満たされた欲求・その後



 鈴木さんの奥さんと真理との話が終わって一時間後、雅美は、鈴木家のリビングルームにいた。昼寝をしている途中、誰かに抱かれてどこかへ連れて行かれるような感じはあったけれど、幼児退行が始まってからはいったん眠り始めるとなかなか目が覚めなくて、何がどうなっているかわからないまま、ようやく目が覚めると、見たことのない部屋だった。
 それでもそこが鈴木家だとわかったのは、目の前に里香の顔があったからだ。
 里香がお昼寝から覚めたのも、ついさっきのことだった。リビングのドアが開く音が聞こえたかと思うと誰かが里香のすぐ近くを歩く気配があって、それから、里香の横に何かをそっとおろすような物音が聞こえた。里香のお昼寝の邪魔をしないようになるべく音をたてまいとしていたみたいだけれど、もうそろそろ目を覚まそうとしていた里香だから、ちょっとした物音と気配で目が開いてしまった。そうして里香が見たのは、タオルケットにくるんだ雅美の体を里香のすぐそばにおろしている母親の姿だった。
「どうしたの、ママ。どうして、まぁみちゃんが里香のおうちにいるの?」
 ちょっとびっくりして里香は早口で尋ねた。
「あ、起こしちゃった? 静かにしてたつもりだけど、ごめんね。――杏里ちゃん、杏里ちゃんのおばちゃんと一緒に今日から病院へ行ってるの。それで、うちで雅美ちゃんを預かることにしたのよ。里香、いつもいつも、妹がほしいって言ってたでしょ? だから、少しの間だけど、里香が喜ぶかなと思って」
 床の上に雅美の体を横たえてからタオルケットの乱れを直しながら里香の母親が説明した。
「じゃ、まぁみちゃん、里香の妹なの?」
 ぱっと顔を輝かせて里香は言った。
「そうよ。今日と明日だけ、雅美ちゃんは里香の妹よ」
 母親がそう言うと、本当に嬉しそうな顔をして里香は雅美の顔をじっと覗き込んだ。
 その時に、雅美も目を覚ましたのだった。
 思いもしない顔が目の前にあることに気がついて、思わず雅美の顔がこわばった。それを里香は雅美が泣き出しそうにしていると思ったのだろう、慌てて雅美のお腹をぽんぽんと軽く叩いて優しく言った。
「大丈夫よ、まぁみちゃん。杏里ちゃんはおばちゃまとお出かけしてるけど、里香がいるからね。だから、泣いちゃだめよ」
 里香は雅美のことを杏里よりも小さな赤ちゃんだと信じて疑わない。だから、幼稚園に通っている自分からみれば、雅美はずっと年下だ。そう思うと、自然にお姉さんぶった口調になる。
 が、雅美の顔はますますこわばってしまう。事情もわからないうちに隣家のリビングルームに連れて来られて、しかも真理と杏里がいないと聞かされたのだから、激しい不安に襲われるのが当たり前だ。
「どうしよう、ママ。まぁみちゃん、泣きそうな顔するばっかりだよ」
 雅美の表情が明るくならないのを見て、里香の方が不安そうな顔つきになって母親に言った。
「仕方ないわよ。急におばちゃまと杏里ちゃんがいなくなって、初めての所に連れて来られちゃったんだもの。――あ、でも、それだけじゃないかもしれないわね」
 里香に説明しながら、けれど急に何かを思いついたような顔になると、母親は雅美の体にかけたタオルケットを手早くどけた。
 タオルケットの下から、淡いピンクのベビードレスに身を包んだ雅美の体があらわになった。このベビードレスも元々は真理の知り合いの縫製業者が杏里のために縫い上げてくれたもので、おむつを取り替えやすいようにわざと丈を短く仕立ててあって、胸元の飾りレースやパフスリーブになっている丸っこい袖口がいかにも赤ちゃんの着る物らしく可愛らしいデザインになっている。けれど、夜のおむつも外れた杏里にはもうこのベビードレスも不要になって、夏のこの時期にはちょうど合うからと、朝ご飯の後、杏里からのお下がりで雅美が着せられているのだった。
 丈の短いベビードレスの裾からは、おむつカバーが三分の一ほど見えている。里香の母親は、何も言わずにおむつカバーの裾から左手を差し入れた。雅美の体がびくっと震える。それでも雅美は、抗議の声をあげることはできない。そんなことをすれば、自分が本当は赤ん坊ではないことが知られてしまう。そう思う(実は里香の母親が既に雅美の正体を真理から聞いていることを知らない)雅美には、母親のなすがままにされるしかないのだ。
