おむつ保育実習

おむつ保育実習



《 1 羞ずかしい保育実習の始まり 》

 いよいよ今日から保育実習だと思うと緊張して脚の震えが止まらない。園長が紹介してくれた後、台の上に上がり、園児たちに向かって簡単な挨拶を済ませて台からおりた後も、緊張が解けることはなかった。
「……先生、田村先生、年少クラスの子供たちが待っているから早く行ってあげてください」
 緊張のあまり朝礼が終わったことにも気づかなかったほどだから、園長が何度も繰り返し名前を呼んで注意してくれなければ、自分が今から何をすればいいのかさえわからなかっただろう。
 朝礼の後、石田先生から助言を受けて年少クラスを担当してください。――朝の職員会議で自己紹介を終えた後に園長から指示された内容をようやく思い出して、保育実習のためにタンポポ保育園へやって来た田村真澄は、大きな身振りで手招きしている石田淳子のもとに駆け寄った。

「先輩、無理なことをお願いしてすみませんでした。おかげで大助かりです」
 年少クラスの教室で簡単な自己紹介を済ませ、絵本の読み聞かせに備えて園児たちの椅子を半円形に並べ替えながら、真澄が淳子に言った。
「いいわよ。私の方こそ、また田村さんと一緒になれて嬉しいんだから。園長先生も快く引き受けてくださったんだし、気にすることなんてないわよ」
 淳子は穏やかな笑顔で首を振った。
 淳子と真澄とは、高校時代の先輩・後輩という間柄だ。淳子が三年生になった時に真澄が入学してきたから年齢差が二つあるのだが、同じ手芸部に所属ということもあって、妙に気が合う二人だった。身長が一メートル七十センチを超える淳子と、一メートル五十センチに満たない真澄。親分肌で面倒見がよく何事にも積極的な淳子に対して、全体的に線が細く気弱で引っ込み思案な真澄。体格も性格もまるで正反対な二人だから却ってよかったのかもしれない。その後、高校を卒業した淳子は保育士の資格を取るために短大に進み、短大を出てすぐにタンポポ保育園に就職した。そんな淳子のあとを追うように真澄も淳子と同じ短大に入って保育士の資格を取るべく学業にいそしんでいたのだが、二年生になった夏先、短大の系列下にある保育園で保育実習をする予定になっていたのが、親類に不幸が重なったりして受講票をつい出しそびれ、保育実習の単位を取得することができないという羽目になってしまった。それで慌てて淳子に泣きつき、淳子が働いているタンポポ保育園で保育実習をさせてもらえないかと相談を持ちかけたのだ。その結果、淳子から事情を聞いた園長は二つ返事で了承してくれただけなく、二人の間柄を慮って、淳子が担当する年少クラスで実習を行うよう手筈を整えてさえくれたのだった。
「でも、本当に助かりました。保育実習の単位が取れないままだったら資格も取れないし、泣きそうになりましたよ」
「それはいいけど、保育園の中じゃ『先輩』って呼ぶのはやめてちょうだいね。子供たちや他の保育士さんの手前もあるから、ちゃんと『石田先生』って呼ぶこと。私も田村さんのこと『田村先生』って呼ぶから」
「あ、そうでしたね。注意します、石田先生」
 少しおどけた様子で真澄は応えた。
 そこへ急に女の子が横合いから割って入って、不思議そうな顔で淳子に訊いた。
「ね、ね、先生。先輩とか後輩って何?」
「あ、美香ちゃん、先生たちのお話を聞いてたのね。うーんと、どんなふうに説明すればいいかな」
 このくらいの年ごろの子供というのはどんな事にでも興味をしめして、時には鬱陶しいこともある。けれど、そこで邪険に扱うと、せっかく芽生えてきた好奇心を駄目にしてしまう。淳子は言葉を探すような表情になったが、美香の制服の胸元に縫いつけてある名札の『みさわみか・ねんしょうぐみ』という文字を目にすると、ぱっと顔を輝かせて言った。
「先輩っていうのは年上のお兄ちゃんとかお姉ちゃんのことよ。美香ちゃんから見ると、年長さんや年中さんが先輩で、反対に、年長さんとか年中さんから見ると、年下の美香ちゃんは後輩っていうことになるの」
「ふぅん。じゃ、石田先生が年長さんで、田村先生が年少さんなの?」
 淳子の説明を聞き、ちょっと何かを考えて美香は重ねて訊いた。
「うん、そうよ。高校の時、私が年長さんで田村先生が年少さんだったの。そんなことをすぐに思いつくなんて、美香ちゃんはえらいわね」
「そりゃそうよ。だって、美香、年少さんの中じゃ一番お誕生日が早くて一番のお姉さんだもん、そんなことすぐにわかるわよ。それじゃ、田村先生。同じ年少さんどうし、仲良くしましょうね。田村先生はタンポポ保育園に来たばかりだからわからないことがあると思うけど、美香がなんでも教えてあげるね」
 そう言うと美香は、いかにも気安すげに真澄のお尻をぽーんと叩いてから、園児の輪の中に戻って行った。
「なんだか、すごく生意気そうな子ですね。最近の保育園児って、あんな子ばかりなんですか?」
 美香の後ろ姿を見送りながら、溜息交じりに真澄は言った。
「みんながみんなあんな子ばかりじゃないわよ。美香ちゃんは、自分でも言ってたけど、年少クラスの中じゃお誕生日が一番早いの。それに体の発育もいいから、ついついお姉さんぶっちゃうことが多いのよ」
 淳子はくすっと笑って説明した。そうして、悪戯めいた表情を浮かべて続ける。
「でも、美香ちゃんにも弱点があるのよ。普段はお姉さんぶってるけど、美香ちゃん一人だけ、まだおむつ離れしてないの。年少さんでも他の園児はみんなパンツだけど、美香ちゃんだけ、おむつなのよ。一人だけおむつだって負い目があるから、却って強がってるのかもしれわね。――あ、そうそう。ついでだから今のうちに注意しておくけど、美香ちゃんがおむつを汚しちゃっても、絶対に教室でおむつを取り替えちゃ駄目よ。教室の隣りに小部屋があるから、なるべく他の園児に気づかれないようそこへ連れて行って取り替えてあげるの。年少さんみたいな小さい子でも自尊心は芽生えてて、他の園児が見ている中でおむつのことを口にしたり、おむつを取り替えたりしたら取り返しのつかないことになりかねないからね。とにかく、これだけは絶対に守ってちょうだい」
 最後の方は真剣な表情になって言う淳子に、真澄も神妙な顔つきで頷いた。

