僕には痛いほどわかっていた。力ずく沙耶香に組み伏せられ、雌犬みたいにお尻を突き出してゴムのペニスを咥えこんだ僕。乳首をいじられて、女の子みたいにぞくりと感じてしまった僕。沙耶香の手の中でいってしまった僕。そのザーメンを、まるで自分のお尻で受け止めたように感じた僕。そんな僕がいまさら沙耶香に逆らってみせたりできる筈がないなんてこと、はなからわかっていた。
「いいわね?」沙耶香は念を押すように、きっとした目で僕を睨みつけた。
「……」僕は無言で、うなだれるみたいに頷いた。
「それでいいのよ。じゃ、パンツを穿かせてあげる。まさか、スカートの中に何も着けずにお出かけできないものね」沙耶香は白いパンツを手にして、僕の正面で腰をかがめた。
 僕は沙耶香にされるまま、肩に手をあずけて、沙耶香が床の少しだけ上に差し出したパンツに左足を通した。それから、ぎこちなく右足を上げて、それもそっとパンツに通す。
 このパンツ、あれ?――その時になって僕は気づいた。
「あら、やっと気がついたみたいね」僕の顔に浮かんだ怪訝そうな表情を読み取ったのか、沙耶香はおかしそうに笑った。「そうよ、これは普通の下着じゃないわ。パンツみたいな形をした紙おむつなんだから」
「紙……おむつ?」
「あまりよくあることでもないんだけど、初めてセックスを経験した女の子が(下半身の感覚がヘンになるかどうかしちゃうせいだと思うんだけど)おもらししちゃうことがあるのよ。だから、念のために。お出かけの途中に恥ずかしい粗相なんてしたら、困るのは由紀ちゃんだしね」沙耶香は、思わず身を固くした僕に、まるでほんとに小さな妹をあやすみたいな口調で言った。
「そんな……」僕は耳たぶの先まで真っ赤に染めた。だって僕は寝たきりの老人でもないし、まして、おしっこを言えない赤ん坊でもないんだから。
「それに、この他に由紀ちゃんが穿ける下着なんてないわよ。男物のブリーフなんて穿いててスカートが風に捲れ上がちゃったりしたら周りの人はどう思うかしら。かといって、女の子のショーツを穿いたりしたら、おちんちんが目立っちゃうしね」沙耶香は、僕のスカートに面白そうに目を向けた。「この紙おむつなら、ちょっと見ただけじゃ少し厚めのブルマーくらいにしか見えないでしょ? 普通の紙おむつだったら前の方にテープが付いてるけど、これならそれも無いし。――それとも、由紀ちゃんはおねえちゃんに逆らうつもりなのかしら?」
「……」僕は黙るしかなかった。黙って、おとなしく沙耶香の手に体を委ねるしかできなかったんだ。
「それでいいのよ」沙耶香は両手で紙おむつのウエストのあたりを広げるようにして、ささっと引き上げた。
 僕の下腹部は予想外に軟らかな感触で包みこまれてしまった。
 そのあと、沙耶香は僕のスカートの乱れをを整えて、レースのボレロを両手で軽く引っ張った。これで、(羞恥に充ちた)お出かけの準備はできたってわけだ。



 沙耶香が僕を連れて行ったのは、三つ離れた駅の隣にあるショッピングモールだった。大手のスーパーが中心にあって、その周りを幾つもの専門店が取り巻くような格好になっている、ちょっと大きな駅の近くならどこにでもありそうな建物だ。平日ということもあって、僕たちみたいに夏休みの真ん中にいる学生の他は近所の奥さんくらいしかいず、通路もあまり混んでいなかった。それに、ちょうど昼頃で、買い物にやってきた奥さん連中もさほどは残っていないみたいだし。
 人いきれが少ないせいか、建物の中はよく冷房が利いていた。緊張に緊張を重ねたせいで熱くほてった僕の体を、その寒いくらいの冷房は本当に気持ちよく冷してくれた。――本当は男の子だということを周りの人たちに気づかれないように、歩き方一つにも注意しなきゃいけなかった。普段穿き慣れないスカートのせいで下半身がすーすーと頼りないものだから歩幅は自然と小さくなったけれど、あまり外股にならないように、あまり早足にならないようにと意識して歩くだけでも大変なことだった。それに駅の階段を昇る時なんて、下にいる人の視線が痛いほど気になった。ひょっとしたらスカートの中が見えちゃってるんじゃないかなんて心配しながら階段を上った経験なんてないし、そのうえ、スカートの中は紙おむつなんだから(そりゃ、ちょっと見られたくらいじゃわからないって沙耶香は言ったよ。でも、普通の下着じゃないことくらい、一目でわかりそうなものだ。……とはいえ、女の子の普通の下着を着けたりしたら、それはそれで――なんだけど)。しかも、電車の座席に腰をおろしてからもどきどきおどおどの連続だった。ジーンズしか穿いたことのない男の子の僕にとって、両脚をしっかりそろえたまま座り続けるなんて、ずっとそこに意識を集めてなきゃできることじゃないんだから。
