満たされた欲求・それから




 しばらくして母親が戻ってきた時も二人は相変わらず互いに恥ずかしそうに顔を見合わせたままだった。
「あらあら、どうしたの、二人とも。ほら、雅美ちゃんにおっぱいをもってきてあげたから、智恵美おねえちゃまに飲ませてもらいましょうね」
 二人の姿に目を細めて、母親は、台所から持ってきたプラスチック製の瓶を智恵美に手渡した。
「じゃ、智恵美ちゃんが雅美にこれを飲ませてあげてね」
 母親から渡された瓶を何気なく受け取った智恵美だったが、ふとその瓶に視線を移すと、えっというような僅かに口を開いて母親の顔を見返した。
「いいのよ、これで。だって、雅美は赤ちゃんなんだもの」
 母親はプラスチックの丸い瓶を智恵美の方にもういちど押しやった。
「で、でも……これ、哺乳壜ですよ」
 そう、母親が智恵美の手に押しつけたのは、八分目までミルクの入った哺乳壜だった。こういうのを人肌の温度というのだろう、ほの温かい感触が掌から伝わってくる。
「だから、これでいいんだってば。雅美は赤ちゃんなのよ。まだおむつの取れない赤ちゃんだもの、ミルクは哺乳壜に決まってるじゃない」
 こともなげに言って、母親は智恵美に哺乳壜を握らせた。
「それはそうかもしれないけど、でも………」「いいのよ、本当に。だって、雅美、三重から帰ってきた日からこれまで、ずっと哺乳壜でミルクを飲むのが食事なのよ。本当なら離乳食を食べさせてもいいんだけど、どこへも出かけずにずっと家の中にいるから、あまりお腹も空かないみたいなの。だから、ずっとミルクなのよ。そのせいで最近は胃が小さくなっちゃったんでしょうね、一度にはたくさん飲めなくて、昼間も夜中も三時間毎にミルクをあげるようにしているの。まるで新生児みたいにね。そんな雅美だもの、哺乳壜がお似合いなのよ」
 母親は繰り返し説明した。
「……わかりました。そんな事情なら哺乳壜でミルクも仕方ないですね」
 智恵美は自分を納得させるように呟いて、強引に押しつけられた哺乳壜をぎゅっと握りしめた。そうして、やはり気恥ずかしげにちらと雅美の顔を見てから、おずおずと哺乳壜の乳首を雅美の唇に押し当てる。
 もうそれが習い性になっているのだろう、気恥ずかしそうな顔をしながら、それでもゴムの乳首が触れると、雅美は唇を開いて乳首を咥え、少し頬を膨らませるようにして哺乳壜の乳首を吸い始めた。
 雅美が乳首を吸うと白いミルクが少しだけ減って、雅美が口の中に流れ込んできたミルクを飲み込むために乳首を吸うのをやめると哺乳壜の中に僅かに空気が入って、哺乳壜を満たしたミルクの表面に小さな泡がいくつもできる。
 雅美がそんなことを何度も繰り返してミルクが半分ほどになった頃、智恵美は、自分の胸の様子がおかしいことに気がついた。心臓がどきどきと高鳴って、そうして、乳房のあたりに微かな痛みを覚える。そういえば、なんだか、体中が熱い。(やだ、どうしちゃったんだろう、私。なんだか、とても変な感じがする)。
 いつしか顔も熱くほてってきて、呼吸も荒くなってくる。
 その様子を目にした母親が、不意にブラウスの上から智恵美の乳房に掌を押し当てた。
「な、なにを……」
 突然のことに、悲鳴じみた声をあげてしまう智恵美。
「心配しなくていいわよ、智恵美ちゃん。胸が痛いのは病気でもなんでもないから」
 母親は、智恵美の胸の内を見透かしたように言った。
「興奮して乳首が勃っちゃったのね。それで、おっぱいが痛いんだわ。だから心配しなくていいのよ。――智恵美ちゃんも年頃の娘さんだし、エッチなことを考えることもあるでしょう? その時もそんなふうになったことがあると思うんだけど」
 言われて、智恵美の顔がますます赤くなった。たしかに、母親の言う通りだった。言う通りだったし、自慰の経験もある。その時もこんなふうに乳首が勃ってブラのカップに擦れて痛かったこともある。(だけど、今は何もエッチなことなんて考えていない。雅美ちゃんに哺乳壜でミルクを飲ませてあげてるだけなのに、どうして?)
