とある写しの恋煩い

――3話・とある審神者の深刻な悩み――



炎が絶える事のない、本丸の鍛刀場にて。
日課の鍛刀は、鴇環(ときわ)の審神者にとって憂鬱な時間だ。
ツーサイドアップに結わえた亜麻色の髪を揺らす彼女の、気弱な柘榴石の瞳。
そこには、すでに諦観の色が色濃い。
「主、嫌なら無理しないでいいよ?」
「大丈夫。1回だけだし……。」
気遣う加州に返事をしながら、彼女は鍛刀を行う刀匠式神達に資源を預ける。
小人のような姿の式神達が、資源をてきぱきと所定の場所に運び込む。
時間表示は一時間半。
順調に完成すれば、打刀が顕現できるはずだ。
「……お願い!鍛冶の神様、お願いします!!」
パンと音を立てて合掌し、彼女はひたすら作業する式神を拝む。
ひとしきり祈った後は、恐る恐る手伝い札をかざす。
燃え盛る炉に向けて、彼女の霊力が一気に抜け出ていった。
活性化した式神が、猛スピードで付喪神の媒体を仕上げていく。

そして、見慣れたすすけた鉄の塊が出来た。

「ま、また……だめ、だった……。うっ……うう……。」
涙目になった鴇環は、顔を覆ってふるふる肩を震わせた。
目の前の鉄の塊は、刀の失敗作だ。
何の使い道もない、このままでは再利用すら出来ない、ただの産業廃棄物である。
「主、泣いていいよ。思いっきりさ。」
「う、うわぁぁぁん!ごめんね、ごめんね、ごめんなさいぃぃぃ!!」
誘われるがまま初期刀の胸に飛び込んで、鴇環は泣いた。
もう加州はこの流れには慣れたもので、よしよしと不憫な主人の背中を撫でる。
彼女は時々、こうして心の堤防が決壊して泣き喚く。
実を結ぶ見込みのない努力ほど、虚しくつらいものはない。
「何で主ばっかり、こんなに苦労させられるんだろうねー。
打刀の顕現が楽って、実は与太話なんじゃないの?」
失敗作の刀を、加州は恨めしげに見る。
鍛刀場の時計に、鴇環は何度淡い期待を抱かされ、そして絶望させられただろう。
もうすでに、彼の主人は打刀が顕現する配合を、
日に一度の罰ゲームのような感覚で行っているのだ。
戦力をどうしても整えないければいけないから、やめるわけにもいかない。
「思えば私、だめ審神者一直線ですよね……。
いまだに審神者の友達も居ないし、うっ、うう……。
きっと、きっとこんなコミュ障だから鍛刀も……。」
どんどん自虐のスパイラルに陥ろうという時、もふっとした感触が鴇環の足に当たった。
管狐の式神・こんのすけだ。
「何言ってるんですか、主様!
ちょっと人見知りな位で刀剣が降りてこない事があるんなら、
今頃ブラック本丸で被害にあう希少刀は居ませんよ?
あんなくずの下こそ、真っ先に回避案件ですからね!」
もふもふの胸を張って、こんのすけは鴇環を力いっぱい励ました。
彼はいつだって明るく頼もしく、気弱な主人を支えてくれる相棒の1人だ。
「こんのすけちゃん……うう、いつもごめんね。」
「ほらほら、目が腫れてしまいますよ。」
こんのすけは保冷剤を持ってきていた。目を冷やせという気遣いである。
さすがは審神者のサポートに特化した式神。気が利く。
「ねえこんのすけ。うちの鍛冶場ってやっぱ不良品なんじゃないの?
