あの夏の日に・完結編

あの夏の日に・完結編



「葉子、ママと一緒に住むようになってからずっとお家の中にいたきりで、お日様の光もあまり浴びてないでしょう? それじゃ体によくないから、お出かけするのよ。葉子はまだあんよが上手じゃなくて遠くへは行けないから、行き先は近くの公園にしようね。うふふ、どんな公園デビューになるか楽しみね」
 玄関のドアを閉め、弾んだ声で言って、葉子の手を引いた美和が歩き出す。
 髪をツインテールに結わえ、おしゃぶりを口にふくんで、襟幅の広いブルーのワンピースを着て、ワンピースの裾からピンク地に水玉模様のおむつカバーを見え隠れさせ、おむつカバーとよく似た色の大振りのポシェットを肩にかけて、足の甲を幅広のベルトで留めるようになっている靴を履いた葉子は、足取りの覚束ないよちよち歩きで美和に付き従うしかなかった。
 動物柄や水玉模様のたくさんの布おむつとおむつカバーが風に揺れながら、二人の後ろ姿を庭の一角の物干し場から見送っていた。

 太陽が頭の上からぎらぎら照りつける夏真っ盛りの正午。みんなエアコンの利いた家中で昼食なのか、住宅街に人影は見当たらない。それに、お盆休みで故郷に帰省したり観光地へ出かけたりする人も多いからだろう、住宅街の中の公園は、元気いっぱいに駆け回る子供の姿もなく、過ごしやすい季節の光景が嘘のように閑散としている。

「疲れたでしょう? ママのお膝に座らせてあげるから、ゆっくり休むといいわ。さ、おいで」
 公園の一角、大きな樹のすぐそばに広げたレジャーシートの上に正座した美和は、優しく「さ、いらっしゃい」と声をかけるのではなく、自分の方がもうすっかり立場が上であることを改めて葉子に思い知らせるために「さ、おいで」と少しばかり高圧的な口調で言って葉子の体を抱き寄せ、むっちりした腿の上にお尻をおろさせて上半身を斜め抱きにした。
 美和の言う通りよほど疲れたのだろう、葉子は顔を真っ赤にして肩で息をしている。
 もっとも、葉子がひどく疲れている様子なのは、炎天下を公園まで覚束ない足取りでよちよちと歩いてきたせいだけではない。家から公園までの道中、人影がないとは言っても、幼女めいた恥ずかしい姿をいつ誰に見られるともしれない。それを怯えて、人見知りの激しい幼児そのまま美和の後ろに隠れるようにしておそるおそる歩いてきた気疲れのせいという方が大きい。
「喉が渇いたでしょう? すぐにお水を飲ませてあげるわね」
 美和は葉子の上半身を斜め抱きにしたまま、肩にかけて持って来た大きなトートバッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出して葉子の目の前で振ってみせた。
 葉子の目が物欲しそうにペットボトルを追いかける。
 美和はキャップを開けてペットボトルをいったんレジャーシートの上に置き、自分が着ているブラウスのボタンに指をかけた。
「や、やだ、お外で、そんなの……」
 美和が何をしようとしているのかすぐに察した葉子は美和の手の内から逃れようとして身をよじった。
 だが、美和は葉子の体を更に強く抱いて離さない。
「どうしたの? 喉が渇いているんでしょう? それに、お出かけする前はあんなにママのおっぱいをせがんでいたくせに。あの時はママ忙しくておっぱいをあげられなかったけど、今はもう大丈夫なのよ。だから、ほら」
 美和は片手で葉子の体を抱きすくめ、空いている方の手でブラウスのボタンを外して胸元を大きくはだけ、ブラジャーのストリングをずらした。
「でも、だって、お外でおっぱいなんて……」 葉子は自分で口にした『お外でおっぱい』という言葉に顔を真っ赤にしてかぶりを振った。
「赤ちゃんのくせにおっぱいを恥ずかしがるだなんて、おかしな葉子。あ、でも、今日は赤ちゃんじゃなくてちょっぴりお姉さんだったわね。そうね、お姉さんなら、おっぱいは恥ずかしいわね。いいわ、だったら、これを使いましょう」
 美和は言って、トートバッグから大きな布地を取り出してさっと広げた。
 布地の上側には大きめの輪になった留め紐が付いている。美和は布地で自分の胸元を覆い、布地が滑り落ちるのを防ぐために、輪になった留め紐を首にかけ、布地と胸元との間に大きめの隙間ができるように全体の形を整えた。
「ほら、こうすれば、葉子の顔を隠すことができるでしょう? それに、ママのおっぱいも見えなくなるから、まわりに人がいても、ゆっくりおっぱいをあげられるのよ」
 美和がトートバッグから取り出したのは、エプロン型の授乳ケープだった。授乳ケープにはいくつか種類があるのだが、夏に使うには、体温がこもりにくいエプロン型が適している。それにエプロン型は、乳房とケープとの距離をゆったり大きく取れるから、その隙間でおっぱいを飲む赤ん坊の様子を見やすいという利点もある。

 美和はケープの上から左手で葉子の体を支え、右手をケープの中に差し入れて、胸の上でペットボトルを静かに傾けた。
 乳房の表面を伝い流れた水が乳首の先で雫になる。
 葉子は目を輝かせて美和の乳首を口にふくんでうっとりと目を細め、乳首を甘噛みするようにして、生ぬるい水をごくんと飲み下した。
 葉子の目が無言でもっと頂戴と美和にせがむ。
 美和はペットボトルを更にほんの僅か傾けた。

 人影ひとつない広い公園にぽつんといる、二人きりの葉子と美和。壁に囲まれた部屋で二人いるより時よりも、互いを求め合う気持ちが強くなる。
 もっとたくさん水を飲みたくて、知らず知らずのうちに唇と舌に力を入れてちゅぱちゅぱと音を立てて美和の乳首を吸う葉子。
 授乳ケープと乳房の隙間で懸命に乳首を吸う葉子の姿に、なんだか自分が本当に母乳を飲ませてやっているような気がしてくる美和。そんな気分を少しでも長く味わっていたくなった美和は、水がなくなってしまうのを僅かでも遅らせようとしてペットボトルの傾きを小さくした。
 すると、葉子がますます唇と舌に力を入れ、尚いっそう強く乳房にむしゃぶりつく。
 これまでにもまして葉子のことがうんと愛おしくてたまらなくなってしまう美和。そして同時に、ちょっぴり意地悪をしてみて、愛おしい葉子がどんな顔をするのかを想像して胸が切なくなる美和でもあった。