「雅美はずっと赤ちゃんになりたがっていて、ようやくその願いが叶って、こうして赤ちゃんになっちゃったの。おしっこでおむつを汚して、哺乳壜でミルクを飲む赤ちゃんに。でも、本当の赤ちゃんじゃない。赤ちゃんにしては随分と大柄だし、乳歯じゃなくて永久歯が生えているんだもの。もちろん、心の方も赤ちゃんじゃない。何もわからない本当の赤ちゃんとは違って、ちゃんと理解力もあるし、いろいろ考える力もある。でも、まるで赤ちゃんみたいに振る舞って、赤ちゃんになった自分を楽しんでいるの。だけど、本当の赤ちゃんじゃないから――ちゃんと年頃の若い子としての性欲があるから、赤ちゃんみたいに振る舞いながら、本当の年齢相応に感じちゃうのよ。さっき、智恵美ちゃんがベビーパウダーをはたいてくれた時、それに感じて雅美のあそこ、濡れちゃってたでしょう? 見た目は赤ちゃんなのに、若い女の子として感じる、つまり、そういうことなのよ。もっとも、その時は、智恵美ちゃんがわざと悪戯したから余計に感じちゃったんでしょうけどね」
 母親はくすっと笑ったが、智恵美には、母親が何を言おうとしているのかわからない。
真っ赤な顔に困惑の表情を浮かべる智恵美に向かって母親は言葉を続けた。
「でね、智恵美ちゃんも雅美と同じだと思うの。あ、ううん、智恵美ちゃんも雅美みたいに赤ちゃんになりたがっているって言ってるんじゃないのよ。そうじゃなくて、智恵美ちゃんの場合は雅美のママになりたがっているんじゃないかなと思うの。私が智恵美ちゃんにお願いする前から、智恵美ちゃんは雅美のママになりたがっていたんじゃないかしら? 智恵美ちゃん、雅美のこと、大好きでいてくれたわよね。でも、それは、幼なじみとか仲のいい友達とかじゃなくて、もう少し違う意味で大好きだったんじゃない? 雅美のことを愛してくれて、雅美を自分のものにしたいと思ってくれたんじゃない? でも、女の子どうしでそんなふうに好きになっちゃダメだって自分に言い聞かせて、それでも諦めきれなくて、それで、女の子どうしでもお互いに求め合うことのできる方法がないかってずっと探していたんじゃない? そうして思いついたのが、母親と娘の関係になること。母親と娘なら、しかも、娘がまだおむつの取れない赤ちゃんなら、どんなことでもできるものね。だから、雅美が赤ちゃんになりたがっていたのと同じように、智恵美ちゃんは雅美のママになりたがっていたんじゃないかと思うのよ。そして、見た目は赤ちゃんなのに大人としての性欲に耽る雅美と同じように、雅美のママになることに性的な悦びを感じているんじゃないかと思うの。だから、ついつい乳首が勃っちゃったんじゃないかしら?」
「……」
 智恵美は何も言えないでいた。それは、母親の言ったことがまるっきりの思いつきにすぎないからというわけではない。むしろ、智恵美の胸の内を、智恵美自身がなんとなく感じていたよりもずっと正確に言い当てられてしまったからだ。
「いいのよ、智恵美ちゃん。年頃の女の子どうしの関係なんて、とても微妙で、どこか妖しいものなのよ。それよりも、私は、智恵美ちゃんが雅美のことをずっとずっと大好きでいてくれたことが嬉しいの。ずっとずっと大好きでいてくれて、今もとっても大好きでいてくれることが。雅美、子供の頃から発育がわるくて、そのせいか、引っ込み思案なところがあるの。だから、なかなか友達もできないでいた。そんな中、智恵美ちゃんはずっと雅美の友達でいてくれた。私はそれが嬉しいの。それで、お願いすることにしたのよ。もういちど言うわ――雅美のママになってあげてちょうだい」
 雅美に飲ませている哺乳壜を持つ智恵美の手に自分の掌を重ねて母親は言った。
「……わかりました。私でよければ、雅美ちゃんのママにならせてください。私の方からお願いします」
 頬の赤みはもうすっかり消えて、今は目の下のあたりだけをほんのり染めた智恵美がこくんと頷いた。
