6− エノロジー その4

 前回までで通常のワイン,つまり食事中に飲まれる普通のワインがどのようにしてつくられるかおわかりいただけたものと思う.最後に特殊なワインのつくり方とワインの鑑定について述べ,本講座を終了させていただく.

甘口ワインの醸造法
 通常のワインは残糖分がごく微量(例えば2g/l以下)であるが,甘口ワインとは糖分が数%あるいはそれ以上残っているもので,通常は白またはロゼワインである.これをつくるには,次のような方法がある.
1)発酵を途中で止める
 例えばアルコールを13%(容量%)生じ得るだけの糖分を含む果汁を発酵させ,アルコールが11%になったところで発酵を止めれば約4%の糖分が残った甘口ワインができる.発酵を止めるには,亜硫酸を多め(200〜250ppm)に加え,冷却するのが一般的である.そしてさらに濾過または遠心分離で酵母を除いておくのが確実な方法であるが,とりあえずスーティラージュだけしておく場合もある.
 ドイツでは果汁の一部を保存しておいて辛口ワインに混ぜる方法もあるが,フランスでは聞いたことがない.
2)糖分が極度に高い果汁を原料とする
 ブドウを干して糖分を高めるものや,ブドウを凍らせて搾るものなどもあるが,やはり貴腐(pourriture noble)にとどめをさす.貴腐とは,ブドウにBotrytis cinereaというカビが生え,水分が失われた状態になることで,収量は数分の1に落ちるが,糖分が2倍くらい濃縮された果汁が得られるのである.しかし運が悪いと,B. cinereaが生えてもブドウが腐ってしまうだけのこともある(灰色カビ病pourriture grise).うまく腐って貴重なワインができたら貴腐ワインといったところである.
 この濃厚な果汁にチアミンを加えて,低温で丁寧に発酵させればかなりのアルコール度数まで発酵する.昔は自然に発酵が止まるまで放っておいたので年によってアルコール度数と甘さがまちまちだったようであるが,今日では適当なところで発酵を止めることが多い.
3)アルコール添加
 ブドウ果汁を発酵させないでいきなりアルコールを加える,あるいは少し発酵させ,まだ糖分が残っているうちにアルコールを加えれば,甘味もアルコールも十分にあるワイン(?)ができる.前者をミステル(mistelle),後者をヴァン・ドゥー・ナチュレル(vin doux naturel)またはヴァン・ド・リキュール(vin de liqueur)と呼ぶ.ヴァン・ド・リキュールはミステルの意味に用いられることも少なくない.これらはいずれにせよ,糖分が再発酵しないようにアルコール分を高め(15%以上)にする.
 ミステルは果汁が発酵していないのでグルコースとフラクトースがほぼ同量含まれるが,ヴァン・ドゥー・ナチュレルは一部発酵しているのでグルコースが少なくなっていることによって区別できる.

発泡性ワインの醸造法
 ワインにボンベから二酸化炭素を入れて発泡性ワインをつくってもあまりおいしくない.通常は酵母による発酵でできた二酸化炭素を閉じ込めるのであるが,最初から密封しておくわけではない.普通にワインをつくるときに出る二酸化炭素を全部ワイン中に閉じこめたらタンクが爆発するか,その前に酵母が圧死して発酵が止まってしまう.通常は発酵を2回に分けて行い,2回目の発酵でできる二酸化炭素だけを閉じこめるのである.
 まずは伝統的方法(methode traditionelle)について述べよう.最初にアルコールが低め(10〜11%)のワインをつくる.やや寒いところのよく熟したブドウで補糖を控えめにすればよいのである.F.M.L.も行っておく.これにショ糖(約24g/l)と酵母を加え,瓶に詰めて王冠で栓をする.これを涼しいところへ放置しておけば,徐々に発酵が始まってやがて糖分がなくなり,アルコールと二酸化炭素が生成する.栓をしてあるので二酸化炭素はワインに溶けたままになる.これをそのまま放置して熟成させると,二酸化炭素がワインに馴染んでくるし,酵母の死骸から旨味が抽出される(シュル・リー).昔はこれをそのまま飲んでいたらしいが,これではワインが酵母で濁っている.これを除くために随分と面倒なことをするのである.
 丸い穴があいた木の板を斜めに立てたもの(pupitre)に瓶の首を差し込む.最初は水平に近くしておき,毎日少しずつ回転させながら徐々に立ててゆく.数十日後には瓶が垂直に近くなり,口元に酵母等が集まっていることになる.これを逆さにしたまま先のほうだけを冷媒に漬け,酵母の固まりを凍らせる.凍ったら瓶を上向けて栓を抜くと酵母を含む氷の固まりが飛び出す.これに飛び出した氷と同量のワインを加えて素早く栓をすれば完成である.このとき甘味の調整のための糖分と香り付けのコニャックなどを加えることが認められている.
 伝統的方法はある程度機械化したとしても,コストが非常に高くついてしまう.やや安価な発泡性ワインはシャルマ方式(methode Charmat)という方法でつくられる.これは発酵タンクから配管,濾過機,瓶詰機まですべて耐圧性の設備を使用して,タンクで2回目の発酵を行い,ガスを逃がさずに瓶詰めするものである.

