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 翌週の前半は美弥子の仕事が忙しく、悠一と逢う時間が取れなかった。週末にでも逢おうということにしてあったが、悠一は木曜から高知へ行くことを美弥子には話していなかった。
 水曜の夜、早目に寮に戻った悠一は、部屋の中を綺麗に片付け、殆どの物を捨ててしまった。
 「これももう要らんな。」
 悠一は美弥子と逢う時に使っていた地下鉄の回数券の残りを屑籠に投げ入れた。
 翌日、悠一は着替えを詰めた鞄を持って出社し、昼前に吉田電器店へ電話を掛けた。出たのは伸子であった。
 「はい、吉田電器です。」
 「こんにちは。東算プロモーション伊藤です。」
 「あ、伊藤さん。こんにちは。」
 「予定通り午後の飛行機で行きますから。」
 「はい。じゃあ由美子さん迎えにやりますね。」
 悠一はいつもは都営線の宝町駅から羽田へ向かうのであるが、この日は東京駅迄歩いて行った。八重洲の地下街で食事を済ませた悠一は、東京駅の中にある携帯電話会社の支店へ入った。
 「すみません。携帯電話を解約したいんですが。」
 「電話機と印鑑とご本人を確認できるものはお持ちでしょうか。」
 「はい。」
 「ではこちらの用紙にご記入下さい。」
 解約の書類の写しを受け取ると、悠一は八重洲北口から山手線に乗り、浜松町でモノレールに乗り換えた。
 「去年、由美子さんとモノレールに乗ったなあ。」
 悠一は昨年の情報機器展を見に来た由美子を羽田で出迎えた時のことを思い出した。
 飛行機は定刻通り飛び立ち、午後四時過ぎに高知空港に着陸した。ロビーに出て来た悠一が外を見ると、空港の前の道路に赤いボルボが停まっていた。悠一が駆け寄ると、ドアが開いて由美子が出て来た。セーターにジーンズ姿で髪を束ね、化粧はしていなかった。
 「由美子さん、こんにちは。」
 「伊藤さん、いらっしゃい。のびごんが伊藤さんはよ来んかって待ってますよ。」
 「仕事やない時に待たれてみたかったな。」
 「はははは。」
 二人がはりまや町に着いたのは五時頃であった。二階へ上がると、吉田夫人と伸子が夕食の支度を始めたところであった。
 「伊藤さん、いらっしゃい。明日は頑張って貰わなあかんき、今日はご馳走作りますよ。」
 「でもあんまり飲んだらいけませんよ。お父さんもね。」
 「なんや、伸子。折角伊藤さん来てくれたのに。伊藤さん、よう来てくれたな。」
 「どうもご無沙汰してしまいました。しかし、こっちもまだまだ寒いですね。」
 「まあ座って、ビールでも飲も。」
 「ちょっと、お父さん。」
 この夜は結局このビール一本と白ワイン一本を開けただけで、八時過ぎには食事が終わった。しかし吉田夫妻と悠一は積もる話もあり、伸子と由美子も加わって、十時過ぎ迄お茶を飲みながら話し込んでいた。悠一はふと、この家族の一員となってずっとここで暮らすことが出来たらと考えて、俄かに空しい気持ちに襲われてしまった。この時は翌日の仕事の話は殆どしなかったが、従姉妹の文子の話題になって由美子が言った。
 「伊藤さん、明日の教室の二回目、文子ちゃんも聴きに来るんですよ。」
 「え、文子さんもパソコン習うんですか。で、三俣さんは?」
 「旦那は仕事で来れん言うてました。でも文子ちゃんにちょっかい出したらいけませんよ。」
 「はははは。じゃあ、由美子さんにしよかな。」
 「それもいけません。」
 「はははは。」
 翌日のパソコン教室は午後一時半から始まるので、午前中に準備や打ち合わせをすることにして、その夜は皆十二時前には床に就くことにした。しかし悠一と由美子は眠ることが出来ず、皆が寝静まってから居間へ出て来て、未明迄小声で話し込んでいた。