「よかった、そう言ってもらえて。じゃ、早速だけど、智恵美ちゃんが雅美の本当のママになるための儀式を始めましょう」
 母親はぱっと顔を輝かせた。
「儀式?」
 どこか不安げな表情で智恵美が聞き返す。
「そうよ、とっても大切な儀式。あ、でも、そんなに大げさなことじゃないから心配することはないわ。本当に簡単なことだから」
 母親はそう言って、智恵美が抱いている雅美の体を、哺乳壜と一緒に自分の胸に引き寄せた。
「雅美は私が預かるから、その間に智恵美ちゃんはブラウスのボタンを外して胸元を開けてちょうだい。あ、ブラも外しちゃってね」
「え? でも、そんな……」
「智恵美ちゃんは自分から雅美のママになってあげるって言ってくれたんでしょう? 今さら何を恥ずかしがっているのかしら」
 母親はわざとのように大きく首をかしげてみせた。
「……わかりました。わかったから、そんなにこちらを見ないでください。今ボタンを外しますから」
 根負けしたように言って、智恵美はブラウスのボタンに指をかけた。
 けれど指先が震えて、なかなかボタンが外せない。最初のボタンを外すのに一分間くらいもかかったかもしれない。
 それでもしばらく待つうちに、ブラウスのボタンを上から四つ外して大きく胸元をはだけ、高校生らしい清楚なデザインのブラも外してしまう。
「……これでいいんですか?」   
 今にも消え入りそうな声で智恵美は言った。
「いいわよ、それで。じゃ、雅美は智恵美ちゃんに返すわね」
 大きくはだけた智恵美の胸元を満足そうに見つめて、母親は雅美の体を智恵美の腕に抱かせた。けれど、まだ半分ほどミルクが残っている哺乳壜は母親が手にしたままだ。
「あの、雅美ちゃんの哺乳壜を……」
 哺乳壜をくださいと言おうとした智恵美の言葉が途中で遮られた。智恵美の言葉を遮って母親が
「ほら、何をしているの。早くおっぱいをあげないと」
と言ったからだ。それも、哺乳壜を自分の体の後ろに隠し、大きくはだけたブラウスの胸元を透かして智恵美の乳房をじっと見つめながら。
「まさか……」
 智恵美ははっとして言葉を失った。
「やっとわかったみたいね。そうよ、智恵美ちゃんが雅美のママになるための儀式っていうのは、智恵美ちゃんが自分のおっっぱいを雅美にあげることなのよ」
 智恵美の乳房と雅美の唇を交互に見比べて母親は言った。
「で、でも、私はおっぱいなんて出ません。赤ちゃんを生んだことなんてないんだから」
 智恵美は、そう言うのが精一杯だった。
「いいのよ、本当に出なくても。智恵美ちゃんが雅美におっぱいをあげる真似だけしてくれればいいの。真似事でいいのよ」
 母親は首を軽く横に振ってみせた。
「でも、だけど……」
「いいから、ほら、こうやって」
 なおも拒む智恵美の腕を下から持ち上げるようにして母親は雅美の体を智恵美の胸元に押しやり、雅美の唇を智恵美の乳首に押し当てさせた。
「あ……」
 雅美の唇が乳首に触れた途端、智恵美の体がびくんと震えた。背筋を電流が走ったみたいな感じがして、思わず体をのけぞらせてしまう。雅美の体を取り落とさないようにするのがやっとだった。
 雅美も、腕から落とされまいとして智恵美の体にすがりつこうと右手を伸ばす。
 その手が、雅美の乳首が触れているのではない方の乳房を鷲掴みにした。
「や……」
 喘ぎ声とも呻き声ともつかない声を漏らして智恵美は雅美の顔を見おろした。
 雅美は右手を伸ばして智恵美の乳房にしがみついたまま、どこかとろんとした目で智恵美の顔を見上げていた。
 そのつぶらな瞳を目にした瞬間、智恵美は胸をきゅんと締めつけられるような気がした。
「私でいいの? 私のおっぱいでいいの?」
 知らず知らずのうちに荒くなってくる呼吸を鎮めるために声を低くして智恵美は言った。
 こくんと雅美が頷いた。
「本当にいいの? 本当に私のおっぱいでいいの?」
 智恵美は熱い息を吐いた。
 もう一度こくんと雅美は頷いた。
 あどけなさと気恥ずかしさがないまぜになった表情がいとおしい。