「やっぱり、思った通りだわ。雅美ちゃん、おねしょしちゃってる。それでお尻が気持ち悪いから泣きそうな顔してるのよ」
 そっとおむつカバーから左手を抜いて、母親は里香に言った。
 雅美がこわばった顔をしている本当の理由は、おむつが濡れているからではない。真理がいない中、隣家に連れて来られて、いつか自分の正体が見破られてしまうのではないかという不安のためだ。実は、そのことには里香の母親も気づいてはいる。気づいてはいるが、それを口にする必要もない。おむつが濡れているせいで雅美がむずがっているのだという説明が今のこの場面では最もそれらしく聞こえると考えてそう言ったまでだ。
「じゃ、早く取り替えてあげなきゃ、まぁみちゃん可哀想ね」
 雅美の表情がこわばったままの理由がわかって安心したのだろう、里香の声が少し明るくなった。
「そうね、杏里ちゃんのおうちからおむつもたくさん預かってきたから、すぐに取り替えてあげましょうね。玄関におむつのバスケットが置いてあるから持ってきてくれる?」
 母親は、ベビードレスの裾を雅美のお腹の上に捲り上げ、おむつカバーの腰紐をほどきながら里香に言った。
「うん、ママ。里香の妹だもの、里香もお手伝いする」
 こくんと頷いて、駆けるようにして里香は廊下に出て行った。
 その里香がリビングへ戻ってくるのに、あまり時間はかからなかった。大人が持てばそうでもないが、幼稚園児の里香には、おむつを何組も納めた藤のバスケットは大荷物だ。それでも、雅美が家にやって来たのが嬉しくてたまらないようで、力いっぱい廊下を引きずるみたいにしてバスケットを持って戻ってきた。
「はい、まぁみちゃんのおむつ。それでね、ママ、このバスケットの横におっきなカバンがあったけど、あれ、何なの?」
 バスケットをよっこらしょと床におろして里香は尋ねた。
「ああ、あのカバンにも替えのおむつが入ってるのよ。バスケットに入ってるだけじゃ足りないから。それと、肌着とか着替えとかもね」
 バスケットの中におむつと一緒に入れてあったベビーパウダーの容器を取り上げて母親が言った。
「里香が赤ちゃんだった時に使っていたおむつカバーやお洋服を着られればいいんだけど、雅美ちゃん、普通の赤ちゃんよりもずっと大きいでしょう? だから、杏里ちゃんが特別に作ってもらったのじゃないと体に合わないの。それで杏里ちゃんのを借りてきたのよ。もっとも、もう杏里ちゃんはブラウスとかスカートとかを着るから、ロンパースやベビードレスやおむつカバーは要らなくなって、今はお下がりで雅美ちゃんのになっちゃったらしいけどね」
 そう言いながら、母親はちらと雅美の顔を覗き見た。
 雅美はなんとか自分の正体に気づかれないよう懸命に赤ん坊のふりをしようとしているけれど、母親の言葉によほどの羞恥を覚えたのだろう、ついつい、頬がぽっとピンクに染まっている。母親はそのことに気がつかないような素振りでベビーパウダーのパフをつかみ上げて、雅美の下腹部に甘い香りのする白い粉をはたき始めた。
「いつもおむつだから、ちゃんとしておかないとおむつかぶれになっちゃうのよ。だから、たくさんぱたぱたしましょうね」
 言い聞かせるようにして母親はベビーパウダーのパフを動かし続ける。
 雅美の下腹部はあっという間にうっすらと白くなってしまう。
 それでも母親は尚も右手を動かし続けて、やがて、雅美の最も敏感なところにパフの端を押し当てた。途端に、雅美の体がぴくんと震える。おむつをあて続けてただでさえ感じやすくなっているところに柔らかいパフが触れたものだから、思わず反応してしまうのも仕方ないことだった。
