家族の肖像



「――ちゃん、おっきなさい。ほら、お昼ご飯にするわよ、雅美ちゃんてば」
 誰かの手で体を揺すられる感覚があって、雅美はとろんとした瞳で目を覚ました。
 なんだか周りの景色がぼんやりしていて、両手で瞼をぐりぐりしてみる。
「やっとおっきしたのね。よくねんねしてたわね」
 ようやく、それが万里子の声だということがわかる。そうして、体を揺すっているのが万里子の手だということも。
 瞼から手を離した瞬間、眩しい光が瞳を射抜いた。
 慌てて目を閉じたものの、幾つものまばゆい星が瞼の中を飛びまわる。
 その時になって、雅美は自分がどうなったのか思い出した。雅美は、義理の妹におんぶしてもらって、こんなの赤ちゃんみたいだからやめてよと言いながら、結局は万里子の背中で眠ってしまったのだった。日が昇るずっと前にお尻の冷たさに目が覚めて、自分がおねしょをしてしまったんだということに気がついて、けれど旅行先の旅館のことだからどうすることもできなくて、そのまま、どうしようどうしようと思いながら布団の中にいた。車の中でもおしっこを我慢していて眠ることができず、紙おむつをあてられてからはその恥ずかしさでやはり眠ることができなくて、遊歩道を歩いている時、頭が少しぼんやりしてきた。それを見透かすように万里子におんぶされて、まるで本当に子供みたいに万里子の大きな背中で眠ってしまったのだ。太陽は進行方向にあったから万里子の背中にいると眩しい光を受けずにすんだし、雅美のスカートを舞い上がらせる悪戯風も頬には心地よかった。それで、つい、うとうとし始めて、いつのまにか知らす知らずのうちにぐっすり眠りこんでしまった。そうして、滝の近くの広場に着いて、背中ですやすや眠っている雅美を万里子はレジャーシートの上に寝かせたものの、あまりいつまでも目を覚まさないものだから体を揺すって起こすことにしたのだった。
 もうお昼を過ぎているのだろう、太陽の光は真上から降り注いでいる。
「雅美ちゃんもおっきしたし、お昼ご飯にしましょう。すごいお弁当なんですよ」
 美智子の嬉しそうな声が聞こえた。レジャーシートの上に、見るからにおいしそうな弁当が四つ並んでいた。
「昨夜、旅館にお弁当を用意してくれるようお願いしておいたの。せっかくの旅行なんだから、お弁当も豪華にしたいものね」
「でも、一つ足りないんじゃない? 五人なのに四つしかないよ」
 怪訝な顔をして万里子が言った。
「いいのよ、四つで。だって、大人は四人だもの。一つ一つにたっぷり入っているから、雅美ちゃんにはみんなの分を分けてあげればいいのよ。昨夜の夕ご飯みたいに」
 こともなげに美智子は言った。
 たしかに、昨夜の夕食もそうだった。食事は大人の分だけが用意してあって、その中から幼児が喜びそうな食べ物をプラスチック製の小皿に取り分けて雅美に食べさせたのだった。それも、雅美が自分で食べたわけではない。自分の膝の上に雅美を座らせた万里子が、はい、あーんしてと言いながら食べさせたのだった。そんな幼児扱いを雅美は頑なに拒んだ。拒んで、食べ物を口に押しつけられても唇を開かなかった。そのせいで、だし巻き卵や茶碗蒸みたいな柔らかい食べ物はすぐに形が崩れて雅美の顎先から胸元へぽとぽと落ちていって、首筋に巻き付けたタオルを汚してしまった。それは、小さな子供がまだ上手に物を食べられなくて、よだれかけを汚してしまう姿そのままだった。
「あ、そうね。雅美ちゃん、まだ小っちゃいから、一人分頼んでも余っちゃうもんね。いいわ、今日もお姉ちゃんがお膝に抱っこして食べさせてあげる。さ、おいで」
 昨夜のことを思い出して万里子は笑顔になった。
 そこへ、知美の少し心配そうな声が割って入った。
「あの、お弁当の前に雅美ちゃんをトイレに連れて行ってあげた方がよくありません? 雅美ちゃん、車の中で二度おむつを汚しちゃったけど、それからもう大分時間が経っているから、そろそろかなと思うんですけど」
 知美の言葉に、美智子はちらと腕時計に目をやった。
「そうね、二度目のおもらしは車を駐車場に停める三十分ほど前だったし、それからここまで歩いて、それに雅美ちゃんがねんねしていた時間を足すと……村野さんの言う通りだわ、お弁当の前にトイレをすませておかないと、またおむつを汚しちゃうかもしれないわね」
「じゃ、私が連れて行ってくる。たしか、トイレ、むこうの方にあったよね?」
 食事をさせるために半ば強引に雅美を自分の膝の上に座らせた万里子だったが、知美と美智子の会話を耳にするなり、いったんは膝に乗せた雅美の体をひょいと抱き上げて芝生の上に立たせると、手を引いて歩き出した。

 なるべく自然環境を壊さないようにという配慮で、駐車場からこちら、建築物らしき物は一切ない。ただ一つの例外が、林の木々に隠れるようにして建っている簡易トイレだ。
 駐車場には『自然環境保護のため、滝の近くには簡易トイレが一つあるだけです。駐車場のトイレで用をすませてから滝にお向かいください』という注意書きがそこここに掲示してあって、地元の人はそのことをよく知っているのだが、初めてここを訪れた観光客はあまりそんなことに気を払うこともない。だから、特に行楽シーズンになると、たった一つしかない簡易トイレの前に長い行列ができることになる。
 列の一番後ろに並んだ時は、まだあまりおしっこをしたいわけでもなかった。ただ、万里子に手を引かれるまま広場からトイレの前へ連れてこられて列の後ろに並ばされてしまっただけだ。なのに、列がゆっくり進むにつれて、少しずつ尿意が高まってきた。列に並んでいるのは女性が多くて、男性に比べると一人一人の用をたす時間が長くなるため、列は本当にゆっくりとしか進まない。その中にいると、次第に尿意が高まってくるのを抑えられなってくる。そうして、あと五人ほどで雅美の番だという頃になると、いよいよ我慢できなくなってきた。
 体を丸めるみたいにしてしゃがみこめば、まだ我慢しやすいのかもしれない。スカートの上から股間を押さえて腰をかがめれば、もう少し我慢できるのかもしれない。いっそ、「出ちゃうよ、出ちゃうよ」と口に出しながら地団駄を踏めば、こらえられるのかもしれない。どれも、幼稚園児くらいの子供なら所かまわずそうしていることだ。それでも、いくら見た目は幼稚園児でも実際の年齢は十八歳の雅美だから、まさかそんなことできる筈がない。
「どうしたの、雅美ちゃん。ひょっとして、ちっち出ちゃいそうなのかな?」
 時おり体を小刻みに震わせる雅美の顔を、万里子はわざとらしく微笑んで覗き込んだ。
「……」
 否定もできず、肯定もできず、雅美は押し黙ったままだ。

 それからしばらくして、あと二人で雅美の番という時。
 林の中で鬼ごっこをしていたらしい小学校中学年くらいの男の子が三人、トイレを待っている列の中にとびこんできたかと思うと、大勢の人たちの列を乱して、そのまま嬌声をあげて勢いよく駆け抜けていった。
 その勢いに雅美の小さな体が弾きとばされて万里子の体にぶつかる。
 自分よりもずっと大柄の万里子にぶつかって、今度はその反動で後ろへ倒れそうになる雅美。万里子が急いで腰に手をまわさなかったら本当に倒れていただろう。当の男の子たちにとってはちょっとぶつかったくらいのものかもしれないが、背が低くて体重も軽い雅美にはかなりの衝撃だった。