「そう」
 誰に言うともなく呟いて、智恵美は雅美の首筋を支えている左腕をそっと持ち上げた。雅美の母親にされてそうするのではない、自らそうしたいと感じて。
 再び雅美の唇が智恵美の乳首に触れた。
 智恵美の下腹部がじんと痺れる。
 おずおずと唇を開いて、雅美が智恵美の乳首を咥えた。
 智恵美の喉が動いて、ごくんと唾を飲み込む。下腹部の疼きが体中に広がっていくような気がする。
 雅美は舌を動かして、口にふくんだ乳首の先をそっと嘗めた。
 智恵美の体がびくっと震える。鎮めようとする気持ちとは無関係に、息遣いがますます荒くなる。
 雅美が、智恵美の乳首を咥えた唇をちゅうちゅう吸った。
「ん……」
 とうとう我慢できなくなって、智恵美が喘ぎ声を漏らしてしまう。知らず知らずのうちに、雅美の体を抱き寄せる両腕の力が強くなる。
「そう、それでいいのよ」
 雅美の体をぎゅっと抱きしめる智恵美の姿に、横合いから母親が優しい声で言った。
「おば様、私、私、なんだか変なんです」
 上気した顔で母親の方に振り向いた智恵美が喘ぎ声で言った。
「変? どういうふうに変なの?」
 母親は訊き返した。けれど、心配するような気配はない。
「体中が熱くて、体がとけちゃいそうで、何も考えられなくて、なんだか、体中から、雅美ちゃんが吸ってる乳首しかなくなっちゃったみたいな感じがして、なんだか……」
 智恵美の言葉は途切れがちだった。
「大丈夫よ、ちっとも変なことはないわ。言ったでしょう? 智恵美ちゃんは雅美のママになることに性的な悦びを感じているのよ。雅美におっぱいを吸わせることで母親としての喜びを感じて、それと一緒に、年頃の女の子としての悦びも同時に感じているの。だから心配しなくていいの、当たり前のことなんだから」
 母親はゆっくり言った。
 けれど、その言葉が耳に入っているのかいないのか、浅い呼吸を何度も繰り返す智恵美は、時おり体をのけぞらせながら、自分の乳房をぎゅうぎゅう雅美の顔に押しつけるばかりだった。
「あらあら、駄目じゃない、智恵美ちゃん。そんなことをしたら雅美が息をできなくなっちゃうわよ。それよりも、おむつの様子をみてあげてちょうだい」
 そんな智恵美の様子に、たしなめるように母親が言った。
「おむつの様子?」
 智恵美は虚ろな瞳で母親の顔を見た。
「そうよ、おむつの様子。雅美ったら、ミルクを飲ませてあげるたびにおむつを汚すのが癖になっちゃってるのよ。ミルクを飲みながらおむつを汚すことで自分が赤ちゃんなんだっていう思いを強くするためにそうしているんでしょうけど、この一週間ほど、ずっとそうなの。だから」
 母親は、智恵美の乳房に顔を埋めている雅美のお尻を包んでいるおむつカバーに目をやった。   
「でも、どうやって?」
 雅美に乳首を吸わせたまま、どこか物憂げに智恵美は言った。
「簡単なことじゃない。智恵美ちゃんがこの部屋に来てすぐ、まだ眠っていた雅美のおむつの様子、私がみていたでしょう? ああいうふうにすればいいのよ」
 言われて、智恵美は、母親がおむつカバーの裾から手を差し入れておむつカバーの中の様子を探っていた光景をぼんやりと思い出した。
 その、なんだかとても淫靡な、本当の赤ん坊にそうするならなんでもないことなのだろうけど、赤ん坊の格好をした実は高校生の雅美に対してそうするととてもいやらしくさえ見える光景に、どういうわけか智恵美の下腹部の疼きが強くなる。自分が雅美に対してそうするのだと思うと尚更に。
「さ、早く。おむつが濡れているようなら早めに取り替えないとおむつかぶれになっちゃうかもしれないから。それとも智恵美ちゃんは雅美がおむつかぶれになってもいいのかしら?」
 母親が、なかなか右手を動かそうとしない智恵美に、わざとみたいな意地悪な言い方をした。
「そ、そんな……」
 言われて、智恵美はのろのろと右手を動かすと、おずおずとおむつカバーの裾を広げるようにして、おむつカバーの中におそるおそる指先を差し入れた。