前、式神も不良品で1回交換したじゃん。」
「私もそんな気がしますけど、一向に申請が通らないんですよね。
どうも後回しにされているみたいです。」
保冷剤で目を冷やす主の背中を撫でさすりながら、
加州はぶすっとした顔で問いかけた。
それに対するこんのすけの顔も、またふてくされたものである。
刀剣達程ではないかも知れないが、こんのすけの契約者も審神者であるため、
どちらかといえば主人贔屓の思考をする。
彼もこの状況には不満しかないのだ。
「ほんとー?ったく、役立たずだな。
主はこんなに困ってるって言うのにさ。」
「まだ、打刀の媒体が見つかる時代に出向くのは、つらいものがありますしね。」
ある程度の刀剣が揃うまでは、いかに速やかに戦力を整えられるかが鍵となる。
それ故に、打刀以上の刀剣の顕現が全く成功できない鴇環は、大幅な苦戦を強いられていた。
何しろ就任後1ヶ月以内に、2本目の打刀、
または最初の太刀が顕現出来ない審神者というのは、普通居ないのだから。
「……俺も、なかなか刀を拾ってこれないしね。
うーん、そりゃ運がいいって自信は元々ないけどさ。」
加州は渋い顔だ。彼は来歴から言えば、あまり運に恵まれない。
その影響かは不明だが、戦場でもなかなか刀剣の媒体を拾えないのだ。
短刀と脇差は問題なく本丸で作れるため、マシではあるが。
「本当、何とかしないと……。
成績も、落ちこぼれ一直線だもん……。」
どんよりと顔を曇らせて、鴇環がぼやく。
戦力が平均的な本丸以下である以上、当然ではあるが、彼女の本丸の戦績は芳しくない。
その件で、担当者から嫌味を言われたり、叱責された回数はもう数え切れなかった。
「そういえば主様、先日の演練では年の近い方とアドレス交換されたそうですね。」
今思いついたというような顔をして、こんのすけは話題を切り替える。
暗い顔だった鴇環は、急な話題転換に驚いた様子を見せた。
「え、うん。確か、火輪さんっていったかな?」
「いい機会です。
友達1号になっていただいたらどうでしょう?」
「ええっ、どうやって?!」
こんのすけからの、彼女にとってはとっぴな提案。つい挙動不審になる。
しかし、こんのすけは続けてこう言った。
「仕事のお話で構いませんから、ためしにメッセージを送ってみては?
主様はよくさにわネットを覗いていますけど、
身近に相談できる友人も居るに越した事はないですよ。」
「うう、でもいきなり馴れ馴れしいって思われたら……。」
確かに鴇環は、同業者との交流がない。
審神者専用の総合サイト内に設置された、半匿名の交流掲示板の利用が精一杯なのだ。
顔を会わせる友人は欲しい所だが、生来の人見知りと心配性が二の足を踏ませている。
「アドレス交換は向こうからいってきたんでしょ?
だったら、むしろ話しかけられたら嬉しいんじゃない?」
「そ、そうかな?」
こんのすけに加担して、加州もここぞとばかりに交流の後押しを図る。
このままの生活では、どちらにしろ埒が明かない。
今までと違う試みが必要なのだという事は、彼も承知なのだ。
そうとは知らず、鴇環は急な連絡を迷惑と思われる心配ばかりしているが。
「そうだよ。だって、話しかけられてうざい奴に連絡先なんて教える?」
「……それもそっか。」
言われてみれば、加州の指摘通りである。
少し考えてから、鴇環は決意した。
「うん、頑張ってみます!
友達になって、それで……本丸に行ける位仲良くなって。」
彼女の脳裏に浮かんでいるのは、さにわネットで見聞きした審神者の交流話。
親しい審神者の本丸を訪ねてお茶をしたり、お泊りをしたり。
そんな楽しい交流に、彼女は淡い憧れを抱いていた。
打刀以上の刀剣の鍛刀よりは、よっぽど叶う見込みがある。
「そうです、その調子です!文面に困るなら、私が手伝いますよ!」
「本当?!ありがとう!」
鴇環は声を弾ませた。
そこが最大のネックだったので、
手助けをこんのすけから申し出てくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「ご存知の通り、審神者は閉鎖的な職場環境ですからね……。
横の繋がりを強くしておくに越した事はありません。」
「そーそー。いざって時に力になるのは、結局人脈なんだよね。
当てを作っておくのは、俺も大賛成!」
2人の言葉を聞く鴇環は、真剣そのものだ。
言っている事はもっともであるし、全面的に同意できる。
彼女は心配性である一方、周囲の勢いには少々流されやすくもあった。
「じゃあ、さっそく……下書きでも。」
「おお、善は急げ出すね!」
「そうだねー。でも、さすがにここじゃなくて執務室でやらない?」
その調子ですよと囃すこんのすけ。気が早いとからかう加州。
そんなやり取りがこそばゆくて、つい頬を緩ませながら、
鴇環はどんなメッセージを送ろうか、思案を始めるのであった。


それから3時間後。火輪の審神者の本丸の執務室にて。
「うん?」
「どうした?」
急に声を上げた女主人を不思議に思って、山姥切が声をかけた。
「やー、送ろうと思ったら向こうから来てたわ。
あ、鴇環ちゃんのメッセの話ね。」
「向こうから?