 
十一

 翌日、金曜日のパソコン教室は吉田電器店の近くのホテルの会議室を使用して開催されることになっていた。朝食を済ませるとすぐ、悠一は伸子に連れられて会場へ行き、準備物や進行予定の確認をした。伸子が演壇を指差して言った。
 「じゃあ、演壇とマイクの位置はこれでいいですね。後は何か要る物ありませんか。」
 「これでええと思います。ところでこの金屏風は何なんですか。」
 「この部屋、結婚式にも使うから置いてあるけど、綺麗やからこのまま使いましょ。」
 「結婚式か。じゃあ後で二人でこの屏風の前で写真だけ撮りましょか。」
 「じゃあ由美子さん来たら撮って貰いましょ。」
 悠一はこんな冗談が言える自分と伸子が不思議に思われた。伸子がいとおしいような切ないような言いようのない感情を振り払うかのように準備を続けた。
 やがて由美子も会場に現れた。紺のスーツを着、綺麗に化粧をして髪を靡かせて歩く由美子は別人のように美しかった。準備が終わると、三人はホテルのレストランで昼食を簡単に済ませた。
 吉田社長も到着し第一回目のパソコン教室が始まったのは、定刻の一時半を五分程過ぎた頃であった。由美子が司会を務め、吉田社長は簡単に挨拶だけして、すぐに店へ戻った。その後吉田夫妻は店番をしながら交代で会場を覗きに来ていた。
 第二回は四時からの予定であったが、十分ちょっと遅れて始まり、終了した時には六時半になっていた。受講者を送り出してから、悠一が伸子に声を掛けた。
 「お疲れ様。やっと終わりましたね。これから片付けが大変や。」
 「この会場、明日の昼迄使わん言うちょったき、大雑把に片付けといて、後は明日の朝やりましょ。」
 とは言うものの、一通り片付けが終わってホテルを出た時には七時半を回っていた。この日の夕食は皆で外食することになり、吉田家の行き付けの中華料理屋で打ち上げが始まった。ここには文子も参加した。
 「伊藤さん、どうもお疲れ様でした。」
 「皆さんのお蔭で無事終わりました。ありがとうございました。」
 「まずは乾杯しましょ。」
 「はい、伊藤さん、コップ持って。」
 「あ、どうも。」
 「じゃあ乾杯。」
 「乾杯。」
 暫くして悠一が文子に話し掛けた。
 「文子さん、新婚生活はどうですか。」
 「え、まあ、ぼちぼちですね。」
 「伊藤さん、文子ちゃんはもうアツアツのベタベタで大変なんですよ。三俣さんもすっかり文子ちゃんに首っ丈で、見てる私迄火傷しそう。」
 「ははは、由美子さんは違うことでも火傷しとるんとちゃいますか。それはともかく、三俣さん、前の奥さんのことなんかすっかり忘れて、もう文子さんしか見えんようになってますね。」
 「前の人のことなんか思い出したら絶対に承知しません。」
 「ははは。ご馳走様。」
 文子は由美子が車で送って行くことになり、残りの四人が吉田電器店に戻ったのは十時過ぎであった。悠一が風呂に入っている間に由美子も帰って来た。十二時頃には皆床に就いたが、悠一と由美子だけは眠れぬ夜を過ごした。

 吉田家で皆が床に就いた頃、美弥子は仕事を終えて成城の家へ帰って来たところであった。美弥子の部屋の壁にはドライフラワーが飾ってあった。昨年の春、悠一が初めてこの部屋を訪れた時に持って来た赤い薔薇の花束である。美弥子は悠一にプレゼントされた指輪のケースを開き、ダイヤをじっと眺めていた。そして右手で指輪を取り出すと、そのまま左手の薬指に嵌めようとして、はっと気が付いたように左手に持ち替え、右手の薬指に嵌めた。
 暫くぼんやりしていた美弥子は受話器を取り、悠一の部屋の電話を呼び出した。
 「おかしいわね。まだ帰ってないなんて。携帯に掛けてみよ。」
 悠一の携帯電話を登録してある短縮番号を押した美弥子は、思わず「えっ」と驚きの声を上げた。
 「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度お掛け直し下さい。」
 もう一度掛け直して見たが、同じであった。美弥子は言いようのない不安感に襲われ、指輪をじっと見詰めた。ダイヤが妖しい輝きを放ったその時、ドライフラワーの薔薇の花弁が一枚外れ、音もなく床へ落ちて行った。