「駄目よ、それじゃ。そんなじゃ、おむつの様子がわからないでしょ?」
 母親に強い調子で言われて、ようやく智恵美は手首までおむつカバーの中に差し入れた。
 どうやら、おむつはまだ濡れていないようだった。
 が、せっかくおむつカバーの中に差し入れた手をそのまますぐに抜いてしまうのが妙に惜しくなってくる。
 最初のうちこそ遠慮がちにおむつの様子を探っていた智恵美の手が、いつしか大胆に蠢き始め、お尻の膨らみのあたりにあった掌がもぞもぞと動き回って、とうとう指先が雅美の秘部に達する。
 お尻のあたりはまるで濡れていなかったのに、秘部に触れているあたりのおむつは明らかに濡れていた。けれど、おしっこを吸ってぐっしょり濡れているのではない。おしっこに比べるとずっと粘りけのある、とろとろした濡れ方だった。それが雅美の秘部から溢れ出た愛液だということは智恵美にもすぐわかった。赤ん坊そのままの振る舞いと、それにまるで似つかわしくない、年頃の女の子としての感じ方――智恵美の乳首を吸いながら、雅美は普段にもまして感じてしまい、秘部を覆う布おむつを恥ずかしいおつゆで濡らしてしまったのだ。
 けれど、思わず下腹部を濡らしてしまったのは雅美だけではなかった。智恵美もまた、自分のショーツが恥ずかしく濡れていることを実感していた。雅美に乳首を吸わせ、雅美のおむつの様子を探りながら、智恵美の下腹部もひどく疼いて、とうとう我慢できずに秘部を愛液でべとべとにに濡らしてしまっていた。
 股間の肌にべっとりまとわりつくショーツの肌触りを感じながら、智恵美は尚も雅美のおむつの様子を探るように中指の先をもぞもぞと動かした。
 智恵美の乳首を吸う雅美の唇の動きが止まったのはその直後のことだった。
「どうかしたの、雅美ちゃん?」
 急に唇の動きを止めた雅美の耳元に口を寄せて智恵美が囁きかけた。
「ち……」
 雅美は智恵美の乳房から顔を離して何か言いかけたが、頬をほんのりピンクに染めたかと思うと、そのまま口をつぐんでしまった。
「どうしたの? 雅美ちゃん、本当にどうしたの?」
 気遣わしげに智恵美は何度も訊いた。
 そうしているうちに雅美は上気した顔をふと横に向けて、聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。
「ちっち、ちっちなの」
 雅美の唇からそんな言葉が漏れたそのすぐ後、おむつカバーの中に差し入れたままの智恵美の指先が温かくなった。
「ちっち――おしっこだったのね、雅美ちゃん」
 雅美が口にした幼児言葉の意味が智恵美にもわかった。わかったどころか、指先に触れる生温かい液体の感触に、その言葉の意味を実感させられる。
「いいわ、たくさん出しちゃいなさい。ちっち、たくさん出していいのよ。雅美ちゃんは赤ちゃんなんだから、ちっちでおむつを汚していいのよ。赤ちゃんなんだから、ママのおっぱいを吸いながらおむつを濡らしていいのよ」
 智恵美は右手をおむつカバーからそっと引き抜くと、雅美の体をあらためて抱き寄せ、ついさっきまで吸っていた乳首を雅美の唇に押し当てた。
 一瞬なおも顔をそむけようとした雅美だが、じきに思い直したように智恵美の乳房の方に顔を向けて、おそるおそるといった感じで乳首を咥えた。
「そうよ、それでいいのよ。ママのおっぱいを吸いながらおむつを濡らそうね。雅美ちゃんは赤ちゃんだから、ママのおっぱいを吸いながらちっちしちゃおうね」
 智恵美は、右手の掌で雅美のお尻をおむつカバーの上から何度も優しく叩いて言い聞かせた。
「まぁみ、あかたん。あかたんだから、ちっち、おむちゅなの。あかたんだから、ぱいぱいだいちゅきで、おむちゅなの」
 智恵美の乳首を口にふくんだままのせいで少しくぐもった声で雅美は言った。それは、智恵美に対する返事だというよりも、雅美自身に自分が赤ちゃんなんだと言い聞かせてでもいるみたいだった。
