不意に、ぞくりとした感触が舞江の背筋を走った。冷たい金属製の器具が下腹部に触れる感触だった。そして、金属どうしが軽く触れ合うような音が微かに響き、つっとアンダーヘアが引きつれるような感覚が伝わってきた。 「谷口先生、山口さん。お願いです、それだけは……」 二人が何をしようとしているのかを知った舞江は、かろうじて首だけを上げて、かすれた声で言った。 「すぐに済みますから、少しの間だけおとなしくしていてくださいね。ハサミを動かしていますから、お怪我をなさらないように。――これで、体を固定する目的がわかっていただけましたでしょう?」 博美が冷静に応じた。 「いやです、それだけはいやです。お願いだから、処置を中止してください」 振り絞るような舞江の声が診察室の空気を震わせた。 「我儘はいけませんわ、若奥様。きちんと診察するためには、余計な物は除去する必要があります。もちろん、こんなこと、若奥様もよくご存じですわね?」 「でも、でも……」 「ハサミはそれでいいわ。あとはカミソリで丁寧にね、山口さん」 もう舞江の言葉には耳も貸さず、博美は享子に指示を与えた。 「はい、先生」 享子が応えるのと、ひやりとした感触が下腹部から伝わってくるのとが同時だった。それは、剃毛用のカミソリが当てられた感触にちがいなかった。 続いて、柔らかな肌の上を鋭い刃がゆっくり滑り始める、どきどきするような感触。 実際にそんな音がしているわけでもないだろうに、舞江は、カミソリが黒い茂みを綺麗に剃り落としていくゾリゾリという音を聞いたような思いがした。 「いつも言ってるけど、一本も残しちゃ駄目よ。特にオペの場合だと、ほんのちょっとした剃り残しのせいで、縫合後に化膿した例もあるんだからね。診察の時でも、オペの時と同じように注意深く処置する癖をつけておくのよ」 博美が指示を出す声は、舞江の耳にもはっきり届いた。おそらく、博美は舞江の恥ずかしい部分をじっと覗きこみながら享子に指示しているのだろう。 やがて博美と享子が自分の下腹部から離れる雰囲気を感じた時、ほっとしたように舞江の体中から力が抜けてしまった。 けれど、泌尿器科での羞恥に充ちた診察がそれで終わったわけではない。 「まず、検査用の試料採取ね。山口さん、用意はできてるわね?」 一度は少し離れた場所に移った博美が、再び舞江の下腹部に顔を寄せて言った。それまであった黒い茂みを失ったせいで妙に敏感になった下腹部に、博美の吐息が熱い。 「はい、先生。カテーテルは三ミリでよろしいですか?」 ぐったりした舞江の耳に、てきぱき応える享子の声が届いた。 カテーテル? カテーテルを何に使うのかしら? まるで他人事のように二人の会話を聞いている舞江。 「そうね、それでいいでしょう。五ミリくらいのカテーテルを使えれば早く済むんだけど、若奥様の尿道には四ミリくらいが限度でしょうから、少し余裕を見込んで三ミリが妥当ですね。的確な判断です、山口さん」 「ありがとうございます、先生」 享子が嬉しそうな声を出した。 その時になって、舞江はようやく気がついた。 「待って、待ってください。検査用のお小水なら、トイレへ行きます。カテーテルを使って採尿だなんて、そんな……」 舞江は早口で、カーテンに隠れている博美に向かって言った。 「膀胱から直接採尿した方が、より確実な試料になります。十五分くらいで済みますから辛抱してくださいね」 カーテンの向こう側から、冷徹な博美の声が返ってきた。 「で、でも……」 「量は五十cc。採尿袋の準備はできていますね?」 もう、博美は舞江に返事もしなかった。ただ、事務的に作業を進めるだけだ。 「はい、先生」 「それじゃ、カテーテルの先端をもう一度消毒してください。私は若奥様の体を消毒します」 「はい、先生」 なんの前触れもなく、舞江の股間に柔らかい綿のような物が押し付けられた。途端に、すっと肌が冷たくなる感覚。 「む……」 舞江の唇から、喘ぐような声が洩れた。 「じきに終わりますよ、若奥様」 なだめるような博美の声。 言いながら博美は、豊かなアンダーヘアがすっかり消え去り、まるで童女のそれのようになってしまった舞江の下腹部に、アルコールをしみこませた消毒用の綿をゆっくり動かした。まだ男性経験もないのだろうか、本当の幼女のように綺麗なピンク色をした肉壁がひくひく震えているのがよく見える。 「いいわよ、山口さん」 しばらく舞江の下腹部を拭き清めていた博美が、消毒綿をそっと離して享子に声をかけた。 「はい、先生」 享子が応え、念入りに消毒を終えたカテーテルの先端を舞江の尿道に差し入れた。 「ひ……」 ひどく痛いというわけではなかったが、これまで自分の指も入れたことのない恥ずかしい部分に異物が侵入してくる違和感に、舞江は思わず呻いた。 