 極度の緊張が緩んでくると、それまでの反動のせいで、思いがけない失敗をすることが多い。その時の真澄もそうだった。
 絵本の読み聞かせが終わり、お絵描きの時間になって三十分ほど経った頃、それまできちんと座っていた美香が中腰になって椅子からお尻を浮かせるような姿勢をしていることに真澄は気がついた。淳子からおむつのことを聞かされていた真澄はすぐに、美香がおもらしをしてしまい、濡れたおむつが気持ち悪くてちゃんと椅子に座れないのだなと判断して、ちょっとからかうような感じで
「美香ちゃん、おむつを取り替えようか。濡れたおむつのままだとおむつかぶれになっちゃうよ」
と言ってしまったのだ。
「田村先生、そんなこと言っちゃ駄目!」
「お、おむつじゃない。美香、おもらしなんかしてないもん!」
 淳子の叱責する声と美香の泣き声が重なって教室中に響き渡る。
 しまったと思った時は既に遅かった。真澄の目には、泣きながら教室を飛び出して行く美香の背中が映るばかりだった。




「ほら、元気を出しなさい。誰だって失敗を繰り返して経験を積み重ねていくのよ。とりあえず、これを飲んでぐっすり眠りなさい。睡眠不足だと体が保たないし、しなくてもいい失敗が増えちゃうから」
 淳子は、温かいミルクを満たしたマグカップを差し出した。
 夕方の職員会議の後半が真澄の実習に対する講評会に当てられたのだが、美香に対する無思慮な言動が責められ、それこらこちら、真澄は暗い顔をして押し黙ったままだった。教室を飛び出した美香は園長が説得して教室に連れ戻してくれたのだが、教室の入り口から真澄の姿を見る美香の恨みがましい目が脳裡から離れない。
「ほら、飲みなさいったら」
 淳子は半ば強引にカップを真澄の手に押し付けた。
 真澄の鼻がひくっと動く。
「温かいミルクにハチミツを溶かしてラベンダーで香りをつけたのよ。気持ちを落ち着かせる効果があるから、とにかくこれを飲んでぐっすり眠りなさい」
 淳子は真澄の手を自分の掌で包み込むようにしてカップを持ち上げ、そのまま真澄の唇に押し当てた。ようやく真澄の口と喉が動いて、ゆっくりゆっくりカップを傾ける。
 カップが空になって待つほどもなく、真澄は倒れ込むようにして布団に横たわった。と、淳子が真澄の耳元に顔を寄せ、何か囁きかける。淳子の囁き声に時おり真澄は微かに頷き返すのだが、意識があるのかないのか判然としない表情だ。
 その後、淳子が顔を上げてすぐ、安らかな寝息が聞こえ出した。
「やれやれ、ようやく眠ったわね。さ、私の暗示がどれほど効くか明日の朝を楽しみにして、そろそろ私も眠ることにしましょうか」
 淳子は真澄の寝顔を見おろして満足げに呟いた。

 ここは、淳子が住んでいる賃貸マンションの一室。両親と一緒に暮らしている真澄の家からタンポポ保育園までバスと電車を乗り継いで一時間半ほどかかるため、時間がもったいないからと、実習の期間は自分のマンションで生活するよう淳子が真澄に勧めたのだ。気のおけない先輩からの好意的な申し出だから真澄が断るわけもなく、実習が始まる日の前日にこのマンションにやって来て同居を始めたのだった。まさか、真澄を絡め取るために淳子が用意した罠が仕掛けてあるとは思いもせずに。