「雅美ちゃん、大丈夫だった? ――友達どうしでハイキングかもしれないけど、他の子供たちに怪我させたらどうする気なのかしら。本当に危ないんだから。」
 雅美が倒れずにすんだのを確認すると、万里子は、むこうの方に駆けて行く男の子たちの後ろ姿を目で追いかけながら溜め息まじりに呟いた。
 けれど、雅美は無言だった。
 無言で、なんだか今にも泣き出しそうな顔をしてトイレのドアをみつめている。
「どうしたの、雅美ちゃん」
 その様子を不審に思った万里子は、膝を折って雅美と目の高さを合わせ、少し心配そうに訊いた。
 それでも、雅美は無言だった。ただ、じっとトイレのドアをみつめている。みつめているというより、なんだか、睨みつけているみたいだ。
「あ、ひょっとして……」
 ふと何か思い当たることがあるような表情になった万里子は、右手を雅美の内腿の間に差し入れた。
 そんなことをすれば、普段の雅美なら慌てて逃げ出すことだろう。けれど、この時の雅美は違った。万里子の手を払いのけることもせず、身をよじって逃げ出すこともしなかった。いや、しなかったのではなく、できなかった。
 車の中でもそうだったように、表地を通して、温かい液体が紙おむつの中に広がってゆく感触が万里子の掌に伝わってくる。
「やっぱりだ。ちっち出ちゃったのね、雅美ちゃん」
 そっとスカートを捲り上げてみると、表地を通して紙おむつの中の吸水材と不織布がうっすらと黄色に染まってゆくのが見えた。雅美は小刻みに体を震わせ、両方の内腿をすり合わせながらおしっこでおむつを汚している、そのただ中だった。おもらしの最中にその場を逃げ出すことなどできない。左右の脚を自由に動かせるわけがなかった。
「男の子がぶつかった時、我慢できなくなっちゃったのね。でも、雅美ちゃんはよく我慢したわよ。列の一番後ろに並んで、ほら、もうすぐでトイレって所まで我慢したのよ、雅美ちゃんは。いい子だったわね、よく我慢したわね」
 万里子は雅美の頬を両手の掌で包みこんだ。
 本当にまだおむつ離れしていない小さな子供なら、そんなふうに誉めてもらえば嬉しいだろう。けれど、本当は十八歳の雅美にとって、万里子の言葉は屈辱でしかなかった。屈辱でしかなかったけれど、それに抵抗する術もそれを拒む言葉も持たない無力な雅美だった。
 その場に立ちすくむ雅美の太腿の内側におしっこの雫が一つ、つっと伝い落ちた。
 車の中でのように万里子がギャザーを押し広げたからというわけではない。ずっと我慢していたおしっこが男の子にぶつかられた衝撃で一気に溢れ出て、吸水材が吸い取ることのできる速さを越えておしっこが流れ出したせいだ。それでも、たとえば雅美が横になった姿勢なら、おしっこは一カ所に集まらずに吸水材の上にじわっと広がるから、漏れ出すことはなかったかもしれない。けれど、雅美が立っているため、どうしてもおしっこは下の方にばかり溜まってしまって、そのあたりの吸水材だけでは吸い取ることができなくなって、不織布からも滲み出てギャザーから漏れ出てしまったのだ。
 そんなになっても、まだ雅美のおもらしは止まらない。遠慮がちに一つだけ内腿に流れ出て膝の横がわを伝い落ちた雫に続いて、二つ三つと流れ出しては、雅美の足首を濡らして、サンダルに小さなシミをつくってゆく。
 簡易トイレのドアが開いて中年の女性が出てきた。その代わりに若い女性がトイレに姿を消して列が少し前に進むのだが、その場に立ちすくんでいる雅美のせいで、そこから後ろの人たちの流れが遮られてしまう。
 それに気づいた万里子が雅美の両脇の下に手を差し入れて抱え上げ、列の外に出して、すぐ後ろで順番を待っている人に会釈をして言った。
「すみません、お先にどうぞ。私たちはもういいですから」
「でも、本当にいいんですか?」
 トイレを待つ列から少し離れた所にぽつんと立つ雅美の姿をちらと見ながら聞き返したのは、遊歩道でも雅美たちのすぐ後ろを歩いていた、美代という女の子連れの若い母親だった。
「ああ、はい。私はトイレへ行くつもりじゃありませんし、それに、妹は間に合わなくて、もうトイレへ連れて行ってもしようがありませんから」
「それじゃ、失礼して。美代、ママの横に来て待ってなさい。――妹さん、おしっこ今までちゃんと我慢してたのに、可哀想なことになっちゃいましたね」
 母親は気遣わしげに言った。
「仕方ないです。こんな時のためにおむつをあてていたんだし」
 万里子はさぼど気にするふうもなく笑みさえ浮かべて首を振った。万里子にとっては、むしろ望ましい展開だった。
「じゃ、みんなの所へ戻りまちょうね。戻って、おむつを取り替えたらお昼にしまちょうね」
 くるりと踵を返した万里子はわざとのような幼児言葉で話しかけて、雅美の手を引いて歩き出そうとした。
 その時、母親のそばから美代がたっと駆け出して雅美と万里子の前に立った。
「あ、あの、私、美代。竹内美代です」
 二人の前に立ちはだかった美代はおずおずと万里子に話しかけた。
「美代ちゃんね。私は坂上万里子で、妹は雅美です。何かご用かな?」
 万里子はひょいと腰をかがめて言った。
「うん、あのね……雅美ちゃんを叱らないでほしいの。ごめんなさい、急にこんなこと言って。でも、雅美ちゃん可哀想だから」
 美代は真剣な眼差しで万里子の顔を見上げた。
「私が雅美ちゃんを叱ると思ったの?」
 万里子は僅かに首をかしげて聞き返した。
「うん。雅美ちゃん、おしっこおもらししちゃったでしょ? だから叱られるんじゃないかなと思ったの。私、ママに叱られたことあるから、それで雅美ちゃんも叱られると思ったの」
 美代は、雅美のスカートの裾から少しだけ見える紙おむつを心配そうな顔つきでみつめた。
「雅美ちゃん、おもらししちゃったけど、でも、ちゃんと我慢してたんでしょ? ちゃんと並んでトイレを待って、我慢してたんでしょ? おもらししちゃったけど、我慢してたんだよ、雅美ちゃん。だから叱らないであげて」
「そう。よその子のことなのに、雅美ちゃんのこと心配してくれたんだね、美代ちゃんは。でも、大丈夫よ。雅美ちゃんがちゃんと我慢してたことは私も知ってるから叱ったりしないわよ。だから安心してちょうだい。――美代ちゃん、弟か妹はいるの?」
 万里子は感心したように言った。
「ううん、いない。でも、妹がほしいってママにお願いしてるの。ママ、美代がいい子にしてたら妹ができるかもしれないねって言ってるの」
 美代は少しはにかむような表情になった。
「美代ちゃん、きっと、いいお姉さんになれるよ。よその子のことまで心配してくれるんだもの、きっと優しいお姉さんになれるよ。だから、ママの言いつけをちゃんと聞いていい子にしてようね」
 笑顔で言って、万里子は美代の頭をそっと撫でた。
 そこへ、列の一番前になった母親の声が飛んできた。簡易トイレのドアが開きかけている。
「戻ってらっしゃい、美代。順番が来たわよ」
「あ、ママが呼んでる。美代、トイレ行ってくるね。美代、年長さんだもん、おしっこはトイレでしなきゃいけないもん。年長さんがおもらししちゃったらママに叱られるもん」
 美代はそう言って、こちらへやって来た時と同じように元気に駆け出した。