 微かな話し声が聞こえたのは、ペットボトルが三分の一ほど空になった頃だった。
 それまで葉子の愛くるしい様子に見入っていた美和がふと顔を上げると、四〜五歳くらいの女の子と母親とおぼしき若い女性が手をつないで歩いてくるのが見えた。幼児向けの水泳教室の帰りだろうか、女の子は有名なスポーツクラブのロゴが入ったバッグを肩にかけて、頭にはタオルを巻いている。
「ね、ママ、あのお姉さん、何をしてるのかな。暑いのに、体に何か巻き付けてるよ」
 こちらの様子をちらちらと窺いながら女の子が母親に話しかける声が聞こえた。
「あのお姉さんは、お姉さんっていうか、お母さんね。ああやって、お母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげているのよ」
 母親が優しい笑顔で女の子に説明してやる。大柄な美和は実際の年齢よりもかなり上に見られることが多くて、母親の目には二十歳過ぎの若いママというふうに映っているのだろう。
 簡単な説明の後、母親は
「うふふ、懐かしいわね。早苗は小っちゃい頃からお外に出るのが大好きで、機嫌がわるくて泣きじゃくっても、公園へ連れて来てあげたらすぐに泣き止んだのよ。だけど、公園にいる間にお腹が空いてきて、また泣いちゃってね。そんな時、まわりの人たちに見えないように、ママもあんなふうにケープを使って早苗におっぱいをあげていたのよ」
と続けた。
「え? 早苗、お外でママのおっぱい飲んでたの? いつもだったら人がたくさんいるこの公園で? やだな、恥ずかしいな」
 女の子はいかにも気恥ずかしそうに言って、もういちどこちらを見た。
「恥ずかしがることなんてないわよ、赤ちゃんだった時の話なんだから。幼稚園に行ってる今の早苗があんなふうにおっぱいを飲んでたら恥ずかしくても仕方ないけどね。――あ、そうだ。プールの端から端まで泳げるようになったご褒美に、久しぶりにおっぱいを飲ませてあげようか? あのお母さんと赤ちゃんの横に座って」
 母親が冗談めかして言う。
「やだ。そんなとこお友達に見られたら恥ずかしくてたまんないよ。幼稚園へ行けなくなっちゃう」
 女の子はぶんぶんと首を振って、もうこれ以上からかわれるのを避けるために何か別の話題になりそうなことをみつけようとしてだろう、もういちどこちらの方に目をやり、ちょっと不思議そうな顔で
「ね、ママ、あの赤ちゃんのおむつ、ピンクで可愛いね。でも、お隣の美鈴ちゃんのおむつと形がちがうよ。おむつって、いろんな形のがあるの?」
と訊ねた。
 本当の赤ん坊に比べればずっと体の大きな葉子だから全身をケープで覆い包むことはできず、美和の腿に載せたお尻は隠せていない。しかも、美和が斜め抱きにする際にワンピースがたくれ上がってしまっていて、本当ならワンピースの裾からおむつカバーが見え隠れする程度なのだが、今は、ピンク地に水玉模様のおむつカバーが丸見えになっている。
 女の子は、母親に尋ねた後も葉子のおむつカバーにじっと見入って興味津々といった様子だ。
「へーえ、今どき珍しいわね、布おむつなんて」
 娘に言われて自分も葉子のおむつカバーをしげしげと眺めて(本当なら、授乳ケープの裾から見えている葉子のお尻が赤ちゃんにしては随分と大きいことに驚き、訝しむところだろうが、平均よりもずっと大柄な美和と標準よりもずっと小柄な葉子との体の大きさの対比のせいでそのことはさして気にもならず、それよりも、自分も同じく子育て真っ最中の母親どうしとして、最近では珍しい布おむつで子育てをしている若い女性に対する興味が先に立ったのか、ピンクのおむつカバーに包まれた葉子のお尻の大きさに驚く様子も訝しむ様子もまるでなく)感心したように呟いた後、改めて
「おむつは紙おむつと布おむつっていう二つの種類があって、昔は布おむつが多かったんだけど、今は紙おむつの方がうんと多いのよ。赤ちゃんがおしっこで濡らしちっゃた布おむつは綺麗に洗濯して乾かさなきゃいけないけど、紙おむつは燃えないゴミに出しちゃえばよくて便利だからね。それに、布おむつは、おむつだけじゃおしっこが漏れちゃって、おむつの上におむつカバーを着けてあげなきゃいけなくて、いろいろ大変なのよ。だから、今は布おむつを使うお母さんは殆どいないの。早苗もそうだったし、お隣の美鈴ちゃんも紙おむつなのよ。だけど、あの赤ちゃんは布おむつね。だから、形が違うのよ」
と、幼い娘にわかるよう丁寧に説明した。
「だったら、どうして、あの赤ちゃんは布おむつなの? 紙おむつの方が便利だったら、あの赤ちゃんのお母さんも紙おむつにしたらいいのに」
 母親の説明に、女の子が訊き返す。この年ごろの子供は好奇心旺盛で、あれは何?それはどうして?といった質問を繰り返して周囲を困らせるものだ。
「そうね、確かに、紙おむつの方が便利ってママ説明したわね。でも、便利か不便かってことだけじゃ決められないこともあるのよ。自分の赤ちゃんにたっぷり愛情を注ぎたくて、わざわざ生地から自分で布おむつを縫ったり、お洗濯をしてお日様の光で乾かして、お日様の匂いがするふかふかのおむつを赤ちゃんに当ててあげたいっていうお母さんもいるしね。つまり、便利か不便かっていうより、どうやって赤ちゃんに愛情を注いであげるかってことの方が大事なのかな、どんなおむつを使うか決めるのは」
 どう説明すればいいのか言葉を選びながら、考え考え母親は説明した。
「だったら、布おむつを使うお母さんの方が赤ちゃんを愛してるってこと? でも、早苗、紙おむつだったってママ言ったよね? ママ、早苗のこと、愛してなかったの?」
 母親の説明を聞いた女の子は少し考えた後、ぷっと頬を膨らませて拗ねてみせた。
「まさか、そんなことあるわけないでしょ? やれやれ、最近すっかり口ばかり達者になっちゃって」
 母親は呆れて肩をすくめてみせ、ふと何か思いついたのかくすっと笑って
「いいわ。ママが早苗のこととっても愛してるっていう証拠に、今から早苗に布おむつを当ててあげる。赤ちゃんにおっぱいをあげているお母さんにお願いして赤ちゃんの布おむつを貸してもらって、早苗に当ててあげる。そしたら、ママが早苗のこと大好きだってことがよぉくわかるでしょ?」
と、うふふと笑って娘に言い返した。
「やだよ、そんなの。もう幼稚園の年中さんなのに、おむつなんて恥ずかしすぎるよ。そんなの、年少さんにも笑われちゃうよ」
 女の子は顔をかっと赤らめて再びぶんぶんと首を振り、更に話題を変えようとして
「プールの端まで泳げるようになったことパパに言ったら、ご褒美買ってくれるかな。早苗、ずっと前から、赤ちゃん人形がほしかっんだ。お隣の美鈴ちゃんみたいに哺乳壜でミルクを飲ませてあげて、おしっこでおむつを濡らしちゃうお人形。それでね、あの赤ちゃんみたいな可愛いおむつをしてる赤ちゃん人形がいいの。ママもパパにお願いしてくれる?」
と、はにかんだ様子で母親にねだった。
「いいわよ、ママからもパパにお願いしてあげる。それで、今度、プールを往復できるようになったら、その時こそ、愛情たっぷりの布おむつを縫って当ててあげようかな」
 母親はとびきりの笑顔で応じた。
「いじわる。ママのいじわる」
 女の子は口では『いじわる』と言いながらも、こちらもとびきりの笑顔で母親の胸に顔を埋めた。

「さすがに幼稚園の年中さんともなると、おっぱいもおむつも恥ずかしいのね。でも、葉子はどっちも恥ずかしくなんてないわよね? 今はちょっぴりお姉さんの格好をしているけど、本当はまだまだ赤ちゃんだもの。赤ちゃんの葉子がおっぱいやおむつを恥ずかしがったりするわけないわよね」
 目の前を通り過ぎる二人の後ろ姿を見送りながら、美和は、母娘のやり取りなど聞こえなかったようなふうを装って無心におっぱいを吸う葉子の頬を指でそっとつついた。




 レジャーシートを敷いた場所から少し離れた芝生広場に、美和に手をつないでもらってよちよち歩きをする葉子の姿がある。
 葉子に水を飲ませ終え、首にかかっているおしゃぶりを咥えさせてから、美和が、せっかく公園まで来たんだから体を動かそうよと言い、強引に手を引いて芝生広場へ連れて来たのだ。葉子は抵抗したのだが、美和に抗いきれるわけがなかった。

「ほら、あんよは上手。いっちに、いっちに」
「や、やだ、もっとゆっくり歩いてよ。急いじゃやだ」
 前方に立って行く手に障害物がないかどうか確認するために時おりちらちら振り返りつつ、葉子の両手を自分も両手で支えて後ろ向きに歩く美和に、よちよち歩きの葉子が前のめり倒れそうになりながら力ない声で懇願する。
 おしゃぶりを口にふくんだままだから、唇からよだれが溢れ出て顎先から胸元に伝い落ち、ワンピースに染みをつくる。
「せっかくの新しいワンピースなのに早速汚しちゃって困った子だこと。今日はいつもよりもお姉さんだから大丈夫だと思っていたけど、やっぱり、よだれかけを着けてあげなきゃいけないかしら。念のためにと思ってポシェットに入れて持って来させておいてよかったわ」
 美和は歩みを止め、葉子が肩からかけているポシェットからガーゼのハンカチを取り出してよだれの跡を拭った後、これもポシェットから、大きなよだれかけを取り出した。
「や! よだれかけ、や!」
 思わず葉子は大声をあげてしまい、ワンピースの胸元に再びよだれの染みをつくって、慌てて口を閉ざした。
 いつまたさっきの親子連れのように誰が通りかかるかもしれない場所で、これ以上の羞恥の装いは堪えられない。
 おしゃぶりをきゅっと噛みしめて葉子は弱々しく首を振り、すがりつくような目で美和の顔を見上げた。
「いいわ、じゃ、よだれかけは後にして、今はあんよのお稽古を頑張りましょう。早くパンツのお姉さんになれるようにね」
 美和はにんまり笑ってハンカチとよだれかけをポシェットに戻し、再び葉子の手を取って歩き始めた。




 それからしばらくして葉子の肩がびくっと震えて脚の動きがぴたっと止まった。前方の一点を凝視したまま顔がこわばる。
 葉子の目には、こちらに向かって歩いて来る二人組の少女が映っている。
 近づいてくるにつれ、二人が着ているのが、葉子と美和が通っているM高校の制服だということがわかる。
 それも、一人は川下加奈子、もう一人は松野千夏、どちらも葉子のクラスメートだ。

「急にどうしちゃったの? あ、ひょっとして、ちっち出ちゃったのかな? だったら、レジャーシートの所へ戻っておむつ取り替えてあげなきゃね」
 葉子と顔を向かい合わせにしているせいで加奈子と千夏の姿が視界に入っていない美和が僅かに小首をかしげて、レジャーシートを敷いておいた方に向かって歩き出そうとする。
 それを葉子が今度は逆に美和の手をぎゅっと握って足を踏ん張り、ジャングルジムやブランコといった様々な遊具が設置してある区画の方に向かって何度も首を振ってみせた。
 本当は
「同級生がこっちに来るから、どこか他所へ行こうよ」
と言葉に出して言いたいのだが、ブラウスの胸元に更にまた染みを増やしたら今度こそよだれかけを着けさせられてしまうと思うと口を開くことができない。
 今の葉子にできるのは、無言で目配せをして、遊具区画の方に向かって美和の手を引っ張ることだけだった。遊具が置いてある所へ行けば、滑り台の後ろなり、ミニアスレチックの陰なり、どこか隠れる所がある筈だ。
「ああ、遊具で遊びたいのね。だけど、あんよも上手じゃない葉子にはまだ早いんじゃないかな。もう少しお姉さんになってからの方がいいよ、きっと。でも、ま、葉子がそんなに行きたいんだったら連れて行ってあげるけど」
 ようやく葉子の目配せに気づいた美和が納得顔で言う。