 僕と沙耶香はゆっくり歩き続けた。何を買うといった目的もないみたいに、沙耶香は幾つものショーウインドウを順番に見てまわり、ゆったりした歩き方でゆらゆらと進んで行くばかりだ。

 そうしているうちに、ショーウインドウに飾ってあった可愛いいワンピースを目にした沙耶香が足を踏み入れたのは、子供服の専門店だった。
「ね、これなんて由紀ちゃんにお似合いよ。買ってあげようか」沙耶香は、ハンガーに掛けてあった三分袖のワンピースを、僕の目の前で広げてみせた。くっきりしたレモン色の生地に、ひまわりの刺繍が浮かび上がっていた。
「……」言い返そうとして、僕は慌てて口をつぐんだ。声を出せば、僕が女の子じゃないってことはじきにわかってしまう。そんなことになったら……。
「大丈夫よ。最近の子供は発育がいいから、それに合わせて子供服も大きなサイズのが増えてるんだから。――ほら、これなら、由紀ちゃんにぴったりよ」沙耶香は僕が口を閉じたのをいいことに、わざとらしい笑顔になって、手にしたワンピースを僕の肩と胸に、サイズを確認するように押し当てた。
 そこへ、手持ち無沙汰に客待ち顔をしていた店員がにこにこ微笑んでやってきた。
「あらまあ、とてもよくお似合いですわ。妹さんですか?」中年の女店員は、ワンピースを押し当てられておどおどしている僕と沙耶香を交互に見比べて愛想笑いを浮かべた。
「ええ。――誕生日のプレゼントに買ってあげようかと思って」沙耶香は艶然と笑い返した。それから僕の耳元に唇を寄せて、店員には聞こえないような声で囁いた。「今日は、由紀ちゃんの誕生日だものね。私のおにいちゃんから私の可愛いい妹へ生まれ変わった、新しい誕生日」
「そうですか、それはようございますわね。さ、試着なさってくださいな」店員は相変わらず笑顔のまま僕と沙耶香をフィッティングルームへ押しやって、さっとカーテンを開けた。
 僕は体を退いた。でも、沙耶香にぐいっと背中を押されて、無理矢理みたいに狭いフィッティングルームへ連れ込まれてしまう。
「では、ごゆっくり」店員はそう言うと、足音をたてて遠ざかっていった。
 僕が抵抗する余裕もなく、沙耶香の指がブラウスのボタンにかかった。
 僕の洋服を力ずくに脱がせる沙耶香の目は、妖しい光に充ちていた。

 沙耶香の言うとおり、そのワンピースは僕にもちっとも窮屈じゃなかった。むしろ、細っこい僕の体にはゆったりしているくらいだった。
「ええ、ええ、本当にお似合いですわ。とても可愛らしくてらっしゃいますよ」僕たちがフィッティングルームを出るのを目にして再びやってきた店員は、これ以上はないくらいの笑顔で言った。
「じゃ、これをいただきます」沙耶香も、満更でもなさそうな笑顔で応えた。そして、僕の顔をちらと悪戯っぽく見てから続けた。「あ、どうせだから、このまま着せておきましょう。値札だけ外してもらえます?」
 僕は思わず首を振った。だって、このワンピース、とても丈が短いんだ。今まで穿いてたスカートよりもかなり短くて、ちょっと乱暴な歩き方をしようものなら、すぐに中が見えちゃうくらいなんだから。
「承知しました。こんなに可愛いいワンピースですもの、妹さんも少しでも早く着たいでしょうからね」でも、僕が首を振ったことにも気がつかないようで、店員は目を細めて応えた。
 小さなハサミを持って、店員が僕の後ろに立った。それから、丸い襟に付いているタグの糸をちょんと切り離した。
「これでよろしいですわ。……あら?」切り取ったタグを持って僕の側から離れようとした時、店員がなんとなく不審げな声を洩らした。
「どうかしました?」沙耶香が反射的に尋ねたけれど、店員は
「あ、いえ。気のせいですわ」と言葉を濁すだけだった。
 でも、僕にはわかっていた。店員が妙な声を出した理由を、僕は知っていたんだ――僕の側から離れようとして脚を動かした時、店員の膝が僕のお尻に触れた。その膝頭に伝わったのは、妙に厚ぼったいおかしな感触だった筈だ。そうして気にして見てみれば、ワンピースのお尻のあたりが微妙に不自然に膨れているのがわかる。その途端、店員は、僕が着けているのが普通の下着じゃないことを見抜いたに違いない。