 翌朝の職員会議で園長が口にした言葉に、真澄は自分の耳を疑った。
「それじゃ、ジャージを脱いで、この制服に着替えてください。これから先、田村先生にはこの服装で実習を続けていただきます」
 そう言って園長が真澄の目の前に差し出したのは、タンポポ保育園の女子用の制服だった。薄いブルーの生地でできたワンピースのセーラースーツで、胸元のストライプと幅の広い襟がポイントになった可愛らしいデザインの制服だ。けれど、見た目こそ保育園の制服だが、そのサイズは普通の制服に比べると二回りも三回りも大きく、短大生である真澄が着ても決して窮屈ではないような仕立てになっていた。
「こ、これを私が着るんですか?」
 他の保育士たちが注視する中、微かに声を震わせて真澄は聞き返した。
「そうですよ。さっきも説明した通り、田村先生には、子供たちの気持ちに対する感受性を高めていただく必要があると判断しました。そのためには、保育士としての実習を進めるよりも、園児たちと一緒に生活していただく方が効果的だと思います。だから、これを着用して、子供たちの輪の中にとけこむよう努めてほしいんです」
 こともなげに園長は応えた。
「で、でも、園児と一緒に生活するにしても、このジャージのままでいいんじゃないでしょうか? なにも、制服まで着なくても……」
 子供と一緒に動きまわることが多い保育士はジャージを着用することになっている。いってみれば、消防士の防火服みたいなもので、保育士としての誇りに満ちた装いだ。それを脱いで、保育園児そのままの制服を着るよう命じられるのは、想像を絶する屈辱だった。
「昨日のことがあって、三澤美香ちゃんは精神的にひどく傷ついています。田村先生のジャージを目にするだけで暴れ出すかもしれません。そうならないよう、そして、園児たちに混じっても少しでも違和感を覚えさせないようにするためというのが制服を着用していただく理由です。わかっていただけますね?」
 昨日の美香に対する無思慮な言動のことを持ち出されると返す言葉はない。真澄は下唇を噛みしめて弱々しく頷いた。
「わかっていただけて嬉しいです。それと、制服の下に着用していただく下着も用意してあります。これで田村先生には完璧な年少さんになっていただけますよ」
 わざとのような丁寧な口調で言って園長は真澄用に仕立てた大きな制服を机に置くと、机の下から大振りの紙袋を取り出した。
「し、下着まで着替えるんですか?」
 真澄は羞恥に満ちた表情で聞き返した。
「当然のことです。保育園児の制服の下が大人用の下着では変ですからね。年少クラスの園児になられる田村先生にお似合いの下着を用意しましたから、さ、ご覧なさい」
 にこやかな笑顔でそう言いながら園長が紙袋から取り出して真澄の目の前に並べたのは、水玉模様や動物柄のたくさんの布おむつと、アニメキャラをプリントした生地や色とりどりのキャンデー柄の生地でできた何枚ものおむつカバーだった。布おむつもおむつカバーも、制服と同様、普通のものに比べれば随分と大きなサイズに仕立ててあるのが一目でわかる。
「……う、嘘ですよね? これが私の下着だなんて、悪い冗談ですよね?」
 かろうじて真澄が絞り出した声はかすれていた。
「嘘でも冗談でもありませんよ。石田先生から報告を受けたのですが、田村先生、眠っておられるうちに恥ずかしい粗相をなさったそうですね。そんな田村先生にはお似合いの下着だと思いますけど?」
 園長は、淳子の顔と真澄の顔とを見比べるようにして言った。
「せ、先輩、ひどい。あれほど、みんなには内緒にしてくれるようお願いしたのに……」
 両手の拳をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にして真澄は淳子をなじった。
「だって、本当のことだから仕方ないわよ。田村さんは親元を離れて私の部屋に住んでるんだし、保育実習の期間中だから、園長先生も私も田村さんの健康状態には責任があるのよ。ちょっとでも異状があれば園長先生に報告して相談するのは当たり前のことじゃない? だから、おねしょのことも報告したのよ」
 しれっとした顔で淳子は言った。
 そう、今朝になって目を覚ました時、真澄のお尻の下で敷布団が濡れていたのは本当のことだ。布団だけでなく、パジャマとパンツもぐっしょり濡れていた。同じ部屋に布団を並べて寝ていたから、真澄のおねしょに淳子が気づかないわけがない。物心ついてからこちら、そんな恥ずかしい失敗を一度もしたことのない真澄はひどく狼狽してしまい、淳子の手を借りてようやく着替えを済ませ、シーツをベランダに干して、遅刻寸前に保育園へやって来たのだった。
 着替えを手伝ってやりながら淳子は真澄に「急に環境が変わったのと慣れない実習でストレスが溜まって失敗しちゃったのかもしれないわね」と言って慰めたのだが、実は、淳子が飲ませたミルクこそが真澄のおねしょの本当の原因だった。淳子は睡眠導入剤を混入したミルクを飲ませ、真澄の意識が朦朧とするのを待って、眠っているうちに失禁してしまうよう暗示を与えたのだった。睡眠導入剤の作用で意識が途切れる寸前という精神的に最も無防備な状態で、高校時代から聞き馴染んだ淳子の声によって与えられた暗示の効果はてきめんで、夜中の二時くらいに真澄は眠ったままおもらしをしてしまったのだが、睡眠導入剤のせいで、そのまま目を覚ますことなく朝まで眠りこけていたのだった。
 淳子が真澄に対してそんな仕打ちをした理由は、ただ一つ。高校に入学してきたばかりの真澄を目にした途端、淳子は真澄を自分の妹のような存在に仕立ててしまいたいという願いを抱いた。淳子は生来的に多少のサドっ気がある上に、女性しか恋愛対象にできないといういささか困った性癖も併せ持っていた。そんな淳子だから、線が細くて引っ込み思案で小柄な真澄に加虐欲を掻きたてられてやまなかったのだ。淳子は、幼い子供のように扱われることで真澄がどれほど恥ずかしそうな顔をするのか、その表情を存分に楽しみたいという異様な欲望を抱いたのだった。短大を卒業して真澄とは疎遠になってからも、淳子の異様な欲望が潰えることはなかった。そうして、決して消え去ることのない異形の欲望を抱きつつ淳子が出会ったのが、タンポポ保育園の園長だった。二人は顔を会わせた瞬間、相手が自分と同じ、同性しか愛せない類の人種だと直感した。そうして今、園長と淳子は恋人関係にある。二人とも、保育士になるくらいだから子供好きだ。しかし、女性どうしでしか愛し合えない性癖のため、自分たちで子供をつくることはできない。けれど、二人が愛し合った証として子供がほしくてたまらない。それは、決してかなうことのない願いである筈だった。しかし、保育実習をさせてほしいといって真澄が現れた瞬間、未来永劫に渡ってかなう筈のない二人の願いは、手を伸ばせばすぐにでも届きそうな所にある願いに変化した。二人は真澄を自分たちの幼い子供に仕立てるという企みを胸に抱き、そのための罠を仕掛け、今まさに真澄をその罠に追い込んでいる最中だった。
「ということです。おむつが田村先生にお似合いの下着だということは充分にわかっていただけましたね? それに、おむつをあてることで、田村先生には、美香ちゃんの気持ちを自分のものとして理解していただけることと思います。仲のいい友達がおむつを卒業してパンツなのに、自分だけおむつだというのがどんなに辛いことか。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないおむつのことを友達の目の前で無思慮に口にされることでどれだけ心が傷つくか、田村先生には身をもって体験していただく必要があります」
 園長はそう言って自分の椅子に腰をおろした。
 その代わりに淳子がすっと立ち上がると、アニメキャラをプリントした生地でできたおむつカバーを広げ、その上に何枚かの布おむつを重ねて、壁際にあるソファの上に置いてから、真澄の方に近づいてきた。
「さ、大人のお洋服を脱いで、保育園の制服とおむつに着替えましょうね、真澄ちゃん。これから真澄ちゃんは、おむつの外れない年少さんになるのよ。美香ちゃんと仲良く遊びましょうね」
 真澄の正面に立った淳子はすっと右手を伸ばして、真澄の着ているジャージのファスナーを手早く引きおろした。