 だが、もう遅かった。
 こちらの存在に気づいた二人が足早に歩み寄り、加奈子が美和の肩に手をかけて
「夏休みになってから一度も顔を合わせてないけど元気そうね、山内さん。それに、公園であんよのお稽古をさせてあげるだなんて、すっかり『ママ』してるじゃない。うん、感心感心」
といかにも親しげに言ってにこやかに微笑み、それと同時に千夏が葉子のすぐそばに立って
「藤田さんも元気そうね。あ、ううん、こんな可愛い子に『藤田さん』なんて大人びた呼び方は変だから、『葉子ちゃん』の方がいいわよね。――葉子ちゃんも元気そうね。ママにお手々をつないでもらってあんよのお稽古かな。ママの言いつけを守って頑張るのよ」
と、こちらも笑顔で話しかける。
「え……!?」
 葉子はわけがわからなかった。
 同級生二人の自分たちへの接し方。そこには、驚いた様子や訝しむ様子は微塵もない。美和が母親として振る舞い、葉子が美和の幼い娘として振る舞っているのをまるで当たり前のことに思い、葉子と美和に対してごく自然に――高校生なのに口にはおしゃぶりを咥え、丈の短いワンピースの裾からおむつカバーを見え隠れさせている葉子に対しても、そんな葉子の母親然としてあんよの練習をさせている美和に対しても、それがまるで当たり前のことにように接してくる加奈子と千夏。
 葉子は、ふと思い出した。
(たしか、二人とも美和ちゃんと同じ家庭科部だった筈。それが何か関係しているのかも。ううん、でも……)
「加奈子先輩と千夏先輩には私が教えてあげたのよ、葉子が可愛い赤ちゃんになっちゃったことや私が葉子のママになったことを。葉子がロンパースのお尻を揺らして一生懸命はいはいのお稽古をしているところや、おしゃぶりを咥えたままねんねしている葉子がお目々を覚まさないように気をつけながら私がおむつを取り替えてあげているところを撮った動画をメールに添付してね」
 葉子の疑念を見透かすかのように、こともなげに美和が言ってくすっと笑った。
「ど、どうして、そんな!?」
 なんとも表現しようのない表情を浮かべ、唇の端からよだれが溢れ出すのも気がつかない様子で思わず口を開いてしまう葉子。
「あら、葉子ちゃんたらご機嫌斜めだこと」
 千夏がわざと驚いたように言う。
 そこへ加奈子が
「甘えんぼうの葉子ちゃんはママにべったりで、ちょっと人見知りなところかありそうだから、急に私たちに話しかけられてびっくしちゃったのかな」
と、それこそ幼児をあやすような口調で言い、時おり美和がそうするように葉子の髪をそっと撫でつけて
「でも、ずっと一緒にいるうちに私たちにも慣れてくれるわよね。だから、葉子ちゃんに気に入ってもらえるよう、今日からしっかりお世話して可愛がってあげるわね」
と、葉子の顔を正面から覗き込んで付け加えた。
「そうね、今日から一週間、頑張って葉子ちゃんのお世話の仕方を覚えて、葉子ちゃんと仲良しにならなきゃね」
 加奈子と同じように千夏も葉子の顔を覗き込んで大きく相槌を打つ。

 わけがわからないまま唖然とした表情で立ち尽くすだけの葉子がぶるっと腰を震わせたのは、それからほどなくしてのことだった。 葉子は口にふくんでいるおしゃぶりをきゅっと噛んで、もういちど、今度は少し大きく腰を震わせた。
「あ……」
 蝉時雨にかき消されそうなほど弱々しい声が葉子の口から漏れて、よだれがワンピースの胸元に新しい染みをつくる。
「どうしたの、葉子ちゃん!?」
 慌てた様子で葉子に声をかけた千夏だが、加奈子が指差す方を見て、すぐに納得顔になる。
 加奈子が指差す先では、美和が芝生に膝をついて体をかがめ、葉子のおむつカバーの股ぐりに指を差し入れて、二人に向かって意味ありげに頷いてみせていた。
「しくじっちゃったみたいね、葉子ちゃん」
 千夏が美和に声をかける。
「ええ、ぐっしょりです。おむつは出かける少し前に取り替えてあげたきりだし、あんよのお稽古の前にお水をたくさん飲ませてあげたから仕方ありませんね。ただ、最近はおむつを汚しちゃう回数が増えているし、おむつを汚しちゃったことを教えてくれないことも多いいから、これまでよりもこまめに確かめてあげなきゃいけないみたいです」
 美和は説明して、おむつカバーの股ぐりに差し入れた指をそっと抜いた。
 美和の言う通り、葉子は数日前から、昼間といわず夜といわず、おもらしの回数が増えている。美和におむつを取り替えてもらうことに異様な悦びを覚える葉子は、下腹部をじわじわと生温かく濡らしながらおしっこがおむつ全体に広がってゆく感触や、おしっこを吸収したおむつで蒸れておむつカバーの中がじとっと湿っぽくなる感触や、おしっこのおむつがゆっくり冷えて体をぞくりと震わせる感触の虜になり、無意識のうちにおむつを自分のおしっこで汚してしまうのを心待ちするようになっていたのだが、濡れた感触が紙おむつに比べてよりはっきりわかる布おむつを使うようになってからは、その性向がいっそう顕著になっているのだ。
 それに加えて、美和との同居生活が始まって二日目に積み木遊びの最中におむつを汚してしまったにもかかわらず、そのことを美和に告げず、遊びに夢中になるあまり自分がおむつを濡らしたことさえ気がつかない幼児のように振る舞ったことが強烈な体験となって心の奥底にいつまでも残り、同居生活が始まって間もない頃は(美和に甘えるために)おむつを汚したことを「ママ、葉子、おむつ、ちっち」のような幼児言葉で告げていたのが、いつしか、おしっこをしくじってしまってもそれを明確に言葉では伝えず、むずがることでしか母親におしっこのことを伝えられない低月齢の赤ん坊そのまま美和の指でおむつの具合を確かめてもらうことに倒錯的な被虐の悦びを覚えるようにもなっていた。
 しかも、同居生活が始まって二日目に美和が自分のそばからいなくなったことがきっかけになって、それ以後、自分の視界の中に美和の姿が見当たらなくなると、すぐに我慢できなくなっておむつを濡らしてしまうようにもなっている葉子だった。もともと、美和の庇護を求めるあまり夜尿を繰り返すようになり、ついには意識がある間もおもらしでおむつを汚すようになった葉子だから、美和の優しい顔が見えず、美和の柔らかい手に触れられない状況に置かれたりすれば、すぐに心が悲鳴をあげてしまう。心の悲鳴は、寂しさのせいで声を出すことさえかなわない葉子が目の前にいない美和を自分のもとに呼び戻すための切ない訴えかけだった。たとえば今日も、用事を片付けるために美和が部屋を出て行ってすぐ、美和が出て行ったドアを物寂しげにみつめながら、知らず知らずのうちに葉子はおむつを汚してしまい、用事を終えて戻ってきた美和の問いかけに対して「葉子、おむつ、ちっち、ない」と答え、答えつつ頬をうっすら赤らめる様子を見て取った美和がおむつカバーの股ぐりに指を差し入れ、おしっこでじとっと濡れた下腹部を美和の指にまさぐられる感触に陶然としてしまった葉子だ。

 葉子の美和に対する依存心は、そうなるように仕向けた美和が思っているよりもずっと早く強く葉子を虜にしていた。




「や。ママがいいの。ママじゃなきゃやだってば……」
 大きな樹のそばに広げたレジャーシートの上に寝かされて葉子は盛んに涙声で訴えかけ、弱々しく首を振った。
 唇の端から溢れ出たよだれが頬を濡らす。
 それをレジャーシートに寝かせる前に着けておいたよだれかけの端で綺麗に拭いながら、美和が
「いい子だからおとなしくしてちょうだいね。
これからは加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんにもおむつを取り替えてもらうことになるんだから、早く慣れておかなきゃいけないのよ。その間ママがあやしてあげるからぐずっちゃ駄目よ。ほら、からころからころ」
と言い聞かせ、トートバッグから取り出したプラスチック製のガラガラを振り鳴らした。
 からころからころ。
 からころからころ。
 軽やかな音色が蝉時雨と入り交じって、どこまでも広がってゆく。