 雅美は気づいていないが、里香の母親はわざとパフを雅美の秘部に押し当てたのだった。雅美の兄と同様、里香の父親も仕事がら出張が多く、滅多に家にいない。だから自然と里香の母親との触れ合いも少なくなってしまい、特に里香が生まれてからこちらは、夫婦の営みの機会も数えるほどしかない。そのために里香の母親は少なからず欲求不満になっていて、日頃から、何かうずうずするような刺激はないかと探し求めていた。そんなところへ、実は高校二年生の女の子なのに赤ん坊の格好をしている雅美を預かることになったのだ。刺激を求めてやまない母親にとって、そんな雅美ほど面白そうなオモチャは他には見当たらなかった。だから、存分に雅美を弄んで欲求不満を解消するつもりだった。高校生が徹底的に赤ちゃん扱いされてどんな恥じらいの表情を見せるのか、それを存分に楽しむつもりで雅美を預かることにしたのだった。そうして、その倒錯的な悦楽の時間を少しでも長く持つために、うまく真理を言いくるめて明日を待たずに名古屋の実家へ帰らせた母親だった。
「ダメよ、じっとしてなきゃ。ちゃんとぱたぱたできないでしょ」
 母親はそれこそ幼児に対するような口調で言うと、さっきよりももう少し力を入れて、今度はパフの端で雅美の秘部を軽く撫でた。
「あん……」
 雅美は思わず喘ぎ声を漏らしてしまう。
 成熟した女性である母親は、それが快楽の声だと直感する。けれど、まだ幼い里香には、雅美が漏らした声の本当の意味はわからない。
「ママ、まぁみちゃん、どうしちゃったのかな。なんだか、泣きそうな声を出してるよ」
 喘ぎ声の意味がわからない里香は、心配そうな顔で無邪気に言った。
 その無邪気さがますます雅美の羞恥を刺激する。
 羞恥と、くすぐったさと、思いもかけない快感に、雅美はさかんに両脚の内腿をすり合わせて腰を震わせた。
「あらあら、変な子ね。窮屈なおむつを外してもらった赤ちゃんは気持ちよさそうに脚を広げて嬉しそうにするのに、雅美ちゃんは、なんだかもじもじしてるみたい」
 雅美の仕種の原因が自分だということがはっきりしているのに、そんなことおくびにも出さず、いかにも不思議そうに母親は言った。
 そこへ、母親がベビーパウダーを雅美の下腹部にはたく様子を見守っていた里香が、さっきよりも心配そうな表情を浮かべて言った。
「ね、ママ、まぁみちゃんのおまたのところ、ちょっと濡れてるみたいだよ。泣きそうにしてるの、おしっこが出そうなのかな」
 母親の手にかかってパフで敏感なところをなぶられているうちに、とうとう雅美の秘部がてらてらと濡れ出しているのだ。
 それがおしっこなんかじゃないことは母親の目には明らかだった。それでも、母親は里香の言葉に頷いて言った。
「そうね。お昼寝の間におねしょしちゃってからまだあんまり時間は経ってないけど、もうおしっこしたくなっちゃったんでしょうね。赤ちゃんはおしっこが近いから仕方ないわ。――でも、里香はそんなことないわよね?」
「うん、里香、幼稚園でも、先生にご挨拶してからトイレへ行って、朝のおやつの時まで我慢できるよ。里香、赤ちゃんじゃないもん」
 次第次第に濡れてくる雅美の股間と母親の顔を見比べながら、少し自慢げに里香は言った。
「そうね、里香は幼稚園のお姉ちゃんだものね。杏里ちゃんも、里香よりは小っちゃいけど、おむつの外れたお姉ちゃんだから我慢できると思うわ。おしっこを少しの間も我慢できないのは、おむつ赤ちゃんの雅美ちゃんだけね。――でも、もしも里香がおねしょしたら、その時は里香もおむつよ」
 最後の方は少し冗談めかして母親が言った。
「そんなの、や。幼稚園のお姉ちゃんなんだから、おむつなんて恥ずかしいよ」
 ちょっと困ったみたいに耳たぶの先を赤くして里香はぶるんと首を振った。
 里香のその言葉がますます雅美の羞恥を煽る。幼稚園児でも、おむつを恥ずかしがるのが普通だ。(なのに、高校生にもなっておむつをあてているなんて。それも、ずっとずっとおむつを汚してるなんて)そんなふうに思う雅美。けれど、尿意を覚えた時にはちっとも我慢できなくて、あっと思う間もなくおむつを濡らしてしまうような体になってしまった雅美。いつのまにか、お尻を優しく包みこんでくれるおむつのすっかり虜になってしまった雅美。身を焼くような羞恥に包まれながら、けれど、ひょっとしたらもう二度とおむつ離れできないかもしれないと思う雅美。そうして、身を焦がす羞恥に無意識のうちに悦びを覚えてしまう雅美だった。
