第2章 日本の醸造の問題点


 前述の如く、日本のワインは原料ブドウの調達の時点で大きな問題を抱えている。その上に、それを醸造する段階においてもまた、多くの問題があるのである。醸造の全工程にわたって述べるのも冗長に過ぎるので、個別の問題点について項目を設ける。

1.糖の添加

1) 補糖
 今日、フランスの高級ウィアン(極上のブルゴーニュや貴腐ワインの類を除く)のアルコール分は通常12〜12.5%であり、日本でも取り敢えずはこのようなものを作ろうとする。そのためには糖度が22〜23%必要である。糖度が不足している場合、当然補糖を行うが、その量の上限はフランスの場合寒冷地を除き、最大でも4%足らずである(本当に良心的なところでは1%程度で、それ以上補糖が必要なブドウは高級ワインには使用しない)。したがって、果汁糖度が18度以上(望むらくは21度以上)あることが、高級ワインの最低条件と言えよう。ちなみに、補糖が禁止されているイタリアワインはアルコール分11%程度のものが少なくないし、寒冷地であるにも拘らず補糖しないドイツの高級ワインの中にはアルコール分7%(特殊な例としては5.5%)のものもある。最もドイツの場合は糖分を残した甘口ワインであり、完全発酵させれば最低でも10%程度にはなるのである。
 ところが、日本のブドウ果汁の糖度たるや、醸造用品種でさえ18%に程遠いものが少なくなく、そのため多量に補糖することになる。僅か10klのタンクに1トンもの補糖をすることは日常茶飯事なのである。また、その補糖の質が問題である。フランスでは補糖の際ショ糖以外は用いてはならないことになっている。ところが日本ではコストと扱い易さを重視して、含水ブドウ糖、時には液糖さえ用いるのである。日本のワイン作りは果汁やワインを水で薄めることに何の抵抗も感じないかのようである。
2) 希釈
 かくして初冬にはタンクがアルコール分12%の赤ワインと、主に甲州種の辛口白ワインで一杯になる。ところが、やがてアルコール分11%弱の甘口の白ワインやロゼワインが発売されるのである。保存してあった果汁を添加して作る場合はまだよい。しかし、その場合も含水ブドウ糖を添加して甘みを補う。更には果汁がなくなると、驚くべきことにワインを水で希釈し、糖分を加えて甘口ワインにするのである。
 ちなみに、ロゼワインは色の悪い白ワインに、赤ワインの副産物として発生したロゼワイン(場合によっては更に要らない赤ワイン)と色付けのブラッククイーンを加え、糖分(と水)を加えて作られる。工場見学者に案内嬢が説明しているように、「黒ブドウと白ブドウの混醸法により作り、発酵を途中で止めて甘みを残す」等と云う事は決してしないのである。
 これらの日本の”技術”は勿論諸外国では殆ど禁止されていることである。
 もし、果実酒に原料表示の義務があったら面白いに違いない。「原材料名:ブドウ果実、濃縮果汁、砂糖・ブドウ糖・液糖、酸味料、酸化防止剤(亜硫酸塩)含有;果汁85%!」こんなものを誰が買うものか。
 筆者はある時、東京の勧工場で「スペインのワイン」なるものを見つけた。白とロゼで、スペインから輸入したワインをパック詰めしたものであると書いてあった。バルクをそのまま詰めたのなら、国産のインチキワインよりも遥かに美味しいし、安い筈である。早速白とロゼの両方を買って帰った。ところが、白ワインを一口飲んで、「しまった!」と思った。原酒は辛口テーブルワインであるとしか考えられない。ところがこのワインはブドウ糖の味がするのである。ロゼも同様であった。そのまま詰めてくれれば良いものを、何故に加糖するのか...

2.高級(?)甘口ワイン

 前節は主として安価な(といっても国際市場の中では法外な価格であるが)甘口ワインの問題点について述べた。しかし、5千円や1万円などという滅茶苦茶な値段の付いている「高級甘口ワイン」の場合、前述のようなことは余りしない(丁度腐ったような味のワインがある時には、砂糖を加えてブレンドすることはあり得る)。この場合、やはり諸外国と同様に糖度の非常に高い果汁を発酵させる。と言っても、昔の酒税法で分類の岐点となった糖度26度はおろか、20度以上のセミヨンやリースリングなど、日本ではまず手に入らないし、甲州など、18度でさえ稀である。かくして、糖度が15度にも満たない果汁を2倍位に凍結濃縮することとなる。ドイツに留学経験のある課長氏が、「ソーテルヌでも凍結濃縮するのだから、我々が凍結濃縮を行うことを恥じることはない」等と間抜けな事を仰っていたあ、ソーテルヌに限らずヨーロッパでは通常、アルコール換算で2%以上濃縮することは禁止されているのである。当のドイツでは、高級ワインの果汁を濃縮することは禁止されている筈である。無理矢理濃縮した果汁からは確かにアルコール分も糖分も高いワインが得られるが、天然に糖分が上がったものとは成分的に異なっている。これは本来の高級甘口ワインとは全く違う種類の飲物なのである。