「いい子ね、美代ちゃんは。まだ幼稚園なのに、ああして見ず知らずの子の心配をしてあげられるなんて、なんてしっかりしてるのかしら。幼稚園でも年長クラスだとあんなふうにしっかりした子が多いのかな。うふふ、でも、雅美ちゃんみたいにおしっこでおむつを汚しちゃう甘えん坊さんもいるのよね。美代ちゃん、雅美ちゃんのこと、絶対に自分より年下だって思ってるでしょうね。年中さんだと思ってるかしら、それとも、遊歩道を歩いてる時に言ってたみたいに年少さんだと思ってるかしら」
 美代がトイレに入るのを見ながら万里子は言った。そうして、雅美の耳元に唇を寄せると、少し意地悪な口調で囁くのだった。
「まさか、十八歳の大学生だとは思わないでしょうね、絶対に」
 言われて、雅美は恨みがましい目で万里子の顔を見た。けれど、紙おむつのギャザーから漏れ出て内腿を伝い落ちるおしっこの感触に、何も言い返せずに押し黙るしかない雅美だった。




 滝のある渓谷から旅館に戻る車の中でも紙おむつを二枚汚してしまった雅美は、旅館の部屋に戻ってもショーツを返してもらえなかった。いくら「おむつはいや、パンツを穿く」と訴えても、「おねしょだけじゃなく昼間もおもらししちゃう子はずっとおむつなの」と言って万里子はまるで取り合わなかったのだ。万里子は雅美を大浴場へ行く時も浴衣の下には紙おむつをあてさせたままで、脱衣場では周りの人たちに聞こえるようわざと大きな声で「さ、おむつも脱ぎ脱ぎしまちょうね。ほら、気持ちいいでしょ?」と言いながらパンツタイプの紙おむつを脱がせ、お風呂から上がった時には「ちゃんとおむつしとこうね。雅美ちゃんはいつおもらししちゃうかわからないものね」と言っておむつをあててから浴衣を着せるのだった。そうして部屋に戻った万里子は、前の晩と同じようにタオルを雅美の首筋に巻き付けて夕飯を食べさせる。昨夜と違うのは、雅美が浴衣の下に着けているのが木綿のショーツではなく紙おむつだということだけだった。

 そして、これも昨夜と同じように、雅美が眠っている布団のかたわらで額を寄せ合う万里子と美智子。
「うふふ、昨夜よりもぐっすり眠ってるわね」
 まるで目を覚ます気配のない雅美の顔を見おろして美智子は言った。
「だって、昼間なんておんぶしたら眠っちゃったんだもの。それくらい眠かったのよ、雅美ちゃん。おねしょのせいで朝早くに目を覚ましたでしょうから」
 それが自分たちの企みのせいだということはおくびにも出さずに万里子はくすっと笑った。
「今夜もおねしょしちゃったら二晩続けてのおねしょってことになるわね。昼間はおもらしでおむつをたくさん汚しちゃったし。これでずっとおむつをあてさせることができるわね。これだけおもらしとおねしょを続けたら雅美ちゃんもいやとは言えないでしょう」
 美智子は、水でぬるめたお茶が入った湯呑みを万里子の目の前に突き出してみせた。
「そういうことね。でも、今夜は昨夜よりちょっと難しいかもしれないわね。昨夜はパンツだったから浴衣をはだけて上からお茶をかけるだけでよかったけど、今夜は紙おむつだから、いったん脱がせて紙おむつの中を濡らさないといけないし。脱がせる時、雅美ちゃん、目を覚まさないかしら」
 万里子は雅美の掛布団をそっと捲り上げながら言った。
「大丈夫よ。その時は、雅美ちゃんがまたおねしょしてないか確かめてあげてるんだって言えばいいんだから。昨夜のおねしょと昼間のおもらしだもの、心配になって確かめるのが当たり前よ」
 なんでもないことのように美智子は言った。
「たしかにそうかもね。じゃ、浴衣の裾を広げるわよ」
 掛布団を雅美の足元近くにおいて、万里子は浴衣の裾を静かにはだけた。
 途端に、あれ?という顔になる万里子。
「どうしたの?」
 万里子が急に手を止めたのを訝って美智子が尋ねた。
「これ見てよ、お母さん。今夜はわざわざお茶の用意をしなくてもよかったみたいよ」
 くすくす笑いながら、万里子は紙おむつの一部を指差した。紙おむつの表地を通して、薄く黄色に染まって僅かにぷっくり膨らんだ吸水材が見える。
「あらあら、本当、今夜は偽物のおねしょを用意することなんてなかったのね。でも、まさか本当におねしょしちゃうなんて」
 万里子につられて美智子もくすくす笑い出した。
「でも、こんなことってあるんだね。十八歳の女子大生が急におねしょしちゃうようになっちゃうなんて」
 それまでくすくす笑っていた万里子が、今度は少し不思議そうな表情を浮かべた。
「普通だったら病気でもない限りそんなことはないでしょうね。でも、実は、昨夜の寝顔を見た時、雅美ちゃんの場合はそういうこともあるかもしれないと私は思ったの。ひょっとしたらって」
 万里子がはだけた雅美の浴衣の裾をそっと整えてやりながら、美智子は、幼児教育に携わる者の顔になって言った。
「雅美ちゃん、小さい頃にお母さんを亡くして、どんなに寂しかったでしょうね。万里子もお父さんを亡くして寂しかったでしょうけど、女の子にとって幼い頃に母親を亡くすほど辛いことはないのよ。男親みたいに厳しいだけじゃない、いざとなったらどこまでも自分のことを赦して甘えさせてくれる女親という存在は、それからの人生に信じられないほど大きな影響を与えるものなのよ」
 浴衣の裾を整えてから、万里子は、ほどけそうになっている帯を優しい手つきで結わえ直した。
「表現できないほどの寂しさを胸の中に溜め込んだまま十八年間を生きてきて、雅美ちゃんは私たちと巡り会った。万里子が妹をほしがって仕方ないから、それに、勲さんが雅美ちゃんのことをたっぷり甘えさせてくれと言ったから、そして、私がもういちど子育ての真似事をしたかったから、それで雅美ちゃんをわざと小さな子供扱いすることにしたんだったわね。雅美ちゃんはどんなにか恥ずかしかったことでしょうね。十八歳にもなって、幼稚園児が着るみたいな洋服を着せられて、小っちゃな子供が穿くパンツを穿かされて、三つ年下の万里子から逆に小さな妹扱いされて、雅美ちゃんはどんなに恥ずかしかったでしょう」
 美智子は、雅美のお腹を優しくぽんぽんと叩いた。と、それまで静かに眠っていた雅美の顔に、なんともいいようのない笑みが浮かんだ。
「でも、恥ずかしいだけじゃなかったのよ、雅美ちゃんは。無理矢理みたいに子供扱いされて、でも、それがきっかけになって、雅美ちゃんの心の奥の方に隠れんぼしていた小さな雅美ちゃんが姿を現したのよ。お母さんがいないから少しでも早く自立しようとして少しでも早く大人になろうとしていた雅美ちゃんが心の中に隠してしまった幼い雅美ちゃんが。雅美ちゃんの心の中では、自分でも気づかないうちに、大人の雅美ちゃんと子供の雅美ちゃんが入れ替わろうとしているんでしょうね。だから、おねしょしちゃったのよ。今から思えば、昼間のおもらしもそうかもしれない。いくら我慢できなかったといっても、本当は十八歳の女子大生が何枚もおむつを汚したりしないわよ、普通なら」
 万里子が捲り上げた掛布団をきちんと元に戻して、美智子は雅美の頬をいとおしそうに撫でた。
「私たちの計画では、雅美ちゃんを幼稚園くらいの子供に戻すつもりだったわね? お母さんに一番甘えたい年ごろっていうのが大体そのあたりの年齢だから。でも、ちょっと悪戯が過ぎたかもしれない。私は夜にしか使わないつもりだったのに、万里子が面白がって昼間から雅美ちゃんにおむつをあてたものだから、雅美ちゃんの子供返りは予想よりも進んじゃいそうよ。子供返りっていうより、赤ちゃん返りになりそうだわ。万里子、それでもちゃんと雅美ちゃんのお世話できるわね?」
 万里子はもういちど、今度は掛布団の上から雅美のお腹をぽんぽんした。