 智恵美の乳首を吸いながらおしっこでおむつを濡らす雅美はうっとりした目をしていた。
「よかったわね、雅美ちゃん、ママにおっぱいを飲ませてもらって。そうだ、せっかく仲良しさんのママと赤ちゃんになったんだから、お昼ご飯の後、公園へお出かけしましょうか。雅美ちゃん、ずっとお家の中にいたから、そろそろお日様の光にもあたらなきゃいけないもの」
 二人の様子を満足そうに眺めていた母親が、うふふと笑ってそう言った。




 言った通り、昼食を終えた母親は、二人を車に乗せて三十分ほど走り、まだ建設途中のマンションも幾つか見受けられる新しい住宅地の一角にある公園にやって来た。わりと広い公園でちゃんと駐車場もあるのだが、他の車の姿は見当たらない。
「うちの近所は古くからの家が多くて、街中みたいに公園なんて無いでしょう? だから、雅美を遊ばせるのにどこか適当な所がないか前から探していて、この公園をみつけたの。新しいマンションばかりで、まだ入居者も少ないから、こんなに広い公園だっていうのに殆ど人がいないでしょう? ここなら存分に遊べると思うわ」
 車の後部座席に取り付けたチャイルドシートのベルトを外しながら母親が言った。
「でも、おば様、いくら赤ちゃんみたいな格好をしていても、雅美ちゃんは本当は高校生なんですよ。お家の中ならともかく、こんな、誰に見られるかもしれない所に連れて来られたら……」
 母親の傍らに立った智恵美が気遣わしげに言った。
「いいのよ。雅美は三重でも駅前のスーパーのキッズコーナーで小さな子供たちと遊んだこともあるし、おむつを取り替えられたこともあるんだから、公園で遊ぶくらいなんでもないわよ。日光浴もさせなきゃいけないし、赤ちゃんの格好をしているところを誰かに見られた方が自分が赤ちゃんなんだって思えて、雅美もその方が嬉しいに決まってるんだから。ね、雅美ちゃん?」
 ベルトを外したチャイルドシートに座って体を固くしている雅美の頬を、母親が人指し指の先でつんとつついた。母親の言葉は聞きようによってはとても意地悪だ。けれど、赤ちゃんになりたいとずっとずっと願ってきた雅美にとって、その言葉は、激しく羞恥をかきたてると同時に、下腹部をひどく疼かせてて恥ずかしいお汁を溢れさせる言葉だということも本当だった。そんな雅美の胸の内を見透かして口にした母親の言葉は、意地悪などではなく、むしろ、雅美の願いがかなったんだということをあらためて雅美に教えてやるためのものだといった方が近い。
「あ、それと、もう『おば様』という呼び方はやめておいてね」
 よいしょと抱き上げた雅美の体を智恵美に渡して母親は言った。
「え、でも、どうしてですか?」
 雅美を受け取りながら智恵美は怪訝な表情を浮かべた。
「雅美を遊ばせている間、他の子供のお母さんたちとお話することもあるかもしれないでしょう? だから、私たちの間柄をきちんと決めておかないといけないと思うの。それでいろいろ考えてみたんだけど、智恵美ちゃんが私の実の娘で、智恵美ちゃんの娘が雅美。それで、智恵美ちゃんの旦那さんが長期出張しいてる間、実家である私の家へ雅美を連れて帰ってきてるってことにするのが一番自然かなと思うのよ。だから、これから私のことは『おば様』じゃなく『お母さん』って呼んでほしいの。で、私は『智恵美ちゃん』じゃなく『智恵美』って呼ぶの。逆に、雅美のことは『雅美ちゃん』って呼ぶわよ。だって、雅美は私の娘じゃなくて可愛い孫なんだもの」
 母親はにこっと笑って言うと、車のドアのロックを確認して先に立って歩き出した。
「さ、行くわよ、智恵美。雅美ちゃんを公園で遊ばせてあげましょう」
「あ、はい、おば様――ううん、お母さん」
 あらためて雅美の体を抱き上げて、智恵美も母親のあとに続いて歩き出した。
 九月の昼さがりのまだまだ眩い日差しが駐車場の地面にくっきり落とした二人の影が、寄り添うように並んで公園の入り口に消えた。