「うふふ、冗談よ」
 くすっと笑って、それでもまだ執拗にパフを動かす母親。
 とうとう我慢できなくなって、今にも消え入りそうな声で雅美は言った。
「おむちゅ、おむちゅ」
 これ以上パフで秘部をなぶられたら、それこそ、よがり声をあげてしまうかもしれない。そんなことをして正体を知られるくらいなら、どんなに恥ずかしくても、早くおむつをあててもらって丸裸の下腹部を二人の目から隠したかった。
「あらあら、自分からおむつを催促するなんて、いい子ね、雅美ちゃんは。窮屈なおむつを嫌がって逃げまわる赤ちゃんが多いのに」
 わざとらしく感心してみせてから、微かに笑いを含んだ声で母親は言った。
「それとも、雅美ちゃんはおむつが大好きなのかしら」
 言われても、ちっち、まんま、おむちゅといった言葉しか話せない年齢だということになっている雅美には、そんなことはないと否定することもできない。
「じゃ、おむつが大好きな雅美ちゃんのために、早く新しいふかふかのおむつをあててあげなきゃね」
 何も言わない(言えない)まま僅かに頬を染める雅美の顔をちらと見た後、くすっと笑って母親は、あらかじめ用意しておいたポリバケツに汚れたおむつを滑りこませて、里香が持ってきたバスケットから新しいおむつをつかみ上げた。
 お尻の下に敷きこまれた新しいおむつの柔らかい感触に、雅美の秘部からますます蜜が溢れ出る。
 それを見た里香が母親を急かした。
「ママ、早くしないと、まぁみちゃん、おしっこおもらししちゃうよ。ほら、あんなに濡れてるよ」
「そうね、早くしないといけないわね」
 母親はそう応えたものの、まるで急ぐ気配はない。むしろ、雅美の反応をじっくり楽しむように、わざとゆっくり手を動かす。
「おむちゅ、おむちゅ」
 雅美には、そう繰り返すのが精一杯だった。早くして。早く、おむつで恥ずかしいところを隠して。
「はいはい、おむつでちゅよ。雅美ちゃんの大好きなおむつでちゅよ」
 母親はゆっくりした手つきで股当てのおむつを雅美の両脚の間を通し、横当てのおむつをお腹の上に重ねてから、おむつカバーの左右の横羽根をマジックテープでしっかり留めて、その上に前当てを重ねて裾のボタンを留めた。そうして、腰紐をきゅっと結わえて、おむつカバーの裾からはみ出ている布おむつをそっとおむつカバーの中に押し入れる。
「できましたよ、雅美ちゃん。新しいおむつ、気持ちいいわね?」
 母親は、たくさんの布おむつでぷっくり膨れた雅美のお尻をおむつカバーの上からぽんぽんと叩いて、お腹の上に捲り上げていたベビードレスの裾を元に戻した。
 ほっとしたように雅美が小さく頷いた。
「そう、おむつが気持ちいいの。やっぱり、雅美ちゃんはおむつが大好きなのね」
 言いながら、母親は、今度は雅美のお尻ではなく、感じやすいあたりをおむつカバーの上からそっとさすった。
 思いがけないことに、雅美の体がびくん震えて、頬がかっと上気する。
「じゃ、雅美ちゃんのおむつも取り替えたし、お出かけしようか、里香」
 不意に母親がとんでもないことを言った。
 途端に、雅美の顔に怯えたような表情が浮かぶ。それは、プールに連れて行った日、雅美が真理に抱かれて浮かべていたあの表情そのままだった。あの時は真理が「雅美ちゃんは水が駄目なのよ」と言ってその言葉を信じたけれど、雅美の正体を知った今になってみれば、大勢の目に自分の姿をさらすことにひどい怯えを覚えていた雅美の表情の本当の意味が手に取るようにわかる。
 それをわかった上で、雅美は言った。
「替えのおむつや着替えは預かったけど、離乳食を忘れちゃったのよ。だから、駅前のスーパーで買ってこなきゃ。でも、里香たちを残して行っちゃ危ないから、一緒にお出かけするの。もちろん、雅美ちゃんも一緒にね」
 雅美ちゃんも一緒にね。(いや、赤ちゃんの格好のまま大勢の人がいる中に連れて行かれるなんて、絶対にイヤ!)雅美は心の中で大声で叫んだ。けれど、それを声に出すことはできない。