「加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃん……?」
 美和が言った『お姉ちゃん』という言葉に、涙声はそのまま、葉子がきょとんとした顔で聞き返す。
 そうしている間にも千夏がワンピースの裾を葉子のお腹の上に捲り上げ、おむつカバーの腰紐を解いて、おむつカバーの前当ての端に並んでいるスナップボタンを一つずつ丁寧にぷつっぷつっと外す。
「あと二週間ちょっとで夏休みは終わっちゃうのよ。そしたら、学校へ行かなきゃいけない。それまでに葉子、おむつ離れできるかしら?」
 ガラガラを振り鳴らしながら、美和は、すっと目を細めて葉子に問いかけた。
 はっとした表情が葉子の顔に浮かぶ。
 胸の奥底に抱いていたひそかな願望が現実ものになって美和に思いきり甘え、美和に世話をしてもらう毎日。美和の乳首からミルクや水を飲み、美和の手でおむつを取り替えてもらい、美和に全てを委ねる生活。そのような甘美きわまりない日常から抜け出せる心の強さを自分が持ち合わせていないのは明らかだ。卒業に必要な出席日数を確保するために嫌々ながら学校へ行ったとしても、美和がそばにいないと自分では何もできなくなってしまっている今、一年生が校舎の三階、三年生が一階と教室が遠く隔てられている状況で学校生活を無難に送れる筈がないことは自分自身が痛いほどわかっている。
「だから、家庭科部の加奈子先輩と千夏先輩にお願いしたのよ、葉子のベビーシッターになってほしいって。二人とも葉子と同じクラスだし、それに、大学は幼児教育の分野に進んで、ゆくゆくは小っちゃい子と接する機会が多いお仕事を志望していて、これまでの文化祭でも幼児教育の変遷とかをテーマにした展示物に力を入れていたというほど子供好きだから無理を承知でお願いしたんだけど、快く引き受けてもらえることになったのよ」
 美和は加奈子と千夏の顔を交互に見て言った。
 その千夏は今、葉子の左右の足首を一つにまとめて掴み持って、そのまま高々と差し上げ、ぐっしょり濡れたおむつを手前にたぐり寄せている最中だ。いくら子供好きで、家庭科部の校外活動として近くの保育園や幼稚園に赴いて実際に子供の面倒をみさせてもらう実習を経験しているとはいえ、実際の赤ん坊よりもずっと体の大きな葉子の、しかも本当は高校の同級生である葉子のおむつを取り替えるのだから、手つきがぎこちないのも仕方ない。
「ベビーシッター……」
 葉子は美和が口にした言葉をぽつりと繰り返した。
「そうよ、葉子のベビーシッターよ。今日から一週間、ママのお家で一緒に暮して、どんなふうに葉子のお世話をすればいいのか実際に経験して、学校が始まったら、授業中に汚しちゃった葉子のおむつを保健室のベッドで取り替えてくれて、お昼休みになったら、固い物を食べられなくなっちゃった葉子を保健室へ連れて行って離乳食をたべさせてくれるベビーシッター。夏休みが終わったら葉子は卒業の日まで、お家ではママに、学校では同級生でベビーシッターの二人にお世話してもらうのよ、手のかかる赤ちゃんとしてね。だから葉子は二人のことを、お家に遊びに来て葉子の面倒をみてくれる親戚の優しいお姉さんだと思って、加奈子お姉ちゃんとか千夏お姉ちゃんって呼ぶの。わかる? 加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんは、葉子のお世話の仕方をおぼえるために今日から家族になってくれるのよ。とっても大切な家族にね」
 美和は言って、反応を確かめるかのように、葉子の顔を正面から覗き込んだ。
 すると横合いから
「お姉ちゃんだなんて、なんだか照れちゃうな。私も加奈子も一人っ子で、妹がいたら楽しいだろうなっていつも二人で話してて、それが本当にこんな可愛い妹ができちゃって、しかも、おむつのお世話をしてあげなきゃいけない赤ちゃんの妹ができちゃって、なんだか胸がむずむずしちゃって、とっても照れくさいや」
と千夏が弾んだ声で話しかけ、くすぐったそうな表情で加奈子と目配せを交わし合って、満更でもなさそうにえへへと笑った。
 えへへと笑う千夏のかたわらで、こちらも同じく照れくさそうにしながら加奈子が丸っこい容器の蓋を開けて柔らかなパフでベビーパウダーを掬い取り、千春が足を高々と差し上げたままにしている葉子の無毛の下腹部にうっすらと白化粧を施してゆく。




 不意に、幼児特有の遠慮のない
「あ、さっきの赤ちゃんだ。赤ちゃん、さっきはおっぱい飲ませてもらってたけど、今度はおむつ取り替えてもらってる」
という甲高い声が聞こえた。
 振り向いた美和の視線の先には、授乳ケープを使って葉子に水を飲ませていた時に目の前を通り過ぎて行った女の子の姿があった。
 ただ、さっきとは違って今度は、母親だけではなく、父親とおぼしき男性も一緒だ。
「駄目でしょ、早苗。急に大声を出して赤ちゃんがぐずったらどうするの」
 手をつないで歩いていた母親が女の子をたしなめ、恐縮しきりの様子で
「さきほどといい、今といい、娘が失礼なことをしまして申し訳ありません。お子さん、むずがったりしていませんか?」
と、いかにもすまなそうに美和に向かって頭を下げる。
 葉子を取り囲むようにして座っている三人の体に視界が遮られているせいだろう、やはり母親は葉子の体が赤ん坊にしては異様に大きいことには気がついていない様子だ。
「いえ、娘は大丈夫です。泣き出したりしないで、時々面倒をみてくれている高校生のお姉さんにおとなしくおむつを取り替えてもらっています」
 美和は母親に向かって、気にしないでくださいと手を振った。
 こんなふうにして葉子の面倒をみるのは今日が初めてだけどねとぺろりと舌を突き出して、母親に気づかれないよう注意を払いながら加奈子と千夏がくすくす笑い合う。
 けれど女の子は、少したしなめられたくらいで言動を改める様子はまるでなく、
「あのね、赤ちゃんのママ。早苗、プールの端まで泳げるようになったご褒美に赤ちゃん人形を買ってもらうの。今からパパとママと一緒に買いに行くんだよ。いいでしょ」
と、そのことがよほど嬉しいのだろう、声を弾ませて、えへんと胸を張ってみせた。
「よかったわね。せっかくだから、可愛い人形を買ってもらうといいわ」
 女の子の無邪気な喜びようにこちらも明るい笑顔になって美和が言葉を返す。
「うん、わかった。とっても可愛い赤ちゃん人形をおねだりするね。今度また会ったらみせてあげる。じゃ、行ってくるね。――あ、そうだ。早苗が大声を出しちゃったせいで赤ちゃんが泣いちゃったらごめんなさい」
 女の子は手を振って歩き出しかけたが、ふと足を止めてぺこりと頭を下げてから、母親と父親に手をつないでもらって改めて歩き出した。
 三人が親子連れの後ろ姿に向かって手を振る。
 その後も
「お家で早苗が話してたの、さっきの赤ちゃんのことだよ。ね、赤ちゃん人形、あの赤ちゃんみたいなおむつしてるお人形がいい。ママに教えてもらったんだけど、赤ちゃんのおむつ、布おむつっていうんだって。早苗、布おむつの赤ちゃん人形がいい」
と女の子がねだる声と、
「でも、布おむつの赤ちゃん人形なんて売ってるのかな。今は紙おむつばかりだと思うんだけど。ま、探してみてみつからなかったら、お店の人にも聞いてみようか。それで駄目だったら、ネットで探してみようかな」
と、少し困ったように父親が応じる声が微かに聞こえ、
「あの子が欲しがっている赤ちゃん人形が見当たらなかったら、代わりに葉子を貸してあげるのもわるくないかもね。今度会うことがあったら、お家を教えてもらおうかな」
と、誰に言うともなく美和が呟いた。
 冗談めかした口調だが、美和のことだからそれが冗談だと断言することもできずに、葉子はぞくりと背中を震わせてしまう。

 親子連れを見送った後、千夏はふかふかの股当てのおむつで葉子の股間を覆い包み、横当てのおむつの両端を股当てのおむつに重ね置き、その更に上におむつカバーの左右の内羽根どうしをマジックテープで重ね留めて、両脚の間に通した前当てのボタンを丁寧に留めた後、腰紐をきゅっと結わえた。
 そして最後に、最近の校外活動で赴いた、布おむつの使用を推奨している保育園での実習を思い出して、おむつカバーの股ぐりからはみ出ているおむつを優しく指でおむつカバーの中に押し込んで、ようやくおしまいだ。