「お家の中じゃずっとねんねだったから、少し立っちの練習もしておきましょうね。智恵美、雅美ちゃんをおろしてあげてちょうだい」
 母親が、雅美を抱いている智恵美にそう言ったのは、公園の中央に幾つも並んでいる遊具や砂場を取り囲むようにして広がっている芝生の上だった。
「はい、お母さん」
 言われるまま、智恵美は雅美を芝生の上に立たせて、雅美から少し離れた場所に移った。
 けれど、母親が言うように家の中ではずっと寝てばかりいた雅美の両脚の筋肉は細くなってしまっていて、まるで踏ん張りがきかない。かろうじて立っていることはできるものの、自由に歩きまわることなどとてもではない。立っているにしても、両脚がぶるぶる震えて、今にも倒れてしまいそうな、見るからに頼りない様子だった。
 雅美は不安そうな表情で周りを見まわし、助けを求めるように智恵美に向かって両手を伸ばした。
 思わず智恵美は雅美のもとに駆け寄ろうとしたが、その肩を母親が両手で押さえつけて言った。
「手を出しちゃ駄目よ。少しはあんよの練習をしておかなきゃ、本当に筋肉が萎縮しちゃうから。いつか雅美の赤ちゃん返りが終わって元の高校生に戻った時、それじゃ困るものね」
「でも、あんな顔で助けを求めてる姿を目にしたら……」
 母親の言っていることはわかるが、自分の力では一歩も踏み出せないまま両脚を震わせている雅美の姿を見ていると、昼前に雅美に吸わせた乳首の疼きが甦ってきて、とてもではないがそのまま放ってはおけなくなってくる。智恵美の目には、智恵美の乳房を求めて右手を伸ばした時の雅美の顔と、今の顔とが重なって映っている。
「それでも、駄目なものは駄目なの。智恵美が本当に雅美ちゃんのことを思っているなら、助けるんじゃなくて、あんよの練習を手伝ってあげなさい」
 今にも駆け出しそうになる智恵美を尚も押しとどめながら言って、母親は、手に持ったバッグからプラスチックでできたガラガラを取り出すと、それを智恵美に手渡した。
「さ、それを振って雅美ちゃんを呼んであげなさい。赤ちゃんはガラガラの音が大好きだから、それで呼んであげれば近づこうとする筈よ」
「でも、雅美ちゃん、泣きそうな顔をしてる」
「しっかりなさい。智恵美は雅美ちゃんのママなのよ。ママは赤ちゃんがちゃんと成長するよう手助けしてあげなきゃいけないのよ」 母親の声は威厳に満ちていた。雅美と、雅美の兄、二人の子供を育てあげた母親としての自負と威厳だ(もっとも、高校生にまで育て上げた筈の雅美は、赤ちゃんに戻ってしまっているのだけれど)。
「……わかりました」
 ようやく智恵美はのろのろ頷くと、無理に笑顔をつくって、雅美に向かってガラガラを振ってみせた。
 からころ。
 からころ。
 智恵美がガラガラを振るたびに、かろやかな音色が公園中に広がってゆく。
 その音色を耳にした瞬間、雅美は、兄の家の近くにあるスーパーのキッズコーナーでのできごとをありありと思い出した。あの時、本当なら自分よりもずっと年下の二人の幼児が転がすボールを這い這いで追いかけるよう言われ、それができないでいると、ほらこっちよというみたいにガラガラで呼ばれた雅美。それでも尚もキッズコーナーの床に座りこんでいると、幼児の母親の手で半ば強引にお尻を持ち上げられて、幼児の一人が振るガラガラに向かって這い這いさせられた雅美。そうして、布製のボールを追いかけ、ガラガラの音に誘われるように這い這いしながら、「ああ、私は本当に赤ちゃんになっちゃったんだわ」と実感して布おむつを愛液で汚してしまった雅美。
 智恵美の乳房に顔を埋めて乳首を吸った時と同じくらい下腹部が疼いてきて、布おむつがぬるぬるに濡れてゆくのがわかる。
 途端に、両脚から力が抜けてしまう。それまでもその場に立ちすくむのが精一杯だったのが、とうとう、立っていることさえできなくなってしまった。



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