「まっかせといてよ、お母さん。私はずっとずっと妹がほしかったんだから。――それに、ミルク飲み人形もほしかったんだから」
 最後の方は少し悪戯めいた表情で万里子は頷いた。

 これから先、雅美がどんな生活を送ることになるのか、そんなことはまるで知らぬげに、山の頂にかかる月は今夜も銀色の光を部屋の中に投げかけていた。




 もう一泊する予定になっている知美が手を振って見送る中、四人を乗せた車は帰路についた。
 少し早めに出発したものの、高速道路の渋滞は相変わらずで、休憩のためにサービスエリアに入ろうとしても駐車場が空くのを待つ車が行列をつくっている。その長い行列に加わる気にもなれず、次のサービスエリアへ、次のパーキングエリアへと勲は車を走らせ続けた。
 四つめの、給油所も無い小さなパーキングエリアが比較的空いていて、さほど待つこともなく駐車場に車を停めることができた。
「やれやれ、やっと一息つける。やっぱり、小さなパーキングエリアの方が空いているようだね」
 普段はこんなに長時間にわたって車を運転することのない勲が、自分で自分の肩を揉みながら運転席からおり立った。
「特に、トイレと自動販売機しかないこんなパーキングエリアだと尚更そうでしょうね。みんな、お土産を買える売店があるような所に行くでしょうから」
 助手席からおり立った美智子が周りの景色を見渡して言った。
「さ、トイレへ行きましょう。雅美ちゃん、ずっと我慢してたんでしょ?」
 雅美の手を引いて万里子が後部座席からおりてきた。
「んもう、手を離してよ。一人でおりられるわよ。それに、『雅美ちゃん』じゃなくて『雅美お姉さん』でしょ? もう、旅館の人に聞かれる心配もなくて、幼稚園児のふりなんてしなくていいんだから」
 雅美は車からおりるなり、万里子の手を振り払った。
「そうね、もう幼稚園児のふりなんてしなくてもいいわね」
 雅美の言葉に、万里子はわざとみたいに大きく頷いた。頷いて、ひょいと腰をかがめると、雅美のお尻をぽんと叩いて面白そうに言った。
「でも、『雅美ちゃん』はやっぱり『雅美ちゃん』よ。私の可愛い妹の雅美ちゃんなのよ。おむつの外れない小っちゃな子がお姉さんだなんて、雅美ちゃんもおかしいと思うでしょ?」
 雅美は今日は向日葵の花を思わせるような鮮やかな黄色の生地でできたサンドレスを身に着けている。色こそ昨日着ていたサンドレスとは違っているものの、肩のところが大きなリボンになっていて丈が短いのは、昨日の淡いブルーのサンドレスと同じだ。そうして、サンドレスの下に身に着けているのが、大人用のショーツではなく、幼児用のパンツでもなく、お尻のところにアニメキャラのプリントが可愛いパンツタイプの紙おむつだというのも、昨日とまるで同じだった。
「……」
 自分のお尻を包みこんでいるのがパンツではなく紙おむつだということをあらためて思い知らされた雅美は、それ以上は何も言い返せなくなってしまう。
「昨日はおねしょで浴衣もお布団もびしょびしょにしちゃって、昼間も何度もおもらしして、今朝もおねしょしちゃったのは誰だったかしら。昨日のおもらしと今朝のおねしょで紙おむつを何枚も汚しちゃったのは誰だったかしら」
 押し黙ってしまった雅美に向かって、まるで幼児に言い聞かせるように万里子は続けた。
「だから、今もこうしておむつをあててるのよ、雅美ちゃんは。いつおもらししちゃうかわからない困った子はおむつを外せないのよ。いつまでもおむつ離れできない小っちゃな子だから私の妹なのよ。ちゃんとおしっこを言えるようになっておむつが外れたらお姉ちゃんになれるけど、それまでは妹なのよ。わかったわね?」
 万里子はもういちど紙おむつの上から雅美のお尻をぽんと叩いてから、あらためて雅美の右手を握って歩き出した。
「……どこへ行くの?」
 丈の短いサンドレスだから、裾がほんの少しでも捲れ上がったりしたら、恥ずかしい紙おむつが見えてしまう。そんな格好で車からおりてどこかへ連れて行かれそうになっているのだから雅美が不安になるのも仕方ない。
「やだ、トイレに決まってるじゃない。こんな、レストランも売店もないパーキングエリア、トイレしか行く所はないわよ。――それとも、雅美ちゃん、トイレへ行くのはいやなのかな? ひょっとしたら、おむつが好きになっちゃったのかな?」
 不安のせいでなんとなく身を退き気味にする雅美に、万里子はくすっと笑って言った。
「そんな、おむつが好きだなんて……」
 雅美は弱々しく首を振った。
「そうよね。こんなに恥ずかしい下着を好きになっちゃうわけないわよね。そんなの、おかしいわよね。じゃ、トイレへ行きましょう。恥ずかしいおむつを恥ずかしいおもらしで汚しちゃう前に」
 万里子は力まかせに雅美の手を引いた。

 雅美と万里子がそんな会話をしている間に観光バスが何台も続けてパーキングエリアに入ってきたかと思うと、トイレのすぐ前の通路に停まって乗客をおろし始めたため、空いていると思っていたトイレが、あっという間にいっぱいになってしまった。自分で運転しなければいけない自家用車と違って、バスはとりあえず乗客を売店なりトイレなり目的地の近くでおろしてからちゃんとした駐車場へ移動するのが常だから、乗用車用の駐車場から歩いて向かう間に、空いていると思っていたトイレが気がつけば人でいっぱいというのはよくあることだ。
 バスの乗客は、どこかの女子高の生徒なのか、制服らしきブレザーを着た若い女の子ばかりだった。さほど広くないトイレの入り口に女子高生がずらっと並んで思い思いにきゃあきゃあと黄色い声をあげてお喋りに興じているものだから、どことなく近寄りがたい雰囲気がある。それは、雅美にとっては尚更だった。幼児めいた格好をさせられ、紙おむつまであてられた姿でそんな大勢の女子高生が列を作る中へ入って行くのは躊躇われる。
 けれど、かといって、ここのトイレで用をたしておかなければ、今度いつパーキングエリアに入れるかわからない。それに、旅館を出てからこれまで一度もトイレへは行っていなくて、今でもかなりの尿意を覚えているのだから、どうしてもその列に加わらざるを得ない。
 雅美は万里子に手を引かれて、おどおどした様子で列の最後尾に並んだ。
 と、時おり無遠慮な笑い声をあげながら級友たちとお喋りを続けていた女子高生の一人が雅美に気づいて嬌声をあげた。
「あ、かっわい〜い。見て見て、あの子、サンドレスがすっごく似合っててかっわいいの」
 その声が合図になって、列の後ろの方の何人もが一斉に振り向いた。そうして口々に、ほら、新しい子供服のブランドのサンドレスじゃんとか、あ、そうそう、なんとかいうデザイナーが子供服をデザインしたってテレビでも言ってたよとか、うちの制服もDCブランドにしてくんないかなぁとか言いながら、気がつくと、すっかり雅美と万里子の周りを取り囲んでしまう。トイレ待ちで手持ち無沙汰な彼女たちにしてみれば、絶好のオモチャがやって来たようなものだ。
 自分と比べれば随分と体の大きい女子高生たちに周りを取り囲まれて、思わず雅美は万里子の手をぎゅっと握って万里子の背後に隠れようとする。
 それを万里子はわざと雅美の背中を押して自分の前に立たせた。
「うふふ、恥ずかしがり屋さんみたいですね、妹さん」
 最初に雅美に気づいた女子高生が雅美と万里子の顔を見比べて言った。