「さ、できた。ちょっともたついちゃったけど、おとなしくしていてくれてお利口さんだったわね、葉子ちゃん」
 同級生の手でおむつを取り替えられた羞恥のために顔を真っ赤にしている葉子の上半身を加奈子と二人で抱き起こしてやって、千夏は葉子の頭を優しく撫でた。
 葉子の顔がますます赤く染まる。
「山内さんからのメールじゃ、おむつを取り替えてもらう間おとなしくしていたら、ご褒美におっぱいをちゅうちゅうさせてもらえるんだってね? せっかくだから、今日はママの代わりに私がおっぱいをちゅうちゅうさせてあげようか?」
 葉子の頭を撫でる千夏のかたわらで、意味ありげな笑みを浮かべて加奈子が言った。
 それに対して、更に耳の先まで真っ赤にして葉子はかぶりを振る。
「どうして?」
 加奈子が短く問い質す。
「……ま、ママがいいの。葉子、ママの……」
 少しだけ逡巡してから言いかけて、けれど言い淀んで、それでも葉子は少しだけ間を置いて
「……葉子、ママのおっぱいがいいの。葉子、ママのおっぱいが大好きで、ママじゃなきゃ駄目なの。だから、ごめんね。おっぱいちゅうちゅうさせてあげるって言ってくれたのに、葉子、ママじゃなきゃ駄目で、だから、ごめんね。――ごめんなさい、加奈子お姉ちゃん」
と、つっかえつっかえしながらも最後まで言葉にして、くすぐったそうな表情を浮かべて加奈子のことを『お姉ちゃん』と呼んだ。
 すると加奈子が、満面の笑みを浮かべて
「私、今、とっても嬉しいんだ。葉子ちゃんが私のことを『加奈子お姉ちゃん』って呼んでくれて、私のおっぱいを断ったことをちゃんとごめんなさいしてくれて、私、とっても嬉しいんだよ。それになにより、自分が誰を好きなのかちゃんとわかっていて、好きな人のことを言葉できちんと好きだって言えて、好きな人のおっぱいの感触をしっかり憶えている、葉子ちゃんがそんなにも素直でいい子でいることが、私、嬉しくて嬉しくてたまんないんだよ」
と、教室では聞いたことのないようなはしゃいだ声で、ううん、正確に言えば、はしゃいでいる中にちょっぴりだけ哀しそうな様子が混ざった声で言って、千夏の顔をちらと見て、
「そんないい子の葉子ちゃんには、私たちのことをちゃんと知っておいてほしいんだけど――千夏もそれでいいよね?」
とここだけは真剣な顔つきになって念を押すように訊ねて、それから、また笑顔に戻って、どんな答えが返ってくるのかわかりきっている様子で、千夏が返事をする前に
「あのね、私と千夏はこういう仲なんだよ。しっかり見ていてね」
と言って、千夏と唇を重ね合わせた。
 予め知っていたのだろう、そして、知っていたからこそ葉子のベビーシッターの役を二人に依頼したのだろう、美和は平然とした顔で、唇を重ねる二人の姿を見守っている。
 葉子も、まるで驚かなかった。驚くどころか、むしろ、ぱっと顔を輝かせて、二人が唇を重ね合わせる様子に見入っている。
「葉子、わかってた。加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんがとっても仲良しだってこと、葉子わかってた。お姉ちゃんにおむつを取り替えてもらうの、最初は恥ずかしくて泣いちゃいそうだった。でも、二人のお手々、とってもあったかだった。あったかでやわらかで、それで、加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃん、とっても息が合ってて、おしっこをお尻拭きできれいきれいしてもらうのも、ベビーパウダーをぱたぱたしてもらうのも、二人で一緒にしてくれて、葉子、とっても気持ちよかった。だからすぐにわかったの。加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんがすごく仲良しだって。仲良しで仲良しでキスしちゃうくらい大の仲良しだってこと、葉子、すぐにわかったんだよ」
 おしゃぶりを口にふくんだまま話し続けるものだからとめどなくよだれがこぼ出て、よだれかけの染みがどんどん大きくなる。けれど、そんなこと気に留めるふうもなく葉子は言って加奈子と千夏の顔を上目遣いに見上げた。




 家に戻ってすぐ、美和は加奈子と千夏を来客用の寝室に案内した。
 葉子がこの家にやって来た日に使おうとしたが、強引に美和の部屋へ連れて行かれてしまい、結局は使うことのなかった寝室だ。
 寝室に入ってすぐの所に、加奈子と千夏が前もって宅配便で送っておいたダンボール箱が幾つか置いてある。

「ベッドは本格的なダブルじゃないけどヨーロッパ製のセミダブルだから、二人で一緒に寝てもらっても窮屈じゃない筈です。遠慮なさらず、存分に二人仲良く使ってください」
 寝室に入って先ず、美和はベッドをぽんと叩き、『二人仲良く』という部分を意味ありげに強調して言った。
 言われて、加奈子と千夏が気恥ずかしそうに目を見合わせて頬を染める。
 実は、二人が美和の家を訪れるのは今回が初めてのことではない。将来は服飾デザインに関係する職業に就きたくて、その手始めとして縫製の基礎を学ぶために家庭科部に入った美和だったが、入部してすぐに、家庭科部の先輩である加奈子と千夏から自分と同じ『匂い』を嗅ぎ取って或る予感を仄かに抱き、それから入念に二人の様子を観察してみて、仄かな予感は、二人が自分の『お仲間』だという固い確信に変わった。以来、美和と二人の仲は急速に接近し、遂には美和が、誰の目も憚らずに愛の営みを行うための場所として自宅の来客用の寝室を使ってもらってもいいですよと二人に申し出るまでになり、最初は躊躇いがちだった二人も美和の強い勧めがあって申し出を受け入れ、それから後は週末にたびたび美和の家を訪れ、ベッドで『二人仲良く』時間を過ごし、汗と愛液にまみれた体を浴室のシャワーで綺麗にしてから、仲睦まじく一つのベッドで就寝し、美和が用意する朝食と昼食をとってから帰宅するほどになっていた。
 二人が愛の営みのために美和の家を訪れる際は、家庭科部の次の展示会に向けて泊まり込みの準備をするからと告げ、きちんと制服を着用して家を出るといったことを忘れず、家人にあやしまれないようよう心がけており、もちろん今回の一週間にわたる美和や葉子との同居生活においても、同様の手段を使って家人に訝しまれないよう細心の注意を払っている。
 更に付け加えて説明しておくと、家庭科の教諭が女子の生活指導全般を受け持っていて忙しいこともあって、保健室をまかされている養護教諭が家庭科部の顧問を務めているのだが、実はその養護教諭も美和たちの『お仲間』であり、様々な性嗜好に対する理解が深く、葉子のおむつを取り替えたり葉子に離乳食を食べさせるのに保健室を使わせてもらえるよう依頼したところ、あっさり認めてくれたのは、美和たちにとって、まさに僥倖だった。

 ベッドの次に美和は備え付けの箪笥の引出やクローゼットの扉を開けて
「こちらも自由に使ってください。葉子が高校生のお姉さんだった時の着替えが入っていたんですけど、一週間前にすっかり処分しちゃいましたから」
と、葉子の顔をちらと窺い見て二人に説明した。
 葉子がこの家にやって来た日の夕方、予め宅配便で送っておいた衣類を寝室の箪笥やクローゼットに収納したのだが、その日の夜におむつのことを知られてしまい、それ以後は美和お手製のベビー服や女児服での生活が続き、更には一週間前に紙おむつがなくなった後は布おむつを使うようになると、それをきっかけに美和がベビー箪笥を買い求めて自分の部屋に置き、手縫いした布おむつやおむつカバーと、それまではバスケットやダンボール箱に入れていたベビー服と女児服をベビー箪笥に収納し、それと同時に、葉子の本来の衣類を、もう着ることはないからと、外出着も部屋着も、それに、パジャマや下着の類いも含めて、全て処分してしまったのだ。まだ残っている葉子の衣類といえば、僅かに高校の制服と体操着だけが美和の部屋のクローゼットに肩身狭げに掛けてあるだけになってしまっている。

 何も入っていないことを確認するために引き開けた箪笥の引出やクローゼットの扉を再び閉めてから美和はもういちどベッドのすぐそばに戻り、ベッドと壁の間を指差して
「夕方には、葉子の体の大きさに合わせて特別に注文して作ってもらったベビーベッドが届いて、ここに置くことになっています。さすがに三人一緒に寝るにはセミダブルじゃ狭いから、葉子はベビーベッドにねんねさせてください。少しくらい寝相がわるくても転げ落ちないようにしっかりした囲い柵を付けてもらっているから一人でねんねさせても大丈夫だし、それに、聞きわけがわるい時は、お仕置きとして、自分ではベビーベッドから出られないようにして反省させるのに使ってもらってもいいですよ」
と、にんまり笑って加奈子と千夏に説明した。
 それを聞いた葉子が
「や! 葉子、ママとねんねがいい。ひとりぽっちでベビーベッド、や!」
と、今にも泣き出しそうな顔をして美和のもとに駆け寄ろうとする。
 だが、いつもよりは歩きやすいといっても、よちよち歩きしかできないよう細工を施したソックスを履かされているものだから、足を踏み出した途端に体のバランスを崩して尻餅をついてしまいそうになった。
 と、そこへ加奈子が咄嗟に両手を差し延べて、今にも仰向けに倒れそうになっている葉子の体を受け止め、自分の胸元に抱き寄せた。
「大丈夫? 痛いところはない?」
 優しく問いかける加奈子にどう答えていいのかわからず、葉子は曖昧に頷くだけだ。
 美和ほどではないにしてもどちらかというと豊かで張りのある乳房が制服越しに頬に触れて、葉子をどぎまぎさせる。
 その様子を見た美和がふと何か面白いことを思いついたような顔になって
「せっかくだから、そのまま抱っこで加奈子お姉ちゃんにお風呂場まで連れて行ってもらいなさい。それで、あんよのお稽古でかいた汗を加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんにシャワーできれいきれいしてもらうといいわ。先輩たちも暑い中をきちんと制服で汗をかいているでしょうし、いつもみたいに二人仲良くシャワーを浴びてきてください。もっとも、葉子も一緒だから、今回はあまり仲良くはできないかもしれませんけど」
と言い、葉子を横抱きにしている加奈子と千夏の背中を押すようにして寝室をあとにした。