「今日から新しいお友達が増えます。お名前は田村真澄ちゃん。みんな、仲良くしてあげてね」
 セーラースーツの制服を着て髪をツインテールにまとめた真澄を自分の傍らに立たせて、淳子は、園児たちの顔を一人ずつ見回して言った。
 が、園児たちからの返事はない。もっとも、それも仕方ないことだろう。昨日は『保育実習に来た先生』として紹介された真澄が、今朝になってみると、自分たちと同じ制服を着て今度は『新しいお友達』なのだ。園児たちが戸惑わないわけがない。
「ほらほら、どうしたの、みんな? 真澄ちゃんと仲良くしてあげてちょうだいね」
 園児たちの胸の内を知りながらも、淳子は大声で繰り返した。
 が、やはり返事はない。だが、返事の代わりに、一番前の席についている女の子が驚いたような甲高い声をあげた。
「あ、おむつだ。田村先生、おむつしてる!」
 保育園の制服は、園児の動きを妨げないよう考慮して作ってある。特に、まだ足元がおぼつかない子供が着用することに配慮して、男の子の場合だとズボンの裾を靴で踏みつけてしまわないよう半ズボンにしているし、女の子の場合はスカートが脚にまとわりつかないよう丈を短めに仕立てるのが普通だ。真澄が職員室で着せられた制服も、サイズこそ大きいものの、デザインは子供用そのままだから、スカート丈が随分と短い仕上がりになっている。それでもスカートの下がショーツならさほどでもないのだろうが、今、真澄の下腹部を包み込んでいるのは、布おむつの厚みでぷっくり膨らんだおむつカバーだ。そのおむつカバーの膨らみのためにスカートがたくし上げられるような感じになって、斜め下から見上げるようにすると、おむつカバーが簡単に見えてしまうのだ。
「あ、ほんとだ。田村先生、おむつしてる」
「田村先生、赤ちゃんみたいでかっわいーい」
「田村先生、おしっこ教えられなくて、おもらししちゃうのかしら」
「でも、おむつしてるような子、『先生』って呼ぶの変だよね?」
「あ、そうよね。おむつしてるんだから、『田村先生』じゃなくって、『真澄ちゃん』だよね」
「おむつだ、おむつだ、真澄ちゃんはおむつっ子だ〜」
 一人が目敏くおむつに気づいて大声を出すと、すぐに大騒ぎになってしまう。園児たちは口々に真澄のことを囃したてた。
 そんな中、淳子がぱんぱんと両手を打って園児たちを鎮め、もういちど繰り返した。
「真澄ちゃんと仲良くしてあげられる人、手を挙げて」
 淳子がそう言った途端、今度は教室のあちこちで一斉に手が挙がった。
「はーい、真澄ちゃんと仲良くしてあげまーす」
「私も、真澄ちゃんを苛めたりしませーん」
「おむつの真澄ちゃんのこと、可愛がってあげまーす」
 真澄が制服のスカートの下におむつをあてていることがわかった途端、園児たちの態度がころっと変わって、一斉に手を挙げると同時に大きな声で返事をした。園児たちの心の中で、保育実習の『田村先生』は、おむつの取れない『真澄ちゃん』にすっかり変身してしまったのだ。
 真澄の顔が、羞恥と屈辱で真っ赤に染まる。その様子をちらと窺い見る淳子は、知らず知らずのうちに淫靡な笑いがこみあげてくるのを止められないでいた。




 園児の席から美香がひょいと立ち上がって真澄の正面までやって来たのは、ひとしきりの騒ぎがおさまって、淳子が子供たちの持ち物検査に取りかかろうとした時だった。
「あ、あの、美香ちゃん。昨日はごめんね。変なこと言っちゃって、本当にごめんね」
 正面に立って怖い目で睨みつける美香に向かって、真澄は何度も、ごめんねの言葉を繰り返した。
「へーえ、私のこと『美香ちゃん』なんて呼び方するんだ。真澄ちゃんてば、まだおむつも外れてないのに、私のこと、生意気な呼び方するんだね」
 何度もあやまる真澄に対して、美香は敵意を隠そうとしない口調で言った。
「え……?
 思いがけない美香の態度に気圧され、真澄は言葉を続けられなくなってしまう。
「いいこと教えてあげる。ほら、これを見てちょうだい」
 押し黙ってしまった真澄に向かって、美香は勝ち誇った様子で自分の制服のスカートを捲り上げてみせた。
「ほら、美香、パンツなんだよ。昨日のことが悔しくてお家に帰った後も泣いてたんだけど、ママが頑張りなさいって言ってくれたから、トイレへ行く練習したんだ。そしたら、ちゃんとおしっこ言えるようになって、一人でトイレへ行けるようになったんだよ。わかる? だから、年少さんでも、まだおむつなのは真澄ちゃんだけなんだよ。あーあ、保育園なのにまだおむつだなんて、はっずかしいなぁ。赤ちゃんじゃないのにおむつだなんて、美香だったらたまんないなぁ」
 そう言いながら何度も何度も真澄にパンツを見せつける美香。
 そこへ、顔を輝かせて淳子が割って入った。
「へーえ、美香ちゃん、パンツになったんだ。もうすっかりお姉ちゃんだね。じゃ、真澄ちゃんは美香ちゃんのこと、『美香お姉ちゃん』って呼ばなきゃいけないね。だって、真澄ちゃんはまだおむつだもの」
「そうだよ。だから先生も、真澄ちゃんが私のこと『美香ちゃん』なんて生意気な呼び方したら、ちゃんと注意してあげてね」
 美香は胸を張って言った。そうして、ようやくスカートの裾をおろして続ける。
「あ、そうだ。もしも真澄ちゃんが何回もおもらししておむつが足りなくなったら、私が使ってたのを貸してあげてもいいよ。小っちゃい子がお姉ちゃんのおさがりを使うの、当たり前だもんね」
「うん、わかった。真澄ちゃんがたくさんおもらししちゃっておむつが足りなくなったら美香ちゃんのを貸してもらうね。それじゃ、真澄ちゃん、親切な美香お姉ちゃんにお礼を言っておこうか」
「……」
「ほら、どうしたの。――ちゃんとしないと、保育実習の単位は認められないわよ」
 最後の方は子供たちの耳に届かないよう声をひそめて淳子は脅すように言った。
「そ、そんな……」
「ちゃんとお礼を言えるわね?」
 今度は大きな声で、念を押すように淳子が言う。
「……み、美香ちゃ……美香お姉ちゃん、あ、ありがとう。た、たくさんおもらししちゃったら、お姉ちゃんのお、おむつを貸してちょうだいね……」
 自分で口にした『おもらし』『おむつ』という言葉に真澄の顔が赤く染まる。
 開け放った窓から初秋の風が入ってきて、真澄の制服のスカートをさっと捲り上げた。ぷっくり膨れたおむつカバーが丸見えになって、真澄の顔がますます赤くなる。
 けれど、真澄の羞恥に満ちた保育園生活は、まだ始まったばかりだ。この先、どれほどの屈辱と羞恥が待っているのか、真澄には想像することもかなわなかった。