 顔が熱くなった。
 沙耶香がレジを済ませ、それまで僕が着ていた洋服を紙袋に入れて店を出るまでの間、店員の視線は僕の下腹部に絡みついたまま離れなかった。僕の耳には、僕たちが店を出るのを待ちかねるように同僚たちに「ねえねえ、あの子……」と囁きかける店員の声がはっきり聞こえてくるみたいだった。



 大きな紙袋を手に提げた沙耶香が、ゆっくりゆっくり近づいて行く僕を、苛々したような顔をして待っている。
「何をのろのろ歩いてるのよ。早くしないと、置いて行っちゃうわよ」やっとのことで僕がすぐ側まで行くと、沙耶香が腰に手を当てて僕を見おろした。
「だって……靴が痛くて……」僕は声をひそめて恨めしそうに言った。
 子供服の専門店を出てからでも、もう三十分近くも僕たちはどこへ行くともなしに歩きまわっているんだ。それに僕が履いているのは、沙耶香が中学の時に履いていた、甲のところが太いベルトみたいになっている赤い革靴なんだ。そんな履き慣れない靴でこんなに連れまわされたりしたら、僕でなくても音を上げるのも仕方ないだろう。――とはいえ、僕の歩くスピードが遅くなったのは靴のせいばかりでもない。けれど、その恥ずかしい理由はとてもじゃないけど沙耶香には知られたくなかった。
「仕方ないわね。じゃ、ちょっと休みましょうか」沙耶香は駄々をこねる子供をあやすみたいに言って、少し離れた所にあるアイスクリームスタンドに向かって歩き始めた。
「あ……」取り残された僕は、それまでと同じようにゆっくりした足取りで沙耶香を追いかけた。僕は、本当にゆっくりとしか歩けなかったんだから。
 僕がアイスクリームスタンドの前に辿りついた時には、沙耶香がもうソフトクリームを二つ受け取っているところだった。
「そこの椅子に腰かけて食べましょうか。そのうち、足の痛みもとれるわよ」僕にソフトクリームを一つ渡すと、また沙耶香はさっさと歩き出した。
 僕は慌てて、沙耶香が着ているサマージャケットの袖をつかんだ。
「何、どうかしたの?」振り返った沙耶香は腰をかがめて、僕の背の高さに合わせて尋ねた。
「……外へ出ようよ」沙耶香の大きな目に正面からみつめられて、僕は少し顔を伏せるようにしてぼそぼそ言った。
「わざわざ外へ? どうして?」沙耶香は片方の眉をちょっとだけ動かして訊き返した。
「だって……ここは涼しすぎると思わない? ソフトクリームなんて、暖かい所で食べた方がおいしいと思うよ?」僕は言葉を選びながら応えた。
「なにが暖かい所よ。外は、暑い所っていうのよ」沙耶香はふんと鼻を鳴らした。けれど、じきに思い直したような口調で言った。「ま、いいわ。可愛いい由紀ちゃんが外へ行きたいっていうのなら付き合ってあげる」

 僕たちは、吹き抜けになっている中庭に出た。そこかしこに白い木製のベンチが並んでいて、きれいに生え揃った芝生の緑がきらきら光っている。
 沙耶香は、ちょっとした日陰になっている芝生の上にお尻をおろした。沙耶香に手招きされて、僕もその隣におずおずと腰をおろした。ワンピースのスカートがふわっと広がって、紙おむつに包まれたお尻が直に芝に触れるような坐り方になってしまう。並んでソフトクリームを嘗める僕たちは、周りの人たちの目には仲のいい姉妹に映っているんだろうか。
 先にクリームを食べてしまった沙耶香は、もたもた食べ続ける僕の様子を面白そうに眺めていたけれど、しばらくすると、耳たぶに息がかかるくらいに唇を寄せてきた。
「おむつはまだ大丈夫なの?」熱い吐息と一緒に僕の耳に突き刺さったのは、沙耶香のそんな言葉だった。
 僕はびくっと肩を震わせて体を固くした。
 その隙に、沙耶香の右手が僕のスカートの中にもぐりこんできた。もちろん、そんなところを周りの人たちに見られないように、沙耶香は紙袋を僕達の間にごく自然に置くことも忘れなかった。
 あっと思った時には、紙おむつの中にまで沙耶香の右手は伸びてきていた。そうしてそのまま、紙おむつの中の様子を探るようにもぞもぞ動きまわる。
 ソフトクリームを持った手がぶるぶる震えて、白いクリームの付いた唇がひくひく痙攣するのを、僕はどうしても止めることができなかった。
「あら、まだ濡れてないみたいね。でも、もうそろそろでしょ?」沙耶香は僕の耳たぶの後ろにふっと息を吹きかけた。
「……」