小刻みに震える舞江の内腿のあたりに照明の光を向けて、享子は慣れた手つきで細い管を少しずつ送り込み続けた。 やがて、尿道と膀胱との境にある筋肉の隙間をカテーテルがすり抜ける僅かな手応えを感じて、享子の手が止まる。 細いチューブの中に、透明な液体がじわりと充ちてきた。そうして、チューブから溢れ出た液体は、診察台のすぐ下に置いてある合成樹脂の袋に、ぽたっぽたっと小さな雫になって落ちて行く。 「ふうん、きれいな尿ね。雑菌が混ざってるようにも見えないわ」 ゆっくりと採尿袋の中に溜っていく舞江のおしっこをじっとみつめて、博美は独り言のように呟いた。 「よかったですね、若奥様。とってもきれいなお小水だって先生がおっしゃってますよ」 博美の呟きを聞いた享子が、少し声を張り上げて舞江に告げた。 「いけませんよ、山口さん。私はただ個人的な印象で言っただけなんですから。検査の結果が出ないうちに軽々しく判断するのは慎しむべきです」 博美が享子をたしなめた。そして、声をひそめてこんなことを言うのが微かに聞こえてくる。 「それに、もしも実際に尿になんの異常もないとしたら、それはそれで、若奥様には困った結果になるのよ」 「どういうことなんですか……?」 こちらも声をひそめて、享子が博美に訊き返した。 ひどい不安にかられて、博美が享子にどう答えるのか、舞江は全身を耳にした。 「それは……。ううん、いずれにしても検査の結果が出てからにしましょう。何をどう判断するにしても、憶測は避けなきゃ」 舞江が聞き耳を立てている気配を察したのか、博美は言葉を濁した。 「はい、先生」 これまでのつきあいから、博美が一度口を閉ざしたらそれ以上は何を訊いても無駄だということを知っている享子は素直に応えた。 舞江にしても、これ以上のことを聞くのが却って不安になってきて、博美に問い質しそうになった口を半ば強引に自ら閉ざした。 「先生、もうそろそろ五十ccになります」 舞江の尿道にカテーテルがもぐりこんで十五分が過ぎた頃、採尿袋の目盛りを読んでいた享子が言った。 「そう。検査にはそれでいいわね。――まだ終わりそうにない?」 細い管の先から止まることなく滴り落ちる雫を見ながら、博美が言った。 「はい、この様子だと、まだみたいですね。どうしましょう?」 カテーテルの中を流れる液体をしばらくみつめて、享子は応えた。 「仕方ないわね。一旦、カテーテルを抜きましょう。これからまだ二十分も三十分もこのままというのは、いくらなんでも若奥様がお気の毒だわ」 「はい、先生」 「ただ、膀胱にかなりな量の尿が残っている状態でカテーテルを抜くとまずいことになるおそれもあります。念のために用意しておきましょう」 「はい、先生」 応えた享子はカーテンの奥から姿を見せて、壁際に据えてある大きな木製の器具庫に向かった。その後ろを、博美もゆっくりした足取りでついて行く。 享子が器具庫から取り出した物を目にした舞江の顔から血の気が退いた。 「いいですか、若奥様。これから若奥様の尿道に挿入したカテーテルを抜きます。でも、若奥様の膀胱には、まだお小水が残っているようです。そんな状態でカテーテルを抜くと、滅多にないこととはいえ、膀胱に残っているお小水が溢れ出す場合があります。そうなるといけませんから、若奥様のお尻の下にこの紙おむつを敷いておきます。そして、山口さんがカテーテルを抜くのと同時に、私がその紙おむつで若奥様の尿道を押さえます。よろしいですね」 享子から受け取った成人用の紙おむつを舞江の目の前に差し出して、博美が言った。 「そんな、紙おむつだなんて……。おしっこが溢れ出すなんて、滅多にないことなんでしょう? なら、そんな物を使わなくても大丈夫に決まってます」 両腕を固定されたまま、舞江は首だけを激しく振った。 「そうはいきません。万が一にでも失敗すれば、この診察台はびしょびしょになってしまいます。そうなると、若奥様の上着もお小水で濡れてしまいますよ」 博美はまるで、聞き分けのない子供に対するように言い聞かせた。 「でも……」 「それとも、このまま採尿を続けましょうか? 尿道にカテーテルを入れたまま両脚を大きく広げた格好であと三十分くらいも辛抱できると若奥様がおっしゃるなら、私の方はそれでもよろしいのですよ」 舞江の体を見おろして、念を押すような口調で博美が言った。 「……」 「いいわ、山口さん。カテーテル除去の用意よ」 舞江が口をつぐんだのを見て、博美は享子と一緒にカーテンの奥に姿を消した。 「それじゃ、若奥様。少しでけっこうですから、お尻を浮かせていただけますか」 少し間を置いて、カーテンの向こうから博美の声が聞こえた。 その言葉に従って舞江が渋々のようにお尻を浮かすと、その下に、予想外に柔らかい感触が滑り込んできた。