《 2 お昼寝の間にも 》

 ひとしきりの騒ぎがおさまった後、淳子は、一番前の列で美香と隣どうしになる席に真澄をつかせた。
「はい、それじゃ、持ち物検査を始めます。みんな、忘れ物はしてないかな? 鞄の中に入っている物を全部、机の上に出してみましょう。あ、そうそう、真澄ちゃんの鞄はこれよ」
 タンポポ保育園では、忘れ物がないかどうか調べるために朝一番に持ち物検査をすることが日課になっている。教室のあちらこちらで通園鞄のファスナーを引き開ける音がする中、淳子は、真澄の目の前に真新しい通園鞄を置いた。一見したところでは、鮮やかな黄色の普通の通園鞄だ。けれど、他の園児たちの鞄と比べると二回りも三回りも大きく作ってあるのがわかる。淳子と園長が予め特別に注文して用意していた鞄なのは言うまでもない。
「先にみんなの持ち物を調べてくるから、その間に真澄ちゃんも鞄に入っている物を出しておきなさい」
 異様に大きな通園鞄に呆気に取られたらしくまんじりともしない真澄に淳子は言い残し、他の園児の持ち物を調べるために教室中を歩きまわってから、再び真澄の席の前に戻ってきた。
「はい、忘れ物をした子は一人もいませんでした。みんなとってもお利口ですね。さ、真澄ちゃんも鞄の中の物、ちゃんと出せたかな」
 けれど、まだ真澄は自分の目の前に置かれた通園鞄を睨みつめたままだ。真澄ちゃんのよといって渡されたその通園鞄のファスナーに指をかけたが最後この奇妙で羞恥に満ちた生活から戻れなくなってしまうのではないかという、怯えにも近い不安にかられて、通園鞄に手を伸ばすことができないでいる。
「あらあら、自分の鞄も開けられないの? 仕方ないから先生が鞄を開けて中の物を出してあげます。それにしても、本当に困ったこと。年少さんでも、こんなに愚図愚図している子は珍しいわね」
 淳子は真澄の羞恥をくすぐるためにわざと意地悪く言うと、さっとファスナーを引き開けて、一つ一つ確認しながら鞄の中に入っている物を取り出して机の上に並べ始めた。
「ハンカチとティッシュ。それから、筆箱と自由帳。それに、クレヨン。あとはスモックと連絡帳。はい、真澄ちゃんも忘れ物はありません」
 淳子は大きく頷いた。が、もういちど通園鞄を覗き込むと、
「あら、鞄の中にまだ何かたくさん入っているわね」
と首をかしげてみせて、中に残っている物を取り出して机の上に広げ始めた。
「あ、おむつだ。真澄ちゃんの鞄、おむつが入ってるんだ!」
 隣の席から淳子の手元を覗き込んでいた美香が大声をあげた。
 そう、淳子が大きな通園鞄から取り出して机の上に広げたのは、真澄が職員室で見せられたたくさんの布おむつと何枚かのおむつカバーだった。
「あらあら、真澄ちゃんの鞄にはおむつがたくさん入っていたのね。でも、こんなにたくさん要るのかしら。あ、連絡帳に何か書いてあるかもしれないわね。ちょっと読んでみましょう」
 淳子はわざとらしく驚いてみせると、机から連絡帳を取り上げ、表紙に大きく平仮名で書いた『ねんしょうぐみ・たむらますみ』という名前を真澄自身に見せつけるようにしてページをめくった。
「えーと、なになに、『真澄は今朝も、おねしょをしてお布団を濡らしてしまいました。本当にいつ治るのかわからなくて困っています。保育園でもおむつを濡らすことが少なくないと思いますので、おむつを多めに持たせます。先生にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします』って書いてあるわね。そうか、真澄ちゃんは毎晩おねしょしちゃうから、真澄ちゃんのお母さん、保育園でおもらしするのが心配で替えのおむつとかむつカバーをたくさん通園鞄に入れておいてくれたのね」
 淳子は、園児全員に聞こえるよう大きな声で連絡帳に書いてある内容を読み上げた。真澄の母親からの連絡ということにしてあるが、淳子自身が書き付けた内容なのは言うまでもないこと。しかし、真澄が両親の元を離れて淳子と同居しているという事実を知らない園児にしてみれば、連絡帳を書いたのが真澄の母親だと思い込むのも仕方ない。
「ふぅん、真澄ちゃん、毎晩おねしょしちゃうんだ。美香も一昨日の夜までおねしょしちゃってたけど、昨夜は大丈夫だったわよ。だって、もうパンツのお姉ちゃんだもん。いつまでもおむつの子とは違うもんね。でも、真澄ちゃんのお母さんも大変ね。真澄ちゃん、本当は年少さんじゃないよね。本当は美香よりもずっと大人なのに、毎晩おねしょしちゃって、お母さん、お布団を干さなきゃいけないんだから。それに、おむつの洗濯だって大変よね」
 真澄のことを思いきり馬鹿にした目でちらと見て、美香が勝ち誇ったように言った。とてものこと保育園の年少とは思えないほど意地の悪い言い方だ。
 それに対して、おねしょの原因が淳子の与えた睡眠導入剤と強い暗示だとは思いつきもしない真澄は、下唇をぎゅっと噛みしめて耐えるしかなかった。
 そこへ、淳子がとりなすように割って入った。
「はいはい、美香ちゃん、もうそのくらいにしておこうね。真澄ちゃん、泣きそうになってるよ。小っちゃい子を苛めちゃ駄目よって、先生いつも言ってるでしょう?」
 美香を優しく叱責する体裁を取りながらも、実は真澄に対して「真澄ちゃんは美香ちゃんよりも小さな子供なんだよ。だって、まだおむつなんだから」と思い知らせる淳子。
「うん、わかった。美香が妹と遊んでる時、ママも『美香はお姉ちゃんなんだから小さい妹を苛めちゃ駄目よ。ちゃんと可愛がってあげてね』ってよく言ってるもん。まだおむつの真澄ちゃん、妹みたいだから苛めないよ」
「そう。美香ちゃんは本当に聞き分けが良くていい子だわ。真澄ちゃんも美香お姉ちゃんを見習っていい子にしていようね」
 淳子は真澄の羞恥を刺激して言い、いったん机の上に広げた布おむつとおむつカバーを丁寧に折りたたんで通園鞄に戻すと、ぱんぱんと両手を打って園児たちの顔を見渡して指示をした。
「はい、それじゃ、机の上の物を鞄にしまいましょう。しまったら、みんなでお遊戯をするから自分の机と椅子を教室の壁の所まで運んでちょうだいね」
 はーいという気持ちのいい声が一斉にあがって、園児たちは小さな体で机と椅子を運び始めた。
 仕方なく真澄ものろのろと立ち上がって、机を持ち上げるために腰を曲げた。ただでさえ短い上におむつカバーの膨らみのせいで更に丈が短くなっているスカートだから、体をかがめると、おむつカバーが殆ど丸見えに近い状態になってしまう。
「うふふ。おむつ、たくさんあててるのね、真澄ちゃん。おむつカバー、まん丸に膨らんでるもん」
 自分の椅子を抱え上げて教室の後ろの方へ持って行きかけた美香が、さもおかしそうに真澄の後ろ姿を見て言った。
「え? や、やだ!」
 真澄が慌ててスカートを押さえようとして机から手を離してしまい、幾らか宙に浮いていた机が激しい音を立てて床に落ちた。
「あらあら、困った子だこと。自分の机を片づけることもできないなんて、年少さんでも真澄ちゃんだけね。そんな子は年少さんに置いておけないから、園長先生にお願いして二歳児クラスを作ってもらわなきゃいけないかしら」
 淳子は、腰に手の甲を押し当てて真澄の顔を見おろした。