「わかるわよ、そんなことくらい」気がつけば、沙耶香の手は僕のペニスをそっと握りしめていた。「由紀ちゃんが、天井に吊ってある案内板をきょときょと見まわしてたのは知ってる。それで、トイレの案内板を見る度に顔を赤くしてたわよね?」
 そうなんだ。いつのまにか沙耶香に強引に家から連れ出されたうえに、寒いくらいに冷房の利いた中をずっと連れまわされたせいで、僕はトイレへ行きたくてしようがなくなっていた。でも、まさか、こんな格好で男子トイレへ行ける筈がなかったし、かといって、女子トイレへ入るなんてことも(たぶん、あやしむ人は一人もいないだろけうけど)あまりに恥ずかしくてできやしなかった。僕には、トイレの方向を指差している案内板を、羨望と戸惑いに充ちた目で(両脚の内腿を少し震わせながら)恨めしげに睨みつけることしかできなかったんだ。そうして、おしっこを我慢してゆっくりゆっくり歩くことしか。
「いいのよ、そんなに我慢しなくても。こんなこともあるかと思って紙おむつを穿かせておいてあげたんだから」紙おむつの中で、沙耶香の右手が僕のペニスに絡みついたまま、つつっと動いた。
 それは、紙袋に遮られて周囲には気づかれないくらいに小さな動きだった。でも、尿意が一杯でおかしいくらいに敏感になっている僕のペニスには、それで充分だった。僕は反射的に、沙耶香の手から逃げようと体をよじった。
「だめよ、由紀ちゃん。あまり我慢していると体に毒なんだから。あとは、おねえちゃんにまかせておけばいいのよ」沙耶香は何食わぬ顔で、いいお天気ねとでも言うような口調で囁いた。
 ただでさえこわばっていた僕の下腹部がじんじん痺れるみたいに疼き出した。いつのまにか、それにつられるように、黒いゴムのペニスに貫かれたお尻もずきずき疼き始める。その疼きこそは、僕がもう沙耶香に逆らえない体になっていることを教えるために沙耶香が僕の体に刻みつけた灼熱の刻印だった。
 僕の頭の中に白い霧が湧きだしてくる。
 気がつくと僕は抵抗することをやめて、沙耶香の肩に顔をもたせかけていた。
 沙耶香の手は、ひどく官能的に蠢き続けた。きゅっと僕のペニスを握りしめたかと思うと、前後にさわっと動いてふっと力を緩め、つっと裏側にもぐりこんで這いまわる。
 はぁはぁはぁ――自分の息づかいがこんなにはっきり聞こえるものだとは思いもしなかった。僕は全身をほてらせ、まるで熱病にでもかかったみたいに熱い息を弾ませ、何も見えていない目を潤ませた。
 やがて……。
「あ、あああ……」とうとう我慢できなくなった僕はぎゅっと瞼を閉じ、沙耶香に体をあずけて喘いだ。
「そうよ、由紀ちゃん。おねえちゃんはどこにも行かない、ずっとここにいるわ。なにも心配しなくていいから、さあ……」沙耶香は空いている手で僕の肩を抱き寄せ、頭の中に直接聞こえてくるみたいな甘い声で囁いた。
 僕はもうとっくに、周りのことなんてちっとも気にならなくなっていたみたいだ。かっと照りつける眩しい太陽の光も、そこここのベンチに腰かけて談笑している人たちの姿もまるで現実のものとは思えなかった。僕に『本当』だと感じられたのは、ねっとり絡みつくように蠢く沙耶香の右手と、かさかさ音をたてる紙おむつの中でいやらしく身を起こしているペニスから伝わってくるずきずきした感じだけだった。
「い、いやあ……」少女みたいな声を洩らして、僕は体を硬くした。掌をぎゅっと握りしめたせいでソフトクリームのコーンがぱりんと潰れて、いい香りのするクリームがだらだらとワンピースの胸元を汚してゆく。
「あらあら、せっかく買ってあげたワンピースを汚しちゃって。由紀ちゃんにはよだれかけも要るのかしらね。うふふ、それもそうよね。由紀ちゃんは紙おむつを汚しちゃう赤ちゃんなんだもの」きれいなレモン色の生地をべっとり汚してしまったクリームを猫みたいな目つきでへ眺めながら、沙耶香は低く笑った。「このクリームと同じように、由紀ちゃんの紙おむつの中に白い粘っこい液が広がっているわ。由紀ちゃんの大きなクリちゃんから溢れ出た恥ずかしいミルクがね」
 僕は熱くほてった顔を沙耶香の肩に埋めるようにして目を伏せた。
「さ、白いおもらしの次は本当のおしっこを出しちゃおうね。私が抱っこしていてあげるから、心配しないで体の力を抜いてごらん」沙耶香は、僕の肩を抱いた手に力を入れた。右手は相変わらず、僕のペニスを優しく包みこんだままだった。