3.樽の貯酒管理

 近年、本邦においても新樽で熟成したワインが散見するようになった。しかし筆者は不勉強のせいか、いまだかつて国内でsoutirageが正しく行われているのを見たことがない(自分で作って樽詰めしたワインのsoutirageをしたことはある)。
1) Soutirageの必要性
 容量225l前後の樽を数百あるいは数千個導入するには、それなりの覚悟と投資が必要である。これらの樽は概ね3ヶ月に1回、soutirage(澱引き)が必要である。白ワインの場合にはsur lie法もあり得るが、この場合でも、頻繁に攪拌する等の操作が必要である。この様な作業を怠ると、ワインに澱の雑味が付いてしまう。詳しく言えば、例えば澱の部分が異常に還元的になり、不快な風味を持つ硫黄化合物の類がワインに混入したりするのである。そして、澱引きにはポンプを使用せず、重力の作用でワインを流し出し、時折グラスにとって蝋燭の炎にかざし、濁りが見えたところでやめるのが良いとされる。フランスなどで高級ワインを作っているところでは必ず専門の職人がいて、立派な樽庫の中で毎日この作業に従事している。
2) 樽熟成のコスト
 今、あるワイン会社が225lの樽を千樽持っているとすると、soutirageの操作を仮に1人1日十数樽出来たとしても、1年中この操作だけをやる人間が一人必要となる計算である。実際には、樽を洗って積み直す労力は大変なものであるので、果たして十数樽出来るかどうか疑問である。そしてこの作業を円滑に進めるためには、かなりのスペースを樽貯蔵庫として割かねばならない。更には、温度、湿度が適切になるように配慮すべきことは言うまでもない。
 ではそのコストを試算してみよう。樽が十万円として、5年間で減価償却して1年当たり2万円。専門の職人1人の人件費が安く見積もっても約1千万円(社会保険その他を含む)で、1樽当たり年間1万円。樽庫の土地代や建物の減価償却費は場合によるが、やはり1樽当たり年間数万円にはなろう。温度や湿度を機械で調節するとなると、その減価償却費及び電力料金等もかなりの額に上る。そうすると、1樽当たり年間十万円にもなるのである。2年間熟成した赤ワインの場合、製品1瓶当たりのコストは実に千円近くにもなる計算になる。
3) 日本の現状
 実際には日本のワイン会社はそこまで経費を掛けることをしていないようである。熟成期間中、ワインを一切動かさず、ouillage(ワインが自然に減った分を注ぎ足す事)だけをやることも珍しくない。たまにsoutirageをするとしても、ワインを澱ごとポンプで一気に吸出し、タンクにまとめて亜硫酸を調整し、軽く澱引きしてから樽に戻すというようなことになる。これではワインに澱の雑味を付けている様なものであり、その結果として、後に述べるように、澱下げをきつくして、酒質を落とす原因にもなるのである。温度調節もどこまでやっているか疑問であるし、作業を手抜きするので樽を狭いところに無理矢理詰め込んでいたりもする。
 樽の香りばかりがわざとらしく、情けない程に痩せ細ったワインをヨーロッパの辺境の地のコンクールに出品し、賞を取ったと自慢して高額で売り出すなど愚の愚。
 外国の製品のうわべだけを真似して、本質的なところが欠落している。この日本の国はワインや西洋料理に関する限り、ここ百数十年全く進歩していないではないか。