「そうね。いつも私の後ろに隠れようとするから困ってるの。恥ずかしがり屋さんっていうより、甘えん坊さんなのよ」
 ただでさえ体の発育がいい上に、いかにも雅美の保護者然とした様子の万里子だから、女子高生の目には実際の年齢よりも随分と年上の女性に見える。女子高生がそんなふうに感じていることを直感して、万里子はわざと大人びた口調で応えた。
「ふぅん、そうなんですか。でも、こんなに可愛い妹さんだと、甘えん坊さんでも許せちゃいますよね」
 女子高生は、にっと笑って言った。それから、大きなリボンになっているサンドレスの肩紐に指先で触れながら雅美に話しかける。
「可愛いお洋服ね、とってもよく似合ってるわ。――お名前、言えるかな」
 そう言われても雅美は無言だった。助けを求めるように、背後の万里子の顔をおずおずと見上げるばかりだ。
「駄目じゃない、ちゃんとお名前を言わなきゃ。せっかく、お姉ちゃんたちが可愛いねって言ってくれてるのに」
 雅美の顔を見おろして、たしなめるように万里子は言った。
「……雅美。坂上雅美です」
 雅美は、おどおどした様子で女子高生の方に振り向いた。
「そう、雅美ちゃんっていうんだ。じゃ、雅美ちゃん、お年も言えるかな」
 女子高生は膝を折って雅美と目の高さを合わせた。
「……五つ」
 まさか、十八歳という本当の年齢を応えるわけにはいかない。一瞬迷って、雅美は、美智子が旅館の宿泊カードに記入した偽りの年齢を口にした。
「五つなのね、雅美ちゃん。幼稚園?」
「かもめ幼稚園……かもめ幼稚園の年長です」
 雅美は咄嗟に、美智子が園長を務める幼稚園の名前を応えた。
「そうなの。でも、幼稚園の年長さんにしたら背が高いのね。――お姉さんも背が高いし、やっぱり家系なんですね」
 本当の年齢からすれば小柄な雅美も、小学校低学年くらいの身長はある。女子高生が少し感心したような口調で万里子にそう言うのも無理はない。
「ええ、まぁ、そうかもしれないわね」
 本当は血のつながった姉妹ではないこと。本当は姉と妹が逆転していること。本当は雅美が大学生だということ。そういった全てのことを曖昧な笑みに隠して万里子は小さく頷いた。
「もしもよかったら抱っこしてみる? あなた、小さな子供が好きみたいだから」
 曖昧な笑みのまま少し悪戯っぽい声で万里子は続けた。
「いいんですか? 私、子供が大好きなんです。高校を卒業したら短大の保育科に進んで幼稚園か保育園の先生になりたいんです」
 女子高生は声を弾ませて言って雅美に向かって両手を差し出したかと思うと、左手を背中にまわし、右手をお尻の下に伸ばした。
 けれど、お尻に触れた右手が不意に止まる。
 女子高生は少し困ったような表情になって万里子の顔を見た。
「あら、どうかした?」
 万里子は僅かに首をかしげた。
「あ、あの……雅美ちゃん、パンツじゃないんですか? 幼稚園の年長さんだからてっきりパンツだろうと思ってたんですけど、あの……」
 女子高生は、自分のことでもないのになんだか恥ずかしそうにして言った。
「ああ、それでびっくりしちっゃたのね。でも、最近の子供はおむつ離れが遅くなって、年長さんでもおむつの外れない子がいるのよ。保育科へ行ったら教えてくれると思うけど」
 美智子と知美の受け売りだった。受け売りだけど、さも当然の知識だといわんばかりの態度で言うと相手はすぐに納得してしまう。現に、本当ならこの女子高生の方が一つくらいは学年が上かもしれないのに、万里子の悠揚迫らぬ態度に、万里子のことをすっかり年上だと信じてやまない様子がありありだ。
「そうなんですか。それで、雅美ちゃんも。あ、ううん、おむつを触るのがいやなんじゃないんです。ただ、ちょっと、思っていたパンツの肌触りとは違うから驚いただけで。でも、最近の紙おむつって、どんななんだろう。――ごめん、雅美ちゃん、ちょっとだけおむつを見せてね」
 驚きが去ると、代わりに、無性に好奇心が湧き上がってくる。物怖じするということを知らない年齢にふさわしく、まるで無遠慮に女子高生は雅美のサンドレスの裾をぱっと捲り上げた。
 ただでさえ、静かに立っている時はともかく、ちょっとでも腰をかがめたり風で揺れたりするだけでスカートの下が見えてしまう丈の短いサンドレスだ。女子高生はさして力を入れたつもりはないかもしれないが、雅美のお尻を包みこむ紙おむつが殆ど丸見えになってしまう。
 雅美は慌ててサンドレスの裾を押さえたけれど、最初の女子高生の行動がきっかけになって、興味津々といった感じの何人もの女子高生の手が周りから次々に伸びてスカートを捲り上げるものだからどうにもならない。
「へーえ、最近のはこんなふうにパンツみたいな形してるんだ。テレビでコマーシャル見たことあるけど、実物は初めて」
「ほんと、ちょっと見ただけじゃパンツみたいに見えるよね。お尻のとこに可愛いプリントしてあるし」
「でも、ほら、ギャザーっていうの? それがあるからパンツじゃないこと、すぐにわかるじゃん」
「けど、こんな薄いのにちゃんと吸い取れるのかなぁ。妹が赤ちゃんの時に使ってたの、もっと厚かったと思うんだけどな」
 サマードレスの裾を捲り上げたり紙おむつに触れてみたりと好き勝手なことをしながら口々にさんざめく女子高生たち。小さな子供が身近にいない者が殆どみたいで、まるで、珍しい小動物や愛くるしい子犬を間近にしたような騒ぎだ。
「やだ、やめてよ、やめてったら……」
 我慢できなくなって雅美は何本もの手から逃れようと身をよじった。けれど、抗議の声は、大勢の女子高生に気圧されてか、ひどく気弱げな、懇願するみたいな声になってしまう。
「あ、ごめんね、雅美ちゃん。私が最初におむつに触ったからみんなが真似して。――駄目よ、みんな。そんなにみんなして触っちゃ駄目。順番に抱っこしてあげなきゃ」
 最初に手を出した女子高生が、弱々しく首を振る雅美の様子を見て級友たちの手を押しとどめた。そうして、サマードレスの裾を手早く整えると、あらためて雅美の背中とお尻に手をまわしてそっと抱き上げる。
「うわ、さすがに重い。近所の赤ちゃんを抱っこした時とは大違い」
 小柄な雅美の体を見て軽々と抱き上げられると思っていた女子高生が少し驚いたように言った。けれど、じきに納得したような笑顔になる。
「でも、そうよね。おむつをあててるから赤ちゃんみたいに思ってたけど、幼稚園の年長さんだもん、重いのが当たり前よね。だけど、うふふ、スカートからおむつが見えてるなんて、なんだか大きな赤ちゃんみたい」
 女子高生が言うように、上半身を少し起こすような格好で横抱きにされた雅美のサンドレスの裾からは紙おむつが半分ほど見えている。たしかに、その姿は、幼稚園児というよりも赤ん坊めいて見えた。
「でも、そこが可愛いのよね、雅美ちゃん。ぎゅってしたくなるくらい」
 輝くような笑顔で言って、女子高生は雅美の体をいっそう強く抱きしめた。
 万里子のと比べるとまだ固い胸の膨らみが雅美の頬に当たる。ブラウスとブレザーの生地を通して伝わるその感触は微かだったけれど、旅館で夕飯を食べる時に万里子の胸に抱かれた時の感触を思い出すには充分だった。なぜとはなしに、雅美の顔に、うっとりしたような表情が浮かんでくる。
「うわ、かっわいい顔になるんだ、雅美ちゃん。ひょっとするとまだおっぱいが欲しいのかもしれないわね。うふふ、本当に赤ちゃんみたい」