 萎え始めたペニスの先から、ちょろちょろとおしっこが流れ出す感触が伝わってきた。もう我慢しなくてもいいんだ――自分のおしっこでじくじく濡れていく紙おむつの感触の中で、僕は切ないくらいにうっとりした思いで沙耶香に抱き寄せられたままじっとしていた。



 どのくらいの間、僕はそうしていたんだろう。まるで赤ん坊みたいに、しかも年下の女性に優しく抱かれて、僕は紙おむつを汚してしまったんだ。本当なら、耐えられないくらいにひどい恥ずかしさや悔しさに心を充たされるだろうに――ああ、確かにそんな感情が胸の中を渦巻いたのも事実だったけど――それよりも、まるで魅せられたみたいに目の下を赤く染めて甘酸っぱい感覚の中にたゆたい、奇妙な悦びに胸を焦がしていた僕。沙耶香が手を引いて僕の体を起こし、水道の水に濡らしたハンカチで僕の胸元をきれいに拭くのを夢の中の出来事みたいにぼんやり眺めながら……。
 そうして僕は、再び建物の中にいた。
 さっきまでに比べれば少し買物客も増えてきた通路を、沙耶香に手を引かれて少し脚を開きぎみにして歩いていたんだ。
 脚を開きぎみにしていたのは、僕のおしっこをたっぷり吸い取った紙おむつのせいだった。乾いている時はそうでもなかったのが、僕のおしっこを吸収した途端に厚みを増して両脚の間にだらしなく垂れ下がるみたいな格好でまとわりつく紙おむつの感触に、僕は知らず知らずのうちに脚を開いた不格好な歩き方をするようになっていた。
「やだ、もっとゆっくり歩いてよ……」先を行く沙耶香に、僕はいくぶん甘えるような口調で言った。ぐっしょり濡れた紙おむつにお尻を包まれたままいるせいで、意識しないまま、そんな喋り方になってしまうのかもしれない。
「ああ、そうね。あまり早足で歩いたりしたら、おしっこで重くなった紙おむつがずり落ちちゃうかもしれないわね」ふと気づいたように、振り返った沙耶香がにっと笑った。
「……」僕は唇を噛んで頬を染めた。
 沙耶香の声が聞こえたんだろうか、ゆっくりした足取りになった僕たちを追い越しざま、何人かの買物客たちが好奇に充ちた目で僕の顔を見ていった。それから、その人たちは決まって、ワンピースの中を見透かすみたいな視線を僕の下半身に這わせて通り過ぎて行ったんだ。
「でも、もう少しよ。もう少しだけ我慢すれば、紙おむつを外してあげるわ」沙耶香は、紙おむつで僅かに膨れた僕のお尻をワンピースの上からぽんと叩いた。
 冷えきっていない、へんに生暖かい感触が下腹部をじわっと包みこんだ。

「さ、どれがいい? 由紀ちゃんが使うんだから、自分で選ばせてあげる」黄色い買物カゴを手にした沙耶香が言った。沙耶香が指差す商品棚には、柔らかそうな生地でできた布おむつが並んでいる。
 沙耶香が僕を連れて行ったのは、スーパーの三階にあるベビー用品売場だった。純白の清潔そうな産着や色とりどりの小さな遊び着が並んだ商品棚の奥にタオルや小物が並んでいて、その一角が布おむつのコーナーになっていた。沙耶香は迷う様子もなく、まっすぐここへ僕を連れてきたんだ。そうして、動物柄や水玉模様のおむつを次々に僕の目の前に突き出してみせ、どれがいいかを選ばせようというんだ。
「いらないよ、こんなもの……僕は赤ちゃんじゃないんだから……」僕は視線を床に落として、力なく首を振った。
「まだそんなことを言ってるの? じゃ、ソフトクリームを食べながら紙おむつを汚しちゃったのは誰だったのかしら。近くにトイレが無いわけじゃないのに、芝生に座ったまま紙おむつの中におもらししちゃったのは誰だったのかしらね」沙耶香は意地悪く言って、あの時の様子を思い出させようとしてか、じくじく濡れた紙おむつの上から僕の股間をさっと撫でた。
「……」僕は言葉もなくうなだれたまま、反射的にワンピースのスカートをおさえた。
「わかったわね? 由紀ちゃんは私の妹なのよ。それも、まだおむつの外れない小っちゃな妹。そして、おやつを食べる時にはよだれかけが要るような、ほんとに手間のかかる可愛いい妹」沙耶香は腰をかがめて、僕の目を正面から覗きこんだ。「お返事は?」
「……はい」僕は、蚊の鳴ような細い声で応えた。
「はい、いい子ね。じゃ、早くおむつを選んでちょうだい。この後、よだれかけも買わなきゃいけないんだから」沙耶香は、これ以上はないってくらいのとびきり優しい笑顔で言った。