 その後、お遊戯の時間では少し激しい動きをするだけでスカートが捲れ上がり、そのたびにおむつカバーが丸見えになったといっては園児たちに囃したてられ、お絵描きの時間では慣れないスモックを淳子に着せてもらっては、真澄ちゃん自分で着替えもできないんだと囃したてられ、給食の時間では食べ慣れない先割れスプーンのせいでおかずをこぼしてしまい、よだれかけが要るわねと囃したてられるといった羞恥と屈辱の連続だった。
 そんなことが続いてようやく静かな時間を迎えられたのは、お昼寝の時間になって園児たちが残らず眠りについた後のことだった。保育園児の制服の下におむつをあてたまま真澄も他の園児たちと一緒に布団に寝かされ、体の上にタオルケットをかけた姿だから、羞恥と屈辱にさいなまれて精神的にはとても平穏とはいえないが、真澄が何かしでかすたびに囃したてる声が聞こえなくなっただけでも幾らか気分が楽になる。
「どうしたの、真澄ちゃん。みんな、ねんねしてるから、真澄ちゃんも早くねんねしなきゃ」
 他の園児が寝静まったのを確認して、淳子が真澄のそばに膝をつき、タオルケットの上からお腹をぽんぽんと優しく叩いた。
「先輩、もうやめましょうよ、こんな馬鹿なこと。私、短大生なんですよ。保育実習をするためにこの保育園へ来たんですよ。なのに、こんな……」
 小さな枕に載せた頭を力なく振って、懇願するように真澄は言った。
「ほら、また、『先輩』だなんて言ってる。ちゃんと『石田先生』って呼ぶよう何回も教えてるのに、本当に聞き分けのない子ね」
「話をすり替えないでください。お願いだから、こんなこと……」
「静かになさい。真澄ちゃんが騒いでお友達が目を覚ましちゃったら可哀想でしょ? 仕方ない、そんなに寝つけないのなら、いい物を持って来てあげるわ」
 つい大声を出しそうになる真澄をたしなめるように言ってすっと立ち上がった淳子は、いったん教室から出て行ったが、すぐに小振りのカップを持って戻ってきた。
「はい、昨夜と同じ温かいミルクよ。これを飲めばすぐにねんねできるから」
 再び床に膝をついた淳子は、真澄の首を抱え上げるようにして唇にカップを押し当てた。
 ラベンダーの香りに鼻腔をくすぐられて、知らず知らずのうちに真澄の喉が動く。
 カップを空にした真澄の意識が、ほどなく、昨夜と同じように朦朧としてくる。
「そうよ、ゆっくりねんねしなさい。ねんねして、昨夜と同じようにおねしょしちゃうといいわ。心配することはないのよ。昨夜はお布団を汚しちゃったけど、今はおむつだから心配しなくていいの。安心しておねしょしちゃっていいのよ。それから、今度は、目が覚めた時にも……」
 意識を失う直前の真澄に、意識の底に強く深く刻みつけるべく言葉の一つ一つを強調して淳子が暗示をかける。