 
十二

 「伊藤さん、はよ起きて、ご飯食べて下さい。朝の内に片付けに行かんならんき。」
 明け方になってから眠りに就いた悠一が伸子に起こされたのは、翌朝八時半過ぎのことであった。朝食を済ませた悠一は、由美子と共に伸子のクラウンに乗り、ホテルへ向かった。パソコン教室の会場に使った部屋を片付け、パソコンなどを車に積んで帰って来たのは昼前のことであった。夫人が三人を出迎えて言った。
 「伊藤さん、お疲れ様。帰りは夕方の飛行機やったね。」
 「はい。」
 「もう一日おったらええのに。」
 「そうも行かんのです。」
 「まあ、折角やから、若い人らでお昼美味しいものでも食べて来たらどうです。由美子さん、こないだ言うちょった店どうやろ。土曜日なら開いちゅうろ。」
 「うん。じゃあ、お姉ちゃん、久し振りにあそこ行って見よか。」
 こうして三人は郊外のレストランで食事をすることになった。
 「伊藤さん、折角やからワイン飲みましょか。」
 「ちょっと、由美子さん。あんた伊藤さんを空港迄送ってくろ。飲酒運転になるが。」
 「こないだ信号無視で捕まったとこやし、やめとこか。じゃあ、伊藤さんはグラスワインでもどうぞ。」
 「いや、僕だけ飲むのも変やし、やめときましょ。」
 こうして最後の昼食が始まった。サラダに入っている卵を食べながら悠一が尋ねた。
 「そう言えば今朝、卵なかったけど、土佐ジローはどうしました。」
 土佐ジローというのは高知県で開発された地鶏の一代交配種で、その卵は県内でも一個数十円で取引される。吉田家ではこの鶏を一つがい、数年前に親戚から貰って来て飼っていたのである。伸子が答えた。
 「ジロー、暮に二羽とも死んでしまいました。」
 「え、そうやったんですか。それは残念でしたね。」
 その時、由美子が呟くように言った。
 「死ぬってどういうことやろ。」
 悠一もやや低い声で、深刻な表情で答えた。
 「由美子さん、死ぬっていうことはねえ。」
 「はい。」
 「死ぬっていうことは、モーツアルトが聴けなくなるということなんですよ。」
 「ははは、何、それ。」
 「伊藤さん、それってアインシュタインの言うた言葉でしょう。」
 「ははは、伸子さん、よくご存知ですね。」
 「土佐ジローがモーツアルト聴いてどうするんですか。」
 「卵の味が良うなったりして。」
 「はははは。」
 「はははは。」
 三人が帰って来たのは三時前であった。吉田社長が言った。
 「伊藤さん、五時の飛行機やったな。」
 「はい。」
 「もう一杯やる時間もないけど、まあお茶でも飲んでゆっくりしとり。」
 「ありがとうございます。」
 「由美子、三時半頃出るか。」
 「うん。私、伊藤さん送った後、友達と約束あるき、遅なるからみんな先寝ちょって。」
 「こないだ野場さん送ってった後もえらい遅かったな。」
 「うん・・・。」
 悠一が荷物をまとめ終わってお茶を飲んでいると、由美子が着替えて出て来た。悠一は由美子の服装に見覚えがあった。ブラウスもスカートも、一年前の情報機器展で東京へ来た時と同じものだったのである。左手にはやはりその時着ていたのと同じコートを持ち、右手にはその時と同じ大きなバッグを提げていた。由美子は居間にいる悠一以外、誰も見ていないことを確認すると、そっと戸棚の引出しを開け、鍵を一つ取り出して、素早くコートのポケットに忍ばせた。
 由美子は悠一に目配せすると、家族に声を掛けた。
 「じゃあ、私、伊藤さん送ってくね。」