 痛いほどの視線を感じたのは、沙耶香が僕の返事も待たずに水玉模様のおむつを買物カゴに放りこんだすぐ後のことだった。おそるおそる振り返った僕が見たのは、さっき通路で僕たちを追い越して行った中年の主婦たちが僕の方を指差しながら声をひそめて好奇心に充ちた表情で喋り合っている姿だった。

 やっとのことでベビー用品売場をあとにした僕は、でも、今にもこの場から消えてしまいたくなるほどの恥ずかしさから逃げることはできなかった。ベビー用品売場の後に沙耶香が僕を連れて行ったのがドラッグストアだったからだ。
「何かお探しですか?」わりと広い売場をぐるっと見てまわる僕たちに、淡いピンクの白衣を着た若い女店員がにこやかな声をかけて近寄ってきた。
「ええ、おむつカバーを探してるんですけど……」布おむつの包みが幾つも入っているために大きく膨らんだ紙袋を提げた沙耶香が、僕の顔をちらと見て応えた。
「あの、でしたら、あちらのベビー用品売場にございますけれど……」なんとなく要領を得ない顔で、店員は、ついさっきまで僕たちがいた方に手を向けた。
「あ、いいえ――赤ちゃん用じゃないんです」沙耶香は穏やかに店員の言葉を遮った。そうして、きらきら光る大きな目を僕に向けて言った。「この子が使うものですから」
「あ……。たいへん失礼いたしました。それでしたら、こちらの介護用品のコーナーへどうぞ」若い店員は息を飲むと、しきりに恐縮した様子で、僕たちをドラッグストアの奥まった一角に案内した。
「ふーん。いろいろあるんですね……」沙耶香は感心したように言って、僕の背丈くらいの高さの棚を興味深そうに見渡した。
「はい、お客様にご満足いただけるよう、各種の商品を取り揃えています」店員は最初のにこやかな表情に戻って応えた。それから、少し考えて言葉を続けた。「ただ、おむつカバーよりも、紙おむつを使われた方がお手間がかからなくてすみますけれど?」
「それはわかってるんですけど……日に何度もおもらししちゃうものだから、紙おむつだとじきになくなっちゃうんです。それなら、布おむつとおむつカバーの方が出費も少ないでしょうし」沙耶香は、ほんとに困った子なんですよとでも言いたげに笑ってみせた。
「ああ、そういうことですか。でしたら、なるべく通気性のいい物がよろしいですね。――一日中おむつをあてたままなんですから」店員は僕の下半身に視線を走らせて言った。それは、スカートの不自然な膨らみを見逃さない鋭い目だった。
「ええ、そうなんですよ」沙耶香はわざとのように苦笑してみせた。
「でしたら、これはいかがでしょう。中がネットになっていて、通気性を重視した生地でできていますから。――サイズはMでよろしいでしょう?」僕の下半身から商品棚に視線を移した店員はビニール袋を一つつかみ上げると、その袋から取りだした大きなおむつカバーのホックを外して、よく見えるように僕の目の前で広げてみせた。
 これを……さっき沙耶香が買ったばかりの布おむつとこのおむつカバーを僕が……。僕は店員が手にしたおむつカバーを直視できずに、耳たぶが熱くなるのを覚えながら顔をそむけた。
「そうね、これにしましょうか。色もこの子に似合いそうな可愛いいピンクだし」沙耶香は、店員にというよりも僕に聞かせるように、はっきりした声で言った。
「ええ、最近はメーカーもいろいろ研究しているようで、肌触りや色づかいにも随分と気を遣っているようですわ」店員は慣れた手つきでおむつカバーたたみながら応えた。
「あ、そのままでいいんですよ。わざわざ袋に入れなくても。値札だけ外してもらえますか?」沙耶香はすっと手を伸ばして、それまで店員が持っていたおむつカバーを受け取った。
「え……?」ちょっと呆気にとられて、店員が沙耶香の顔を訝しげな目で見た。
「さっきから紙おむつが濡れたままなんですよ。だから、今のうちに取替えあげようと思うんです」僕がびんくと肩を震わせるのを面白そうに眺めて、沙耶香が平然とした口調で言った。「どこか、おむつを取替えられるような所はありませんでしょうか?」
「あ、あの……女性用のトイレの中に、赤ちゃんのおむつを取替える台はありますけど、でも……」さすがに予想もしていなかったような沙耶香の言葉に、店員はしどろもどろに応えた。
「それでいいです。じゃ、ちょっと取り替えてきますから、これと同じ物をあと三枚用意しておいてもらえますか。――毎日のことだから、予備のおむつカバーも要りますもんね」沙耶香は強引に僕の手を引いた。

 僕は無理矢理トイレに連れこまれた。