「――ちゃん、おっきしなさい。お友達がみんな、真澄ちゃんがおっきするのを待ってるわよ。だから、ほら」
 体を揺すぶられて、ようやく真澄は目を開けた。最初はぼんやりしていた視界が少しずつはっきりしてきて、目の前にあるのが淳子の顔だということに気がつく。
「真澄ちゃんが早くおっきしないから、美香たちもオヤツを食べられないじゃない。早くおっきしてこっちへ来なさいよ」
 美香の険しい声が真澄の耳に届いた。お昼寝の後はオヤツの時間になっているのだが、クラスの全員が揃うまではお預けという決まりだから、真澄一人がなかなか目を覚まさないため「いただきます」をできないせいで、美香を含め園児たちは幾らかご機嫌斜めらしい。
「ほらほら、そんな怖い声を出しちゃ駄目よ、美香ちゃん。おむつが濡れてないかどうか確かめたら真澄ちゃんもすぐにそっちへ連れて行くから、もうちょっとだけ待ってあげて」
 他の時間とは違って、オヤツの時間は、みんなが床に座ってわいわい楽しく過ごすことになっている。淳子は、一団の中から真澄を睨みつけている美香をやんわりたしなめた。
「お、おむつなんて濡れてません」
 淳子が言い終わらないうちに、真澄が抗議の声をあげた。(そりゃ、確かに昨夜は失敗しちゃったわよ。でも、あれは何かの間違いなんだから。二十歳の私がおねしょなんてするわけがないんだから。それも、こんな昼間から)
「そう? 本当に大丈夫?」
 淳子は真澄の顔を正面から見おろし、ねっとり絡みつくように言った。
「大丈夫に決まってます!」
 真澄はやや怒気を含んだ声で応えた。
 が、応えてすぐ、顔色が変わる。思わず否定したものの、今になって、下腹部全体を包み込むように広がる違和感に気づいたのだ。
「じゃ、調べるわよ。本当に失敗していないのかどうか」
 淳子がタオルケットの端に手をかけた。
「だ、駄目! タオルケットを取っちゃ駄目!」
 真澄は金切り声を上げてタオルケットを引っ張り返した。
 だが、淳子の方が早い。タオルケットの下から、寝乱れのために制服のスカートがお腹の上まで捲れ上がってしまい、おむつカバーが丸見えになった真澄の姿が現れた。
 おむつカバーに包まれたお尻の下で、敷布団のシーツが薄いシミになっている。
「あらあら、これじゃわざわざ調べる必要もないわね。おむつカバーからおしっこが溢れ出してお布団まで汚しちゃってるんだから」
 淳子は大げさに驚いてみせた。が、実のところ、こうなることは前もって予想していたのだ。今朝、保育園に来て淳子の手で強引におむつをあてられてから今まで、真澄は一度もトイレへ行っていない。もともと小柄で膀胱も小さいため、どちらかというとトイレが近い方だから、普段なら午前中だけでも二度はトイレへ行く真澄なのに、保育園児そのままの制服を着せられ、おむつをあてられた時に園長から「勝手におむつを外すことは厳禁です。もしもそんなことをしたら、即刻、保育実習の成績は『不可』として短大に連絡します」ときつく言われていたせいで、トイレへ行きたくなったら淳子に「おむつを外してください」と言わざるを得ない状態に置かれていた。けれど、そんな恥ずかしい言葉を口にできるわけがない。それで今までどうにか我慢していたのが、睡眠導入剤を混入したミルクと強い暗示のためにお昼寝の最中おねしょをしてしまい、それまで辛抱して溜め込んでいた多量のおしっこを一気に溢れ出させて、おむつばかりか布団まで汚してしまったのだ。
「ごめん、美香ちゃん、真澄ちゃんの通園鞄を持って来てもらえるかな」
 淳子は、真澄の体から剥ぎ取ったばかりのタオルケットを布団の横に敷きながら、少し離れた場所から好奇に満ちた目つきで真澄の下腹部を見つめている美香に言った。
「うん、いいよ。真澄ちゃんの鞄、持って行ってあげる。先生、真澄ちゃんのおむつ取り替えてあげるんでしょ? 鞄の中に入ってる新しいおむつをあててあげるんでしょ?」
 美香は身軽な動作で立ち上がると、真澄の机の上に置いてある大きな通園鞄を両手で抱えるようにして持って来た。
「そうよ。濡れたおむつのままじゃ美香ちゃんのお尻おむつかぶれになっちゃうから、早く取り替えてあげないといけないのよ」
 淳子は美香の首筋と腰の下に両手を差し入れてゆっくり抱き上げ、真澄の体を、シミになった布団の上からタオルケットの上へ移しながら言った。
「い、いや! こんな所で、みんなが見ている前でお、おむつを取り替えるなんて、そんなの、いや!」
 真澄はタオルケットの上で激しく首を振った。
「そうね、みんなが見ている前でおむつを取り替えられるなんて、そんな恥ずかしいことはないわよね。でも、昨日、真澄ちゃんは美香ちゃんにそれと同じくらいひどいことをしたのよ。美香ちゃんがどんなに恥ずかしかったか自分でたっぷり経験して反省するといいわ」
 淳子はそう言い聞かせると、真澄の両足の足首を左手で一つにまとめてつかみ、そのまま高々と差し上げた。赤ん坊のおむつを取り替える時そのままの姿勢にさせられた真澄は、背中から首筋をタオルケットの上に押さえつけられるような格好になって、両手を力なく動かす以外はまるで身動きが取れなくなってしまう。
「じゃ、おむつを取り替えましょうね。いつまでも濡れたおむつだとお尻が気持ち悪いものね」
 淳子は、右手だけながら慣れた手つきで真澄のおむつカバーの前当てを手前に引いて、両脚の間に広げた。それから、おむつカバーの横羽根を左右に広げて真澄の腰の左右におろすと、乾いた部分などどこにも見当たらないほどぐっしょり濡れて薄く黄色に染まった水玉模様の布おむつがあらわになった。
「やだ。見ちゃ駄目、駄目なんだってば……」
 顔を真っ赤にした真澄は、淳子の傍らに膝をついて真澄の下腹部をしげしげと覗き込む美香に向かって弱々しく言った。
「何を言ってるの、真澄ちゃん。美香お姉ちゃんは真澄ちゃんのことを気遣っておむつの交換を手伝ってくれてるのよ。なのにそんなことを言うなんて、本当に聞き分けがわるいんだから」
 淳子は、真澄の下腹部にべっとり貼り付いている布おむつを手前にたぐり寄せ、手元に置いたポリバケツに滑り込ませながら、たしなめるように言った。
「そうだよ。美香、お家でママが妹のおむつを取り替える時、お手伝いしてあげてるんだよ。だから、先生が真澄ちゃんのおむつ取り替えるの、お手伝いしてるんだよ。おっきな体なのに、いつまでもおむつな真澄ちゃんだから先生が大変だもん。ね、先生?」
 美香は、つい昨日まで自分もおむつを汚していたことなどおくびにも出さず、無邪気なくせにどこか意地の悪い口調で淳子に同意を求めた。
「そうね。真澄ちゃん、他の子供と比べると体が大きいから美香ちゃんが手伝ってくれて、先生ほんとに助かるわ。ほら、体が大きいからおしっこもたくさん出ちゃって、お布団までびっしょり。今度からおむつの枚数を増やさなきゃいけないわね」
 淳子は目を細めて頷くと、美香が持ってきた真澄の通園鞄に視線を移して言った。