介護のため患者に紙おむつをあてたことはあるものの、自分があてられた経験はない。だから、紙おむつの感触がこんなにも柔らかで、意外に暖かなものだとは知らなかった。 初めて味わう感触に、舞江は僅かに頬を染めた。 「いいわね、山口さん? ――じゃ、はい」 博美が合図を送ると、享子が慎重な手つきで、それでいて手早く細い管を引き抜いた。 それに合わせて博美が、紙おむつの端を持っていた手を素早く動かす。 「い、いやぁ……」 博美が紙おむつのテープを留めようとした時、舞江の悲鳴がカーテン越しに聞こえてきた。 ふと思いついて博美が紙おむつの前当てにそっと掌を押し当ててみると、舞江の尿道から紙おむつの中に溢れ出るおしっこの感触が、不織布の吸収体を通して微かに伝わってきた。舞江の股間のあたりを注意深く見てみると、紙おむつが僅かに変色して重く膨れているように思える。普通なら、カテーテルを抜くと同時に、膀胱の中の弁の役割を果たす筋肉が収縮して尿が流れ出すのを防ぐようになっている。ところが稀に、その筋肉が収縮しないために、尿の流れをうまく堰き止められない場合がある。今の舞江がそれだった。 「いや、こんなのいやなのぉ……」 自分が紙おむつの中におしっこを溢れさせていることは、舞江自身にもわかっている。わかってはいるのに、どうしてもそれを止められないでいるのが殊更に辛い。 手足を動かせず、紙おむつの中に恥ずかしい体液をただ溢れさせるだけの状態。それがどれほど惨めで恥ずかしくて悔しいことなのか、舞江以外の誰が想像できるだろう。 舞江の泣き叫ぶ声が響く中、しかし、博美と享子は薄く笑って目を見合わせた。 「うまいわね、山口さん」 笑い声を押し殺して、博美が享子に囁きかけた。 「先生の教え方が上手なんですよ。ほんと、先生に教えていただくまでは、生意気なクランケをおとなしくさせるのにこんな方法があるなんて知りませんでした」 舞江に聞こえないように小さな声でくすくす笑いながら享子が応えた。 「ちょっとしたタイミングの問題なのよね。あとに傷が残るわけでもないし、便利な方法だわ」 博美は満足そうに頷いた。 本当のことをいえば、舞江がおしっこを溢れさせてしまったのは、膀胱の機能が弱まってしまったためではない。享子が、膀胱からカテーテルを引き抜くタイミングをわざとずらしたせいだった。カテーテルがなくなった瞬間に膀胱の弁として働く筋肉は収縮を始めたのだが、そのタイミングを見計らって享子が再びカテーテルを差し入れることで筋肉をもう一度弛緩させ、その後に改めてカテーテルを抜くと、筋肉は収縮のタイミングを失って弛緩したままになる。そんな、本来なら不要なテクニックを享子に教えたのは博美だった。クランケの反抗心を萎縮させることを目的として、生意気なクランケにわざと尿失禁をさせるテクニックだった。 博美は悪戯っぽく笑ってみせると、享子の背をぽんと押して言った。 「さ、最後の仕上げよ」 「はい、先生」 わざとらしく真剣さを装った声で享子が応えた。 「どうですか、ご気分は?」 しばらく間を置いて、博美はカーテン越しに声をかけた。 「……」 舞江からの返事はなかった。 「これから、若奥様の尿道を検診いたします。よろしいですね? ――山口さんは、採尿袋を検査課に持って行ってちょうだい。なるべく急ぐように言っておいてね」 最後の方は享子に言いながら、博美は紙おむつのテープに指をかけた。 紙おむつのテープが剥がれるベリッという音が予想外に大きく響いた。はっとしたように、舞江はカーテンに目を向けた。 そこへ、享子が姿を見せた。 「あ、若奥様。これから、若奥様のお小水を検査してもらいますね。異常がないことをお祈りしますわ」 舞江と目が合った享子は、どういう訳かうっすらと笑っているように思えた。 「……」 舞江は、享子の後ろ姿を何も言わずに見送った。 その直後、ぐっしょり濡れた紙おむつが広げられる感覚があった。しかし、その紙おむつがお尻の下からどけられるような気配はない。 「今から、内視鏡を使った検査を始めます。内視鏡が膀胱を刺激してお小水が洩れ出すおそれがありますので、お尻の下に紙おむつを敷いた状態で検査を行ないます」 舞江に説明するように言うと、返事を待たずに博美は作業を始めた。 「う……」 ごく細く作られたファイバースコープが博美の慎重な操作で尿道に差し入れられた瞬間、舞江はまたしても呻き声を洩らしてしまった。異物を咥え込む違和感と共に、グラスファイバーのつるりとした感触が奇妙な昂ぶりを舞江の心に与える。 「綺麗な尿道ですね」 傍らのモニターを覗きこんで、舞江の耳に届くように博美は言った。 「炎症らしい部分は見当りませんね。――もう少し奥はどうかしら」 くねくねと身をくねらせて自分の体の奥にもぐり込んでくるグラスファイバーの感触を、舞江は痛いほどにはっきり感じていた。