デギュスタシオン
 ワインを記録する際,外観,香り,味の3点を必ず記録する.皆さんならきっと,「このワインの濁度はこれこれ,可視光吸収スペクトルは図の通りです.香気成分の分析結果は別紙の5種類のガスクロと3種類の液クロの結果から表の通りになります.また酸度はこれこれ,糖度はこれこれで,別紙の液クロなどの結果から,有機酸,アミノ酸,ペプチド,糖類の組成は表のようになりました.」というふうに考えるであろう.これがソムリエなる人にかかると,「このワインの色は深いルビー色で,透明度が高く,グラスの縁にかすかに煉瓦色が認められます.香りは赤い果物,特にフランボワーズやフレーズデボワの香りに,少しカシスのジャムを思わせる香りが加わっています.またかすかにバニラの香りもありますが,これはどこそこ産の樽材に由来するものです.アタックが非常に柔らかくしなやかでビロードのような喉越しですが,口中ではよく熟したタンニンの収斂性がしっかりと感じられ,余韻は非常に長く・・・」というようなことになってしまうのである.
 実はこのどちらもが大切である.分析は重要な情報を与えるが,主要な分析値がほぼ同じ2つのワインが味も香りも値段も全く異なるものであることは珍しくない.また,分析可能な全ての成分を混ぜ合わせて人工的にワインをつくろうとしても,およそ似ても似つかぬものしかできない.やはり人間の鼻と舌で感じる印象が最も重要で,その表現が幾分非科学的になるのはやむを得まい.
 しかしながらワインが,あるいはソムリエが敬遠される理由のひとつにその用語の不可解さがある.ワインを形容する言葉が我々普通の日本人の日常とはかけ離れているのである.ロゼワインの色を聞いたこともない鳥の目の色と言ってみたり(まるで古今伝授三鳥),見たこともない果物の香りがすると言われても困ってしまう.これは昔のフランス人が表現したものを直訳するからこうなるのであるが,改めて日本語で表現しようとする試みはなかなかうまくゆかないようである.例えばシャブリというワインの独特の刺激的な香りを火打ち石の香りと言ってみたり,石灰質土壌に由来するミネラルの香りなどとわけのわからぬことを言う人がいる.しかしシャブリを何百本か飲んでいると,目の前のグラスにワインを注がれただけで,漂ってくる香りからそれがシャブリだとわかるようになる.その独特な香りを火打ち石とかミネラルとか言うのだと納得すると,他の表現を考えなくなってしまうものである.
 さて,ヨーロッパの高級ワインが高級ワインであると公式に認定されるためには,必ず分析と官能検査を受けることが必要である.法律で定められたつくり方で規定通りのアルコール分等があるうえで,その高級ワインの名にふさわしい色,香り,味であることが求められるのである.ワインの官能検査のことをデギュスタシオン(degustation)と呼ぶ.「味見」というほどの意味である.
 ちなみにソムリエ試験などではグラスに注いで出された未知のワインを味わって,数分以内で表1の項目をまとめなければならない.これらはもちろん栽培・醸造に関する科学的な知識に裏打ちされたものでなければならない.

表1 ワイン鑑定のチェックポイント
項目内容
外観色調、濃淡、透明度等
香り香りをさまざまなものにたとえて表現
甘味、酸味、タンニン、アルコール度数等
総合評価全体のバランス、印象等
産地産地を当てる、似たタイプの産地でも可
ブドウ品種外観、香り、味の特徴から推定
価格そのワインの値打ちを評価
料理との相性そのワインと合う料理を指摘

おわりに
 最初にお断りしたように,本講座の内容は主として筆者がフランスで得た知識をもとにまとめたものである.したがって,日本で通常使われている用語とは異なる訳語,あるいは日本では一般には行われていない方法や認知されていない事柄も含まれていたことかと思う.また,何分素人のことゆえ多少の誤りもあったかも知れない.しかしながら,本講座によって読者のうちの何人かの方がviticultureとoenologieに興味を持っていただけたなら,筆者にとっては望外の喜びである.
 本講座の内容はワインを楽しむためにはほとんど役に立たない.ソムリエ試験にもあまり関係なさそうである.もしフランスの大学でワイン醸造を学ばんとする読者がいらしたなら役に立つであろうが,まあ,いないだろう.ただ,これだけワインが急速に普及した昨今,読者の皆様の知的好奇心を少しでも満足させられたなら何よりである.
 なお,男性読者諸氏が女の子をワインバーに誘ってここで得た知識をひけらかしたなら,嫌われること,請け合いである.

   
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