「じゃ、美香ちゃん。鞄から新しいおむつを一枚だけ出してくれるかな」
「うん、わかった。はい、先生、これでいい?」
 言われるまま、鞄の中から動物柄の布おむつを一枚取り出す美香。それを受け取った淳子は、丸裸になった真澄の下腹部を丁寧に拭き始めた。
「あん……」
 新しい布おむつが下腹部の肌を嘗めまわすように蠢く感触に、思わず真澄の口をついて喘ぎ声が漏れ出る。特に、感じやすい部分におむつが触れる時は殊更だ。
「あらあら、変な声なんて出しちゃって。保育園の年少さんなのに、真澄ちゃんはおませさんなのね」
 そうと意識しておむつで責めながら、淳子は、いかにも呆れたというふうに言った。
「だ、だって……」
「うふふ。ま、いいわ。さ、これですっかり綺麗になったから、真澄ちゃん、自分の目で見てごらん。おしっこの雫なんて一つも残っていない綺麗なお肌よ」
 淳子は、真澄の足首をつかんだ左手を真澄の顔の方へぐいっ突き出した。それまでも体を曲げた姿勢だったのが、更にきつく腰を曲げた姿勢を強いられる真澄。
「つ!」
 痛みのために呻き声をあげた真澄の目に自分の下腹部が大映しになる。途端、真澄は
「え、ええ? なんなの、これ……」
と悲痛な声をあげて両目を大きく見開いた。
 おしっこの雫が残っていないどころか、股間の飾り毛さえ一本残らず剃り落とされて、まるで童女のような下腹部に変貌していたのだ。
「ほら、綺麗になっているでしょう? お昼寝の間にちゃんとしておいてあげたのよ。お友達のあそこはつるつるで綺麗なのに真澄ちゃん一人だけ余分な物が生えてちゃ恥ずかしいものね。それに、余分なのが生えてると、おしっこの雫が絡まって取れにくいから、おむつかぶれになりやすいのよ。真澄ちゃん、おむつかぶれになるの、いやでしょう?
 しれっとした顔で淳子は言った。
「そんな、そんな……」
 真澄は弱々しく首を振った。
「あら、それじゃ真澄ちゃん、おむつかぶれになってもいいの? 若い男のお医者様の指でおむつかぶれのお薬を塗ってもらっても恥ずかしくないの? でも、ま、そうかもね。おむつの外れない真澄ちゃんは赤ちゃんと同じだから、まだ、恥ずかしさなんてわからないかもね。じゃ、赤ちゃんの真澄ちゃんに新しいおむつをあててあげましょう。赤ちゃんにお似合いの下着はおむつだものね。美香ちゃん、鞄から新しいおむつカバー出して広げてちょうだい。それから、新しいおむつを、そうね、真澄ちゃんはたくさんおしっこしちゃうから、十枚出して、おむつカバーの上に重ねてちょうだい。できるかな?」
 淳子は最初の方はからかうように真澄に、そして最後の方は少し考えて美香に言った。
「うん、できるよ。妹のおむつ、美香がお手伝いしてるもん」
 大きく頷いた美香は、キャンデー柄の生地でできた大きなおむつカバーを鞄から取り出して床に広げ、その上に、いちまい、にまいと声に出して数えながら動物柄の布おむつを重ねていった。
「きゅうまい、じゅうまい。できたよ、先生」
 言われた通りおむつとおむつカバーを用意し終えた美香は、淳子の顔を笑顔で見上げた。
「ありがとう。でも、美香ちゃん、えらいんだね。まだ年少さんなのに、ちゃんと十まで数えられるんだね」
 淳子は大げさに驚いてみせた。
「だって、もうパンツのお姉ちゃんだもん、そんなの数えられるのが当たり前だよ。おむつの真澄ちゃんには無理かもしれないけどさ」
 美香は鼻をひくつかせ、赤ちゃんのおむつを取り替える時そのままの姿勢を強いられている真澄と淳子の顔を交互に見て言った。
「そうね。真澄ちゃんも十まで数えられるようになったら、ちゃんとおしっこを教えられるようになるかもしれないわね」
 くすっと笑って淳子は美香に同意してみせ、真澄のお尻の下からアニメキャラの生地のおむつカバーをどけて、その代わりに、美香が用意したばかりのおむつとおむつカバーを敷き込んだ。
「あ……ん」
 朝の職員会議の途中であてられた時もそうだったが、新しいふかふかの布おむつの柔らかな感触に羞恥が激しく掻きたてられる。
「ほら、また妙な声を出しちゃって。真澄ちゃん、おむつが好きになっちゃったのかな」
 淳子は悪戯めいた表情で言って、高々と差し上げていた真澄の足首をタオルケットの上に戻し、お尻の下の敷き込んだ布おむつの端を、真澄の両脚の間を通しておヘソのすぐ下あたりまで引っ張り上げた。
「そんな、おむつが好きだなんて……」
 真澄は弱々しく言って目をそらした。
「あら、それでもいいじゃない。真澄ちゃんはこれからずっとおむつなのよ。だったら、どうせならおむつが嫌いよりも好きになった方が都合がいいんじゃないの?」
 淳子は布おむつの乱れを整えながら重ねて言って、左右の横羽根を持ち上げ、真澄のおヘソのすぐ下で重ね合わせると、互いをマジックテープで固定した。こうすると、もう、真澄が少しくらい体を動かしても布おむつがずれる心配はない。それから淳子は、布おむつをそうしたようにおむつカバーの前当ての端を真澄の両脚の間を通して引っ張り上げ、横羽根に重ねて、これもやはりマジックテープでしっかり留めた。
「そ、そんな……」
 視線の先にはオヤツを待つ園児たちがいて、こちらの様子をじっと窺っている。真澄は慌てて顔をそむけた。
「でも、これからずっとおむつなのは本当よ。夜ならともかく、短いお昼寝の間におねしょをしちゃうんだったら、おっきしている間もいつおもらししちゃうかわからないものね」
 淳子は股ぐりのすぐ上に付いているスナップボタンを留め、おむつカバーの裾からはみ出ている布おむつを指先でおむつカバーの中に押し込むと、たっぷりあてたおむつのせいでこれまでよりもぷっくり大きく膨らんだおむつカバーの上から真澄のお尻をぽんと叩いた。
「さ、できた。これで真澄ちゃんもおっきできるから、みんなでオヤツをいただきましょう。先生は真澄ちゃんのお布団を干してくるから、その間に美香ちゃんの『いただきます』のご挨拶でオヤツを食べていてちょうだい」
 淳子はそう言うと真澄の両脇に手を差し入れてタオルケットから抱え起こし、真澄の顔を正面から覗き込んで続けた。
「真澄ちゃんは、みんなに『ごめんなさい』しておくのよ。真澄ちゃんのおむつのせいで、みんなオヤツを待たなきゃいけなくなったんだから」
「ほら、みんなの所へ行くわよ、真澄ちゃん。おむつがたくさんで、ちゃんとあんよできないかもしれないから、お姉ちゃんがお手々を引っ張ってあげるね」
 これまでよりも厚くあてられたおむつのせいで、真澄は両脚をちゃんと閉じることができずにいた。美香に手を引かれ、スカートを丸く膨らませてお尻を大きく左右に振りながらおぼつかない足取りで歩いて行く真澄の姿は、自分では何もできない無力な幼児そのままだった。



目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 続き