 言われて、女子高生の乳房に触れる雅美の頬が赤く染まった。けれど、それが恥ずかしさのためばかりとも思えないのは気のせいだろうか。
「ちょっと、沙織、いつまで抱っこしてるのよ。早く私にも抱っこさせてよ」
 女子高生が更に両手に力を入れようとしたところへ、別の女子高生の声が飛んできた。
「いいじゃん、もう少し待ってよ。まだ抱っこしたばかりなんだから。雅美ちゃんのぷにぷにのお肌、もうちょっと楽しみたいんだから」
 沙織と呼ばれた女子高生は、雅美を級友に渡すまいとして体をひねった。
「駄目よ。早くしないと出発の時間になっちゃうんだから。ほら、雅美ちゃんを抱っこしたくて待ってるの、こんなにたくさんいるんだよ」
 その女子高生が言うように、雅美達を取り囲んでいるのは二人や三人ではなかった。
「だって……」
 それでもまだ沙織は雅美を級友の手に渡すのを渋っている。
「だってじゃないの、ほらったら」
 業を煮やした級友が両手を伸ばして強引に雅美を奪い取ろうとする。
「待ってよ、もうちょっと待ってくれたっていいじゃない」
 沙織も雅美を奪われまいとして身をよじる。
 その途端だった。二人の力が拮抗して、雅美の体が沙織の手から滑り落ちそうになった。いや、落ちそうになったどころか、現実にお尻の方は沙織の右手から離れて宙に浮いてしまったほどだ。本当なら雅美の体はそのまま固い地面の上に落ちているところだった。
 それが、地面に落ちて尻餅をつかずにすんだのは、他の級友たちが慌てて手を差し伸べてくれたからだった。周りを取り囲む何人もの級友たちが支えてくれなかったら、雅美はお尻を地面にしたたか打ちつけていたに違いない。
「大丈夫? ごめんね、雅美ちゃん。大丈夫だった?」
 級友たちの手でかろうじて地面におり立つことができた雅美に、沙織は何度も何度もごめんねを繰り返した。
 けれど、そんな沙織を前にして、雅美は顔を伏せたまま何も言わない。
「どうしたの、雅美ちゃん。どこか打ったの? どこか痛いの?」
 まるで反応のない様子に、沙織は右手を伸ばして、具合を確かめようと雅美の体のあちらこちらに掌を触れ合わせた。首筋から肩口、脇の下から腰の後ろ。そうして、お尻。
 沙織の手が止まった。あっと声をあげそうになるのを慌てて飲み込んで万里子の顔を見上げる。
「どうかした?」
 沙織の視線を受けて、万里子も雅美のお尻に掌を押し当てた。
 もうすっかり慣れっこになってしまった、温かい流れが紙おむつの中に広がる感触が微かに伝わってくる。
「落ちそうになってびっくりしてしくじっちゃったのね。ま、仕方ないわね」
 半分ほど唇を開けて驚いたような顔をしている沙織とは対照的に、万里子はこともなげに言った。
「あ、あの、ごめんなさい。私があんなことしたから雅美ちゃん……」
 雅美がおしっこでおむつを汚していることを知って、雅美の粗相が自分のせいだとわかって、沙織は小さな声で万里子に言った。
「いいのよ、気にしなくても。雅美ちゃん、ずっとおむつを汚しているの。今回だけってわけじゃないから、あなたが気にすることなんてないのよ」
 紙おむつの上から雅美のお尻に押し当てたままになっている沙織の手を取って、とりなすみたいに万里子は言った。
「でも、私があんなことしなくて雅美ちゃんがちゃんとトイレでおしっこできたら、お姉さん、雅美ちゃんのおむつを取り替えなくてもいいのに、私のせいで余計な手間をかけさせることに……」
「本当に気にしなくてもいいってば。いつものことなんだから」
 万里子は、申し訳なさそうに言う沙織の言葉を遮った。そうして、ふと何か面白いことを思いついたように瞳を輝かせて言葉を続ける。
「でも、そうね。そんなに気になるなら、私の代わりに雅美ちゃんのおむつを取り替えてあげてくれるかしら。それであなたの気がすむなら」 
 万里子の言葉に、雅美が顔を伏せたまま力なく首を振った。
「あ、はい、そうします。お姉さんに少しでも余計なお手間をかけさせたくありませんから」
 雅美の胸の内に気づく筈もなく、沙織は大きく頷いてそう言った。
「でも、もう少し待っていてね。おしっこの途中で歩かせるわけにはいかないから」
 万里子は雅美のスカートをすっと捲り上げて、少し開き気味にしている左右の内腿の間に右手を差し入れた。。
「うん、この様子ならもうすぐね」
 掌に感じる温かい奔流はさっきよりも随分と勢いが弱くなっていた。
 そうして、じきに、雅美の体がぶるっと小さく震える。
「終わったみたいね、雅美ちゃん。このお姉ちゃんがおむつを取り替えてくれるから一緒に行きましょうね」
 万里子は、おしっこを吸った紙おむつをぐしゅっと叩くと、雅美の手を引いて歩き出した。向かう先は、トイレの洗面台の近くに設置してある、赤ん坊のおむつを取り替えるための台だ。
「いや! おむつを取り替えるの、いや!」
 雅美は両足を踏ん張った。家族しかいない車の中ならともかく、こんなに大勢の女子高生が見ている中、それも、出会ったばかりの女子高生の一人におむつを取り替えてもらうなんて。
「あらあら、おかしな子ね。濡れたおむつの方がいいなんて。早く取り替えないと気持ちわるいでしょうに」
 呆れたように言って、足を踏ん張る雅美の体を引きずるみたいにして万里子は構わずトイレの中へ入って行く。
「いやだったら、いやなの!」
 引きずられながら、雅美もますます両足を踏ん張った。
 と、太腿のギャザーからおしっこの雫が滴り落ちて、膝の裏側を濡らした。吸水材では吸い取りきれずに不織布に吸収されたおしっこが、雅美が足を踏ん張るものだから不織布がぎゅっと圧迫されて滲み出し、ギャザーと肌の隙間から漏れ出したのだ。
 いつのまにか、トイレを待つ列は半分ほどになっていた。それでもまだバス一台分ほどの女子高生が、万里子に手を引かれてトイレの洗面台に向かう雅美と、二人を庇うみたいにして取り囲んでいる沙織たちを見ている。
「ほら、見て、あの子。せっかくおむつあててるのに、おむつからおしっこを漏らしながら歩いてる」
「あ、ほんとだ。あんな子のお世話なんて大変よね。お姉さんが洗面台の所へ連れてってくれてるのに、あんなに足を踏ん張っちゃって」
「見た目は可愛い子なのに、本当は強情なのかもね。強情なくせにおもらしだなんて、家族の人、いろいろ大変でしょうね」
 女子高校生たちの囁き合う声が雅美の耳にも届く。
 ちがう。おしっこを言えなくておむつをあててるんじゃない。私、一人でトイレへ行けないような小さな子供じゃない。雅美は女子高生たちに向かって叫びたかった。叫びたかったけれど、でも、そんなことをして本当の年齢を知られたら、余計にその方が惨めだということも痛いほどわかっていた。

 高速道路のトイレに設置してあるおむつ交換用の台は意外に小さい。目安としては二歳半くらいまでの幼児を対象にしているから、雅美くらいの体格だと、台にはお尻から腿のあたりだけを乗せて、背中は壁につけて上半身を起こすような姿勢でないと使えない。
 大勢の女子高生が見守る中、本当なら赤ん坊のための台にお尻を乗せられ、下半身を剥き出しにして窮屈な姿勢を強いられるのは屈辱でしかない。その屈辱を煽るように、万里子が雅美の両方の足首をまとめてつかむと、そのまま高々と差し上げた。そうすると、背中が壁から離れて、背中から腰のあたりが、それまでお尻の乗っていた台の上に乗って、かろうじて体が滑り落ちないですむといった姿勢になってしまう。
