第1章 日本のブドウ栽培の現状


 従来、日本はその高温多湿な風土のためにブドウ栽培に適しておらず、良質なワイン作りが困難であるとされてきた。しかし、わが国土の多様な地形の中には必ずしもブドウ栽培に不適だとは言えない土地があるはずである。筆者は本邦において良質なワインが出来ないのは、むしろ国家や企業の制度、体制及び意識の問題であると考えている。

1.気候・土壌

1) 日本の気候とブドウ栽培
 気温については、ヨーロッパのブドウ栽培地も夏はくそ暑い所が多いので、問題ないが、収穫期に夜間も暑いのは難点ではある。
 日本はヨーロッパなどと比べて確かに多雨である。雨が多いことは勿論ブドウ栽培にとって致命的な欠点である。しかし、例えば紀州の尾鷲でブドウを植える訳ではないのであるから、大抵の栽培地では降水量が多めではあるが、何とかなるだろうと云ったところである。むしろ問題なのは降水時期で、多雨による病害等の発生だけでなく、冬季に乾燥する気候がいわゆる凍乾害の原因となることも明記しなければならない。それに、降水量を云々する以前に、塩類土壌でもないブドウ畑に灌漑するのは日本だけであることを忘れてはなるまい。

2) 日本の土壌
 専門的な話を始めるときりがないので省略するが、日本の土壌は一般的にヨーロッパに比べて酸性のものが多いと言われる。ソムリエの教科書などを見ると、ワインは石灰質のアルカリ性土壌で出来ると書いてあるかも知れないが、ボルドーの畑でも少し掘ってみれば、日本もまんざらではない気がするに違いない。余談であるが、山梨県内某所で、ブルゴーニュに良く似た土壌になぜかCabernetが沢山植えてあるところがある。ここに本気でPinot Noirを植えれば面白いに違いない。
 ともあれ、日本では、大抵の醸造専用品種の畑で土壌表面に石灰や貝殻を撒いて改良したつもりになっている。そういうところに限って排水が悪く、その上散水器があったりするが、まさに噴飯もの。土壌表面などどうでも良い。やはり排水をよくするのが先決であろう。
 何れにせよ、良いワインが出来ないのを日本の気候風土のせいにすることは、必要な努力を怠り責任転嫁しているとのそしりを免れ得ない。

2.制度・意識

1) ブドウ農家とワイン会社
 今日、世界中の高級ワイン産地において、ワイン生産者がブドウ畑の所有者であり、分業はあるにせよ、基本的には栽培者が醸造者でもある。ところが、日本ではGHQが作った農地法により、ワイン会社が広大な畑を持つことが許されていない。また、酒税法により、小さなブドウ農家が酒造免許を得て醸造することも事実上不可能である。したがって、ワイン会社が農家からブドウを購入して醸造することになる。そもそもこのことが諸悪の根源なのである。
 日本には、本当に良いワインを作りたいと思い、そのためにだけブドウを栽培している農家など存在しない。農家だって収入を得るために農業をやっているのであるから、当然少しでも儲けたいと思っている。そこで、ブドウの質や出来上がったワインの質などは全く考えもせず、とにかく量を取ろうとする。そのため、醸造には不適な棚づくりという、ワインの世界では極めて特殊な栽培法を用い、ブドウの品質が最高になる時ではなく、収量が最大になる時に出荷して来るのである。糖度によって価格差を付けても無駄な話で、糖度が低くても沢山作れば儲かるのである。ブドウの収穫時に雨は禁物であるが、信じられないことに日本では雨が降ってから収穫する農家が珍しくない。ブドウが水ぶくれして重くなるからである。また、それ以前の問題として、後に述べるように、栽培する品種がそもそも間違っていることが少なくないのである。
2) ○○○○の○○○○と○○○○○
 本項はあまりに痛烈な批判(正論だと信ずるが)の為省略する。
3) 法律の不備
 本項も内容が古くなっているため割愛する。