……いや、連絡先を交換したなら、おかしくはないんじゃないか?」
今後連絡を入れる予定があるからこその、連絡先交換であろう。
山姥切の疑問はもっともである。
「そりゃそうだけどさー。
あそこで話した感じだと、ヒトミシリーだったから、予想外だわーって。」
「……で、内容は?」
「興味ある?演練のお誘い。
で、その後時間があったらお茶しないかってさー。」
「その……裏は、ないだろうな?実は差出人が違うとか……。」
一目惚れした女性に、向こうから再会の機会を持ちかけられたのだ。
彼は舞い上がる気持ちを抑えようと、後ろ向きな可能性がつい口をつく。
もっとも、浮かれた気分はぱらぱら桜の花びらがこぼれる事で、台無しだが。
ちなみにこの、刀剣の精神高揚時に舞い散る桜。
結構な喜びを感じている時でないと生じないので、浮かれ具合もお察しである。
「おいこらキョドるなー。落ち着きなって。
ほら、間違ってないでしょ?それに、これ名前変えられないんだから。」
「ああ、確かに……彼女の名前だな。」
山姥切の頬がほんのり熱くなる。
据え置き端末の画面には、確かに鴇環の署名と審神者紋が浮かんでいる。
審神者が端末でメッセージやデータを送信する際の署名は、手入力ではなく自動で記される。
身元の偽装防止の仕組みだ。
よって、これは間違いなく彼女が送ったメッセージである。
「何でそこで照れてんのあんた。キモいんですけどー。」
頬を染めた近侍の様子を気味悪がって、火輪は辛辣な言葉を吐く。
酷い言い草に、彼はぴくっと眉を吊り上げる。
「うるさい男の純情だ。」
「ピュアッピュアな事言うな!エロい夢見てたくせに!!」
「その話はやめろ!いや、頼むからやめてくれ!後生だ!!」
思わず声を張り上げる。
鴇環に出会ってまもなく見てしまった淫夢は、
山姥切の中では墨で塗り潰しても足りない黒歴史だ。
「はいはい。とりま、ラッキーなんだから素直に喜んどきゃいーの。」
「話がうまく運びすぎている時は、気を引き締めるのも大事じゃないか?」
「あんたの恋愛がうまく行って困るのって、
ぶっちゃけあっちの本丸の連中くらいでしょ。」
馬鹿な事を言うんじゃないと、火輪はマニキュアを塗った爪で山姥切の額を小突く。
爪が刺さって地味に痛い。
「とにかくー、次が最初の山だよねー。頑張んなきゃねーっとぉ。」
のんきに言いながら、彼女は予定を確認する。
それを傍らに見ながら、山姥切は真剣な面持ちでこう呟いた。
「俺に出来るだろうか……。」
「いや、まだあたしの仕事だから。
人見知りの女子が男にぐいぐい来られたら、めっちゃドン引きするからね?分かってる?」
神妙に考え込む山姥切に、呆れ顔で火輪がつっこむ。
初対面では同世代の同性にすらとても緊張する少女が、異性とうまく話せるわけがない。
「あ、ああ……そうだな。
あまり、怯えさせる事になってもいけないな。」
向こうから舞い込んできた提案に、山姥切はやはり平静ではなかった。
貴重な機会を逃してはいけないという、焦りもあっての事だが。
「あんたが、しょっきりみたいにコミュ力がカンストしてりゃいいけどね〜。
むしろ序盤『何こいつ』って思われる方じゃねー。」
「ほっといてくれ……。どうせ俺に、社交性の三文字はない。」
「うっわへこんだ。めんどくさっ!」
「あんたのその、何でもすぐに口に出す癖は直した方がいいと思うぞ。」
卑屈な気持ちに傾きながらも聞き捨てならない言葉には、しっかり反論する。
ずけずけと物を言う勝気な主人のあしらいは、何だかんだで山姥切は慣れている。
「モデルの仕事中はやんないしー。って、それはいいの!