 トイレには幸い誰もいなかったけれど、お昼を過ぎてまた買物客が増えてきているんだから、いつどんなことになるかわからない。なのに沙耶香はそんなことなんてちっとも気にするふうもなく、小さな四角い簡単な寝台の上に、買ったばかりのおむつカバーと布おむつを広げ始めたんだ。
「さ、これでいいわ。気持ちわるかったでしょ? すぐにおむつを取替えてあげるわね」しばらくしてすっかり用意を終えた沙耶香は、僕の目の前に立って両手を伸ばした。
 あっと思った時には紙おむつがずりおろされて、スカートをたくし上げられた僕の下腹部が丸見えになってしまった。鮮やかなレモン色のワンピースとレースのフリルがたっぷりあしらってあるハイソックスに似つかわしくない、情けないペニスが滑稽だった。なぜとはなしに、ふと僕の心を妙な思いがよぎった――おちんちんさえなきゃ、僕はもっともっと可愛いい女の子になれるのに……。
 途端に、僕は慌ててその思いを忘れようとして頭を振った。何を考えてるんだ、僕は。何をおかしなことを……。
 でも……。
 何かに焼かれるみたいに胸が痛んだ。
 不意に、父さんと僕を棄てて家を出て行った母さんの顔が浮かんできた。――どうしてなんだよ、母さん。僕は母さんのことがとても好きだったのに、どうして母さんは僕を棄てたんだよ。そんな母さんなんて……。
 僕の目には、心の中に浮かんできた母さんの顔しか見えなかった。僕の目には、すぐ目の前にいる沙耶香の姿さえ、ただぼんやりした影としか映らなくなっていたんだ。
 だけど、そこにいる人影はまぎれもなく肉体を持った現実の沙耶香だった。沙耶香は、軽々と抱き上げた僕の体を低い寝台の上に――水玉模様の布おむつが広げてある四角い台の上に横たえた。
 思ってもみなかったほど柔らかくて、その柔らかさがすごく羞ずかしく感じられる、これまで味わったことのないふっくらした布地の感触がお尻の下から伝わってきた。
 その羞ずかしさに、どこかへ漂い出ようとしていた僕の意識が現実の世界へ引き戻された。
「いや……」自分がどんな姿をしているのかを知った僕は、少女のように顔を両手で覆って小さな悲鳴をあげた。
「いまさら悲鳴をあげてもしようがないわよ。ほんとはおむつが好きでたまらないくせに」僕の悲鳴を耳にした沙耶香が、くくっと笑った。「ほら、おちんちんがこんなに大きくなってるわよ」
 僕はそっと目を開けて自分の股間に視線を向けた。そこには確かに、沙耶香が腰に巻いて僕を犯したペニスバンドに負けないくらいにエレクトした僕自身のペニスがあった。
 こんな時に……僕の胸は羞恥で一杯になった。打ちのめされたみたいに、体中の力が抜けていった。なのに、おむつをあてられながらエレクトしてしまった僕の恥ずかしいペニスだけはそのまま天井を睨み続けていた。
 羞恥のあまり、僕の閉じた瞼から涙の粒がつっと流れ落ちた。
「いいのよ、由紀ちゃん。泣かなくてもいいの。――ちっとも恥ずかしいことじゃないんだから」不意に沙耶香の、これまでとはぜんぜん違う、ひどく優しい声が聞こえた。
 それは、あの凶暴な作り物のペニスで僕を貫いた時の声ではなく、僕に少女の装いを強要した時の声ではなく、紙おむつの中の僕のペニスを責めた時の声ではなかった。どういえばいいんだろう……まるで母さんの声、そしてまるで悦子さんの声のような、母性に充ちた声。ううん、それだけじゃない。凛とした意志を併せ持った父性にも充ちた深い愛情を感じさせる穏やかな声だった。
 僕は静かに瞼を開いて、僕の足首を高く持ち上げている沙耶香の顔をそっと見た。
 おかしそうな、でも、見ているだけでくすぐったくなるような慈愛に包まれた沙耶香の笑顔が僕の目を見返した。
「本当のママに棄てられた由紀ちゃんと、本当のパパに棄てられた私。ママに棄てられた由紀ちゃんは女性を憎むようになって、パパに棄てられた私は男性に憎しみを向けた」右手で僕の足首を持ち上げたまま、左手だけで、沙耶香は僕のお尻を柔らかい布おむつで包みこもうとしていた。
「私は一生、男なんて愛さないと誓ったわ。だから女子校に入って……女の子を悦ばせてあげるようになったの。憎い男性と自分を同一視することで、男性からの愛情を拒否するつもりだったのよ。体もこんなに大きい私は、男性の庇護を受けなくてもちゃんと生きていけるつもりだったしね。――そんなところに現れたのが由紀ちゃんだったの」股当てと横当てとを組み合わせて僕の下腹部をすっかりおむつで包み終えた沙耶香は、今度はおむつカバーの横羽根を持ち上げた。