3.ブドウ品種

 前節にも関連するが、ワイン会社と農家との関係から、日本の農家は醸造に適した品種の栽培に消極的である。その結果、およそ醸造用には適さない品種でワインを作ることと相成る。前にも述べたように、醸造用のブドウとは、Vitis vinifera L. のうち、小房小粒の醸造専用品種を醸造に適した方法で栽培したものである。機構や風土が若干適さないからと言って、生食用ブドウで代用して良いと云うものではない。ワインではなく、代用葡萄酒を造るのだと自他共に認めているのならば話は別であるが、実際には日本のワイン会社はこの粗悪な代用葡萄酒を高級ワインと称して売ろうとしているのである。
1) 甲州種について
 甲州は日本に何百年だか千何百年だか前からある伝統的なブドウであるから、これを用いて日本を代表するワインを作らなければならないという主張がある。それに、甲州はVitis vinifera(本当にそうかと云う議論はこの際さておき)であっても、大房大粒で糖度も低く、むしろ生食用と考えるべきである(食べてみて美味しいかどうかはこの際議論の対象としない)。また、大昔から日本にある伝統的なブドウと言っても、単に山中に自生していただけで、日本人が昔からこれでワインを作って来た訳でもなければ、長年の品種改良の努力の結果完成し、受け継がれてきた様なものでもない。甲州種の唯一の利点は、もともと山野に自生していたものであるから病気にかかり難く栽培する際に殆ど手を掛けなくてもある程度の量が収穫出来ると云う事に尽きる。甲州種の伝統の保存を主張するのは怠惰な農家のエゴ以外の何物でもないのである。
 余談になるが、世界的に見て、その国の伝統的なブドウ品種は淘汰される傾向にある。イタリアでさえ、原産地呼称を無視して迄もフランスのブドウ品種を導入しているところが多いし、それらが高い評価を受けている。また、スペインの発泡酒Cavaの高級品は、今やChampagneと同じように、ChardonnayやPinot Noirなどの品種で作られているのである。
2) Vitis labrusca及び交配種  マスカット・ベリーA。これを一房手に取って見る。実に美しい立派な房である。一粒食べてみて戴きたい。素晴らしい生食用ブドウである。次に、これで作ったワインを一口飲んでみて戴きたい。何と不快な香りがする、不味い物であろうか。このような美味しいブドウを農家から安く買い叩き、安月給の労働者を酷使し、多量のエネルギーを消費して不愉快なワインもどきを作り、消費者を騙して高く売り付け、その割に会社も余り儲かっていない。これでは人類全体の幸福の絶対量を減少させる行為と言わざるを得ないではないか。その上、このような赤ワインを多量に売ることによって、日本のワイン会社は一般の消費者に、「赤ワインは不味い物」という認識を広く普及せしめ、自らの首を絞めているのである。
 デラウエア、コンコード、ブラッククイーン・・・・・論外である。やめて欲しい。
3) 醸造に用うべきブドウとは
 甲州やベリーA、それから勿論デラウエアその他のブドウを一粒もワイン会社に入れないこと、日本のワイン作りはここから始めて行くしかない。現状では甲州を買わないということは不可能に近いであろう。しかし、ベリーAを一粒も入れず、ロゼワインにブラッククイーンで色付けしたりもしない、○○○○○○○の様な会社も存在するのである。このことだけでも、○○○○○○○は尊敬に値する会社であり、筆者はここでワインを作ることを志した旧友Tを偉い人間だと思っている。
 もっとも近年は日本でも醸造専用品種がかなり栽培されてきてはいる。しかし前述のように、醸造に適した方法で栽培されている例は少なく、品質的にも問題が少なくないのである。
 繰り返しになるが、醸造用ブドウとは、Vitis vinifera L. のうち、小房小粒の醸造専用品種を醸造に適した方法で栽培したものでなければならない。



序へ   第2章へ

日本のワイン作り目次   料理とワインのページ   ホームページ