それより、お茶かー……。」
「何か妙案でもあるのか?」
「まー、任せときな。」
ちょいテクだよと言い足して、火輪はささっと返信を打ち込んだ。


彼女が返信した、演練とその後のお茶の誘い。
誘いを快諾したメッセージの中には、こう添えられていた。
“せっかくの女子トークだし、お茶に連れてくのは近侍だけでいいかな?”

連れて行く刀剣が一部隊丸ごとでは、必然的に鴇環との会話が難しくなる。
それを出来るだけ避ける方策だったが、
この提案に、しばらくして了承の返事が来た事で、火輪の思惑は見事に通る事となった。



そして二度目の演練当日。
「あの、ちょっと……いいですか?」
「ん、何?」
「その、試合の動画撮影の申請をするんですけど……。
ええっと、迷惑だったりしますか?」
「いいよいいよ、じゃんじゃん撮っちゃって。減るもんじゃないし。
っていうか、別に気にしなくてもいいんだしさ。」
「そ、そうですか?」
「そーいうもん。別にうちらはスポーツしてるわけじゃないし。」
「あ、そ、そうですね……。」
鈴を転がすような声は、緊張でやはりうわずっている。
だが、火輪の傍に控えた山姥切は、心地よさげに耳を傾けていた。
惚れた女性の声は耳当たりが良い。
「あ、あの……。そっちの近侍さん。」
「な……何だ?」
「きょ、今日はよろしくお願いします……。」
「あ、ああ。」
まさか声をかけられるとは予想だにせず、山姥切はどもる羽目になった。
――落ち着け、丁寧な人間なら良くある流れだ。試合前からこんな事でどうする!――
相手に他意はないのだ。それだというのに、山姥切の心臓はどきりと大きく脈打った。
もっとも、心臓がうるさくなる理由は複数あるのだ。
今後、彼女と懇意に出来るかどうかの初手である。
いつも通りに見える火輪も、最初の勝負所という意識になっている。
今日手に入れなければいけない情報は、結構あるのだ。主従共に気は抜けない。
「さ、暴れといで!」
いつもよりも少し大きめの声で、火輪は近侍に発破をかける。
誉れを取る勢いで目立てという、彼女の指示だ。
――相手は名だたる名剣名刀。だが……。――
今日ばかりは卑屈になっていられない。
自分の刀剣に声をかける鴇環の背を見つめながら、山姥切は強く思った。
「今日はやけに張り切ってんなぁ、近侍ぃ!」
「?!」
いつになく真剣な様子の山姥切の首に腕を引っ掛けて、和泉守が茶化す。
「兼さん!ふざけないの!」
「カッカッカ!気合十分、結構な事ではないか!」
相棒をたしなめる堀川に、鷹揚に笑い飛ばす山伏に。
今日の編成は、堀川派の兄弟勢揃いであった。
山姥切の一目惚れの件こそまだ知らないものの、
試合の後に大人しく本丸に戻ってくれそうな人選でもある。
残る隊員も、薬研と燭台切という、性格的に物分りのいい面々だ。
今日は互いに近侍だけを連れた茶会が試合後に控える以上、
ついていきたがる刀剣は却下という事なのだ。
「いやー、あっちの審神者が可愛いだろ?