 雅美の顔に浮かんだ怯えと羞恥の表情がますます深くなるのを見た母親の心の中に加虐的な悦びが沸き上がってきた。母親は、自分の心の奥底にそんな歪んだ感情がひそんでいたことに驚いたが、けれど、そんな感情を抱いた自分を戒める気にはならなかった。日頃は家事と育児にいそしむ貞淑な妻が時として異形の欲望にいざなわれるまま自らの悦楽を求めたとして、それを非難することが誰にできるだろう。
「でも、まぁみちゃんは大っきい赤ちゃんだよ。ママ、スーパーまで抱っこできる?」
 お出かけと聞いてぱっと顔を輝かせながら、それでもどこか心配そうに里香は言った。
「大丈夫よ。離乳食は忘れたけど、杏里ちゃんが使ってたベビーバギーはちゃんと借りてきたから。雅美ちゃんをベビーバギーに乗せちゃえば、スーパーまでだって歩いて行けるでしょ?」
 こともなげに母親は言った。実は、離乳食を預かるのを忘れたと言った母親の言葉は嘘だった。ベビーバギーまでちゃっかり借りているのに、離乳食を忘れる筈がない。母親がそんな嘘をついたのは、雅美を外に連れ出す口実を作るためだった。赤ん坊の格好のまま家の外、それも、たくさんの人が集まるスーパーに連れて行ったら雅美がどんなに恥ずかしがるだろう、それが楽しくて、そんな口実を思いついたのだった。
「わーい、お出かけ、お出かけ。雅美ちゃんと一緒にお出かけだぁい」
 母親の説明を聞くなり、今度こそ嬉しそうに目を輝かせて、里香は廊下に駆け出した。
「ほらほら、そんなに走っちゃ駄目。転んじゃうわよ」
 赤ん坊にしては随分と重い雅美の体をよいしょと抱き上げながら、母親は里香の後ろ姿に声をかけた。
「転んだりしないよーだ。里香、お姉ちゃんだもん。赤ちゃんじゃないもん。――あ、雅美ちゃんが乗るの、これ?」
 里香は振り返って応えると、玄関のドアにもたせかけるようにして置いてあるベビーバギーに気がついて、これ?と指差してみせた。
「そう、それよ。ベビーバギーは里香が赤ちゃんの時に使ってたのでもいいんだけど、物置にしまっちゃったから杏里ちゃんのを借りてきたの。もう、杏里ちゃんも使わないから。本当、雅美ちゃんが来てから、杏里ちゃん、随分しっかりしてきたわ。下に赤ちゃんがいると、あんなに変わるものなのね」
 独り言みたいに呟いた母親だが、「下に赤ちゃんがいると」というところは、雅美の耳にもしっかり届くようわざと強く言っていた。
 母親は雅美を廊下におろして、折りたたんで置いてあったベビーバギーを手早く広げると、もう一度よっこらしょと声をかけて雅美をベビーバギーのシートに座らせた。
 そうして、雅美の体がシートから滑り落ちないように腰まわりと股間に母親がベルトを通してストッパーで固定した瞬間、雅美の表情が一変した。それまでの怯えに満ちた顔が、朱を差したように赤く染まり、一度は驚いたみたいに大きく見開いた目が次第次第にとろんとした目つきになってくる。
 もともと、ベビーバギーに付いている滑り止めのベルトは、直接股間に当たらないような位置に取り付けてある。股間よりも下、両脚の内腿の少し下あたりを押さえるようになっているのが普通だ。それを、里香の母親は、わざと雅美の股間を押さえるようにベルトの位置を調整して締めつけたのだった。そのせいで、ただでさえ柔らかい布おむつの感触に感じやすくなっている雅美の下腹部は、おむつカバーの上から絶えず滑り止めのベルトで刺激されることになって、ついつい、赤ん坊にはまるで似つかわしくない淫靡な悦楽に震えてしまうのだった。
「さ、行きましょう」
 ビニール製のバッグを引っかけたベビーバギーの取っ手を押して、母親は玄関を出た。
 ベビーバギーが小刻みに振動して、そのたびに滑り止めのベルトが雅美の敏感な部分をいやらしく愛撫する。上気した雅美の頬がみるみるうちに真っ赤に染まって、知らず知らずのうちに、だらしなく唇が開いてくる。
「あら、お口が寂しいのかな」
 母親は、半開きになった雅美の口におしゃぶりをふくませた。



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