 廊下に出た後も葉子は懇願をやめない。
 金切声や、すすり泣きの混じった声で
「や! 葉子、ママとねんねなの。ママのベッドで、ママに抱っこしてもらってねんねがいいんだってば」
と切々と訴えかけ続ける。
 それに対して美和が
「一緒にねんねできなくて寂しいのは葉子だけじゃないのよ。ママも寂しくてたまらないの。でもね、葉子が夜泣きをやめない時や、怖い夢を見て泣きじゃくっちゃう時にどうやってあやせばいいか、加奈子お姉ちゃんも千夏お姉ちゃんも実際に経験してみないとわからないでしょう? それに、お目々が覚めている時のおもらしとねんねの時のおねしょじゃおしっこの量が違うからおむつの枚数も調節しなきゃいけないんだけど、それも実際に経験してみないとわからないことなのよ。だから、加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんがうちにいる間は葉子と一緒にいて、いろいろ憶えてもらわなきゃいけないの。昼間も夜も、ずっと一緒にね。だから、その間、ママとねんねさせてあげられないの。葉子はお利口さんだもの、わかってくれるよね?」
と宥めすかすのだが、葉子は
「や。葉子、お利口さんじゃない。葉子、いい子じゃない。葉子、ママとねんねなの!」
と言ってきかない。
 そんな葉子の様子に美和はもうこれ以上は聞く耳もたずというふうに一度だけ小さく首を振り、
「いいから、加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんにシャワーで体をきれいきれいしてもらってらっしゃい。今からママは夕飯の材料を買い行くから、その間、お姉ちゃんの言いつけをきいていい子でいなきゃ駄目よ」
と葉子に言い聞かせ、あとのことはお願いしますと二人に声をかけて、廊下を足早に歩き始めた。
「ママ、ママ! 葉子もママと一緒に行く。葉子、ずっとママと一緒なの。葉子、ママがいいの。ママがいいんだってば……ふ、ふぇ、ふぇーん。うぅ、ぅわ、うわーん」
 美和の後ろ姿が見えている間は声の限りに訴えかけ、美和が玄関から出て行った後は手放しで泣きじゃくって、加奈子に抱きかかえられたまま葉子は何度も身をよじった。




「あら?」
 浴室でバスチェアに座り、自分の膝の上に葉子を座らせて加奈子がシャワーでお湯をかけてくれるのを待っていた千夏だが、まだシャワーのお湯がかかっていないにもかかわらず自分の脚が濡れる感触を覚え、不思議そうな顔をした。
 が、原因はすぐにわかった。 
 膝の上に座らせた葉子が、泣きじゃくりながらおしっこを漏らしてしまったのだ。
 美和の姿が見えなくなると、寂しさのあまりおむつを汚してしまうのが習い性になってしまった葉子。だが、玄関のドアが閉まって美和の後ろ姿が見えなくなっても、千夏と加奈子の存在が気になって、しばらくの間はおしっこを我慢できていた。それが、千夏と加奈子の手でワンピースとスリップとソックスを脱がせてもらい、汗でじっとり濡れたおむつを外してもらって浴室に連れて来られ、千夏の膝に座らされる間にとうとう我慢できなくなって、漏れ出たおしっこで千夏の両脚をしとどに濡らしてしまったのだった。

 葉子の無毛の股間からおしっこの雫がぽたぽたと滴り落ちて自分の脚を濡らす様子を目にした千夏は、葉子の太腿の裏側に手を差し入れ、小柄な体を後ろから抱え上げた。
 美和ほどではないにしても葉子と比べれば体はずっと大きいし、校外活動で保育園や幼稚園に赴くたびに園児を抱っこして喜ばせているうちに筋力がついて、葉子の太腿を支えて背後から抱き上げることはさほど難しくない。
 急に後ろから抱え上げられ驚いて思わず身じろぎした瞬間、下腹部の力がふっと抜けて、それまでぽたぽたと雫になって滴り落ちていたおしっこがそれまでよりも激しく溢れ出し、細い条になって葉子の股間から流れ滴る。間を置いてぴちゃんぴちゃんと聞こえていた浴室の床におしっこが落ちる音が、たぱぱぱという続いた音に変わる。
 壁に嵌め込みになっている鏡に葉子の下腹部が映るように千夏は更に高く葉子の体を抱え上げた。
 葉子の下腹部から溢れ出るおしっこが千夏の膝と腿を濡らし、そこから両脚の表面を伝い流れて床に落ち、白い泡を立てて排水口に吸い込まれてゆく。

「や、やだ。そんなことしてたら、千夏お姉ちゃんの脚、おしっこでびしょびしょになっちゃうよ。葉子のおしっこで汚れちゃうよ。だから、おろして。葉子を床におろして、おしっこで汚れちゃった脚をきれいきれいしなきゃ駄目だよ」
 美和がいない寂しさに泣きじゃくりながら、それでも葉子は千夏を気遣い、声を震わせて訴えかけた。
 それに対して千夏は
「いいのよ、これで。ちっちが出そうなことを教えられるようになった赤ちゃんはね、こんなふうに後ろから抱っこしてもらっておしっこをさせてもって、おむつにばいばいするためのお稽古をするのよ。葉子ちゃん、ママにこんなふうにしておしっこさせてもらったことはある?」
と穏やかな声で逆に訊き返した。
「ない。こんなこと、ママ、葉子にしない」
 鏡に映る自分の痴態になぜだかじっと見入ってしまいつつ、葉子は答えた。
「じゃ、もう一つ訊くけど、葉子ちゃんはママにこんなことをしてもらいたい? ああ、ううん、ママじゃなくても、たとえば私でもいいんだけど、葉子ちゃんは誰かにこんなふうにしておむつにばいばいするためのお稽古をさせてほしい? お稽古を続けたら、おむつにばいばいできて、パンツのお姉さんになれるのよ」
 千夏は重ねて問いかけた。
「や。葉子、おむつにばいばいするお稽古、や」
 葉子はふっと鏡から視線を外して顔を下に向け、おしっこが溢れ出る自分の無毛の股間と、飾り毛が綺麗に生え揃っている千夏の股間をおどおどと見比べ、うっすらと頬を赤くして答えた。
「どうして?」
「だって、葉子、おむつが……」
 答えかけて言い淀む葉子だったが、何度も瞼をしばたたかせてから
「……葉子、おむつ、好きだもん。葉子、ちっちのおむつママに取り替えてもらうの、大好きだもん。おむつ取り替えてくれるママ、とっても優しいもん。だから、おむつにばいばいするの、や! おむつ恥ずかしくてパンツのお姉さんになりたいって思う時もあるよ。でも、でも、おむつ恥ずかしくても、ううん、おむつ恥ずかしいから、それが気持ち良くて、それで、おむつ大好きなんだもん!」
と最後はきっぱり言って、唇をきゅっと噛みしめた。
 その頃になるともうそろそろおしっこもおしまいになってきたのか、股間から流れ出る条がずっと細くなって、ほどなく、途切れ途切れの雫にかわった。
 千夏は、抱え上げていた葉子の体をそっとおろして、再び自分の膝の上に座らせた。
 密接する千夏の体がなぜだかとっても温かく感じられて、二度三度としゃくりあげてから葉子が泣きやむ。

「葉子ちゃん、優しいママが大好きで、おむつが大好きなんだ。ママも葉子ちゃんの気持ちを知っていて、だから葉子ちゃんにトイレトレーニングをさせないのね」
 それまで葉子と千夏の様子をそっと見守り、二人のやり取りを静かに聞いていた加奈子が言って葉子の顔を自分の方に向けさせ、固い乳首を口に押し当てた。
「え……!?」
「葉子ちゃん、公園で、ママのおっぱいじゃなきゃ駄目って言ってたよね。だから私、葉子ちゃんにおっぱいをちゅうちゅうしてもらうのを諦めた。でもね、やっぱり、ちゅうちゅうしてほしくなっちゃったの」
 これまで一度も見たことのない真剣で少し物寂しげな表情で加奈子は言った。
「私は千夏のことが好きで、千夏は私のことが好きで、お互いに大好きどうしで、すぐにでも結婚しちゃいたいほどよ。でも、そんなこと絶対に無理なんだけど、もしも結婚できたとしても、どうしても叶えられない願い事があるのよ」
 加奈子は、怖いくらい真剣な目で葉子の顔をじっとみつめる。
「当たり前のことなんだけど、どんなに愛し合っても子供ができないのよ、女の子どうしじゃ。そんなこと、最初からわかってた。わかってたんだけどね。でも、親戚の集まりがあって、ちょっと前に結婚した従姉がもうすぐ赤ちゃんができるのよって嬉しそうに話してるのを見るとね、ああ、もう、なんて言えばいいのかな……」
 そこまで言って加奈子の声が途切れ、代わりに千夏が
「夢に見ちゃうのよ、私と加奈子の間に赤ちゃんがいて、三人で嬉しそうに笑ってる場面とか。ううん、そんな日が来るわけないってのは二人ともわかってる。だけど、山内さんは、ずっと夢に見ていた事を本当のことにしちゃったでしょ? ずっとずっと願い続けて、山内さんは葉子ちゃんのママになることができた。葉子ちゃんに口移しでごはんを食べさせてあげて、葉子ちゃんのおむつを取り替えてあげて、葉子ちゃんに公園であんよのお稽古をさせてあげて、葉子ちゃんに子守歌をうたって聞かせて寝かしつけてあげる、そんな幸せいっぱいのママになることができた。だったら加奈子と私もママになれるんじゃないかって厚かましいことを思っちゃって」
と、葉子の背中に自分の乳房をぎゅっと押しつけて話しかける。
「私と加奈子、願っちゃいけないことを願っちゃってるのかな。そうかもしれないね。でも、どうしようもないよね。どうしようもなくて、だからね、とっても身勝手なお願いなんだけど、私たちの赤ちゃんになってほしいの、葉子ちゃんに。ううん、ずっとってわけじゃないのよ。山内さんが近くにいる時は、山内さんの赤ちゃん。なんたって、山内さんが葉子ちゃんの『本当のママ』なんだから。ただ、本当のママが近くにいなくて葉子ちゃんが寂しくて堪らない時は、私たちの赤ちゃんになってほしいのよ。うんと可愛がってあげて、うんとお世話してあげて、本当のママが近くにいない寂しさを忘れさせてあげる。だから、どうかな?」
 どうかな?と期待と不安が入り混じった声で問いかける千夏に、葉子は
「ごめんね、千夏お姉ちゃん。葉子のおしっこで脚を汚しちゃって本当にごめんなさい」と、問いかけに直接答えることはせず、自分のおしっこで千夏の膝や腿を濡らしてしまったことを改めて謝った。
「ううん、いいの。赤ちゃんのおしっこはちっとも汚くないのよ。それに、赤ちゃんのうんちだって、ちっとも汚くなんてないのよ。校外活動の幼稚園や保育所で小っちゃい子のお世話をしてみて、私、本当にそう感じるようになったんだ。だから、葉子ちゃんのおしっこも汚くなんてない。脚は濡れちゃったけど、汚れてなんかない。葉子ちゃんがごめんなさいする必要なんてないのよ」
 千夏は葉子のおへそのすぐ下あたりに両腕をまわして耳許に囁きかけた。
 少し考えて、言葉で答える代わりに葉子はおずおずと唇を開いて、すぐ目の前にある加奈子の乳首を口にふくんだ。
 それを見た千夏と加奈子は一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐに顔をぱっと輝かせて、互いに大きく頷き合う。