だからこいつもテンションが――ってぇ!何しやがる!!」
図星を突かれた山姥切は、反射的に和泉守のみぞおちに肘鉄を入れた。
たとえ冗談でも、言い当てられて平静でいられるほど、彼は出来た性格ではない。
「馬鹿な事をいう暇があったら、あんたこそ気を引き締めたらどうだ?」
「ったく〜、冗談だろうがよ。」
「からかうからだよ。まったく、もう。」
自分の腹をさすりながら、ぶつくさといって和泉守は離れる。
堀川の小言は右の耳から左の耳だ。
――はあ、心臓に悪い事を……。――
山姥切は、やっと安堵の息をつく。
刀剣達の中では若輩に入る和泉守だが、
彼を愛用していた元の主人は、色男で知られる土方歳三。
その影響が強いといわれる彼は、恋愛に関しては朴念仁ではない。
自分が上手にやり取りできるかは別として、
他人の恋路に世話を焼くような個体は、よその本丸では珍しくないらしい。
それだけに、勘付かれたと思うと気が気ではなかった。
「そう苛立つな、兄弟。
平常心を保たねば、試合で足元をすくわれるぞ。」
「ああ、分かっている。だが、文句はあいつに言ってくれ……。」
山伏に諭された山姥切は、ぼそっと一言抗議した。


試合後。予定通り、互いに近侍のみを連れた茶会となった。
場所は審神者の町にある、女審神者に人気のカフェ。
いわゆるアンティークの調度品でまとめた内装が、
日頃本丸で和風のものに見慣れた審神者には、良い気分転換となる。
それも人気の一因だ。
刀剣達の評判も悪くなく、特に現代文化に造詣の深い刀剣の中には、
自分から主を連れ出すものもいるという。
「JKと審神者の兼業ってさー、結構きつくない?」
「そ、そうですね……。テストとかと被ると……。」
「だよねー。あたしはテスト捨ててるけどさー、ダチが大変でさ。
恋してる暇もないって、めっちゃ愚痴ってたこともあったし。」
「そ、そうなんですか……や、やっぱり、皆大変なんですね。」
「みたいだねー。ネット見てると、彼氏と別れたなんてのもちょいちょい見るし。
ねえ、あんたはどう?」
「はぃぃ?!い、居ませんよ……。」
直球な問いに、鴇環は素っ頓狂な声で返す。
傍で聞いていた山姥切も、うっかり茶を噴きかけた。
「そっかー。あたしもぜーんぜん。やっぱむずいよね〜。」
ケラケラと明るく火輪は笑う。
「あ〜、彼氏欲しいわー。ただし人間の。」
「に、人間限定なんですか?えっと、審神者は結構――。」
「うん。俺達と出来ちゃうってパターンも聞くけどね。」
「あたしはそれ、ごめんなんだよねー。」
突拍子もない流れに、山姥切はぎょっとした。
――おい、何て方向に話を持っていく気だ!
……いや、待て。ここで主を信じないでどうする。
口下手な俺が出しゃばったところで、話がややこしくなるだけだ。――
「そ、そうなんですか……意外です。」
「そうかなー?」
「俺達には、結構女の審神者って、刀剣男士と恋してるイメージあるよ。ねー、主。」
こくりと鴇環がうなずく。
「うん。さにわネット見てると、恋愛相談スレって結構伸びてるし……。」
「あ、あそこ見てんの?」
どうやら、こういう風に話を持っていきたかったらしい。
それを理解して、内心ほっとする。注文した温かい緑茶を口に含んで、一息つく。
会話の行き先が気になりすぎて、おちおち茶も口に出来ない。
「きょ、興味ある訳じゃないですよ?
ただ、その……面白い話がいっぱい読めるんで……。」
「あー、結構笑えるしね〜。」
ぽんぽんとテンポ良く言葉を投げかける火輪と、
それを一生懸命玉拾いするように応える鴇環。
女性の会話には全く口を挟めないので、山姥切は完全に手持ち無沙汰だ。
「居づらそうじゃん、山姥切。」
「いや……。」
からかうような調子の加州の言葉に、山姥切は歯切れ悪く返事する。
だが加州は気にならなかったらしく、こう続けた。
「ねえ、あんたの所って、打刀と太刀はどれ位居る?