カテーテルの時とは微妙に異なる羞恥が胸一杯に広がってくる。 「尿道には異常は見当らないようですね。次は膀胱を診てみましょうか」 博美はコントローラーのジョグダイヤルをゆっくり廻した。 博美が内視鏡を操作して検査を進めていた頃、採尿袋を手にした享子は、検査課の部屋とは反対の方向に歩いていた。決して道に迷ったのではないことは、彼女のしっかりした足取りがはっきりしめしている。 享子が向かっているのは、廊下の奥にあるトイレだった。 しばらく歩き続けてトイレに足を踏み入れた享子は、ためらいもなく採尿袋の封を開いて、その中に入っていた舞江の尿を便器に流し去った。 そして二十分ほど時間をつぶした後、空になった採尿袋をナースステーションにある医療廃棄物の容器に投げ入れると、なにくわぬ顔で泌尿器科の診察室に向かった。 もともと、尿を検査する気など、博美にも享子にもなかったのだから。 享子が診察室に戻った時、博美の作業も終わろうとしていた。 「どうだったんですか?」 ファイバースコープを慎重に引き戻す博美の横に立って、享子が訊いた。 「炎症、潰瘍、それに腫瘍――何もなかったわ。一見したところでは正常そのものね」 博美ははっきりした声で応えた。が、じきに声を曇らせて言葉を続ける。 「でも、見てごらんなさい。カテーテルの時と同じなのよ。内視鏡を除去したのに、膀胱の筋肉が収縮しないせいだと思うんだけど、少し残っていたお小水がちょろちょろ流れ出してるの。……念のために紙おむつを敷いたままにしておいてよかったわ」 博美の言う通り、細いグラスファイバーを伝うようにして舞江の股間からはまだおしっこがじくじくと溢れ出し、ついさっきたっぷり濡らしてしまった紙おむつにますます大きなシミを作っていた。 二人の会話は、いやでも舞江の耳に届いた。博美たちからは見えないカーテンの影で、舞江は固く瞼を閉じ、ぎゅっと唇を噛みしめて、ひどい羞恥にかろうじて耐えていた。 「お待たせしました、若奥様。今回の検診はこれでおしまいです」 診察台の上でぐったりしている舞江に、機材をざっと片づけた博美が気遣わしげな声をかけた。 「……」 何も応える気になれず、僅かに潤んだ瞳で舞江は博美を見上げるだけだった。 「どうぞ、若奥様」 カーテンを引き開けて、享子が手を差し出した。 享子の腕にすがりつくようにして、舞江はのろのろと体を起こした。一刻も早く、この恥ずかしい診察室から立ち去りたかった。しかし、まるで全身の力が抜けてしまったような気がして、足取りも覚束ない。 「大丈夫ですか?」 慌てて走り寄った博美が、かろうじて舞江の体を支えた。 「ええ、はい……」 舞江は気怠げな声で応えた。 「私が体を支えている間に、山口さん、若奥様に下着を」 小柄な舞江の体を抱きかかえるようにして、博美は享子に指示した。 「はい、先生」 脱衣篭からつかみ上げたコットンのパンツを両手で広げて、享子は舞江のすぐ前にしゃがみこんだ。 「それじゃ、若奥様、どちらかの脚を上げてくださいね」 享子の準備ができたのを見て、博美が言った。その声に、舞江は操り人形みたいにぎこちなく従った。 が、時折、体のバランスを崩してあやうく倒れてしまいそうになる。その度に博美が急いで支えてやる。 「ほらほら、若奥様、あんよは上手。すぐですからね」 ゆらゆら揺れる舞江の足首をぐっとつかんでパンツを穿かせながら、享子は冗談めかして言った。そうして、すっかり童女のようになってしまった舞江の股間をみつめて言うのだった。 「ほんと、すべすべでお綺麗ですわ。これで、大奥様が買ってくださった下着が前よりもずっとお似合いになりましたね。私の妹にしてしまいたいくらいに可愛らしいですよ」 舞江に気づかれないように、博美と享子はそっと目を見合わせて薄く笑った。 診察から帰ってくるのを待ちかねたように、美津子は舞江をいそいそとリビングルームに招き入れた。 「で、どうでした?」 美津子は香り高い緑茶の湯飲みを座卓にそっと置いて、座布団の上に座ったばかりの舞江に訊いた。 「はい。……あ、その前にこれをお渡ししておきます。谷口先生から預かってまいりました」 舞江は検診の結果を報告しようと口を開いたが、ふと思い出したように、ミカン箱くらいの大きさのダンボール箱を美津子の前に押し出した。診察室を出る時に博美から預かった物だが、箱の大きさから想像するよりも意外に重さはないようだった。 「あら、もうできてきたのね。確かにいただきました、ご苦労様。――それで?」 美津子は受け取ったばかりの箱を無造作に床に置くと、舞江からの報告を待った。 「はい……。お小水と体を検査していただいたのですが、どちらにも異常は見当らないようだということでした」 舞江は、まるで子供のように享子の手で下着を穿かせてもらった後に博美から受けた説明を思い出しながら答えた。 