 
十三

 「伊藤さん、また来て下さいね。」
 「また何か面白い企画考えて呼ぶき。」
 「色々とお世話になって、本当にありがとうございました。」
 「伊藤さん、行きましょ。」
 由美子の赤いボルボに荷物を積み込んだ二人は、はりまや町の吉田電器店を後にした。東へ向かって走り出した車は、空港へ向かう南国バイパスから外れ、川沿いの狭い道に入って南へ向かった。
 「由美子さん、またあの船に乗るんですね。」
 「はい。」
 二人は浦戸湾を渡る無料の連絡船の船着場で船を待った。
 「急に暖かくなって来ましたね。」
 「ええ。少し曇って来たし、今晩は寒くなさそうですよ。」
 船に乗り込むと悠一と由美子は車から降り、黙って潮風に吹かれていた。もう二人に言葉は必要なかった。
 浦戸の別荘に着くと、由美子はコートのポケットから鍵を取り出して、ドアを開けた。二人はコートを壁に掛けると、奥の食卓の横に荷物を置いた。
 「伊藤さん、まだ日も暮れんし、一杯やりましょ。」
 「あっ、そのワイン!」
 由美子がバッグから取り出したワインを見て悠一は声を上げた。
 「ドメーヌ・コッシュ・デュリーのムルソー・シャルムやないですか。」
 「はい、去年銀座で一緒に飲んだワイン、卸団地のワイン屋で偶然見つけたんです。」
 そう言いながら、由美子はワインクーラーにワインの瓶を入れ、冷蔵庫から氷を取り出した。
 「そうや、海を見ながら飲みましょ。」
 悠一は氷水を入れたワインクーラーを持ち、ワイングラス二個とソムリエナイフを持った由美子に従って階段を昇って行った。由美子は扉を開け、テラスの白いテーブルの上にグラスを載せた。悠一もその横にワインクーラーを置いた。二人は黙って目を合わせ、にっこりと微笑み、並んで海に向かって座った。
 「ほんと、ええ景色ですね。」
 悠一の言葉に由美子は黙って頷き、軽く微笑んだ。
 二人は暫くの間、無言のまま海を眺めていた。
 「そろそろ冷えましたか。」
 「まあ、あんまり冷やさんでもええワインやし、開けてゆっくり飲み始めましょ。」
 悠一はそう言うと、ソムリエナイフでワインを抜き、二人のグラスに注いだ。
 「伊藤さん、今日はテイスティングしないんですか。」
 「これから二人でゆっくりテイスティングしましょう。」
 二人はそれから余り言葉を交わすこともなく、満ち足りた表情でワイングラスを傾けていた。やがて日が沈み、辺りがすっかり暗くなってしまった頃、ワインは空になった。
 「由美子さん、そろそろ入りましょか。」
 「そうですね。」
 二人は一階に下りてワインクーラーを片付け、グラスを洗って戸棚にしまった。
 「伊藤さん、お腹空いたでしょう。おにぎりありますよ。」
 「おにぎりですか。あ、それは・・・。」
 「はい、村上さんが持って来た赤米をおにぎりにして冷凍してあったんです。」
 由美子は赤いおにぎりを二つ、電子レンジに入れて温め始めた。
 「由美子さん、この赤米って、赤飯のルーツやそうですね。」
 「ええ、聞いたことあります。」
 「子供の頃、街の百貨店で赤飯のおにぎり売っとって、母がそれを初めて買うて来た日に、飼うとった犬が車にはねられて死んでしもたんです。」
 「あら。」
 「そして、次に買うて来た時には母の友達が事故に遭って入院して、その次の時には母が急病で入院したんです。」
 「へえ、そんなことがあったんですか。」
 「偶然やと思うけど、それから赤飯のおにぎりは買わんことにしたんです。」
 「でも今日のは普通の赤飯と違って、そのルーツですから。」
 「はい。僕らのおめでたい門出にぴったりのご飯ですね。」
 その時、電子レンジがチンと鳴った。
 「お茶入れますね。」