ついでに、最初に鍛刀したのはいつ頃来た?」
「打刀は、主が就任した翌週に一口。太刀も一ヶ月以内に来たが。」
妙な事を聞くなと思いながら、山姥切は正直に返事をする。
初期のうちは、大体どの審神者も一日に刀匠式神に打たせる刀の数は知れている。
政府から支給される依頼札と資源の数が決まっているせいだ。
こんのすけが配合についても指導するので、
打刀や太刀といった、基本の刀種を迎える時期もほとんど個人差はない。
尋ねられる理由が分からないのだが、質問した加州は真剣な顔で考え込んでしまった。
「んー……そっか、だよなあ。」
「あんたの所は新米なのか?だったら、そう焦る事はないと思うが。」
「んー……でも、もう三ヶ月以上過ぎてるんだよね。」
「何?」
山姥切は、反射的に鴇環に目を向けた。
主と霊力の性質を比較するために、少しだけ集中する。
鴇環の霊力は、やや陰の気が強い。一番強いのは風の気で、次いで雷。
審神者号の通り、空にゆかりの深い力の性質だ。
一方、火輪は陽と火の性質に偏り、対となる陰や水などの気が、
一切と言っていい程感じられない。ここまで適性を偏らせる事は珍しい程だ。
審神者号の通り、太陽を擬人化したような特性を持っている。
では、審神者の適性審査に深く関わる、金の気の適性はどうか。
これは明確に鴇環の方が火輪より少ない。
しかし、政府が合格を出している以上、これ位あれば、審神者業に支障を来さないはずだ。
もっと言えば、霊力の量は鴇環の方が多い。
「……?」
じっくり見比べた後、山姥切は首をひねった。
彼の目では、鴇環が鍛刀能力に致命的な欠陥を持っているようには見えないのだ。
「うん?何話してんの?」
山姥切の視線に気付いたのか、火輪が怪訝そうに首をかしげる。
ああ、と言って、加州は愛想のいい笑みを浮かべた。
「ちょっと相談。そっちの本丸は、いつ打刀と太刀が来たのかって聞いてたとこ。」
「え、居ないの?」
「は、はい……。打刀は清光君だけで。脇差も青江さんだけです。
後はもう全員短刀だけで……。打刀とか、大きい刀は一回も成功したことないんです。」
肩を落として、鴇環は悲しそうにうつむいた。
「そんな事があるの――いっ……!」
山姥切が言い掛けた瞬間。
テーブルの下で、彼は火輪に思い切り足を踏まれた。
しかも、よりによって太いヒールのついたかかとで。
「あるから言ってんでしょ!布焼き討ちされたい?!」
「すまない。失言だった……。」
「ごめんね〜。こいつ、全っ然空気読めなくてさー。」
山姥切の頭を思い切りわしづかみにして爪を立てながら、火輪は軽い言い草でわびる。
「いいんです、大丈夫です。
さにわネットで相談した時も、大体そんな反応ばっかりでしたし……。」
鴇環は諦めきったように呟いた。悲しい事に、彼女にとっては聞き慣れた反応なのだ。
よりによって、初めてまともに会話する機会を得たその日に、
思い切り傷をえぐる真似をしてしまった。
この失態を山姥切が後悔しないわけもなく、
被った布をより深く被るように引いて、静かに自己嫌悪に陥る。
「そっかー。ネットの連中当てになんないんだ。それめっちゃ大変じゃない?」
「あー……そう、ですね。成績はその……私のせいですごく悪いです。」
「主だけのせいじゃないって。俺だって全然新しい刀を拾ってこれないんだし。」
「うう、いつも苦労させてごめんね……。」
がっくり肩を落とした鴇環の背中を、加州がぽんぽんと優しく叩いて励ましている。
じめっとした空気に、そこはかとなく哀愁が漂っていた。
(何か昔話の、めっちゃ苦労してる夫婦みたい。)
ぼそっと火輪が呟く。
その表現は的確であったが、山姥切は黙って主人のわき腹を軽く小突いた。
「そっかー。ねーねー、それ、担当者はほっといてんの?」
一度小突き返した後、火輪が加州に尋ねる。