「いいの? 本当にいいのね?」
 大きく頷き合って、それから、まだ半信半疑といった表情で千夏が念を押した。
「葉子、ママ、大好き。それに、葉子、加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんも大好き。公園でおむつ取り替えてもらって好きになって、お風呂場で抱っこしてもらってちっちさせてもらって、もっと大好きになったの。おむつにばいばいするお稽古、やだよ。でも、抱っこしてもらってちっちさせてもらうの、葉子、大好きになっちゃった。そんなのママはしてくれないけど、加奈子お姉ちゃんはしてくれた。だから、加奈子お姉ちゃんと千夏お姉ちゃんの赤ちゃんになる。でも、おむつにばいばいするの、絶対、や! おむつにばいばいするお稽古しようって言ったら、加奈子ママも千夏ママも、葉子、大嫌いになっちゃうからね」
 葉子は加奈子の少し固い乳首を咥え、最初の方は嬉しそうに目を細めて言い、最後の方は少しむきになって言った。
 だが、そのすぐ後でちょっぴりしゅんとした表情を浮かべ、
「でも、ママが近くにいたら、葉子、ママの赤ちゃんなの。……ママ、早く帰ってこないかな」
と、少しばかり寂しそうな声で呟く。
 すると千夏が葉子の気分を紛らわそうとしてか、
「あのね、葉子ちゃん。私、葉子ちゃんにもう一つお願いがあるんだ。いい?」
と、にこやかな声で話しかけた。
「お願い? なぁに?」
 愛くるしい仕草で葉子が小首をかしげて訊き返す。
「あのね、ちょっぴり照れくさいお願いなんだけど、私のことは『千夏ママ』、加奈子のことは『加奈子ママ』って呼んでくれないかな? あ、山内さんのことは、名前を付けないで『ママ』でいいのよ。山内さんは葉子ちゃんの本当のママで、名前を付けなくても『ママ』って呼べば、それが山内さんのことだってこと、私たちにもはっきりわかるもの」
 今は近くにいない美和のことが話題にのぼったことがよほど嬉しいのだろう、葉子は千夏の話に聞き入って、それから
「千夏お姉ちゃんも加奈子お姉ちゃんも、どっちもママなの? パパはいないの?」
と、小首をかしげたまま更に訊き返した。
「そうね、二人ともママで、パパはいないね。でも、いいのよ、それで。ちょっと難しい話になっちゃうけど、説明しておくね。説明を聞いて、今はわからなくても、いつかわかってくれると思うから。――加奈子と私は女の子どうしで恋人のカップル。そういうカップルの中には、男の人役と女の人役にきちんとわかれて愛し合う人たちもいるんだけど、加奈子と私はそうじゃないの。せっかく女の子どうしで愛し合うんだから、どっちかの役をするんじゃなくて、自分そのまま、女の子のまま女の子を愛したいの。だから、どっちかが葉子ちゃんのパパを演じてどっちかがママを演じるんじゃない、どっちもママとして葉子ちゃんを可愛がってあげたいの。二人とも、葉子ちゃんにおっぱいをちゅうちゅうしてもらいたいのよ」
 言葉を選びつつ千夏は説明した。
「ごめんね、葉子、わかんない。千夏お姉ちゃんのお話、難しくて、わかんない。わかんないから、ごめんなさい。でもね、でも、あのね、こんなふうにしたら千夏お姉ちゃんも加奈子お姉ちゃんも喜んでくれるのかな」
 説明を聞き終えた葉子は加奈子の乳首から口を離し、目をぱちくりさせて可愛らしく小首をかしげて千夏に言ってから、
「おっぱいありがとう、加奈子ママ。葉子、加奈子ママのおっぱい、大好き。でもね、次は千夏ママのおっぱいなの。だから、加奈子ママのおっぱい、今度またね」
と上目遣いに加奈子の顔を見てにこりと笑い、千夏の膝の上で体をよじって顔を後ろに向けて
「千夏ママ、葉子、おっぱいちゅうちゅうしてもいい?」
と媚びるような目で千夏の顔を見上げて言い、千夏がゆっくり頷くのを待って、綺麗なピンクの乳首を口にふくんだ。
「聞いた、千夏!? 葉子ちゃん、私のこと、加奈子ママって呼んでくれたんだよ。それで、加奈子ママのおっぱい大好きだって言ってくれて」
「加奈子こそ、聞いてくれた? 葉子ちゃん、私のこと、千夏ママって呼んでくれたのよ。それに、ほら、私のおっぱいにむしゃぶりついて夢中で吸ってくれてる」
 互いに上気した顔で確かめ合う二人だったが、そのすぐ後、加奈子が千夏の正面に立ち、二人の体の間に葉子を挟み込むようにして葉子ごと千夏をぎゅっと抱きしめ、
「私たちの赤ちゃんになってくれてありがとう。――二人の間に生まれてきてくれてありがとう、葉子ちゃん。これからずっと、千夏ママと加奈子ママがうんと可愛がってお世話してあげる。いつまでも、ずっとずっと」
と言って、何度も葉子に頬ずりをした。