「初めて会った由紀ちゃん――おにいちゃんは何から何まで私と反対で、まるで鏡に映った私だった。男の子のくせに体が小っちゃくて、女の子みたいな顔をして。そうして、女性を受けつけなくて。そんな反対どうしの――考えようによっては似た者どうしの私たちが家族になるのは運命だったのかもしれないわね」マジックテープになっている横羽根で布おむつを固定してから沙耶香はおむつカバーの前当てを持ち上げて、留めたばかりの横羽根に重ねた。
「私はすぐに決めたわ。由紀ちゃんを女の子みたいに犯してやろうってね。男の由紀ちゃんを女の子みたいに犯してやったら私の憎しみも少しは軽くなるかもしれないって考えて」前当てと横羽根とをホックで留めてから、沙耶香は両手の指を腰紐にかけた。
「でも、ちがってた。私の憎しみは少しも小さくはならなかった。……だけどね、そうすることで一つわかったことがあるの。苦痛に泣き叫ぶ由紀ちゃんの顔を見て、でもその苦痛の中に妙な悦びの表情が混ざってるのを見て、私にはわかったの。ああ、由紀ちゃんは女の子になりたがってるんだって。憎くてたまらない女性に自分から愛情を注ぐのを拒否したくて。それなら、自分が女の子になれば女の子の相手をしなくてすむんだってわかってたのよね? ちょうど、私と裏返しに」沙耶香の両手が、おむつカバーの腰紐をきゅっと結んだ。
「だけど由紀ちゃんには、自分からそうするだけの勇気はなかった。そこだけが、私と由紀ちゃんの違いだったの。私は私の意志で(たとえそれが歪んだ意志だとしても)男の子として生きることもできる。でも由紀ちゃんには、自分から女の子になりきる勇気がなかったのね。だから私は決心したの――由紀ちゃんを可愛いい女の子に生まれ変わらせてあげよう。そうして、私が由紀ちゃんを守ってあげようって。……さ、できたわ」おむつでもこもこ膨らんだ僕のお尻を、沙耶香は優しくぽんと叩いた。
「そのために、この儀式が必要だったの。可愛いい女の子の格好をした由紀ちゃんをみんなに見てもらうのがお披露目の儀式。それから、男の子だった由紀ちゃんがいちど赤ちゃんに戻って今度は女の子として成長するのが生まれ変わりの儀式。いいわね? 今日から由紀ちゃんは赤ちゃんに戻るのよ」沙耶香は僕の体を寝台から抱き上げて、そっと床に立たせた。
「心配しなくていいわ。ママは由紀ちゃんをとても可愛がってくれるでしょうし、私も由紀ちゃんの味方だもの。だから、ママのことはもう、『悦子さん』じゃなくて『ママ』って呼んであげてね」
 いつのまにか胸の中が温かい何かで充たされたように思えてきて、知らず知らずのうちに僕はこくんと頷いていた。
 その時、賑やかな話し声が聞こえて、中年の女性が三人トイレに入ってきた。それは、通路で僕たちを追い越し、ベビー用品売場で僕のことを指差したあの三人だった。
 三人は僕たちのすぐ側を通ってトイレの奥の方へ向かいながら、あからさまに軽蔑した目で僕を眺めて甲高い笑い声で喋り続けた。
「見てよ、あの子。高校生くらいなのに、おむつが外れないのかしら。さっきははっきりしなかったけど、今度はちゃんと見えてるわよ。ほら、スカートの下からのぞいてるの、おむつカバーよね」
 遠慮のない声は僕の耳にも届いた。
 薄い紙おむつとは違って、もこもこ膨れたおむつカバーが丈の短いワンピースの裾から見えているに違いない。
 だけど僕は耳を塞がなかったし、目も伏せなかった。誰から何を言われても僕は平気だった。だって、僕の側には……。
 そうして、天井から声が振ってきた。
「さ、お家に帰ろうか。お料理は苦手だけど、由紀ちゃんのためなら、おいしいおやつを作ってあげられると思うわ。おやつを食べてから、たっぷりおしっこしましょうね」
 痛いほどに首を振り仰いで見上げた僕の視線の先に、優しくてしっかりしたおねえちゃんの顔があった。
「おむつの中に?」僕は眩しい物を見るような目で訊いた。
「そうよ。由紀ちゃんは赤ちゃんだもの」おねえちゃんの声が耳に心地よかった。
 僕は今晩、おねえちゃんの胸に顔を埋めて眠るんだろう。大きなおねえちゃんに抱っこされてすやすやと寝息をたてながら、柔らかなおむつを濡らすんだろう。
 きっと、今日からずっと。


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