「異常が見当らない?」 「はい。お小水の方には、蛋白も糖も血液も混ざっていないということでした。細菌の数も特に多いわけではないようで、雑菌性の尿道炎や膀胱炎の疑いは無いらしいと教えていただきました」 『尿道炎』『膀胱炎』という言葉を口にする時にはさすがに頬を赤くしながらも、舞江はきちんと答えた。 「それに、内視鏡の検査でも、炎症や腫瘍はみつかりませんでした。一応、念のためにということでお薬はいただいてきましたけど」 「そう……。でも、そうなると、逆に困ったことになるかもしれないわね」 少し考えて、美津子がぽつりと言った。 「あの、どういうことなんでしょうか? 谷口先生も奥様と同じようなことを言いかけて、でも結局は口をつぐんでしまわれましたのですけど……」 「わかりませんか? ――いっそ、炎症なり腫瘍なりがみつかれば、それが原因だと特定できます。そうすれば、治療にどれくらいの時間が必要なのか、おおよそのことは推測できます。つまり、いつになれば治るのかわかると言ってもいいでしょう。でも、はっきりした異常が見当らないとなると……」 「そんな……」 舞江は、声にならない悲鳴をあげた。 原因不明。それはつまり、この夜尿がいつになったら治るのか、全く予想もできないということだ。 いつのまにか舞江はふらふらと立ち上がっていた。そして、弱々しい足取りでリビングルームを出ようとする。 「どうしました?」 美津子が舞江の後ろ姿に声をかけた。 「あの……これで休ませていただきます。勝手を言って申し訳ありませんけど、お夕飯はけっこうです……」 舞江は力なく振り返ると、か細い声で言った。 「そう。そうね、それがいいかもしれないわね。ぐっすり眠って少しでも体を休めた方がいいかもしれないものね」 肩を落として出て行く舞江に、美津子は気休めめいた言葉をかけた。 舞江の足音が聞こえなくなってから、美津子は電話の受話器を取り上げた。 しばらく呼出し音が続いて、相手の出る気配があった。 「ああ、谷口さん? 佐竹美津子です」 電話の相手は谷口博美だった。 「うまくやってくれたみたいね。舞江さんたら、相当ショックを受けていたみたいよ。ええ、そう。ついさっき、寝室に行っちゃったわ」 「それで、舞江さんに渡したお薬というのは、あの試作の? ああ、そう? 副作用はないんですね。それならけっこうです。変な副作用が出たりしたら、あとあと面倒なことになりますからね」 「それはわかってますよ。舞江さんがこのままじゃ、康夫だっていずれは諦めるでしょうからね。ええ、それはまかせておいて。悪いようにはしないから」 「それと、例の物、確かに受け取りましたよ。ずいぶん早かったのね。業者さんにかなり無理を言ったんじゃなくて? おほほ、まあ、そんなことを?」 奇妙な笑いを浮かべた美津子と博美の会話は、いつ終わるともなく続いていた。 翌朝、目を覚ました舞江が先ずしたのは、右手をおそるおそる伸ばして敷布団の様子を探ることだった。もちろん、そんなことをしなくても結果はもうとっくにわかっている。それでも、ひょっとしたらと微かな期待を込めてもぞもぞと右手を動かしてしまうのが習い性になりかけているのだった。 そろそろと伸ばす右手の掌に、いつもとは違う感触が伝わってきた。さらりとしたシーツではなく、どことなく厚みのある、僅かながら掌に引っ掛かるような感じ。 舞江は左手で体を支えるようにして上半身を起こすと、そっと掛布団を剥いだ。 舞江が見たのは、体の下に敷いてある大きなバスタオルだった。右手は、そのバスタオルに触れていたのだ。 しかも、いつもと違うのはそれだけではなかった。舞江が身に着けているのは見たこともない丈の短いパジャマだし、下半身の方は、(ぐっしょり濡れた)下着が丸見えだった。 舞江は訳がわからなくなり、しばらくの間、呆然としたように自分の姿に見入ってしまった。 舞江が我に返ったのは、それからしばらくして、ドアが開く気配を察した時だった。 はっとしたように振り仰ぐと、美津子が立っていた。 「またですか?」 美津子は、舞江の下着を見るなり言った。 「あの、奥様……」 不意に思いついたように、舞江はおそるおそる尋ねた。 「……このバスタオルは奥様が?」 「そうですよ。夜の一時頃だったかしら、なくとなく気になったものだから、お布団の様子を調べさせていただきました。そしたら案の定、お布団もパジャマもびしょびしょでしたよ。そのまま眠っていて風邪をひくと可哀相だから、パジャマを着替えさせて、別のお布団を敷いてあげたんです。――代わりのお布団まで台無しにされては困りますから、もしもまたしくじってもなんとかなるように、今度は敷布団の上に厚めのバスタオルを広げてね」 「夜中にそんなことが……」 「ええ、そうです。