 
十四

 「伊藤さん、お風呂入りましょか。」
 「一緒に?」
 「まさか。」
 「冗談冗談。じゃあ、海水汲まな。」
 「海水汲むポンプ、お父さんおらんとよう分からんから、普通のお湯でいいでしょ。」
 そう言うと、由美子は浴槽に水を張ってガスを点け、二人分のタオルを用意した。脱衣所から出て来た由美子はバッグを開けて着替えを確認した。悠一も鞄からパジャマを取り出した。
 「そろそろ沸いたかな。湯加減見て来ますね。あ、そろそろええわ。伊藤さん、先入って下さい。」
 「いや、レディーファーストで由美子さんからどうぞ。」
 「そうですか。じゃあお先に。でも覗いたらいけませんよ。」
 「それなら覗くのはやめて、想像するだけにしとこ。」
 「はははは。」
 やがて風呂から上がって来た由美子は、パジャマを着て頭にタオルを巻いていた。悠一は吉田家に泊まった時に何度も由美子のパジャマ姿を見ているので、特別な感情を抱くことはなかった。むしろ、化粧を落とした由美子は、悠一が初めて会った頃の学生時代の由美子のように純粋に感じられた。
 悠一も続いて入浴し、パジャマに着替えて出て来た。
 「伊藤さん、文旦食べましょ。」
 由美子は土佐文旦に包丁を入れ、剥き始めた。
 「由美子さん、文旦ってグレープフルーツの親戚やそうですね。」
 「あ、そうか。そう言えば似てますね。」
 二人は文旦を食べ始めた。
 「由美子さん、グレープフルーツジュースのニュースやっとったん、覚えてますか。」
 「え、何ですか、それ。」
 「どっかのお医者さんの研究によると、グレープフルーツジュースを飲むと薬の吸収が良うなって、二倍効くようになるそうですよ。」
 「へえ。」
 「そやから、薬飲む時にグレープフルーツジュース飲むと危ないことがあるから気を付けよって。」
 「じゃあ、文旦、丁度良かったですね。」
 二人は文旦を三個食べてしまった。
 「そろそろ寝ましょか。」
 「はい。」
 二人はそれぞれバッグから紙袋や瓶を取り出した。由美子は水差しとコップ二つを用意して盆に載せ、悠一と共に二階へ上がって行った。
 二人は和室に五十センチ程間隔を開けて布団を二枚敷き、その間に水差しと薬を置いた。
 「ちょっとお手洗いに。」
 「あ、僕も行きとなってきた。じゃあ、僕は下へ行って来ます。」
 由美子が二階のトイレから出た時、悠一も階段を上がって来た。
 二人は水差しと薬を挟んでそれぞれ布団の上に座った。
 「由美子さん、どれくらありますか。」
 「二週間分貯めてあります。」
 「睡眠薬ってなかなかまとめてはくれませんからね。僕は二箇所の病院で貰いました。こっちが二週間分にこっちが十日分。あと、この瓶は普通に薬局で買えるやつです。」
 「これだけあれば十分でしょ。やっと眠れますね。」
 「はい、やっとゆっくり眠れます。」
 二人はコップに水を注ぎ、薬を分け合って飲み始めた。その様子はまるで幼い兄妹が仲良く菓子をつまんでいるようであった。薬を殆ど飲み終えた頃、先ず悠一が欠伸をした。由美子もつられて欠伸した。
 「じゃあ、おやすみなさい。」
 「おやすみなさい。」
 悠一と由美子はそれぞれの床に横になり、布団を被って目を閉じた。程なく、二人は前後して深い眠りに落ちて行った。



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 この作品はフィクションであり、登場する人物・団体等は実在のものとは一切関係ありません。