4.ブレンド

 ワインのブレンド。嫌な言葉である。ウイスキーではないのである。しかし、日本のワイン屋はあらゆる場合にこの言葉を用いる。これは単に習慣的なものではなく、これから述べるように、日本のワイン屋のワイン作りに対する姿勢を反映しているものであると筆者は考えている。
1) ワイン先進国の「ブレンド」
 ワイン先進国ではブレンドはどのように行われているのであろうか。フランス語を例にとると、これに相当する言葉は二つある。一つはassemblage、そしてもう一つはcoupageである。
 Assemblageはある畑で出来たいくつかのワインを文字通り均質化するために混合することである。これらは別々のタンクに入ってはいるが、基本的には同じものである。ボルドー等では複数の品種を別々に醸造して混合するが、これらも本来一つのワインを作り上げるために栽培されたものであり、やはり同じものと考えるべきであろう。このassemblageは高級ワインの場合に行われる操作である。
 Coupageは直訳すれば「切る」ことであるが、日本語の「割る」に近く、違う種類のワインを混ぜ合わせることである。言うまでもなくこれは安価な日常消費ワインの場合に行われる操作である。
 フランスに限らず、ドイツなどでも単一の畑で取れたものを丹念に醸造したというのが高級ワインの必要条件となっているのである。
2) 日本のブレンド
 日本では高級ワインと称する、2千円あるいは時には5千円以上もする様なものでさえ、複数のワインを”ブレンド”(coupage)して作られるのが普通である。そのワインが産地名を名乗っているからといって、信用してはならない。そもそも産地名を表示する際の法的な規制など存在しないし、業界内の自主規制はあっても、他産地のワインをかなりの量ブレンドしても良いことになっている。さらにはその○○○○○○○○ない場合が多いし、そればかりか、○○○○○○している場合すらあり得る。そして、ブレンドする他産地のワインといえば、外国産ワインであったり、外国から輸入したブドウで醸造したワインであったりもするのである。
 一方、安価なワインの場合、信じられないようなブレンドが行われている。白ワインに赤ワインを入れてロゼワインを作るなど、本来は論外であるし、水や液糖をブレンドするなど救い様が無いではないか。
3) ワインは絵の具のような物
 ワインは絵の具のような物だという名言がある。それぞれの原色は個性的で美しいが、一方数種の絵の具を巧みに混ぜ合わせると、微妙な味わいを持った、素晴らしい色彩となる。しかし、あまり多くの色の絵の具を混ぜ合わせると、結局は灰色になってしまうのである。日本のワイン屋のタンクを覗くと、時に美しい原色に出くわすことがある。しかし、日本のワイン屋はその個性を伸ばそうとせず、皆灰色にブレンドしてしまうのである。

5.澱下げ・濾過・冷凍処理

 次章に述べるように、日本の消費者の多くは、ワインメーカーの啓蒙活動に対する怠惰な姿勢が生み出す当然の結果として、ワインというものに対して余りにも無知である。そして、メーカーはその無知な消費者の言いがかりにも近いクレームを受けることを恐れ、ワインを過度に磨き上げ、一切クレームが発生しないようにしようとする。
1) 澱下げ、濾過
 買って来たワインの中に澱が入っていると、ワインにゴミが入っていたなどと言い出す人がいる。このような場合、なぜか日本のワイン屋は澱について説明せずに、お客様は神様とばかり、返品に応じてしまうのである。そして、最初から澱が出ないようにワインを作ろうとする。そしてワインの濁りを防ぐためには、タンパク質や重金属などの混濁原因物質をも除去する必要がある。そのために、いわゆる澱下げ剤(卵白、ゼラチンやベントナイトだけでなく、タンニンや、○○○等も含めて)を過度に加えることになる。更には、何度も細かいフィルターで濾過を繰り返す。その結果、肝心のワインの風味までもが著しく損なわれてしまうのである。タンクや樽になかなか良いワインがあったのに、ブレンドの段階で大きく損なわれ、挙句の果てには澱下げ・濾過されて瓶詰めされた物には、全く昔日の面影の無いことを幾度経験したことか。
2) 冷凍処理
 驚くべきことに日本では、ワインの瓶の底に酒石が入っていると、ガラスの破片が混入していたなどと文句を言う人がいたりする。この場合も、日本のワイン屋は酒石について説明せずに、またまた返品に応じてしまうのである。そして、酒石の沈殿を防ぐため、過度に冷凍処理を施すのであるが、ワインの品質に及ぼす影響はともかくとしても、そのための設備予算、人件費及びエネルギー資源の浪費たるや幾許なるや。
 余談であるが、この国ではコルクの表面にカビが生えていたり、コルクの破片が瓶の中にあったりすると返品になるそうである。
 愚かな。

6.日本の醸造家について

 以上に述べたように、日本ではワインが全く出鱈目な作り方をされているが、そのワインを作る醸造家はどのような人間であるのか。日本のワイン作りに体の芯から染まり切った人もいる。しかし、中にはフランスに留学して現地のワイン作りを習ってきた人も少なくないのである。しかし、こういう人に限って、日本は特殊な条件であるから、独自のワイン作りがあるのだと主張する。
 思うに、彼らは皆、日本のワイン作りに染まってから留学している。仮令彼らがフランスのワイン作りの現場に身を置いても、心の中ではフランスは日本とは違うのだと思って、フランスのワイン作りを謂わば傍観して来ただけなのである。そして、フランスではこうだが、日本では所詮違うのだとしか思っていないのである。
 そんなことがあるものかと思われる読者もおられるに違いない。しかし、これは確かである。何せ、筆者は日本のワイン作りの現場に身を置きながら、日本のワイン作りを傍観して来たのであるから。



第1章へ   第3章へ

日本のワイン作り目次   料理とワインのページ   ホームページ