「パンツタイプの紙おむつはサイドに切れ目があって、そこを破くと脱がせやすいのよ」
 万里子は雅美の足首を高々と差し上げたまま、空いている方の手で紙おむつのサイド部分にあるステッチを指差した。
「……これですか?」
 自信なげな様子で沙織が紙おむつのステッチに指をかけた。
「そう、それよ。それを両手で前と後ろに引っ張って」
「あ、はい。こうかな……」
 小さく頷いた沙織は、それでもまだ自信なさそうに、おずおずとステッチを引っ張った。
 あまり力を入れた覚えはないのに、ステッチに沿って引っ張ると、思うより簡単にパンツタイプの紙おむつのサイドは上から下まで綺麗に破れて、それまでのパンツの形が一枚のシートみたいな形になってしまう。
「え、へーえ、こんなふうになってるんだ」
 沙織は、それまで紙おむつだったシートの端を手に持って感心したように呟いた。そこへ、万里子の指示が飛んでくる。
「それで、雅美ちゃんの足をもう少し高く持ち上げると、ほら、お尻が少し浮くでしょ? そのまま紙おむつを手前に引っ張ると――」
 言われるまま沙織が紙おむつの端を持った右手を自分の胸元に引くと、抵抗らしい抵抗もなく紙おむつを手元に引き寄せることができた。
「それでいいのよ。で、紙おむつの後ろ、ウエストより少し下のあたりを見て」
 沙織が、手にした紙おむつをさっと裏返して、万里子に言われたあたりを見ると、小さく折りたたんだ細長いテープが付いていた。
「紙おむつを丸めて、そのテープで固定するのよ。そうすれば、おしっこが外に滲み出さないから」
「はい。――こうですか?」
「それでいいわ。その汚れた紙おむつは、手提げ袋の中のビニール袋に入れてちょうだい。持って帰ってちゃんと捨てるから」
「はい、これですね」
 沙織は、万里子が壁のフックに掛けておいた手提げ袋から丈夫そうなビニール袋を取り出して、小さく丸めた紙おむつを押し込んだ。
「ええ、そう。それが終わったら、その手提げ袋からお尻拭きとベビーパウダーを取り出して」
 万里子は次々に指示を出す。この二日間で雅美のおむつの世話に随分と慣れたみたいだ。
「綺麗に拭かないと、おしっこが残っていたら肌荒れの原因になるのよ。おむつの内側はただでさえ蒸れやすいのに、そこに雑菌が繁殖しやすくなるから。それと、お肌をなるべく乾いたままにしておくために、ベビーパウダーを満遍なく」
 そういう万里子の様子からは、貫禄めいた雰囲気さえ感じ取れた。姉のふりをしているだけというより、若い母親にさえ見えなくもない。
 万里子の指示に従って、沙織は、携帯用ウェットティッシュのパックによく似た容器からお尻拭きを抜き取った。同時に万里子が、それまで右手だけで一つにまとめていた雅美の足首を両手で持ち直すと、雅美には何も言わず、そのまま大きく左右に開いた。
「いや……」
 たくさんの女子高生の目の前、サンドレスの裾をお腹の上に捲り上げた姿で赤ん坊のおむつを取り替える台に寝かされた屈辱と羞恥で抵抗する言葉も失っていた雅美が、思わず声をあげた。けれど、それさえも、ひどく弱々しい呻き声でしかなかつた。
「駄目よ、雅美ちゃん。沙織お姉ちゃんにきいれきれいしてもらわないと、おしっこの匂いが残っちゃうのよ。それに、おむつかぶれになっちゃってもいいの? お医者さんにおむつかぶれの薬を塗ってもらいたいの?」
 万里子は、雅美が力なく両脚を閉じようとするのを強引に開けさせた。実際の年齢とはまるで不釣り合いの、それこそ童女のようなまだ無毛の秘部があらわになる。
「はい、ふきふきしましょうね、雅美ちゃん。おしっこ、きれいきいれしようね」
 だいぶ慣れてきたのか、甘ったるい声であやすように言って、沙織はお尻拭きを雅美の股間に押し当てた。
 お尻拭きは、赤ん坊のデリケートな肌がかぶれないよう刺激的な成分は含んでいないものの、ウェットティッシュと同じで少なからず水分やアルコールで湿っている。そのひんやりした肌触りに、思わず雅美はぶるっと下半身を震わせてしまう。
「ごめんね、冷たかった? でも、きれいきれいしないと、くちゃいくちゃいになっちゃうから我慢してね」
 沙織は、雅美の赤ん坊みたいなつるつるの股間から内腿のあたりに念入りにお尻拭きを這わせ、お尻の割れ目も慎重に拭きあげる。
「ん……」
 いくら外見が幼く見えても中身は十八歳の女子大生だ。性器の形も、よく見れば童女のそれに比べれば発育しているのがわかる。沙織が手にする柔らかいお尻拭きが秘部に触れるたび、雅美の口から喘ぎ声が漏れる。けれど、雅美のことを幼稚園児だと信じて疑わない沙織は、それがまさか実は十八歳という年ごろの女性の淫靡な喘ぎ声だとは思ってもみない。ただ、お尻拭きの冷たさを嫌がって幼児が不満げな声を漏らしているのだとしか思わない。
「もう少しだから我慢してね。雅美ちゃんはいい子だもんね。――ほら、できた。さ、次はベビーパウダーよ」
 慎重な手つきで雅美の下腹部を拭き終えた沙織は、それまで手にしていたお尻拭きを汚物入れに捨てて、その代わりにベビーパウダーの容器を手に取ると、きゅっと捻って蓋を開けた。
 途端に、ぱっと飛び散った目に見えない小さな粒子が、たくさんの蛍光灯の光を浴びてきらきら輝きながら空中をふわふわ漂い出す。そうして、心の芯から溶かしてしまいそうな甘い香りが優しく鼻をくすぐる。その香りを嗅いだ女子高生たちは、一人残らず、どことなくうっとりしたような優しい笑顔になっていた。
 沙織は、柔らかいパフにベビーパウダーを掬い取って、雅美の下腹部に優しく押し当てた。両脚の付け根のあたりから腿、お尻の割れ目から内腿へとパフを動かして、最後に、気をつけて見ないと本当に童女のそれと見分けがつかない、けれど実際には童女のそれと比べようもないほど敏感に発育している秘部をそっとパフで撫でる。
「あ……ん」
 お尻拭きが触れた時にも増して淫靡な呻き声が雅美の口をついて出た。
 同時に、お尻拭きとパフにいたぶられながらもかろうじてこらえていた愛液が、とうとう我慢できなくなって、とろりと流れ出る。
 けれど、雅美の正体を知らない沙織にしてみれば、それがまさか恥ずかしいお汁だと思う筈もない。
「あ、おしっこが残っていたのかな。全部出しちゃったんじゃないのかな、雅美ちゃん」
 じわっと濡れてくる雅美の股間に目をやって、少しばかりおろおろした声で沙織は呟いた。
「そうね。おしっこがまだ少し残っていたのかもしれないわね。このままだといつまたおもらししちゃうかわからないから、ベビーパウダーはそのくらいにして、新しい紙おむつを穿かせてあげて。この台を汚しちゃったら次の人に迷惑だから」
 雅美の股間が濡れてきたその本当の理由を知りながら、わざと万里子は沙織に同意して言った。おしっこでじくじく濡れてきているのではない、もっと粘っこい、とろっとした濡れ方だから、雅美の本当の年齢を知っている万里子にしてみれば、それが何なのか一目でわかるのも当たり前だ。
「あ、はい」
 万里子の言葉に、沙織は慌ててベビーパウダーの容器を洗面台の上に置くと、万里子が予めパッケージから取り出して一枚ずつ手提げ袋に入れておいた新しい紙おむつをつかみ上げた。
「これはね、こうすればいいのよ。ちょっと両手を前に突き出してみて。そう、それで、足ぐりを広げるようにしながら――」
