶりを美和の手で咥えさせてもらう必要があった。このようにして美和は、葉子が幼児の玩具をねだるよう習慣付け、かつての従姉の心を幼い頃へと徐々に、けれど着実に戻すよう仕向けているのだった。

 葉子が嬉しそうにおしゃぶりを吸ったり噛んだりする音が微かに聞こえる中、美和は、股当てのおむつを葉子の両脚の間を通し、その端をおへそのすぐ下のあたりに留め置いて、高々と差し上げていた足をシーツの上に戻し、両脚を少し開かせた。それから、横当てのおむつの両方の端を股当てのおむつの上に重ねて、更にその上におむつカバーの内羽根の両端を重ね合わせ、左右の内羽根どうしをマジックテープで固定した。そうしておいて、次に、開かせた両脚の間におむつカバーの前当てを通して内羽根に重ね、前当ての両端のスナップボタンを、股ぐりに近い下の方から順に丁寧に留め、前当ての上端の位置を調節しながら内羽根に重ね直してマジックテープで留め、腰紐をきゅっと結わえる。あとは、おしっこが漏れ出さないよう、おむつカバーの股ぐりからはみ出ているおむつを指で優しくおむつカバーの中に押し込んでおしまいだ。

「ぱたぱたの後もおとなしくしていてお利口さんだったわね」
 美和は、いつまでも慣れない布おむつの恥ずかしさを我慢するために盛んにおしゃぶりを噛む葉子のお尻をおむつカバーの上からぽんと叩いた。
 と、何かを期待するような目で葉子が美和の顔を見上げ、
「……あのね、ママ。葉子、お利口だったご褒美ほしいの」
と、おずおずと訴えかける。
「あら、ご褒美なら、おしゃぶりをあげたでしょう?」
 葉子が何を期待しているのか充分に承知しているくせに、美和はわざと不思議そうな顔をして訊き返した。
「あ、あのね、葉子、おしゃぶり、好きだよ。……でもね、でも葉子、ママのおっぱい、もっと好きなの」
 おしゃぶりを口にふくんだまま喋るものだから、唇の端からよだれが溢れ出て頬を伝い流れ、枕に小さな染みをつくる。
「そうね、葉子はママのおっぱいが大好きだもんね。ママも葉子におっぱいをちゅうちゅうしてもらうのが大好きよ」
 美和は鷹揚に頷いて言ったが、そのすぐ後で意味ありげな笑みを浮かべて
「でも、今朝はおっぱいをあげる時間がないの。今日はお昼前からお出かけするから、それまでに大急ぎでお洗濯を済まさなきゃいけないし、お洗濯の合間に自分のご飯も食べなきゃいけなくて、ママ、とっても忙しいのよ。だから、おっぱい、ないないなの」
と付け加えた。
「お出かけ……!?」
 葉子の顔がこわばる。
 今ではすっかり美和の幼い娘になりきり、赤ん坊そのままの格好をさせられることにも慣れてしまった葉子だが、それは、美和と二人きりの時だけだ。実際の年齢にはまるでそぐわない羞恥に満ちた装いに包まれた姿を他人の目に晒すなんてできるわけがない。
「そんなに心配しなくてもいいわよ。お出かけの時は、お姉さんみたいな格好にしてあげるから」
 美和は葉子の胸の内を見透かして言い、ブルー地のワンピースをバスケットから取り出して、葉子の目の前でさっと広げた。