すると、彼はほとほと困っているというように、難しい顔をした。
「一度、式神が不良品だってのは換えてくれたよ。
でも、変わんないんだよねー。って、言ったのは全部無視。
俺とこんのすけは、二連続で不良品掴まされた気がしてるけどさ。」
「担当してる本丸は、うちだけじゃないもん。しょうがないよ……。」
「そういうけどさー。あれ、わざと後回しにされてるって。」
「それもしょうがないと思うの。
だって、うちより優秀で大事にしなきゃいけない本丸、いっぱいあるだろうし……。」
もうすっかり諦めた顔で、鴇環は呟いた。
2人の言葉から察するに、どうやら問題はかなり深刻なようだ。
――何か、超えぐい訳ありっぽくない?――
――そうだな。――
火輪と山姥切が、主従で目配せし合う。
誰がどう見ても、これは訳あり以外の何ものでもない。
――だけど、これはチャーンス♪――
にやりと内心火輪はほくそ笑む。
恋人が居ないという時点で、まずまずの感触だと彼女は考えていた。
そこに、鍛刀下手で打刀が加洲一人きりという情報まで追加された。
顕現しやすい刀剣である山姥切国広は、就任後日の浅い内に契約する事が多い。
仮に居たとしても火輪に引くつもりはなかったが、居ないのならそれに越した事はない。
この雰囲気からすると、今日明日に解消するような浅い悩みでもない。
相手方からすれば非常に不謹慎だが、これはもう、天が味方したとしか思えない。
――こんな超お買い得物件落とさないで、いつ誰を落とすって言うわけ?――
主が不届きにそろばんを弾いているとは知らず、山姥切は気の毒そうに鴇環を見ている。
――ったくー、お人好しだね〜。
こういうシチュってのは、恩を売る大チャンスなわけ。分かってんのかなー?
……ま、あんたが思いつかなくても、あたしはがっつり利用させてもらうけど。――
厄介な問題であればあるほど、解決した時に得られる信頼は絶大だ。
助力を申し出るだけでも、かなり喜ばれる事も予想が付く。
と、お人好しとは正反対の計算式が、火輪の脳内でぱぱっと組み上がった。
「担当者が当てになんないんなら、こっちで何とかしなきゃって事か。
よし、手伝おうじゃん!」
「ええっ?!そんな、悪いですよ!」
「気にしない気にしない。そーいうのに詳しいダチが居てさー。
教えたら興味持つかなって思ったんだ。あ、モルモットみたいでやだ?」
「も、モルモット……?」
鴇環は目を丸くして、ぽかんとしている。
いきなり実験動物を引き合いに出されたら、驚くのは当然だが。
「ううん、そんな事ないって!
もー、相談できる相手も居ないし、俺達マジで困ってるんだ。
ありがたいなー。ね、主♪」
「え、あ、うん。そうだね……。」
戸惑う鴇環と違い、加洲は大変乗り気だ。
彼としては、現状打破の機会は意地でも逃せない。渡りに船だ。
「ま、すぐにその詳しい人に見てもらうのは難しいと思うしさ。
とりあえず、実際どんな感じか興味あるんなら、うちの本丸遊びに来ない?
鍛刀記録とか、こんのすけが付けてるのがあるんだ。」
「おい、どうする?」
加洲の積極性にたじろぎながら、山姥切は火輪の決断を仰ぐ。
「そうだねー。ちょっと予定チェックするわ。」
現世でのファッションモデル業との兼ね合いもある。
端末で確認すると、まとまった時間がとれそうなのは来週だ。
「そんじゃ、来週のこの日の午後はどう?」
「あ、だ、大丈夫です!」
こうして、あれよあれよという間に、次に会う約束を取り付けたのであった。


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シリーズ3作目は、鴇環の審神者の事情解説。
鍛刀下手がここで発覚。当人らはともかく、関係者は両陣営ともそれなりに思惑があるという話。