でも、あれだけの夜尿にも目が覚めないなんて、まるで子供ですね」 美津子は僅かに唇を歪めて笑った。 「そんな……」 「それと、そのパジャマですけど、下着を買った時に一緒に買っておいた物です。これまでのようなズボンと一緒になったパジャマだと洗濯物が増えてしまいますから、そういうデザインの物を選んでおきました。これなら、パジャマそのものは濡れないでしょうから」 言われて、舞江は改めて自分が着ているパジャマに目を向けた。 それは、ベビードールを子供っぽくしたようなデザインになっていた。肩のあたりは袖ではなく、フリルで縁取りされた幅の広いベルトのようになっていて、胸元には、パジャマの生地よりも少し鮮やかな色の飾りリボンが付いている。決して窮屈な着心地ではないのだが、丈が随分と短く仕上がっているせいで、子供用にデザインされた可愛いい下着が殆ど丸見えになってしまうのが気になる。もっとも、短い丈のおかげで、下着が濡れてもパジャマは濡れずにすむのだろうけれど。 そんなパジャマを着て下着を丸見えにしたまま布団の上に寝そべっている舞江の姿は、まるで子供だった。それも、毎朝毎朝おねしょを繰り返してしまう幼い子供。 「さ、いつまでもぐずぐずしてないで、濡れた下着を脱いでください。昨夜のパジャマや下着と一緒に洗濯してしまいますから」 「あ、あの……洗濯は自分で……」 「いいえ、私がします。そういう約束だった筈ですよ」 「でも、私が汚した下着をいつまでも奥様に洗っていただくのは……」 「そう思うのでしたら、一日でも早くその癖を治すのが一番ですね。――もっとも、治る見込みがあればの話ですけれど」 美津子の最後の言葉に、舞江は、打ちのめされたような気がした。 舞江はぐずぐずした動きでやっとのこと立ち上がると、ぐっしょり濡れたニットのオーバーパンツをずりおろした。昨夜、布団にもぐり込んだ時には診察を受けた時と同じピンクのオーバーパンツだったのに、今はレモン色になっている。これも、舞江が気づかないまま美津子が穿き替えさせたものだ。 そして、オーバーパンツの下に穿いているコットンの下着。なんとなくお尻の回りが窮屈だと感じていたのは、白いコットンのパンツを三枚も重ねて穿いていたからだった。もちろん、三枚ともおしっこでびしょびしょに濡れて、舞江の白い肌に貼り付いている。 「ズボンのないパジャマだから、冷えるといけないと思って重ねて穿かせておいてあげたんですよ。それに、パンツを三枚とオーバーパンツを重ねておけば、少々のおねしょなら吸収してくれるでしょうからね」 情けない顔になって美津子の方をちらと見た舞江に、美津子は平然と言った。 「それじゃ、ちょっと調べてみましょうか」 それから美津子は、敷布団の上に広がったバスタオルの端を持ち上げて、ずいっと体を前にやった。 バスタオルこそ所々濡れているものの、その下の布団には小さなシミもできていなかった。 「よかったですね、舞江さん。お布団を二枚並べて干さなきゃいけないようなことにはならなかったようだわ。これからは、寝る時にはこうしておけばよろしいですね。そうすれば、もうシミのついたお布団を干す必要もなくなりますもの」 それは、これからもずっと舞江の夜尿が治らないと言っているのと同じだった。 しかし、舞江には反論する言葉がなかった。舞江には、ただ黙々と、美津子の言葉など聞かなかったようなふりをして、のろのろと両手を動かすことしかできなかった。 舞江のおしっこを吸い取って重くなったパンツをバスタオルの上にそっと置いて、整理タンスの引き出しから取り出した新しい下着(言うまでもなく、コットンのぶかぶかしたパンツとニットのオーバーパンツだ)を身に着けてから、子供用のネグリジェのようなパジャマを脱ごうとして体をくねらせる。なのに、どうやって美津子が着せたものか、肩紐や襟元が体に引っ掛かってなかなか脱げないでいる。 「あらあら、何をしているんですか」 みかねたように、美津子が舞江の目の前にすっと立った。 「これはね、こうして肩紐が外れるようになっているんですよ。ほら、このボタンを二つ外せば……」 美津子が僅かに指先を動かしただけで幅の広い肩紐が外れて、パジャマが舞江の足元にふわりと落ちた。 「おねしょは治らないし、自分でパジャマも脱げないなんて、本当に子供みたいな人ですね、舞江さんは。まだまだ子供のくせして康夫と結婚したいだなんて、よくもまあ言えたものですね。もっとも、世の中には、おませな子供もたくさんいるのでしょうけれど」 美津子の言葉に、舞江の表情がこわばった。一言も反論できないでいる自分がひどく惨めだった。 「あらまあ、怖い顔。せっかくの可愛いい下着に似合いませんよ、そんなお顔は。