 万里子は、雅美の足首をいったん台の上に戻して、沙織が手提げ袋からつかみ上げた紙おむつを受け取ると、足が通る左右の穴を沙織のそれぞれの手の甲で広げさせて、その足ぐりの穴に雅美の足首を通した。
「――そのまま太腿のところまで押し上げて、それから、ギャザーが内側に巻き込んでいないかどうか確認して。あ、そうそう。内側になってたら引き出して。そのあと、紙おむつのウエストをお腹の上まで引っ張り上げてから、腿のギャザーと同じように、ウエストのギャザーを点検するのよ」
 おそるおそるといった手つきの沙織が、万里子に言われるまま、ウエストのギャザーを丁寧に整えてゆく。
「じゃ、最後に、こうやって、お尻をおむつの上からぽんぽんって叩いてあげるの。新しいおむつは気持ちいいでしょって言ってあげるみたいなもので、ま、スキンシップってやつね」
 ようやくギャザーの点検を終えた沙織の手を、万里子は雅美のお尻の下に導いた。そうして、自分の掌を沙織の手の甲に重ねて、ぽんぽんと、紙おむつに触れるよう持ち上げたりおろしたりを繰り返す。
「いいわよ、これでおしまい。お疲れさまでした」
 沙織の手から自分の掌を離して、ねぎらうように万里子は言った。
「いえ、あの、すみませんでした。お姉さんに手間をかけさせないとか生意気なこと言っちゃったけど、いろいろ教えてもらって、あの、却って手間かけさせちゃって。本当にごめんなさい」
 沙織はぶるんと首を振って、ぺこりと頭を下げた。
「いいのよ、そんなこと。おむつを取り替えるって簡単そうに見えるけど、初めてだったら難しいこともあるんだから。小さな妹さんか弟さんでもいれば慣れてるかもしれないけどね。沙織さん、ご兄弟は?」
 雅美の体を抱き上げ、床に立たせながら万里子は言った。
「姉がいるだけです。妹も弟もいません。だから、お姉さんが羨ましくて。小さな妹さんがいるお姉さんが羨ましくて、雅美ちゃんがとっても可愛くて、それでついつい構いたくなっちゃって。……でも、そのせいで雅美ちゃん、おむつを汚しちゃって」
 沙織はふっと目を伏せた。
「いいのよ、気にしないで。妹がおむつを汚すのはいつものことなんだから。ね、雅美ちゃん?」
 床に立たせた雅美のスカートの乱れを整えながら、万里子は意味ありげな笑みを浮かべた。
「だけど……」
「本当にいいんだってば。それより、頑張ってちゃんと保育科に進んでね。それで、雅美ちゃんみたいに年長さんになってもおむつが外れない子の面倒もちゃんとみてあげられるいい先生になってちょうだい。そうしてくれたら雅美ちゃんも私も本当に嬉しいから」
 万里子は沙織の肩に手を乗せて言った。大人びた万里子がそんな仕種をすると貫禄十分だ。
「はい、わかりました。頑張ります」
 少しばかり感激したような面もちになって沙織は大きく頷いた。
「じゃ、車に戻りまょうね、雅美ちゃん」
 沙織に頷き返した万里子は壁のフックに掛けておいた手提げ袋を取り上げ、雅美の手を引いて歩き出そうとした。が、何か思い出したみたいに足を止めると、雅美の顔を見おろして諭すように言う。
「忘れてた。雅美ちゃん、沙織お姉ちゃんにちゃんとお礼を言わなきゃいけないじゃない。お姉ちゃん、雅美のおむつを取り替えてくれてありがとうってお礼言わなきゃ」
 それに対して、雅美は無言で弱々しく首を振るばかりだった。
「どうしたの、雅美ちゃん。雅美ちゃん、お姉ちゃんの言うことがきけないいけない子だったかな? ちがうよね、雅美ちゃん、いい子だもん、ちゃんとお礼言えるよね?」
「……」
「そう、雅美ちゃん、いけない子だったんだ。そんな子はお仕置きしなきゃいけないわね」
 万里子は雅美の目を覗き込んだ。
「お仕置き?」
 怯えた顔になって雅美が聞き返す。
「そう、お仕置きよ、お・し・お・き」
 万里子はわざとゆっくり繰り返した。
 そうして、右手を肩の高さまで振り上げたかと思うと、そのまま雅美のお尻に向かって振りおろした。
 普通なら、ぴしゃっという音がトイレ中に響き渡るところだ。けれど、お尻の肌を直接ぶったわけではなく、紙おむつの上からぶったから、もっと低いくぐもった音になる。その音が、紙おむつを身に着けていることを余計に強く意識させて、雅美の胸の中が羞恥でいっぱいになる。
「やめて、お尻をぶつのはやめて……」
 恥ずかしさに頬を赤くして雅美は万里子の顔を振り仰いだ。
「あの、お姉さん、私からもお願いします。お仕置きはやめてあげてください」
 沙織も万里子と雅美の間に割って入った。
「せっかくだけど、こればかりは沙織さんの言うことでもきけないわね。言ってわからない小さな子には体に覚えさせることも必要なのよ。これは、雅美ちゃんが大きくなった時に、お礼も言えない人なんだって思われて恥をかかないようするためにも必要なの。――どうなの、雅美ちゃん。まだ沙織お姉ちゃんにお礼を言えない子のままいる気?」
 かぶりを振って、もういちど万里子は雅美のお尻を紙おむつの上からぶった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、いい子になる。雅美、いい子になるから、もうぶたないで」
 妹から幼児みたいにお尻をぶたれる姿をたくさんの女子高生に見られる羞恥と屈辱に耐えかねて、今にも泣き出しそうになりながら雅美は声を振り絞った。
 途端に、万里子の手が止まる。
「いいわ、ちゃんと言えるのね? じゃ、沙織お姉ちゃんにお礼を言ってごらんなさい」
 手を止めた万里子は、それまでの厳しい顔つきが嘘みたいな優しそうな表情を浮かべた。
「……あ、ありがとう。雅美のお、おむ……」
 さすがに羞恥に耐えかねて口ごもってしまう雅美。けれど、万里子に無言で先を促されると、それ以上は黙ったままではいられない。
「……雅美のお……おむつを取り替えてくれてありがとう、沙織おね……お姉ちゃん」
 言い終わって、雅美は、万里子の背後に隠れた。これ以上、沙織たちと顔を合わせることなんてできないほどの羞恥だった。
「どういたしまして、雅美ちゃん。沙織お姉ちゃん、きっと幼稚園か保育園の先生になるからね。先生になって、雅美ちゃんみたいな可愛い子のお世話をしてあげるからね」
 沙織は腰をかがめて、万里子の背後に隠れる雅美の顔を覗き込んで言った。
「それでいいわ。じゃ、今度こそ車に戻りましょう。お父さんとお母さんが心配してるかもしれないわね」
 万里子は沙織に軽く会釈して、雅美の手を引いて歩き出した。

「可愛かったね、あの子」
「本当に。赤ちゃんでもないのにおむつだから最初はびっくりしちゃったけど、よく見ると、おむつが似合ってたしね」
「そうだね。小っちゃい子にはパンツよりお似合いかも」
「でも、おむつって便利だよね。こんな列を作ってトイレを待つ必要もないんだから。こんな時は小っちゃい子が羨ましくなっちゃわない?」
「え、なになに。おむつをあててほしいの、ひょっとして?」
「やだ、ちがうよ。便利だなって言ってるだけだよ。高校生にもなっておむつだなんて恥ずかしすぎるよ〜」
「いいよ、遠慮しなくても。二学期の家庭科、保育の授業じゃなかったっけ。その時、モデルにしてもらえばいいじゃん」
「やだぁ、あははは」
 二人の後ろ姿を見送りながら女子高生たちの交わす会話が、おだやかな風に乗って、雅美と万里子をどこまでも追いかけてきていた。



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