 スマホに着信があったのは、買物を終えた美和が帰りの途についてすぐのことだった。
 画面に表示されている発信主の名前は加奈子。
 画面をタップすると、
「そろそろ買物が終わった頃かしら?」という加奈子の声と共に、全裸の葉子が、やはりこちらも全裸の千夏の膝に座って乳首を吸っている様子が映し出された。
「な、何……!?」
 思わず大声をあげそうになった美和だが、まわりを行き交う人の目を気にして慌てて口をつぐみ、歩道に植わっている木の後ろに身を隠すようにして
「ビ、ビデオ通話はいいけど、いきなり、なんて映像を送ってくるんですか!? まわりの人に見られたらどうするんですか、ほんとに、加奈子先輩ったら」
と、少しなじるような口調で返事をした。
 だが、加奈子の方は美和の困惑などまるで知らぬげに
「だって、嬉しくて、少しでも早く知らせたくてさ。ね、聞いて。葉子ちゃんたら、私たちのこと、加奈子ママとか千夏ママとか呼んで、二人のおっぱいを順に吸ってくれたのよ。あ、それで、千夏のおっぱいにはまだむしゃぶりついたままで、その様子が可愛らしくて可愛らしくて、それで山内さんにも見せたくて堪らなくなって、ビデオ通話で呼び出したのよ。――葉子ちゃんの産湯の様子を撮っておこうと思って浴室に持ってきておいてよかったわ」
と、うきうきと弾んだ声だ。
「ああ、確かに、壁とか床とかを見たら浴室だってことはわかります。でも、『産湯』っていうのは何のことなんですか? 葉子の産湯って」
 美和は要領を得ない顔で訊き返した。
「葉子ちゃんがね、山内さんがいない時だけだったら千夏と私の赤ちゃんになってもいいって言ってくれたのよ。山内さんがいない時だけっていうのが正直なところちょっと妬けちゃうんだけど、山内さんが葉子ちゃんの本当のママなんだから、それは仕方ないことだしね。ま、それでね、葉子ちゃんが今日から私たちの赤ちゃんになってくれるってことは、今日が葉子ちゃんの新しい誕生日で、赤ちゃんになってすぐに浴びるこのシャワーが葉子ちゃんにとっての産湯だってことじゃない? でもって、産湯の様子を写真や動画で残しておきたいって思うのが普通でしょ、『母親』としては。――本当のことを言うとね、葉子ちゃんが千夏と私の赤ちゃんになってもいいよって言ってくれるとは思ってなかったのよ。だって、葉子ちゃんは山内さんにべったりで、山内さんも葉子ちゃんにべったりで、だから、私たちが割って入る隙なんてないと思ってた。でも、だけど、ほんのちょっとは期待してて、ひょっとしたらって思って、もしもそうなったらいいな、もしもそうなったら、シャワーが産湯になるんだなって思って、願掛けのつもりでスマホを浴室に持って入ったの」
 美和のスマホに、今度は加奈子の顔が映った後、しばらくして、次は乳首が大写しになった。
 おそらく、葉子が吸ったあとの乳首を美和にも見てもらいたくてスマホのカメラの向きを変えたのだろう。
「だから、大丈夫。初日からこんなに私たちに懐いてくれているんだもの、これから一週間ずっと一緒に生活したら、葉子ちゃんが何をしてほしいのか私たちにもはっきりわかるようになって、きちんとお世話してあげられるようになるわよ。だから、夏休みが終わって学校が始まっても大丈夫よ。学校では私たちが葉子ちゃんの面倒をみてあげる。山内さんがいない三年生の教室で私たちの赤ちゃんになって私たちに甘えてくれる葉子ちゃんの面倒、ちゃんとみてあげるわよ」
 加奈子は言いながらスマホの撮影を内側のカメラに切り替え、三人の仲睦まじい様子を自撮りしながら自信たっぷりに言ってから、スマホを葉子の顔に近づけて
「ほら、ママよ。葉子ちゃんの可愛いお顔をママに見せてあげてちょうだい」
と促した。
 すると葉子は少し名残惜しそうに千夏の乳首から口を離して
「あのね、ママ。ケーキ買ってきて。葉子、ケーキ食べたい」
とスマホ越しに美和にねだり、それに対して美和は
「ケーキ? そりゃ、買って帰ってあげてもいいけど、でも、急にどうしたの? 誕生日でもないのに……」
と応じたのだが、『誕生日でもないのに』と言った瞬間、はっとした顔になって
「……そうね、今日は葉子の新しい誕生日だものね。私の、それと、加奈子ママと千夏ママの赤ちゃんになる、新しい誕生日だものね。うん、わかった。お店で一番大きなケーキを買って帰ってあげる。だから、加奈子ママと千夏ママの言いつけをちゃんときいて、お利口さんで待ってなさい」
と続け、とびきりの笑顔になって、葉子が
「いちばんおっきいケーキ、約束だよ、ママ」
と、はにかんだ笑みを浮かべて言ってから再び千夏の乳首を口にふくむ様子をじっと見守った。

 それからしばらくの後、帰り道を少し外れた所にある洋菓子店に、
「その一番大きなケーキをください。はい、そうです、フルーツがたっぷりのそのケーキです」
と、大小様々、色とりどりのケーキが並ぶガラス張りの陳列ケースの一角を指差して頷く美和の姿があった。
「承知しました。何かのお祝いとか記念でしょうか? でしたら、チョコペンでケーキにメッセージをお書きすることもできますけれど、いかがいたしましょうか?」
 美和が指差したケーキを陳列ケースから取り出しながら、店主の妻とおぼしき恰幅のいい中年の婦人が上品な口調で問いかけた。
「あ、じゃ、お願いします。メッセージは『大好きな葉子へ ママ』にしてください。娘の誕生日なんです」
 美和は少し考え、満面の笑みをたたえて答えた。
「あら、お嬢さんのお誕生日? それはおめでとうございます。それではローソクもお付けしないといけませんね。何本ご用意いたしましょう?」
 婦人は人なつこそうな笑みを浮かべた。
「じゃ、ローソクは……」
 言いかけて口ごもってしまう美和。
(今日が新しい誕生日だから、ゼロ歳ってことになるのかな。でも、ゼロ歳だからローソクは要りませんって言うのも変だし。なんて答えればいいんだろう。ええと、あ、そうだ。今日は葉子にワンピースを着せてあげたんだっけ。それで、ワンピースを着た葉子、いつもの赤ちゃんじゃなくて、ちょっぴりお姉さん、幼稚園とか保育園に通ってる園児みたいに見えたんだったよね。でも、ワンピースの下はパンツじゃなくて、おむつで。そうだ、まだおしっこを教えられない年少さんみたいで可愛らしくてしようがなかったっけ。えと、年少さんは三歳で入園するんだったかな。あ、それに、葉子は本当は高校の三年生。学年にも『三』が付いてるから、ちょうどいいや。葉子は三歳ってことにしちゃおう。――お店の人は私のこと、自分の娘の歳もすぐに思い出せない頼りないお母さんだっと思って呆れてるだろうな。でも、仕方ないよね。ママになってすぐの新米ママだもん、仕方ないよね)
 ようやく考えがまとまった美和は
「……ローソクは三本お願いします。娘、年少さんなんです」
と答えた。
「年少さんですか、お可愛い盛りで羨ましいこと。うちにも娘がいるんですけど、高校二年生で、生意気なことばかり申しましてね。近頃では、三歳とか四歳とかの頃が懐かしく思い出されてなりません。あ、こちらの事情なんてお客様には何の関係もありませんのに、申し訳ございません。娘を持つ母親どうし、つい口が軽くなってしまいまして。もう少しだけお待ちください。チョコペンのメッセージもすぐに書かせていただきます」
 人なつこい上に話し好きなのだろう、婦人は照れくさそうに笑ってローソクを小袋に入れ、チョコペンを手にした。

「これでいかがでしょう? 年少さんですと平仮名なら読めるお子さんも少なくないようですから、このようにさせていただきました」
 作業を終えた婦人がケーキの上面を掌で指し示す。
 純白のクリームの上にピンクのチョコペンで、盛り沢山のフルーツを囲むようにして記された『だいすきなようこへ まま』という丸っこい文字。
「これで結構です。これを見たら娘、とっても喜ぶと思います。うちの娘、もう保育園のお姉さんなのにまだまだおむつ離れできそうになくて、それに、食事も私が食べさせてあげなきゃいけなくて、積み木遊びに夢中になっておむつを汚しちっゃても気がつかなくて、それに、それに……」
 チョコペンで書かれた文字を見て、つい葉子のことを知ってもらいたくなって、はしゃいだ声で話し始めた美和。だが、不意に言葉に詰まってしまう。咄嗟に思いついた、三歳という偽りの年齢。なのに、それが本当のことのように思えてしまう。一緒に暮らし始めて二週間しか経っていないのに、なんだか本当に三年間にわたって子育てをしてきたような気がしてしまう。
 なんだか胸が切なくなって、鼻の奥がつんと痛くなる。
「どうぞ、お使いください」
 婦人がそっとティッシュペーパーの箱を差し出した。
 気がつけば、ケーキの手前に置いた手の甲が濡れている。
 どうやら、知らず知らずのうちに溢れ出た涙が手の甲に滴り落ちていたようだ。
「あ、ありがとうござ……」
 ありがとうごさいますと言うつもりなのに、胸がつかえてまたもや言葉に詰まってしまう。
「子育てにはご苦労が絶えませんものね」
 穏やかな声で言葉短かに言う婦人。
 婦人は美和のことを女手一つで幼い娘を育てているシングルマザーとでも思っているののだろうか、それとも、ごく一般的な話として育児の大変さを短い言葉にしているのだろうか。いずれにしても、多くを語らずに同じ『母親』どうしとして子育ての苦労を共有してくれるその短い言葉が胸に滲みる。
「うちの自慢の焼菓子なんですけど、これもお付けしておきますね。お子さんと肌を触れ合わせて一緒に甘い物を食べると、それだけで、これまでの苦労なんて忘れてしまいますよ。お母さんの分とお嬢さんの分、合わせて二つお入れしますから、甘いココアを飲みながらお召し上がりください」
 婦人はわざと美和の顔を見ないようにしてローソクや焼菓子と一緒に手早くケーキの包装を済ませ、
「あの、でも、だったら、代金を……」
と涙声で言う美和を
「お嬢さんと一緒にお召し上がりいただいて、お気に召しましたら、うちのお店を贔屓にしてやってください。上得意様になっていただくための宣伝ですので、どうぞご遠慮なく」
と制して、ケーキの代金だけを受け取った。

 ありがとうございました、お嬢さんを可愛がってあげてくださいという明るい声に見送られて店を出た美和の目の前を、少し気の早い赤とんぼが一匹、盛んに羽根を震わせて飛んで行く。
 むくむくと湧き上がる入道雲。
 だけど、空は少し高くなったように思える。
「そろそろ、秋物と冬物のベビー服をつくる準備をしておかなきゃいけないかな。それに、おもらしの回数が増えてきたから、おむつも縫い足さなきゃいけないし。やれやれ、いつまでもおむつ離れできない娘がいると困っちゃうわね」
 飛んで行く赤とんぼを目で追いながら、困っちゃうわねと呟いて、なのに、その顔には困ったような様子は一切なく、むしろ、どこか嬉しそうにうふふと笑う美和。
 歩道に落ちる美和の影は、葉子を預かった日よりも少し長くなっている。
 今は眩いお日様の光でふかふかに乾いている物干し場のおむつが、お日様の光の代わりに、そっと吹きそよぐ秋風で優しく乾く日がやって来るのは、それほど先のことではないだろう。



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