 愛くるしい幼女が姿見に映っている。
 幼女がコットンのスリップの上に着ているのは、幅の広い丸襟が目立って、パフスリーブに仕立てた三分袖が可愛らしく、アンダーバストから下がふわりと広がって裾に飾りレースのフリルをあしらった、全体的に丸っこいラインでまとめ、胸元の純白のリボンが清楚で、夏にふさわしく涼しげなブルーの生地のワンピースだ。そして足には、履き口がレースの折り返しになっている、くるぶしあたりまでの長さのソックス。お出かけだからとミトンを外してもらって、久々に自由に動かせるようになった指を曲げたり伸ばしたりする仕草が、やっとのこと自分の思うように手の指を動かせるようになったばかりの幼児めいてあどけなく可愛らしい。。
 大きな鏡に映るその幼女こそが、美和の手でロンパースからワンピースに着替えさせられた葉子だ。
 昼間の遊び着として着せられることが多いチュニックよりも丈は幾らか長いものの、紙おむつに比べると厚ぼったい布おむつを当てているため、布おむつの厚みのせいでぷっくり丸く膨らんだおむつカバーでワンピースの裾がたくし上げられてしまって、おむつカバーを完全には覆い隠すことができない。
 美和は葉子をワンピースに着替えさせる際、ソックスも履き替えさせたのだが、新しいソックスには、足底に縫い込んである低反発素材の厚みを少なくして、いつも部屋の中で履かせているソックスよりも歩きやすくするための調節が施してあった。ただ、歩きやすくなっているとはいえ、あくまでも、いつものソックスに比べれば『幾らか多少は』といったほどのことで、自在に歩き回ることはかなわず、ようやく自分の力で立っちして覚束ない足取りでよちよち歩きをするのが精いっぱいというところだ。
 そんなわけで、姿見の前までは葉子に手を引かれてゆっくり歩み進んだ葉子だったが、美和が手を離した後は、その場に尻餅をつくことはかろうじて免れたものの、脚をぷるぷる震わせ、体が不安定に揺れるのを止めることもできない、見るからに危なっかしい様子で立ちすくんでいた。
 立ちすくんで、体が揺れるたびにワンピースの裾がふわりと舞い上がり、ピンク地に白い水玉模様のおむつカバーが見え隠れする様子は、幼稚園や保育園に入園する頃になってようやくよちよち歩きができるようになったものの、おむつ離れはいつになるかわからない、少し成育の遅い年少さんといったところだろうか。それでも、中におむつを当てていることが容易にわかるほどぷっくり膨らんだオーバーパンツをワンピースよりも丈の短いチュニックの裾から丸見えにして、オーバーパンツのお尻を左右に大きく揺らしながらはいはいしかできない赤ん坊の状態と比べれば、美和の言う通り、『お姉さん』なのは間違いない。

「や。葉子、お外、や!」
 赤ん坊そのままの格好ではないにしても、ワンピースの裾からおむつカバーを見え隠れさせる恥ずかしい装いに、葉子はかぶりを振った。
 けれどかぶりの振り方が激しくないのは、いくら拒んでも結局は美和のなすがままでしかないことをこの二週間で身をもって思い知らされたからだ。家の外へ連れ出されるのをいくら拒んでも拒みきれないことがわかっているくせに、それでも弱々しい抵抗の姿勢を見せることしか今の葉子にはできない。
「駄目よ、聞き分けのわるいこと言っちゃ。葉子がおむつをたくさん汚すからお洗濯に時間がかかっちゃって、ママ、忙しいのよ。ママが用事を済ませる間、葉子はいい子にして、積み木で遊んでいてちょうだい。葉子、もうすっかり積み木が上手になったでしょ。それに、今日はミトンを外してあげたから、もっとずっと上手にできるわよ。だから、ほら」
 美和は、葉子の言うことなど聞く耳を持たずといった様子で、新しいワンピースでおめかしした愛娘の手をぐいっと引いて部屋の真ん中当りへ連れて行き、肩を押さえつけるようにして半ば強引に座らせて、目の前に積み木の箱を置いた。
「や。葉子、積み木、や。葉子、お出かけ、や。葉子、ママのおっぱいがいいの。おっぱいがいいんだってば!」
 葉子は大声を上げ、美和にすがりつこうとして両手を差し延べた。
 大声をあげる葉子の口からおしゃぶりが落ちてしまう。
 床に落ちたおしゃぶりを拾い上げた美和は、近くに置いてあった小物入れから丈夫そうな紐を取り出し、それをおしゃぶりの持ち手側の穴に通して葉子の首にかけてやり、
「こうしておけば、いちいちママにねだらなくても、ほしい時にいつでもおしゃぶりをお口に入れることができるでしょ。今日は、おっぱいをちゅうちゅうさせてあげられない代わりに、これで我慢してちょうだい」
と言って優しく頭を撫で、くるりと踵を返して部屋を出て行った。
「ママ……」
 美和が出ていったドアに物哀しげな目を向けて、葉子は、美和が首にかけてくれたおしゃぶりをおずおずと口にふくんだ。



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