――ああ、そうそう。舞江さんに素敵なプレゼントを買ってあったんだわ。これを見れば、その怖いお顔も、いつもの笑顔に戻ってくれるかしら」 唇を噛みしめて体を震わせている舞江に向かって、美津子は奇妙な笑みを浮かべて言った。 「舞江さんはまだ気がついていないみたいだけど、昨夜のうちにタンスの中に入れておいてあげたんですよ」 そう言うと、美津子は舞江の整理タンスの前に立って、上から二段目の引き出しに手をかけた。そこは、舞江が普段着をしまっている場所だった。 「どれがよろしいでしょうね。今日はお天気もいいみたいだし、明るい色のがよろしいかしら。……そうね、これがいいわ」 無断で舞江のタンスを掻き回して美津子が取り出したのは、明るい黄色の生地に大きな花柄の刺繍があしらってあるサンドレスだった。殆どノースリーブといってもいいような短い袖に、純白の大きな丸い襟が目立つ可愛らしいデザインのドレスで、スカートがひどく短く仕上がっている。 「それを私が……?」 信じられない物を見たように大きく目を見開いて、舞江は言葉を失った。 「ええ、そうですとも。その下着に、きっと似合うと思いますよ。――以前にも言いましたけれど、最近の子供の発育がいいせいでしょうか、子供服も大きなサイズの物がいくらでもありますね」 「で、でも……。だからって、どうして私が、そんな子供服を……」 「あら、わかりませんか? 舞江さんがおねしょで汚してしまった下着は、もちろん、このお部屋のバルコニーに干すことになりますわね? お布団もそうだけど、おしっこで汚れた下着にはお日様の光をたっぷり当ててきちんと消毒してあげないといけませんから」 「……」 「その下着は子供用のものですから、誰かが見たとしても舞江さんの物だとは思わないでしょう。でも、下着と一緒に舞江さんの普段着が干してあったらどうかしら? まだ子供のいない舞江さんの洗濯物と子供用の下着が並んで風に揺れていたりしたら、世間の方はどうお思いになるでしょうね。それも、これまではシミのついたお布団が干してあったのと同じバルコニーに」 「……」 「でも、下着と一緒に干してあるのが子供服なら、なんの不思議もありません。親類の子供が遊びにきているんだろうと思うでしょうね、洗濯物を見た人は。ちがいますか?」 「……」 「わかりましたね? 恥ずかしい癖が治るまでは、子供のような装いで生活する必要があるのです。もっとも、その恥ずかしい癖を世間に知られてもかまわないと舞江さんがおっしゃるのなら別ですけれど?」 「……下着以外の洗濯物を裏庭の物干し場に干していただくわけには……」 「確かに、昨日まではそうしてきました。お布団以外は物干し場に干していました。でも、今日からはそうはまいりません。――それとも、この家を出ますか? 私は舞江さんを大切なお客様として扱ってきたつもりです。でも、舞江さんが御自分から出て行くとおっしゃるなら仕方ありませんわね」 「……」 目を伏せて、舞江は弱々しく首を振った。 「けっこうです。さ、私が着せて差し上げましょう。両手を体の横に――そうそう、それでいいのですよ。そのままじっとしていてくださいね。――あと、背中のファスナーを上げれば……」 全てを美津子に委ねるしかないことを、舞江は痛いほど思い知らされた。 午前中の診察も一段落ついて、博美と享子がカルテの整理を始めた時、机の上の電話が鳴った。 「はい、泌尿器科診察室です。はい、しばらくお待ちください。――先生、大奥様からです」 手にした受話器を博美に手渡しながら、享子が囁いた。 「谷口です。はい、時間は取れます。――ええ、はい。では、じきに伺います」 短く応えて受話器を置くと、博美は享子の方を振り向いて言った。 「往診に行くわよ、山口さん。クランケは若奥様」 「はい、先生。――計画は順調に進んでいるようですね」 享子はにやりと笑ってみせた。 チャイムも鳴らさずに、博美は玄関のドアを引き開けた。 大きなバッグを肩に掛けた享子もドアを抜け、博美の後に続いて廊下を進んだ。 廊下の少し奥まった所に、少女が一人しゃがみこんでいた。その傍らに、美津子が立っている。 博美と享子の気配に気づいた美津子は、こちらへというように手招きしてみせた。 「ああ、ああ、谷口先生。急にお呼びだてしてごめんなさいね。舞江さんが大変なことになったものだから……」 うろたえたような声で、美津子は博美に訴えた。 「それで、若奥様はどちらに?」 対照的に落ち着いた声で、博美は訊いた。 「どちらにって……舞江さんは先生の目の前にいるじゃありませんか」 訊かれて却って戸惑ったように、美津子は、廊下にしゃがみこんでいる少女を指差した。 「この子が……?」 要領を得ない顔で、二人は少女を見おろした。 そこにいるのは、どう見ても小学生くらいの少女だった。肩までの髪を大きく左右に分けて束ね、明るい黄色のサンドレスを黄た少女。ドレスの短いスカートからは、ニットのオーバーパンツが覗いている。 「そのオーバーパンツ……それじゃ、本当にこの子が……」 つい昨日に見たのと同じようなオーバーパンツを目にして、享子はようやく美津子の言葉に納得した。 そして改めて見てみると、オーバーパンツがぺたりと触れているあたりを中心にして、廊下に浅い水溜りができているのがわかる。 「……どうなさったんですか、若奥様?」 博美は舞江の肩にそっと手を置いて、静かに声をかけた。 けれど舞江は顔も上げずに、激しく首を横に振るだけだった。舞江の顎先を伝って廊下の水溜りに落ちていく雫は涙だろうか。 「もうすぐ昼食の準備ができるからって、私が舞江さんをお部屋へ呼びに行ったんです。その時にはなんともないふうで、舞江さんはいつもと同じような感じでお部屋から出てきて、私と並んでダイニングルームに向かったんです」 何も喋らない舞江の代わりに、美津子が状況を説明し始めた。 「それで、私はダイニングルームに入りかけたんですけど、舞江さんは『すみません、お手洗いへ行ってきます』って言って、廊下をそのまま真っ直ぐ歩いて行きました。今から思うと、なんだか、とてもあせったような顔をしていたかしら。なんとなく私は舞江さんの後ろ姿を見ていたんですけど、ちょうどトイレのドアに手をかけた時、急にうずくまってしまって……」 「奥様が近づいた時には、もう?」 「ええ、『どうしたの、気分でも悪いの?』って言いながら慌てて近くまで駆け寄ったんですけど、舞江さんは私の方を見ようともしないで、じっと顔を伏せたままで。そのまま放っておくわけにもいかないから私が舞江さんを抱き起こそうとして、その時になって気がついたんです。――ぺたんと廊下に坐りこんだ舞江さんのお尻の周りが妙に濡れていることに」 「それで?」 「トイレの前の廊下だし、最初は、ちょっと水がこぼれてるんだろうと思っただけなんです。でも、私の目の前で、どんどんどんどん水溜りみたいになってきて……。それで、やっとわかったんです。その水溜りが何なのか。その後、どうしていいのかわからなくなって、気がついたら谷口先生に電話をかけていたんです」 「おおよそのことはわかりました。とにかく、若奥様をこのままにしてはおけませんね。――若奥様、歩けますか?」 博美は舞江の肩に手をおいたまま優しく訊いた。 舞江は、心ここにあらずといった感じで、ふるふると首を動かすだけだった。 「仕方ありませんね。――奥様、ここにバスタオルか何かを敷いていただけますか?」 「それはかまいませんけど……どうなさるおつもり?」 「お部屋で診察しようかと思ったんですけど、若奥様もお部屋まで戻る元気もないようですし、それに……お小水でカーペットや畳を汚してもいけませんから、ここで診ることにいたします。機材は持ってきていますし、照明器具もありますから」 「ああ、はい。急いで持ってきます。少しだけお待ちくださいな」 言うと、美津子はぱたぱたとスリッパの音を響かせて廊下を駆け出した。 「山口さん、バッグをそこにおろして。コンセントはその部屋のを使いましょう」 「はい、先生」 二人はきびきびした動きで診察の準備を進めていった。 半ば強引に体を抱え上げるようにして舞江を厚手のバスタオルの上に寝かせてから、博美と享子はサンドレスのスカートをお腹の上にたくし上げ、少しお尻を浮かせるように舞江の膝をそっと曲げさせた。 「これでいいわ。山口さん、若奥様の下着を脱がせてあげてちょうだい」 博美が舞江の足首をつかんで高く持ち上げてお尻を浮かせた。 「はい、先生。――少しの間だけじっとしていてくださいね、若奥様。そうそう、若奥様はとってもいい子だわ」 診察室で下着を穿かせてやった時のように、享子は冗談めかして舞江を子供扱いしてみせながら、舞江のおしっこをたっぷり吸って濡れそぼっている下着を剥ぎ取った。無毛の肌があらわになって、下腹部の所々に残るおしっこの小さな滴が、天井の蛍光灯の光を淡く反射した。 それまで精気を失ってぼんやりしていた舞江の顔が突然、羞恥のために赤くなる。 「わ、私……」 はっとしたように瞳に光が戻ってきて、目の前にいる三人をきょときょと見回す。 「大丈夫ですよ、若奥様。すぐに原因を調べますからね」 舞江を安心させるように、博美は穏やかな声で話しかけた。 それからそっと移動して、バッグから取り出したポータブルタイプの内視鏡を慎重な手つきで舞江の尿道に差し入れる。 「む……」 昨日も味わった奇妙な感覚が舞江の背筋を駆け抜けた。 |
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